保険金受取人変更の方式に関する立法 論的考察
上 原 純
■アブストラクト
本稿は,生命保険における保険金受取人変更の意思表示を要式行為とする 立法の可能性について考察を試みるものである。その前提となる現況として,
保険金受取人変更の効力要件について規定する保険法43条2項の立法の経緯 や,比較法的状況に言及しつつ,本稿では,基本法である民法の理論を検討 することを研究の主眼とする。すなわち,民法に規定される諸行為の中から,
一定の方式が要求されるものとして, 遺言 と 第三者対抗要件 の規定 を取り上げ,その方式の意義について考察する。そして, 表意者死亡後に 権利の確定する単独行為 という遺言との共通性や, 紛争解決機能への配 慮の必要性 という指名債権譲渡の第三者対抗要件規定との共通性から,保 険法43条2項における保険金受取人変更が,何らかの要式行為とされるべき ではないか,との立法論の可能性を示す。
■キーワード
保険法,保険金受取人,要式行為
第1章 序論
第1節 問題の所在−保険金受取人変更の方式−
本稿は,生命保険における保険金受取人変更の方式のあり方について,立
/平成22年12月8日原稿受領。
【査読済み論文】
法論としての考察を試みることを目的とする研究である 。
近時成立した保険法(平成20年法律第56号)では,保険金受取人変更の効 力要件について, 保険金受取人の変更は,保険者に対する意思表示によっ てする(43条2項) との規定が新設された。その趣旨は,保険金受取人変 更の効力要件を 保険契約者の一方的意思表示 とする平成20年改正前商法
(以下 改正前商法 )解釈における判例(最判昭和62年10月29日・民集41巻 7号1527頁)および通説 の考え方を明示するとともに,当該意思表示を
保険者を相手方とする意思表示 とした点にある。
しかしながら,従来の改正前商法解釈上も,また,新設された保険法43条 2項の規定上も,保険契約者の当該意思表示が特定の方式に限定されない,
という点においては相違がない。そして,意思表示の方式が限定されない
(口頭の意思表示でも有効とされる)ことから,保険契約者の意思表示があ ったかどうかの事実認定が,場合によっては困難を極めることがある。実際 上,保険契約者が自己を被保険者として契約する生命保険(自己の生命の保 険)において,保険契約者の死亡後に,保険契約者が生前に行った保険金受 取人変更の意思表示の有無や有効性が争われることは少なくない。
死者が生前にした単独行為としての意思表示が不要式行為である(とりわ け,口頭の意思表示でも有効とされる)ということは,結局, 生前におい て,死者が言ったのか,言わなかったのか という,物的証拠のない水掛け 論によって,数千万円,数億円単位にものぼることのある高額の保険金請求 権の帰属を決しなければならないことになる。そして,このような 死人に 口無し の状況下での紛争解決の結果を左右するのは,法律論の問題では なく,口頭の意思表示があったか否かという事実認定の問題である。しかし,
意思表示の主体が既に死亡し,他人が間接的に 言った , 言わなかった
1) 本稿の見解は筆者個人の私見であり,所属組織の見解とは関係がない。
2) 山下友信 保険法 有斐閣,2005年,pp.496‑497。
3) 死者が抗弁できないのをよいことに,罪を着せたりするときや,死者からは 証言を得ることができないことにいう。(三省堂 大辞林 )
という主張をぶつけ合う中で,裁判所の証人尋問等の証拠調べの負担は極め て大きい。加えて,かかる紛争では,裁判官の心証に基づく判断が大きくぶ れるため,苦心の末に事実を認定したとしても,敗訴者側の不満感情や怨嗟 が拭いきれずに残ることも否めない。
生前において,死者が言ったのか,言わなかったのか という争点にお いて,多額の保険金請求権の帰属を争わなければならないという事態は,
裁判所の事実認定の問題 と割り切って済ませられる問題ではなく,根本 的な法制上の問題があると考えるべきではないか。すなわち,生命保険,と りわけ自己の生命の保険における保険金受取人変更を要式行為とすること
(要式行為化)について,立法論としての研究の必要があるのではないか。
本稿の問題認識はこの点にある。
第2節 保険法43条2項の立法
以上の問題認識のもと,前提となる現況として,本節では,保険金受取人 変更の方法について規定する保険法43条2項の立法について概観する。
まず,もともとの商法の沿革を見ると,改正前商法675条ないし677条の規 定が確立されたのは,明治44年の商法改正(明治44年法律第73号・旧428条 の2ないし428条の4)においてである。しかし,その際の議論を見る限り,
保険契約者が保険金受取人の変更権を留保する特約が有効であることを明確 にしようとする立法者の意思を読み取ることはできるものの,当該変更権行 使の具体的方法(保険契約者による意思表示の相手方の有無等,あるいは方 式の要否等)について,特段の検討がなされた記録はないようである 。
その後,保険金受取人変更の方法に関する解釈論の発展と判例(前掲最判 昭和62年10月29日)の確立に伴い,立法論の観点から,保険契約者による保 険金受取人変更の意思表示の要式行為化について示唆する見解もいくつか見
4) 法律新聞社編 改正商法〔明治44年〕理由 増補4版 法律新聞社,1912年,
pp.375‑381。
られるようにはなった 。しかし,結局,商法規定の改正はなされないまま,
今日の保険法の成立を待つこととなったのである。
そこで,保険法の成立過程を見てみると,法務省民事局参事官室 保険法 の見直しに関する中間試案(以下 中間試案 ) (2007年)の段階では,保 険金受取人の変更に関する通則について,保険金受取人の変更の意思表示を 相手方のある意思表示 とすることを前提に, その相手方について,保険 者とする考え方(A案)と保険者,保険金受取人又は変更によって保険金受 取人になるべき者とする考え方(B案) が提案されている 。しかし,両 案とも,その方式については特に明記されてはいない。ただし,法務省民事 局参事官室 保険法の見直しに関する中間試案の補足説明(以下 中間試案 補足説明 ) (2007年)上の参考意見として, A案を支持する意見があった 一方で,B案は判例の立場でもあり,基本的にこれを採りつつ書面によるこ ととすべきという考え方も主張された との記録がある (なお,本稿では,
この B案かつ書面 の参考意見を,便宜上 B′案 とする)。
また,法制審議会保険法部会の会議資料を遡ってみると, 保険金受取人 の変更の効力要件については,第5回会議において,これを相手方のある意 思表示とする本文各案のほかに,相手方のない意思表示としつつ,これを書 面によってしなければならないものとする考え方(C案)も指摘された との記録も残されている。
5) 山下友信 保険金受取人指定の変更方法 金融法務事情 第1189号,1988 年,p.15,江頭憲治郎 保険金受取人の指定変更の効力発生要件 別冊ジュ リスト生命保険判例百選〔増補版〕 1988年,p.215,西島梅治 保険金受取人 変 更 の 方 法 民 商 法 雑 誌 第98巻 第 5 号,1988年,pp.119‑120,藤 田 友 敬 生命保険の保険金受取人の変更の方法 法学協会雑誌 第107巻第4号,
1990年,p.711,同 保険金受取人の指定変更の方法 別冊ジュリスト商法
〔保険・海商〕判例百選<第2版> 1993年,p.81。
6) 中間試案 ,p.21,法務省民事局参事官室 保険法の見直しに関する中間試 案の補足説明 ,2007年,p.78。
7) 中間試案補足説明 ,p.79。
8) 法制審議会保険法部会第10回会議(2007年5月30日)会議用資料11,p.19。
そこで,第5回会議の会議録に遡ってみると,審議の冒頭で,事務局から,
次の説明がなされている。 まず,(中略)相手方のある意思表示かどうかに ついてですが,学説上は相手方のない意思表示と解する見解がございます。
この点については,現行法上,相手方のない意思表示と解されているものに は遺言や財団法人の設立行為等がございますが,その多くは法律上要式行為 とされ,効力発生時期についても特別の規定に服しており,これらは意思表 示による効果の重大性等にかんがみ,意思表示があったかどうか等を明確化 するという考えによるものと考えられ,これらの趣旨は保険金受取人の指定 又は変更にも妥当するとも思われますが,現行法よりも方式等を厳格化して まで生前の指定又は変更の意思表示を相手方のない意思表示とする必要はな いようにも考えられます。(中略)そこで,アの本文では,これを相手方の ある意思表示であることを前提とした案を提示しております 。
つまり,議論の出発点において, 保険金受取人変更の意思表示を相手方 のある意思表示とするか,あるいは要式行為とした上で相手方のない意思表 示とするか という導入がなされていることがわかる。反対にいえば, 相 手方のある意思表示 であれば方式は要しない,ということが議論の前提と されているように見える。その結果,意思表示の要式行為化については,意 思表示の相手方を保険者以外に認める場合,あるいは相手方のない意思表示 とする場合の付加的条件とする参考意見(B′案あるいはC案)という位置 付けにとどまったように思われる。
しかし,以上のような 意思表示の相手方をいかにするか という議論で はなく,それ以前の問題としての 意思表示の方式の要否 を議論の出発点 とする余地もあったのではないかと思われる。最終的にA案を採用した保険 法43条2項の立法は, 保険金受取人とされていた者等の法的安定性の確保 という文脈において検討されたものと見られる ところ,意思表示の相手 方を保険者に限ったところで,そもそも,保険金受取人変更の効力要件自体
9) 法制審議会保険法部会第5回会議議事録(2007年2月14日),pp.30‑31。
10) 中間試案補足説明 ,pp.79‑80。
が,物的証拠の残らない 死者による生前の無方式の意思表示 に拠るとい うのでは,法的安定性の確保以前に,事実認定の困難さの問題が解決されず に残されてしまうからである 。
以上の次第であり,本稿の提起する問題は,保険法成立後においても,依 然,その意義を失ってはいないと考える。
なお,保険法43条と約款との関係についても言及する必要がある。すなわ ち,約款において保険金受取人変更の効力要件たる保険者への意思表示の方 式を限定することができれば,保険法の改正によらずに所期の目的を達する ことができるのではないか,という問題である。これは,保険法43条1項が 任意規定と解されており ,保険金受取人を一定の者に固定する旨の約定等 も可能であることに照らしても,十分にあり得る考え方であろう。
しかしながら,保険法43条2項は強行規定とされており ,原則として,
約款でこれを修正することは許されない。無論,一言一句の修正も許容され ないわけではなく,公の秩序に反しない範囲の修正は可能である。かかる観 点から,通知の確実性や通知内容の明瞭性を期するために,保険約款におい て,書面によることを定めることは許されるとする,複数の見解も見られる ところである 。ただし,これらは,事務上の原則的手続きとして,書面に よるべきことを約款であらかじめ定めておくこと自体は,強行規定違反とな
11) なお,改正前商法に関して,山下友信,前掲論文,p.15,洲崎博史 保険 金受取人の指定・変更 商事法務 第1330号,1993年,p.21参照。
12) 福 田 弥 夫・古 笛 恵 子 編 逐 条 解 説 改 正 保 険 法 ぎ ょ う せ い,2008年,p.
131〔甘利公人〕,他。
13) 福田弥夫・古笛恵子編,前掲書,p.131〔甘利公人〕,他。
14) 阿憲 保険金受取人の指定・変更 落合誠一・山下典孝編 新しい保険 法の理論と実務 経済法令研究会,2008年,p.122,大串淳子・日本生命保険 生命保険研究会編 解説保険法 弘文堂,2008年,p.143以下〔渡橋健〕,長 谷川仁彦 保険金受取人の変更の意思表示と効力の発生 竹濵修・木下孝治・
新井修司編 保険法改正の論点 中西正明先生喜寿記念論文集 法律文化社,
2009年,p.251,輿石進 保険金受取人の変更 金澤理監修・大塚英明・児玉 康夫編 新保険法と保険契約法理の新たな展開 ぎょうせい,2009年,p.257。
るわけではない,という趣旨と理解することはできても,さらに踏み込んで,
保険法43条2項の効力要件を約款で加重することを許容する趣旨とまで解さ れるかは,必ずしも自明ではない 。
要するに,保険法43条1項の任意規定性を前提にしても,同条2項の強行 規定性の及ぶ射程,すなわち,保険金受取人変更の効力要件の方式を加重す る約款の可否については,なお,議論の余地がある。かかる要件加重を有効 とする解釈論を展開することも一つの方策ではあるものの,一義的な明確性 を追求する観点からは,あくまで制定法である保険法43条2項の改正,すな わち,強行規定としての要式行為化が検討されるべきであろう。
第3節 比較法的状況
次に,海外の法制にも目を向けてみることとしたい。
まず,大陸法系国では,制定法において,保険金受取人の地位を定める行 為について,書面等の方式を要求している法制が見られる。代表例として,
フランス保険法典L.132‑8条6項,イタリア民法典1920条2項および1921 条1項,スイス保険契約法73条1項等が挙げられる 。
15) この点の指摘として,山本哲生 保険金受取人の指定・変更 甘利公人・山 本哲生編 保険法の論点と展望 商事法務,2009年,p.273。また,山下典孝 保険法における保険金受取人変更に関する一考察 生命保険論集 第167号,
2009年,p.133は, 書面による変更手続きを約款で定めること自体が,強行規 定に反することにはならない としながらも, 書面以外の保険者に対する変 更を一切認めないとすることは強行規定に反し許されない とする。
16) 仏保険法典L.132‑8条6項 保険証券中に保険金受取人の指定のない場合,
または保険金受取人による承諾の欠缺の場合,保険契約者は,保険金受取人を 指定,または保険金受取人を他の者に変更する権利を有する。その指定または 変更は,被保険者が保険契約者でない場合には,被保険者の同意をともなう場 合にのみ効力を生じ,そうでない場合には無効となる。その指定または変更は,
契約変更証書による方法か,民法典第1690条に規定された方式を充たすことに よって,また保険証券が指図式のときは裏書,さらには遺言によっても行うこ とができる 。伊民法典1920条2項 保険金受取人の指定は,保険契約の締結 において,保険者に対してなされる書面による後日の通知により,または,遺
また,コモン・ロー系の米国でも,通常,保険契約上の 保険金受取人の 変更 条項に明記された手続きでは,保険契約者が保険者に対して新しい保 険金受取人へ受取人を変更したい旨の書 面 に よ る 申 し 込 み(a written
request)をし,新しい保険金受取人の裏書のために,保険証券(又は証券
紛失の証明)を保険者に返却しなければならない ,とされている。
なお,これらの場合に求められる書面性の程度について,各国法の解釈論 にまで踏み込んだ検討は,本稿ではできていないが,たとえば 民法典第 1690条に規定された方式(仏保険法典L.132‑8条6項) を要求する等,単 なる書面以上の要件を課す例も見られる。また,米国においても,判例法上,
非公式な証拠に基づく保険契約者の明らかな意図を重んじるか,保険契約者 の形式に則ったなかから推定される保険契約者の意図により確実な基礎を置 くか,という衝突では,一般的に形式を重んじる形で解決されることが多く,
保険金受取人の変更では,要求された形式と大幅に異なると,裁判所は変更 を認めないのが通例である 。
これらの比較法的状況は,保険金受取人変更の意思表示を,その厳格性の 程度はともかく,書面による要式行為とする旨の立法論が,荒唐無𥡴なもの ではなく,現実的な選択肢の一つとして検討に値するものであることの論拠 にはなり得るものと思われる 。
言によりなされることができる(以下略) ,同1921条1項 保険金受取人の指 定は,前条の規定に従ってなされる方式により撤回されることができる 。瑞 保険契約法73条1項 人保険契約から生ずる請求権は,保険証券の裏書もしく は単なる交付によってこれを譲渡し,または質入することはできない。譲渡お よび質入は,これを有効になすためには,書面の方式および保険証券の交付な らびに保険者に対する書面による通知によらなければならない 。和訳は日本 損害保険協会・生命保険協会編 ドイツ,フランス,イタリア,スイス保険契 約法集 ,2006年,日本損害保険協会・生命保険協会に拠る。
17) Dobbyn, J. F,
Insurance law in a nutshell,
4th ed,2003, pp.232‑234.18) Dobbyn, op. cit, pp.232‑234
19) このほか,保険金受取人変更の方式として書面を要求するカナダの法制を紹 介する文献として,山下典孝 カナダにおける保険金受取人の指定・変更に関 する若干の考察 生命保険論集 第138号,2002年,p.25参照。
しかしながら,以上のような法制国が存在するからといって,我が国保険 法が当該法制に倣うべきとの結論が,直ちに導かれるわけではない。たとえ ば,フランス等と同じ大陸法系国のドイツでは,保険金受取人変更の方法に ついての成文法上の規定がなく,解釈に委ねられている 。そして,ドイツ の判例では,一貫して, 受取人変更権の行使は,保険者を相手方とする,
保険契約者の一方的意思表示によってなされ,かつ,その意思表示は保険者 に到達することによって初めて有効となる という解釈が確立されており , そこでは,特段の方式は要求されていない。また,オーストリア法について も,基本的にはドイツ法と同様の判例法理が示されている 。
なお,以上に見た書面の要否について,意思表示の相手方の有無との関係 も含め,比較法的状況をまとめたものが次表である。
20) 新井修司 ドイツ・オーストリア法における保険金受取人指定変更の方法 大阪学院大学法学研究 第43号,2005年,p.220。なお,2008年1月施行のド イツ新保険契約法も同様。
21) 新井修司,前掲論文,p.222。また,藤田友敬,前掲論文 生命保険の保険 金受取人の変更の方法 pp.711‑712も同旨。
22) 新井修司,前掲論文,pp.242‑244。
23) 米国については,制定法ではなく,保険契約条項に基づく規律。
24) 山下友信 保険金受取人の指定・変更 現代の生命・傷害保険法 ,弘文堂,
1999年,p.1。学説の状況について,栗田和彦 保険金受取人変更の意思表示 の効力発生時期 私法判例リマークス 第17号,1998年,pp.113‑114。
【日】改正前商法・多数説 相手方なし
【日】改正前商法・判例 保険者
新旧保険金受取人
【仏】【伊】【瑞】
【米】
【日】保険法
【独】【墺】(判例) 相 保険者
手 方 あ り
要式 無方式
意思表示の方式 意思表示の相手方
このように,ドイツ・オーストリア法では,実定法の明文規定ではなく,
判例法理としての規律ではあるものの, 保険者を相手方とする無方式の意 思表示 を保険金受取人変更の効力要件としており,我が国保険法43条2項 の考え方と共通する。その限りで,改正前商法はともかく ,保険法につい ては,その比較法的な意味での異例性が若干弱まったことは確かである。他 方,保険者を相手方とする意思表示としつつ要式行為としている例もあり,
我が国保険法が必ずしもスタンダードというわけでもない。
また,保険金受取人変更の意思表示に書面を要求する法制国では,その先 行行為である保険契約の締結においても,一定の書面性が要求されていると いう点には,一応留意すべきであろう 。この点において,保険契約の締結 自体が要式行為とされていない我が国の法制とは前提が異なるため,単純比 較は妥当ではない。本稿では,外国法については,立法論の前提となる基礎 資料とすべく,以上の言及にとどめる。
第4節 研究の主眼−民法の理論−
本稿は,保険金受取人変更を要式行為とする立法の可能性について論じる ことを目的とする研究である。そこで,その論拠を何に求めるかが問題とな る。端的にいえば,意思表示を要式行為化する利点は,当該意思表示の事実 認定を容易にし,紛争解決の困難さを排する点にある。他方,意思表示の要 式行為化は,無方式の意思表示の効力を認める場合と比較し,保険契約者意 思の可及的尊重が損なわれる。つまり,立法論としては, 事実認定・紛争 解決の容易化 と 保険契約者意思の可及的尊重 との慎重な利益衡量に基
25) 我が国改正前商法規定の比較法的異例性を指摘するものとして,山下友信,
前掲論文 保険金受取人指定の変更方法 ,p.15,藤田友敬,前掲論文 生命 保険の保険金受取人の変更の方法 ,p.711。
26) フランス保険法典L112‑3条1項,イタリア民法典1888条1項参照。また,
米国においても,多くの州では,1年以内の保険契約を除き,生命保険契約は 書面によることを要求しており,原則として口頭契約(Oral Contracts)は 排除されている(Dobbyn, op. cit, p.67)。
づく検討が必要となる。
しかし,ただ漠然と利益衡量といっても,その判断基準をどこに求めるか が問題である。基本的には,口頭等の無方式の保険金受取人変更が行われた ために,事実認定困難な紛争が多数発生しているのであれば,保険契約者意 思の尊重を多少犠牲にしてでも,法的安定性を確保すべきであろう。逆に,
そのような紛争がさほど多くないのであれば,現行法制のままでも特に問題 はないといえよう。ただし,訴訟上,訴訟外での紛争の全体数を正確に把握 することは,かなりの困難を伴う作業であるうえ,仮にそのような数量的事 実の把握が可能であったとしても,それを多いと判断するか否か,そのこと 自体が,主観的な感覚に拠らざるを得ないのではないかと懸念される。
独善的,主観的な政策論ではなく,法律論としての普遍性・客観性を確保 するためには,どのような研究手法があり得るだろうか。一つには,比較法 的観点から,我が国の法制を相対化して検討するアプローチは考えられるが,
これは既に簡単に言及した。そこで,以下,本稿が研究の主眼とするのは,
保険法の基本法であるところの民法に立ち返ることにある。
保険法における立法論的考察(保険金受取人変更の要式行為化の検討)の 素材として,民法理論を考慮するということは,次のような意義を有する。
すなわち,私法の基本法である民法において,行為に一定の方式が要求され ることの本質的意義について考察することを通じて,特別法である保険法へ の立法論的示唆を得る,ということである 。そして,民法における要式・
不要式の理論的限界を追究することにより,保険法43条2項の保険金受取人 変更規定の異質性,ないし不整合性を明らかにしようとすることが,本稿の ねらいとするところである。
具体的には,次章以下,民法に規定される諸行為の中から,一定の方式が 27) 洲崎博史,前掲論文,p.24も 他人のためにする生命保険契約において,
保険契約者の意思をどこまで尊重すべきか,あるいはこれを少々犠牲にしてで も紛争の発生が防止されるべきかは,比較法的研究も含めた商法677条1項の 再検討とともに,相続・遺言に関する民法規制および民法理論をも配慮して判 断すべきである と説く。
要求される行為として, 遺言(第2章) と 第三者対抗要件(第3章) とを取り上げ,その意義について考察を試みる。そして, 保険金受取人変 更の要式行為化 という立法論的課題に対し,民法の秩序体系がいかなる示 唆を与えるかについて総括する(第4章)ことを目標とする。
なお,既に述べたとおり,本稿の主な関心は,死者が生前に行った意思表 示の方式が限定されていないことに起因する,いわゆる 死人に口無し の 問題であり, 他人の生命の保険 においては,この問題は生じないことか ら,本稿では,特に断らない限り, 自己の生命の保険 を念頭に置くこと とする。ただし,このことは,他人の生命の保険における保険金受取人変更 を,本稿の検討対象から完全に排除すること意図するものではない。とりわ け, 第三者対抗要件(第3章) に関する検討は,他人の生命の保険も含む 保険金受取人変更規定の問題を明らかにすることを企図するものであり,こ の点は,後にも改めて言及する。
また,本稿は,保険金受取人の 変更 の方式を検討対象とし,保険契約 の締結と同時になされる 指定 については検討対象とはしない。 指定 については,保険契約締結時に,保険者が,保険金受取人が誰であるかを勘 案して契約の締結を承諾するかどうかを決定することができるものとされて おり,保険契約者の一方的意思表示によって効力を生ずる,単独行為として の 変更 とは,その性質が異なるためである。また,改正前商法における 指定 と 変更 の関係は必ずしも明らかではなかったが,保険法43条で は, 変更 を規定の対象とすることが明確にされた ものであり,この意 味でも, 変更 を中心に検討することが適当と考える次第である。
第2章 遺言と方式
第1節 遺言の要式性
本章では,民法上の要式行為の典型として,遺言を取り上げる。民法上の
28) 村田敏一 新保険法における保険金受取人に関する規律について 生命保 険論集 第166号,2009年,p.34。
要式行為には,婚姻(739条),縁組(799条),認知(781条)といった身分 法関係の行為等が存するが,中でも,遺言の要式性は特に厳格である。
民法が定める遺言の方式は,普通方式(967条本文)と特別方式(967条但 書)に分けられる。普通方式には,自筆証書遺言(968条),公正証書遺言
(969条),秘密証書遺言(970条)がある。また,特別方式には,危急時遺言
(一般危急時遺言(976条)および難船危急時遺言(979条))と,隔絶地遺言
(一般隔絶地遺言(977条)と船舶隔絶地遺言(978条))がある。これらの方 式に従わない遺言は,たとえそれが遺言者の真意を表示したものであったと しても,効力を生じない。
また,遺言者は,いつでも,遺言の全部又は一部を撤回することができる が,あくまで,当該撤回は,遺言の方式によらなければならない(民法1022 条)。その趣旨は,遺言自体が厳格な要式行為であるところから,その撤回 にも要式性を要求し,遺言の要式行為性を貫くため とされる。
もっとも,要式性は,遺言に論理必然的に内在する性質ではない 。遺言 の方式は,遺言者の真意の確保と,遺言者の意思の可及的尊重という,相反 する要請をいかにして調整するか,という政策的判断によって定められる事 柄である。しかし,少なくとも近代法においては,全くの無方式の遺言を認 める法制は皆無であり,方式の厳格性の程度において若干の差異はあれども,
遺言が何らかの要式行為とされること自体は,法制としての普遍性を有する ものといってよい 。
ただし,あまりに遺言の方式を厳格に解すると,軽微な不備であっても遺 言が無効となり,遺言者の意思が尊重されない弊害が生ずることから,遺言 の要式性を緩和する方向での解釈論が展開されており,また,そのような判 例法理も形成されてきている。民法968条の自筆証書遺言を例にとれば,
29) 中川善之助・加藤永一編 新版注釈民法 相続⑶補訂版 有斐閣,2002年,
p.398〔山本正憲〕。
30) 中川善之助・加藤永一編,前掲書,p.2〔加藤永一〕。
31) さしあたり,フランス,ドイツ,イギリスにおける法制例として,中川善之 助・加藤永一編,前掲書,pp.79‑83〔久貴忠彦〕参照。
全文自書 , 日付 , 氏名 , 押印 等の要件について,いくつかの判例 でこれを緩和している(大判大正4年7月3日・民録21輯1176頁,最判昭和 49年12月24日・民集28巻10号2152頁,最判昭和52年11月21日・家庭裁判月報 30巻4号91頁,最判昭和62年10月8日・民集41巻7号1471頁,最判平成5年 10月19日・判例時報1477号52頁等)。本稿では,これらの判例の当否の議論 には立ち入らないが,ここで強調しておくべきことは,解釈論の範疇での方 式の緩和については,種々の見解が見られるものの,立法論として,遺言を 全くの不要式行為とすべきことを説く見解は,皆無だという点である。
民法が,(撤回を含む)遺言に厳格な方式を要求している趣旨については,
一般的に,遺言が,人の最終意思の表示であり,死後に効力を生ずるもので あることから, 遺言者の真意を確保し,偽造・変造を防止するため ,そし て, 遺言者に慎重な考慮を促すため とされている 。ただし,このうち 慎重な考慮を促すため という点は,ほかの無方式の法律行為一般と区別 して,特に遺言のみが慎重な考慮を必要とされる根拠が必ずしも明確ではな いように思われる。遺言が,ほかの法律行為一般と区別されるべき特性は,
遺言者の死後に効力を生ずる法律行為であるという点にあり,したがって,
特に 死者の真意の確保 のために,要式行為たるべきことが規定されてい る,と理解するのが妥当であろう。
第2節 考察−死者の真意確保のための方式−
ここで,保険金受取人変更と遺言とを比較検討してみたい。
改正前商法解釈においても,また,保険法43条2項においても,保険金受 取人変更の意思表示は,保険契約者の単独行為とされる。一方,遺言も 相 手方のない単独行為 であるとされており,相手方の有無という点で相違が あるものの,単独行為という点で保険金受取人変更と共通する。特に,この 単独行為という共通点は,契約ではない,という意味で重要である。
32) 中川善之助・加藤永一編,前掲書,p.78〔久貴忠彦〕。
たとえば,遺言と類似する制度に,死因贈与がある。これは,贈与者の死 亡によって効力を生ずる贈与のことであるが(民法554条),あくまで贈与者 と受贈者との間の契約であるという点において,贈与者の一方的意思表示に より効力を生じる,単独行為としての遺贈とは,法的性質を異にする。
しかし,死因贈与は,その効力の発生時が贈与者の死亡時であり,かつ,
贈与者の相続財産から与えられるという点において,遺贈と類似している。
そこで,民法554条は,死因贈与について, その性質に反しない限り,遺贈 に関する規定を準用する と規定する。ただし,遺贈に関する規定のうちの どれが死因贈与において準用されるのか,については,明文の規定がないこ とから,解釈によることになる。そして,本稿の論点との関係で重要な解釈 問題は,遺贈に関する規定のうち,方式に関する規定(民法960条,967条以 下)が,死因贈与に準用されるか,という問題である。
結論をいえば,死因贈与の方式については,生前贈与の方式に従い,遺言 の方式に関する規定は準用がないというのが通説的見解である 。判例(最 判昭和32年5月21日・民集11巻5号732頁)も同様に解している。すなわち,
贈与者死亡時に効力が生じるという点で遺言と共通する死因贈与も,それが 契約であれば,要式行為とはされないことになる。遺言の特別な方式は,そ の 単独行為たること と結合してのみ理解しうる ゆえんである。
また,遺言は,一定の方式に従って遺言書が作成された時に成立するが,
その効力は,遺言者死亡の時に発生する(民法985条1項)。これに対し,保 険金受取人変更の意思表示は,その通知が保険者に到達したとき,当該通知 を発した時に遡って効力を生じるものとされる(保険法43条3項)。つまり,
表意者(保険契約者兼被保険者)の死亡時に保険金受取人変更の効力が発生 するのではなく,これは,民法985条1項に基づく遺言の効力発生時との大 きな相違点であるようにも見える。
33) 柚木馨・高木多喜男編 新版注釈民法 債権⑸ 有斐閣,1993年,pp.71‑
72〔柚木馨・松川正毅〕。反対,来栖三郎 契約法 有斐閣,1974年,p.228。
34) 柚木馨・高木多喜男編,前掲書,p.72〔柚木馨・松川正毅〕。
しかし,保険金受取人変更の通知発信時に保険金受取人変更の効力が生じ るとはいっても,新保険金受取人は,保険契約者の一方的意思表示により将 来いつでも保険金受取人の地位を失い得るのであって,保険契約者兼被保険 者である表意者が死亡し,保険金請求権が確定するまでの間は,法律上の具 体的権利は有していない。これは,受遺者が遺言の成立により,遺言者死亡 時に遺贈を受けるという期待を持ちうるが,いつでも遺言者の自由で撤回さ れるという制限に服するため,かかる受遺者の期待が法律上の権利とはいえ ない ,ということと,本質的に極めて近いものと考えられる。
したがって,効力発生時期ではなく,受益者の具体的権利の確定時期とい う観点で捉えたとき,遺言(による財産権取得)と保険金受取人変更(によ る保険金請求権取得)は,その時期が表意者死亡時となる(それゆえ,いわ ゆる 死人に口無し の紛争の発生が懸念される)という点において,共通 性を有するものと理解されるのである。
以上の次第であり,保険金受取人変更と遺言は, 表意者死亡後に権利の 確定する単独行為 という,極めて特異な共通性を有する法律行為であると いえる。また,それゆえ,遺言が要式行為とされる趣旨である 死者の真意 の確保 は,自己の生命の保険における保険金受取人の変更においても,同 様に該当するものということができる。そして,遺言が要式行為とされるべ きことが近代民法の普遍的原則であること,また,これに立法論として異を 唱える言説がほぼ皆無といってよい状況に鑑みれば,遺言と同様に 死者の 真意の確保 が要請される保険金受取人変更についても,これを要式行為と すべきことが,一応の仮説として導き出されるように思われる。
第3章 第三者対抗要件と方式
第1節 指名債権譲渡の第三者対抗要件
本章は,民法が一定の方式を要求する行為のうち,指名債権譲渡の第三者
35) 中川善之助・加藤永一編,前掲書,p.202〔阿部浩二〕ほか。
対抗要件としての通知・承諾(準法律行為)を取り上げる。すなわち,民法 467条2項が,第三者対抗要件として 確定日付証書 による通知・承諾と いう方式を要求していることの意義を検討するものである 。
指名債権譲渡は,譲渡人と譲受人との間の,無方式の諾成契約によって効 果が生じる。したがって,債権譲渡に関与しない債務者および第三者は,債 権譲渡の事実を知らないために損害を被るおそれがあり,この債務者および 第三者を保護するために設けられたのが,民法467条の規定である。
民法467条は, 債務者その他の第三者 に対する対抗要件(1項)と,
債務者以外の第三者 に対する対抗要件(2項)を別に規定する。そして,
前者の対抗要件としては, 譲渡人による債務者への通知又は債務者の承諾 を要するとしながら,後者の対抗要件では,上記通知又は承諾を 確定日付 のある証書 によってなすべきことを規定する。このように,1項は, 債 務者その他の第三者 への対抗要件を規定する文言にはなっているが,実質 的には,第三者への対抗要件は2項の規定が適用されることになるため,1 項は債務者への対抗要件のみを規定するものということになる。
文理構造上,この条文は,民法467条1項の債務者への対抗要件を無方式 で足りるものとしつつ,2項では,第三者への対抗要件としてこれを確定日 付のある証書という方式を要求することで加重している,というように読む こともできる。このように,1項を対抗要件の一般規定(無方式)としつつ,
2項が特別規定として要件を加重したもの(要式)である,とするのが,伝 統的な民法467条の理解であったようである。
しかし,この1項と2項の関係について,むしろ,2項(要式)が一般規 定(原則)であり,1項(無方式)が特別規定(例外)であるとする見解が 近時有力である。すなわち,立法の沿革から,現行民法467条は,旧民法財 産編347条1項ではなく,ボアソナード草案367条1項を範としてそれを継受
36) なお,確定日付証書を求める規定として,ほかに民法364条(指名債権を目 的とする質権の対抗要件)や515条(債権者の交替による更改)があるが,本 稿では,これらを民法467条と区別して検討することはしない。
しようとしたものであり,ボアソナード草案およびその母法であるフランス 民法に照らすと,民法467条2項が,対抗要件主義の原則を定め,1項はそ れを対債務者の関係に限って緩和したものであると理解するのである 。
この1項と2項の理解の仕方が,現行民法の解釈問題に結び付く例として,
2項の対抗要件たる通知・承諾をあらかじめ省略する特約の可否(2項の強 行規定性)の論点がある。前掲の有力説 は,債務者のもつ公示機能とし ての役割に鑑み,1項も含めた467条全体が強行規定であると説くもので,
2項を任意規定とする従来の通説へのアンチテーゼとなっている。
本稿は,かかる解釈論の問題に立ち入るものではないが,他方で立法論上 の示唆として,通知・承諾に方式を要求する467条2項こそが,対抗要件規 定の原則であるという沿革自体に,一定の意義があると思われる。また,実 際上も,特別法である 動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例 等に関する法律 の立法例や,さらに進んで,金銭債権譲渡の第三者対抗要 件を登記に一元化すべきとの民法改正の提案 も見られるように,第三者 対抗要件を一定の方式(登記等)に係らしめることで,公示性を高めるべき との価値観は,現時点において広く共有されているように思われる。
この民法467条2項が,通知・承諾に 確定日付のある証書 を要求して いる趣旨については,次のように説明される。たとえば,第一の譲受人が債 権譲渡を受けて債務者へ通知した後,第二の譲受人が二重に債権を譲り受け た上で,譲渡人,第二譲受人,債務者三者が通謀して,第二譲受人への譲渡 が第一譲受人への譲渡よりも先になされかつ対抗要件(通知・承諾)を備え たような証書を作成するとき,第一譲受人は通謀の事実を立証することが困 難であるから,実は先に譲受けていながら第二譲受人に劣後する結果となっ
37) 池田真朗 債権譲渡の研究〔増補2版〕 弘文堂,2004年,p.51以下。
38) 池田真朗,前掲書,pp.98‑99。中田裕康 債権総論 岩波書店,2008年,p.
501もこれを支持。また,判例は1項,2項両項ともに強行規定であるとする
(大判大正10年2月9日・民録27輯244頁)。
39) 民法(債権法)改正検討委員会編 債権法改正の基本方針 商事法務,2009 年,p.221。
て,不当な損害を被るおそれがある。そこで,この第一譲受人の不安を除く ために,第一譲受人と第二譲受人間の優劣を決するために日付を遡らせるこ とのできない確定日付ある証書によるべきものとしたのである 。
ただし,第三者が対抗要件の欠缺を主張し得るのは,その者に債権が帰属 している場合に限る。したがって,第一譲受人に対抗要件が欠けていても,
その債権が弁済,相殺等によって消滅した後に二重に譲り受けた第二譲受人 は,たとえ確定日付ある証書による通知・承諾を得ても,もはや第一譲受人 に対抗要件の欠缺を主張してその弁済を無効とはなし得ない(判例・大判昭 和7年12月6日・民集11巻2414頁)。
しかし,このように解すると,債務者,譲渡人,第一譲受人の三者が通謀 して,第二譲受人への譲渡よりも前に第一譲受人への弁済が済んだように虚 構すれば,常に第二譲受人は害されることになり,確定日付ある証書を要求 する民法467条2項の意義が失われる結果となる。つまり,確定日付ある証 書を要求することにより,譲渡の通知・承諾の時期について偽装(第一の偽 装)は防げるが,さらに進んで,弁済まで済んだといった事実の偽装(第二 の偽装)をすれば,三者通謀の目的を達することになる。弁済等の事実まで も確定日付ある証書によって証明しなければならない,とは規定されていな いわけであるから,かかる二重偽装は現実的にも可能である。
なお,我が国民法起草時の範とされたフランス民法における指名債権譲渡 の通知・承諾は,それぞれ, 執達吏による送達 と 公正証書による承諾 という手続きが要求されており,債務者に対する関係に限り無方式の通知・
承諾を容認する,我が国民法467条とは前提を異にする。したがって,この ような相違点があることをもって,我が国の 民法467条の持つ欠陥 とす る見解も見られる 。このような考察からも, 確定日付ある証書 を要件 とする民法467条2項こそが,本来あるべき対抗要件規定の原則として位置
40) 西村信雄編 注釈民法 債権⑵ 有斐閣,1965年,p.380〔明石三郎〕。
41) 池田真朗,前掲書,p.96。また,西村信雄編,前掲書,p.385〔明石三郎〕
も 無形の指名債権を簡単に譲渡しうることとしたわが民法の弊害 とする。
付けられるべきことになろう。
ところで,そもそも,民法上の第三者対抗要件とは,当事者間で効力の生 じた法律関係を,当事者以外の他人に対して主張するために必要とされる要 件を意味するものである。指名債権譲渡の対抗要件(民法467条)は, 債 権 という目に見えない権利に関するものであるが,このほか,民法におい て重要な意義を有するものとして, 物権 の変動に関する対抗要件,すな わち, 登記(民法177条) および 引渡し(民法178条) がある。
かかる民法上の第三者対抗要件を横断的に見るとき,そこに共通して見出 される意義として,次の二点が挙げられる。一つは 公示機能 であり,も う一つは 紛争解決機能 である。
このうち前者の 公示機能 については,権利関係の変動を外形的手段で 外部に認識できるように示す機能であり, 紛争予防機能 ということもで きる。つまり,物権変動に関していえば, 登記 や 引渡し といった外 形的公示方法を,第三者対抗要件と結びつけることによって,かかる外形的 公示方法(対抗要件)を備えない取引が,危険な取引として回避され,結果 的に二重譲渡等の紛争の発生が防止されるのである。
ただし,指名債権譲渡の第三者対抗要件たる 確定日付のある通知・承 諾 については,かかる公示性という観点からは,極めて不十分である。と いうのは,譲渡人と譲受人との間で,指名債権という無形財産の譲渡が行わ れたという事実を,第三者が知るためには,民法上,債務者に対し債権の現 状(すなわち,誰が現時点における債権者であるのか)について問い合わせ たうえで,その回答を得る,という方法によるしかないからである。この場 合,債務者が真実を回答するとは限らず,また,そもそも債務者が回答自体 を拒否する可能性すらある。
また,後者の 紛争解決機能 は,二重譲渡の場合のように,並立し得な い権利を主張する者が現われた際に,その優劣を明確に決定する紛争解決基 準を示すという意義を有するものである。たとえば,もし民法に177条や178 条,467条2項等の対抗要件規定がなかったならば,二重譲渡の際の紛争解
決にあたっては,第一譲受人と第二譲受人のどちらが先に譲渡を受けていた のか,等の事実関係を丁寧に解明していく手間をかけなければならない。し かし,対抗要件規定があることによって,裁判所は,原則として,対抗要件
(登記,引渡し,確定日付ある証書による通知・承諾等)を備えているか否 か,という,ただそれだけの事実を認定しさえすれば足りることになる。ま た,それによって,当事者の予見可能性も確保されることになる。
第2節 考察−紛争解決機能としての方式−
第三者対抗要件規定の意義につき,以上のことを踏まえたうえで,次に,
保険金受取人変更と指名債権譲渡との異同を整理し,両者を比較検討する。
保険金受取人変更は,改正前商法の解釈上も,また保険法43条2項の規定 上も,保険契約者の単独行為によって効力を生じる,という点で,指名債権 譲渡とは大きく異なる。すなわち,指名債権譲渡が,譲渡人と譲受人との契 約によって効力を生じるため,譲渡人の二枚舌によって二重譲渡が生じる可 能性があるのに対し,保険金受取人変更においては,保険事故発生前の保険 契約者の最終意思のみが唯一の効力要件であるため,かかる二重の権利は生 じない。保険契約者が甲を保険金受取人と指定した後に,乙を保険金受取人 に変更した場合には,保険金受取人は唯一乙のみとなる。したがって,保険 金受取人変更において,その効力要件と別に,甲乙間の権利の優劣を決める ための要件,という意味での第三者対抗要件を規定する余地はない。
そして,保険金受取人変更は,契約ではなく,保険契約者の単独行為によ って効力を生じることから,第三者対抗要件に求められるような 公示機 能 も,基本的には必要とされない。誰が保険金受取人としての地位を得る か,ということは,第三者にとっても重要な関心事であるかもしれないが,
それが常に外部から認識可能な形態を有していなければならないわけではな い。このことは,同じく表意者の単独行為である遺言が,一般に,公表され ず秘密裏に行われることを想起すれば,明らかであろう。
このように,単独行為である保険金受取人変更が,第三者対抗要件という
法技術に馴染まないこと,また,第三者対抗要件一般に要求される 公示機 能 も備える必要がないことは,おそらく疑問の余地はない。しかし,指名 債権譲渡も保険金受取人変更も,ある一つの法律行為(契約あるいは単独行 為)により,権利者(債権者あるいは保険金受取人)としての地位を移転さ せるという点において共通する。この共通性からいえることは,いずれの行 為も,その結果,自らが唯一の権利者であるということを排他的に主張しよ うとする者どうしによる紛争が,典型的に想定されるということである。
指名債権譲渡においては,誰が債権者としての地位を有するか,という紛 争を, 確定日付ある証書 という有体物の証拠によって解決することが期 待されている。それが,第三者対抗要件の 紛争解決機能 であり,効力要 件である債権譲渡契約自体が,無方式の諾成契約であることを補っている。
これに対し,単独行為が効力要件となる保険金受取人変更においては,第 三者対抗要件という法技術を用いることができない。したがって,自らが保 険金受取人であると主張する複数の者どうしの紛争を解決するための方式は,
その効力要件たる法律行為と一体的に結びつけるほかない。
もっとも,指名債権譲渡の第三者対抗要件に 確定日付ある証書 を要求 したからといって,紛争解決機能として万全のものとなるわけではない。た とえば,債務者,譲渡人,第一譲受人の三者が通謀して,第二譲受人への譲 渡よりも前に第一譲受人への弁済が済んだように虚構すれば,常に第二譲受 人は害されることになる,という問題があることは既に述べた。また,第一 譲受人と第二譲受人が共に確定日付ある証書によって通知・承諾された場合,
判例(最判昭和49年3月7日・民集28巻2号174頁)は,確定日付のある通 知が債務者に到達した日時又は確定日付のある債務者の承諾の日時の先後に よって決すべきとしており(いわゆる 到達時説 ),確定日付の先後という 定型的基準は採用されていない。
しかしながら, 紛争解決機能 を確保するために, 確定日付ある証書 という方式により,完全ではないにせよ相当の配慮を加えている民法と,そ のような方式を全く考慮しない保険金受取人変更規定(保険法43条2項)と
の相違は,あまりにも顕著といわなければならない。すなわち,民法467条 2項の指名債権譲渡の第三者対抗要件規定との比較において,保険金受取人 変更規定(保険法43条2項)が, 紛争解決機能 への配慮を著しく欠いて いるのではないか ,ということである。
なお,前章までの考察は,主として,いわゆる 死人に口無し の問題が 生じる, 自己の生命の保険 を念頭に置いたものであったが,本章におけ る検討は, 自己の生命の保険 に限らず, 他人の生命の保険 における保 険金受取人にも妥当する,という点で意義があるように思われる。民法467 条2項における 紛争解決機能 を備えるための方式は,基本的に,行為者 の生死の如何とは関わりなく要請されるからである。
第4章 結び
第1節 総括
本節では,前章までの内容を総括し, 保険金受取人変更の要式行為化 という立法論的課題に対する試論を述べることとしたい。
まず,第2章(遺言と方式)では,民法の中でも特に厳格な方式が要求さ れる遺言が要式行為とされる趣旨は,単独行為における 死者の真意の確 保 にあることを述べた。そして,この 死者の真意の確保 の要請は,自 己の生命の保険における保険金受取人変更においても共通して認められる,
ということを述べた。
また,第3章(第三者対抗要件と方式)では,指名債権譲渡の第三者対抗 要件である 確定日付のある証書 による通知・承諾を中心に,民法上の第 三者対抗要件の意義について検討し,そこには 公示機能 と 紛争解決機 能 という二つの意義が認められる,ということを述べた。そして,このう ち 紛争解決機能 については,保険金受取人変更においても同様に要請さ
42) 改正前商法における同様の指摘として,松村寛治 保険金受取人の指定・変 更に関する諸問題 吉川栄一・出口正義編 商法・保険法の現代的課題 文眞 堂,1992年,p.377。
れるはずであるにもかかわらず,保険法43条2項がこの点への配慮を欠いて いるのではないか,ということを述べた。
要するに, 表意者死亡後に権利の確定する単独行為 という,自己の生 命の保険における保険金受取人変更と遺言の共通性(第2章第2節)や,あ るいは, 紛争解決機能への配慮の必要性 という,(他人の生命の保険も含 む)保険金受取人変更規定と指名債権譲渡の第三者対抗要件規定との共通性
(第3章第2節)に着目するとき,保険法43条2項における保険金受取人変 更もまた,要式行為とされるべきではないか,との立法論上の示唆が得られ るものと思われる。
もっとも,基本法である民法の一般原則においては,契約以外でも,単独 行為たる解除や取消し,あるいは準法律行為についても,方式は自由である。
契約における 方式自由原則 は,近代私法の基本原理であるが,これは契 約一般だけでなく,民法(私法)における行為方式一般に拡張して理解する ことができる。また,この原則は,特別法である保険法においても例外では なく,同法上,保険契約の締結の他,解除や告知,被保険者同意といった 諸々の行為の方式に特段の制限は設けられていない。
こうした 方式自由原則 は,私法上の行為の効果を,その行為方式に係 らしめるべきではない,という極めて自然,かつ合理的な発想に基づいてい る。とりわけ,単独行為についていえば,法定ないし約定の解除権者,取消 権者等の意思を可及的に尊重することは,いわば儀式に過ぎない 方式 を 尊重することよりも妥当である。そして,保険法における保険金受取人変更 の意思表示についても,一般原則に従い無方式とする方が,保険契約者意思 の可及的尊重の観点からは望ましいことは確かである。しかし, 意思の尊 重 のためには (司法手続きによる)真実の追究 が不可欠であり,当事 者的にも,また社会的にも多大なコストがかかる。遺言が要式行為とされて いるのは,遺言者の意思の尊重よりも,いわゆる 死人に口無し の状況下 における 真実の追究 コストの発生を,あらかじめ排除することを立法的 に選択したからにほかならない。また,指名債権や動産・不動産の二重譲渡