博 士 ( 歯 学 ) 浅 香 雄 一 郎 学 位 論 文 題 名
Bcl‑2 family 遺伝子の発現が口腔扁平上皮がんの 術前治療感受性に及ぼす影響
学位論文内容の要旨
【緒言】
口 腔扁 平上 皮がん の治療においては、外科的切除に加えて術前に放射線・
化学 療法 を施 行する ことが多いが、組織型や臨床病期がほぼ同一であるにも かか わら ず、 その治 療に対する反応は必ずしも同様ではない。治療前に放射 線や 化学 療法 への感 受性が把握できると、手術範囲の縮小や、無効な術前治 療を 行わ ずに すむな ど、その意義は大きい。アポトーシスはプログラムされ た細胞死であり、放射線や化学療法によるDNA損傷を背景としたストレス経路 では、主としてミトコンドリアにおけるBcl一2ファミリー遺伝子/遺伝子産物 の発現が重要な役割を演じていると言われている。
今 回、 放射 線ある いは化学療法を開始する前にその治療効果や抵抗性を予 測す るこ とが 可能か 否か、またその因子を明らかにすることを目的に、口腔 扁平 上皮 がん と診断 され、術前治療後に切除を受けた19症例を対象とし、生 検材料より抽出したRNAを出発材料としたreal−time RT―PCRにより、7種類の Bc卜2フ ァミ リー 遺伝子にっいてmRNAの発現を検索した。さらにBax、Bcl―2 および代表的ながん抑制遺伝子のーつであるp53の変異についても、免疫染色 を用いて検索し、術前治療効果との相関を検討した。
【材料と方法】
北海 道大 学病 院歯 科診療 セン ター およ ぴ恵佑 会札 幌病 院歯科 口腔外科にお いて口腔扁平上皮がんと診断され、術前治療後に切除を受けた19症例を対象 とした。症例の内訳は舌がんが12例、上顎歯肉がんが3例、口腔底がん、上顎 ―839―
がん、頬粘膜がん、中咽頭がんがそれぞれ1例であった。年齢は42才から77才 で、中央値は67才であった。性別は男性13名、女性6名であった。腫瘍の臨床 ステー ジ分 類で は、stage2が7例、stage3が3例 、stage4が9例で、進行症例 の比率 が高 かっ た。 治療は 、放 射線 治療 が14例 、放射線・化学療法が5例で あった。
初診時の試験切除標本の組織片よりtotal RNAを抽出し、逆転写反応を行っ てcDNAを 合成し 、得 られ たcDNAを鋳 型と してreal―time PCRを施 行した 。 Real―time PCRは、イニシャルインキュベーションとして50℃2分、95℃15分 行い、熱変性94℃15秒、アニーリング60℃30秒、熱伸長反応72℃1分で40サイ クル行った。標準cDNAの計測にはGAPDHを用いた。Real―time PCRで得られた データ は、 正常 粘膜の最低値から標準偏差を引いた数値と、最高値に標準偏 差を加 えた 数値 の範囲を正常値とし、それより高値を示したものを高発現、
低いものを低発現として評価した。また、ズ 検定を行い正常粘膜と高発現、
低発現群の値を比較した。
試験切除標本の一部は、免疫染色により、Bax、Bcl−2およびp53タンパクの 発 現を 調 べた。 なお 、治 療効 果の判 定に は、 大星・ 下里 の分 類を 用いた 。
【結果】
大星 ・下 里の分類による治療効果判定では、治療効果なしが14例、治療効 果ありが5例であった。
定量RT−PCRによるBcl―2ファミリーの発現を調べたところ、Baxの発現は、
全ての症例において正常組織での発現に比較して有意に(pくO. 02)低下して いた。一方、Bcl−2は19例中6例で正常粘膜組織より有意(pくO.05)に発現が 亢 進し てい た。その6例中5例で術前治療の効果が認められず、Bcl−2mRNA発 現 の高 い症 例は治療効果が不良な傾向であった。一方、アポトーシスを抑制 するとされているBcl−XLの発現と治療効果の間には明らかな相関は認められ な かっ た。BH3−only proteinであ るBik、Bim、Bid、BNIP3のmRNA発現量に 関 し て も 治 療 感 受 性 と の 間 に 明 ら か な 相 関 , は 認 め ら れ な か っ た 。 ‑ 840―
BaxおよぴBcl―2の免疫染色の結果では、Baxはいずれの症例にも認められ ず、定量PCRの結果と一致していた。Bcl―2タンパクは検討した19例中4例で発 現が認められ、定量PCRの結果と概ね相関していた。
p53タンパクは検索した19例中16例で発現が認められた。術前治療に抵抗性 を示した14例は全ての症例でp53タンパクの核への発現が認められたのに対 し、術前治療が有効だった5例中3例ではp53タンパクの発現が認められなかっ た。
【考察】
今回の検索で、治療前のがん患者ではBaxの発現が低下していることが明ら かになった。細胞のがん化において、細胞の不死化や細胞増殖活性の亢進に 加えてアポトーシスの抑制が必要であるとされており、結腸がんではBaxの発 現低下が発がんおよぴ悪性形質の獲得と関わっていると報告されている。今回 の結果は、口腔扁平上皮細胞のがん化の過程でも、アポトーシス誘導因子で あるBaxの発現低下が重要な役割を演じていることを示している。Bcl―2は今 回検索した19例中6例で発現亢進を認め、そのうち5例は術前放射線・化学療 法に抵抗性を示した。症例数が少ないため、統計学的な有意差は得られな かったが、口腔扁平上皮がんにおける治療前のBcl−2発現の有無の検索は、術 前放射線・化学療法に対する抵抗性を判定するうえで有効な方法となりうる ものと考えられた。BH3―only proteinであるBid、Bik、BimならびにBNIP3の 治療前生検材料での発現と術前治療に対する感受性との間には明らかな相関 は認められなかった。その理由として、これらのapoptosislnitiatorは放 射線や抗がん剤が腫瘍細胞に作用してから発現が亢進し、アポトーシスを誘 導することが考えられた。
p53は代表的ながん抑制遺伝子のーっであり、細胞周期の停止や、DNA修復 のほか、Baxの転写を亢進することでアポトーシスを誘導するなど、様々な機 能を有している。抗p53抗体を用いた免疫染色は変異型p53をゲノムにもつ腫 瘍細胞の核に陽性所見を示し、p53の変異の有無の判定に有用性が高い。今回 の検索で、19例中16例でほとんどの腫瘍細胞の核がp53タンパク陽性で、p53 ‑ 841―
が変異型となっていることが示唆された。免疫染色が陰性で、p53が野生型で ある と考えられた症例はいずれも術前治療に対する感受性が高かった。これ は、術前治療によって細胞がストレスを受けた際に、Baxの転写亢進を介する い わ ゆ る 正 常 な ア ポ ト ー シ ス の 誘 導 が 生 じ た た め と 思 わ れ た 。 今回の検索結果により、治療前生検試料でBcl―2の発現が亢進している症例 と変異型p53をゲノムに持つ症例は術前放射線・化学療法に対して感受性が低 い傾向があることが示された。今後、症例数を重ねることにより、Bcl―2ファ ミリ ーの発 現と 術前 治療 効果と の関 連性 がよ り明ら かに なる ものと 思われ た。
【結語】
口腔扁平上皮がん19例にっいて、生検材料から採取したRNAを用いたreal− time RT―PCRにより、Bcl―2ファミリー遺伝子の発現について検討した。その 結果、アポトーシス促進Bcl−2ファミリーであるBaxは口腔扁平上皮がん全て の 症例で 健常粘膜組織より発現が低下しており、口腔扁平上皮がんの発生に アポトーシスの抑制が強く関与していることが示された。アポ,トーシスの抑 制に働くとされるBcl一2の発現が高い症例では術前放射線・化学療法に抵抗性 を示す症例が多く、Bcl―2ファミリー遺伝子の検索を行うことにより、術前治 療 の 効 果 を 予 測 で き る 可 能 性 の あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
Bc ト 2family 遺伝子の発現が口腔扁平上皮がんの 術前治療感受性に及ぼす影響
審査は、審査員全員出席の下に、申請者に対して提出論文とそれに関連した学科目につ
いて口頭試問により行われた.
が ん の 治 療 に お い て 、 治 療 前 に 放 射 線 や 化 学 療 法 へ の感 受 性が 把握 でき ると 、手 術 範 囲 の 縮 小 や 、 無 効 な 術 前 治 療 を 行 わ ず に す む な ど 、そ の 意義 は大 きい .ア ポト ー シ ス は プ ロ グ ラ ム さ れた 細 胞 死 で あ り 、 放 射 線 や 化 学 療 法 に よ るDNA損 傷 を 背 景 と し た ス ト レ ス 経 路 で は 、 主 と し て ミ ト コ ン ド リ ア に おけ るBcl―2フ ァミ リー 遺伝 子 / 遺 伝 子 産 物 の 発 現 が 重 要 な 役 割 を 演 じ て い る と 言 われ て いる .本 研究 は、 放射 線 あ る い は 化 学 療 法 を 開 始 す る 前 に そ の 治 療 効 果 を 予 測す る こと が可 能か 否か 、ま た そ の 因 子 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 に 、 術 前 治 療 後 に腫 瘍 切除 を受 けた 口腔 扁平 上 皮 が ん19症 例 を 対 象 と し 、 生 検 材 料 よ り 抽 出 し たRNAを 出 発材 料と したreal‑time RT−PCRに よ り 、7種 類 のBcl―2フ ァ ミ リ ー 遺 伝 子 に っ い てmRNAの 発 現 な ら ぴ にp53 の 変 異 に つ い て 検 索 し 、 術 前 治 療 効 果 と の 相 関 を 検 討 し た も の で あ る .
対 象 は 切 除 前 に 放 射 線 ・ 化 学 療 法 を 受 け た 口腔 扁 平 上 皮 癌 患 者19例 で 、 男 性13 例 、 女 性6例 、 年 齢 は42〜77歳 で あ っ た . 大 星 ・ 下 里 の 分 類 に よ る 治 療 効 果 判 定 で は 、 治 療 効 果 な し が14例 、 治 療 効 果 あり が5例 で あ っ た .
初 診 時 の 試 験 切 除 標 本 の 組 織 片 よりtotal RNAを抽 出し 、逆 転写 反応 を行 ってcDNA を 合 成 し 、 得 ら れ たcDNAを 鋳 型 と し てreal一time PCRを 施 行 し た . 標 準cDNAの 計 測 に はGAPDHを 用 い た .Real―time PCRで 得 ら れた デ ー タ は 、 正 常 粘 膜 の 最 低 値 か ら 標 準 偏 差 を 引 い た 数 値 と 、 最 高 値 に 標準 偏 差 を 加 え た 数 値 の 範 囲を 正常 値と し、
そ れ よ り 高 値 を 示 した も の を 高 発 現 、 低 い も の を 低 発 現 と し て 評 価 し た . また ズ2 検 定 を 行 い 正 常 粘 膜 と 高 発 現 お よ び 低 発現 群 の 値 を 比 較 し た . 試 験切 除標 本の 一部 は 、 免 疫 染 色 に よ り 、Bax、Bclー 2お よ び p53タ ン パ ク の 発 現 を 調 べ た . 定 量RT―PCRに よ るBcl−2フ ァ ミ リ ー の 発 現 を み る と 、Baxの 発 現 は 、 全 て の 症
則信 政 靖正 善 塚藤 川 戸進 北 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
例において正常組織での発現に比べて有意に(pくO. 02)低下していた.一方、Bcl―2 は19例 中6例 で正常粘膜組織より有意(pくO. 05)に発現が亢進していた.その6例 中5例で 術 前治 療 の効 果 が認 め られず 、Bcl―2mRNA発現の 高い症例は 治療効果が 不良 な傾向であ った.一方 、アポトー シスを抑制 するとされているBclーXLの発現 と 治 療効 果 の問 に 、ま たBH3ーonly proteinであるBik、Bim、Bid、BNIP3のmRNA 発現 量と治療感 受性との間 にも明らか な相関は認 められなかった.なお、Baxおよ びBcl―2の免疫染色 の結果では 、Baxはい ずれの症例 にも認めら れず、定量PCRの 結 果 と一 致 して い た.Bcl一2タン パクは検討 した19例中4例で発現 が認められ 、 定 量PCRの結 果 と 概ね 相 関し て いた .p53タン パ ク は、 検 索し た19例 中16例で発 現 が 認め ら れた . 術前 治 療に 抵 抗性を示 した14例は全 ての症例でp53タンパ クの 核 へ の発 現 が認 め られ た のに 対 し、術前 治療が有効 だった5例中3例ではp53タン パクの発現は認められなかった.
今回 の検索で、 治療前のが ん患者では いずれもBaxの発現が低下していることが 明ら かになった .このことは、口腔扁平上皮細胞のがん化の過程でも、アポトーシ ス 誘 導因 子 であ るBaxの 発現 低 下が重要 な役割を担 っているこ とを示して いる.
Bcl―2は 今回検索し た19例中6例で発現亢進を認め、そのうち5.例は術前放射線・
化学 療法に抵抗 性を示し、 口腔扁平上 皮がんにお ける治療前のBcト2発現の有無の 検索 は、術前放 射線・化学療法に対する抵抗性を判定するうえで有効な方法となり うる ものと考え られた.免 疫染色が陰 性で、p53が野生型であると考えられた症例 はい ずれも術前 治療に対する感受性が高かった.これは、術前治療によって細胞が スト レスを受け た際に、Baxの転写 亢進を介す るいわゆる正常なアポトーシスの誘 導が生じたためと思われた・
論文の審査にあたって、論文申請者による研究の要旨の説明後、本研究ならぴに関連す る研究について質問が行われた.申請者から適切かつ明快な回答が得られ、研究の立案と 実行、結果の収集とその評価にっいて十分な能カのあることが確認された.また本研究に 必要な定量RT―PCR解析に関する知識と技術を含め、関連分野に対して幅広い知識を有し ていることが認められ、本研究をもとにして、今後さらに研究を発展させていく可能性が 高いと判断された.さらに、本研究において、治療前の生検でBcl―2の発現が亢進し、
か つ変異型p53をゲノム に持つ症例 は、術前放 射線・化学 療法に対して感受性が低 い 傾向のある ことを明ら かにし、これらの遺伝子の検索を行うことにより、術前治 療の効果を予測できる可能性があることを示唆したことが高く評価された.本研究の業 績は、口腔外科の分野はもとより、関連領域にも寄与するところ大であり、博士(歯学)
の学位授与に値するものと認められた.