C.S.パースのアブダクションについての一考察 : 授業の構想の手懸りを求めて
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(2) はじめに. 「創造性」、 「発見する能力』、 「問題を解決する能力」等、人間にとっ. て重要だと考えられている能力がある。これらは人間の精神作用の中でも最 も価値あるものであろう。我々は、教育の場で、こうした能力を子どもたち に身につけさせたいと考えている。しかし、そうした能力を身につけさせる 教育を行うためには、人間の認識作用について知る必要がある。本研究は、. 認識について、その中でも特に仮説の定立に関する論理的構造をC。S. パースの著作をもとに、究明しようと試みたものである。 パース(Charles Sanders Peirce,1839−1314)は、プラグマティズムや記号. 論の創始者として知られているが、論理学、数学、物理学、天文学、化学、. 心理学等にもすぐれた研究を残している。しかし、パースの研究成果は、生 前ほとんど知られることなく、死後においても久しく世に埋もれていた。そ れは、彼の研究があまりに独創的で、時代に先んじすぎていたからに他なら ない。そのことは、最近の研究によって、その価値がようやく見直されてき たことからも明らかである。. 本研究は、そうしたパースの諸研究の中で、特にアブダクシHンについて 考察したものである。アブダクションは、パースが帰納とも演繹とも異なっ た第三の種類の推論として位置づけたものであり、従来の帰納、演繹という 二分法を覆す、画期的なものである。この独創的な研究は、パースの生涯を. 通しての研究テーマの一つであるが、彼の研究の進展とともに若干の変化が 認められ、特に1900年前後に大きな変化が認められる。そこで、本論では、.
(3) 第一章でパースの精神作用に関する基本的な考え方を述べ、第二章で前期の 理論を年代順に追跡した後、第三章で後期の見解を展開することとする。.
(4) 目. 次. はじめに. 第一節. 認識と推論 …・。………’○’●●’’”。鱒’’’”○。●○●. 第二節. 1CgiCa UtenSと10giCa dOCenS・。・・・・…輔・・…. 第二章. 前期の理論 ………・…・・…・・………・…・…・. 第一節. ‘℃n the Natural Classification ef Argllments” .・. 第二節. “Some Consequenees of Four lncapacities” ..e.. 第三節. “Deduction,Induction,and,Hypothesis” ..・・.・.・. 第四節. “A Theory of Probabie Inference” .・.....・..・・. 第五節. アナロジー ・…・・e■…… 。・鱒・・・…■“・・…韓・■■. 第六節. 推論の三形式と科学:方法論 ・…・…・・……・…・・. 第三章 後期の理論 ……・…………・・…・…・…・・…・ 第一節 前期と後期 ・……・…・…・…・・………・。…・. 第二節 探究の過程 ・…“■…………… ……・…・…・. (一) 探究 ………・…・……・………。……・ (二) 科学的探究の三段階 …・…・一…… …・…. ー ユ4 ー直 ﹄U n監 U﹂ O=匿 Q り−Q Q0 りりO ニり ー4 此0 Un OO UQ ﹄り 亀 UU. 精神作用についてのPeirceの基本的な考え方 ・……・. 1真−ρ︶. 第一章.
(5) アパゴーゲーとアブダクション ・・………… アブダクションの論理形式 ・・…・…………. 知覚判断とアブダクション ・・……・……… プラグマティズムとアブダクション ・…・…・・. 研究の経済性とアブダクション ・…・………. アブダクシuンの正当性 ………・・……… インダクションとアブダクション …………. 1} ・・・・・・…一・・・……・…“一・・一・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…. 主要参考文献 ……………・…・…・_。____._ おわりに ・… …・…一……… 鱒輔・。… …・一・・… …一・. 1 1 11一 −■曲 曜鳳伊. パース哲学とアブダクション ………’・・…・. ⑪8 06 26 87 58 99 70 3三 41 94 14 5 6. Oω◎四㈲㈹㈹σ9. 一 一“ 一一 “一 一一 一一 一一 一一 一一 一一 一“ 一一 e一 一 第三節 アブダクションの構造.
(6) 第一一章 精神作用についてのパースの基本的な考え方. 第一節 認識と推論. パーースは、1868年に、Journal of Speculative Philosophyに三編の連続. 論文(Dを掲載した。その第一論文では、人間に要請(claim)されているあ る能力に関する七つの問いについて検討した上で、次の四つの結論が導かれ ている。. (1) 我々は、内観(lntrospection)の力を持たない。我々の内部世界 についてのすべての知識は、我々の外部的な事実についての我々の 知識から仮説的推論(hypothetical reasoning)(2)によって引き出 される。. (2) 我々は、直観(lntuiti。n)の力を持たない。すべての認識は、以 前の認識によって論理的に限定される。. (3) 我々は、記号(Signs)(3)を使うことなく、思考する力を持たな い。. (4) 我々は、絶対に認識不可能なもののいかなる概念も持たない。 (5,265)(4). ここで、「直観とは、同じ対象についての、それに先だつ認識によって限 定されない認識を意味するもの」(5,213)として取り扱われる。また、「内. 観を私は、内部世界を直接知覚することを意味し、必ずしもそれを内的だと して知覚するのではない。」(5,244). 1.
(7) 以上は、パースの認識論の重要な基礎となる。そして、(1)と(2)の 帰結から、 「あらゆる精神作用(mental action)は推論(reasoning)であ. る」ことが導かれ、(3)の帰結から、「すべての思考は記号である」こと が導かれ、さらに(4)の帰結を加えると、「精神とは推理の法則に従って 発達していく一つの記号(sign)である」ことが導かれる。以上の事から、 パースにとって認識論とは、推論(5)に関する理論に他ならないことがわか る。. 推論とは、前提から結論を導きだすことであるが、「我々はある前提が与. えられると、それに応じて特定の推理を行わざるをえないようになってい. る。それは生得のものにしろ、修得されたものにしろ、精神の習慣 (habit of mind)である。」(5,367)パースは、推理がア・プリオリなもの. ではなく、精神の習慣、つまり指導原理(1eading principle)により導かれ. ると考える。そして、推論の諸前提と指導原理とを区別する。「すべての推 理は判断を含んでいる。それは、もし前提をなす命題が真であるならば、結 論という形でそれに関与している命題が真でなければならない、あるいは真 らしいという判断である。一種の推論(argument)に関して、この判断の中に. 含まれた原理は、その推論の指導原理と名付けられる。」(2,462)そのた め、推論の妥当性は、結論の真偽に関わらず、指導原理の真偽に関わる。. 「妥当な(valid)(6)推論はその指導原理が真であるものである。」 (2,463)そのため、「推論がその結論の必然的あるいは蓋然的に真であるこ. とを決定するためには、諸前提と指導原理の両:方が真でなければならな い。」(2,464)また、指導原理と前提の関係についてパースは、次のように. 2.
(8) 述べている。「その指導原理のどんな部分も前提に移すことができない推論 があり、すべての推論は、その前提に付加することで、そのような推論に還 元されうることが示されうる。というのは、ある推論の諸前提をP、結論を C、その指導原理をしによって表すとすると、そのとき、もし指導原理の全 体が一つの前提として表されるならば、その推論は次のようになる。. L and P .: c. しかし、この新しい推論はまた、その新しい指導原理と区別されなければ ならない。それを:L’と表すことにする。さて、:しとPは(共に真と仮定す. ると)、Cが必然的あるいは蓋然的に真であることを決定するために必要な すべてのものを含むから、それらは:L’を含んでいる。こうして、:L「は前. 提のなかに表現されるか否かにかかわらず、その指導原理に含まれなければ ならない。ここから、すべての推論はその指導原理の一部分として、その指. 導原理から除去されえないある原理を持つ。このような原理は論理的原理 (logical principle)と名付けられる。」(2,466)そして、「述べられた事. 実が、また一つの結論を正当化するために含意されていなくてはならないと. いう必要は決してないから、一つの主張(assertion)として考えられたと き、論理的原理は全く空虚であることがわかるだろう。」(2,467). 一方、「たとえば、もし我々が回転している銅の円盤を磁石の両極のあい だに置いたとき、すぐに回転が止まることを観察し、すべての銅板の場合に. ついても同じことが起こるだろうと推理する。この場合、その誘導原理 (guid{ng principle)(7)は、一つの銅板について真なることは、他の銅板. 3.
(9) についても真であろうということである。」(5,367)それゆえ、「このよう. な推論の誘導原理の最も重要なものをすべて記すために、一冊の本が書ける だろう。」(5,367)つまり、「指導原理は二つのクラスを持つ。そして、そ. の真なることがすべての推理の諸前提のなかに含まれているある指導原理 は、 r論理的』 (あるいはあまり二三ではないが形式的)指導原理と呼ばれ. る。一一方、その真なることが諸前提のなかに含まれていない指導原理はr実 質的』 (あるいは質料的)指導原理と呼ばれる。」(2,589)以上から、指導. 原理(誘導原理)には、前提に一つの命題として付加できる実質的指導原理 と付加できない論理的指導原理(あるいは単に論理的原理ともいう)の二つ があることがわかる。. 「ところで、もし推論者が自分の誘導原理が何であるかを漠然とでも意識 しているならば、彼の推論は、論理的論法(logieal argumentation)(8)とよ. ばれるべきである。」(5,441)しかし、もしそうでない場合には、「それら は推論とよばれずに、批判以前の推理(acritical inference)とよばれるべ きである。」(5,441)つまり、「推論は、厳密に言えば、無意識的に行われ. ることは決してない。というのは、推論は慎重で、自発的で、批判的で制御 されたものであり、それらのすべては、意識的になされた場合に限り、可能 であるからである。」(2,182)それゆえ、「それ(推論)は、意識的な行為 (conscious ac七)でなければならない。」(2,183)のである。. 結局、推論とは、「一つの判断つまりその結論が思考の一般的習慣 (ageneral habit of thought)に従って、他の判断あるいは諸判断、諸前提. によって、決定されることを推論者が意識する一つの過程である。その思考. 4.
(10) の一般的習慣とは、推論老が正確に形式化できないが、真の知識に役だつも のとして推論老が認めるものである。」(2,773)ここで重要なことは、推論. が指導原理に従うことと意識的な過程であるということである。 しかし、パースが、推論が意識的な過程であることを明確に意識するよう になったのは、すこし後(9)になってからである。そのことは、彼の10gica utensとlogica docens(10)において明瞭になる。. 5.
(11) 第二節 10gica utensとlogica docens. 論理学の中心問題は、推論の分類であり、良い推論と悪い推論の区別であ る。「分類という言葉の適切な意味あいでの分類に近いことは、推論する場. 合にはいつでも、すべての人々によってなされているのである。実在 (real)的だと信じられている事物の状態について熟慮すると、人は、そのよ. うな事例を持つ分類をしないでも、何か付加的なものを信じさせられるとい うことがあるのは正しいだろう。しかし、その場合、彼はその手順を批判し ないし・まさにそうであるという明瞭な反省すらしない。その結果、彼は、. それへの何らの制御もできない。さて、全く制御できないものは、どんな規. 範的法則にも服しない。すなわち良くも悪くもない。それは目的の役に立た ないことも立つこともない。しかしそれは、他のある命題が真であることを 認めた結=果において、一つの信念を慎重に採用することにすぎないから、正. 確には推論である。その場合、その信念は次のような理由によって採用され る。それは、信念が、それによって、規定されている当のその方法が、同様 なものでない場合には、真なる前提から偽なる結論に導くだろう、また、も しその方法にしっかり固執したならば、最後には真に無限に近づくだろう、. あるいは、どのみち、彼が得られると確信しうるだけ真理に近づきうる形 で、真理を究極に得られることを保証するという理由である。それゆえ、す. べての推論のなかには、論理学者が試みるような推論の分類のある始まり (commencement)を含んでいる一一般的方法への意識的言及が存る。あらゆる体. 系的なその主題の研究に先んじているそのような推論の分類は、10gica 6.
(12) d。censと呼ばれる科学的研究の結果に対して、推論老の10gica utensと呼ば れる。」(2,2⑪4)さらに、「パース自身も、彼言うところのr役に立つ論理 (logica utens)』と『厳密な論理(Iogica docens)』とを区別していて、前. 者は簡単な論理感覚のこと、つまり誰もが或る種の真理に達するために使っ ている一般的な方法であるが、それを使っていることは意識されないし、そ. の方法のよってたつ内容も明らかにされることがないのに対して、後者は論 理学者や科学者(そして探偵や医者)の使う洗練された論理感覚で、この論 理は意識的に教えることのできる、理論化された真理発見法であると述べて いる。」(Ms.692)(11)こうして、「すべての推論者は、良い推論とは何かの. ある一般的観念を持ち、それは一つの論理学の理論を構成する。」 (2,186)のである。この10gica utensは、推:論証のlogica utensということ. に注意する必要がある。つまり、logica utensは人によって異なるのであ る。また、それは、多かれ少なかれ不満足であると考えられる。そこで、 「問題は、やや不満足な10gica utensを使って、あなたがどの点でそれが修. 正されなければならないかを理解し、より良い体系に到達することができる かどうかである。」(2,191). 我舟は、自らの1。gica utensによって、論理学の問題をある確信となじみ. をもって取り扱うことができるのであるが、独断になることもありうる。し. たがって、「自分で(独立に)考えるという性向を保護する一方、独断を抑 制するために努力するべきである。i(2,187)そしてパースは、深刻なまち. がいに陥ることのほとんどないA推論とまちがいは多いが、貴重な知識を与. えてくれるB推論(これは当て推量にすぎない)の例をあげ、A推論だけで 7.
(13) は積極的な知識が得られず、B推論だけではまちがいが多すぎるので、 B推 論に固執しつつ、A推論によって、修正していく方法の正当性を主張する。 その例は、人は一貫して、人の10gica utensを極端に不満足なままに保持す るかもしれないことを示す。しかし,人はより良い体系を所有するまで、そ れに固執する点で、まったく正当化される。(2,189)この場合、論理学の研. 究は、全体の思考をより正確にしながら、B推論をより正確にすることにな る。しかし、その改善は論理的推論に限られるから、その多くはたぶん実行 されないだろうとパースは言う。「主に本能に依存する精神作用は、それら. の真の性質が認識されることを除いて、影響を受けないままであろう。」 (2,189)こうして、10gica tttensは、形式化もされず、改善も難しいが、そ. れでも推論であり、それなしでは、我々は実際、推論することができないの である。(4,475). 一方、logica docensは、「科学的研究の結果」(2,204)であり、より精 密には、「批判学」(Critic)(2,205)である。それは、論証の分類とそれぞ れの妥当性と論証力の程度を決定する。(1,192)なお、logica docensは、. 我々が研究すべき論理学の中核をなすものであるが、それは、logica utens と:全く別なものではなく、logica utensから精選され、発達してきたもの であることに注意するべきである。. 8.
(14) 第二章 前期の理論. 第一一節 ‘‘On the Natural Classil『ication of Arguments,,. パースの最初の哲学論文5篇が、1867年、ProceeCtings of the American Academy of Arts and Seiences(vo1。7)に発表された(12)。そのなかの “On the Natural Classification of Arguments”に推論のディダクショ ン、インダクシuzン、ハイポセシス(13)への分類が行われている。. 当時、パースは、伝統的三段論法に強い関心を持っていた。 「妥当で完全 で単純な推論は、三段論法の推論として表されるだろう。」(2,471)また、. 「すべての命題は、少なくともある方法で、SisPという形に直すことが できる。その意味は、Sあるいはその全主語が適用されうるすべての対象 は、Pあるいはその全述語が適用されうるすべての対象に帰せられる特性を 持つということである。」(2,472)そして、「すべての名辞は、二つの力 (powers)あるいは意味(significatiens)をそれが主語か述語かに従って持. つ。前者は広さ(breadth)と名づけられ、それに適用されるところの対象を 含む。一方後老は、その深さ(depth)と名づけられ、それが適用されうる対 象のどれにも帰される性質を含む(14)。」(2,473)と言い、「ある命題を他. の命題に代入するということはすべて、名辞を名辞に代入することでなけれ. ばならない。そのような代入は、第二の名辞によってあらわされるものを 第一の名辞があらわす限りにおいてのみ正当化されうる。ここから唯一の可 能な代入は、. 9.
(15) (1) 主語の機能を満たしている名辞に対して、その広さが前老の広さ に含まれているところの他の名辞の代入. (2) 述語の機能を満たしている名辞に対して、その深さが前老の深さ. に含まれているところの他の名辞の代入一である。(中略)以上から、す べての推論の一一般的形式は次のようでなければならない。すなわち、. MisP , S is M,. ∴SisP; 」(2,474)と言う。 以上に、パースの初期の推論に関する考え方が明瞭にでている。. さて、パースは、カントについて研究していくなかで、カントが、すべて の三段論法はBarbara(15)に還元でき、それらはBarharaが含まないどんな 論理的原理も含まないと論じていることに疑問を抱く。そして、カントカミ間 接式(indirect moods)(16)をBarbaraに還元するまさにその推論が、それ自. 体、付加的な論理的原理を導入するかどうかの探究を省いていることに気づ き、そのことを追究する。その結果、第一格と全く異なる第二格、第三格の. 三段論法に似た蓋然的推理の形があるのではないかという探究に導かれ る。そこで、アリストテレスの帰納(1了)の説明、つまり、帰納を第三格の蓋. 然的三段論法とする説明に導かれ、第二格の蓋然的推理形式を発見する。 (4,2−3)「私は、帰納とも蓋然的ディダクション(18)とも本質的に異なった. 第二格の蓋然的推論の式(mood)があることを発見した。これは明らかに、後. 件から前件への推論と呼ばれているもので、多くの書物で、それが既知の事 実について与える説明のために仮説(hypothesis)(19)を採用することと呼ば I O.
(16) れている。」(4,3)そして、以上の考察から、「このことは、私に、主語と. 述語の関係、あるいは前件と後件のあいだの関係は、本質的に前提と結論の あいだの関係と同じであることを示した。」(4,3)たとえば、「すべての. AはBである」は、 「すべてのXについて、もしXがAならば、XはBであ. る」と同義である、つまり、定言命題“AisB”は、仮言命題“lf A,then B”と考えられ、それはAからBが導かれることと同義になる (2⑪)。こうしたパースの考えのもとに、実際の分類に進む。. まず、三段論法において、. A珊MisP,. 2’s’is M; (i) .・.£’s’ is P :. ’ ここで、Σ’S’はMの項目にはいるすべてのクラスの総和を意味する。も し、第二前提と結論が真であることがわかれば、第一前提は枚挙によって真 となる。したがって、. 鴬’S’isP,. £’s’is M; (2) “・ M is P. これは、完全帰納法と呼ばれているが、形式的帰納法(f。rmal inducti。n) と呼ぶ方が良いだろう。(2,508). 同様に、 AnyMis tt’P’,. AnySis M; (1)’ ;一Any S i s ”’P’; 1 1.
(17) ここで、n’P’はMのすべての性質の連言(conjunction)を意味する。. もし、その結論と第一前提が真ならば、第二前提は定義によって真とな る。. したがって、. Any M is n’P’,. Any S is n’P’; (3) 一’・Any S i s M .. これは、定義からの推論であり、名付けるとすれば、形式的ハイポセシス (formal hypothesis)とでも呼ぼう。(2,509). 以上は必然的推論にすぎないが、ここで、以上の定式を拡張して、 Σ「S’のかわりにS’を、そしてn’P’のかわりにP’を置き換えるな らば、我々は蓋然的推理の定式を得る。「その推論は、これらの推理のモー. ドにどんな決定的な蓋然性も与えないが、はじめに総合的推理(synthetie inference)(21)がどのように弱いものであれ、もしそれらに真実を生み出. す明確な傾向が少しでもあるならば、ますます安全な前提の確立のおかげ. で、総合的推理は続けて強められるだろうということを考える必要があ る。」(2,510). その定式は次のようである。. インダクシcaン S ’ S ” S ’”,ete.are taken at random as M’s,. s’s”s”’,etc.are p; (4) ・’“Any M is probably P.. 1 2.
(18) ハイポセシス Any M is,for instance, P ’ P”P ”’,etc.. Sis P’P”P”’,etc.; (5) :・S is probably M.. 「それゆえインダクションは、そこからアトランダムにいくつかの事例が 取り出されたところの全集合が、それらの事例にすべての共通な性質を持つ と推定する推論として、ハイポセシスは、多くの性質が生じたとき、見つけ られるが取り出されることのない諸性質を必然的に含む名辞が、それらすべ ての性質を持つある対象に述語づけられるかもしれないと推定する推論とし て定義される。」(2,515). 以上のように、三段論法の第三格の蓋然的推理としてインダクション、 第二格の蓋然的推理としてハイポセシスが導かれたのであるが、この基本構 想は、前期を通じて中心的役割を演じ、以後展開されることになる。. 1 3.
(19) 第二節 “Some C。nsequences of Fouτlneapacities”. 1868年、Journal of Speculative Philosophyに三篇の連続論文が掲載さ れた(22)。その第二論文“Some Consequences of Four Incapacities”の中. で、パースは、「すべての精神作用は推論である」という立場に基づき、推 論の分類を試みている。 妥当な(valid)推論は、完全(complete)なものと不完全(incomplete)なも. のに分けられる。ここで、不完全な推論は、前提の中に含まれていない事実 にその妥当性が依存する推論である。しかし、その前提に含まれていない事 実は、前提として明記されていないだけであり、実質的に仮定されているか ら、不完全な推論は実質的に完全であると言える。次に、完全な推論は、単 純なもの(simple)と複雑なもの(complex)に分けられる。しかし、三つ以上. の前提からなる複雑な推論は、単純な推論をつなぎ合わせたものに他ならな. いから、推論は結局、完全で単純な推論(三段論法)に還元できる。 (5,2B9). 次に、完全で単純な妥当な推論、あるいは三段論法は、必然的(apodictic )なものと蓋然的(probable)なものに分けられる(23)。必然的つまり演繹的. 三段論法とは、その妥当性が、推理された事実と前提で指定された事実との 関係だけに依存するものである。一:方、蓋然的三段論法とは、その妥当性 が、一部他の何らかの知識の不在(non−egistenee)に依存する三段論法であ る。(5,270)たとえば次のような推理である。「ある男がコレラになった。. 彼は衰弱し、顔は土色で、体温は低く、脈拍もほとんどない状態であった。 1 4.
(20) そこで、多量の放血が行われた。その後、彼は、衰弱状態を脱し、翌朝、起 きあがれるほどになった。それゆえ、虚血はコレラを治すと推理する。」も. し、これらの諸前提が、その問題についての我々の知識のすべてだとすれ ば、それは全く蓋然的推理である。しかし、もしコレラの回復が早いこと や、放血によって治らなかった無数の例があることがわかったならば、その 推理は全くその妥当性を失ってしまう。「いかなる蓋然的推論の妥当性にも. 必ずつきまとう知識の欠如は、その推論自体によって決定されるある問題に 関係する。この問題は、他のどのような問題とも同様に、ある対象がある性. 質を持つかどうかである。ここから知識の欠如は、その対象が前提に従っ て、ある性質を持つ対象の他に、何か他の対象がそれらの性質を持つかどう. か、あるいは、前提に従って、ある対象に属している諸性質の他に、それら には必ずしも含まれていない何か他の諸性質がその同一対象に属するのかど うかという場合のどちらかである。前老においては、ある性質を持つすべて の対象が、あたかも知られているように推論を進める。これはインダクシコ ンである。後者においては、ある対象あるいはクラスの決定に必要なすべて. の性質が、あたかも知られているように推論を進める。これはハイポセシス である。」(5,272)こうして、蓋然的推論の妥当性は我々の知識に依存し、. 蓋然的推論はインダクションとハイポセシスに分けられる。結局、すべての 妥当な推論は、ディダクション、インダクション、ハイポセシスに分類され る。. ここで、インダクションとハイポセシスについてのいくつかの定義や説明 を取りあげる。まず、インダクションは次のように定義される。「それは、 1 5.
(21) 一つのクラスあるいは集合のすべての事物が、それらの性質を持つかどうか が知られているあるクラスのそれらすべてに共通な性質のすべてを持つとい う推定の上に進められる推論である。言い換えれば、アトランダムにとられ. たいくらかの事例の真なることは、その集合全体についても真であると推定 することである。」(5,275)一方、ハイポセシスの定義は、「一つの性質が. 芳干他の性質を必然的に含むことが知られているとき、その性質を含むこと が知られているすべての性質を持つある対象にたぶん述語づけられるだろう という推定の上に進められる推論である。」(5,276). パースは、インダクションを「統計的推論と呼んでよい」(5,275)とも言. い、「小前提と結論から大前提を導きだす推理」として特徴づけられてい る。一方、ハイポセシスは、「結論と大前提から小前提を導きだす推理』と して特徴づけられている。また、インダクションは、「いくつかの一連の事 物のかわりに、より包括的な単一の事物をつくり出し」、ハイポセシスは、 「それ自体では統一を持たない一連の性質のかわりに、より包括的な単一あ るいは少数の性質によっておきかえる」ことから、共に「多様を統一へとも たらす操作(reduction of the manifold to unit)』(5,275)として位置づ けられている。. パースは、インダクションとハイポセシスを次のような例で説明してい. る。もし、我々が一冊の英語の本(Aとする)のなかにでてくるアルファ ベットの出現の度数を数えるとすると、数えていくうちにそれぞれの文字の 全体に対する割合は、一一定の値に近づくだろう。かりにeの割合が11%%に. 近づき、tが8%%、 sが8%、 Sが7逓%に近づいたとしよう。そし g 6.
(22) て、他の英語の本(B、C、 D、 E、 F、 G)についても同様の結果を得た. とする。その結果、我々は、ある程度長いどんな英語の本も、それぞれのア ルファベットは、ほとんど同じ割合であると推理する。これはインダクショ ンである。次のような必然的な三段論法と比較すると、インダクションは、 大前提を導きだす推理であることが良くわかる。. 大前提一一すべての英語の本のeの割合は、11%%である. 小前提一一A∼Gは英語の本である ∴結論一一’一一一A ’v Gにおけるeの割合は11%%である. 一方、ハイポセシスについては、暗号文で書かれた文章が、解読書なしに 与えられた場合に、その書物が26種以下の記号を含んでおり、ひとつの記号. が、11%%、またひとつは8%%、ひとつは8%、ひとつは7%%で出現す ることが発見されたとしよう。これらの記号のそれぞれにe,t,a,sを 当てはめることにより、多少不完全ではあるが、一応意味が通じたとしよ う。もしその文書がかなりの長さであれば、我々は暗号文書が英語の文書で. あると推理する。これはハイポセシスである。次の必然的三段論法と比較す. ると、ハイポセシスは、小前提を導きだす推論であることがわかる。 (5,273−276). 大前提一一暗号文書のそれぞれの記号をe,t,a,s等でおきかえた英 語の文書は、そういったおきかえによって意味が通じる 小前提一一一暗号文書は、英語の文書なのである. ∴結論一暗号文書は、そういったおきかえによって意味が通じる または、. 1 7.
(23) 大前提一すべての英語の文書は、11%%の割合を持つ第一の種類の記号. と、8%%の第二の記号、8%の第三の記号、7%%の第四の 記号を含む. 小前提一一この暗号文書は(実は、e,t,a,Sを含む)英語の文書な のである. ∴結論一この暗号文書は、11%%の割合を持つ第一の種類の記号と、 8履%の第二の記号、8%の第三の記号、7雅%の第四の記号 を含む 以上のように、パースはすべての推論を三段論法の一つの型に還元しよう とする。なお、「すべての演繹的三段論法は次の形に直すことができる。 1f A , then B ;. But A ; :. B .. そして、この形において小前提は、前件あるいは仮言命題の理由としてあ らわれるから、ハイポセシスの推理(24)は、後件から前件への推論と呼ぶこ とができる。」(5,276)ここでは、大前提がその仮言形式のなかに、暗黙の. うちに盛り込まれている。さて、この形式“lf A,then B”はきわめて 重要である。なぜなら、パースは、後期において、この仮言形式を重要視す るからである(25)。. 1 8.
(24) 第三節 “Deduction,Indttction,and,Hypothesis”. 1877年から翌年にかけて、Popular Science Nonthlyに6篇の連続論文が 発表された(26)。その第6論文“Deduction,lnduction,and,Hypothesis”. は、その名のとおり、推論の分類に関するものである。内容は、前述の二論. 文の発展と見ることができ、三段論法についての議論が中心になっている が、興味深い説明がなされている。. パースは、ディダクションから、インダクション、ハイポセシスを作るた めの二つの方法を示している。一つは、「入れ換え」による方法であり、も う一一つは、Baroco(27),Boeardo(28)から導:く:方法である。. 第一の方法 まず、次のような三段論法を考える。. (1)ディダクション ルール(29)一この袋から取り出したすべての豆は白である ケース(3。)一これらの豆はこの袋から取り出したものである ∴リザルト(31)一一これらの豆は白である. ここで、前提の部分が結論の部分にくるように順序を入れ換えると、インダ クションとハイポセシスができる。. (2) インダクション ケースーこれらの豆はこの袋から取り出したものである リザルF ・一・一一これらの豆は白である. ∴ルールー一この袋から取り出したすべての豆は白である. 1 9.
(25) (3) ハイポセシス ル・・一一ル・一一この袋から取り出したすべての豆は白である. リザルトーこのらの豆は白である ∴ケースーこれらの豆はこの袋から取り出したものである (2,623). 以上から、ディダクションは第一格、インダクションは第三格、ハイポセ シスは第二格に相当するとともに、ディダクションはルールとケースからリ ザルトを、インダクションはケーースとリザルトからルールを、そしてハイポ. セシスはルールとリザルトからケースをそれぞれ推理する推論であることが. わかる。さて、(1)は、前提が真ならば、結論も必ず真となるが、 (2)、(3)は必ずしもそうではない。たとえば、(2)では、たまたま 取り出した豆が白であり、黒い豆が袋に残っているかもしれない。また、 (3)では、他の袋から取り出した可能性もあるわけであり、もしかすると. 全く袋と関係がないかもしれない。つまり、(2)、(3)は蓋然的な推理 なのである。それは、(2)が小名辞不周延の誤謬(32)、(3)が中名辞不. 周延の誤謬(33)を犯しているからである。しかし、だからといって、 (2)、(3)が意味がないのかというと決してそうではなく、むしろそれ らによって多くの知識を獲得することができるのである。. 第二の方法. まず、(4)Barbara ルールー一すべての人間は死ぬものである ケ・一一.スーエノックとエリージャは人間である. ∴リザルトーーエノックとエリージャは死ぬものである. 2 0.
(26) さて、リザルトを否定し、ルールを認めるとケースを否定しなければならな い。これはBarcc。で、第二格の典型である。. (5i Baroco リザルトの否定一一エノックとエリー…ジャは死なない ルー一一.ルーすべての人間は死ぬものである. ∴ケースの否定一一エノックとエリージャは人間ではない また、リザルトを否定し、ケースを認めるとルールを否定しなければならな い。これはBocardoで、第三格の典型である。. (6) Bocardo リザルトの否定一エノックとエリージャは死なない ケースーエノックとエリージャは人間である ∴ルールの否定一一ある人間は死なない (2,626). さて、(4)のかわりに、次のような蓋然的ディダクションをとる。 (7). ルールーこの袋の中の豆のほとんどは白い ケースー手にいっぱいの豆はこの袋から取り出した ∴リザルトーたぶん、この手にいっぱいの豆のほとんどは白い リザルトを否定し、ルールを受け入れると、 (8). リザルトの否定一この手にいっぱいの豆のほとんどは白くない. ルールーこの袋の申の豆のほとんどは白い ∴ケースの否定一一たぶん、これらの豆は他の袋から取り出した. 2 1.
(27) 次に、リザルトを否定し、ケースを受け入れると、. (9). リザルトの否定一一この手にいっぱいの豆のほとんどは白くない ケースー一これらの豆はこの袋から取り出した ∴ルールの否定一一たぶん、その袋の中の豆のほとんどは白くない (2,627). (8)はハイポセシスであり、 (9)はインダクションである。. BarocoとBocardoは、もちろん演繹的三段論法であるが、たいへん特殊な ものである。(2,627)rBocardoは、インダクションと考えられるが、その 拡張的な性質を全く失うくらい自信のないものである。」(2,630)それは、. (6)において、「すべての信心深い人間あるいは全能の神に気にいられた 人間等が死すべきものでないと大胆に結論づけるかわりに、我kは人間の区 別をすることを慎み、ある人間は死なないという単なる説明的な推理に留め るのである。」(2,630)そして、rBarocoはまさに自信のない仮説と考えら れる。」(2,630)それは、(5)において、「我々は、彼らが神かその類の ものであると大胆に考えるかわりに、彼らが人間と違うある性質のものであ. るという推理に我々自身を制限する。」(2,630)「しかし、Barocoと BocardoのBarbaraに対する関係と、インダクシMンとハイポセシスのデ4 ダクションに対する関係とのあいだには大きな相違がある。」(2,631)それ. は、「ある前提の真なることが、蓋然性を含んだ結論の真なることを与える. からといって、結論の偽なることが、蓋然性を含む前提の偽なることを与え るということは決してない。」(2,631)つまり、BarocoとBocardoは必然的 2 2.
(28) 推理であるのに対し、(8)、(9)は蓋然的推理なのである。 なお、これら否定の形式は非常に重要である。それは、「我々がある仮説. を採用するとき、それは観察された事実を説明するというからだけではな く、それと反対の仮説もたぶん、それらの観察された事実と反対の結果に導 くだろうという理由からも採用する。同様に、我々がインダクションを形成 するとき、それがサンプルにおける性質の分散(distribution)を説明するか. らだけではないばかりか、ある特異なルールがたぶん、そのもの以外のサン プルにもたぶん通じることからも引き出されるのである。」(2,628)からで ある。. パースはすべての推理を次のように分類する(3a)。. (2,624) この分類に示されているように、すべての推理は分析的か総合的であり、. 総合的推理はインダクシyンとハイポセシスに分かれることになる。ここで 我々は、この分類が必然的推理を演繹推理とし、それ以外を蓋然的推理ある いは帰納推理とする一般的な論理学とは分類の基準が異なっていることに注 意する必要がある。パースにおいては、推論の指導原理が重要なのであり、. その結果として、(7)のような蓋然的ディダクションもディダクシerンと 2 3.
(29) して含むことになる(35)。. さて、総合的推論の区別に進もう。「インダクションは、我々があること が真であるという多くの事例から一二化し、同じことがクラス全体について. 真であると推理することである。あるいは、我々があるものがある比率の ケースについて真であると知って、そのことが、そのクラス全体の同じ割合 について真であると推理することである、ハイポセシスは、我々がある非常 に奇妙な状況を見た場合、その状況がある一般的なルールの一一事例であると. いう、その仮定によって説明されるゆえに、その仮説を採用するものであ る。あるいは、我々がある点で非常によく似た二つの対象を見たとき、それ らが他の点でもお互いよく似ていると推理することである。」(2,624)ま. た、「インダクションは特殊から一般法則への推論であり、ハイポセシスは. 結果から原因への推論である。前者は分類をし、後者は説明をする。」 (2,636)さらに、■x“一一・スは区別を進める。. 「インダクションは、明らかにハイポセシスよりずっと強い種類の推理で ある。」(2,642). また、「インダクション的にハイポセシス的な結論を推理することができ な寿、。 」 (2,642). ハイポセシスは暫定的手段であり、科学の進歩によってインダクションに 取り換えられると考えるのは間違っているとA“h一一スはいう。「インダクショ. ンの本質は、一組の事実から、他の組の類似の事実を推理することである。 ところが、ハイポセシスは、一種の事実から他の種類の事実を推理するもの である。」(2,642)たとえば、いくつかの遺跡や文書から、「ナポレオンと. 24.
(30) いう人物が存在した」と推定したとしよう。この命題は、いかなるインダク. ションによっても得られない。それは、「もしナポレオンという人物が存在 したとすれば、これらの事実は説明できる」ことから推理されたハイポセシ スである。インダクションは、そのあと観察されるさまざまな事実が、同じ 特徴(ナポレオンの存在を支持する)を持つだろうと推理するだけである。. こうした区別を主張しつつ、次のような記述にも出会う。「解明的 (explicative)推理(36)と拡張的(ampliative)推理(37)のあいだの大きな区. 別に関してさえ、二つのクラスのあいだの境界に横たわっており、互いの性. 質のいくつかの点を分けあうように見える例が見つかるだろう。同じこと が、インダクションとハイポセシスのあいだの区別についても言える。」 (2,636)そして、「インダクションとハイポセシスの大きな相違は、前回 は、我々が事例のなかで観察したのと類似の現象の存在を推理するのにたい して、後者は、我々が直接観察できるものとは違った種類のなにかを、そし. て、しばしば直接観察不可能な何かを仮定することである。したがって、我 々の観察の限界を全く超えてインダクションを広げるとき、その推理はハイ. ポセシスの性質を持つようになる。我々が、経験の限界を少し超えて、一般 化を広げるインダクションの保証を持たないというのは、道理に合わない事 である。そして、我々が推理をこれ以上押し進めることができないというよ うな線を引くことはできない。ただ、それはそれ以上押し広げれば、それだ け弱くなるということだけである。」(2,640)こうして、インダクションが. ハイポセシスの性質を持つことが認められており、お互いが奇妙に混ざり あっている。. 2 5.
(31) また、「ある名が書かれていない一枚の裂かれた紙きれがあり、それを書 いたのはある人物であると推測された。そ:こである人物だけが開けることの. できる机が探され、その中に問題の紙きれと裂かれた端が、すべての不規則 な点で正確に一品詞る一一枚の紙きれが見つかった。疑われた人物が実際それ. を書いた人であるというのは有望な仮説である。この推理の根拠は、二つの 紙きれがたまたまきっちり合うことがほとんどないことから明白である。そ. れゆえ、この種の推理の多くは、あてにならないことがほとんどないだろ う。インダクションとハイポセシスの類似性は、非常に強いので、論理学者 でさえ、それらを混同するものがいる。ハイポセシスは性質のインダクショ ン(induction of characters)と呼ばれてきた。あるクラスに属する多くの. 性質は、ある対象の中で発見される。そこから、そのクラスすべての性質が 問題の対象に属すと推理される。これは、インダクションと同じ原理を確か に含んでいるが.修正された形においてである。第一一、性質は対象のように. 簡単に数えあげることができない。次に、性質はカテゴリーに関係する。我 々が紙きれについてと同じようなハイポセシスを作るとき、我々は特色ある 一一. `gの線、あるいは二、三の線について調べるだけであり、他のすべての線. について試すわけではない。もし、ハイポセシスがインダクションにすぎな いならば、我々が上の例の話において正当化されるはずだったすべてのもの は、試された不規則な部分が一致した二枚の紙きれが、それ以外のたとえば もっと小さな不規則な部分においても一致することが見つけられるだろうと. いうことである。その持ち主に対する紙の様相からの推理は、正確にインダ クションからハイポセシスを区別する。そして、ハイポセシスは、それをよ 2 6.
(32) り大胆なより危険な段階にする。」(2,932)この記述で明らかなように、ハ. イポセシスは、性質のインダクションと考えられている。ここでの区別の 第一の点は、性質が対象のように数えることができないということである。 この点に関するパースの見解は、前期を通して維持されることになるが、後. 期になって、科学方法論の研究が進むなかで修正される。しかし、区別の 第二の点、すなわち、インダクションカミ検証に関わるという点は、後期の見. 解に受け継がれることになり、インダクシコンとハイポセシスの区別の本質 を示している。. ただ、前期を通してインダクションとハイポセシスの区別に関するパース の見解は大きく動揺している。たとえば、パースは、仮説を作る過程が従う べき三つの条件を示している。. ① 仮説は、それが真かどうかをテストする観察を行う前に問いとして、 厳密に提出されるべきである。. ② 類似が注目されることに関して、その関係は、アトランダムに取り出 されなければならない。我々は、その仮説が良いと知られているという 理由で、特殊な種類の予言を採用してはならない。. ③ 予言の成功と同様、失敗も正直に書き止められなくてはならない。す べての手順は公平で、偏りがないようでなければならない。(2,634). これらには、重要な指摘が含まれているが、仮説の定立と検証が混同され ている。②、③はむしろ、仮説の検証に関わる。. 以上、インダクションとハイポセシスの混同は、純論理学的立場から離 れ、:方法論的あるいは実際の状況に関係した場合に多く見られる。そして、 2 7.
(33) このことは、この時期、方法論が十分に確立していなかったこと、及び、推 論の研究が、形式的な側面に偏っていたことに起因する。 次に、パースがあげているハイポセシスの例について考察しよう。 「私は. かってトルコの地方の港町で船から降り、訪問したい家の方へ歩いていると き、一人の人が馬に乗り、そのまわりを四人の騎手が、その人の頭上を天蓋. で覆っているのに出会った。そこで私は、これほどりっぱな人は、地方の支 配者以外考えられなかったので、彼は地方の支配者だと推理した。これは、 一つのハイポセシスである。」(2,625). さて、これを簡単に整理すると、 (1 O). リザルトー一この人は丁寧に扱われている. ルールー支配者は丁寧に扱われる ∴ケースー一この人は支配者である となる。. 我々は、実際、この人が丁寧に扱われているという事実から、あれはいっ たいどのような人かと疑問を抱く。次に、丁寧に扱われる人にはどんな人が いるかを考える。地位の高い人、金持ち、…・そのなかで、パースは地方の 支配者を選んだのである。したがって、(1⑪)の定式は、我々が考える一 つの道すじを明確に示しているが、それは、一条件を満たすにすぎないので. ある・たとえば、(10)のルールのかわりに、「アメリカの大統領は丁寧 に扱われる」あるいは「イランの大金持ちは丁寧に扱われる」を採用するこ. とも可能であり、それから、rその人はアメリカの大統領である」あるいは. 2 8.
(34) 「その人はイランの大金持ちである」も同様にその条件を満たすのである。. しかし、パースが地:方の支醜老以外考えられなかったのは、定式化されな. かったさまざまな要因、たとえば、トルコの地方であること、その人物の人 種、その取り扱われ方等によるものであろう。. とにかく、この種の推理は、原理的に、ある驚くべき事実(リザルト)と それに結びつく過去に得られたある事実(ルール)を結びつけることによっ て得られることは確かである。こうした合成(coHigation)(38)が、推論に とって、r最も重要でかつ難しい部分」(2,469n。)なのである。. しかし、パースは、仮説が生じるまでの過程よりは、ハイポセシスの正当 性を三段論法の形式から示すことに重点を置いており、その傾向は、1883年 の論文(39)でいっそう顕著になる。. 2 9.
(35) 第四節 “ATheory of Probable Inference”. 1883年、The Johns Hopkins・Studies in Logicに“A Theory ef Probable. Iemference”が発表された。内容は、1878年の論文(40)の定式化と精密化と みることができる。. まず、蓋然的ディダクションの一般的定式化がなされている。. 型式1、Barbaraにおける一単純三段論法 Every M is a P, S is an M; Hence,S is a P.. 型式II、単純蓋然的ディダクション The proportion p of the M’s are P’s;. S is an M; It follows,with probability p,that S is a P. (2,696). ここで、0<ρ<1で、ρ・1ならば、Barbaraと同じ形になる。 型式皿、複雑な蓋然的ディダクション Among all sets of n M’s,the proportion q consist each of m P’s and o f n−m not−P’s,. S , S ’, S ”,etc.;form a set of n objects drawn at random. from among the M’s; Hence,the probability is q that among S , S ’, S ”,etc.there. are m P’s and n−m not−P’s. (2,678) 3 0.
(36) ここで、nはM’sの数である。 型式IV、統計的ディダクション The preportion r of the M’s are P’s, S ’, S ”, S ’”,etc. are a numerotts set, taken at random from. among the M’s;. Hence,probably and approRimately,the proportion r of the S’s are P’s.. (2,700). ここで、S’,S”,S”’,etc.はある程度、多くとられる必要があり、 近似の制限が荒い程、蓋然性は小さくなる。 パースは.以上の型式についてくわしく考察しているが、(2,894一・7⑪1)ここ. ではその定式化だけに留めておいて、インダクションとハイポセシスに進 む。. さて、統計的ディダクションの前提と結論の入れ換えにより、. 型式V、インダクシesン S’, S”, S ”’,etc. form a numerous set taken at random from. among the M’s; S ’ , S ” , S ”’ ,etc. are found to be 一 the pr oporti on p. of them 一P’s; Hence,prebably and approzimately the same proportion , p, of the M’s are P’s.. (2,703). 3 1.
(37) ここで、ρが1あるいは0ならば、通常のインダクションである。 ここで定式化されたインダクションの正当性は、統計的ディダクションと. 同じ原理に依存しているが、蓋然性の性質が異なる。インダクションの蓋然. 性は、サンプルを採り続けていくと、統計的ディダクションのように擁護 (マin己icateのされるのではなく、真になるように修正(modified)されていく のである。. 次に、性質(qualities)は正確に数えあげることなどできないが、類似性. を0から1のあいだで表すことは可能である。したがって、 型式Iv、統計的ディダクション(depthにおける) Ewery M has, for euample, the numerous ma rks P ’ , P ” , P ”’,. etc.,. S has an r−likeness to the M’s;. Hence,probably and approximately, S has the proportion r of the. marks P’, P”,PM,etc. (2,705) 以上から、. 型式V、ハイポセシス M has, for eKample, the numerous marks P’,P”,P ”’,etc., S has the proportion r of the ma rks P ’ , P ” , P ”’ ,etc.;. Hence,probably and approximately, S has an r−likeness to M.. (2,706). 以上の定式化から、「もし、私がrインダクション』という言葉に与えて きた拡大された意味を認めるならば、この推論は、単に事物についてのかわ. 3 2.
(38) りに性質についてのインダクションにすぎない。(中略)しかし、この種の 推論は、実際生じるときには、インダクションとは非常に異なる。それは、 個々の事物が数えられるように、性質を単に数えあげることができないこと による(4D。性質は数えられるよりはむしろ検量(be weighed)されなければ. ならない。」(2,706)「私は、この性質のインダクションをハイポセシス的 推理あるいはハイポセシスと呼ぼう。」(2,7⑪7)これらの文章から、パース. がこの時期、ハイポセシスを性質のインダクションと考えていたことが明ら かである。そして、ハイポセシスとインダクションの違いは、性質が数えら. れないという点にある、つまり、インダクションは事物、ハイポセシスは性 質についての拡張なのである。このことは、インダクションが外延、ハイポ セシスが内包に関わることに対応する(42)。. また、「ハイポセシスの場合、その三段論法は説明(explanati。n)とよば れ」(2.726)仮説は説明のために採用される。(2,717)一方、インダクショ. ンはそうではないが、一般に同じ役割を果すという。たとえば、売ろうと考. えている一箱のリンゴ箱から、リンゴを3つ4つ取り出し、もしそれが幾分 腐っていることを見つけたとき、我々は、「これはなぜか(Why)」と考えず に、「これはどんな状態か(How)」と考える。そして、箱の中のリンゴすべ. てが悪条件にあると結論する。「ハイポセシスの“Whジ’とインダクション の‘‘How”の区別はあまり大きくない、すなわち、両方とも観察された事実. が、結論となるような統計的三段論法を求める。そして、観察の結果、一つ の前提がわかると、インダクション的あるいはハイポセシス的に他を推理す る。」(2,717)こうして、インダクションとハイポセシスの類似性を強調し 3 3.
(39) ている。このことは、それらの正当性が、共に蓋然的ディダクションに依存 するという考えにもとつく。なぜならば、「インダクションとハイポセシス は、アパゴーゲー的(apagogical)(43)な戻換(inversion)(44)にすぎない」 (2,722)からである。. ここで、型式IVを再び例としてとると、 The S’s are a numerous random sample of the M’s,. The propertion r of the M’s are P’s; Hence,probably about the proportion r of the S’s are P’s.. rの論理的否定をρとし(45)、大前提と小前提を入れ換え、同時に否定す ると、. The S’s are a numerous randem sarnple of the M’s,. The proportion p of the S’s are P’s; Hence,probably about the proportion p ef the M’s are P’s.. (2,720) これは、インダクションの型式と一致する。 同様に、型式IV、(bis) Every M has, fer example, the numerous marks P’,P”,P ”’, etc.,. S has an r−likeness to the M’s;. Henee,probably and approgimately, S has the propertion r of the marks P’, P” , P ”’,etc.. 小前提と結論を入れ換え、同時に否定すると、. 34.
(40) Every M has, for egample, the nume rous ma rks P ’ , P ” , P ”’,. etc., S has the proportion p of the marks P ’ , P ” , P ”’ ,etc.;. Hence,probably and approximately, S has a p−likeness tg the. class of M’s. (2,721) これはハイポセシスの型式と一致する。こうして、インダクションとハイ. ポセシスの正当性が、蓋然的ディダクションに依存することが明確に示され たのである。. ここで、「通常の三段論法師)の戻換は,インダクションあるいはハイポ セシスを生じない」(2,718)ことに注意する必要がある。なぜならば、「統. 計的三段論法は、割合が等しいことから、入れ換えが、可能であるが、通常 の三段論法は、含むことと含まれることとの関係に基づき、それは、変換で きない関係である」からである。したがって、通常の三段論法は、Baroco的. あるいはBocardo的変換が必要である。いずれにしても、インダクションと ハイポセシスの正当性が、ディダクションの妥当性に依存するということを. 三段論法のなかで明確に示すことが、前期におけるパースの大きな狙いで あったが、そのためにかえってインダクションとハイポセシスの混乱を招い たのである。. ともかく、前期の理論は、三段論法を中心とする形式的な面の発展に留ま り、さまざまな混乱を呈しながらも、後期の理論のより包括的な発展の重要 な基礎となるのである。. 3 5.
(41) 第五節 アナロジー一一一. パースはアナロジー(anaiogy)の重要性をいくつかの場所で強調している (a?)。パースは諸科学、特に物理学等についてのアナロジーの重要性を認め. ながら、それを論理学のテーマとして、(ディダクション、インダクショ ン、ハイポセシスのように)とりあげない。それは,アナロジーが三つの推 理の混合物であると理解されているからである(48)。. アナロジーとは、たとえば地球、火星、太星、土星が自転していることか ら、水星、金星、天王星、海王星もたぶん自転していると結論づける推理で ある。ここでの前提は、地球、火星、木星、土星が主要な惑星の自然のクラ. スのサンプルであるということである。一そのクラスは太陽のまわりを 回っている、ほとんど球状である、光を反射することにより輝いている、た. いへん大きい等である。さて、我々の調べることのできる主要な惑星の例 は、すべて自転している。そこから、我々は、水星、金星、天王星、海王星 が同様に自転していると考える。というのは、それらは我々の知る限り、地 球、火星、木星、土星に属するところの自然のクラスと共通なすべての特性 を持つからである.(2,733). 以上のアナロジーからの推理を一般化すれば、次の条件が必要になる。 第一に、対象のある小さなクラスが、同じ特性を持つ現実のあるいは可能な. 大きなクラスの単なるサンプルとして見倣され、同じ条件に従属しうるこ と、第二に、我々は、それらの特性と条件のすべてが何であるかを知らない. が、それらのいくらかを実際知っており、いくらかは、すべてのものからの 3 6.
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