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音楽教育の一端
中 村 薫
昭和16年3月制定の国民学校令施行規則第14条「芸能科音楽は歌曲を正しく歌唱し音楽 を鑑賞するの能力を養い,国民的情操を醇化するものとす」この条令は当時のわれわれを 戸まどわしめたものである。「徳性の濾養」から「国民的情操を醇化するものとす」に移 行されたことは,国家の政治目的を達成するひとつの手段にすぎなかったのである。歌詞 にしても,当時,修身,地理,歴史と関連のあるもの,例えば,水師営の会見(歴史)な ど,その後,軍国的歌曲以外は,殆ど口にすることができなかった。ところが,戦後他教 科に追従的存在にすぎなかった音楽は,この国民的情操を醇化するという手段から開放さ れ,音楽教育の重要性が昭和22年の「学習指導要領」に次のように示された。
1.音楽美の理解,感得を行ない,これによって高い美的情操と豊:かな人間性とを養う。
2.音楽に関する知識及び技術を修得させる。
3.音楽における創造力を養う。
(旋律や曲を作ること)
4.音楽における表現力を養う。
(歌うことと楽器をひくこと)
5.楽譜を読む力及び書く力を養う。
6.音楽における鑑賞力を養う。
音楽教材に用いられる作品は,すぐれたものでなければならない。音楽表現を理解するた め,技術の修得,そのため技術の訓練が行わなければならない。戦後の教育が臣民教育か ら民主国家の人間形成へと教育目標を転換せざるを得なくなり,昭和22年7月文部省発行
「文部省教育心理」下巻教科の心理第6章(音楽の心理)にのべられている「一般に,人 間は,歌う衝動を持っているといえよう。幼児ですらも,しばしば意味のない片言の歌を 歌うものである。それに,ある場所における何らかの刺げきに対する反応,反射であるば かりでなく,生活環境における内面的要求のあらわれでもある。
音楽は単なる音の濯げきではなく,内的な意味を持つ人間の活動の一部である。音の性 質や特性を研究するのは物理学の仕事であって,音楽の教育心理学的研究の仕事は音楽と 人間の発達との関係を明らかにすることである」と。
われわれは技術を練磨させると同時に,表現の心理的向上を常に練磨させねばならぬ。
歌唱,器楽,創作,鑑賞を通じて,底に流れている音楽の脈は基礎(ソルフェージ)であ る。ソルフェージとは,読譜練習ドレミ唱法とも訳されているが,音楽の基礎として,建 築の土台工事と同じ意味に考えてみたい。数奇屋ふうに,山小屋ふうに,理想の仕上げの
作品は異なってみえても,基礎工事はすべてに通じる規定がある。音楽においても,ピア ノ演奏にしても,合唱,独唱,それぞれ立派に仕上げるための共通した技術がある。
このように,音楽教育は音楽そのものの教育を目的とすることのできる芸術教育になっ
たのである。この教育をいかにして理想の目的に到達させるかは,教授法にほかならな
92 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第16号
い。戦後のめざましい音楽の発達に伴い,あらゆる器楽も頭角をあらわし,幅広い教育を 培うべく,幼児教育から器楽の演奏が盛んに行なわれるようになった。芸術教育の目的 は,子供の意識の中に美的良心を目ざめさせ,絶えず気ままな心を抑制しながら,自分を 醇化させていこうと努力する精神にさせて,自己形成させることにある。それでは,器 楽,歌唱,理解,創作,鑑賞と広げられた分野をどのように統一させ,真の目的に達する 事のできる教授法について考えたい。到る所,研修会が開かれ,器楽指導について,ある いは歌唱指導について,あるいは創作指導について討議され,研究されているが,現場の 児童の状態はどうであろうか。
音楽才能というものは,感受性と知能とのうち,どちらかがひとつ欠けていても育つも のではない。音楽指導の実技指導についても,熱心な研究と討議がなされている。即ち,
五本の指を使う順序とその組合せ方の合理化をはかろうとするものであって,生徒に必要 な技術上の規則を,彼等の興味に基いて指導するには,意味のある音を作り出すことが先 決問題である。
音楽的才能の研究について,かの有名なシーショア博士の測定は,①音の高低感,②音 の強弱感,③時間感覚,④リズム感,⑤和音感の五要素に分けて,それぞれを客観的に測 定しようとした点にある。直接的な測定ですぐわかるようなものではないと認め,「音楽 的思考や昔楽的情操などは,われわれが,それぞれ各要素に分け,それらの要素の重要さ を認めて測定しようとするには,あまりにも輻介しすぎている」と言っている。即ち,音 の知的理解力を主張しているのではなく,音楽をするものは,聴覚的感受性を持たねばな らないと主張している。音楽の基礎段階に於いては,まず,聴覚の訓練なくして成立する ものではない。例えば,音の高低感覚の乏しいことは,1弦楽器,歌唱の演奏には致命的欠 陥になるし,晋の強弱感覚の乏しいことは,ピアノ演奏に致命的欠陥である。歌唱におい て,音痴という言葉がある。これは音を感覚的に取れない場合と,聞き取ることはできる が,正確に表現できない場合と二通りあり,前者は生理的障害児であり,後者はピッチを 識別することが,経験不足によって起る現象であるから,必ず矯正できるものである。
次にリズム行動について述べたい。正確な時間感覚で歩くとか,リズミカルに鳴らす音 に合せて運動させる事も,音楽基礎上大切な事で,歌唱以前の事でなければならないので あるが,この発達も遅れている。リズミカルな時間的感覚も経験によって訓練させるべき である。西洋音楽の大きな特徴のひとつは,フレーズ・リズムがタクト(拍子)のうえに 常に重ねられている事である。西洋音楽に於いても昔はグレゴリー聖歌のようなものは声 に依存しており,言葉の持つリズムが主導権を握っていた。しかし器楽合奏となると音楽 自身のリズムが重要となった。心の動きと身体活動とが完全に調和された表現は,音楽と 体育が各々受持つ分野となった。リズムは,音楽,体育と共通した要素である。
芸術は音あるいは言葉を素直に表現するためには,先ず頭の中で形態が構成され作り上 げられるのである。そこに創造が生れる。想像のうち,過去の経験を生かした再生的想像
と過去の経験のイメージを基礎にして,新しいイメージを作り出す創造的想像と二通りあ
る。即ち,芸術はひとつの思想的構造として作り出すものである。芸術の仕事はこの像
の創作にある。その創作は自由にして豊か,そして,明白で精彩に輝く創造的想像のため
に基礎になる材料が必要である。実際的な経験と経験内容と,細心に研究する高度の観察
力,つまり,知覚作用と知覚によって獲得した材料を蓄積する記憶力とが,共に働くこと
音楽教育の一端(中村) 93
によって得られるものである。芸術的想像とは,造形意図を具体化する技能をともなった 技術的行為である。音楽のテクニックとは,自分の体験を一定の形式に秩序づけて.それ を表現するのである。技術を習慣形成として扱い,その中に,創造性と発展とを考えてい きたい。技術訓練に於いては周期的な運動の統一から始まる。つまり,音調,リズム構成 からなるフレーズを有する音である。故に,リズムは先ず技術訓練上第一に挙げねばなら
ない。
次に感情がともなっていない技術は人形と異ならぬ。音楽的要素をいかに巧みに細心に
,ピッチ,速度,音量,生き生きしたリズムなど,すべての規則を超越した精神を織りこ まなくては人々を失望させてしまう。譜面に書かれた記録を生きた音に変え,心を伝える 事は,大きな義務であり,才能,訓練及び長年にわたる経験に,音楽的洞察が必要であ
る。従って,ピアノを演奏するにあたっては,運指法の精巧な技術を身につけるだけで は,活きた芸術でなく,歌曲においては,言葉を正しく発音しただけでは,人々の心をゆ り動かす事はできないであろう。音楽は,純粋に音楽の法則と手法に従い,精神内容を表 現する抽象的芸術である。音楽教育は作品を通じ,表現活動に参加する事:によって得た音 楽経験を通し,その中から子供たちの心の糧となるものを見い出し,吸収する事によって 人間性をみがき,将来の社会人としての資質を高めていくことにある。プラトン,アリス
トテレス,ルソーなど,哲学者達が,音楽教育について立派な思想をのべている。
音楽教育に於いては情操面から人格形成をなし,完全なる社会人として,理想を以って 我々音楽教育者は,音楽教育について研究研鍛を続けていく責任を持つものである。
§参考文献
。人間の心について
。学習指導要領
・発声法
。音楽教育と人間形成
。音楽心理学(音楽と人間形成)
・音楽心理学
。比較音楽学