私の教育実践ノート
個々を大切にする生徒対応から
佐 藤 由加子
星槎大学紀要(Seisa Univ. Res. Bul.)共生科学研究 No.12 37〜45(2016)
星槎大学共生科学部
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.星槎中学校・高等学校の特色ある取り組みについて星槎中学校が開校して12年になるが、以前はフリースクールとして運営していた7年間 と合わせて私は星槎に関わって19年目を迎え、その間、様々な個性豊かな生徒と出会った。
一人ひとり違う個性を持ち、得意な面も苦手な面も違っている。誰にでも得意や苦手があり、
それぞれの生徒一人ひとりが、得意な面についてはさらに伸ばし、苦手な面については自分 のペースで取り組むことができる教育環境づくりに力を入れてきた。とりわけ、星槎中学校 の根幹として挙げられるものは「個別指導計画(IEP)」と「ソーシャルスキルトレーニン グ(SST)」である。
(1)個別指導計画
個別指導計画とは、生徒一人ひとりの状況の的確な把握や心理検査の結果などを踏まえて、
学習面や対人関係を含めた生活面に関する指導目標や指導課題を明らかにし、その目標を達 成するために必要な具体的な指導方法や内容を考えて、生徒個々に最も相応しい指導を行う ために立てられた計画のことである。この計画の作成にあたっては、生徒理解を確実に行う 観点から、全教師が作成、検討にあたり、毎年全生徒の計画を作成している。そして、この 個別指導計画は、単に計画そのものを指すのにとどまらず、個に応じた指導の実践や評価を 包括した、全体的・包括的な教育活動の基本になっていて、中学校・高等学校とも、この計 画を踏まえて日々の教育を実践している。例えば、毎日登校することに慣れるまでに時間を 要し、友達との関わりに不安を感じる生徒には、毎朝、まずは職員室に挨拶しに来ることを 目標にしている。また、朝の会が始まる前に、できるだけ多くの教師と挨拶を交わし、必ず 担任と話をすることで、不安を軽減させ、一日の良いスタートが切れるようにサポートをし、
また対人面で課題を抱える生徒には、授業中に個別カードやチェックシートなどを用いて、
視覚的に支援し、自分自身を落ち着かせるようにさせている。
このように教職員全員が個別指導計画を通して、あらゆる場面で生徒を見守り、生徒個々 の指導目標を理解し、それぞれの生徒の指導目標が達成できるように、担任が一日の最後の 帰りの会で振り返りを行い、さらに教職員が毎日生徒の行動観察の報告と指導目標達成のた めの指導の改善や手立てを話し合い、目標達成に向けた切れ目のない指導を続けている。
特別企画 「特別支援教育の現在と未来」
(2)ソーシャルスキルトレーニング
ソーシャルスキルトレーニングは、社会生活を円滑に行うために、社会生活で必要な知識 や技術、他者との関わり方の方法を身につけ、さらにコミュニケーション能力を図るために、
星槎中学校・高等学校ではSSTを科目名として、中学校、高等学校とも週1時間特設の授業 として行っている。中学校・高等学校とも年間35時間の指導計画を作成し、この指導計画に 基づいて授業を進めているが、まず、学校生活の中で生徒間の問題が起こった時には、その 問題解決のために随時時間を設定して授業を進めることがある。指導内容に関しては、基本 的には、挨拶の仕方、相手の気持ちを考えた言葉の選び方、自己理解、表情認知、相手の立 場を認めた人との関わり方、チームワークづくりなどで、各教科の指導内容の発展としてSST の時間に取り上げる場合もある。また、授業で学習したことが単なる知識や技術で終わらな いように、ロールプレイや話し合いなど、学校生活の中で、生徒同士が積極的に関わり合う 場面を多く設定し、授業で学んだ知識や技術をできるだけ活用できるように工夫している。
このようにSSTの授業を展開した結果、生徒から「友達と喧嘩しちゃったけど、SSTの 授業でやった方法で謝ったら許してくれたよ」「落ち込んでいる友達に勇気を出して、優し く声をかけたら、お礼を言われてちょっと自信がついた」「去年、先輩からいろいろ教えて もらったから、同じように後輩に声をかけてみたんだ」などの反応が聞かれ、授業の効果が あると考えている。
SSTの授業は、前述した社会生活で必要な知識や技術、他者との関わり方の技術、さら にコミュニケーション能力の向上を基本としているが、生徒の心理的問題を解決する場面が 多々あり、生徒の状況に対応できるさらなる適切な指導内容・方法の研究を進める必要があ る。今後も、生徒のよりよい成長を目指し、「SST」の授業研究に取り組み、教師の一層の 指導力の向上を図りたいと考えている。
生徒にとって特に必要と思われる取り組みの2つについて、すぐに効果が現れるわけでは なく、この長い年月の根気強い取り組みが結果として生徒にとって必要だったのかもしれな い。今後もこの基礎となる取り組みを、生徒にとっての成長となるよう、努力していきたい。
この2つと、山口薫先生からの教えをもとに、行ってきた生徒指導、そしてどのように生徒 が変わったかといういくつかの事例を述べる。
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.指導事例(1)友達との関わり方に困難さを抱える女子生徒
小学校時代、友達との関係がなかなか上手く持てず、中学でも友達は一切必要ないと言い きり、アニメや漫画をこよなく愛する生徒が入学してきた。その生徒は「友達はアニメのキャ ラクターだけで十分」と友達との関わりを持とうとしなかった。しかし、彼女と同じアニメ を知っていた生徒がおり、その生徒と話をしたことがきっかけで、初めて彼女に「友達」が できた。友達と関わる楽しさを知り、その友達とアニメの話題を共有できる喜びで嬉しくて 仕方がなかったが、その友達を独り占めしたい思いで関わりが一方的になってしまいトラブ
ルになってしまった。この生徒にどのように指導をしたか、そのあとの生徒の変容について 述べたい。
とにかく彼女は、初めての友達ができ、自分の話を聞いてもらえる喜び、自分とアニメの 話を共有できる喜びでいっぱいになり、毎日のようにその友達を独占し、自分だけの「もの」
にしようとしてしまった。ついに、その関わりが一方的過ぎて、その友達は彼女を避けるよう になった。友達に避けられた彼女は、やはり私に友達なんて必要なかったのに、その気にさ せた友達のことを恨み、罵倒するようになってしまった。彼女は思い込むとなかなかその考 えから抜け切れないことがあるため、指導は相当の年月を要した。彼女は友達のことを罵倒 したことで、クラスの他の仲間から反感をかってしまい、孤立状態に陥った。指導の手立て として次のようなことに留意した。彼女は、友達を罵倒するとそのあと必ず「どうせ私の気 持ちなんてわかってくれない」という言葉を発するため、時間をかけ面談を行い、まず彼女 の気持ちを聞いてみた。その中で、やはり自分は勉強もできないし、みんなから人気はない し、友達をつくるなんて到底無理だったのだ、という寂しさを訴えた。そこで、みんなから人 気がある人ってどんな人だろう? 友達が多い人ってどんな人だろう? ということをワーク シートにして個別指導をした。まずは思いつくまま、箇条書きにさせ、その後、具体的にど のような振る舞いをすれば、みんなから好かれるだろう、と実際のセリフを作り、ロールプレ イを行った。途中、投げ出しそうになる場面があったが、その都度、気分を変えるためにロー ルプレイの練習をやめ、その日はアニメの話をする日にするなどして、継続指導を行った。
その結果、クラスの皆から「何だか変わったね」「暴言が減ったね」と言われるようになり、
少しずつ彼女の気持ちは段々と落ち着いてきた。
初めてできた友達は、彼女のことを少しずつ受け入れ、また、他の仲間もアニメの話に耳 を傾けるようになり、彼女もまた、自分に興味のない友達の趣味にも耳を傾けられるように なってきた。学年が上がり、気分のムラはあるものの、生徒会役員に立候補したり、部活で 後輩をまとめられるまでに成長した。
この事例からわかるように、生徒に何か問題があった時、まずは生徒の話をよく聞き、生 徒のちょっとした発言や気持ちをつぶさに捉えることが大切である。そして、時間をかけて 生徒の気持ちを面談で丁寧に聞き、その生徒にあった個別の指導をすぐに行うことも大切で ある。この生徒は現在大学に通い、自分の趣味を大切にしながら、少数ではあるが気の合う 仲間とキャンパスライフを楽しんでいる。
(2)不安が強く、なかなか学校に足が向かない男子生徒
小学校時代、あらゆることに不安を感じ、クラス替えをする度に、新しい環境に慣れるま でに時間を要し、中学校の入学式も不安で欠席をしてしまった。入学式に行けなった自分を 責め、その後そのまま学校に足が向かず、不登校になってしまった。この生徒にどのような 対応をしたか、そのあとの生徒の変容について述べたい。
入学式後、毎日保護者とは連絡をとり、家庭での様子や翌日の予定などを話し、何とか登 校につなげていこうと試みたが、登校にはなかなか至らなかった。本人と話すために家庭訪
問をし、新しい環境にはわからないことや不安なことが多すぎて、なかなか外へ行けないと いう気持ちを聞くことができた。思いつく不安として、自分には気の合う友達ができるのか、
入学式を欠席した自分はみんなにどう思われているのか、勉強にはついていけるのか、とい うことであった。不安の内容が何となくでも言葉にすることができると、それを少しでも取り 除こうと、保護者と相談し、こちらがいくつか選択肢をあげた。彼の趣味はゲームをするこ とで、毎日勉強の後に、気分転換で必ずゲームをしており、一緒にゲームをする友達ができ ないかと家で話をしていたとのことであった。そこで、放課後にゲームの好きなクラスの生 徒と関わらせてみて、楽しさを味わうことで少しでも学校への不安を軽減させようと試みた。
その結果、保護者とともに放課後の登校ができ、2人の友人と初めて関わることもでき、
その後継続しての放課後登校につながることができた。また、保護者は何とか彼の状況を変 化させたいと学校の提案に耳を傾け、またとても協力的であった。クラスメートにこの状況 は詳しく伝えてあり、いつ教室に来てもいいように準備はしてあった。ただ、昼間の大勢の 生徒がいる状況は、放課後登校の彼にとってはハードルが高いようで、焦らず着実に登校す ることをしばらくは目標とした。
学年が上がり、登校形態ではなく、登校した内容に変化を持たせるべく、こちらから放課 後にプリント学習の提案をしたところ、本人もゲームばかりしているだけでは勉強に遅れて しまうと焦りを感じていたようで、ゲームで関わりを持てた友達と一緒であればという条件 で、放課後プリントに取り組んでみようという気持ちになることができた。プリント学習を 何か月か継続するうちに、友達が「今度授業に来てみれば?」と言ったことで、彼はかなり 緊張した表情になっていたが、その2日後、得意な数学の授業に出席することができたので ある。クラスメートには今までの彼の状況を詳しく伝えていたので、出席できたことに皆緊 張しながらも声をかけ、彼も少し緊張が解けたようであった。数学だけの出席から、午前中 のみの出席につながり、2年生の後期には昼食をとって下校できるまでに成長した。
最高学年となり、多くの友達の声掛けで出席できる授業が増え、卒業時にはほぼ休むこと なく、登校することができるようになった。
この事例からわかるように、何らかの小さなきっかけが積み重なり、毎日への登校へとつ ながることがある。朝から登校するだけではなく、来られる時間に来てそこからスモールス テップで始めること、また友達からの声かけがいかに重要であること、またその声かけが仲 間づくりのきっかけになったと考えられる。学校に足が向かない要因はいくらでも考えられ るが、その要因となるものを少しずつ緩和できれば不安の軽減につながるだろう。
(3)集団に参加できない自分に対して焦りを持つ女子生徒
小学校時代から集団と学習への苦手意識が強く、保健室登校を続けてきていた生徒が入学 してきた。また、コミュニケーションも苦手なため、自分の意志を相手に伝える方法が分か らず、周囲の人も何に困っていてどう支援して欲しいのかを把握するのが難しかった。
本人自身も、自己理解ができておらず、不安ばかりが増大し、結果的に「何にも取り組み たくない」という気持ちがより強まっている状態だった。
本校(星槎中学校・高等学校)の保健室は、登校への不安が強い生徒が学校に来るための 一つのきっかけになる。また学級とは違う、少し「特別な空間」が相談のしやすさを作る場 合がある。保健室という特別な空間を上手に利用することは、不安の軽減につながる。保健 室と教室の連携は、特に本校へ通う生徒にとって、とても大切である。
そこで、小学校のときに保健室やカウンセリング室、図書室などの別室対応をどのように 行ってきたのか、本人にとってどのような場所だったのかを保護者に聞きとった上で、本人 に対して「今すぐに、学級という集団へ参加しなくてもよい」ということを伝えることにした。
まずは本人の「やらなくてはいけない、でもできない」という焦燥感を和らげたいと考えた からである。実際に担任が「焦って授業に出なくてもよい」「少しずつ参加できるようになっ ていけばよい」と伝えると、驚きの表情を浮かべると共に安堵した様子が見られた。
この生徒は小学生の時に保健室へ通学し、その後教室に戻ることがないまま中学校生活を スタートしていたため、本校では改めて、あくまでも「保健室は教室を居場所にするための ステップ」であることを本人や保護者に確認した。保健室の居心地をよくして学校を安心で きる場所にすることとともに、学級への帰属意識を失わせないことを大切にしながらの保健 室利用が始まった。担任と養護教諭とのコミュニケーションを密接にし、保健室での安心で きる環境を整備した。担任は可能な限り、保健室での時間を一緒に過ごし、学級への帰属意 識を失わせないように努めた。同級生たちへは、本人が保健室で頑張っている様子をこまめ に伝え、仲間であることを実感できるよう配慮した。同級生は、彼女が教室に入れるように 何か協力できないかと、保健室に声をかけに行こう、あまり行きすぎない方がよいのでは?
と、口々に言い始め、教室の彼女を何とかしたいという雰囲気が高まっていった。
保健室登校が安定したことで、「友人との関わり」という次のステップを設定した。本人 の「やらなくてはいけない」と思う気持ちを生かして、集団へ戻るために友人と関わる場面 を作ることにした。毎日保健室で昼食をとっていたが、保健室では昼食をとれなくなった、
という状況を設定し、必然的に保健室の外に出なくてはならない状況を作った。そして、彼 女のことを気にかけていた同級生を担任が誘い、保健室でも学級でもない小さな応接室での 昼食タイムが始まった。まだ大きな集団へ入ることは難しかったが、友人と関わることや保 健室外で過ごすことで自信を取り戻し、表情が徐々に穏やかになっていった。
全教員の協力を得て、この生徒が興味を持てそうな活動や自信のある教科の授業、小さな 集団で行動する行事などの場面において、保健室を出なくてはならない状況を少しずつ増や していった。すると、さらに多くの友人と関わる場面が増え、この生徒は、にこやかに過ご すようになっていった。
場面設定に配慮すると共に、担任と養護教諭はこの生徒の気持ちとひたすら向き合った。
本人の意志で行動できるまで辛抱強く待つだけでなく、本人が何を考えているのかを考えな がら声をかけた。本人が心の中では、「本当はみんなと同じようにやりたい」という気持ち を持っていることがわかった。この生徒は、それでも思うようにできない自分自身と、長年 戦い続けていたのである。そして「できない私を親も先生も自分もダメだと思っている」と 考え、どうしてよいか分からなくなり、結果として何も行動できずに固まってしまっていた
のである。その気持ちを教員が把握し、受け入れ、共感してからは、自分の意志を語るよう になってきた。
このような指導を通じて、保護者からも教員からも友人からも認められているという実感 を強く持つようになり、自信がついたようだった。そして本人も、ありのままの自分自身を 受け入れて認めた様子が目立ってきた。集団へ参加することの抵抗も薄れ、2年生に進級す る頃には、保健室で過ごす時間はほとんどなくなっていた。
生徒の状況を一旦はそのまま受け入れて安心できる居場所を学校に作り、次に友人との関 わりを作ることで集団の中での過ごし方を探っていったことが、この事例のポイントとなる。
本人と根気強く関わり、言外に秘められた本音と向き合い、時には「やらなくてはならない」
という焦りをも生かして場面を設定し、成功体験を積み重ねさせることや、同時に焦燥感や 劣等感を忘れてリラックスして過ごせる時間を確保することが指導のポイントとなる。この ように、担任だけでなく、養護教諭と綿密に連携をとり、カウンセリングを行いながら全教 師が協力して学校の中でその生徒なりの居場所を作っていくことは、集団の中で生活する自 信をつけるための有効な指導の手立てである。
(4)宿泊行事への参加を渋る、すべてのことに不安が伴う男子生徒
小学校までの学校生活で嫌な経験を多くしており、入学当初はすべてのことに対して不安 感が強く、日常の学習や行事に参加することができず、消極的な言動が目立つ男子生徒が本 校に入学してきた。中学生全員の宿泊行事として、年に2回、キャンプとスキーの実習があ るが、キャンプ実習への参加をためらい、そのオリエンテーションでは表情が硬く緊張の連 続であった。友人が少ないため孤立して、不安を抱えているその生徒に教師が寄り添い、個 別に話す機会を多く設け、少しでも安心してキャンプ実習に参加できるよう、前年のキャン プ実習の写真や楽しかった思い出が書き綴られている作文などを紹介しながら、時間を充分 にとって話し合いを続けた。さらに上級生から、この生徒が心配しているような事柄は実際 にはないということやキャンプ実習での楽しかった思い出を伝えると、徐々に不安を解消さ せることができ表情が明るくなっていった。「参加できる」という自信がつき、友人の励ま しも手伝ってキャンプ実習の参加へこぎ着けた。
多少の不安をもちながら迎えた本番、様々なプログラムを経験し、疲れや緊張から暗い表 情になる場面もトラブルもあった。しかし、周囲の友人と協力しながら直面した問題を解決 し、多くの笑顔を見せて3日間の全旅程に参加することができた。
実習終了後、楽しい思い出を話すことを通して、学年を越えた仲間との交流を深め、同級 生だけではなく先輩とも良い人間関係を築くことできるまでに至った。さらに、実習に参加 できたことが本人の大きな自信となり、授業への参加も積極的になった。その後は、不安を 感じたり困ったことが起きた時に自ら教員に相談して問題を解決できるようになり、苦手な ことに対して積極的に挑戦できるまでに成長した。
翌年のキャンプ実習では、参加に不安を抱えている後輩の相談に乗ったり、実習中も後輩 の荷物整理を手伝ったりするなど、前年とは全く違う姿が見られ、後輩と関わりながら自身
飛躍的に成長した。
この事例は、カウンセリング・マインドを持った粘り強い対応が大きな鍵となった。教師 が生徒の不安に寄り添い、写真などの視覚的な資料を用いたり作文を読み聞かせたりして、
不安を解消し、問題を解決した。小さなことでもきちんと評価して成功体験を積み重ねさせ、
自信を持たせることが大切である。とりわけ、日常の学校とは異なった環境へ適応させるこ とは、生徒にとってこの上もない自信と積極性を育てる機会になると思われる。まして、宿 泊を伴う体験的な活動は、人との関わりを深める観点から、自信を回復する有効な指導の手 立てである。
(5)不安の強さからくる、場面緘黙の女子生徒
小学校4年生の時、友達に「あなたの声、変わってるね」と言われたことをきっかけに、
学校場面では全く話をしなくなった生徒が入学してきた。もともと自信がなく、それ以前も 小学校では不登校気味ではあったが、そのことでますます学校で自信をなくし、話さなくなっ たことで友達との関わりが激減し、中学校入学後も話すことはなかった。クラスの友達は、
最初どのように関わったらよいかわからず、話かけることをやめてしまった生徒が何名もい たが、周りの生徒も含め、このような生徒に対してどのような指導をしたか、その後どのよ うな変容がみられたかを述べる。
まず、彼女とのコミュニケーション手段であるが、読み書きには大きな問題は見られなかっ たので、基本的には筆談というかたちをとり、何かヘルプがある時はヘルプメモとしてノー トを常に携帯させた。そして周囲のクラスメートには、彼女の不安の大きさをよく理解させ、
話をすることは今はできないが、仲間として関わるにはどうしたらよいか一緒に考えさせた。
彼女は周りの生徒の話にはよく耳を傾けているので、彼女の意見を求める時、首を縦、横に 振ることでわかるような問いにするようにし、できるだけ仲間として関わりあえるように促 した。そうすることで、周りとコミュニケーションをとっている気持ちになりやすくなり、
学校での不安は軽減されていった。笑顔が増え、自分から友達の輪に寄っていくことも増え た。楽しい会話の時は、少し笑いが漏れてしまうことがあり、恥ずかしそうにしていたが、
なかなか話をすることはせず、何とか「はい」だけでもと声を発せないかと焦ってしまうこ ともあったが、ゆっくり彼女の成長を見守りながら対応していった。中学校3年間での成長 としては、登校日数が増え、笑顔が増えたこと、ヘルプメモの使用が増えたことであるが、
声を発することはとうとう叶わずであったが、宿泊行事へも参加し、何より周りの生徒が彼 女を理解し、仲間であることをいつも認識しそばに寄り添いケアをしたことがとても重要で あった。特性のある生徒を対応する時、教員だけなく、クラスメートがどれだけ仲間に寄り 添えるかが重要な鍵であろう。3年間では「話す」ことは無理であったが、その後高校に進 学し、高校3年の1月に星槎中学校を訪れ、大学の合格を知らせに来て、初めて「先生、ご 無沙汰しております」と言われ、その当時の気持ちや話をたくさん聞くことができた。焦ら なくても時期を待てばよいのだ、と確信した瞬間であった。
この事例は、自分の中では卒業までに声を何とか発するようにと焦ってしまった事例であ
るが、決して話すことだけが全てではなく、その時期を待つことが大切であり、彼女が話す タイミングが必ずあること、そのタイミングのために中学校3年間で彼女にしてきたアプ ローチは無駄ではなかった、ということが筆者自身学ぶことができた。
(6)小学校で学級になじめず不登校状態が長く続いていた男子生徒
小学校の頃はクラスになじめず、学校からは十分に理解をされずに不登校に至っていたこ とから、保護者が入学前より学校見学や個別相談を重ね、丁寧に準備をして入学してきた男 子生徒がいた。この生徒は入学直後から表情がすぐれず、常に緊張状態が続き、周囲の生徒 の失敗や課題点に対して批判的・排他的な言葉が目立った。学習面では小学校時代に学習す る機会に恵まれなかったため、おおむね学習内容の理解はできているものの自信が持てず、
授業に臨む姿勢も良いものではなかった。とりわけ、体育や校外活動、宿泊行事などの体験 的な学習については、消極的で参加意欲が全くなかった。
集団生活から3年近く離れていたことや、本人の自己肯定感が低さから「理解されている、
認められている」という実感が乏しく、学校が安心できる場所になっていない様子であった。
さらに、保護者も同様に学校という場所への不信感を根強く持っていた。
周囲の生徒の課題が気になり、緊張状態は続いていたものの、担任教師がこの生徒と共通 の話題を持つ同級生とを誘い、共に昼食を取ったことをきっかけに会話の弾む仲間も徐々に できはじめ、笑顔でいる時間が増えた。しかしながら、依然として本人の学校生活の満足度 が低く、「つまらない」「クラスの人と一緒に行動するのは嫌だ」という発言が目立っていた。
そのため保護者は依然として不安感と不信感、「星槎に入っても何も変わらない」という感 想を持ちつづけていた。
その後の生徒面談および保護者面談での会話から、生徒、保護者ともに、教師の観察して いる学校での様子とはかなり異なる所感を持っていることが分かった。そのため、生活の当 面の目標をその日に体験した楽しかったことを印象づけることに重点を置くことにした。この ことは、即座に個別指導計画に反映され、毎日の取り組みとして振り返りを行うようになった。
実施当初は「楽しかったことを先生と確認する」という目標になじめず、一日の振り返り もおざなりになっている様子であった。だが、よくよく話をすると「どの関わりを楽しいと 言っていいのかが分からない」とのことだったので、教師が確認できる範囲で本人が和やか に関わることのできていた様子を記録し、本人に伝えることにした。授業だけでなく、休み 時間や昼食の際にも、教師が多くの時間を共にしたことで多くの場面について伝えることが できた。さらに、学校生活が充実したものであったと、本人に強く印象づけて記憶して欲し かったため、生徒自身に簡単にメモとしてまとめてもらうことにした。
充実した時間がメモの枚数として可視化され、その量が増えるにつれて次第に「つまらな い」という発言が少なくなっていった。さらに保護者からは、「個別指導計画を家庭で振り 返ることによって子どもの様子が分かるようになった」「子どもの『学校で楽しかったこと』
が食卓で話題に上がるようになった」との報告を受けることができるようになった。
保護者の緊張がほぐれ、表情は和らいでいき、保護者同士の交流や保護者会への参加が増
えていった。この頃から、さらに本人の学校での様子に変化が見られるようになった。
それまでは周囲の生徒の課題や失敗に対して厳しく叱責していたが、徐々に「あいつだか ら、しょうがないよ」等の寛容な言葉が混じり始めた。
後から聞いたところによると、保護者が生徒同士は関係がうまくいっていない相手の保護 者と仲良くなり、将来の不安などの話題を共有するうちにその生徒の特徴を知り、共感でき るようになったという。それを自分の息子にそれとなく伝えたそうである。
また、苦手だった体験的な学習についても、事前に自分なりの参加方法を考えて提案して くるようになった。もともと、身体的な問題はなかったため、ひとつの宿泊行事を乗り越え てからは、それまで参加を頑なに拒否していたのがウソのように、意欲的に参加できるよう になった。不安の多い後輩たちに「1年生の時は、俺も同じだったんだよ」と笑顔交じりに 話しかける姿が見られるようにもなった。
本人が様々なものに関心が持てず、周囲の人に対して気を許すことができなかったのは、
それまでの体験で自分自身を認めてもらう機会の少なかったためであり、本人が本来持つ特 性とは異なるものだった。しかし、発達にアンバランスさを抱える生徒は、正当に評価され にくく、とかくこうした状況に陥りやすい。今回のケースは、教員が普通の大人では 当た り前 と流してしまいそうな様子を観察し、根気強く生徒に伝え続けたことにより、保護者 の様子まで変化した事例である。個別指導計画を使用したことで、学校と家庭の関係がより 強固になり、生徒にとっても保護者にとっても本校は「安心できる学校」となった。
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.おわりに星槎中学校・高等学校での何人かの生徒対応について述べたが、これがベストという対応 はなく、生徒一人ひとりの立場に立って、生徒のためにより良い対応をしていくことが重要 である。全ての生徒を特別扱いすること、教師と生徒集団の中に一対一の関係をつくり、そ の関係を全職員で共有することが大切である。
星槎には、生徒が「笑顔に変わる理由」がたくさんあるが、その結果、保護者も笑顔に変 われる。生徒を中心とした、環境づくりが星槎の行う教育である。インターネットが発展し、
通信教育などが徐々に増えていき、そうした社会があたかも、新しく、将来の主流であるか のように言われている。それでも私たちは生徒一人ひとりと直に向き合い、子どもたちと一 緒に関わり合いながら、その生徒の現在、将来を想像し、全ての環境を創造していく。生徒 と教師、保護者が三位一体となり、直接的な対話を重ね続けることこそが生徒を成長させる ための指導において何よりも重要である。
この、一人ひとり、個々の違いを良さとして捉える「みんな違って、みんないい」の考え方、
一人ひとりを丁寧に扱う考え方は山口薫先生の教えであった。そしてこれは18年間、私が 仕事をする上での礎となっており、今後もこの考え方のもと、たくさんの生徒と丁寧に関わ り、その関わり方やコツを、大学で多くの現職の先生方や学生に少しでも伝えることができ ればと思っている。