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大 久 保 純 一 郎

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(1)

ノ 、 ム レ ッ 卜 の 演 劇 論

I − 鏡 を か か げ る と は ど う い う こ と か −

大 久 保 純 一 郎

I 問 題 の 所 在

Shakespeareの〃泣加ノ のいわゆる劇中劇と称される「ゴンザゴゥの暗 殺」(7MeM"d"Q/C"z"gD)という芝居は三蔀二場で油ぜられるが,こ の上演に先立ってHamletが役者たちに,いろいろと心得ておくべき要点を 指示した。まずせりふ廻しは軽快に(trippinglyonthetongue)とか,或 はしぐさはおだやかに(allgently)とか,その他いろいろあげたが,それは 当代の役者の演技に不満があるからだった。せりふを大声で,わざとらしく語 るのはいけない。あれは軽快にやるべきだ。手で空を切るようにはげしく振り 廻すのをやめて,万事おだやかにすべきだ,とかいうふうであった。それでこ のデンマミクの王城を訪ねた旅役者たちに対するハムレットの指示は50行余の

長広舌になIってしまい,演劇論のような内容と体裁を呈するにいたった。シェ

イクスピアの全部の戯曲の中でこれほどまとまった演劇に関する意見を,われ われはほかに見出せないようである。申すまでもないが,これはハムレットの 演劇論でなくて,ハムレットの口を介して表明されたところのシェイクスピア 自身の波劇論である。それも1600年頃という劇作家としての円熟jリlに入ったシ エィククスピアの自覚を表明したものであった。

"(mirror)の比噛をわれわれはこの演劇論の中に見出す。しかもそれは重 要な個所に使用されているのである。

Foranythingsoo'erdoneisfromthepUrposeofplaying, whoseendbothatthefirst,andnow,wasandis,toholdas'twere themirroruptonature,toshowvirtueherownfeature,scorn herownimage,andtheveryageandbodyofthetimehisform andpressure...

m.ii.(T"cNを妙S〃α"""〃以下同)

坪内遁遥の訳は「そもそも芝居は,今も昔も,いわば避化に鏡を捧げて,正邪

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美醜のすがたかたちや,その国その世のありのままを写して見するはずのもの

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じゃによって,度をすごしては本意にはずるる ・」(下点飛者)さきに紹介し たように役者が誇張したせりふ廻しや仰山な身振りをつつしむように,万事に わたり度をすごさいようにと,ハムレットはいましめたのだった。「演劇の目 的とは昔も今も,自然に鏡をかかげることだ」(toholdthemirrorupto nature)とハムレットが語るのは,まさにそのことである。しかし「ありのま

まを写して見する…」という言葉は原文に見あたらない。もう一つ「正邪美醜 のすがたかたち」という訳文の「正邪」は原文の6virture'とcscorn9であ ろうが,「美醜」はどの語に該当するとも誘えない。特に吟味を要するのは前 者であって「鏡」の比輸的用法が,あたかもリアリズムの演劇蕊を暗示してい るかのように解釈されたことである。

次に横山有策教授がかって『沙翁傑作染』(昭和4年新潮社)の「ハムレ ット」で示された訳文を参照しよう。教授は坪内博士と同棟に,早稲田大学で 英文学を講じた。「何によらず,やりすぎれば漉劇の目的から遠ざかる。演劇 の目的は,昔も今も変わらず,いわば大自然に向って鏡をささげ,正邪の姿形 のままに,時代の本体に応じて,そのありのままを写すにある」(下点筆者)

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坪内訳の「美醜」のはみ出しが消えており,坪内訳から洩れたところの,原文 のG@theveryageandbodyofthetime''が,ここでは「時代の本体に応 じて」と訳して,入っている。しかしこの訳文が間越である。文字通りにハム レットの言葉を訳してみると,「そして時代の身体と年齢に,その姿と形をつ けてやるのが芝居の目的だ」となる。こんなせりふをハムレットに語らせるわ けにいくまい。そこに横山教授や坪内博士の苦心が払われて,流腿な博士の訳 や明確な教授の訳が生まれたわけであった。だから「時代の本体に応じて」は 何人かの加筆修正でなかろうか,と私は推測する。敏授自身の原稿はどうなっ ていたろうか。原文のtheveryageandbodyofthetimeとある4the (noun)and(noun)of(noun)'という意味椛造はシェイクスピア独特のもの であるから,教授がどのようにここを日本語に移されたのか,と思う次第であ る。それはさておき,「時代の本体に応じて」のあとが,「そのありのままを 写 す に あ る 」 と な り , 博 士 の 訳 が 「 そ の 世 の あ り の ま ま を 写 し て 見 す る は ず じ ゃによって…」であったのと,同様の解釈になっている。「あるがままを写す」

という解釈が両者に共通しているのである。かりに「本体」として,「時代 の本体に,その姿と形をあたえる」という原文の意味を,「そのありのままを 写 す 」 と 訳 す る の は , は た し て ど ん な も の だ ろ う か 。 そ の 姿 や 形 は 芸 術 家 が 生み出すものであり,芸術的形象である。さきに仰士の立場をリアリズムと称 したが,このリアリズムなり,自然主溌なりが,教授によって受けつがれて,

「演劇の目的は,いわば大自然に向って鏡をささげ,正邪の姿形のままに,時

● ● ●

(3)

3

代の本体に応じて,そのありのままを写すにある」となったことにわれわれは

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

注目しなければならない。

それではこの個所を英米のシェイクスピア学者たちは,どのように解釈して いるのだろうか。その全部を紹介するわけにいかないが,かりに現代の代淡的 な学者の所見を検討してみると,これをリアリズムと受けとる学者は少く,共 通して演劇の倫理性ないし教訓性を説くものだと解釈している。極端な言い方 になるが,演劇の目的は世の姿をありのままに写すのでなくて,在るべき世の

● ● ● ● ● ● ● ●

盗を映し出すことにあるというのである。ハーヴァド大学の教授であり,アメ リカにおけるシェイクスピア研究の一・方の権威であるHarryLevinは,労 作TheQ"s""qf""抑ノ"(1959)の中で,「芸術を自然の鏡と見るエリ ザベス朝の考え方は,リアリスティクなものでなくて,むしろ倫理的なもので あった。というのは当時の人々は,男も女も,自分たちの状況が映し出されて いるのを眺めて,行状をみずからなおすことができるし,またやがてはいっそ

うの決意をかためて新らしい行動にかかれると考えたからであった」

(TheElizabethanconceptionofartastheglassOfnaturewas ethicalratherthanrealistic;fbritassumedthat,bycontemplating situationswhichreflectedtheirown,menandwomencouldmend theirwaysandactwithgreaterresolutionthereafter.p.157)

次に英米の「ハムレット」定本の「注解」(Notes)にあたってみよう。二

・・ト世紀前半のアメリカにおけるシェイクスピア研究の第一人者であって,エ リザベス朝英語の椛威であったG、L・KittredgeのHα腕ノ Nbresのその 個所を見ると,或るエリザベス朝の油側批評家の演劇観が引用されている。

0dNow'',saytheimagineddefendersofplays,accordingtoGosson's Sc"00ノeqfA"se(1579),"aretheabusesoftheworldrevealed, qgverymaninaplaymayseehisOwnfaults,andiearnbythisglass toamendhismanners(i、e、,hismorals)「当節は」と,芝居ぴいきの辿 中が,ゴッソンのr悪口の学校』(1579年出版)を受け売りして語るには,「世 間の悪事が芝居でばくろされるので,われわれは誰も彼も自分の落度を芝勝で 見物し,そこでこの鏡を見て自分の身持をよくすることができる,と)ゴッ ソン(StephenGosson)は15M年代の終りに,勃興しつつあった演劇や芸能 に対して,Puritanismの立場から批判攻撃をあびせた人であったが,オック スフォード大学卒業のインテリで,請い頃は劇作の筆をとっただけに,その演 劇批判は一部の社会に歓迎された。上掲の引用文の語り手を私は「芝居びいき の辿中」と訳したが,実は「演劇の弁謹者とおぼしき辿中」とでもパラフレイ

● ● ● ①

ズすべきTT"ejmagi"edd""d"s"〃αysとなっている。つまりゴッ

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4

ソンは芸能一般を有害無益のわざとして非難攻撃するピュリタンと,これに対 して芸能を弁護する側の代表者とを設定し,この書で討論させたのであった。

しかしこのimagineddefendersの陳述した弁護論は,結局ピューリタンの攻 螺に屈するのであり,またその程度のものしかゴッソンは表明しえないのであ る。いわば極めて 附識的な演劇効用輪にすぎない。したがってこれを「ハムレ ット」の注に収めるには,それだけの説明が添えらるべきであった。おそらく キットリッジはゴッソンの内癖はともかく,用語上のパラレルとして,注に入 れたのであろう。

最後に英国の学者の意見を川こう。T〃eⅣ也"S〃α片eps""(『新訂シェイ クスピア」)の全巻の編注の大業をおえたところの英国のシェイクスピア学の 椛威,ウィルソン教授(DoverWilson)は,「ハムレット」の注で,

Hbノα..、加α γgニ=notGreflectnature'butoshowhumannature

theideal.

(「自然に…鏡をかかげる」とは,「自然をうつす」という意味でなくて,「人 間の理想を示す」という恵味である)

まずウィルソン教授は鏡をかかげるとは「人間性をうつす」ことではないと した。これはレヴィン教授と同織に,リアリスティクな立場をとらないという ことである。次に教授は「自然」を「人間性」の意味にとった。Natureの理 念を明確にしたわけであった。そしてもっとも重要なのは,「鏡をかかぐ」と は「人間性の理想を示す」ことだと解釈した点である。ハムレットの言葉を借 用すれば,演劇の目的が,舞台の上に,人間性の理想的な「姿と形」(fOrm andpressure)を映し出すことだということである。鏡の理念が倫理的なも のであり,決してリアリステイクでないというレヴイン教授の解釈が,ウィル ソン教授になると理想的・観念的な芸術形象の要諦へと転開したのであった。

鏡を意味するmirrorとかglassという語の比端的用法は,シェイクスピ アの戯曲全体でも,それほど多くはない。しかし劇が危機的場面にさしかかる と,鏡が持ち出されるという注目すべき塀実がある。たとえば劇の主人公が思 わざる窮境におちいったとか,或は抑えがたい人間不信の念にかられていると か , 或 は 右 す べ き か 左 す べ き か , と 人 生 行 路 に 迷 っ て い る よ う な 場 合 に , 改 め でmirrorなりglassをかかげて,現実と真実をたしかめさせたいものだ,と いうようにシェイクスピアが使用したのである。ローマ市民の人気がシーザー に集まる状態に,ブルータスは心安からず,またローマ帝国の前途に不安をお ぼえた。この内心の悶えが彼の顔にあらわれた。打倒シーザーをもくろむキャ ジアスがこの機を逸せず,ブルータスを,一・味徒党に引きずりこもうとする。

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そして彼はブルータスに,「鴬のかくれた値打ちを自分の眼に見せるだけの鏡 を,君が持っておらんのはまことに残念だ」と切りだし,ついで「ぼくが君の 鏡になって(I,yoUrglass),君の自覚しておらない君そのものを,ちゃんと 君に見せてあげよう」(I.ii.)と語る。ここでは鏡(glass)が人物の其価な り真相なりを映し出すものと考えられた。同じような鏡の理念が心迷えるギリ シア陣営の勇士アキリーズのせりふにも見出される。「もっとも純粋な感覚で ある眼でさえも,自分を離れないかぎり,自分が兇えない。…というのは視力 は外へ出て行って,そこで鏡にうつされてはじめて,自分自身を認めるから だ」(ForspeculationturnsnottoitseliTillithathtravelledandis 加 γ0"'edtherewhereitmayseeitself. O〃脚Sα"dCJ'essjααⅢ、

iii)

シェイクスピアは1599年に「ジューリアス・シーザー」を,1600年に「トロ イラスとクレシィダ」を制作し,ついで「ハムレット」を1"1年頃に制作した と推定されるが,「ハムレット」に先行するこれら二つの戯曲に現われる鏡の 機能は,上述のように,現実をとらえ,また真実を映し出すことにあった。し かし事物をあるがままに写す鏡の機能も当然含まれていた。或はその機能を前 提にして,其実をとらえる鏡の理念が成立したのだと言うべきであろう。たと えばブルータスが「眼というものは,反映(refleCtion)という他物の媒介が あってはじめて,自分そのものを見るのだ」と語ると,それに押しかむせるよ うにして,キャシアスが「それではぼくが君のglassになって,君そのもの を,ちゃんと君に見せてあげよう」と云いきるからである。したがってウィル ソン教授がハムレットの鏡は目然を0reflect'することではないと断定した が,それはハムレットの場合であって,「ジューリアス・シーザー」には必ず

しもあてはまらないのである。

n G o s B o n の 演 劇 攻 撃

私は第1章においてハムレットの「鏡」の演劇論について,日本及び英米の 代表的なシェイクスピア学者の択文や注釈を検討し,その結果ハムレットが演 劇の倫理性を指摘し,ないしはその理想性や芸術性を主張しているのだという 二 つ の 見 解 を あ き ら か に し た 。 二 者 の 何 れ か を 私 は 取 ろ う と す る も の で は な い。もしここでわれわれが慎IItを期するならば,さらにもう一つ改めて考慮す べき問題が,キットリッジによって,すでに提示されていたことを想起しなけ れ ば な ら な い 。 そ れ は ゴ ッ ソ ン の 演 劇 猫 で あ る 。 す な わ ち 道 徳 的 な ゴ ッ ソ ン の 演劇論とシェイクスピア劇との関聯である。或はゴッソンの平俗な倫理性を,

ハムレットの鏡諭が,いかに見事に乗り越えたのかということ,またその間の

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事 情 を わ れ わ れ は 理 解 し な け れ ば な ら な い 。 ま づ ゴ ッ ソ ン の 演 劇 論 な る も の を 紹介しよう。

ゴツソンは『悪にIの学校』につづいて,1582年PノaysCo"/Wedi"〃

Ac"o"s,P"""gオル""""'e"""bes"〃砂 α雌αC〃γis"α〃

Co""0""F"ノ(「油劇はキリスト教国において許されざる旨を立証する,五つ の 訴 因 か ら な る 演 側 批 判 』 ) を 発 表 し た 。 5 つ の 訴 因 の 論 述 は , そ の 重 要 な 個 所が,チェムバァズ(E.K.Chambers)の『エリザベス朝の演劇』(T"g

miz"bef〃α郡S"ge)の第四巻に摘記されている。第二辨因の一節は,

InStagePlaysfOraboytoputontheattire,thegesture,the passionofawoman;foramerepersontotakeuponhimthetitle ofaPrincewithcounterfeitport,andtrain,isbyoutwardsigns toshowthemselvesotherwisethantheyare,andsowithinthe Compassofalie,whichbyAristotle'sjudgementisnaughtand

tobefled.

(舞台で演ぜられる芝居では,男の小供役者が女の衣裳をつけて,女のしぐ さをしたり,女性の感情をあらわしたりする。そして生まれ素姓の卑しい男 が,おこがましくも殿様だと名乗り,殿梯の威厳よろしく,お供の衆を引きつ れて現われる。これらはうわくの見せかけで,羽実にもとる表現をするもので あり,したがって芝居はうそ偽りの世界の7jF柄である。アリストテレスの裁断 によれば,芝居はつまらぬものであり,また避けらるべきものである。)

ゴッソンの批判には二つの根拠があった。一つはその社会道徳的根拠であっ た。というのはこの『五つの訴因」発表の1582年は演劇をはさんで,窟廷とロ ンドン市会が真向から対立した年だったからである。もう一つは彼の理論的根 拠であって,演劇の棋倣性を指摘し,アリストテレスを援用して,それを演劇 の虚偽として否定したことであった。

宮廷と市会の対倣のきっかけは1582年の「バリ遊園地」(theParisGarden) の椿轆であった。この「遊園地」はロンドン郊外の評判の見世物小恩であった が,相当古くからのロンドン名所の一つであったらしく,1544年,スペイン大 使のTheDukeofNexeraがここで,熊いじめや,犬と猿の瞳嘩などの見 世物に興じたことを報じた手紙が残っている。しかしこの小屋も,1580年代に 入ると,市の内外の娯楽センターと同様に,芝居の上演を,その番組に加え た。経営者が大衆の演劇熱にこたえたのであった。

1582年1月23日この日は日附日で,ロンドン市民は休日の娯楽を求めて,郊 外に押し出し,「パリ遊園地」も大入りとなったが,小屋の桟敵が,満員の見 物人の爪味で抜け溝ち,死者数名,重軽傷者多数を出すにいたった。日曜日と

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は輔神の安息日である。新興実業家のピューリタニズムのモラルを代弁するロ ンドン市長は,この樅IFの翌日,エリザベス女王側近の有力者,バーリィ卿 (LOrdBurghley)に宛てて,早速抗議文を提出した。そこにはピューリタニ ズムの不寛容が,むき出しになっている,「この度の悲惨な1F件は,安息日の 冒涜に対して下された神の裁きの御手と鯉むくき重大な出来鞭でございまし て,自分は,閣下に対し奉り,かくの如き神への奉仕の怠たりを改めるよう に,民衆に布告せられんことを願い上げボるものでございます。」

枢裕院(thePrivyCouncil)はこのilr件の直前の1581年12月3日に,市当 局が油劇など,民衆娯楽の取りしまりを,多少緩和してくれるように,ロンド ン市長と市参事会に対して申し入れた。劇団からの歎願を枢密院が受け入れ,

これを市当局へ伝えたのであった。しかしこの事件の後は,日曜日の興行は禁 止 さ れ , ロ ン ド ン 市 会 の 要 求 す る 安 息 日 の 岬 穏 が 保 た れ た の で あ っ た 。 と こ ろ が宮廷はおよそ二ケ月ののち,1582年3ノ1,今度は逆に画期的な演劇奨励の方 策を打ち出した。エリザベス女王は12名の俳優に,「女王お抱え役者」(the

Queen'splayers)の名称を許し,宮内宮としての手当と定服を下賜するにい たったからである。これは国務大臣であったウォルシンガム卿(SirFrancis WalSinghaml573‑90)の進言によるものであったが,12名の選定は宮廷饗 撰長官EdmondTylerがこれにあたり,貴族の庇謹を受けている劇団の役者 で,かって女王の台覧興行に出演した経歴の俳優の中から,えらんだという記 録が残っている(T"eA""αノsqfオルeR"e/s.1582年3月10日)その記録に よればウィルソン(RObertWilson)は「機敏にして洗練されたる当意即妙の 才人」(aquick,delicate,refined,extemporalwit)である故に,またター ルトン(RichardTarlton)は「驚くべきほど朗らかな当怠即妙の才人」(a

wonderousplentifUlpleasantextemporalwit)である故に,いづれも「女 王お抱え役者」にえらばれたのであった。われわれは,このような推蕊理由に よって,80年代初めう英国演劇の実態を,ほぼ推察することができる。

以上はゴッソンの演劇批判の社会的ナ紫であるが,次に彼の演劇批判の内群 の検討に移らねばならない。さてゴッソンはさきに紹介したように,『演劇狂 つの訴因』で,少年俳優が「女の衣裳をつけ,女のしぐさをし,女性の感憎を あらわす」,ということから,批判を始めた。これはカルヴィンの説教の一節 をゴッソンが援用したのであろう。スイスのカルヴィン派とロンドンのピュー リタンとは当時直結されていたからである。カルヴィンは1556年に,「仮装を 喜ぶ人々は神を恐れざる者である。たとえば仮面劇や仮装無言劇において,女 が男の衣裳をつけ,また男が女の衣裳をつけるが如きだ」(etceuxprennent

plaisiradesguiser,despittentDieu:commeencesmasques,eten cesmomons,quandlesfemmes'accoustrentenhomme,etleshommes

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enfemmes,ainsiqu'onenfait.)と,大衆をいましめた。これは「申命 記」(De""o"0"y)に「女は男のころもをまとうべからず。すべてかくする 者は汝の神エホ(これを僧みたもうなり。」(Thewomanshallnotwear thatwhichpertainethontoaman,neithershallamanputona woman'sgarment:forallthatdosoareanabominationuntothe LordthyGOd、22,5.)と明記されたことであった。

もう一・つ演劇論として重要なのはゴッソンがアリストテレスに言及したこと である。r五つの訴因』には小供役者が女の衣裳をまとい,素姓卑しい男が殿 様と名乗るのは,「うわくの見せかけ(OUtWardSign)」,「蛎実にもとる表現 (toshowotherwisethantheyare)」であり,アリストテレスも「芝居は価 値なきもの,避けるべきものだ」と断定しているとある。

ゴッソンはおそらくアリストテレスの模倣(mimesis)識に菖及したものか と推測される。しかしアリストテレスの模倣治は扮装の問題を取り上げなかっ た。「ミメーシス」という語が「扮装」の意味に使われたのは,「時学」に関す るかぎり,その第三なの始めにただ一・回見出されるにすぎない,とG、M.A.

Grubeが証言している(〃〃od"c"0"foA"s""go"P""yα"JSかノe、

1958)しかしこの一回の箇所のコンテキストも,ゴッソンの紹介し.た否定的所 見と全く関係のないものである。結局アリストテレスのどの著作をゴッソンが 援用したのか判然としない。他方プラトンは「ミメーシス」を「扮装」の意味に 使用した。その用例は「国家』の第三箱や第十獄に数多く見出される。おそら くプラトンから,アリストテレスへ展開する過程に,ゴッソンの演劇論の資料 を位脳づけることが可能であろう。しかしここではゴッソンが演劇を論じて,

古典油劇猫を持ち出してきたというリド実そのものに注目したい。というのはピ ューリタニズムから発した演劇の攻撃が,1576年頃から,次第に尖鋭化したに もかかわらず,エリザベス朝演劇は隆盛の一途を辿り,その勢いは清教徒たち の抵抗の及ぶところではなかった。いきおい彼らは古典の椛威にたよろうとし た。しかし,はたしてどれほど古典を彼らが理解していたのか,それははなは だ怪しかった,とチェンパアズが語った。いづれにしても,1583年頃を境とし て , 波 劇 そ の も の が , ピ ュ ー リ タ ニ ズ ム の 攻 撃 を 引 き は な し て し ま っ た 。 こ の 間の鞭怖をチェンバアズは『エリザペス朝演劇』の中で,「ヒューマニズムと ピューリタニズム」の一軍を設けて,総述した。われわれはそこに,ピューリ タニズムの攻撃がさかんに行われるにつれて,かえってギリシャ・ローマの古 典文学の精神に英国の人文学者が目ざめてゆくのを見出す。ゴッソンの演劇 否定論はこの大きな時代糖神の流れに浮かんだ過渡期の一つの現象にすぎなか

った。

キットリッジはゴッソンを引用し,またレヴィン数授は鏡の理念の倫理性を

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指摘した。両者は別に偏狭なピューリタニズムの立場を取ったわけではなかっ た。しかしピューリタニズムの系譜に属する。これに反しウィルソン教授が,

鏡の理念が人間性の理想をあらわそうとしたものだと云ったのは,明らかにピ ューリタニズムを越えてエリザベス朝演劇のヒューマニズムへと眼を転じたも

のであった。

Ⅲ 演 劇 と 逝 徳

父王の急死の知らせを受けて帰ってきたハムレットを待っていたものは,母 が叔父と再娚する意外な郡態であった。デンマークの王城は弗送と結婚,そし て即位の披露宴がつづき,王城の雰囲気が哀悼から歓楽へと急転した。ハムレ

・ソトは新王の叔父が嫌いだった。それでひたすらに今は亡き父をしたった。喪 服をぬごうとしないハムレットの前に,在りし日のままにいかめしい父王の亡 霊が現われた。この怪しの慾がハムレットに稚殺された怨みを語り,叔父への 復讐を誓え,とせまった。彼はその哀願をいれてやった。文武の両道に秀でて いたが善意の人であった若き王子ハムレットは,かくして人生の重荷にあえが ざるをえない。第一幕の彼は憂愁の人である。悲しげな顔をしてくれるな,と 母が彼にたのむ。「悲しげな」(seems),とはなんです。「じっさいに悲しいの です」(Nay,itis.I.ii.),と彼は云い返した。

そのうちに彼は自分の身辺が怪しい動きで取り巻かれているのに気づく。ウ ィテンペルグ大学から二人の学友が帰って来る。それで彼は叔父の策動を察知 した。学友がスパイになった。いやオーフィリアまでそうだ。「デンマークは 牢獄だ」(Demmark'saprison),と云い,彼は身の危険をさとる。このように 追いつめられた第二幕のハムレットのところへ,かねてひいきにしてやった役 者たちが,旅興行の途中,立ちよった。ハムレットが見違えるように元気にな り,「ようこそ,皆の者」と06Welcome''をくり返して喜ぶ。それからはしば らくの間,ふざけたり,酒落をとばしたりし,二枚目だった役者がひげをつけ て,幹部面をしているのを見て,「あれ,お前の顔には,しばらく見ないうち に,垂れ係がかかったな。デンマークまでやって来て,おれを卑下するつも

● ●

りかい」(Why,thefaceisbalancedsinceIsawyoulast;ComestthOu tobeardmeinDenmark?Ⅱ、ii.)としゃれた。

第二幕の終りにおける憂愁の王子から活溌な青年への変貌に,私はシェイク スピアのすぐれた手腕を感ずる。そして変貌の理由が演劇にあったことをおも うと,いかにシェイクスピアが演劇を高く評価していたか,したがっていかに 彼が劇作家として強い自信と責任感を抱いていたか,ということをわれわれは 認識しなければならないのだ,と私はおもう。さてひげ面の役者や女形の幹部

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10

俳優とふざけてから,ハムレットが一座の座がしらに向い,早速だが得意のせ りふを川かしてくれ,さあ,apassionatespeech(悲壮なところ),とせか す。どの芝居にしましょうか,と座がしらがたずねた。ハムレットは芝居の外 題が思い出せなかった。しかしかって聞いたそのI則詩の感銘が残っていたの で,彼はそれをたよりにして,およそかくあるべきpassionatespeechの理念 を述べた。つまり理想の劇詩を彼は添ったのであり,「自然に鐘をかかげた」

ような戯曲の諸条件を,三幕二場に先立って,ここで論ずることになった。

ハムレットが所望したのは,実はトロイ落城の乱戦でピラス(PyrrhuS)に

斬られる老王プライアム(Priam)の簸期と,王妃へキユバ(Hecuba)の狂 乱のくだりであった。その芝居は舞台に一度位しかかかっていない。というの はあの珍味(caviare)は大衆の口に合わないからだが,あのくだりをもう一 度自分に謡ってくれ,とハムレットが座長に所瓠した。これは1598年に上演の MarlOweのDido,Q"""qfC"f加深のことだと推定される。さて敗戦の トロイを逃がれたイーニアス(Aeneas)がカルタゴの女王ダイドーに,老王 の哀れな最期を語る,座がしらのせりふ廻しに(n.i.),ハムレットが昂齋し,

それがやがて彼を,父の復讐にふるい立たせるきっかけとなった。この二幕二 場の座がしらのせりふは,「ダィドゥ」二幕一場のイーニィアスのせりふと全 く異なるものであった。だからしてシェイクスピアがここで試みに「百万人の 大衆の口に合わない」(pleasednotthemillion,thegeneral)ところの,

キャビアのような名せりふを,書き加えたのだ,と考えてよかろう。シェイク スピアとマーロオとのaparallelの部分を示そう。

Whichhedisdaining,whisk'dhisswordabout,

Andwiththewindthereofthekingfelldown・He=Pyrrhus Didon.i.

PyrrhusatPriamdrives,inragestrikeswide, Butwiththewhiffandwindofhisfellsword Th'unnervedfatherfalls.

H迩柳ノ Ⅱ.ii.

マーロゥが「ピラスが剣を振りおろせば,その太刀風とともに王はうち倒れた り」,と雄けいな証さばきを見せた。これにくらべて,シェイクスピアは「怒 りに狙いはそれて」(inragestrikeswide)と,ちょっとおどけたが,すぐ

「おそろしき」(fell),「一陣の太刀風」(whiffandwind),「力つきたる父王」

(unnerved)と3つの形容語を新しく附加して,完全なゴムミュニィケィシオ ンを期した。イーニィアスのピンと張った簡潔なせりふが,座がしらの滑らか

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で,ととのったせりふと 微妙な対照をなしている。このことは「よき芝居」

(anexcellentplay)とはいかなるものか,を役者たちに説明したハムレッ トの次の商葉を読めば,十分に理解されるであろう。「場面が全体としてよく 整理され,そのうえ程よく,かつ巧妙に構成されているのが,よい芝居とい

うものだ」(anexcellentplay,welldigestedinthescenes,setdown withasmuchmodestyascunning)芝居の内群の点からは,突飛な題材 を使っているとか,形式の点からは「気取ったせりふ廻し」(affection)だ,

という批判は,「よき芝居」の場合おこらない。むしろ「正直な密き方だ,ま ともであって甘美で,優雅であるが派手じゃない」(anhonestmethod,as wholesomeassweet,andbyverymuchmorehandsomethanfine.Ⅱ、

ii.),とほめられるのがよい芝居である。この要請を具体化して見せた例とし て,われわれはピラスがプライアム王を狙って太刀を振りかぶり,一瞬間息を 呑んだ一節をあげることができる。その物すごい形相をシェイクスピアは台風 の来る直前,天地が一瞬間死の静寂におちいるのにたとえた

Butasweoftensee,againstsomestorm, Asilenceintheheavens,therackstandstill, Theboldwindsspeechless,andtheorbbelow Ashushasdeath,anonthedreadfulthunder Dothrendtheregion,soafterPyrrhus'pause, Arous"vengeancesetshimnewwork.

HamletⅡ、ii.

(しかるにわれらしばしば見る如く,暴風吹く前,天は静まり,霊動かず,

大胆なる風も言葉なし,下界の大地は死の静寂たりしに,忽ちにしてもの漣 き宙鳴が空をつんざく如くに,やがて目覚めたる復讐がためらいのピラスを 新たにふるい立たせた。)

緋の内に動をはらんだダイナミックな天地の把握はシェイクスピア独自のもの である。

以上は波劇の現実把掘であり,詩的真実の表現であったが,これと別の責務 を演劇は同時に負わされている。演胤llの倫理性であり,自然を鏡に映すことが 人間の倫理感に訴えるものだということであった。しかもこの至上命令は,演 劇を束縛せず,むしろ演劇の内部から油きあがってくるものである。このこと をハムレットはヘキュバを演じた俳優において認識したのであった。

ハムレットはこのことを「第二独白」(n.ii.)で語った

(12)

12

What'sHeCubatohim,orhetoHecuba, Thatheshouldweepforher?

Ⅱ、ii.

(ヘキュパが彼にとって何なれば,もしくは彼がヘキュパにとって何なれば かくも彼は彼女のために波を流すのか)

この認識はハムレットに「ゴンザゴウの暗殺」を上演して,クローディアス の良心に訴える手段を思いつかせた

guiltycreaturessittingataplay Havebytheverycunningofthescene BeenstrUcksotothesoul,thatpresently Theyhaveproclaimedtheirmalefacticns.

n.ii.

(罪を犯した者どもが芝居を見物し,場面の巧みさにひどく心打●たれ,直ち に犯した罪を白状したとやら)

ハムレットは劇[│'劇のせりふに,‐│・五六行書き加え,「彼の急所を突き」(tent himtothequiCk),あやまたずに,「王の良心をつかもう」(I'1lcatchthe conscienceoftheking.Ⅱ.ii.)と決意した。

Ⅳ「鏡」鏡のヒューマニズム

ハムレットは演劇に二つの重要な要諦をした。その一つは演劇が現実をとら え,それに美的表現をあたえることだった。油劇は「時代の要約であり,簡潔 な年代記である」(theabstractsandbriefchroniclesofthetime.n.ii.) 別の言葉で言えば,「演劇の目的は,今も背も,時代の現実に,姿と形をあた える」(m.ii.),という美的表現である。もう一・つは真実をとらえる演劇は人 々の心を感動せしめねばならないし,また実際人心を感齋せしめうるのだとハ ムレットが確償していた。はたして演劇が二つの要謂にこたえうるだろうか。

雛か,ハムレット以前に,二つの要請を同時に演劇に求めた者があったろう か。ハムレットの演劇論は,エリザベス朝演劇史において,もっとも新しい大 胆な理論であった。なんとなればそれがヒューマニズムという新しい世界観に 基礎づけられていたからである。わめき立てるようにせりふを滞り,床を踏み 卿らして舞台を役者が歩き廻る当世の人気芝居なるものは,「クリスチャンの せりふ廻しでも,またクリスチャンの歩き方でもない。いや異教徒のものでさ

(13)

えもない。人間のものでないのだ。」(neitherhavingtheaccentofChris・

tiansnorthegaitofChristian,pagan,norman.m.ii.)妓後の"nOr Inan"とは演劇における人間存在の要講であった。

さらにハムレットが40Theyimitatedhumanitysoabominably''と,

当世の人気役者の演技を酷評した(m.ii.)これを逐語訳すれば,「役者どもが 実にいやらしい人間性の棋倣をした」である。三幕二場の演劇倫はこの言蕊で 終っており,これをもって人気芝居にハムレットがとどめを刺したのであった が,ここのテキストに異同がある。1604年の第二四つ折り本がd6Theyimi・

tatedHumanitysoabhominably''であり,1623年の第一二つ折り木もこ れに同じい。流布本の「じつにいやらしく模倣し」が,古版木で「じつに人間 らしからぬ模倣をし」とあった。6abhominably'とは,abhomina(=away fromman)が語源である。しかもGabhominably'の方が,ずっと舞台効果 を高めることができる。なんとなればCHumanityGと4abhominably'とは 語呂合わせ(quibble)が効くからである。このユーモアを流布本のテキスト

が失っているのは残念である。

V 「 鏡 」 鯖 と 古 典

「演劇の目的は,昔も今も,自然に鏡をかかげて,美徳にはその姿を,愚行 にはその形を,そして時代の実体にはその姿や形を映し見せることにあった し,またそうでもある」とハムレットが語った。この「昔も今も」(bothat thefirst,andnow)と「そうであったし,現にそうでもある」(wasandis) とは,いったいどんなことであろうか。特に「昔」「そうであった」とは,は たしてどんな理論なり戯曲なりを指すのだろうか。この問題を取り上げた「ハ ムレット」満も,また注解(Notes)も私は知らない。第一章で検討した諸注,

キットリッジもウィルソンも,全然これにふれていない。もしそういう問題は 注でなく,むしろCommentaryが説明すべきだというのであれば,そのよう なコメンタリィこそ今必要なのである。要するにこの問題は長い間不問に附さ れてきたのであった。

まず私は自分の統番経験の一・つを語り,それからハムレットの「鐘」と古典 の「鏡」との照応の間魎に進みたい。かって私がPJ"o'sDoc"i"e"〃e

(OxfOrdl909)なる番物を銃んでいて,著者のJ.A.Stewartがプラトンの

「国家』596を論述するところへきたとき,そこにハムレットの鏡諭への言及 が行われているのを発見した。プラトンのMimesisとはいったいどういう理 念であろうか,とこのOxford大学の哲学教授が詮議し,それに対するいく つかの注目さるべき解答の中の一つとして,次のような考え方をあげた

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thecopywhichthepainter(orpoet)executesofthething,holding up,asitwere,themirrorofhisart(596C,D,E)toreceivethe reflection,notofrOO",butof20gigEO"e"0".(p、59)

画家が行うところの事物の模写は「存在」をうつすのでなく,「生成」をうつ すのだ,とスチュアト教授が説明し,画家のかかげる鏡はすなはちハムレット の鏡ではなかろうか,と提案したのであった。プラトンの「ミメーシス」を論 ず る に , I 弛 加 ノ を 援 用 し た こ の 衝 学 教 授 の 教 養 に , 私 は そ の と き 敬 意 を 表 し,ついでプラトンの『国家」の鏡 倫にあたってみようと決意したのであっ

た。

『国家」596以下はプラトンの詩人追放紺が倫述される個所である。なぜ詩 人は理想国家から追放さるべきであるのか。プラトンによれば第一に詩人が模 倣的な技術家にすぎず,彼の詩とはイデアから遠ざかること三段だからである という,哲学上の理由があげられる。プラトンの諭述にしたがおう。ここにベ ッドや机を描く画家がある。世の中に無数のペッドと机があるが,ベッドと机 というイデアは各一・箇あるのみである。個々のベッドと机をつくる技術家は,

要求に応じ,これらの品物をイデアに適合して作るのであって,イデアそのも のを作り出すことはできない。三和類のペッドが考えられる。一つは自然に存 在するところのもの,神によって作られたペッド,次に大工が作り,その上に わ れ わ れ が 横 た わ る ペ ッ ド , そ し て 妓 後 に 画 家 が 描 い た ベ ッ ド の 三 種 類 で あ る。画家は大工の制作したものを棋倣する者にすぎず,したがって彼をわれわ れは制作者と称するわけにはいかない。このようにして模倣的技術家をわれわ れは自然から遠ざかること三段なる者と規定する。詩人も模倣的技術家であ る。真理からも王者からも,遠ざかること,三段なる者の中に入る。

しかしわれわれは別種の技術家の存在を想定しうる。彼は他の者の作るすべ ての物を作り出すのみならず,軍や木や動物や,おのれ自身及びありとあらゆ るもの,地にも天にも,天の上にあるものをも,地の下にあるものも,さらに 神々をさたつくり出す。ところが魔術家にも比すべきこの技術家は別人なら ぬ,われわれの身近かにいる画家で,彼はこのように素附らしい手腕を持って いるはずである。或いは君自身でもこの画家におとらぬ手腕を発揮することが さほど困難でないはずだ,とソクラテスは弟子のゲラゥコン(GIaucon)に 語った。ジオゥエット(B.Jowett)の英訳は次のようである。

Aneasywayenough;orrather,therearemanywaysinwhich thefeatmightbequicklyandeasilyaccomplished,"O"e9"C""' 雌α蛇娩"qfr"""gα〃3""F・"""dα"dγ0""d‑youwould

(15)

soonenoughmakethesunandheavens,andtheearthandyour‑

self,andotheranimalsandplants,andalltheotherthingsof whichwewerejustnowspeaking,i邦鋤g郷f"".T"2R"""c, X . 5 9 6 ( イ タ リ ッ ク 筆 者 )

天と地とのあらゆるものを,「鏡をぐるぐる廻わして,これに写す如くに」,

つくり出す手腕とプラトンが語ったところを,スチュアト教授が,ハムレット の鏡論を援用しながら,それは「存在」をうつすものでなくして,「生成」を

う つ す の だ と , さ き に 解 釈 し た の で あ っ た 。

しかしプラトンは画家や詩人を模倣家と考えた。画家は自然に存在するもの を,それらが在る如くにでなく,在る如く見えるように.検倣する(598)。

また詩人は,ホーマーを始めとして,喬語と文市を媒介にして,徳及びその他 のものの影像を模写する。しかし真理に到達することはできない(601)。こ のように詩人や画家が模倣家であり,爽理から三段も遠ざかるものだという芸 術に対する否定的な意見をプラトンは『国家」で述べたのであった。

アリストテレスの芸術為はプラトンから出て,プラトンに対して立っている ものであり,したがって上述のプラトンの芸術否定に対する弁護をわれわれは アリストテレスの芸術論の中に見出すことができる(深田康算「アリストテレ スの芸術論」)。アリストテレスは,『詩学」において,さまざまの論拠から,

芸術の弁護を試みたが,ここでは「詩学」第九章及び第二十四章の詩人為をあ げよう。

悲劇の筋(Plct)が有機的統一を持たねばならないことは,さきに言及した が(『詩学」第七索及び第八章参照),これによってみても詩人の任務が,「起り しとろこのもの」を語ることではなく,「起りうべきところのもの」を語るにあ るのが知られる。「蓋然性,或いは必然性にしたがってありうべきところのも の」を彼は語るのである。歴史は起りしところのものを物語り,詩は起りうべ きものを語る。諦は,それ故に,歴史よりも,哲学的であり,重要事である。

というのは詩はより多く普通的なるものを,そして歴史は特殊的なものを語る が故である。バイウォターの訳文をあげよう。

Hence

history,

whereaS

poetryismorephilosophicalandofgraverimportthan sinceitsstatementsareofthenatureofuniverSals, thoseofhistoryareofsingulars.T.Bywater.

模 倣 と し て の 芸 術 が 人 間 の 本 質 に 根 ざ す も の で あ る こ と を ア リ ス ト テ レ ス は すでに説いたが(『詩学」節四章一四四八○),ここではさらに,それが普遍的

(16)

16

なるものの模倣である故に,典実であり,価値あるものであることを重ねて説 明したのである。

さらにアリストテレスは芸術的模倣の醤遍性と真実性が,現実界及び実在界 のそれと別顧のものであることを,『詩学」第二十四軍において挽く。ここに アリストテレスの芸術観とプラトンのそれとの大きな相違が認められるのであ る。プラトンは芸術が棋倣なるが故に,典実でないとした。それは棋倣を測 るに,実在の標醜をもってしたからである。しかるにアリストテレスは模倣を 測るに別の標恥を用いた。彼は「ホーマーが,すべての詩人に,嘘を正しく滞 る(pheidelegeinosdei)ことを殿もよく教えた」と云っているからである (1460al9)。さらに彼は,狩人に「まことらしからざる不可能邪」よりも,む しろ「まことらしき不可婚IF」を選ぶように勧告したからである。つまり彼は 椣倣なるが故に芸術が真実であるとしたのであった。

私 は 再 び こ こ で , ゴ ッ ソ ン の 演 劇 蒲 を 検 討 し た い 。 と い う の は ゴ ッ ソ ン の 演 劇非難は,右のアリストテレスの意見と関連しているように推測されるからで ある。まづ私はプッチャー(S.H.Butcher)の英択を紹介しよう,

ItisHomerwhohaschieflytaughtotherpoetstheartoftelling liesskilfully.ブッチャーは「嘘を巧みに語る..……・」と訳した。しかるに バィウオーターはpheidelegeinosdeiを,「嘘を正しく語る」という意味 に表現し,Homermorethananyotherpoetshastaughttherestofus theartofframingliesintherightway.と沢した。「巧みに語る」と,

「正しく織成する・…..」との蓋遮にわれわれは注目しなければならない。ゴッソ

● ● ● ● ● ● ●

ンは役者の扮装を取り上げて,演劇が虚偽の世界に鵬するものであり(within theCompassofalie),そしてアリストテレスの裁断したように,価値なき ものだと云った。これはアリストテレスの真意を解せざることはなはだしいも のである。なんとなればアリストテレスは演劇が現実と別の秩序の世界に属す るものであり,またその評価は別の基準によって判定さるべきことを説いたか らである。

Ⅵ ク ロ ー デ ィ ア ス と 母 に 見 せ る 鏡 オ ゥ フ ィ リ ア の 鏡

ハムレットが演出した「ゴンザゴゥ暗殺」の劇中劇が進み,庭閲で仮眠して いた王の耳へルーシィアスが呪いの稚薬を垂らしこむ場面になると,ガートル ードと竝んで見物していたクローディアスが驚いて立ちあがり,上演の中止を 叫んだ。期待通りの効果に,ハムレットが,qcWhat,frightedwithfalse fire!''と(Ⅲ、ii.)会心の叫びをあげた。GCfalsefire''とは,キットリッジ によれば,「空砲」の意である。ウィルソンは「花火」を意味すると注釈した。

(17)

いずれにしても実抑でない。実測でもないのに,クローディアスがハムレット 王殺しの犯行を告白したのである。空砲とは前章の「ミメーシス」に該当する。

「ゴンザゴゥの暗殺」はクローディアスの前にかかげられた一菰の鏡であ る。芝居の国王をルーシアスが沸殺する場面は,クローディアスの正体を,舞 台の鏡而に映写したのにひとしい。劇中劇の始まる前に,ハムレットがホレィ シオに,叔父の表怖の変化を注意していてくれ,とたのんだ。

Ipritheewhenthouseestthatactafoot, Evenwiththeverycommentofthysoul

Observemineuncle,..Givehimheedfulnote, ForImineeyeswillrivettohisface,

Andafterwewillbothourjudgementsjoin IncensUreofhisseeming.

m.ii.

(芝居の進行中はどうか君 心 を こ め て ち ゃ ん と

叔父の棟子をうかがってくれ。用心深く見てくれ,

ぼくも眼を彼の顔に釘づけにするから。

それからあとで二人の所見を持ちより 彼の様子の判断をしよう。)

見えるものの真相を見抜くハムレットは,ここで鏡の機能を利用したのであっ

た。

エリザベス朝演劇のファンであり,その擁謹者であった法学院研究生たち は,演削とはimitatiovitae,speculumconsuetudinis,imagoveritatis

(人生の棋倣,習俗の鏡,典実のイメージ)であるとの成印をかかげ,倫理的 効用を宣伝した。演劇否定論を叫ぶ反対の立場の連中もこの標語をめくって,

蟻論した。ゴッソンはこの標濡を,人々の語っているように,キケロの著作の 中に発見できないとした(「第二訴因)。しかし賛否いづれの側も,はたしてど れほど演劇の真実性を認識していたか,は疑問である。

シェイクスピアにおいては鏡の理念がよほど具体化されていた。ハムレット 劇のあちこちの重要なポイントに,鏡が設定されて,主要人物の本性を映し出 す。三幕二場に設定された劇中劇の鏡は醐悪なクローディアスの本性をとらえ たのだった。次に三幕四場になると,鏡が母のガートルードの居間にすえられ る。それからすでにオーフィリアも鏡で,真実のハムレットを見ていたのであ った。これらの鐘は,それぞれの場所において,醜悪な,或は悲揃な,或は哀 切な人間の真相を映し出して,虚実を照応せしめる。JanKOttは「ハムレッ

(18)

トIMIIの拙造は鏡の仕組み(asystemofmirrors)として理解されうる (S〃αAespe""O豚γCo""抑"0J画".1965)と言った。

劇中劇の演出に成功したハムレットが,今庇は母に,「先夫の弟の妾であり,

妃である」ことの反省をせまる。彼は母に向い,

Yougonottilllsetyouupaglass

Whereyoumayseetheinmostpartofyou.

Ⅲ、iv.

(じっとしていらっしゃい。私が鏡をかかげて,あなたの心の奥底まで見せ てあげるまで)

と言う。「心の奥底まで映して見せる」とは人の本心を映し出すという意味で ある。それではどんな装慨をして,本心を映し出すのだろうか。三熟四場「母 子対面の場」のStageDirection(「新訂シェイクスピア」)はTheQueen's closethungwitharras,andwithportraitsofKingHamletandClau・

diusuponthewall(アラス織りの垂れ幕をかけ,壁にハムレット王とクロ ーディアスの肖像画をかけた妃の居間)となっている。そして「ハムレットが 母を壁の肖像画のところへ辿れてゆく」(Hamietleadshertotheportraits onthewall),という卜押きがある。

チニーダ王朝の肖像画には微細画の肖像(aportraitinminiature)と等 身大の肖像画(awhole‑1engthportrait)の二極があるのが特色であった。

妃の居間の肖像画は後者の方で,グリーニッジ窟殿などで当時かけられていた 二枚統きのものである,とLionelCUstが推定した(Thecontextdemands thepresenceoftwocontiguousportraitsonthewallsofthequeen's chamber,suchportraitsasweretobeseenatGreenwichPalace,or atNonesuch,orothernoblemen'smansions・LionelCust:P""師"g, Sc"〃""e,α"dEE"gγα""gSha舵Sp""'sE"g!α"d.Vol.m.p.11)

ハムレットが母を二枚続きの肖像画の前につれてゆく。趾がただならぬハム レットの様子におびえ,助けを求めた。垂れ郡の蔭のボローニアスが危急をつ げると,間髪を入れず彼をハムレットが刺す。クローディアスだ,とハムレッ ト が 思 っ た の で あ っ た 。 劇 が 危 機 に さ し か か っ て い る の で あ る 。 垂 れ 幕 を も とのとおりにおろし,ハムレットが母に,現在の生活は「貞淑を偽稗にすり替 えた行為だ」(anactthatCallsvirtuehypocrite.m.iv.)と語りだす。

ハムレットはけんめいに母の再婚を澱めているのだが,母の方は昂謝している 息 子 の 真 意 が の み こ め な い 。 そ こ で 具 体 的 に 二 枚 続 き の 肖 像 面 の 美 醜 を 比 較 説 明して,母にまことの美を教えた。

(19)

ハムレット王の画像の捲き毛,ひたい,それから眼と,いちいちハムレット は母に指さして,それらがいかに美しいかを説明する。「ハイピリオンの捲き 毛,ジオーヴのひたい,マーズの眼,マーキュリイの姿勢(Hyperion'scurls,

thefrontofJove,aneyelikeMars,astationlikeMercury)」と,古典 美をハムレットは列承する。そして母に向って説明しているうちに,彼はあた かも理想災をうつしだす鏡をのぞいているような洸惚におちいる

Acombinationandaformindeed,

Whereeverygoddidseemtosethisseal Togivetheworldassuranceofaman.

(まことに美の集まれる形相,

神々が極印をついて

男性のかがみと保証されたような)

m.iv.

私はハムレットの見た理想美を,試みに形相と訳した。プラトンの美学にあ やかつて,ハムレットの0Gform''を,"eidos''(形相)の意味に解釈したか らであった。さらに。Gform''はオーフィリアの鏡にも現れる。狂乱のハムレッ トの哀れな姿に,オーフィリアはかつての「みやびのかがみ(glassoffashion)」

だったハムレットの立派な姿を思い浮べた。この映り合う合わせ鏡の存在をオ ーフィリアが哀切なcoupletで歌った

ThatunmatChedformandfeatureofblowmnyouth, Blastedwithecstasy!O,woeisme!

T'haveseenwhatlsee,seewhatlsee1

m,i.

(花ひらく背秤のたぐいなき形と盗が 狂気に吹き散ったとは。ああ悲しや,

符見た姿を見,今の姿を見るとは)

第一幕のハムレットは現象(seem)と現実(is)の矛盾に悩んだが,彼は弟 二係から三聯にかけて,善と美をとらえる御Mリという鏡を入手した。ボローニ アスを殺したハムレットはその罪を問われ,節四幕で英1脚に護送される。しか し彼はクローディアスの謀略の典をかいて,死の護送船を脱出した。州}ってき た第五雑のハムレットは意気けんこうたるものがあり,死の手合わせがもはや せまっているのを悟りながら,「鏡にうつる似姿こそ,人間の真の姿だ」(to

(20)

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maketruedictionofhim,hissemblableishismirror.V・ii.)と語っ た。このようにしてハムレットの鏡が,ついに人生の真善美をとらえたのであ った。ハムレットは困難なる状況の中で,変貌しつつ生きつづけたところの強 靭な知性の人であった。(43.10.25)

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