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ロ シ ア の 「後 進 性 」 に つ い て

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(107)

ロ シ ア の 「後 進 性 」 に つ い て

一G .Rozmanの ロ シ ア 都 市 発 達 史 に 関 す る 近 業 を め ぐ っ て 一

栗生沢 猛 夫

1

ロシ アの 「後 進 性」 に つ い て と言 って も,今 日の ソ連 邦 の め ざ ま しい発 展 の 報 に 日 々接 してい るわ れ わ れ に とって は,何 を い まさ らの感 が しな いで もな い 。 事 実 ロシ アを 「後進 的 」 とみ る観点 は,「 先 進 的」 な国 々す なわ ち西欧 諸 国 に お い て形 成 された もの で あ って,近 代 化 な い し西 欧 化 を始 め て100年 足 らず の 国 民 の 口に す る こ とで は ない。 また 「進 んで 」 い た はず の西欧 諸 国 が,す べ て の面 で 何 や ら行 きづ ま りを見 せ て きて い る今 日に お い ては,な お さ らの こ とで あ る。 だが 革 命以 前一 場 合 に よっては そ の後 も一 の ロシアが西 方 の隣人 に よっ て の み な らず,当 の ロシ ア人 に とっ て も,「 後進 国」 と感 じ られ てい た のは事 実 で あ り,「 後 進 国」 ロシ アの イメ ージは,そ の後 も様 々な側面 に お いて貫 徹 して きた とい え る。 この場 合,問 題 は 言 うまで もな く,ロ シ ア の 「後 進 性」 概 念 が あい まい な ま まに 用 い られ てい る ことに あ り,そ の た めに そ れ が相 対 的 な 概 念 で あ るに もか かわ らず,ロ シ アに 固有 な性 格 でで もあ るか の よ うな錯 角 を ひ きお こ して きた ので あ った。

と ころで ロシ アの 「後進 性 」 とい う場 合,具 体 的 に は,強 力 な専制 下 で の 自 立 的 「社会 」 の未成 熟(た とえば,自 治体,代 議 制 機 関 の弱 体 性,独 自の権 力 組 織 と して の教 会 の欠 如 等 々),農 奴制 の長 期 にわ た る存在 とそ の 多面 的 な結 果 な どが 意 図 され て い るので あ るが,そ れ と並 んで常 に 指摘 され る のは,ロ シ

アに おけ る都 市 の未発 達,そ れ と関連す る ブル ジ ョア ジ ー・=市民 階 級 の未 成 熟

で あ る。 この こ とは,逆 に西 欧 諸 国 の 「先進 性」 が 中世都 市 の発 達 とそれ を基

(2)

盤 とす る ブル ジ ョア近 代 社 会 の成 立 と結 び つ け られ て い る こ とを 思 え ぽ納 得 が い くで あ ろ う。 しか る に こ の ロシ アに お け る都 市 の 「未 発 達 」 も,そ の 「後 進 性 」 の 場 合 と ま った く同様 に 相 対 的 概 念 で あ りな が ら,ロ シ ア史 の 最 初 か ら最 後 ま で 首 尾 一 貫 して,同 じ程 度 に 妥 当 す る 固 有 な 性 格 と して理 解 され る傾 向 が あ っ た 。 従 っ て こ こで 求 め られ て い る の は,何 よ りも,そ の 「後 進i生」 とい い, そ れ を 支 え る 都 市 の 「未 発 達 」 と い い,ど の 時 点 で,ど こ と比 較 して,ど の よ

うに か,と りわ け,ど の程 度 に お い て か が 絶 え ず 意 識 され,明 らか に さ れ る こ とで あ ろ う。

しが しな が ら,こ れ ま で の 諸 研 究 は こ の 点 に お い て,は な は だ 不 十 分 で あ っ た とい って よい 。 ロシ ア の 「後 進 性 」 を 説 く圧 倒 的 多 数 の 論 者 は 言 うま で も な く,そ れ に 批 判 的 な 最 近 の ソ ヴエ トの 研 究 者 の 場 合 も例 外 で は な い。 た と え ば, B.ル イ バ コ ー フ のr古 ル ー シ の 手 工 業 』 と並 ん で,キ エ フ時 代 の ロシ ア 都 市

 コ

に つ い て の基 本 的 文 献 と い わ れ る,M.チ ホ ミ ー ロ フ のr古 ル ー シ都 市 』 は, 種 々 の 側 面 に わ た っ て,キ エ フ期 の 都 市 が 西 欧 諸 国 の 都 市 と本 質 的 に変 らぬ も の で あ る こ とを 力 説 す る が,そ こで は キ エ フ都 市 に も数 多 くの 手 工 業 職 種 が み'

られ た こ と,商 人 ・手 工 業 者 の 組 織 も存 在 した こ と,都 市 民 の 激 しい 運 動 が み られ た こ と等 々 が 示 さ れ る の み で,そ の程 度 に つ い て 明 らか に さ れ る こ とは 少 な い 。 キ エ フ期 以 後 に 関 して も,ロ シ ア都 市 が 高 度 の 発 展 を とげ,政 治 的 に も

  コ

重要 な役 割 を果 た した こ とが 主張 され る場 合 が あ るが,そ こで も比較 のた め の 明確 な 前提 を欠 くこ とが 多 く、 説得 力に欠 け てい る。 時 に はバ トリオテ ィ クな

ヨエ

主 張 が な さ れ る こ と もあ る 。

1)M.H.TnxoMHpoB,ApeBHepyccKHeropoAa,H3A.2‑e,州L1956

2)た と え ば 同 じTHXOMHPOBは,中 世 の モ ス ク ワ に も 農 奴 を 解 放 す る 「都 市 の 自

由 」 が 存 在 し た と 考 え て い る(M.H.THxoMHpoB.CpenHeBeKoBaflMocKBa

Bxlv‑xvBB.M.1957,cTp.98cn.)。 ま たH.y.ブ ト ー ブ ニ ッ ツ は,す で に13

世 紀 後 半 に は 北 東 ロ シ ア 諸 都 市 は 経 済 的 復 興 を と げ て お り,モ ス ク ワ に よ る 国 土 統 一 に 重 要 な 役 割 を は た し た と 主 張 し て い る(H ,y.By,lzoBHMu,ttOTpa)KeHHe

nonvaTHuecKoti60pb6bll>iocKBblBTBepcKoMHMocKoBcKoMneTonucaHHu XIVBeKa"B:TpyAbloTAenaπpeBHepyccKo負JIHTepaTYPbl,T.XIL1>S.‑JI., 1956.cTp.79‑104)。

(3)

ロシアの 「 後進 性」に つい て(栗 生沢) (109)

こ う し た な か で,以 下 に 紹 介 す るGRozmanの 『1750〜1800年 ロ シ ア の 都

市 網 と時 代 区分 』 は,産 業 化=近 代 化以 前 の ロシア都市 の発 達 を歴 史 的 に,し か も数 量 的 に と ら え る こ と を 目 ざ して お り,ロ シ ア の 「後 進 性 」 の 実 態 を 明 か に し よ う と した もの と して 注 目 され る。

2

都市 の発 達 を量 的 に把 握す るた め には,そ れ な りの分 析 手段 が 必 要 とな る。

ロ ズ マ ン は そ れ を,社 会 学 で い う 中 心 地 理 論cen‡ralplacetheoryと,そ こ か ら 引 き 出 さ れ た 都 市 網Urbannetworks,networksofcitiesの 概 念 を 用 い

て構 築 す る。 中心 地理 論 とは,都 市 の規模,数,分 布 の一般 的法 則 を見 出そ う とす る もの で,人 口数 に応 じて 区 分 さ れ た 都 市 の ヒエ ラル ヒ ーを 設 定 し,各 レ ベ ル の 都 市 が よ り低 い レベ ル の 都 市 の果 さぬ 機 能 を い か に して 果 す か,ま た 各

レベ ル の 都 市 が い か に して よ り低 い レベ ル の 都 市 群 を 一 定 数,衛 星 都 市 と して 有 す る か を 明 らか に し よ う とす る。 こ の理 論 は,各 中 心 地 の 周 囲 に 形 成 され る 交 易 圏 に 注 目 し,同 一 規 模 の 中 心 地 は,都 市 の ヒエ ラ ル ヒ ー の 同 一 の レベ ル に ・

位 置 し,ほ ぼ 同 一 の 規 模 の 後 背 地 を もつ こ と を 前 提 と して い る。 都 市 綱 の 概 念 は,こ の よ うに して ヒエ ラル ヒ ー上 に ラ ソ クづ け られ た 諸 中 心 地 が 全 体 と して

3)18世 紀 ま で の ロ シ ァ 都 市 研 究 の 状 況 に つ い て は,さ し あ た り 次 を 参 照 と 。 A刀 ・XopomKeBHq,ttOcHoBHbleHTorHM3yqeHufiropoAoBXI‑nepBo員

noπoBliHblXVIIB."BKH,:ropoAaΦeo双aπbHo黄PoccH荷,M.1966,cTp.34‑

50,さ ら に10・P・KnoKMaH,曙 ΨlcTopHorpaΦHHPYccKHxropo双oBBTopoti

nonoBHHblXVII‑XVIIIB."同 上 書cTp.51〜64,さ ら にB.B.KapnoB,璽

φaKTopaxgKoHoMHqecKoroHnonMTHqecKoropa3BHTHfipyccKororopoAaB

gnoxycpelZHeBeKoBbfl(KnocTaHoBKeBonpoca)"BKH.:PyccKH員ropoA・H3八

MocKoBcKoroyHHBepcHTeTa,M.1976.cTp.32‑69,ま た 欧 米 に お け る 研 究 状

況 に つ い て は,A.JLXoPo田KeBHq・"PYCCKmb「oPoAXI‑XVIBB・BcoBPeMeHHoth 6yp》Kya3HoHHayKe."BKH,:KpHTzKa6yp》Kya3HblxKoHltenllHitHcTopHH

PρccHHnepHoAa(1)eoAanH3Ma・M・1962・cTp・109‑134及 び ・ 註4に 挙 げ る

ThecityinRussianHistoryが 参 考 に な る 。 4)GilbertRozman,UrbanNetworksinRussia,1750‑1800,andpremodern

Pgriodization,PrincetonUniversityPress,Princeton,NewJersey,1976・ な お 同 じ 著 者 のcてComparativeAppFoachestoUrbanization:Russia,1750‑1800,"in:

ThecityinRussianHistery,ed.byM.F,Hamm,TheUniversityPress.of

Kentucky・Kentucky,1976,PP・69‑85も 参 照 。

(4)

一 つ の 自足 的 な 体 系 を 構 成 す る も の と され ,こ の 体 系 の変 化 ・発 展 を も と に 社 会 の変 化 ・発 展 の 様 相 を 明 らか に す べ くつ く り出 され た も の で あ る。

まず ロ ズ マ ンは,中 心 地 を7つ の レベ ル に 分 類 し,そ れ に 二 組 の 定 義 を 与 え る(表1)。 こ の うち第1の 定 義 は,も っ ぱ ら商 業 及 び 行 政 機 能 に 基 づ く もの で,都 市 に 関 す る何 らか の 記 述 史 料 が 存 在 す るす べ て の 時 代 に 適 用 し うる。 こ れ に た い し第2の 定 義 は,人 口統 計 資 料 を 加 味 して 始 め て 可 能 と な る。 そ の 際,

レベ ル1と2と の 間 に は 人 口数 上 は 差 は な く,一 国 家 の 中 心 で あ る か ,そ れ と も一 地 方 の 中 心 地 に す ぎ な い か で 区 別 され,レ ベ ル6と7は,前 者 が よ り低 次 の レベ ル の 居 住 地 群 を よ り 高 次 レベ ル の そ れ と 仲 介 す る 市(intermediate market)を 有 す る の に た い し,後 者 は 通 常 の 局 地 的 定 期 市 しか もた な い(も っ

い ち

と も市 を ま った くもたず と も,行 政 的 機 能 を果 た す 小居 住地 は レベ ル7に ラ ソ クづ け られ る)。 この第2の 定 義 は,国 内 に7つ の レベ ル 全部 が存 在 す る段 階

表1

中 心 地 の7つ の レ ベ ル

レベル 定 義1

1国 家行政 中心地

2

3

4

5{b

7

地方の中心 ない し地方分権国家の首 都

新興行政中心地ない しレペル1及 び 2を 遠隔地 とつなぐ大物資集積地 より小規模な行政中心地 ない し地方 的大物資集積地

最小規模の行政中心地

い ら いち

い くつ かの地 域 を結ぶ 市(仲 介市) を もつ 居住 地

局地的通常定期 市を もつ 居住 地

定 義2 国 家 行 政 中 心 地

人 ロ レペ ル3よ り 多 い 地 方 中 心 地

人 ロ レ ベ ル3よ り 多 い 人 口30,000〜299,999

人 口10,000〜29,999

口口人人

3,㎜ 〜9,999

い ち

3,000以 下 で 仲 介 市 を も つ

ロ い ち

3,000以 下で局地 的市 を もつ 人 口

居住 地 ない し定期 市を もた ない行政 中心地

(原 著34頁 表2よ り)

(5)

ロ シ ア の 「後 進 性 」 に つ い て(栗 生 沢)

(111)

に の み適 用 可能 で あ り,前 近 代 社 会 で この段 階 に到 達 して い るのは,中 国,日 本,朝 鮮,イ ン ド1ロ シア,イ ギ リス,フ ラ ソス,ポ ル トガル な ど若 干 の国 家

(社 会)に す ぎ ない。

続 い て著 者 は,二 重 の仕 方 で7つ に区 分 され た 中心地 群 の存在 の様相 が,当 該 社会 の発 展 の諸段 階 に対応 す る もの とみ な し,後 者 をAか らGの7段 階 に区 分 して,表2を 得 てい る。 そ れ に よる と,A段 階 社 会 で は まだ い か な る レベ ル の 中心地 も存在 せず,そ の社 会 は都 市 以 前pre‑‑urbanな 性 格 を もつ 。B段 階 は 都市 発 展 第一 期 で,レ ベ ル2に ラ ソ クづけ られ る地 方 都市 が孤 立 して存 在 し, 近 隣 の村 落 か ら貢 納 を 得 てい る。C段 階 に な る と,最 小 の行政 単 位 ご とに 中心 地 が形 成 され,既 存 の レベ ル2な い しそ れ が発 展 して で きた レベ ル1の 都 市 が,

複数 の レベ ル5の 都市 を基 盤 に,よ り大 きな領 域 を支 配 す る こ とが 可能 とな る (国 家 都市 の 出現)。 この傾 向 が続 くと,ヒ エ ラル ヒーの頂 点 に立 つ都 市 は 一 地 方 国 家 の 中心 で あ る こ とを越 え て帝 国 中心地 とな り,そ の下 に さ らに1つ か ら3つ の レベ ル の下 級 都 市 の組 合せ が 帝 国 を お お う(D段 階)。 もっ とも必ず し も帝 国 を構 成 しな い小 規 模社 会 に もこの段 階 は 存在 し,そ の場 合 帝 国 中心地

表2

前 近 代 都 市 発 展 の7つ の 段 階 社会 の発 展段階

A B C D

E

F

G

存 在 す る レベ ル 数 0

1 2 2,3な い し4

4な い し5

5な い し6

7

1215噌141

存 在 す る レ ベ ル 番 号

2

1と5又 は2と5

4,5又 は2,4,5又

3又 は1,3,4,5

3,5,7又 は1,3,4,

7

3,5,6,7又 は1,3,

5,6,7

2,3,4,5,6,7

性 格 都 市 以 前 貢 納 都 市' 国 家 都 市 帝 国 都 市

い ち

通常定期市

い ち

仲 介 市

い ち

国 家 市

(原 著35頁,表3よ り)

(6)

のか わ りに,い くつ か の地 方 中 心地(レ ベ ル2と3)が 並 存 す る。 唐 代 の中 国 は長 安(レ ベル1)の ほ か に3つ の レベ ル の下 級 行政 中心地 が 存在 し,こ の段 階 の最 も進 んだ類 型 を示 す もの と考 え られ る。

以上A→D段 階 へ の発 展 は,行 政面 で の集 中 化 を 主要 因 と して な され た もの とい え るのに た い し,以 下 の諸 段階 の発 展 の 主要 因 は商 業 の集 中 化 にあ った。

す なわ ちE段 階 に な る と,国 中 に 定期市 が 出現 し,最 小 単 位 の中心 地(レ ベ ル 7)も これ らの定 期 市 で の売 買 に ひ き こ まれ る よ うに な る。F段 階 で は 定期 市

ちち

の数 は さ らに増 え,さ らに そ れ を よ り上 の レベ ル の 中心地 と結 びつ け る仲介 市 (レ ベ ル6の 中心 地 で 開催)も 出現。 村 落 か ら上 級 レベ ル の行政 中心 地へ の物 資の流 れ が この 仲介 地 の 出現 に よって促 進 され,商 品流 通 の よ り完 全 な統 一 体 が形 成 され る。 最 後 にG段 階 で は,7つ の レベル の 中心 地 がす べ て 出揃 い イギ リスの よ うな小 規模 社 会 で は レベル2な い し3,な い しそ の双 方 が欠 け る

こ とが あ るが 商 品 は レベ ル3〜7の 中心 地 か ら上 へ 上 へ と集 中 し,レ ベル 1と2の 大 規 模 な都市 を維 持 す る。 レベ ル1と2の 都市 双 方 の存 在 は,こ の段 階 で のみ み られ るが,こ れ は 当該 社 会 の各地 方 が一 一つ の 国民市 場 に統 合 され た こ とを 示 して い る。 こ う した概 念構 成 は,中 心 地 の行 政 と商 業 的機 能 を基盤 と

して な され て お り,す ぐれ て 産業 化 以 前 の社 会 そ れ は また 他 の社 会 との接 触 を本質 的契 機 と しては も っっお らず,従 って個 別 的 に 扱 うこ と も可能 とな る

の分析 に 適 した もので あ る こ とが理 解 され よ う。

3

こ の よ うに して 獲 得 さ れ た 分 析 手 段 を 用 い て ロ シ ア の 都 市 発 展 を み る と ど う

な るで あ ろ うか 。 ロ ズ マ ソに よれ ば,ロ シ ア史 上A及 びB段 階 は キ エ フ ・ル ー

シ 以 前 の 時 代 に 相 当 す る(こ こで は 東 ス ラ ヴ人 以 外 の 諸 民 族 の都 市 形 成 は 考 察

の対 象 に い れ られ て い な い)。 ロ シ ア が 都 市 の 時 代,す な わ ちB段 階 に 入 っ た

の は9〜10世 紀 で あ る(ロ ズ マ ン は キ エ フ時 代 を11世 紀 か ら と普 通 よ り も遅 く

設 定 して い る)。 こ の 時 期,各 地 に レベ ル2の 都 市 とみ な さ る べ き 砦 一kreml'

が 建 設 され,そ の 城 主 は 各 々孤 立 しな が ら も周 辺 地 域 に 貢 納 を 課 す に 至 った 。

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ロシアの 「後進性」 につい て(栗 生沢) (113)

い くつ か の レベ ル2の 都 市 の 中 で 最 も大 き く,ま た 急 速 に 発 展 した の は ドニ ェ プ ル 川 中 流 域 の キ エ フで あ っ た が,そ れ は11世 紀 初 頭 に は,古 ル ー シ 国 家 の 中 心(レ ベ ル1)の 都 市 と して,人 口 も5〜10万 人(Pシ ア総 人 口500万 人)を

数 え るに 至 った とい う。C〜D段 階 の 始 ま りで あ る。206年 以 上 も続 くキ エ フ

・ル ー シ の繁 栄 は,数 多 くの地 方 都 市 の 建 設 ・出現 に 支 え られ て い た 。 モ ン ゴ ル 侵 入 以 前 の キ エ フ ・ル ー シに300も の 「都 市 」 を 数 え て い る チ ホ ミ ー ロ フに 完 全 に 従 う こ とは で き な い と して も(た と え ば,こ の段 階 で は,商 人 ・手 工 業 者 居 住 区==posadを もた な い,kremrの み の 「都 市 」 は もは や 真 の 都 市 とは 認 め られ な い),こ の 時 期 の地 方 都 市 の 発 展 ぶ りは 否 定 で き な い 。 人 口1,000人 以 上 を 有 す る都 市 は5〜10に 達 し,ノ ヴ ゴ ロ ドに 至 っ て は20,000人 を 数 え た 。 総 人 口中 に 占 め る 都 市 人 口の 割 合 は3〜4%に 達 した 。 モ ン ゴル の侵 入 は 過 大 評 価 さ るべ き で は な い 。 そ れ が な く と もキ エ フ の 衰 退,地 方 分 権 化 は 進 行 した と考 え られ る し,政 治 的 分 立 は 都 市 発 展 を 促 進 しさ え した 。 ま た 農 村 に お け る 商 業 活 動 の 活 発 化 も確 認 さ れ て い る。 と くに 南 部 地 方 の 衰 退 に か わ っ て,北 東 ル ー シ(ト ヴ ェー リ,モ ス ク ワ,ウ ラ ジ ー ミル な ど)の 勃 興 が 始 ま る。 モ ス ク

ワ時 代 の 始 ま る14世 紀 に な る と,初 め て レベ ル3の 都 市 が現 れ る。 た と え ば ニ ジ ニ ・ノ ヴ ゴ ロ ドは ヴ オ ル ガ河 畔 に 発 生 した 新 興 都 市 で,ヴ オ ル ガ経 由 の商 品 を モ ス ク ワや ノ ヴ ゴ ロ ドそ の 他 の レベ ル2(の ち に は レベ ル1)の 都 市 に もた

ら した 。 ロシ ア のC‑D段 階 は15世 紀 中 葉 ま で の お よそ450年 間 続 くが,C段 階 とD段 階 を 明 瞭 に 区 分 す る こ とは 困難 で あ る。 む しろ都 市 発 展 が 遅 く始 ま っ

た ロ シ ア に お い て は,イ ギ リス,フ ラ ン ス,日 本 な ど と同 様 に,C段 階 は 多 少 な り と も省 略 され る傾 向 が み られ る。 キ エ フ ・ル ー シ もモ ソ ゴル 支 配 下 の ル ー シ も と もにD段 階 と考 え る こ と もで き る。

15世 紀 中 葉 〜17世 紀 中 葉 の モ ス ク ワ ・ル ー シ と よば れ る200年 間 はE及 びF 段 階 前 期 に あ た る。E段 階 に 入 る直 前 の ロ シ アは レベ ル1(モ ス ク ワは15世 紀

中 葉 に レベ ル1の 都 市 と な った)と レベ ル3,5か らな る都 市 網 を 有 して い た

が,行 政 及 び 商 業 上 の モ ス ク ワへ の集 中 化 が 強 ま る一 方,や が て,ま ず レベ ル

7の,つ い で レベ ル6の 小 中 心 地 が 出 現 す る。 こ の 期 間 中 の 領 土 拡 大 は 驚 異 的

(8)

で あ る が(と くに カザ ン,ア ス トラバ ソ の 征 服 か ら シ ベ リアへ の 領 土 拡 大 。 15世 紀 中 葉 か ら16世 紀30年 代 まで だ け で も領 土 は6倍 に な っ た),人 口の 伸 び は そ れ ほ どで もな く,ヴ ォダ ル ス キ ー の16世 紀 中 葉650万 →17世 紀 中 葉700万 は 過 少 評 価 と して も,後 者 の 時 点 で 精 々1,㎜ 〜1,200万 しか 数 え られ な い 。 だ が 経 済 生 活 上 の変 化 は め ざ ま し く,16世 紀 後 半 に は 国 の経 済 の 中 心 は,そ れ ま で ・

の 西 部 及 び 北 部(ノ ヴ ゴ ロ ド,プ ス コ フ,ス モ レン ス ク,ヤ ロ ス ラ ヴ リ)か ら 東 部 及 び 南 部(カ ザ ン,ア ス トラ ハ ン,ニ ジ ニ ・ノ ヴ ゴ ロ ドな ど)に 移 り,郷

中 心 地uezd‑centersと よば れ る最 小 単 位 の 行 政 中 心 地(大 体 が レベ ル5)は 1,500年 に100で あ っ た の が17世 紀 初 頭 に は230に もふ え た 。 ま た 南 方 ス テ ッ プ 地 帯 に は,対 タ タ ール 防 衛 を 目的 とす る 砦 が 多 数 建 設 され,そ れ は や が て 商 手 工 業 中 心 地 へ と 転 化 して い った 。 ま た ツァ ー リ権 力 の 強 化 と と もに ツァ ー リに よ る都 市 支 配 が 強 ま り,都 市 内 の 私 有 地(slobodyな ど)が 消 滅,1649年 に は 法 的 に も完 全 に 廃 止 され た 。 こ の期 間 を 通 じて ロ シ ア の全 都 市 人 口の%は モ ス ク ワに 住 ん で い た(16世 紀 後 半 の モ ス ク ワ人 口15〜20万 人)。17世 紀 中 葉 に は 254の 都 市 が 存 在 し,そ の うち15は500以 上 の 戸 数 を 有 して い た 。 また こ の 時 期, 都 市 人 口 は 総 人 口の5%に 達 して い た 。 村 落 段 階(レ ベ ル7)で の 定 期 市 の 出 現 は15世 紀 中 葉 か らで,世 紀 末 に は 多 くの地 方 で 小 規 模 の 定 期 市 が 開 催 さ れ る' に 至 っ た 。 そ れ 以 前 は 農 民 は 少 く と も郷 中 心 地 に まで 赴 い て 交 換 しな け れ ば な

らな か った わ け で あ る。 レベ ル7の 中 心 地 の発 達 は や が て レベ ル6の 中 心 地 を 生 み 出 す 。 そ の 出 現 は お よそ16世 紀 中 葉 か らで あ る。16〜17世 紀 は 農… 奴 制 の 成 立 期 と して も知 られ て い るが,現 物 地 代 に か わ っ て 貨 幣 地 代 が 拡 が り出す よ う

に,農 奴 制 の 成 立 は 必 ず し も農 民 の 商 品 生 産 の 拡 大 と相 反 す る もの で は な か っ た0

17世 紀 後 半 ロ シ ア社 会 はF段 階 の 最 終 局 面 を む か え,そ れ か らG段 階 が 確i立

す る18世 紀 中葉 まで はG段 階 へ の 移 行 期 で あ る。 こ の100年 間,一 方 で は 絶 対

制 が 成 立 し,社 会 諸 階 層 の 上 か らの 再 編 が 行 な わ れ,他 方,商 工 業 の さ らな る

発 展 と都 市 網 の 拡 充 は 社 会 の 複 雑 化 を もた ら した 。 この 間 都 市 人 口は 増 加 し続

け(60万 →150万),総 人 口 の8%以 上 は 都 市 人 口が 占 め る よ うに な り,公 的 に

(9)

ロシアの 「 後進性 」につ いて(栗 生沢) (115)

登 録 さ れ た ポ サ ー ド住 民(男 子)だ け で も,1646年 の83,000人 か ら1744年 に は 282,000人 に 増 加 した 。

G段 階,す な わ ち 産 業 化=・近 代 化 以 前 の 社 会 の 最 も発 展 した 局 面,に 至 る ま

らユ

で の ロ シ ア都 市 及 び 社 会 の発 展 は 以 上 の 如 くで あ るが,そ れ は 中 国,日 本,イ ギ リス,フ ラ ン ス な ど と比 較 して ど の よ うな特 徴 を も っ て い る で あ ろ うか 。 一 言 で い え ば,そ れ は ロ シ ア社 会 発 展 の 急 速 性 で あ る。 す な わ ち,ロ シ ア はB段 階 を200年 で 通 過 した が,こ れ は 中 国 が1,000年 以 上 もか か σ て い る(前19〜

9世 紀)の に 比 し極 め て 短 い。 日本 の100年 に つ ぐ短 か さで あ る。C‑・‑D段 階 の450年 は 中 国 の 半 分,日 本 よ り50年 短 い 。 つ い でE‑F段 階 で は ロ シ ア は そ の ス ピ ー ドを さ らに 速 め,そ の260〜270年 は,中 国,イ ギ リス,フ ラ ン ス よ り 30Q〜350年,日 本 に 比 して も100年 以 上 短 か くな っ て い る。 これ を 図 示 す る と

グ ラ フ1の 如 くに な る。

G

F

E

D

C

B

グラ フ1

主要5ヶ 国都市網発展 図

「.一'一=二 ー‑

15中

A 発 展 段 階

世 紀B.C.108642A.D.1357911131517

(原 著84頁 グ ラ フ2よ り) .

5)著 者 は す で に 中 国 と 日 本 の 前 近 代 都 市 発 展 に つ い てG.Rozman,UrbanNetworks

inChingChinaandTokugawaJapan,Princeton1973を 著 わ し て い る 。 こ の 書 物 で 初 め て 用 い ら れ た 方 法 は ロ シ ア を 対 象 と す る 本 書 で さ ら に 展 開 さ れ て い る 。

(10)

か くて 中 国 が16世 紀 中 葉,日 本,イ ギ リス,フ ラ ソ ス が そ れ ぞ れ17世 紀 初 頭 にG段 階 に 入 った の に 続 い て,ロ シ ア も18世 紀 初 頭,ピ ョー トル 大 帝 期 に はG 段 階 に 入 る こ と とな っ た の で あ る(確 立 は18世 紀 中葉)。

4

G段 階 のPシ ア 社 会(1750〜1800)は い か な る社 会 で あ っ た で あ ろ うか 。P ズ マ ン は これ を,地 理 的 条 件,行 政 機 構i,社 会 諸 階 層 ゐ 状 況,大 市(fairs)と 定 期 市 の果 した 役 割 に つ い て 検 討 した あ と,こ の 時 期 の 都 市 を 先 の 定 義2に よ

る分 類 に 従 っ て 各 レベ ル ご とに 描 写 して い る。 そ れ に よれ ば,レ ベ ル7の 中 心 地 は 人 口3,000人 まで を 基 準 とす るが,ロ シ ア の 場 合 は300〜800人 が 普 通 で あ る。 最 小 規 模 の 定 期 市(週1回)が 開 か れ るが,普 通 行 政 機 能 は 果 た さ な い。

こ の レベ ル は 「都 市 」 とは み な され な い 。 レベ ル6の 中 心 地 は 半 ば 都 市,半 ば 村 落 で あ る。 一 方 で はseloと かslobodyと よ ば れ る非 行 政 中 心 地(人 口600

〜1,000)が ,他 方 で は 郷 都 市(uezdcity,人 口1,000〜2,000)と して 郷 の 行 政 を 担 当 す る中 心 地 が こ れ に 属 す 。 こ こに は 常 設 の 店 舗 が 存 在 し,週1回 な い し2回 の 定 期 市 が もた れ た ほ か,年1回 な い しそ れ 以 上,大 市 で も商 い が な さ れ た 。 店 舗 に た い す る人 口比 は1:10〜1:150で,平 均 は1:20〜1:40で

あ っ た 。

レベ ル5以 上 の 中 心 地 は す べ て 都 市 で あ る。 レベ ル5の 都 市 は 人 口3,000〜

10,000を 基 準 と し,一 部 を除 い て は す べ て 行 政 中 心 地 で あ る(郷 中 心 地)。 こ の レベ ル に 属 す る 古 くか らの 都 市 は 城 砦kreml'を も ち,町 も城 壁 で 囲 まれ て い た が,こ の 時 期 に は 焼 け お ち た り,朽 ち は て て い る こ とが 多 か った 。 店 舗 は 50〜250軒 を 数 え,週2回 〜3回 の 定 期 市 を もち,時 に は 比 較 的 大 規 模 な 大 市 が 開 か れ た 。 職 人 の 数 も 多 く,人 口3,000人 の ノ ヴ ォ ィ ・オ ス コ リの場 合, 19人 の 登 録 職 人(仕 立 屋8,靴 屋5,鍛 冶屋5そ の 他)が お り,8,000人 の プ

チ ヴ リに は158人 の 登 録 職 人(大 工36,仕 立 屋35,靴 屋31,鍛 冶 屋15な ど)が い たo

ペ テル ブル ク と モ ス ク ワを除 く ロ シ ア の 大 都 市 の 多 くは レベ ル4に ラ ン クづ

け られ る。 レベ ル3の 都 市(リ ガ,サ ラ トフ,キ エ フ,ア ス トラ ハ ン)も,人

(11)

ロシアの 「 後 進性」 につい で(栗 生 沢) (117)

口30,000を わ ず か に 越 え るに す ぎ な い 。 レベ ル3及 び4の 都 市 は 多 くの 場 合 県 gubernijaの 中 心 地 で あ っ た 。 こ の レベ ル の 都 市 は 多 くの 点 で レベ ル5の そ れ

を大 規 模 に した もの とい え る。 た と え ぽ トゥ ー ラ と カザ ン は,そ れ ぞ れ746軒, 777軒 の 店 舗 を 各 々 の 商 館gostinijdvorに 収 容 して お り,ク ル ス クに は405人 の,ト ヴ ェー リに は470人 の職 人 が い た 。 普 通 市 内 に は20〜30の 教 会 が み られ, そ の 他 に 石 造 の 寺 院soborや,1〜2の 修 道 院 が 存 在 した 。

さて ロ シ ア の二 大 都 市 モ ス ク ワ とサ ソ ク ト ・ペ テ ル ブ ル クは,そ れ ぞ れ レベ ル2と1に ラ ソ クづ け られ る。 両 都 市 と も他 の 諸 国 の大 都 市 と比 較 す れ ば 人 口 密 度 は 低 い が,そ れ で も ロ シ ア 国 内 の 他 の 都 市 を 圧 倒 して い る こ とは 疑 い な い 。 モ ス ク ワは 性 格 的 に は 他 の ロ シ ア都 市 と変 わ る と こ ろ は な ぐ,伝 統 的 パ タ

ー ンを 示 して い る の に た い し ,1703年 よ り建 設 され た ペ テ ル ブ ル クは 西 欧 的 外 観 を も っ て い る。 た と え ば ペ テ ル ブル クは 石 造 建 築 が 多 か った(1762年 時 点 で 石 造460戸 一 木 造4,094戸,1783年 に は 石 造1,094一 木 造2,734,1787年 に は そ の 比 は1:2と な っ た)の に た い し,モ ス ク ワは 人 口数 で は ペ テ ル ブル クを 下 回 っ た に もか か わ らず,戸 数 は8,554(1787年)を 数 え,石 造 建 築 は 木 造 の2/gし か な か っ た と い う。 戸 数 の 多 い の は,言 うま で もな く,規 模 の 小 さい 木 造 の 家 が 多 か っ た こ とを 示 して い る。

モ ス ク ワは 全 部 で5っ の城 壁 を 有 し,中 心 部 か ら,政 治 ・宗 教 の 中 心 ク レム リ,商 業 中心 地 キ タ イ ・ゴ ロ ド,さ らに ベ ー ロ イ ・ゴ ロ ド,ゼ ム リ ャ ノ イ ・ゴ ロ ド,そ して そ の 外 辺 部 とに 区 分 され て い た 。 中 心 か ら遠 ざ か るに つ れ て,貴 族 や 商 人(kupcy,me96ane)の 家 は な くな り,手 工 人 の 仕 事 場 や 粗 末 な 家 が 多 くな っ た 。 す で に1760年 代 に は ベ ー ロ イ ・ゴ ロ ドを と り囲 む 壁 は と り壊 され, そ こ を 並 木 路 に す る傾 向 が み られ た 。 モ ス ク ワの 人 口は200,000人 ほ ど で あ っ た が,冬 期 に は,夏 の 間 領 地 で 過 して い た 貴 族 が 召 使 や 職 人 を つ れ て 戻 っ た り, 農 奴 や 国 家 農 民 の 中 に も冬 期 の 職 を 求 め て モ ス ク ワに 集 ま る もの が い た り した た め に,場 合 に よ っ て は400,000人 に も増 え る こ とが あ った 。 手 工 業 も盛 ん で, 1784年 に は147の 工 場,233の 仕 事 場(醸 造 所,皮 革 製 造 所 な ど)が 存 在 し,鍛

冶 屋 に つ い て は1780年 に373軒 を 数 え た 。 また 商 店 に つ い て は,1780年 代 中 葉

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に は9,646軒 が134の 商 店 街rjady(う ち53rjady,3,732軒 は2つ の90stinij dvorに 含 まれ て い た)に,さ らに1,174軒 が 孤 立 して い た 。 だ が18世 紀 の モ ス

ク ワは 急 速 に 発 展 す る都 市 と は 言 い難 か った 。 ペ テ ル ブ ル ク建 設 と と もに 首 都 の座 は 奪 わ れ た か らで あ る。 依 然 と して 経 済 的 中 心 で あ っ た し,小 規 模 の 家 や 道 路 が 整 理 ・統 合 され るな ど漸 次,ペ テ ノ レブル ク型 に 近 づ き は した が,西 欧 諸 都 市 と比 較 す れ ば,モ ス ク ワは 木 造 家 屋 の 多 い,人 口密 度 の 低 い,い くっ もの 城 壁 で 仕 切 られ た 都 市 の ま ま に 止 った の で あ る。

ペ テ ル ブ ル クは 最 初 か ら首 都 と して,西 欧 諸 都 市 を モ デ ル に 建 設 され た 。 建 設 は 急 ピ ッ チ で 進 め られ た が,18世 紀 末 に な っ て も3〜4階 建 の建 物 は 例 外 的 で,多 くの 家 は 大 き な 庭 と果 樹 園 とを 有 して い た と い う。 ペ テル ブル クは,第 一 に 政 府 機 関 の 建 築 物 ,第 二 に 軍 人 の 数(海 軍 関 係,家 族 含 め て11,000人,陸 軍 関 係 同30,000人),第 三 に 住 宅 へ の 投 資(世 紀 末 に 総 額7,000万 ル ー ブ リ と評 価 され て い る)が 極 め て 多 か っ た 点 で,モ ス ク ワ と異 な っ て い た 。 人 口は1782 年 に は300,000人 に 達 して い た 。

さ て 以 上 に 各 レベ ル ご とに18世 紀 の ロ シ ア都 市 を み て き た の で あ る が,こ れ らの 都 市 が 都 市 網 全 体 と して は どの よ うな 姿 を み せ るで あ ろ うか 。 まず 各 レベ ル の 中 心 地 数 で あ るが,こ れ は 表3の よ うに な る。 左 側 は ロ シ ア 帝 国 全 体,右 側 は 四 主 要 地 域(中 部 産 業 地 帯,中 部 黒 土 地 帯,北 部 ・北 西 部 地 帯,ヴ オ ル ガ

中 ・下 流 域)に つ い て の もの で あ る。 後 者 は 全 ロ シ ア の お よそ65%の 人 口, 41県 の うち25県(1782年)を 含 ん で い る。 レベ ル7の 中 心 地 は,四 主 要 地 域 で 700あ り,こ れ は 一 つ の 郷 に 平 均21/3の 計 算 と な る。(郷 数 は301)。 典 型 的 な 郷 は6〜7万 の人 口 を 有 す るの で,1つ の レベ ル7中 心 地 は 約2万 の 人 々 の経 済 的 中 心 地 とな っ て い る こ とに な る 。 レベ ル6の 中 心 地 は す べ て の 郷 に 存 在 す る わ け で は な く,約 半 分 の 郷 が そ れ を もつ に す ぎ な い 。 こ の レベ ル の 中 心 地 の 多

くは 郷 の 行 政 中 心 地 で あ る。1県 に は 平 均7〜8の レベ ル6中 心 地 が 存 す る。

そ れ は 約10万 人 の 人 々に 経 済 的 中 心 と して 仕 え て い る。 四 主 要 地 域 に つ い て, 全 部 で180あ る レベ ル6中 心 地 に は,約24万 人 が 居 住 して い た と推 定 され る

(が,都 市 人 口 と して は そ の 半 数 が 計 上 され る)。

(13)

ロシ アの 「 後進性 」につい て(栗 生沢)

中 心 地

表3

の 分 布(1782年)*

レ ベ

ロ シ ア 帝 国

都 市 人 口 (単 位 百 万)

.30 .21 .13 .42 1.05

.22**

2.3

四主要地域

(119)

1234567

中 心 地 数 1 1 4

210 300 1,100 1,650

中 心 地 数 1 1 2 18 110 180 700 1,000

都市人 口 (百万)

.30 .21

。06 .25 .57 .12**

1.5

*第4回 人 口 調 査 の 年

**レ 尺 ル6に つ い て は 半 数 を 都 市 人 口 と して 算 定

(原 著149頁,表13よ り)

郷 中 心 地 の 中 に は 人 口3,000を 越 え,レ ベ ル5の 段 階 に 達 して い る も の もあ る。 そ の数 は 郷 中 心 地 全 体 の1/3〜1/4で あ る。1県 に は 平 均4〜5の レベ ル5 都 市 が 存 在 す る。 こ の レベ ル の 都 市 は,レ ベ ル6中 心 地 の 約4倍 の人 口(平 均 5,000人)を 有 して い る。

レベ ル4都 市 は,四 主 要 地 域 で は2県 に 一 つ の 割 で 存 在 す る。 多 くは 県 行 政 中 心 地 で あ り,そ うで な い 場 合 に も最 大 規 模 の郷 都 市 で あ る(そ の場 合,当 該 県 の 中 心 地 は よ り大 規 模 な 都 市 で あ る)。 レベ ル4都 市 を もた な い 県 もあ るが, そ れ は 比 較 的 交 通 の 便 の 悪 い所 で,1県 が2〜3の 経 済 圏 に 分 れ て い る場 合 で あ る。 平 均 的 な 県 は,1つ の レベ ル4都 市,若 干 数 の レベ ル5都 市,10の レベ ル6中 心 地 を もつ 。

レベ ル3都 市 は この 時 期 の ロ シ アに は 事 実 上 な い とい っ て よい 。 既 述 の 如 く, リガ,ア ス トラハ ン,サ ラ トフ,そ して お そ ら くは キ エ フ も人 口30,000に 達 し て い た が,明 白 に は19世 紀 に な っ て か らの こ とで あ る。 モ ス ク ワ とべ テ ル プル クは,人 口数 そ の 他 で,他 を は るか に 凌 駕 して お り,両 都 市 とそ れ 以 外 の 都 市 と の 間 の 二 重 性 が 顕 著 で あ っ た。

(14)

これ ま で 描 写 して き た18世 紀 ロ シ ア 都 市 像 は,言 うま で もな くご く平 均 化 し た もの で あ る。 そ こ で 著 者 は,次 に ロ シ ア 都 市 発 展 の 地 域 差 を 明 らか に し よ う とす る。 そ の 際 す で に 記 され た 四 主 要 地 域 を 中 心 に 検 討 され るが,そ の ほ か に ウ ラル ・シベ リア地 方,ウ ク ラ イ ナ東 部 及 び 南 部 ロ シ ア,そ れ に 白 ロ シ ア ・バ ル ト海 沿 岸 地 方 の 三 地 方 が 考 慮 され て い る。 各 地 域 間 の 都 市 発 展 の 差 を 調 べ る メル ク マ ー ル と して は,① 登 録 ポ サ ー ド民 の 比 率,② 商 人 階 級(kupcy,me96ane) の財 産 保 有 高,③ 工 場 ・店 舗 数,④ 当 該 都 市 の 商 手 工 業,軍 備 の重 要 度,な ど が あ るが,こ こ で は 主 に 都 市 人 口(1782年)に 焦 点 を あ て て 地 域 差 が は か られ

る。 そ れ に よ る と都 市 人 口率 の 最 も高 い の は 北 部 ・北 西 部 地 帯 で,人 口の13%

が 都 市 に 住 ん で い る。 これ は 言 う ま で もな く,ペ テ ル ブ ル クの 建 設 と急 成 長 の ゆ え で,こ の 地 域 の全 都 市 人 口の63%が 首 都 に 住 ん で い た 。 つ い で,四 主 要 地 域 に つ い て 言 え ば,モ ス ク ワ を 中 心 とす る 中 部 産 業 地 帯 が 都 市 人 口率8.5%と

高 く,こ の二 つ の 主 要 地 域 は,レ ベ ル1〜3の 大 都 市 に 住 む 人 々 の 比 率 の 高 い こ とで も他 を 圧 して お り(前 者 で は 既 述 の 如 く,都 市 人 口 の う ち63%が,後 者 で は49%が 大 都 市,実 は ペ テ ル ブル ク とモ ス ク ワに 住 む),他 の地 域 か ら の物 資 へ の依 存 度 の 高 い こ とを 暗 示 して い る。 そ れ と対 照 的 な の が 中 部 黒 土 地 帯 と ヴ ォル ガ 中 下 流 域 で,前 者 は 都 市 人 口率6,9%,後 者 で は6.5%と 低 く,前 者 に は レベ ル1〜3の 大 都 市 は 存 在 せ ず,後 者 で は か ろ う じて レベ ル3の 規 模 に 達 して い る 都 市 が2(サ ラ トフ,ア ス トラハ ン)あ る の み で,そ の 人 口が 当 該 地 域 の 都 市 人 口に 占 め る率 も24%と 低 い 。 以 上 四 主 要 地 域 は 単 一 の 経 済 圏 を 形 成 して い た が,上 の こ とか ら,北 部 ・北 西 部 地 帯 と中 部 産 業 地 帯 は,ま ず 中 部 黒 土 地 帯 か らの,つ い で ウ ォル ガ 中 下 流 域 か ら の 物 資 の 流 入 に 依 存 して い た と考 え られ る。 以 上 四 地 域 は 合 わ せ て8.3%の 都 市 人 口率 を 示 して い た 。 こ の経 済 圏 の東 側 に つ らな る ウ ラル ・シベ リア地 域 は,都 市 人 口率6,0%と 最 も低 く, 住 民 が 広 大 な地 域 に 散 在 して い た た め に,大 都 市 を 維 持 す る こ と は 不 可 能 で あ

った 。 ま た ウ ク ラ イ ナ 東 部 ・南 部 ロ シ ア地 方 と 白 ロ シ ア ・バ ル ト海 沿 岸 地 帯 は, 双 方 の 平 均 都 市 人 口率9.3%と 極 め て 高 か っ た の に た い し,大 都 市 は わ ず か に

リガ と キ エ フが 数 え られ る の み で,そ の 都 市 人 口全 体 に 占 め る率 も10%と 低 か

(15)

ロ シ ア の 「後 進 性 」 に つ い て(栗 生 沢)

(121)

った。 この こ とは,こ の地 方 に は 中小 規 模 の都 市 が他 地 域 よ り数 多 く存在 し, 比較 的 自給 自足 的 な経 済 圏 を形 成 してい た こ と と関連 す る もの と考 え られ る。

5

前 近 代 ロ シ ア社 会 の 最 終 局 面(G段 階)を 以 上 の よ うに と ら え た 著 者 は,最 後 に,同 様 にG段 階 に 到 達 して い た 他 の 四 社 会(中 国,日 本,イ ギ リス,フ ラ

ソ ス)と の 比 較 を 試 み る。 そ れ に よ り ロ シ ア 都 市 発 展 の様 相 を 広 い パ ー ス ペ ク テ ィ ブ の な か で 再 評 価 す る こ とが 可 能 とな る の み な らず,G段 階 社 会 の 特 性 を

さ ぐ り,近 代 化 の一 般 的 前 提 を 明 らか に す る こ と もで き る と考 え られ るか らで あ る。 まず,そ れ ぞ れ の 人 口及 び 都 市 人 口数(と そ の 比 率)を,各 社 会 の発 展 が ほ ぼ 同 段 階 に 達 した と考 え られ る時 期(英 一1680年 代,仏 一1760年 代,露 一 1780年 代,日 本 一18〜19世 紀 交,中 国一1830年 代)に つ い て 記 す と,英(イ ン

グ ラ ン ドと ウエ ー ル ズ)一 人 口550万,都 市 人 口110万(20〜21%),仏 一 同 2,300万,370万(16%),露 一2,800万,230万(8〜9%),日 本 一3,000万, 530万(17〜18%),中 国 一40,000万,2,350万(6〜7%)と な る。 続 い て, 表4は 上 記5ケ 国 のG段 階 に お け る 中 心 地 数 の レベ ル ご との 分 布 及 び 中 心 地 の

レベ ル ご との 都 市 人 口率 を 示 した も の で あ る。 こ の 表 と各 国 の 人 口数 とか ら1 中 心 地 に つ い て の 人 口数 を 算 出 す る と,英 一7,000,仏 一一10,000,露 一17,000,

日一17,000,中 一13,000と な り,最 小 の 人 口数 で 一 つ の 中 心 地 を 成 立 せ しめ て い る英 ・仏 が 最 も高 い 都 市 発 展 を 示 して い る こ とが わ か る。 換 言 す れ ば,こ れ は,英 ・仏 で は 個 々 人 及 び個 々 の 家 計 の商 業 活 動 へ の 参 加 の 度 合 が 高 い こ と, す な わ ち賃 労 働 の 割 合 が 高 く,租 税 の 金 納 化 が 進 ん で い る こ と と関 連 が あ る と 考 え られ る。 他 方,日 ・ 露 の1中 心 地 に つ い て の 人 口数 の 多 い こ と(こ れ は 逆 か

らい え ば,総 人 口数 に 比 し中 心 地 数 が 少 な い こ とを 意 味 す る)は,現 物 課 税 の 残 存(日 本),農 奴 労 働 の 残 存(露)に 由 来 す る こ とに な ろ う。 同様 の こ とは 比 較 的 大 規 模 な 中心 地(レ ベ ル1〜5)に 限 っ て み た 場 合 も言 い うる。 す な わ

ち レベ ル1〜5の 中 心 地1に た い す る人 口数 は,英 一66,000,仏 一78,000,露

一115 ,000,日 一90,000,中 一 一 一283,000で や は り英 ・仏 は 少 な い 人 口で 高 い レベ

(16)

表4

5つ のG段 階社 会におけ る中心地 の分布

中 心 地 数(パ ー セ ン ト)

レベ漫 英

1

(1) 2

(8) 3

,8) 4

(1) 511

) 6111

) 71器

) 計800

111 (0)(0)(0)

012 (0)(0)(0) 15420 (1)(0)(1) 482860 (2)(2)(3) 230210250 (10)(13)(17) 700300400 (32)(18)(22) 1,2001,1001,000 (55)(67)(56) 2,2001,6501,750

1 (0) 9 (0) 100

(0) 200

(1) 1,100

(3) 6,000

(19) 24,000

(76) 31,500

中 心 地 の 都 市 人 口 率 .(パ ー セ ン ト)

英 仏 露 日 中

471613184

0091520

02461828

819181814

3331462722

11910412

(原 著245頁,表27よ り)

ル の都 市 を維 持 して い る こ とに な る。 中 国 に 関 す る 数 字 が 特 に 多 くな っ た の は, こ こ で は レベ ル6〜7の 小 規 模 中 心 地 の 割 合 が 極 め て 高 い こ とを 示 して い る。 ま た1中 心 地 あ た りの 都 市 人 口数 を 求 め る と,英 一1,400,仏 一一1,700,露 一1,400,

日 一3,000,中 一800,と 日 本 が 一 番 多 く,高 い 集 中 率 を 示 し て い る 。 レ ベ ル1

〜5の 都 市 に 限 っ て み れ ば ,lll・一一13,000,仏 一13,000,露 一9,400,日 一16,000,

中 一17,000,と 日 ・ 中 の 集 中 率 が 高 く,ロ シ ア の そ れ が 低 い こ と が 分 る 。 次 に 各 国 の 都 市 網 の 効 率 を み る た め に,各 レ ベ ル ご と の 分 布 状 況 が 比 べ ら れ る 。 ま ず レベ ル7の 中 心 地 数 の レベ ル6の そ れ に 対 す る 比 率 を 求 め る と,英 一1.8

:1,仏 一1.7:1,露 一3.6=1,日 一2.5:1,中 一4:1,と 英 ・仏 が 一 番 低 く,こ れ は1つ の レ ベ ル6中 心 地 を わ ず か1.7〜1.8の レ ベ ル7中 心 地 で 維 持 し て い る こ と を 表 わ し て お り,最 も ロ ー カ ル な レ ベ ル で の 物 資 の 上 方 へ の 動 き の 活 発 な こ と,す な わ ち こ の レベ ル で の 都 市 網 の 効 率 の 大 き い こ と を 示 し て い

(17)

ロ シ ア の 「後 進 性 」 に つ い て(栗 生 沢)

(123)

る。 こ こで は 露 ・中 が 最 も効 率 が 悪 い 。 同 様 に レベ ル6の 中 心 地 数 の レベ ル5 のそ れ に た い す る比 率 を み る と,英 一4.3:1,仏 一3:1,露 一1.4:1,日 一 一1.6:1,中 一5.5:1で,露 ・日の 効 率 が 高 く,逆 に 中 ・英 が 低 い 。 レベ ル

5の 中 心 地 数 と レベ ル4の そ れ と の比 は,英 一 一 一10.7:1,仏 一4.8:1,露 一 7.5:1,日 一 一 一 一4.2:1,中 一5.5:1,と 日 ・仏 が 効 率 大 で,英 ・露 が 最 低 とい う こ とが で き る。 後 二 者 の 比 率 に お い て 英 の 都 市 網 の 効 率 の 低 い の は,英 で は レベ ル1(ロ ン ドン)の 発 展 が 相 対 的 に 異 常 に 高 く(全 都 市 人 口の 約 半 分 が 集 中),そ の た め レベ ル4〜5(と くに 前 者)の 中 規 模 都 市 の 発 展 が 相 対 的 に 弱 か った か らで,特 殊 事 情 とい っ て よい 。 こ の 英 を 除 け ば,総 じ て露 ・中 の都 市 発 展 の効 率 が 低 い とい う こ とが で き る。

さ て 以 上 の 検 討 か ら各 国 の 都 市 発 展 の特 徴 が あ る程 度 浮 ん で く る。 まず ロ シ ア は 人 口に 比 し中 心 地 数 が 少 な く(日 本 と並 ん で 最 下 位),し か も レベ ル7の 比 率 が 大 き い(中 国 に つ ぐ)。 都 市 人 口の うち 約 半 数 が レベ ル5都 市 に 住 ん で

い る こ とは,こ の 国 の 都 市 発 展 の 中 心 が 小 都 市(郷 都 市uezd‑city)に あ る こ とを 示 して い る。 総 じて 都 市 発 展 は5国 の うち で は 弱 い 方 に 位 置 して い る。

日本 は 人 口比 で の 中 心 地 数 の 少 な い こ とで ロ シ ア に 似 て い る が,都 市 人 口率 (17〜18%)の 高 い こ と(英 に つ ぐ),レ ベ ル1〜5の 中 心 地 が 全 中 心 地 の 21%(最 高),レ ベ ル1〜3の 都 市 人 口が 全 都 市 人 口 の51%(中 国 の52%に つ ぐ)で,大 都 市 の 発 展 が 顕 著 で あ る こ と,都 市 網 の 効 率 が 既 述 の如 く高 い こ と, な どか ら,総 じて 非 常 に 高 い 発 展 ぶ りを示 して い る。

続 い て 中 国 は 下 位 レベ ル の 中 心 地 か ら上 位 レベ ル のそ れ へ の 物 資 移 動 が 最 も 不 効 率 で あ る こ と,人 口比 の 中 心 地 数 は 少 な くな い(3位)が,そ の 圧 倒 的 部 分(76%)が レベ ル7の そ れ で あ る こ とな どか ら,レ ベ ル1〜3の 大 都 市 人 口 率 が 高 い(全 都 市 人 口の52%)に もか か わ らず 都 市 発 展 の効 率 の 悪 さ が 目立 つ 。

英 ・仏 は 人 口 比 で の 中 心 地 数 が 多 く,都 市 人 口率 が 高 い こ と な ど 類 似 の 傾 向 が 強 く,上 に 述 べ た 特 殊 事 情 を別 に す れ ば,日 本 と並 ん で 高 い 都 市 発 展 を とげ て い る とい え る。 両 国 と も レベ ル2(英 は レベ ル3も)の 都 市 を 欠 い て い る が,

これ は レベ ル1の 大 都 市(ロ ン ドソ,パ リ)の ほ か に 大 規 模 都 市 を維 持 す るに

(18)

足 る人 口数 を 有 して い な い こ と の現 わ れ で あ る。

か く して 本 書 の 中 心 テ ー マ,ロ シ ア の 「後 進 性 」 に つ い て 結 論 的 に 述 べ る な らば,ロ シ ア は18世 紀 初 頭 ま で は 他 の 四 国 に 比 して 明 らか に 遅 れ を と っ て お り, そ の 後 もわ ず か に 中 国 に 追 い つ い た もの の,英 ・仏 ・日 と の 比 較 で はそ の 「後 進 性 」 は 確 認 され た こ とに な る。 だ が ロシ ア は そ の発 展 の 歩 み を 最 も遅 く始 め て お り,そ れ 以 後 は 不 断 に 「先 進 」 諸 国 との 差 を ち ぢ め て きて お り,一 段 階 か ら次 の 段 階 へ の 移 行 の テ ソ ポ は 最 も早 く,日 本 のそ れ す ら も上 回 っ て い る。 そ れ ゆ え わ れ わ れ は,ロ シ ア の こ の ダ イ ナ ミ ッ クな 発 展 ぶ り と,そ れ が18世 紀 に は す で に 「先 進 国 」 の 仲 間 入 りを した とい う事 実 か ら,ロ シ ア の 「後 進 性 」 と い う観 念 を 「和 らげ 」 な け れ ば な らな い 。 普 通 ロ シ ア 都 市 未 発 達 の 証 拠 と して, 都 市 自治 組 織 の 未 成 熟,木 造 建 物 が 中 心 の 都 市 の 無 秩 序 な 外 観,都 市 に お け る 農 奴 の存 在 な どが 挙 げ られ るが,自 治 組 織 の未 発 達 は 国 家 権 力 の集 権 化 の程 度 と関 わ る 問 題 で,直 接 「後 進 性 」 の 問 題 とは 関 わ らず,木 造 か 石 造 か の 問 題 も 素 材 と建 築 法 の 違 い で は あ っ て も,社 会 発 展 の程 度 とは 必 ず し も関 連 しな い 。 む しろ 都 市 の 土 地 利 用 度 が重 要 で あ り,ロ シ ア で も時 と と もに 都 市 域 は 人 口密 度 を 増 して い っ た 。 最 後 に 農 奴 制 が 都 市 発 展 を 妨 げ た か ど うか は 即 断 で きず, 農 奴 制 もそ れ な りに 資 源 ・人 員 を 動 員 す る 方 途 で あ った,と され るの で あ る。

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以 上 に 本書 の 内 容 を 紹 介 して き た が,最 後 に 本 書 の もつ 意 義 に つ い て 考 え て み よ う。

本 書 は,ロ シ ア の 「後 進 性 」 が ど こ と比 較 して,ま た ど の 程 度 に お い て な の か を 明 らか に し よ う と して い る点 で,す で に,従 来 の 漠 然 と した,過 度 に 一 般 的 な 諸 研 究 に 比 しす ぐれ て い る とい え る が,そ の 最 大 の 意 義 は,そ の 課 題 を 独

自 の 方 法 を 用 い て行 な って い る と ころ に 求 め られ るで あ ろ う。 著 者 は,urban networksapProachと よば て い る こ の 方 法 を,産 業 化 以 前 の ロ シ ア史 全 体 に 適 用 す る こ とに よ り,ロ シ ア 史 の 一 貫 した 分 析 を 可 能 な ら しめ て い る。 これ は, 従 来 の 諸 研 究 が ロ シ ア の 「後 進 性 」 や ロ シ ア史 の 「独 自性 」 な ど に つ い て 触 れ

る場 合,個 々 の事 実 や 要 因 の 列 挙 に 留 ま っ て い た こ とに 比 し大 きな 前 進 で あ る 。

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ロシアの 「 後進 性」 につい て(栗 生沢) (125)

著 者 は こ の 方 法 を 用 い て 何 よ り も前 近 代 社 会 一 般 の 発 展 の 様 相 と段 階 とを 明 ら か に して お り,そ れ に よ っ て ロ シ ア を 他 の 国 々 と比 較 す る前 提 を つ く りえ た の

で あ っ た。

ロ シ ア を 一 国 史 的 観 点 か らで は な く,従 来 に み られ な い ほ どの 規 模 で の 比 較 史 的 観 点 か ら と りあ げ た こ と も本 書 の もつ す ぐれ た 点 の一 つ で あ る。 こ う した 観 点 か らの み,ロ シ ア の 「後 進 性 」 あ る い は 「独 自性 」 な ど の テ ー マ が 真 に 解 明 され る こ とは 言 うま で もな い。 た だ 都 市 発 展 の一 つ の類 型 を 代 表 して い る と 思 わ れ る,中 世 ドイ ツのそ れ に ま っ た く考 慮 が 払 わ れ て い な い のは ど うい う こ

とで あ ろ うか 。

上 の方 法 は ま た,す ぐれ て 歴 史 的 で あ る こ とか ら,時 代 区 分 の 手 段 と して も 適 用 で き る 。 この 小 文 で は こ の 点 に 十 分 に ふ れ る こ とは で き な か っ た が,実 は

この 時 代 区 分 論 も 本 書 の テ ーマ の 一 つ で あ る。 著 者 は これ ま で の三 段 階 区 分 法 (古 代,中 世,近 世)や,奴 隷 制,封 建 制,資 本 制 云 々 の マ ル ク ス主 義 的 区 分 の相 対 性 や 不 明確 さ に 比 し,都 市 網 の充 足 度 に 基 づ く 自己 の7段 階 区 分 法 の 優 越 性 を 力 説 して い るが,と くに キ エ フ期 か ら19世 紀 に 至 る ま で を 封 建 制 期 と

し,こ の 長 期 に わ た る封 建 制 期 の 小 区 分 の た め の 有 効 な 方 法 の 見 出 され な い ま まに な っ て い る ロ シ ア史 に つ い て は,著 者 の 提 案 は 傾 聴 に 値 す る もの を も っ て い る。

他 方 こ の 方 法 が い くつ か の 弱 点 を も っ て い る こ と も否 定 で き な い 。 まず 社 会 の 発 展 を 都 市 網 の発 展 の み で 把 え きれ る か ど うか が 問 題 で あ る。 都 市 網 の 発 展 は,著 者 自身 述 べ る よ うに,都 市 人 口 の 増 大(urbanization),商 工 業 の 発 展 (専 業 化,分 業 化commercialization),政 治 経 済 圏 の拡 大 と統 合 力 強 化(cen・

tralization)な ど と密 接 に 関 連 して お り,そ の 意 味 で は 広 汎 な 諸 現 縁 を 集 約 的

に 表 現 す る もの とみ る こ と もで き る が,生 産 の あ り方,技 術 水 準,社 会 関 係,

政 治 構 造 な ど に た い して 考 慮 は 一 切 な さ れ て い な い 。 こ の 方 法 は ま た,都 市 発

展 の 量 的 側 面 は よ く把 握 しえ て い る の に た い し,質 的 側 面 は 効 果 的 に 表 現 しえ

て い な い よ うに 思 わ れ る。 西 欧 中 世 都 市 の発 展 に つ い て は,と くに そ の 団 体 的

性 格(ウ ェ ーバ ー)と か,農 村 と の分 離 の原 則 とか が 強 調 され る場 合 が 多 い の

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で あ るが,こ う した 側 面 は ほ とん ど ま っ た く無 視 され て い る。 これ が 従 来 の 方 法 に た い す る著 者 の 批 判 的 態 度 か ら き て い る こ とは 疑 い な い が,著 者 の 提 起 す る 方 法 の み を も っ て して は,各 社 会 の 都 市 の 相 違 が 十 分 に と ら え きれ な い とい

うこ とは や は り指 摘 され ね ば な る ま い 。 この こ とは,こ の 方 法 が も っば ら人 口 、 動 態 に 基 づ い て い る こ と と も関 連 して くる。 す な わ ち,人 口数 が 多 くな る に つ

れ て 各 中 心 地 の レベ ル は 上 が っ て 行 くの で あ る が,同 一 レベ ル の 中心 地 は,ど の よ うな 社 会 ・環 境 に 属 して い よ うと も,本 質 的 に は 同一 の 性 格 を もつ も の と さ れ て い る の で あ る。 従 っ て こ の 方 法 は,各 社 会 の 類 似 性 を 明 らか に す る こ と に は 適 して い るが,そ の 性 格 の 相 違 を さ ぐ るた め に は 十 分 で な い よ うに 思 わ れ る。 同様 の こ とは,各 時 代 ご との 相 違 を 知 ろ う とす る場 合 に も言 え る。 人 口数 は 時 代 と と もに 増 加 す る の が 常 態 で あ った か ら,そ れ に 基 づ い て 都 市 網 も不 断 に 発 展,複 雑 化 して きた こ と に な る。 従 っ て 歴 史 の 展 開 は 一 貫 した 直 線 的 発 展 の相 の 下 に と らえ られ,時 代 間 の 断 絶 だ とか,異 質 の エ レ メ ソ トの 出 現 と か は 切 りす て られ る こ と に な る。

と こ ろ で この 方 法 の基 礎 と もい うべ き 人 口動 態 の 算 定 の 仕 方 に つ い て,そ の 他 の 様 々 な デ ー タ の 扱 い 方 と と もに,若 干 の 不 安 が の こ る。 従 来 ロシ ア の 都 市 人 口は 過 度 に 低 く見 積 られ る傾 向 が あ っ た が,著 者 は18世 紀 末 のそ れ を(B.

カ ブザ ン な どに 依 拠 して)8%以 上(通 説 は3〜4%)と す る な ど,一 般 に 高 く評 価 しす ぎ て い る よ うに み え る。 これ は キ エ フ時 代 の キ エ フ,モ ス ク ワ時 代 の モ ス ク ワ な ど に つ い て も同 様 で,方 法 そ の もの の 問 題 で は な い が,本 書 の基 本 に 関 わ る もの だ け に,慎 重 さ を 要 す る と こ ろ で あ ろ う。 さ らに ロ シ ア を7地 区 に 分 け る場 合 の 区 分 の 仕 方 な ど問 題 は 残 るが,こ こで は 触 れ られ な い。

以 上 に い くつ か の 疑 点 を あ げ は した が,そ れ に もか か わ らず,本 書 が わ れ わ れ に 大 き な 刺 激 を 与 え ず に お か な い で あ ろ う こ とは 疑 い な い 。 そ の ユ ニ ー ク な 方 法,比 較 史 的 接 近,社 会 を トー タ ル に と らえ よ うとす る社 会 学 的 手 法 な どが 本 書 の す ぐれ た 特 徴 とい え る で あ ろ う。 な お 蛇 足 な が ら,著 者 は 専 門 の ロシ ア 研 究 者 で は な い が,ロ シ ア都 市 研 究 文 献 を広 く渉 猟 して い る こ とを 付 記 して お

き た い 。

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