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保険契約上の権利の担保的譲渡と保険金 受取人の法的地位

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保険契約上の権利の担保的譲渡と保険金 受取人の法的地位

桜 沢 隆 哉

■アブストラクト

保険契約上の権利の担保的利用は,損保・生保を問わず,今日では広く行 われているが,これを保険金受取人の地位を中心としてみた場合には,そこ には保険契約者,その債権者をはじめ多くの利害関係者がひしめきあう状況 にある。本稿では,こうした利害対立状況について,保険金受取人の地位を中 心にいくつかの問題を採り上げ考察し,その調整法理を模索するものである。

■キーワード

保険契約上の権利の担保,保険金受取人の地位,保険金請求権

1.はじめに

保険契約の担保的利用は,今日では損害保険・生命保険の分野を問わず広 く利用されている 。生命保険契約の担保的利用は,従来貯蓄型の生命保 険商品には,一定の財産的価値があるとされ,それらを中心になされてきた

*平成21年9月17日の日本保険学会関東部会報告による。

/平成22年6月30日原稿受領。

1) たとえば,抵当権が設定された火災保険の目的物に物上代位権を有する担保 権者がそれを補完するものとして,保険金請求権に質権を設定し,抵当権者は 優先弁済を確保することが損害保険の分野でおこなわれてきたようである。

2) 山下友信 生命保険契約に基づく権利の担保化 現代の生命・傷害保険法

(弘文堂,1999年)193‑194頁参照。

(2)

が,今日では生命保険商品一般に財産的価値が認識され,利用されている 。 生命保険契約に基づく諸権利の担保化の手段としては,通常,債権と同様に 質権設定が利用されるのが一般的であるが,その他にも様々な担保の方式が とられうる。生命保険契約に基づく諸権利(生命保険金請求権)に担保を設 定することは 人の生命 を担保目的として供することとなるため,担保の 健全性の問題や,担保価値の実現可能性など多くの問題がある。また,保険 金請求権自体についても,保険事故発生の前後でその性質が異なっており,

担保価値の実現可能性やその設定権限の所在につき争いが生じうる 。 本稿では,このような生命保険契約に基づく諸権利を担保化するための方 法を整理し,生命保険契約に基づく権利の担保化の手段として保険実務にお ける担保化の方法とそうでない方法 との比較において,そうした諸権利の 担保化の問題点を指摘したいと考えている。その上で,とくに他人のために する生命保険契約において,諸権利のうち生命保険金請求権に質権設定を行 う場合の問題について検討したいと考えている。

2.生命保険契約に基づく権利の担保化

⑴ 保険金受取人の法的地位と権利の担保化

損害保険契約に基づく権利の担保化として,当初,債権者を保険金受取人 として指定する方式がとられていた 。もっとも,受取人の指定方式といっ ても,生命保険金受取人とは異なり,債権者は単に保険金の代理受領権を有 するにすぎず,その担保的機能は劣ることとなる。また,当時は被保険利益 を有する者のみが保険金請求権を有すると解されており,そのため質権設定

3) 藤田友敬 保険金受取人の法的地位㈠ 法協109巻5号719頁以下,722‑729 頁(1992年)参照。

4) 例えば拙稿 保険金受取人の法的地位⎜保険金請求権の権利性 ・不確定性・

処分可能性を中心に⎜ 生命保険論集168号165頁以下(2009年)。

5) いわば 質権設定+通知方式 譲渡担保類似の方式 とを意味する。

6) 北沢利文 損害保険契約による債権担保の現状 金融担保法講座Ⅰ (筑摩 書房,1985年)106頁参照。

(3)

などの方式をとることができないと解されていたようである 。ところが,

生命保険契約は,損害保険契約とは異なり,保険契約の成立にあたり被保険 利益を要件とされていないことから,被保険者の同意のもとに,被保険者と は異なる者を保険契約者・保険金受取人とする契約を締結することもできる。

そして,生命保険契約の関係者の類型としては次のものが考えられる。 契 約者=被保険者=受取人, 契約者=被保険者≠受取人, 契約者=受取 人≠被保険者, 契約者≠被保険者=受取人, 契約者≠被保険者≠受取人 である。このうち, は自己のためにする生命保険契約であり, 他人のためにする生命保険契約である。他方, は自己の生命の保険契約 であり, は他人の生命の保険契約である。 の類型の場合には,受 取人=契約者であるので,受取人は契約者の権利(解約権,解約返戻金・払 戻金請求権,利益配当請求権)も有するが, は,受取人が有する権利 は保険金請求権のみであると解される 。以上の各類型において,自己のた めにする生命保険契約においては,契約者=受取人であるので,その地位に おいて契約者が生命保険金請求権など諸権利を処分することが認められる 。 それに対して,他人のためにする生命保険契約においては,契約者が受取人 の指定変更権を留保しているのが通常であり,また契約者が保険契約の存亡 をめぐる権利をも有しているため,受取人の有する地位も不確定なものであ る。さらに,保険事故発生の前後で,契約者・受取人の有する権利は異なる ため,その担保機能にも差異が生ずる 。

7) 大森忠夫 保険法〔補訂版〕 (有斐閣,1985年)66頁参照。

8) 河合篤 生命保険契約に因りて生じたる権利の譲渡⑴⑵ 民商4巻3号488 頁以下,490頁(1934年),民商4巻4号736頁以下,746‑753頁(1934年)参照。

ただし約款の定めにより,解約返戻金,利益配当請求権などを保険金受取人に 取得させることはできる(西嶋梅治 保険法〔第三版〕 (悠々社,1998年)

362頁)。

9) 西嶋・前掲注⑼371‑372頁参照。

10) 大森・前掲注⑻保険法305‑307頁,西嶋・前掲注⑼371‑372頁,河合 ・前掲注

⑼民商4巻3号500‑503頁参照。

(4)

保険事故発生後は,保険事故の態様にしたがい,保険金請求権が受取人に 確定的に帰属することは明らかであり,この具体的金銭債権を保険金受取人 が譲渡・質入などの処分することができ,また差押えの対象にもなる 。こ れに対して,保険事故発生前の受取人の法的地位は,いまだ確定的なもので あるとはいえない。そのため,わが国でも,これを単なる希望・期待にすぎ ないとする見解もある 。しかし,受取人の法的地位について,そのような 見解を採ることは妥当ではないと考える。なぜなら,第一に,この点につい て,わが商法及び約款には,明示的な解釈上の根拠となる規定はなく,保険 事故発生前の権利は,ドイツ法 のように単なる希望・期待と解する必要性 もなく,原則として受取人は指定と同時に条件付権利を取得するものと解さ れる 。第二に,受取人は,原則として指定と同時に条件付ではあるが権利 を取得するが,この場合の受取人の有する地位は,①保険契約者と保険者と の間の保険契約が有効な存続を,及び②その契約上の利益を第三者に与える 行為(指定)が有効な存続を前提としているため,その意味で不確定なもの であるということにすぎない 。したがって,それが権利性のないものとい

11) 大森・前掲注⑻保険法304頁,西嶋・前掲注⑼371頁参照。

12) 河合・前掲注⑼民商4巻3号503頁参照。

13) ドイツでは,民法331条1項の規定を根拠に,保険契約法159条2項の定めか ら( 保険事故によってはじめて ),保険金受取人は保険事故発生前は何らの 法律上の保護に値する権利を取得しておらず,単なる期待(Hoffnung)ある いは希望(Anwartschaft)を有しているにすぎない。そのため受取人の保険 事故発生前の権利は,単なる期待であり(Prolss/

Martin

,

Versicherungsver- tragsgesetz‑ Kommentar

, 27.

Auf

. 2004, 166,

Anm.4),受取人は何ら の

権利を有していない。なお,撤回権のない契約を締結した場合には,保険金受 取 人 は 契 約 に よ り 直 ち に 将 来 の 保 険 金 請 求 権 を 取 得 す る(E.

Bruck/ H.

Moller

,

Kommentar zum  Versicherungsvertragesgesetz und zu den All- gemeinen Versicherungsbedingungen unter Einschluss des Versicherungs- mittlerrechts

, 8.

Aufl

.1988,

S.1122)。

14) 最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁参照。

15) 大森忠夫 保険金受取人の法的地位 大森忠夫=三宅一夫 生命保険契約法 の諸問題 (有斐閣,1958年)1頁以下,14頁参照。

(5)

う意味ではない。さらに第三に,わが国においては,ドイツのような明文の 規定はなく,またそれと同様に解する基盤も存在しないため,受取人は不確 定であるものの一種の権利を取得するものとされており,通説的見解も条件 付権利を取得すると解している。そうすると,保険事故発生前に受取人が有 する条件付権利を処分することも,性質上は不可能ではないこととなる。

以上のように,受取人は,保険事故発生前であっても,指定と同時に条件 付ではあるが保険金請求権を有していると解するべきであり,当該請求権を 譲渡・質入をすることができる 。もっとも,この権利が条件付であり,か つその地位も不確定であることから,担保価値の問題はあるが,それ自体で 譲渡・質入が不可能であるということを意味するものではない。

⑵ 保険契約に基づく諸権利の担保化の手法

生命保険実務では,債権者と債務者とが生命保険会社の作成する契約書に したがい質権設定契約を締結し,その上で,保険会社にそれを提出すれば,

その書式には質権設定承諾書を兼ねていることから,生命保険会社の承諾が なされるという仕組みになっている。昭和40年代初めに生命保険会社におい て,生命保険契約に基づく権利の担保化が検討され,ここで考案された方法 が今日でもなお受け継がれている 。なお今日では,団体を対象としたもの だけではなく,個人を対象とした契約にも利用されており,個人に対するロ ーンの担保として行うという方法が採られているようである 。このように,

実務上は,債権者及び債務者の質権設定契約書と第三債務者に対する質権設 定承諾書とを兼ねた(または別立ての)書式を,保険会社が作成しておき,

これにしたがい質権設定契約を締結した上で,保険会社が承諾する方式とな っている 。このように実務上,生命保険契約上の諸権利について,契約者 16) ただし場合によっては被保険者の同意が必要となろう(本文の の類型)。

17) 山下(友)・前掲注⑵195頁参照。

18) 本文の内容の事案として,東京地判平成9・10・15金判1041号40頁,宇都宮 地判平成10・2・17文研生命保険判例集10巻44号など参照。

19) 糸川厚生 生命保険と担保 別冊NBL10号 ・担保法の現代的諸問題 (商

(6)

が質権設定をする場合に保険会社の作成した書式を用いることが多いのは,

諸権利間の複雑な関係の発生を防止し,質権設定に安全性・確実性を確保す るためである 。

他方で,生命保険契約に基づく権利を担保化する場合には,こうした権利 が質権の対象となり得る適格性のある財産であれば,上記の書式に必ずしも したがう必要はなく,第三債務者たる保険者の承諾がなくても,質権設定者 と質権者との合意によって行うことも当然可能である(民法363条,365条)。

この場合に,保険金請求権は,権利質(債権質)であるから,第三債務者に 確定日付ある通知をすれば第三債務者その他第三者への対抗要件を満たし,

保険者はこれを否定することはできない(民法364条,467条。モラルリスク の懸念がある場合は別であろう)。そもそも,保険事故発生前の保険金請求 権についても,権利性を認めているわが国の通説・判例の立場にしたがえば,

原則として譲渡性が認められるので(商法674条2項 ・3項,保険法47条),

これも質権などの対象となりうる。したがって,保険事故発生前の保険金請 求権について,保険者の用意する質権設定書式を用いず,契約者と受取人と を同一人とせずとも法的にはこのような方法を採ることは可能であるといえ る。しかし,このような書式による質権設定の趣旨に鑑みれば,このような 書式によらない方法が採用されることは稀であるといえよう 。そのほかに も,質権設定という典型担保を用いた権利の担保化の方法以外に,非典型担 保を用いた手法がある。すなわち,①受取人指定を利用して,債権者を受取 人に指定する方法 ,および②受取人変更と契約者変更とを組み合わせて,

事法務,1983年)173頁,加藤昭 生命保険に基づく権利の担保化 ジュリ964 号56頁以下(1990年)など参照。

20) 濱田盛一 生命保険契約と質権設定 石田満編 保険と担保 (文眞堂,

1996年)239頁,松田武司 生命保険契約の担保的利用 産大法学40巻2号20 頁(2006年)参照。

21) 山下(友)・前掲注⑵196頁参照。

22) 糸川厚生 生命保険金の譲渡担保と権利の実行 金判737号104頁以下,105 頁(1986年),加藤・前掲注 ジュリ964号58頁参照。

(7)

債権者が契約者兼受取人の地位に立つ方法 とがある。しかし後にみるよう に,各々に問題が生じ,一概にどの方法が望ましいかという結論を示すこと はできない。

⑶ 生命保険実務における取扱い

1) 生命保険会社の質権設定契約書・質権設定承諾書

保険会社の書式にしたがった諸権利の担保化は,上述のように,債権者と 債務者とが保険会社の作成する生命保険設定契約書にしたがい質権設定契約 を締結し,その上で,保険会社にそれを提出すれば,その書式は質権設定承 諾書を兼ねており,保険会社の承諾が成立するという仕組みになっている。

すなわち,このような質権は,債権質であるから,民法の一般原則にしたが い質権設定のための当事者の合意と債権証書の交付が効力発生要件であり

(民法363条 ),これに伴い保険証券が質権設定者から質権者へと交付され ることとなる。また,保険者の承諾は,第三債務者たる保険者への対抗要件

(民法364条1項,467条1項)であり,かつこれに確定日付が付されていれ ば,第三者対抗要件ともなる(民法364条1項,467条2項)。

かつては保険契約の担保的利用といえば,火災保険における債権保全手段 としての保険金請求権等の質入であったが,生命保険や積立保険のように,

一定の財産的価値が認められる保険 については,この財産的価値を担保と して利用することが行われている。このような諸権利の担保化は,当該保険

23) 糸川 ・前掲注 担保法の現代的諸問題174頁以下,同 生命保険の担保的利 用に関する再検討

NBL293号16‑18頁(1983年),山下孝之 保険契約者変

生命保険の財産法的側面 (商事法務,2003年)参照。

24) この法的構成については,道垣内弘人 担保物件法〔第3版〕 (有斐閣,

2008年)82頁,105頁以下参照。

25) 生命保険契約では,払い込まれる保険料の中から保険者の下に将来の給付に 備えて資金が積み立てられ,保険契約が保険事故又は保険期間満了前に中途消 滅した場合には,当該契約者の契約に対応する部分の全部または一部を返還す ることを請求する権利を有する(山下友信 保険法 (有斐閣,2005年)647,

651頁以下)。

(8)

契約に基づく諸権利を包括的に質権設定が行われている 。そして,その多 くは,保険者の用意する質権設定書式によるものであるが,書式の内容は各 社・各契約ごとに異なっているようである。しかし,こうした書式は,契約 者がその有する権利を行使することにより,質権の担保価値の減少・消滅を 防止するための様々な配慮がなされている。書式の内容には概ね次の約定が 規定されている。

①質権の対象となる生命保険契約について,通常は,債務者=契約者=質 権設定者であり,債務者の自己のためにする契約であることとされており,

債権者(質権者)の多くは金融機関のようである。②被担保債権については,

特定の債権のみを担保する質権に限定することも,また不特定の債権を担保 すること(根質権とすること)も可能であるようである 。③質権の対象と なる権利としては,保険契約に基づく諸権利を包括的に定めているが,その 中から入院給付金は除外されている 。また,この質権設定書式には,質権 設定者である契約者が質権の存続中に質権の対象となった様々な権利を有し ており,それを行使することにより,担保価値の減少を防止するための約定 が含まれている 。すなわち,④契約者の約款に基づく権利行使制限として,

債務者は質権設定期間中,債権者の同意なくして, 保険契約者および保険 金受取人の指定変更請求権,その他保険契約の主契約および特約の内容を変 更する一切の請求権,契約者貸付請求権(保険料の自動貸付を除く) は行 使できないとされている 。⑤保険契約失効後の復活・保険契約更新の場合

26) 山下(友)・前掲注 保険法609頁参照。

27) 山下(友)・前掲注⑵198頁参照。なお,東京地判平成9 ・10・15金判1041号 41頁以下では,包括根質権の有効性も認められている。

28) 質権の対象となる権利から入院給付金が除外されている理由は,傷害保険・

疾病保険の入院給付金請求権や後遺障害保険金請求権等については,被保険者 の入院や後遺障害の発生という保険金の現実的な需要が高い状況で発生する権 利であるためである(甘利公人 傷害保険と質権設定 石田満編 保険と担 保 (文眞堂,1996年)317頁以下)。

29) 山下(友)・前掲注⑵199頁参照。

30) そのほかにも,転質および二重質を禁止する旨の約定が含まれており,この

(9)

の質権の存続する旨の約定として,保険契約が失効後に復活した場合に,復 活後の契約に質権が有効に存続する旨を規定する。保険契約が猶予期間経過 後に失効し契約関係が消滅した場合に,失効後一定の期間以内(通常は3 年)は,契約者は保険契約の復活を請求することができるとされている 。 保険契約の復活では,契約者は改めて危険選択のための告知が求められ,保 険者は復活を承諾するか否かを判断する自由を有しているが承諾がなされれ ば,契約者は保険者の指定する日までに保険料期間が既に到来している未払 保険料を保険者に払い込むことを要し,それがあった時から保険者は責任を 負うとされている 。このような復活の法的性質から,同約定は,保険契約 失効前の契約に設定されていた質権が復活によって,有効に存続しているこ とを明らかにし,疑義が生ずることを防止しているものである 。また,質 権者にとって不利益をもたらす事項に関して,質権の対象となっている契約 上の効果を質権者にも及ぼす必要があることから,質権者と保険者との間の その旨の約定も規定され,当事者の紛争を防止しようとしている 。すなわ ち,⑥保険会社の支払金額ないし保険会社の保険契約上の抗弁の取扱いとし て,保険会社が質権者に対して支払う保険金等については,未払保険料や保 険契約者貸付等を控除できること,免責事由の存在,契約の無効・解除など による保険金等の支払義務を負わないこと等の抗弁事由を質権者にも対抗で きる旨が規定されている。

趣旨も同様であると解される。なお,保険料自動振替貸付については,保険料 不払いによる契約の失効が回避されることは質権者にとっても利益となること から認められているが,保険会社によっては認めていない会社もあるようであ る(加藤・前掲注 57頁)。

31) 山下(友)・前掲注 保険法351頁参照。

32) 山下(友)・前掲注 保険法351‑352頁参照。この復活の法的性質については,

失効した保険契約の消滅の効力を失わせて契約失効前の状態を回復させること を目的とする特殊な契約であるという見解が多数である(大森 ・前掲注⑻保険 法314頁,西嶋・前掲注⑼379頁参照。いわゆる 特殊契約説 )。

33) 濱田・前掲注 230頁参照。

34) 濱田・前掲注 236頁参照。

(10)

ところで,解釈上,もっとも問題となり得るのが,⑦保険金等の支払につ いて,債務の弁済期の前後にかかわらず,質権の目的を請求できる場合には,

債権者は被担保債権の額にかかわらず,すべて債権者が保険会社から受取り,

弁済金の全部または一部に,充当できるものとされて,弁済金の充当後に残 額がある場合には,その残額は債務者に支払われることとされている規定で ある。民法の原則によれば,質権者は質権の目的たる債権を直接取り立てる ことができ(366条1項),質権者は自らその債権額に対応する部分に限り取 り立てることができること(同条2項),また質権の目的たる債権の弁済期 が被担保債権の弁済期前に到来したときは,質権者は第三債務者にその弁済 すべき金額を供託させることができ,この場合に質権は供託金上に存在する こと(同3項)とされている。それに対して上記の書式に含まれている約定 は,民法の原則とは異なる定めがおかれていることとなる。もっとも,民法 の366条が強行規定であれば,このような書式の定めは無効ともなり得る 。 なお,⑧保険証券の取り扱いについては,質権設定期間中保険証券は,債権 者が保管し,債務者は債権者の同意なくして保険証券の再発行請求は行わな い旨の約定がなされている。保険証券は,証拠証券であるではあるが,保険 契約者が保険契約上の権利行使の際の重要性に鑑み,このような約定をおい ているものと解される(なお民法363条)。

2) 生命保険会社の質権設定契約書・質権設定承諾書によらない方法 保険会社の書式によらない方法によることも可能である。債権者と債務者 または第三者たる契約者が質権設定契約を締結し,保険会社に対して通知を すれば,質権設定は有効になされ,対抗要件も具備されることとなる。この 場合には,次のような問題が生じうる。

第一に,契約者が他人のためにする生命保険契約を締結していた場合にお

35) 加藤 ・前掲注 57頁参照。銀行実務では,3項の規定に関する修正がなされ ており書式と同様の質権者の権利を認めているようであるが,それに加えて書 式では2項も修正していることから,その根拠が問題となる(山下(友)・前 掲注⑵200頁)。

(11)

いて,受取人の指定を撤回して,自己を受取人に変更することなく,保険金 請求権上に質権を設定する場合である 。すなわち,受取人は指定と同時に 条件付きであるが抽象的保険金請求権を取得するものと解されていることか ら,指定の効力が問題となる。この場合には,被担保債権が消滅したことを 条件としてのみ前の指定は効力を有するものと推定されるにとどまり,指定 が完全に消滅するとまではいえないとする見解 や指定変更権との関連で保 険契約者による質権設定を認める見解 がある。しかし,受取人は指定と同 時に条件付きであるが抽象的保険金請求権を取得するものと解されている現 行法の理解からすれば,権利関係が複雑化すると考えられるので,契約者が 受取人の指定・変更権が留保されている場合には,受取人の指定を撤回し,

保険金請求権を契約者自身に帰属させ,その譲渡・質入をすべきではなかろ うか 。

第二に,書式によらない質権設定の場合には,債権質の一般原則によるこ ととなるが,設定者が解約権行使や保険契約者貸付を行使したときには,保 険者はこれに応じない義務があるのかが問題となりうる。確かに,第三債務 者も質権者の権利を害することはできないとされていることから,保険者は これに応じるべきではないと考えられるが,前述の保険会社の書式による質 権設定の場合には, 債権者は被担保債権の額にかかわらず,すべて債権者 が保険会社から受取り,弁済金の全部または一部に,充当できるものとされ,

弁済金の充当後に残額がある場合には,その残額は債務者に支払われること とされている こととの整合性からみれば,これと異なる解釈をすることは 適切ではないと考えられる。したがって,質権の被担保債権を超える部分の 権利行使まではできないとする理由はないように思われる 。

36) 山下(友)・前掲注⑵203頁参照。

37) 大森忠夫 保険金受取人指定 ・変更 ・撤回行為の法的性質 大森=三宅編・

前掲注 生命保険契約法の諸問題89頁(詳しくは後掲注 参照)。

38) 山下(友)・前掲注⑵203頁参照。

39) 中西正明 生命保険法入門 (有斐閣,2006年)235頁参照。

40) 山下(友)・前掲注⑵203頁参照。

(12)

第三に,保険契約上の抗弁権の対抗と関係で問題が生じうる。すなわち,

質権の一般原則によれば,質権設定後の抗弁事由は質権者には対抗できない

(民法468条2項)が,保険契約上あらかじめ定められている約定に基づく抗 弁であるかぎり,通知後も質権者に対抗しうると解するべきである 。

このように,書式によらない保険契約に基づく権利に質権を設定する場合 は,基本的には当事者の約定ないしは民法の原則によることとなるが,それ が書式による場合と比べて効力が弱いものであるとは考えられないが,書式 によらない質権設定の場合には,上記のような権利関係の不明確性を残す点 で,当事者の紛争を招きやすいという懸念はある 。

ところで,米国では,生命保険については旧くから,その遺族保障機能の 他に財産的機能が認識されており,権利者は保険契約上の諸権利(権利又は 利益)を債権の担保などの対象として,または売買の対象とすることが認め られていたようである 。このような財産性のある,生命保険契約上の諸権 利を包括的に譲渡 す る 制 度 と し て 米 国 で は,保 険 証 券 の 譲 渡(Assign- ment)という仕組みがある。このような制度が認められるのは,生命保険 契約における被保険者は通常,保険証券の所有者となることが多いが,被保 険者と証券所有者とは同一である必要はなく,保険証券所有者と被保険者と が別々に存在する場合も認められているからであると考えられる。また,こ のような諸権利を包括した保険証券の所有権概念を認めていることから,包

41) 山下(友)・前掲注⑵203頁参照。

42) 山下(友)・前掲注⑵204頁,糸川・前掲注 担保法の現代的諸問題166頁,

同・前掲注

NBL

293号34頁参照。

43)

William  R. Vance

,

Handbook on the Law  of Insurance

, 3

rd ed

., 1951,

pp

.661‑681. また,その沿革については,藤田友敬 保険金受取人の 法的地位⑶ 法協109巻7号1184頁以下,1192‑1213頁(1992年),林輝栄 生 命保険契約の譲渡 法協87巻3号351頁以下,370頁以下(1970年)参照。19世 紀 初 め

Kennth S. Abraham, Insurance Law  and Regulation

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Stempel

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CONTRACT  DISPUTES, 2 nd ed. 1999   & Supp

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(13)

括的権利 を保険証券の所有者(譲渡人)が譲受人に移転をすることができ る。生命保険実務では,Assignmentのうち,担保的譲渡の手法を用いて権 利の担保化が行われることが多いようである 。こうして米国の様に定型化 した譲渡担保制度を有しつつ,担保権者たる保険者の利益を考慮し,あわせ てこうした権利の受益者である受取人の利益をも図っている点で,わが国の 問題を解決するに当たり多くの示唆に富む 。

3.具体的検討

⑴ 担保化の手法⎜質権設定かそれ以外の方法によるべきか

生命保険契約上の諸権利について,保険会社の書式による担保化または書 式によらない担保化いずれの場合においても,質権設定によるのが一般的で あるが,それ以外にも,譲渡担保に類似した権利の担保化が行われている。

譲渡担保は,抵当権の設定ができない動産や,譲渡可能性のある権利を担保 として利用するために用いることができる 。生命保険契約上の諸権利につ いても,旧簡易生命保険法 を除き,譲渡・質入を禁止する旨の規定はなく,

保険事故発生前の抽象的保険金請求権について学説も ,また明文の規定で もそれを認められている(民法129条,旧商法674条2項 ・3項,保険法47 条)。このような譲渡担保類似の生命保険契約上の担保化の手法には次のよ うな方式がある。すなわち,①債権者自身が当初から契約を締結し,契約者

44) なお,保険証券の所有者の有する権利は,解約返戻金・払戻金請求権,保険 契約者貸付請求権,利益配当請求権のほか,保険契約の内容に関する権利,保 険金受取人の指定変更権である(Robert H.

JerryⅡ, Understanding Insur- ance Law

,

Lexis Nexis

2001,

p

.346)。

45) 山下(友)・前掲注⑵現代の生命 ・傷害保険法207頁参照。

46) この制度につき,吉澤卓哉 保険の仕組み (千倉書房,2006年)150頁以下 参照。

47) 道垣内・前掲注 303頁参照。

48) 旧簡易生命保険法80条は,保険金,年金,還付金又は契約者配当金を受け取 るべき権利は,譲り渡すことができない旨を規定する。

49) 大森・前掲注⑻保険法304‑305頁,西嶋・前掲注⑼371‑372頁参照。

(14)

の地位に立つこと,または債務者自身が最初は契約を締結し,その後契約者 変更により債権者が契約者になること,および②受取人の変更によって債権 者を受取人とすることである。これら譲渡担保類似の方法により権利を担保 化する場合には,次のような長所・短所のいずれも認められる。

②については,受取人の変更により,債権者自身が受取人となるので,保 険事故が発生し受取人としての権利が確定した場合には,民法538条により 契約者またはその債権者は,発生した保険金請求権には干渉しえないという 点には長所がある。それに対して,契約者変更を行わず,受取人の変更手続 のみによって債権者を受取人とするだけであるので,依然として債務者に契 約者の地位が残るという点に問題がある。すなわち,第一に,契約者の地位 は依然として債務者にあるから,債務者は保険料支払義務を負っていること である。したがって保険料支払義務の不履行による契約の失効の危険を伴う ことになる。第二に,受取人の変更権は契約者にあるため,これを契約者が 行使した場合には,担保の実現可能性を消滅・減少させる可能性がある。そ して第三に,債務者が契約者の地位にあるので解約権も債務者が有しており,

債務者たる契約者の差押債権者との関係でも問題が生ずる。すなわち,契約 者の差押債権者が契約者に残る解約権を代位行使し(民法423条),その結果 として契約者に発生する解約払戻金を差し押さえることである。また,契約 者の差押債権者が,受取人の変更権を代位行使することによって,契約者自 身を受取人とする保険契約により,抽象的保険金請求権を差し押さえること も考えられる。したがって,受取人の変更のみによる方法は,担保として不 安定な面があり,これのみを用いて保険契約上の諸権利を担保化することは 担保権者たる債権者にとっても是認しがたい面がある 。

そこで,債権者の権利をより強化するためには,①による方が②よりも望 ましいこととなる。①の方法による場合には,債権者が契約者の地位にある ので,保険料不払による契約の失効をさせるような事態は回避することがで き,また債務者が保険契約上の諸権利を行使して担保価値を消滅・減少させ

50) 糸川・前掲注 金判737号105頁参照。

(15)

るような事態も回避することができる 。さらに,契約者変更には,保険者 の同意が必要であるから,モラルリスクを危惧する担保化を排除できるとい う利点はある。しかし,他方では,債権者が保険契約者として保険契約を解 約して解約返戻金の支払を受ける可能性がある 。これは,債権者に強力な 権利行使を認めることとなり,担保権の弁済に与り,仮に被保険者が死亡し ても,本来,保険事故の発生に備える必要から保険契約を締結したことが無 に帰する状況となってしまうのではないかとの疑問も生じうる。

⑵ 保険者の書式か,契約自由か

生命保険契約上の諸権利の担保化の手段としては,様々な方法が考えられ るが,債権者にとっては,確実な手段とはなりえないという側面がある。す なわち,このような諸権利のうち生命保険金請求権は,保険事故の発生前は,

担保価値の実現はできないが,保険事故の発生は偶然なできごとにかかって いるため,そもそも実現可能性に問題はある。したがって,解約返戻金請求 権のように,担保価値の実現可能性が高いものを担保目的にするのでなけれ ば他の人的・物的担保の補完的な機能しか有しないという限界がある 。ま た保険実務では,モラルリスクへの懸念や諸権利を一括した質入の手段が不 明確であったことから,担保化の推進を必ずしも望んではこなかった 。も っとも,他の担保の補完的機能として用いる場合には,このような弊害があ まりなく,担保化を制約する必要もないと考えられる 。なお,保険会社の 事務処理の便宜にも配慮することが必要であることはいうまでもない。

以上のように考えると,保険会社の書式によらない担保化の方式は,モラ ルリスクの高まりや保険会社の事務処理を複雑にするというきらいがある。

51) 山下 (友)・前掲注⑵206頁参照。

52) 糸川・前掲注

NBL293号18‑19頁以下参照。

53) 山下 (友)・前掲注⑵212頁参照。

54) 糸川・前掲注

NBL293号16頁以下参照。

55) 米国では,そもそも受益者などの被保険利益要件の問題はあるが,担保的譲 渡を制約すべき理由として,モラルリスク防止が必要であるとされていた。

(16)

したがって,生命保険契約においては,合理的な担保的手段を整備すること によって担保化を認め,それ以外の方法は抑制する方向で考えるべきである のが一般論としては妥当である 。しかし,たとえば米国における状況によ れば,次のような問題点がある。第一に,上記の質権設定方式による場合に もっとも問題であるのが,契約者の地位が設定者に残っており,依然として 保険料支払義務を負っていることから,契約者の保険料不払いによって契約 が失効してしまうことを質権者が防止できない点である 。この点について は,米国におけるAssignmentの下でも保険契約者の地位は依然として残る ので問題の性質・状況は同様である。しかし,米国では担保的譲受人に督促 通知を義務づけていることから,わが国でも同様に通知をすべきではないか との指摘がなされている 。すなわち,譲渡担保類似の方式では,債権者が 保険契約者の地位に立つため,それをある程度防止できるが,保険会社の書 式による質権設定の場合にはそうではない。この場合にいずれの方法が望ま しいのだろうか。契約者=被保険者=受取人であった者が,生命保険会社と の間で締結していた保険契約に基づく諸権利に質権を設定し,金融業者から 貸付を受けており,その後,当該債務者は,保険契約に基づいて契約者貸付 制度を利用していたが,オーバー・ローン状態となり,契約が失効してしま ったという事案が参考になる

56) 山下(友)・前掲注⑵212‑213頁参照。

57) 糸川・前掲注 担保法の現代的諸問題171頁参照。

58) 山下(友)・前掲注⑵212頁参照。

59) 東京地判平成15・3 ・14(判例集等未登載)。なお同事件の評釈として,田 村恒久 判批 保険事例研究会レポート190号1頁以下(2004年)。

60) 田村 ・前掲注 保険事例研究会レポート190号6頁参照。なお,同レポート 11頁[山下教授コメント]では,従来から保険契約上の権利に質権が設定され た場合の,保険契約者による保険料不払いによる契約の失効に関して,保険者 は保険料の払込の督促・失効予告通知を契約者のみではなく質権者に対しても すべきではないかとの問題が提起されていた旨を述べられている(問題状況は 担保化も,オーバー・ローンも同様)。

61) 実務につき,田村・前掲注 保険事例研究会レポート190号7頁参照。

(17)

第二に,質権者による解約権の行使について,わが国の書式によれば,質 権者は いつでも 解約権を行使できるとされているが,この点について設 定者側に配慮は必要ないのだろうか。たとえば米国では 債務不履行があり,

かつ譲受人が譲渡人に対して通知をしてから一定期間が経過するまでは,解 約権を行使することができない とされている。つまり何らかの形で,契約 者側に保険契約が失効または解約されるということを知らせ契約者等の不利 益にも配慮している点が注目される 。さらに,上記とは違った視点からで あるが,質権者は被担保債権額を超えて保険金額の全額を取り立てることが できるかという問題がある。米国の担保的譲渡における譲受人では,担保権 者に全額支払い,残額を精算するという方式が採られているが,その理論構 成をどのように考えるべきかが重要となろう 。

⑶ 担保化の権限の所在

書式によるべきか否かという問題について解決策を見出すことをできると しても,他人のためにする生命保険契約を締結している場合には,権利の担 保化をするには誰のいかなる行為を必要とするかが問題となる。これについ ては,保険契約者に質権設定権限があるとする見解 と,保険金受取人に質 権設定権限があるとする見解 とがある。

前者は,契約者に質権設定を認める見解であるが,これには次のような問 題が生じうる。第一に,保険者は,保険事故が発生し,保険金を支払うとき

62) この点に関して,わが国では無催告失効約款の消費者契約法10条無効の成否 が問題となった事案がある(東京高判平成21・9 ・30金判1327号10頁参照)。

63) この点に関して詳しくは,山下(友)・前掲注⑵214‑215頁参照。

64) この見解に立つものと考えられる見解として,大森忠夫 保険金受取人指 定 ・変更 ・撤回行為の法的性質 ・前掲注 生命保険契約法の諸問題89頁,山 下(孝)・前掲注 59‑60頁,68‑69頁,75頁,山下(友)・前掲注⑵203頁,竹 濵修 死亡保険金請求権への質権設定と保険金受取人の同意 保険事例研究会 レポート215号18頁(2007年),糸川・前掲注 担保法の現代的諸問題165頁参 照。

65) 受取人にのみこの権限があるとする見解として,中西・前掲注 235頁。

(18)

には,質権者に被担保債権の額に応じて保険金を支払い,残額は受取人に支 払うこととなるが,被担保債権の額や範囲は必ずしも明確なものと限らず,

保険者にとっては常に二重払いの危険が伴うこととなる。また第二に,契約 者に質権設定権限を認める以上,受取人の感知しえないところで,保険金請 求権に質権設定がなされる場合にも,保険者には二重払いの危険が伴う。す なわち,契約者≠被保険者≠受取人である場合には,被保険者の同意のもと で,受取人は処分することができるため,質権を設定することができること になるが,この場合に,それを知らない契約者が保険金請求権に質権を設定 したときには,各々の質権者が得られると考えられていた地位が異なること となり,結果として,保険者は二重三重の請求を受けることとなるため,紛 争を生じやすくなる 。さらに第三に,保険者に対する質権設定通知が契約 者による受取人の変更通知を兼ねることも少なくないことから,実務上問題 が多いとされる 。すなわち,契約者が受取人の指定変更権を有している場 合には,受取人が質権設定していても,指定撤回の意思表示は明示的でも黙 示的でもよく, 前の指定と矛盾する範囲において前の指定を撤回する意思 表示を包含し得る から,契約者がこれを他に質入したような場合には,後 に被担保債務が消滅することを条件としてのみ前の指定は効力を保有するも のと推定しなければならないこととなる 。しかし,このような事態は,保 険会社の事務処理を複雑化することとなり,本来,書式などによって事務処 理上の便宜を図った趣旨が没却されてしまうように思われる。

他方で,受取人にのみ質権設定を認めるとする見解についても,次の問題 を生じうる。この問題の前提として,まず保険事故発生後の具体的な金銭債 権にとなった保険金請求権は,受取人に帰属するということは明らかである

66) 巻之内茂 保険契約と債権保全をめぐる諸問題 金融法務事情1416号29頁

(1995年)参照。

67) 巻之内・前掲注 29頁参照。

68) 大森忠夫 保険金受取人指定 ・変更 ・撤回行為の法的性質 大森=三宅編・

前掲注 生命保険契約法の諸問題89頁参照。

(19)

ため,受取人が直ちに保険金請求をせずに,これに質権を設定することが可 能であることはいうまでもない。次に保険事故発生前の保険金請求権につい て,受取人は自由に質権を設定することができるかは問題となる。保険金受 取人は指定と同時に条件付権利を取得するものと解されており,これについ て権利性を認める以上,受取人が保険金請求権に質権を設定することができ ると解される。

もっとも,次のような類型において,受取人が保険事故発生前の抽象的保 険金請求権の権利者として,有効な質権設定をすることができるのかが問題 となろう。まず,上記2⑴の の類型,および の類型では,被保険者の同 意のもとに(後者は単独),受取人は保険金請求権に質権を設定することが できる。それに対して,上記 の類型では,受取人自身が単独で処分するこ とはできないという見解がある 。その理由としては,①受取人が保険事故 発生前の保険金請求権に質権を設定しても,契約者が受取人の指定を撤回又 は変更をする場合または生命保険契約を解約した場合には,その質権は対象 である財産権を失って消滅すること,②契約者が契約者貸付を受けていれば,

その貸付金額と利益を控除した金額のみが質権の対象となるにすぎず,した がって③保険事故発生前の保険金請求権に受取人が質権を設定する場合には,

そのような弱い効力を有するにすぎないからであるとされている。しかし,

受取人は指定と同時に条件付権利を取得し,これに権利性を認めてその処分 を認める以上(民法129条),受取人が保険金請求権に質権を設定することが できるものと解される。また,受取人が保険事故発生前の抽象的保険金請求 権を有していると解する以上,契約者が生命保険契約の存亡をめぐる権利を 有していても,契約者に質権を設定する権限があると解するべきではなく,

その権利が不確定な状態であるにすぎない 。したがって,保険事故発生前

69) 竹濵・前掲注 保険事例研究会レポート215号21頁参照。

70) そのような実現可能性の問題は,保険金受取人に権利があるかとは無関係で あり,これを担保にとる債権者が多くを期待できないだけである(糸川厚生

生命保険の担保的利用に関する再検討

NBL301号31頁(1983年))。

(20)

の抽象的保険金請求権は,受取人の権利であり,契約者は受取人変更手続を 経て自身が受取人の立場に変更されなければ,死亡保険金請求権を譲渡・質 入することはできないものと考えられる 。

4.おわりにかえて

保険契約の担保化は,譲渡担保であれ,質権設定方式であれ,一長一短の 部分がある。書式による担保化が望ましいか,または自由に認めるべきかに ついては,後者に関してはモラルリスク等の排除が難しい点や,保険会社の 事務が複雑化する可能性があるから,書式による担保化には合理性がある。

もっとも譲渡担保によることも,契約者の地位を保険者に移転できるなど,

保険料不払いによる契約の失効を防止できることや,契約の存亡をめぐる権 利を担保権者が有することには,一定の合理性が認められる。その意味では,

米国の担保的譲渡にならい利害関係者間の利益に配慮した書式が作成される ことも十分に考えられ,そうすれば保険契約上の権利を財産的価値に着目し て担保利用の可能性が広がるのではなかろうか 。今後は,本稿では議論し 尽くせなかった部分や,今後の展望に焦点を当て,慎重な研究を続けていき たいと考えている。

(筆者は首都大学東京都市教養学部法学系助教)

71) 中西・前掲注 235頁参照。

72) たとえば,今後の展望として,生命保険買取規制についてもこの制度の利用 可能性があるのではないかと考えており,契約者の窮状を救済するための手段 として,あるいは生前給付の代替手段としてこのような仕組みを利用すること ができないかと考えている。

参照

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