中国保険法の人保険契約における保険金 受取人をめぐる諸問題
⎜⎜ 中国の立法,司法および学説の動向に関する紹介 ⎜⎜
李 鳴
■アブストラクト
本稿では,中国保険契約法の人保険契約における保険金受取人をめぐる諸 問題として,①保険金受取人の指定・変更権者,②保険契約者が被保険者の 雇用主である場合における保険金受取人指定の制限,③保険金受取人変更の 方式,④遺言による保険金受取人の変更,⑤保険金受取人不存在の場合にお ける死亡保険金の帰属に関する立法,司法および学説の動向を紹介する。そ の上で,保険金受取人に関する中国保険法の法理には,①保険金受取人の地 位の低さ,②被保険者中心主義,③原則的,手続的な立法手法という三つの 特徴があると結論付ける。
■キーワード
保険金受取人の指定・変更,受取人不存在,死亡保険金の帰属
1 はじめに
中華人民共和国保険法 (以下 中国保険法 または 法 )は,保険 契約法と保険業法を併せた法律である。中国の保険契約の基本類型は人保険
205 /平成23年9月6日原稿受領。
1) 1995年6月30日に公布・施行。その後,2002年10月28日に一部改正を経て,
日本の保険法改正とほぼ同時期に全面的な改正が行なわれ,2009年2月28日に 新たに公布され,2009年10月1日より施行された。
契約(中国語では 人身保険合同 )と損害保険契約(中国語では 財産保 険合同 )に大別され,立法や理論が体系化されている。人保険契約におい ては,保険金受取人および保険金請求権をめぐる問題が,保険実務上,最も 紛争が起きやすい問題の一つであり,かねてから中国の学者,司法 界,保 険業界の注目を集めている。
本稿では,保険金受取人の指定・変更,保険金受取人不存在における死亡 保険金の帰属を中心に,中でも中国保険法2009年改正で新設された雇用主で ある保険契約者の保険金受取人指定制限と同時死亡による死亡保険金の帰属,
立法に至らなかった遺言による保険金受取人の変更に関する議論等を重点的 に取り上げ,中国の立法,司法および学説を紹介し,その特徴を考察する。
本稿が,中国保険法の研究,生保会社を含む日系企業の中国での事業展 開・事業運営等にいささかなりとも裨益するところがあれば幸いである。
2 保険金受取人の指定・変更権者
2.1 中国保険法の規定
中国保険法は, 保険金受取人は被保険者または保険契約者が指定する こと(法39条1項), 被保険者または保険契約者は保険金受取人を変更 す ることができること(法41条1項前段), 保険契約者が保険金受取人を指 定 または 変更する場合は,被保険者の同意を得なければならない こと
(法39条2項前段,41条2項)を規定している 。これにより,保険金受取 人の指定・変更権者は,被保険者または保険契約者であることが分かる。
2.2 規定の解釈
ここで留意したいのは, 被保険者または保険契約者 の文言上の並べ方 である。両者が同一人ではない場合には,被保険者は独自に保険金受取人の
2) 国家司法機関等が法に基づいて行なう訴訟事件と非訴訟事件に関する活動。
3) 本稿に引用する中国保険法の条文は主に沙銀華・片山ゆきの和訳を参照した もの。
指定または変更をすることができるのに対し,保険契約者は被保険者の同意 を得なければその指定・変更ができない。したがって,保険金受取人の指 定・変更の最終決定権は被保険者にある。保険契約者は保険契約の当事者の 一方であり,保険料の支払義務を負うにもかかわらず,その有する保険金受 取人の指定・変更権は 提案権 にすぎず,保険金受取人の指定・変更権は 実質的に被保険者に帰属する。被保険者が指定・変更に同意しなければ,保 険契約者は保険契約の締結を取り止めまたは解約するしかないと解される 。
2.3 被保険者が指定・変更権を有する理由
他人を被保険者とする生命保険契約について,保険金受取人の指定または 変更がなされる場合は,モラル・ハザード回避の措置として原則的に被保険 者の同意を必要とする立法が通例である 。しかし,被保険者と保険契約者 の両方とも保険金受取人の指定・変更権を有する立法例はあまり見られない。
これについて,中国の学説は以下の観点から,ほぼ一致して支持している 。
⑴本来被保険者が保険金請求権者である観点から 中国保険法では,被保 険者は,保険金請求の権利を有する者としている(法12条5項)。しかも,
被保険者は誰かに指定されることもなく,原始的な保険金請求権者であると なっている。被保険者が享受する最も重要な権利は保険金請求権であるが,
死亡保険金について,保険事故発生後,被保険者が自身で保険金請求権を行 使することはできないため,保険金受取人に保険金請求権を受け取らせるの である。要するに,保険金受取人の保険金請求権は被保険者からあらかじめ
保険学雑誌 第 615号
4) 暁明主編 新保険法熱点与疑難問題回答 (人民法院出版社,2010年)174 頁。
5) 日本の保険法43条・72条1項,ドイツ保険契約法159条1項,フランス保険 法典
L.132‑8条6項,スイス保険契約法76条1項等。
6) 呉慶宝 保険訴訟原理及判例 (人民法院出版社,2005年)363頁,秦道夫主 編 保険法論 (機械工業出版社,2000年)260頁,応世昌編著 中外精選保険 案例評 (上海財経大学出版社,2005年)207頁,林剛 保険疑題法律解析 (上海人民出版社,2009年)65頁以下,黎建飛 保険法的理論与実践 (中国法 制出版社,2005年)110頁等。
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譲渡されるものであり,被保険者が享受する保険金請求権の実現にすぎない。
⑵被保険者の利益をより保護すべき観点から 人保険契約は被保険者の生 命または身体を保険事故の対象とするから,被保険者が保険契約による保障 を受ける真の主体であり,被保険者が自己の生命や健康にもっとも関心をも っている。したがって,被保険者が自分の生命により発生する経済的利益,
即ち死亡保険金を誰に取得させるべきかについて,当然に決定権を有する。
⑶モラル・ハザードを根絶する観点から 死亡保険金請求権は被保険者の 生命にかかわるものである。それ故,保険契約者と被保険者が同一人ではな い保険契約において,保険契約者のみに保険金受取人を指定させる場合には,
保険契約者が自分の利益から任意に保険金受取人を選択したり,または,保 険契約者や保険金受取人が保険金詐取を目的として被保険者の身体または生 命に危害を加えたりするモラル・ハザードを完全に根絶することはできない。
3 保険契約者が被保険者の雇用主である場合における保険金受取人 指定の制限
保険金受取人の資格については,原則として制限がなく,自然人でも法人 またはその他組織,団体でもよいと解するのが一般的である 。しかし,中 国保険法は,保険契約者が被保険者の雇用主である場合には,保険金受取人 の指定に制限を設けている。
3.1 中国保険法の規定
中国保険法第39条第2項後段は, 保険契約者が労働関係のある労働者の ために人保険契約を締結する場合は,被保険者及びその近親者 以外の者を 保険金受取人として指定してはならない としている。本規定は,2009年改
7) 大森忠夫 保険法〔補訂版〕 (有斐閣,1991年)273頁等。
8) 近親者 (中国語では 近親属 という。)とは,配偶者,父母,子供,兄 弟姉妹,祖父母,外祖父母,孫,外孫を含む者をいう(最高人民法院 中華人 民共和国民法通則の徹底執行における若干問題に関する意見(試行)第12条 )。
正で追加されたものであり,同じく追加された,保険契約者が労使関係のあ る労働者に対し被保険利益を有するとした第31条第1項第4号の規定を補充 するものと説明されている 。これにより,企業は従業員を被保険者とする 団体保険契約を締結することができるが,自己を保険金受取人として指定す ることはできないこととなっている(以下 本制限 という。)。
3.2 立法の背景と趣旨
中国保険法2009年改正前においては,企業が保険会社との間で従業員を被 保険者とする団体保険契約を締結する場合は,原則として従業員の同意があ ることを前提に自己を保険金受取人に指定することが認められていた 。と ころが,従業員の同意がないまま保険契約が締結された事例,従業員死亡時 に企業は相当の保険金を受けたが何らかの口実で従業員の遺族への支払いを 拒んだ事例,また,仮に弔慰金や賠償金として支払ったとしても,その金額 が保険会社より支払われた金額をはるかに下回った事例等がしばしばあった。
それに納得できず,企業を被告とする訴訟が提起されるなど,企業と従業 員の遺族の間で従業員の同意の有無や死亡保険金の帰属をめぐるトラブルが 頻発していた。裁判例の大半は,従業員の遺族に全部支払うべきであるとい う立場を採ってきた 。社会一般も,それが従業員の身体や生命を代価とし て不当な利得を得ようする行為と捉え,企業への批判の声が多かった。
このような状況が背景となって,中国保険法は本規定を追加したものと思 われる。本規定の趣旨は,労働者の利益をより適切に保護し,雇用主が優越 的地位を利用して労働者の身体または生命から非道徳的な利益を貪ることを
9) 袁傑=王清他 保険法解読 (中国法制出版社,2009年)85頁以下。中国保 険法では,人保険契約の締結時に被保険利益が必要とされている。
10) 最高人民法院 保険紛争における若干問題の解釈 第49条2項,3項。
11) 江蘇省揚州市中級人民法院1992年5月15日判決(1992)法民上字第91号,四 川省成都市中級人民法院1993年5月7日判決(1993)中民終字第206号,上海 市第一中級人民法院1995年10月19日判決(1995) ⎜中民終字第217号等。
誌 第 615号 学雑
209 保険
ます 画像文字あり
防止するためであると説明されている 。
3.3 規定の解釈問題
本規定は強行規定であり,たとえば企業が従業員を被保険者とする団体保 険契約を締結するとき,仮に従業員が同意したとしても,自己を保険金受取 人として指定することは無効となる点についての異論は見られない。しかし,
被保険者も保険金受取人指定権を有するので,被保険者である従業員本人が 自ら雇用主を受取人として指定することができるかどうかについては,中国 保険法は明確に定めていない。中国保監会制定の規定,通達などの政策法規 にも見当たらない。学説上は,以下のように否定説と肯定説が対立している。
⑴否定説 これは立法上の欠陥である。保険契約者が労使関係のある労働 者を被保険者とする人保険契約を締結する場合は,被保険者と保険契約者と も被保険者および被保険者の近親者以外の者を保険金受取人として指定して はならないと規律すべきであり,仮に被保険者本人が自ら雇用主を保険金受 取人として指定する場合であっても,かかる指定は無効と解される 。
⑵肯定説 本規定は,雇用主である保険契約者の指定権のみを制限してい るが,被保険者の指定権を制限しておらず,被保険者が自ら雇用主を保険金 受取人として指定する場合はこの限りではない。たとえば,団体保険契約に おいて,保険契約者である企業ではなく,被保険者である労働者が企業を保 険金受取人と指定するのであれば,本条文に拘束されないと解釈される 。
3.4 拙 見
⑴学説の解釈について 本制限が被保険者の指定権に適用されないのであ
12) 袁傑=王清他・前掲注9)86頁,周玉華 最新保険法条文釈義と案例分析 (人民法院出版社,2009年)217頁等。
13) 劉建勛 新保険法経典,疑難案例判解 (法律出版社,2010年)261頁。
14) 呉巾 新保険法の団体保険への影響 (2009年,中国保監会のウェブサイトに 中国保険新聞より転載),陸新峰 団体人身保険における受取人指定権の制限に 関する思考 (2009年,雅典学園
Web http:
//www.yadian.cc
/paper
/67876/)。れば,保険契約者が雇用主の優越的地位を利用して被保険者である労働者に 自己を保険金受取人として指定させることは難しいことではないから,結局 本条の立法趣旨に反することになる。したがって,本制限が妥当かどうかは 別として,肯定説には,解釈論としての難点があると考える。
⑵規制緩和の余地について 人保険契約の賭博的利用や死亡保険金額が企 業等に生ずる経済的損失とあまりに乖離する悪質な企業等は確かに存在する。
しかしながら,企業等が自己を保険金受取人とする動機は,一概に不当な利 得を取得するためと断言するのは適切ではない。むしろ経済的損失の補てん
(育成のための費用支出など),労災などへの対応(損害賠償金,弔慰金など の支払い),経営リスクの回避(特に個人経営者またはパートナー式企業)
などが主な動機である。契約締結の動機の確認,被保険者同意の徹底,保険 商品の内容の合理的整備ができれば,規制を緩和して企業等が自己を保険金 受取人に指定しまたは指定されることを認めてもよいと考えられる 。
⑶保険実務への影響について 本制限によって団体保険などを締結する企 業の動機が限定されるため,中国の団体保険市場の発展に影響を与え,団体 保険業務の委縮に繫がることが懸念される 。本規定の解釈が明らかではな いため,多くの保険会社は指定者が保険契約者か被保険者本人かを問わず,
企業を保険金受取人とする団体保険契約の取扱を取り止めている模様である。
ただ約款上,それを禁止する明確な条文を置いていない会社が多い。
この問題に関しては,日本の団体定期保険,事業保険において被保険者の 同意や保険金の帰属をめぐるかつての紛争を含め,積み重ねられた経験およ び日本の現行制度の仕組みに学ぶところが多いと思われる。
4 保険金受取人変更の方式
4.1 中国保険法の規定
保険金受取人変更の方式について,中国保険法は,次のように定めている。
15) 孫祁祥主編 保険法 (中国発展出版社,2009年)152頁同旨。
16) 陸新峰・前掲注14)同旨。
211 保険学雑誌 第 615号
被保険者又は保険契約者は保険金受取人を変更し,かつ書面にて保険者に 通知することができる。保険者は,保険金受取人変更の書面通知を受理した 後に,保険証券若しくはその他保険に係る証書に裏書し,又は裏書事項の文 書を貼り付けなければならない (法41条1項)。
同規定は,2009年改正で若干の文言を追加した以外,1995年制定時からほ ぼ変っていない。中国保険法では,保険金受取人の変更方式について,変更 権者による書面通知と保険者による裏書を定めるだけで,かかる変更方式が 保険金受取人変更の効力発生要件かどうかに関しては,それ以上に明確な規 定を設けていない。そこで,以下のように学説に異なる解釈が見られる。
4.2 書面による通知について
⑴効力要件説 多くの学者は,次の理由により本条に定める書面通知の法 的性質が保険金受取人変更の効力発生要件であると解している 。保険金受 取人の変更は保険契約の内容変更に該当するから,契約当事者の一方が知ら ない場合には,変更の効力を認めることはできない。したがって,変更権者 が保険金受取人を変更する場合は,保険者に通知しなければならない。かか る通知の方式は,必ず書面によらなければならず,口頭による通知は認めら れない。即ち要式行為である。また,通知の相手方は保険者で,効力の発生 時期は,保険金受取人変更の書面通知が保険者に到達した時である。
⑵対抗要件説 一部の学者は,次の理由により,本条に定める書面通知の 法的性質が対抗要件にすぎないと解している 。保険金受取人の変更は,一 般の保険契約の変更とは異なり,双方の合意が必要とされない。即ち,変更 権者が一方的に意思表示を行なえば直ちに効力を生じる単独行為である。意
17) 黄再再 案説新保険法 (法律出版社,2009年)154頁,方志平 保険契約受益人 変更の探討 黎宗剣主編 保険案例 編 (中国時代経済出版社,2007年)164頁等。
18) 許崇苗=李利 最新保険法適用与案例精解 (法律出版社,2009年)189頁以 下,劉峰=王 人身保険契約における遺言による保険金受取人の変更につい て 李勁夫主編 保険法評論 (中国法律出版社,2008年)182頁以下,李玉泉 主編 保険法学案例教程 (知識産権出版社,2005年)249頁等。
思表示の相手方は,保険者,新・旧受取人のいずれでもよい。ただし,書面 による通知が保険者に行なわれない場合は,保険金受取人の変更は,変更権 者と新・旧保険金受取人間において効力を生じるが,保険者には対抗できな い。保険者は通知を受ける前に旧保険金受取人に保険金を支払った場合にお いて,さらに新受取人に対し保険金を支払う義務を負わない。
4.3 保険者による裏書について
⑴効力要件説 一部の学者は,保険者による裏書の法的性質が保険金受取 人変更の効力発生要件であると解している 。その理由は,保険金受取人の 変更は中国保険法で要式行為に該当するから,変更権者の意思表示だけでは 不十分で,一定の手続が必要とされるからである。申込と承諾は各種の契約 締結の二つの法定手続である(中国契約法13条)。これは保険金受取人の変 更を含む保険契約の変更にも適用される。保険金受取人の変更における申込 とは,保険者に対する書面通知である。そしてその承諾とは,保険者による 保険証券等の裏書である。その二つの手続を終えてはじめて保険金受取人変 更の効力を生じる。
⑵法的義務説 多くの学者は,保険者による裏書の法的性質は受取人変更 効力発生後における保険者の法的義務であると解している 。その理由とし て,保険者は,変更権者の意思に従い保険証券等に裏書などをするだけであ って,保険金受取人変更の書面通知を審査・否定する権利を有しない。した がって,裏書などがされるか否かは保険金受取人変更の効力に影響を与えな い。たとえば,書面通知が保険者に到達した後,保険者の裏書等が行なわれ る前に保険事故が発生した場合には,新受取人が承認されるべきである。保 険者による保険証券等の裏書の趣旨は,保険金受取人変更の意思表示を確定 し保険金受取人の変更をめぐる不必要な紛争を回避するところにある。
19) 李栗燕主編 保険法教程 (対外経済貿易大学出版社,2007年)170頁以下等。
20) 暁明・前掲注4)174頁,孫祁祥・前掲注15)154頁,李玉泉・前掲注18)206 頁,袁傑=王清他・前掲注9)89頁,周玉華・前掲注12)231頁等。
213 保険学雑誌 第 615号
4.4 拙 見
⑴変更権者による書面通知の法的性質の解釈について 条文上明確に定め られない以上,効力要件説と対抗要件説のいずれも論理的には成立しうるも のと考えられる。保険者にとってはどちらの説に立ったとしても法的に保護 される。しかし,新・旧受取人にとっては以下のように法的効果が異なる。
効力要件説を採れば,書面通知が保険者に到達しない限り変更の効力は発 生しないから,旧保険金受取人は依然として保険金請求権を有する。対抗要 件説を採れば,変更効力は変更権者が保険金受取人の変更行為を行なった時 から生じるので,書面通知が保険者に到達しなくても,保険金受取人の変更 効力に影響を与えない。仮に保険者から旧保険金受取人に保険金が支払われ たとしても,保険金は新受取人に帰属するから,新受取人は旧受取人に対し 不当利得返還請求権を行使することができる。
また,効力要件説を採れば,保険金受取人が変更された事実を知っていな がら,書面通知という要件が具備しないことを理由に保険金を旧保険金受取 人に帰属させ,かつ新受取人に取り戻される余地がないことになる懸念があ る。これに比べ,対抗要件説を採れば,より変更権者の真意を尊重すること ができる。その観点から,対抗要件説の方が妥当であると思われる。
⑵保険者による保険証券等の裏書の法的性質の解釈について 保険金受取 人の変更は変更権者が一方的になし得るものであり,その権利は形成権であ って保険者の承諾は必要とされないことから,保険者による保険証券等の裏 書の法的性質は,効力要件ではなく,法的義務とする解釈を支持したい。な お,書面通知や保険証券等の裏書は,保険金受取人変更の効力要件ではない とした裁判例もある 。
5 遺言による保険金受取人の変更
中国保険法は,遺言による保険金受取人変更の可否について明確な規定を 設けていない。実務上,遺言方式によって保険金受取人を変更する事例がし
21) 河南省高級人民法院2009年4月25日判決(2008)豫法民再字第00034号。
ばしば発生する。このような変更に法的効力があるかどうかについて,学説 上,否定説と肯定説が分かれている。裁判所の判決の結果もまちまちである。
5.1 否定説
否定説は以下の視点から遺言による受取人変更が相当でないとしている 。
⑴保険金請求権の法的性質から 保険金請求権は期待権であり,その確定 は被保険者の死亡を要件とする。即ち,被保険者が死亡してはじめて期待権 から現実に占有できる既得権になる。変更権者はそもそも存在しない保険金 請求権を相続財産として処分することはできない。また,被保険者死亡後に は,保険金請求権は保険証券に記載される保険金受取人の既得権となるから,
もはや変更権者の遺言による変更は実現できない。したがって,変更権者の 遺言による保険金受取人の変更は無効である。
⑵保険契約の変更手続から 保険金受取人の変更権を行使するには,法に 定める手続に従わなければならない。中国保険法は,保険金受取人の変更を 要式の法律行為としている。変更権者は保険者に対し書面による通知をし,
かつ保険者は保険証券等に裏書をしてはじめてその効力を生じる。変更権者 の遺言による保険金受取人変更は,所定の手続に合致していないので,当然 その効力は生じないものである。
⑶契約の締結から効力の発生までの過程から 保険金受取人の変更と遺言 による相続財産の配分とは全く異なる法律関係である。遺言による相続財産 の配分は一方的な民事行為であり,特定の者に対する意思表示も必要とされ なければ,遺言者以外のいかなる者からの承諾も必要とされない。一方,保 険金受取人の変更は,契約内容の変更に該当する。変更権者は,契約の相手 方である保険者に対し新たに申込を行ない,保険者はそれを新たに承諾する ことによって,保険金受取人変更の効力を生じる。
22) 応世昌・前掲注6)215頁以下, 暁明・前掲注4)174頁以下,陳会平 遺言に よる受取人変更の法的効力の考察 黎宗剣・前掲注17)217頁以下。
215 保険学雑誌 第 615号
5.2 肯定説
肯定説は,主に以下の視点から遺言による保険金受取人の変更を認めるべ きであると提唱している 。
⑴変更権者の真意を最大限に尊重する見地から 保険金受取人の変更は,
変更権者が自己の自由な意思によってするものであり,私的自治の領域に該 当する。法律に抵触せず,公序良俗に反しない限り,変更権者の意思を可能 な限り尊重すべきであって,過度な制限を設けることは相当ではない。
⑵変更権者の遺言による変更の背景から 遺言による変更は,通常,変更 権者が危篤状態など緊迫の場合,あるいはその他の事情でやむを得ず遺言の 方式により保険金受取人を変更するために行われる。そのため,書面通知を 保険金受取人変更の効力要件として厳格に求め,遺言による保険金受取人の 変更効力を否定することは,変更権者にとって酷である。
⑶保険金受取人の変更行為の法的性質から 保険金受取人の変更権は,変 更権者の一方的意思表示によって法的効果が発生するという典型的な形成権 である。したがって,新保険金受取人が遺言をもって保険者に保険金を請求 することは,保険者に対する変更通知を構成するに足りるものである。
なお,近年,遺言変更の効力を認める立法傾向がある(たとえば,日本の 保険法)。したがって,遺言による保険金受取人変更を法的に認めることは,
立法傾向にも一致する。
5.3 拙 見
中国保険法2009年改正において,なぜ遺言による保険金受取人の変更が明 文化されなかったのか,その理由は明らかではない。しかし,保険金受取人 の変更権者の意思を最大限に尊重する観点から,遺言による保険金受取人の 変更を認めてもよいと考える。また現にそれを認めた裁判例がある 。ただ
23) 劉峰=王 ・前掲注18)185頁,李玉泉・前掲注18)206頁,孫祁祥・前掲注 15)155頁,羅忠敏主編 新保険法案例精析 (中国法制出版社,2009年)171頁。
24) 雲南省昆明市中級人民法院2007年7月9日判決(2007)昆民三終字第627号。
し,保険者にとって,遺言の有効性の判別,不明な遺言の解釈について限界 があるため,トラブル回避のために,実務上の取扱として,利害関係者間で 異議がないことを前提とすべきである。さもなければ,法的措置を利用する
(たとえば,保険金を人民法院に供託することや,裁判の結果を待って処理 するなど)ことが望ましいと考える。
6 保険金受取人不存在の場合における死亡保険金の帰属
中国保険法は第42条において,保険事故発生時に保険金受取人が不存在の 場合は,死亡保険金をどのように取り扱い,誰に帰属するかを定めている。
6.1 保険金受取人不存在のケース
⑴ 保険金受取人を指定していない場合,または保険金受取人の指定が不 明瞭で確定することができない場合 (法42条1項1号)
保険金受取人の指定をしていない場合 には,保険金受取人が指定され たものの,法に抵触して無効となった場合も含まれる。たとえば,被保険者 でない保険契約者が被保険者の同意なしに保険金受取人を指定した場合,公 序良俗に反して不倫の相手を保険金受取人に指定した場合がそれに該当する。
保険金受取人の指定が不明瞭で確定することができない場合 は,2009 年の保険法改正で追加されたものであり,司法解釈や学説を踏まえ, 法 定 と指定された場合などに対応する趣旨であると思われる。
⑵ 保険金受取人が被保険者より先に死亡し,その他に保険金受取人がい ない場合 (法42条1項2号)
中国保険法のもとでの保険金請求権の行使は,保険事故発生時に保険金受 取人が生存することが前提とされている。保険金受取人が被保険者より先に 死亡した場合に,保険金受取人本人は保険契約で定められた利益を享受でき ないため,その保険金請求権は保険金受取人の死亡に伴い消滅してしまう。
25) 実務上,死亡保険金受取人欄に 法定 のみと記入されることがよく見られ る。多数説も司法解釈上もそれを無指定とみなしている。
217 保険学雑誌 第 615号
その他に保険金受取人がいない場合 とは,指定された保険金受取人が 被保険者より先に死亡したが,保険事故の発生前に新たな保険金受取人の指 定がなされなかった場合,または指定された複数の受取人の中で保険事故の 発生時に生存している他の受取人がいない場合をいう。
⑶ 保険金受取人が法により受益権を喪失又は放棄し,その他に保険金受 取人がいない場合 (法42条1項3号)
保険金受取人が故意に被保険者の身体または生命に危害を加え,かつその 結果,被保険者の①死亡,②傷害・障害,③疾病,④殺害未遂のうちのいず れかの一つに該当した場合において,当該保険金受取人は受益権(即ち保険 金請求権)を喪失することになる(法43条)。
保険金受取人は,民事的権利である受益権を放棄することができる。受益 権の放棄は,明示または黙示であるのどちらでもよいと解される 。
保険金受取人が受益権を喪失または放棄した場合は,最初からその者を保 険金受取人として指定しなかったものとみなされる 。 その他に保険金受 取人がいない場合 については,前述⑵の解釈と同様である。
6.2 保険金受取人不存在の場合における死亡保険金の帰属
中国保険法は,被保険者が死亡した際に,保険金受取人が不存在の場合に おいて, 保険金は被保険者の遺産として,保険者が 中華人民共和国相続 法 の規定に基づいて保険金支払の義務を履行しなければならない として いる(法42条1項本文)。保険金を 被保険者の遺産 とするのは,被保険 者の相続人または法定相続人が受取人として保険金が支払われるのではない ことを意味する。保険金受取人が存在しない場合は,死亡保険金は本来被保 険者本人に帰属する。しかし,被保険者がすでに死亡したため,被保険者の 相続財産に帰属することになると解されている。
2009年改正前中国保険法は, 保険金は被保険者の遺産とし,保険者が被
26) 李勁夫主編・前掲注18)陳耀東=静遠 保険受益権若干法律問題探討 179頁。
27) 孫祁祥・前掲注15)158頁。
保険者の相続人に保険金支払の義務を履行しなければならない。 と定めて いた(改正前保険法第64条1項本文)。改正後中国保険法では,下線の部分 が 中華人民共和国相続法 の規定に基づいて に修正された。被保険者 の相続財産は,必ずしも被保険者の相続人に帰属するわけではない。被保険 者の遺言により,債権者への債務弁済に充当するとか,社会に寄付するとか 縁故者に遺贈することなども考えられる。したがって,この修正趣旨は保険 金を相続法に基づいて処理すべきことを一層明確にするためである。相続人 の順位や保険金の配分は,すべて相続法に基づいて処理されることとなる。
6.3 同時死亡の場合における死亡保険金の帰属
中国保険法は第42条第2項において, 保険金受取人と被保険者が同一事 件で死亡し,かつ死亡した前後の順序を確定することができない場合は,保 険金受取人が先に死亡したものと推定する と定めている。それは,同時死 亡の場合における死亡保険金の帰属に関する規定である。同規定により,同 時死亡の場合は,保険金受取人が先に死亡したものと推定し,第1項第2号 に規定される 保険金受取人が被保険者より先に死亡し,その他に保険金受 取人がいない場合 と同様に取り扱い,死亡保険金は被保険者の相続財産に 帰属することとなっている。本第2項は,2009年保険法改正に新設された条 文である。以下,その立法の背景および立法の趣旨について考察する。
6.3.1 問題の所在
不慮の事故が多発する中国では,被保険者と保険金受取人が同時に死亡す る事例が実務上よく見られる。しかし,2009年改正前の中国保険法には,同 時死亡の場合の死亡保険金の帰属については,明確な規定は設けられていな かった。保険金受取人が先死亡と推定される場合は,前述のように死亡した 保険金受取人の保険金請求権が消滅してしまうため,死亡保険金は被保険者 の相続財産として被保険者の相続人に支払われることになる。これに対し,
被保険者が先死亡と推定される場合は,被保険者が死亡した時点で保険金受 取人は保険金請求権を有していた。しかし保険金請求権を行使する前に死亡 219 保険学雑誌 第 615号
したため,死亡保険金は死亡した受取人の相続財産として保険金受取人の相 続人に支払われることになる。
そこで,同時死亡の場合に死亡保険金が誰に帰属すべきかが問題となった。
この問題については,長い間,学説上激しく議論されてきた。実務上の対 応は会社によって異なり,また裁判例も類似の案件で裁判所によって全く異 なる結論を下していた。
6.3.2 司法解釈
同時死亡について,中国保険法2009年改正前,司法解釈 等に以下の三つ の解釈があった。いずれも学説,保険実務,裁判に大きな影響を与えていた。
⑴相続法同時死亡推定規則による解釈
最高人民法院 中華人民共和国相続法 の徹底執行における若干問題に 関する意見 (1985年9月11日公布)第2条は,相互に相続関係のある複数 の者が同一事件で死亡した場合の死亡順序について,次のように規定してい る(以下 相続法同時死亡推定規則 という。)。
互いに相続関係のある複数の者が同時に死亡し,死亡の前後が確定できない 事件においては,相続人のいない者が先に死亡したと推定する。死亡した者に はそれぞれ相続人がいる場合において,複数死亡者が異世代のときは,年長者 が先に死亡したと推定する。複数死亡者が同世代のときは,同時に死亡したと 推定し,互いに相続が発生せず,各相続人は,各自の相続分についてそれぞれ 相続する。
相続法同時死亡推定規則は,保険金受取人と被保険者の間に相互に相続関 係があるか否かを考量のうえ決めることをその趣旨とする。この規則に基づ いて解釈すれば,人保険契約の同時死亡における死亡保険金の帰属は次のよ うになると考えられる。
被保険者と保険金受取人の間に相続関係がある場合には,相続人のいない
28) 司法解釈は,最高人民法院が公布するもので,法的効力を有し( 最高人民 法院の司法解釈業務に関する規定 5条),中国の保険法体系となる一つの法 源である。中国では,裁判例は事実上の拘束力を有していない。
者が先に死亡したと推定する。そのとき,相続人のいない者が保険金受取人 であれば,相続法の規定により死亡保険金は被保険者の相続財産として被保 険者の相続人に支払われる。相続人のいない者が被保険者の場合は,死亡保 険金は保険金受取人の相続財産として保険金受取人の相続人に支払われる。
被保険者と保険金受取人にそれぞれ相続人がいる場合において,被保険者と 保険金受取人が互いに異世代のときは,いずれかのうち年長者が先に死亡し たと推定する。そのとき,年長者は保険金受取人であれば,保険法の規定に より,保険金は被保険者の相続財産として被保険者の相続人に支払われる。
年長者が被保険者であれば,保険金は保険金受取人の相続財産として保険金 受取人の相続人に支払われる。被保険者と保険金受取人が互いに同世代のと きは,被保険者の相続人と保険金受取人の相続人がそれぞれ死亡保険金の50
%を受け取ることとなる。なお,この規則に従った裁判例がある 。
⑵相続法同時死亡推定規則の修正解釈
四川省高級人民法院 川高法(2002)68号通達 中華人民共和国保険法 の適用における若干問題に関する規定 第70条は,次のように定める。
保険金受取人と被保険者が同一の事件で死亡した場合において,双方に相続 関係が存在する場合は,死亡の前後順序により保険金受取人の保険金請求権を 確定する。死亡の前後順序が確定できなければ,相続法の規定に基づいて推定 する。双方に相続関係が存在しない場合においては,被保険者が先に死亡した と推定し,受取人の相続人が保険金請求権を享受する。
この規定は,被保険者と保険金受取人の間に相続関係がある場合には,死 亡の前後順序を相続法同時死亡推定規則に基づいて推定し,他方,被保険者 と保険金受取人の間に相続関係がない場合には,被保険者が先に死亡したと 推定することとしている。
⑶受取人先死亡と推定する解釈
最高人民法院は 保険紛争若干問題解釈 第51条(死亡順序の確定)にお
29) 河南省済源市中級人民法院2010年4月26日判決(2010)済中民一終字第110 号等。
221 保険学雑誌 第 615号
いて,次のように示唆している。
保険金受取人と被保険者が同一事件で死亡し,かつ死亡した前後の順序を確 定することができない場合においては,保険金受取人の死亡が先,被保険者の 死亡は後であるものと推定する。
本解釈によれば,保険金受取人と被保険者の間に相互に相続関係があるか 否かを問わず,常に保険金受取人が先に死亡したと推定されることとなる。
この解釈に基づいた以下の裁判例は,中国の司法界でよく知られている。
甲乙は婚約中の恋人同士で二人とも一人っ子であった。甲は保険会社Yと の間で自己を被保険者とし,保険金受取人を乙と指定した傷害保険契約を締 結した。その後,二人は一緒に車で出かけた際,交通事故により死亡した。
双方の両親とも保険会社に死亡保険金を請求したところ,保険会社は,死亡 保険金を被保険者甲の相続人に支払った。これを不服とした乙の父親Xは保 険会社Yを被告として訴訟を提起した。裁判所は,死亡保険金が被保険者に 支払われたことは妥当であるとし,Xの請求を棄却した 。
6.3.3 従来の学説
学説上,相続法の規定に基づいて保険契約上の同時死亡の問題を処理する ことは適切ではないという反対の意見が多かった。特に,結果的に被保険者 が先死亡と推定される場合に,保険金が保険金受取人の相続財産となり,保 険金受取人の相続人に支払われることについて,保険金を最終的に被保険者 に帰属させる立法趣旨に反するとの理由で強い反対がなされていた 。
ごく少数の説は,同時死亡では,死亡保険金を保険金受取人の相続人に帰 属させる方が被保険者の真意に近いとして,被保険者先死亡と推定すべきと 主張していた 。これに対し,多数説は,次の理由から同時死亡では,保険
30) 江蘇省蘇州市中級人民法院判決(北大法律信息網。判決日等は未掲載)。
31) 呉慶宝・前掲注6)575頁,陳耀東=静遠・前掲注26)76頁以下,張民安主編 保険法案例と評析 (中山大学出版社,2005年)155頁,黎宗剣主編・前掲注 17)劉志南 共同災難 保険金給付問題の思考 36頁等。
32) 李平安編著 保険事故賠償実務 (中国検察出版社,2008年)156頁。
金受取人の先死亡と推定すべきとしている 。①保険事故発生時に保険金受 取人が必ず生存しているという保険金請求権の行使要件は具備されていない こと,②保険法の立法趣旨は,被保険者の利益を優先して保護するところに あること,③被保険者先死亡と推定すれば,その結果,保険金は被保険者と の関係が薄く,あるいは全く関係のない他人が取得する可能性があり,これ は,被保険者の保険金受取人の指定・変更または同意の真意に反すること,
④諸外国においては,同時死亡の場合に保険金受取人が被保険者より先に死 亡したと推定する立法例が多い(たとえば,アメリカ,台湾等)こと。
なお,中国では,アメリカの 同時死亡統一モデル法 が最も被保険者 のために締結する保険契約の趣旨に一致しているものと考える学者が多く,
同様に中国保険法に同時死亡の規定を導入すべきと提唱してきた 。 6.3.4 同時死亡規定の導入意義
2009年改正中国保険法は,多数説および司法解釈を採用し,アメリカ 同 時死亡統一モデル法 を参照して同時死亡の取扱に関する規定を導入した。
これは,人保険契約における保険金受取人の規定に対する重要な改正の一 つである。同時死亡における死亡保険金の帰属をめぐって,解釈上も争いが あり,裁判上の判断も統一されておらず,実務上の対応もまちまちであった 大きな問題について,このように明確な法律上のルールを確立することによ り解決した。その意味で,妥当な対応と評価できよう。
33) 呉慶宝・前掲注6)574頁,劉志南・前掲注31)36頁,張民安・前掲注31)155頁 等。
34) 同時死亡 統 一 モ デ ル 法 (
Uniform Simultaneous Death Act)は1940年
制定され,現在アメリカの大半の州で採用されている。同法は次のように規定 している。被保険者と保険金受取人が同時死亡した場合,または共に死んでい るが死亡順序が不明な場合において,その他の保険金受取人が存在するときは,他の保険金受取人がその保険金を取得することになる。その他の保険金受取人 が存在しないときは,保険金受取人が被保険者より先に死亡したと推定し,保 険金は被保険者の相続財産に帰属し,被保険者の相続人がそれを相続すると規 定している。
35) 劉志南・前掲注31)36頁,張民安・前掲注31)155頁156頁等。
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7 おわりに
以上の考察から,現行の中国保険法における保険金受取人に関する立法お よびその法理には,以下の三つの特徴があると結論しうる。
一つは,保険金受取人の地位の低さである。これは,保険金受取人が,遺 族としての生活保障が強く必要とされることよりも,単に,もともと被保険 者に帰属すべき財産の受け皿として位置づけられるにすぎない とされる ためと考えられる。中国では,よく保険契約者から ○○のために保険を買 った と言われる。その ○○ は,保険金受取人ではなく,被保険者を指 すのが通常である。被保険者以外の者が被保険者の生命や身体より発生する 経済的利益を取得することに,観念上抵抗があるからである。
二つは,被保険者中心主義である。これは,保険金請求権が被保険者の生 命権,健康権,身体権といった人格権に関わるから,被保険者の利益こそも っとも保護すべきであるという強い意識に由来し,また,中国では人保険契 約より損害保険契約の立法史がはるかに長い ことから,人保険契約の立 法,法理に損害保険契約の影響があるためと考えられる。
三つは,原則的,手続的な立法手法である。中国保険法においては,効力 要件とその発生時,対抗要件,規定の性質等の具体的内容を明文化しておら ず,原則的,手続的な条文が多い。これは,立法を支える保険金受取人の理 論研究がまだ 百家争鳴 の状態にあり,未成熟であること,それに加えて,
指定・変更権者の意思を最大限に尊重することより,トラブル発生防止,被 保険者利益の保護を最優先とする立法意図を優先した結果と考えられる。
(筆者は明治安田生命保険相互会社勤務)
36) 呉慶宝・前掲注6)363頁,黎建飛・前掲注6)110頁。
37) 1949年建国から1995年中国保険法公布までの46年の間に公布された一連の保 険法規(条例・規則・規定)はほとんど損害保険契約に関するものであった。