富山大学経済学部富大経済論集 第57巻第1号抜刷(2011年7月)
新 里 泰 孝
日本とオランダにおけるチューリップ球根の生産費
日本とオランダにおけるチューリップ球根の生産費
新 里 泰 孝
ࠠࡢ࠼:チューリップ,球根,生産費,オランダ,農業経営,農業所得
概要
近年,日本におけるチューリップ球根の生産は大きく減少した。これは日本 経済の長期停滞に加えて,安価な球根が大量にオランダから輸入されているた めである。日本の生産量(2006 年)はピーク時(1993 年)の3分の1になった。
オランダ産球根のマーケットシェアは 80%に達している。
国際競争力の第一は生産費である。本稿の目的は日本とオランダの農業経営 を比較し,チューリップ球根生産費の特徴を見出すことにある。2009 年 11 月 に日本とオランダの球根農家を面接により生産実態を調査し,両国のチュー リップ球根生産費を比較,検討した。
本事例調査における主な結果は次の通りである。(1)オランダ産球根の平 均価格は日本産の半分以下である。(2)オランダにおける 1ha当たりの生産(出 荷)量は日本の 2 倍程度である。(3)オランダの農場規模は日本の 4 倍以上で ある。(4)オランダの生産システムは大型のトラクタや機械を使用している。
その結果,オランダの1日当たりの球根植付け面積は日本の 10 倍ほどである。
(5)オランダにおける生産費に占める賃金の割合は日本よりも小さい。(6)
オランダにおける生産費に占める減価償却費の割合は日本よりも大きい。(7)
オランダにおける生産価格に占める農業所得の割合は日本よりも小さい。
1.はじめに
近年,日本におけるチューリップ球根の生産は大きく減少した。日本の生産
量(2006 年)はピーク時の 1993 年の約3分の1になった。その大きな要因は,
日本経済の長期停滞による球根需要の減少に加えて,安価な球根が大量にオラ ンダから輸入されているためである。1993 年の日本の生産量は 135 百万球であ り,輸入は 133 百万球であった。2006 年には日本の生産量は約 50 百万球であり,
輸入は 205 百万球(その 90%以上はオランダ産)である1。今日,オランダ産球 根のマーケットシェアは 80%に達している。
国際競争力の第一は生産費である。日本ではチューリップ球根生産費につい ての公式データは作成されていない。富山県は球根生産改善のため,2006 − 07 年において生産費調査を行った。オランダにおいては,国立ワーヘニンゲ ン大学農業経済研究所(LEI)が園芸に関する農業経営データシステムを構築 しており,チューリップ球根生産費の公式統計を提供している。
日本とオランダにおける球根生産の背景となる経済条件および経営システ ムを調査するために,2009 年 11 月の第1週にオランダの3戸の農家を面接調 査し,第2週には日本の2戸の農家を面接調査した。オランダの農家3戸は
「北オランダ州」のホルン近郊に位置する。日本の農家2戸は富山県砺波市お よび高岡市に位置する。両国ともこの地域はチューリップ球根産地として有 名である2。
本稿の目的は日本とオランダにおける農業経営条件を比較し,チューリップ 球根生産費の特徴を明らかにすることにある3。
1 詳細はNiisato (2009)および新里(2010)を参照。
2 1999 年に行った調査地域と同様である。両地域とも土質は砂質ではなく,砺波・高岡地域 は砂壌土,ホルン地域は粘土質であり,ほぼ類似の土質である。両地域の立地条件の詳細は 舘・新里(2000)およびTachi and Niisato (2007)を見よ。
3 チューリップ球根生産費に関する比較研究は,筆者の知る限り,De Kleijn and Hay broek (1992)のみである。彼らは世界の主要球根生産国について球根生産費の比較を行っている。
チューリップの栽培法や日本の栽培・経営事例の紹介として國重(1994)がある。
2.日本とオランダにおけるチューリップ球根農家
2. 1 対象農家表1は調査対象の農業経営の概要を示している。日本の農家Aは2人の基幹 的農業従事者(経営主本人と息子)から成る。経営主は 58 歳,4人のフルタ イム労働力(年雇)を雇用し,パートタイム(臨時雇)は年間 500 人日である。
農家Bは基幹従事者が3名(経営主と両親)。フルタイム労働力が4人であり,
パートタイムはない。
オランダの農家Cの基幹的従事者(経営主と共同経営主)は2人である。経 営主は 44 歳,フルタイム労働力を1人雇用し,年間 652 人日のパートタイム雇 用を行っている。農家Dは基幹的従事者1人(経営主本人)である。経営主は 40 歳,フルタイム労働力を1人雇用し,年間 150 人日のパートタイム雇用を行っ ている。農家Eは基幹的従事者(経営主)が1人で,41 歳である。5人のフ ルタイム雇用を行い,年間 1250 人日のパートタイム雇用を行っている。
表1 農業経営の概要(2009 年)
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日本の農家A,Bの耕作面積は各々,15.2ha,21haである。他方,オラン ダの農家C,農家D,農家Eの耕作面積は 20.6ha,22.6ha,68.8haである。自 作地が耕作地に占める割合は,日本の農家Aが 8%,農家Bが 4.9%である。オ ランダの場合,自作地の割合は農家Cが 19.4%,Dが 25.7%,Dが 58%である。
調査対象農家の主作物はチューリップ球根である。日本の農家Aはチュー リップ球根を 3.8ha,農家Bは5ha栽培している。オランダの農家Cは 11ha, 農家Dは 16ha,農家Eは 33haである。このように,オランダのチューリップ 球根栽培規模は日本の 4 倍以上である4。
日本農家の栽培作物は,チューリップ球根,チューリップ切り花,および水 稲である。加えて農家Bは玉ねぎも栽培している。オランダ農家はチューリッ プ球根と切り花の生産である。加えて,農家Cはボタンを栽培している。農家 Dと農家Dは草地として利用している5。
4 両国を比較すると,日本は小規模,オランダは大規模経営である。ただし,日本の調査対 象チューリップ球根農家は日本においては大規模農家であり,オランダの調査対象農家はオ ランダにおいては中規模の農家である。
5 草地は畜産,乳牛の牧草地となる。
オランダ農家の機械,設備は日本のものよりも大型で高性能である。日本で はトラクタの能力は最大 80psである6。他方,オランダでは最大 180psのトラ クタが使われている。オランダの生産システムは大きなトラクタや機械を使用 するシステムである。粘土性の土壌においては,オランダの農家はネット栽培 方式(機械による植え込み,収穫作業であり,球根植込みにネットを使用し,
収穫時にはネットごと球根を掘り上げる)を行っている。オランダの農家は1 日に3haのチューリップ球根の植付けを行っていると言っていた。他方,日 本では 1 日に 0.3 か 0.4haの球根植付けスピードである。オランダの1日当たり の球根植付け面積は日本の 10 倍ほどになる。写真1は日本の植付け作業であ る。写真2はオランダの大型機械である。トラクタ(エンジン出力 180ps)にネッ ト式植付け機械が取り付けられている。
写真 1 日本のチューリップ球根植付け作業
6 psはエンジン出力の単位である。1ps=1 仏馬力=約 75kgf・m/s。
写真 2 オランダのネット式球根植付け機とトラクタ
2. 2 経営
図1はチューリップ球根の平均価格等について示している。面接調査におい て,各農家の販売額,生産(出荷)数量,栽培面積を 2007 年〜 2009 年の各年 について調査した。OECD(2009)による年平均為替レートを用いると,円 建てのユーロ為替レートは,2007 年が1ユーロ= 161.2 円,2008 年が 151.2 円,
2009 年が 130.7 円である。オランダのユーロ表示の販売金額を円に換算すると,
オランダのチューリップ球根の平均(生産者)価格は 7.2 円,日本の球根価格 は 17.2 円である。日本球根の平均価格はオランダ球根の 2.4 倍になる。1ha当 たりの平均売上(販売額)は,日本では 3948 千円であるのに対し,オランダ では 3285 千円である。1ha当たりの売上は,日本はオランダの約 1.2 倍になる。
日本の土地生産性(出荷球数/土地)は1ha当たり 220 千球であるのに対し,
オランダは 483 千球である。日本の 1ha当たりの生産(出荷)数量はオランダ の約半分である。
表2 課題,経営方針,売上
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日本の農家は球根をすべて富山県花卉球根農業協同組合に出荷する。球根の 一部は切り花生産用の自家球に用いている。球根組合は卸売業者への販売や消 費者直販を行っている。オランダの農家は複数の球根業者に出荷している。一 部は切り花生産用の自家球に用いている。
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図 1 チューリップ球根の平均値(2007 − 09 年)
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表2は経営上の諸問題を示している7。日本の農家の直面する課題は次のよ うであった。市場価格が低すぎる。植え付け期,収穫期に労働力が不足してい る。機械は古い。労働者は高齢である。今後の経営方針として,生産費の引き 下げ,球根と切り花生産の最適な組み合わせが上げられた。
オランダ農家の諸課題は次のようである。球根の菌類やウイルスの問題。有 能な技能労働者の確保。土壌改良問題。球根の病気管理問題などである。今後 の経営方針として,多くの品種の生産,品質向上,消費者の好む色の生産,ま た水の確保などが上げられた。
表2の下部は売上構造を示している。日本の球根農家の収入源は3つある。
チューリップ球根生産,チューリップ切り花生産,そして水稲生産8。3つの 収入源により年間を通じて所得を得ることが出来ると農家は言っていた。オラ ンダの農家は2つの収入源であり,チューリップ球根生産と切り花生産である。
2つの売上はほぼ等しくなっている9。
3.日本とオランダの生産費
日本とオランダの球根生産費を比較することは,概念,構成要素が異なるた め簡単ではない。日本の球根生産費調査は富山県が球根生産の経営改善のため 2006-2007 年に行われた。オランダでは農業経済研究所(LEI)が毎年花き球 根農家を対象とした経営調査を行い,農家会計データベースを構築している。
このデータからチューリップ球根農家を抽出し,球根生産費を算出した。本稿 では,チューリップ球根生産費の絶対水準よりも構成比率あるいは構造比較に 注目しよう。
日本の場合,生産費調査の対象農家は4戸である。収穫物はチューリップ球
7 面接調査において,直面する課題について特に重要なことを 2 つ上げてもらった。今後の 経営方針は最も重視することを1つ上げてもらった。
8 水稲は該当地域における 2007 年の1ha当たりの平均水稲収益により算出した。
9 収入は「粗収益」あるいは「総生産」であり,収入から費用を引いたものが農業所得(自 己労働を含む)である。
根,水稲,チューリップ切り花である。農家 1 戸当たり 11.97haの耕作面積で,
そのうち 3.67haが球根生産,8.15haが水稲,0.133haが切り花用のハウスであ る。2007 年に,1戸当たり 644 千球の球根を生産した。そのうち切り花用球根 は 149 千球であり,総生産数量の 23%を占める。農家 1 戸当たり,年間 5075 時 間(= 634 人日)の臨時雇用を導入している。
オランダの場合,農業経済研究所(LEI)の農業会計データベースから 3 戸 の農家を選定した。この3農家はチューリップ球根生産専門農家であり,切り 花生産は比較的少ない。平均して,1農家当たり 13.3haのチューリップ球根 栽培を行っている。1農家当たりの雇用労働は年間 4300 時間(= 538 人日)で あった。
3. 1 収入
表3は収入構成を示している。日本の場合,チューリップ球根生産に関する 収入のみが示されている。表3によれば,日本の農家の収入にはチューリップ 球根生産の収入と所得補助金がある。補助金はコメの転作助成金である。これ は収入全体の 12%を占める。
オランダの場合,この表では球根,切り花等の生産品目がある。オランダの 農家は球根生産と切り花生産,契約労働から収入を得ている。切り花収入は球 根収入の約半分である。補助金の割合は 0.3%と非常に低い。
表3の注にあるように,総収入の1haあたりの金額は,日本が 4,058 千円,
オランダが 7,172 千円である。オランダは切り花生産も含んでいる。そのうち 61.9%がチューリップ球根に関する収入とみなすと,1ha当りの収入は 4,239 千円となる。
表3 収入構成(1ha 当り)2007 年ޓޓޓޓޓޓ ✚ߦኻߔࠆഀว㧑
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3. 2 費用
図2および表4に生産費構成の比較を示した。日本の生産費データは球根生 産に関する費用に限定されている。他方,オランダの生産費データは球根のみ ならず切り花生産に関するものを含んでいる。従って,表の数値は単純に比較 することはできず,あくまで1次接近である。
図2 費用構成 2007 年
図2は費用構成を要約したものである。日本の場合,総収入に占める総費 用の割合は 72%であり,農業所得の割合は 28%である。オランダの場合は総
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収入に占める総費用の割合は 82%で,農業所得の割合は 18%に過ぎない。総 収入に占める(支払)賃金の割合は日本が 23.4%であるのに対し,オランダは 16.5%と小さい。総費用に占める賃金の割合にすると,日本は 32.5%,オラン ダは 20.1%となる10。総収入に占める減価償却費の割合は日本が 6.4%に対し,
オランダは 11.7%と大きい。総費用に占める割合では日本は 8.8%,オランダ 14.3%となる。
このように,生産価格(収入)に占める農家所得の割合はオランダが日本よ りも低い。生産費に占める賃金の割合はオランダが日本の半分以下である。生 産費に占める減価償却費の割合はオランダが日本よりもかなり大きい。
表4 費用構成(1ha 当り) 2007 年
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10 オランダの場合,請負作業を賃金に加えると,総収入に対して 20.0%,総費用に対して 24.4%となる。
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費用構成の詳細を表4に示した。幾つかの特徴が上げられる。(1)契約労 働の支払がオランダ 3.5%に対し,日本はゼロである。(2)利子および地代支 払いは,オランダが日本より大きい。オランダ 6.4%に対し,日本は 2.5%である。
(3)肥料および化学薬品がオランダの方が少ない。オランダ 3.4%に対し,日 本 8.5%である。(4)電気,燃料費がオランダの方が多い。オランダ 5.0%に対し,
日本 3.3%である。(5)費用に占める税金等はオランダの方が小さい。オラン ダ 0.2%に対し日本 1.5%である。
4.結び
日本およびオランダとも数少ない事例調査であるため,かなり限定的な調査 結果であり,これを直ちに一般化することはできないが,日本とオランダにお けるチューリップ球根生産および費用構成の特徴が明らかになった。
主要な調査結果は次の通りである。(1)オランダで生産されたチューリッ プ球根の平均価格は日本で生産された球根の半分以下である。(2)オランダ
における1ha当たりの生産(出荷)数量は日本の2倍程度である。(3)オラ ンダにおける農場規模は日本の4倍以上である。(4)オランダの生産システ ムは大型のトラクタと機械を用いて機械化されている。その結果,オランダの 1日当たりの球根植付け面積は日本の 10 倍ほどである。(5)オランダにおけ る生産費に占める賃金の割合は日本よりも小さい。(6)オランダにおける生 産費に占める減価償却費の割合は日本よりも大きい。(7)オランダにおける 生産価格に占める農業所得の割合は日本よりも小さい。
端的に言うと,オランダの球根生産は大型機械を用いた大規模農業である。
他方,日本の球根生産は小規模で機械化が進んでいない。この主な理由として,
日本の農場区画が小さいことがしばしば上げられる。しかし,それは球根の生 産方法の違いの一面に過ぎない。表2に示されるように,日本の球根農家は収 入の大きな割合を水稲生産から得ている。日本の農家はコメ,チューリップ球 根と切り花生産により通年労働し,所得を得ている。言わば,米作無くして球 根生産は出来ない。したがって,球根生産の規模は水稲の生産決定に大きく依 存しているのである。このようなチューリップと米の複合経営における経営分 析および生産決定の詳細な経済分析は今後の課題である。
謝辞
オランダのデータの収集,そしてオランダと日本の農家面接調査を共同して 行ったことに対し農業経済研究所のニコ・デ・ハルト(Nico De Groot)氏,
ユロン・ハンマーステイン(Jeroen Hammerstein)氏,ロバート・ストッカー
ス(Robert Stokkers)氏に感謝します。日本の球根データ収集について富山
県庁農林水産部の伴義人氏および池川誠司氏に感謝します。
本稿は,国際園芸学会第 28 回世界大会(リスボン,2010 年 8 月 22 日― 27 日)
において口頭およびポスターとして発表した。会場においてコメントを頂いた 方々に感謝します。また,本稿作成において,富山県農林水産総合技術センター 園芸研究所の浦嶋修氏より有益なコメントを頂いたことに感謝します。
最後になりますが,この研究に対し財政的援助を頂いたことに対し野村財団 および富山第一銀行奨学財団に感謝申し上げます。
引用文献
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1994 年‐95 年 6 月。)
國重正昭編著(1994)『チューリップ 花専科・育種と栽培』誠文堂新光社,1994 年。
Niisato, Y.(2009). Tulip Bulb Industry in Japan since1988. Acta Hort.831:285-292 新里泰孝(2010)「日本のチューリップ球根産業 1988-2006 年」『富大経済論集』第 56 巻第 1 号,
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舘澄男・新里泰孝(2000)「日本とオランダにおけるチューリップ球根生産者の生活時間 構成の比較―大規模経営における農繁期の調査事例―」『農作業研究』第 35 巻第 4 号,
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提出年月日:2011 年 5 月 16 日