博 士 ( 農 学 ) 杉 本 明 夫
学 位 論 文 題 名
栽培環境下におけるクリ黒根立枯病の発生と 耕種的防除に関する研究
学位論文内容の要旨
Macrophoma castaneicolaおよびDidymosporium radicicolaを 病原とするクリ黒根立枯病は,
1970年ころから,二ホングリ(Castanea crenata SIEB.etZucc.)の幼樹に発生し始め,特に,新 たに 造成 された栽培園のク リ樹に大きな被害をもたらしてきた.本研究は,クリ黒 根立枯病の 発生 環境 と防止対策につい て,栽培的な立場から検討し耕種的な防除法を確立する ための基礎 を提起したもので,内容は次のよう に要約される.
1.クリ 黒根立枯病の症状と発生の実態
クリ黒根立枯病には,短期間でキ 占死する急性型と,罹病樹の生存期間が比較的長い慢性型と があ り, いずれも,地上部 の症状が認められたときには,根の先端が,既に黒褐色 となり腐敗 して いる のが特徴であった .このほか,主幹皮層部に褐変壊死している部位が認め られる場合 も あ り , こ れ ら の 症 状 か ら 既 知 の 病 害 と は 異 な る こ と が 明 ら か で あ っ た , 黒 根立 枯病発病樹では, 道管にチ口一スの形成が認められ,形成部位は,根の道 管よりもむ しろ主幹の道管内に多く,時期的に は罹病から落葉枯死までの間に多くみられた.チロースは,
黒 根 立 枯 病 樹 の 急 激 な 萎 凋 ・ 枯 死 と 大 き く 関 連 し て い る も の と 考 え ら れ る ・ 黒 根立 枯病の発症前から 発病に至るまでの樹体の変化についてみると,根の腐敗 ならびに主 幹道 管に おけ る チロ ース 形成 には ,発症1か月前から異状が認められ,また,新梢 の仲長率に は , 発 症 約40日 前 か ら , 葉 内 の 糖 含 有 率 に は , 約70目 前 か ら , 変 化 が 認 め ら れ た . 福 井県 内ク リ 栽培 園11か所 の実 態調 査で は,7か所 の樹 園地 で, 黒根 立枯 病発 生樹 およ び 黒根 立枯 病と胴枯病の併発 樹が認められた.樹園地の環境および栽培管理法との関 連にっいて みる と, 自生 の シバ グり を台 木と して栽培品種を 居 接き した樹園地の1か所で は,黒根立 枯病 の発 生が少なかった. 品種との関連にっいてみると, 丹沢 , 筑波 は発 生が多く,
石 鎚 では少なかったが ,品種問差は比較的小さかった.また,発病時期は,四 年生以降で あった.
2.クリ 黒根立枯病の発生に関連する諸要因
栽 培園 地における黒根立 枯病の初発生場所は散在しているが,いったん発病する と隣接樹に 広が り, 発病跡に植え付け た樹には再び高率で発病した.また,黒根立枯病樹の腐 敗根および その 根域 の発 病 土壌 を混 入し た土 壌に実生苗を植えた ところ,4年目になって腐敗 根混入区お よび 発病 土十 腐 敗根 混入 区で1樹 ずつ 同病の発生が再現され,本病が土壌伝染性の 病害である こと が確 認された.なお, 黒根立枯病樹から採取した穂木を実生台木に接ぎ木した 場合でも黒 根立 枯病 が発生しなかった ことから,黒根立枯病はウイルス病ではないと判断され た.また,
発病 跡地 に, ク りの 実生 苗と 接ぎ 木苗を定植したとこ ろ,実生苗においても,3年 日には黒根
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立枯病の症状が発現し,累計では実生苗は接ぎ木苗の2倍の発病率となったことから,黒根立 枯病の症状は接ぎ木不親和に起因するものではないことが実証された.本試験で発生した黒根 立枯病樹では,前年までの地上部生育量が,健全樹のそれより大きく,黒根立枯病は,地下部 に対 する地上部 の比率(T‑R率)が大 きくなっ た場合に 多く発生することがわかった.
3.クリ黒根立枯病の発生と土壌条件との関連
福井県内の代表的なクリ栽培園の土壌についてみると,全般的に酸性が強く,交換性カルシ ウムおよび可給態リン酸が少なく,カルシウム飽和度も小さかった.また,物理性およぴ化学 性の異なる砂土,花コウ岩風化土およぴ粘質土などと発病跡の粘質土とを組み合わせた処理区 を設け,黒根立枯病との関連を検討したところ,黒根立枯病は,発病跡の粘質土または粘質土 に共通して発生した,一方,黒根立枯病の発生が多い土壌では,土壌消毒の効果はみられず,
含水率が常に高く,全窒素および全炭素の含量が高くなっており,クリ樹の地上部生育が促進 されていた.さらに,土壌の種類と黒根立枯病との関連をクリ栽培園で調ぺたところ,黒根立 枯病の発生は,赤黄色土壌で多いのに対し,黒ポク土壌では少ないことが明らかになった,黒 ポク土壌では,赤黄色土壌に比べて,固相率が小さく,気相率が大きくなっており,年間の土 壌水分の変動が小さく,またクリ樹の細根が多かった,また,鉢植えの.実生の幼樹を用いて,
施肥および潅水の影響にっいて検討した結果,多肥・多潅水区では,地上部生育量は増加した が,根の生長が伴わず,T.R率が少肥および少潅水区より大きくなった.これらの結果から,
赤黄色土壌では,含水率が常に高く,施肥も行われており,地上部の生育が旺盛になるが,根 の生育が伴わない状態であった. 7月下旬に梅雨が明けると降雨が少なくなり,クリ樹の水分 蒸散量が増大し,根の負担が大きくなり,根が衰弱し,病原菌が侵入して,黒根立枯病が発生 するものと推察される.
4.クリ黒根立枯病と菌根との関連
根箱を用いて,1年間にわたり,根の仲長と菌根の形成について調べた結果,黒ポク土壌で は,定植後1年目から菌根形成が盛んであったが,赤黄色土壌では,極めて不活発で,さらに,
菌根の形状についても黒ボク土壌では樹枝状,赤黄色土壌ではこん棒状であった.また,鉢植 えしたクリ実生苗の生育および菌根形成についても,土壌の種類との関連で調べた結果,黒ボ ク土壌では,赤黄色土壌および花コウ岩風化土壌よりも,直径Smm以下の根の量が多くなり,
特に,その中の菌根量が著しく多く,T‑R率が低い傾向にあった.また,黒ボク土壌のクリ栽 培園では隣接する赤黄色土壌の園に比べて,菌根菌の種類,量ともに多く,細根および菌根も 多いことが確認された,これらのことから,前項(3)で述ぺたことに加えて,菌根形成の不 良が,養水分の吸収と消費の不均衡を増大させ,黒根立枯病を誘発しているものと考えられる.
5.クリ黒根立枯病の防止対策
自生しているシバグりと栽培二ホングリ9品種とを台木として用い,その影響について調べ たところ,二ホングリ台木には抵抗性がないと判断されたが,自生のシバグりを台木として居 接ぎした樹では,黒根立枯病の発生が少なかった.実用的には,四年生以上の台木を用い,T・R 率が低い状態で栽培することが必要である.
クリ実生幼木に,菌根菌の接種を試みたところ,黒ボク土壌では1年目に菌根が形成された が,赤黄色土壌では全く形成されなかった.また,赤黄色土壌における菌根形成を促進するた め,有機物を添加する場合には,腐葉土のような微生物活性の高いものを選んで施用する必要 かあると判断された.
地上部と根との均衡を保っには,地上部の徒長を抑制することが重要になるので,窒素の施 用量について幼木期と成木期に分けて検討した結果,幼木期の多肥および中肥(慣行施用量)
は,生育を促進し,黒根立枯病発生率を高くする危険があり,適切な施用量は中肥と少肥の間
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にあると推察された.また,溶成リン肥の施用により黒根立枯病の発生が少なくなることがわ かった,
以上のように,本研究は,クリ黒根立枯病の発生と防除について,栽培技術的側面から検討 した もので, 得られた 成果は, その耕種 的防除法 の確立に役 立っもの と考えられる.
学位論文審査の要旨 主査 教授 原田 隆 副査 教授 但野利秋 副査 教授 小林喜六 副査 教授 波多野隆介
学 位 論 文 題 名
栽培環境下におけるクリ黒根立枯病の発生と 耕種的防除に関する研究
本 論 文 は 、 緒 言 、 本 論6章 、 摘 要 、 引 用 文 献63、 図31、 表77を 含 む218頁 の 和 文 論 文で 、 別 に 参 考 論 文15編 が 添 え ら れ て い る 。
Maci‑ophoma castaneicolaお よ びDidymosporium radicicolaを 病 原 と す る ク リ 黒 根立 枯 病 は 、 1970年 こ ろ か ら 、 ニ ホ ン グ リ ( のSえanea crenata SIEB.et Zucc.) の 幼 樹 に 発 生 し 始 め 、 特 に 、 新 造 成 ク リ 栽 培 園 に 多 く の 被 害 を も た ら し て き た 。 本 研 究 は 、 ク リ黒 根 立 枯 病 の 発 生 環 境 と 防 止 対 策 に つ い て 栽 培 的 な 立 場 か ら 調 査 し 、 耕 種 的 な 防 除 法 に つい て 検 討 し た も の で 、 内 容 は 次 の よ う に 要 約 さ れ る 。
1. ク リ 黒 根 立 枯 病 の 症 状 と 発 生 の 実 態
ク リ 黒 根 立 枯 病 に は 、 罹 病 樹 が 短 期 間 で 枯 死 す る 急 性 型 と 、 比 較 的 長 期 間 生 存 す る慢 性 型 と が あ り 、 い ず れ も 、 地 上 部 で 発 症 し た と き に は 、 根 端 部 が 既 に 黒 褐 色 と な り 腐 敗し て い る こ と が わ か っ た 。 こ の ほ か 、 主 幹 皮 層 部 に 褐 変 壊 死 が 認 め ら れ る 場 合 も あ り 、 既知 の 病 害 と は 異 な る こ と が 確 認 さ れ た 。
黒 根 立 枯 病 発 病 樹 で は 、 チ ロ ー ス 形 成 が 根 の 道 管 よ り も 主 幹 の 道 管 内 に 多 く 認 め られ 、 罹 病 後 か ら 落 葉 枯 死 ま で の 間 に 多 い こ と が わ か っ た 。 チ ロ ー ス 形 成 は 、 黒 根 立 枯 病 樹の 急 激 な 萎 凋 ・ 枯 死 に 起 因 す る も の と 推 測 さ れ る 。
黒 根 立 枯 病 菌 の 感 染 か ら 発 病 に 至 る ま で の 樹 体 の 変 化 に つ い て み る と 、 発 症1か 月 前 か ら 根 が 腐 敗 し 、 主 幹 道 管 内 に チ ロ ー ス が 形 成 さ れ 、 発 症 約40目 前 か ら 新 梢 仲 長 が 衰 え、 約 70日 前 か ら 葉 の 糖 含 有 率 が 高 く な っ た 。
福 井 県 内 の 実 態 調 査 で は 、 黒 根 立 枯 病 発 生 樹 、 ま た は 黒 根 立 枯 病 と 胴 枯 病 の 併 発 樹が 認 め ら れ た 。 接 ぎ 木 と の 関 連 に つ い て み る と 、 自 生 シ バ グ リ 台 木 に 栽 培 品 種 を 居 接 ぎ し た 樹 園 地 で は 、 黒 根 立 枯 病 の 発 生 が 少 な い こ と が わ か っ た 。 品 種 と の 関 連 に つ い て み る と 、 発 病 は 、 丹 沢 、 筑 波 で 多 く 、 石 鎚 で は 少 な か っ た が 、 品 種 間 差 は 比較 的 小 さ く 、 四 年 生 以 降 の 樹 に 認 め ら れ た 。
2. ク リ 黒 根 立 枯 病 の 発 生 に 関 連 す る 諸 要 因
黒 根 立 枯 病 の 初 発 生 樹 は 散 在 し て お り 、 発 病 す る と 隣 接 樹 に 広 が り 、 発 病 跡 地 に 再 植 し
た 樹には高 率で発病 した。ま た、黒根立枯病樹の腐敗根およびその発病根圏土壌を混入し た 所 に 実生 苗 を 植え る と、4年 目 に腐 敗根混入区 および腐 敗根十発 病土混入 区では発 病 し 、本病が 土壌伝染 性病害で あることがわかった。なお、黒根立枯病樹の枝を実生台木に 接 ぎ木して も発病し なかった ことから、ウイルス病ではないと判断された。一方、発病跡 地 に実生苗 と接ぎ木 苗を定植 すると、 実生苗に おいても3年 目には発病し、実生苗の発病 率 は接ぎ木 苗の約2倍 となった ことから 、黒根立 枯病の症状 は接ぎ木不親和性の影響を受 け るもので はないこ とが確認 された。また、黒根立枯病樹では、前年までの地上部生育量 が 、 健全樹 のそれよ り大きく 、地下部 に対する地 上部の比 率(T‑R率)が 大きくな った場 合 に発病が 多いこと が1明らか になった 。
3.クリ黒根立枯病の発生と土壌条件との関連
福ブ|ニ県内の主なクリ栽培園の土壌についてみると、全般的に酸性が強く、交換性カルシ ウムおよぴ 可給態リ ン酸が少 なく、カ ルシウム飽和度も小さかった。また、物理性および 化学性の異 なる砂土 、花コウ 岩風化土 、粘質土、発病跡地の粘質土などの単独または組合 せ処 理 区を 設 けて検 討したと ころ、黒根 立枯病は 、粘質土 に共通し て発生す ることが わ かった。一 方、発病 が多い土 壌では、 含水率が常に高く、全窒素および全炭素の含量が多 く、 ク リ樹 の 地上部 生育が旺 盛であった 。また、 黒根立枯 病の発生 は、赤黄 色土壌で 多 く、黒ボク 土壌では 少ないこ とが明ら かになり、黒ボク土壌では、赤黄色土壌に比べて、
固相率が小 さく、気 相率が大 きくなっ ており、土壌水分の周年的変動が小さく、クリ樹の 細根が多い ことがわ かった。 また、鉢 植え実生幼樹を用いて施肥および潅水の影響につい て検 討 し、 多 肥・多 潅水区で は、地上部 枝葉の生 育は盛ん になづた が、根の 生長が伴 わ ず、T‑R率が、 少肥およ び少潅水 区より大 きいこと がわかっ た。これら の結果から、発病 の多い赤黄 色土壌で は、含水 率が高く 、比較的多肥で、地上部の生育に比べて、根の生育 が貧弱であ り、梅雨 明け後に 高温・少 雨になると樹の表面からの水分蒸散が進むが、吸水 が追いっか ず、根の 負担が大 きくなっ て衰弱し、病原菌が侵入して発病しやすい状態にな るものと推察される。
4.ク リ黒根立 枯病と菌根 との関連
ク リ黒根立 枯病の発生 が少ない 黒ボク土 壌では、 菌根形成 が、定植 後1年目から盛んに な り樹枝状 菌根であっ たが、赤 黄色土壌 では、極めて不活発で、こん棒状菌根であった。
ま た、鉢植 えしたクリ 実生苗に ついても 、黒ボク土壌では、赤黄色土壌および花コウ岩風 化 土 壌よ り も、 直径5mm以下 の根の量 が多く菌 根の量が著 しく多く なり、T‑R率 が低かっ た 。また、 黒ボク土壌 のクリ栽 培園では 、隣接する赤黄色土壌の園に比べて、菌根菌の種 類 、量とも に多く、細 根およぴ 菌根も多 いことが 確認され た。この ことから、前項(3) の 事象のほ か、菌根形 成の不良 が、養水 分の吸収と消費の不均衡を増大させ、黒根立枯病 を 誘発して いるものと 推察され る。
5.クリ黒根立枯病の防止対策
二ホングリ台木には抵抗性がなかったが、自生シノヾグりを台木とする樹では、黒根立枯 病の 発生が少 なぃことが わかった 。実用的には、四年生以上の台木を用い、T.R率が低い
(地 上部と根 の生長が均 衡)状態 で栽培する必要があると考えられる。また、発病の多い 赤黄 色土壌に おいて菌根 形成を促 進し、発病を少なくするためには、腐葉土のような微生 物活 性の高い 有機物の施 用が有効 であることがわかった。一方、幼木期における窒素の多 用およOt,l貫行施用は、地上部の生育を促進し根の負担を大きくして、黒根立枯病発生率を 高 く する 危険 があるの で、慣行 施用量よ りやや少 なくする必 要がある と判断さ れた。ま た 、 溶成 リ ン肥 の 施 用に よ り黒 根 立 枯病 の 発生 が 少 なく な る こと が 明らかに なった。
以上のように、本研究は、クリ黒根立枯病の発生と防除について栽培技術的側面から検 討するとともに、その耕種的防除法について検討したもので、得られた成果は、クル栽培 技術の向上に寄与するものとして高く評価される。
よって、審査員一同は、杉本明夫が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を有す るものと認めた。