中核的理科教員を活用した地域理科教育のシステム改革
~埼玉での取り組みのパターン~
Systemic Reform for Science Education in Local Areas Led by Core Science Teachers:
Patterns of the Approaches in Saitama
小倉 康 OGURA Yasushi 埼玉大学 Saitama University [要約]学校と地域の理科教育の改善を目指して,中核的理科教員を中心に所属校と教育委員会及び地域 の国立大学が関与したシステミックリフォームとして児童生徒の理科への学習意欲の向上に取り組んだ. 埼玉県内の 12 の公立小中学校において平成 28 年度から地域の実態に合った取り組みを進めた結果,児童 生徒の理科への学習意欲(科学的リテラシーに関する意識)に明確な改善の傾向が確認されるとともに, 平成 30 年度全国学力・学習状況調査における学校の理科平均得点についても,前回調査と比べて水準が向 上する傾向が確認され,また中学生の理科への学習意欲の変化が理科学力の変化に関係したことが明らか となった.各学校で実施された取り組みから見出されたシステミックリフォームのパターンを報告する. [キ-ワード]中核的理科教員,学習意欲,科学的リテラシー,学力向上,システミックリフォーム 1.問題の背景と目的 科学技術振興機構(JST)の助成を受け,平 成21 年度から平成 27 年度に全国 16 都府県(東 京,福井,岐阜,滋賀,鹿児島,神奈川,長崎, 新潟,長野,愛知,岡山,高知,大阪,香川, 三重,埼玉)で実施された「理数系教員養成拠 点構築事業(CST 事業)」によって,小中学校 に多数の中核的理科教員が養成された.その存 在は,地域の理科教育の推進役として活躍する とともに,教員研修会等の指導者としてその力 量を広めることで,地域の理科教育の向上に寄 与することが期待された.しかし,平成24 年 度と27 年度に実施された全国学力学習状況調 査の小中学校理科の結果において,都道府県別 の平均得点と CST 事業の実施の有無との間に 明確な関係性は見られていない.これまで,中 核的理科教員が学校に配置されていることが, 学校全体の理科学力および地域レベルの理科 学力の水準の向上に寄与することを裏付けた 研究成果は得られていない.中核的理科教員 が,校内や地域の他の教員が指導する児童生徒 の理科学力をいかに向上させるかの方法論が 確立していない. 1990 年代の米国で取り組まれた「システミ ックリフォーム(Systemic Reform)」と呼ばれる 教育研究は,地域の教育をシステムとして捉え 直し,構成要素であるサブシステムの機能とサ ブシステム間の関係性の適正化を図ることで, システムの効果を高めようとする試みである. Clune(1998)によれば,「システミックリフォ ームは,新たな学習標準に対する教授指針が幅 広く一致する政策を実施することによって,政 策に影響を受ける地域のすべての生徒に対す る教授学習の質を,広範囲に実質的に改善する こと」と述べている.わが国においては,学習 指導要領を標準として,研修会等を通じて,全 国的に教授指針の一致度を高める取り組みが 行われてきた.しかし,同じ学校内といえども, 異なる教師間で指導の方針や技術が異なり,学 級間に生じる児童生徒の学力差の縮小に有効 な手立てが講じられていないのが実情である. そこで本研究では,中核的理科教員が,理科 を教える一人の優れた教員という存在を超え て,学校と地域の理科教育の推進役となり,学 校と地域の理科教育の実態を改善していくこ とを可能とする方策を実証的に明らかにする ことを目的とした. これまで小倉(2019a, 2019b)は,埼玉県内 の12 の公立小中学校において平成 28 年度から 中核的理科教員を中心に所属校と教育委員会 及び地域の国立大学が関与したシステミック リフォームとして児童生徒の理科への学習意 欲と理科学力の向上に取り組んだ結果,児童生 徒の理科への学習意欲に明確な改善の傾向が 確認されるとともに,平成30 年度全国学力・ 学習状況調査における学校の理科平均得点に ついても,前回調査と比べて水準が向上する傾 向が確認され,また中学生の理科への学習意欲 の変化が理科学力の変化に関係したことを報 告してきた.
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本発表では,研究に参加した各学校におい て,中核的理科教員を活用した取り組みが地域 の実態に合わせてどのように進められたのか を分析した結果,見出されたパターンについて 報告する. 2.研究方法 (1)研究実施体制 埼玉県内5 市 1 町の教育委員会と協議の上, 公立小学校7 校と公立中学校 5 校を埼玉大学教 育学部委嘱の研究協力校とし,各学校で1 名な いし2 名の教員を中核的理科教員とし,研究代 表者と連携する体制を整えた.中核的理科教員 は,平成 28 年度以降(小学校 3 校は平成 29 年度から開始),学校と地域の理科教育の推進 に取り組んだ.対象は,協力校の小学校第4 学 年から中学校第3 学年までの生徒全員である. (2)実施方法 それぞれの市町によって,地域の規模,学校数, 教員研修の状況等が異なるため,実施方法とし て,共通事項と,地域固有の非共通事項とを分 けて,各地域の実態に合ったシステミックリフ ォームを検討した. a.科学的リテラシー指標値(SLI)を用いた PDCA サイクルを適用すること(共通) 生徒の理科への学習意欲と学力の向上に,学 校全体で取り組むために,中核的理科教員が校 内の理科の授業改善と研修活動を推進する.そ の際,各学期末に生徒の理科への学習意欲に関 する意識調査を実施し,小倉(2016)が提案する 5 項目の科学的リテラシー指標値(SLI)を算 出する.調査結果について校内で検討する機会 を設け,学期ごとに「成果分析・課題抽出・方 策検討・次期計画等」を検討することでPDCA を継続して繰り返す. b.校内および地域公開の授業研究会(共通) 中核的理科教員が校内の理科授業改善の推 進役となり,授業研究会の授業者や観察実験講 習会の指導者を務めるなど,校内で理科の研修 機会を設けるとともに,平成29 年度以降年間 1回以上,地域公開の授業研究会を開催し,理 科授業改善の取り組みを他校に紹介する. c.中核的理科教員の研修機会(共通) 研究協力校の中核的理科教員が集まり,取り 組みや成果について共通理解を深めることで, より効果的な取り組みや有用な情報を共有す る研修機会を設ける. d.地域の事情に合った実施方法(非共通) 地域の事情をふまえて,教育委員会内に「学 力向上」に関する委員会を設置し,本研究の中 核的理科教員がその委員を兼ねることで,教育 委員会の理科指導主事が,各学校での理科教育 改善の取り組みや,地域公開の授業研究会の実 施を教育委員会の事業の一環として支援する 体制を採る場合や,教育委員会から研究指定校 として委嘱を受けることで,本研究の取り組み を全校で実施し,研究発表会として地域に取り 組みの成果を発信する場合など,実施方法を工 夫する. e.各学校と中核的理科教員の取り組み(非共 通) システミックリフォームは,より効果的な出 力を得るために,システム中のさまざまな要因 を同時に変更する.複雑なシステムの出力とし て生徒の学習成果を捉えるとき,それに影響す る要因は決して一様なものではなく,それぞれ の生徒の状況に応じて,不特定多数の異なる要 因が異なる強度で影響した結果として学習成 果を捉える.中核的理科教員は,地域,学校, 各学級,各教員,各生徒の家庭,各生徒の特性 をふまえながら,各生徒の学習成果が高まるよ うに,教材・設備,支援員,家庭の協力,外的 教育資源など,利用可能な教育資源を組み合わ せて,日々の理科教育を工夫改善する.大学か らは特定の教育方法を指定せず,各学校で実践 を工夫改善する上で参考となり得る情報を適 宜提供する. (3)システミックリフォームの事例研究 ①地域と学校の特色(プロファイル)に応じた 取り組みのパターン 本研究に参加した公立小中学校は,それぞれ の地域と学校の特色に応じて,中核的理科教員 を活用した地域理科教育のシステミックリフ ォームに異なるアプローチで取り組むことを 可能とした.アプローチは,大きく次の3 つの パターンのいずれか,あるいはそれらが組み合 わされて取り組まれることとなった. ・教育委員会委員型 …教育委員会が設置する 委員会の委員を中核的理科教員が兼務して取 り組む ・学校研究型 …教育委員会が委嘱する研究に 本研究を統合して学校研究として取り組む ・教員主体型 …中核的理科教員が校長の許可 を得て校内と地域の教員に働きかけて取り組 む ②各研究協力校における検討会実施報告書 科学的リテラシー指標値(SLI)を定期的に
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把握し,その結果を用いた PDCA サイクルを 適用する上で,本研究では校内で検討会を設 け,学期ごとに「成果分析・課題抽出・方策検 討・次期計画等」を検討し,検討会実施報告書 を作成することを全校に求めた. ③大学から提示した理科授業改善の指針 本研究は規程の方針を示すことで理科授業 の改善に取り組むことを中核的理科教員と学 校に求めるものではないが,中核的理科教員が 理科授業改善に取り組む指針として参考とな る情報を大学から提示し,授業改善に参考にな る指針として示した. ④各システムによる取り組みの分析 各学校で実施した研究会での発表資料と,中 核的理科教員に対する大学の研究者による聞 き取りで得られた情報をもとに,各システムで 実際に行われた取り組みとそのアプローチの 特徴について考察し,学校と地域の理科教育に 改善をもたらす要因を抽出する. 3.研究結果 参加した公立小中学校で取り組まれたシス テミックリフォームの事例研究の結果を,各学 校が属するシステムを単位として捉え,その特 徴を学校や教育委員会の発表資料や中核的理 科教員に対する聞き取りで得られた発言内容 を基に抽出した.その結果,中核的理科教員を 活用した効果的な地域理科教育のシステミッ クリフォームに関して多様なアプローチ(シス テムフロー)が見出され、教育委員会と学校, 及び大学がどのように関係し合うのかを図1 にまとめた. [教育委員会] 教育委員会では,理科の指導 主事が,地域全体の理科教育推進のため理科学 力の向上と理科の授業改善,及び環境整備に努 める.規模の大きな自治体では,理科学力向上 推進委員会を設置し,必要数の教員を委員に任 命する. [学校-教育委員会委員型] 理科授業に高い 資質・能力を有する教員が,教育委員会から理 科学力向上推進委員会の委員に任命される.そ の教員を中核的理科教員として,学校全体の理 科学力の向上と科学的リテラシーの認識の向 上を目指し,校内で理科を教える他の教員に働 きかけて,授業研究会などの校内研修を通じて 理科授業の改善やその他の理科教育推進の取 り組みを行う.理科教員間の連携が時間的に困 難な中学校では,理科部会を時間割に設定する などして,まず連携時間を確保する.地域にお ける理科教育推進の拠点校として,定期的に地 域公開の授業研究会等を行うことで,効果的な 取り組みに関する情報を地域に発信する. [学校-学校研究型] 理科教育推進につなが る主題で研究委嘱を受けた学校では,全校体制 で取り組み,中核的理科教員が研究主任を務 め,すべての理科(・生活科)を教える教員が 中核的理科教員のサポートを受けながら研究 授業を実施することで,校内研修が活発とな り,各教員の理科授業の資質・能力が向上する. 委嘱研究の成果発表として,地域公開の授業研 究会等を行い,効果的な取り組みに関する情報 を地域に発信する. [学校-教員主体型] 理科授業に高い資質・ 能力を有する CST 教員が,勤務校と地域の理 日常相談 教員間連携 理科部会(中) 教員間連携 研究部会 校内研修 教員間連携 校内研修 理科部会(中) 教育委員会 大学 理科教育推進 拠点学校 教育委員会 理科指導主事 理科教育推進 調査研究 思考力・判断 力・表現力等 学びに向かう 力・人間性等 理科学力向上 理科授業改善 研究委嘱学校 (学校研究) 理科学力向上 ・科学的リテ ラシー育成 理科を 教える教員 学校 理科公開授業研究会,観察実験実技研修会 理科を 教える教員 理科学力向上 ・科学的リテ ラシー育成 理科学力向上 推進委員会 汎用的 資質・能力 研究主任 (中核的理科 教員) 他教科を 教える教員 日常相談 校内研修 理科部会(中) 理科を 教える教員 児童と教員の 理科離れ解消 一般の学校 理科を教える 若手教員 理科学力向上 ・科学的リテ ラシー育成 会合 参加 情報 発信 協力 連携 中核的理科 教員研修会 情報 委 員 中核的 理科教員 中核的 理科教員 理科を教える ベテラン教員 情報 発信 情報 発信 研修 参加 参加 教育委員会 委員型 学校研究型 教員主体型 図1 中核的理科教員を活用した地域理科教育のシステミックリフォームの取り組みのパターン
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科教育推進に寄与する活動を主体的に実施す る.児童と教員の理科離れを防ぐため,小学校 では理科主任として,日常的に理科授業に関す る他の教員の相談に乗り,校内での理科授業観 察や実験技能習得の研修機会を設けるなどに より,理科を教える教員全体の理科授業の資 質・能力を改善する.近隣の学校の教員に呼び かけて有志で理科授業の改善につながる会合 を設定する. [大学] 大学では,中核的理科教員の研修機 会を設け,さらなる資質・能力の向上につなげ るとともに,若手の教員や教職大学院生などが そこに参加することで,次世代の中核的理科教 員を養成する.学校で開催される理科公開授業 研究会や観察実験実技研修会に研究情報や教 材を提供したり,指導助言者を務める.また, 児童生徒の科学的リテラシーの認識の向上を 目指した授業改善の PDCA の一環として学校 が行う意識調査のデータの整理・分析を担う. および教育委員会に協力・連携して,地域全体 の理科教育の推進に継続的に関与する. 5.考察 効果的なシステムフローが持続可能となり, 中核的理科教員を活用したシステミックリフ ォームが地域全体に定着すれば,その地域の児 童生徒の理科学力と科学的リテラシーの認識 は高い状態が維持され,理科がすべての人が生 きていくうえで重要な学習として価値づけら れていくものと考えられる. 本研究は,埼玉県内5 つの市町の 12 の小中 学校を研究協力校として,研究プロジェクトと して取り組んだものであるが,上記のシステム フローを持続可能なものとする場合,埼玉県で は政令指定都市のさいたま市教育委員会の他 に62 の市町村教育委員会があり,合計約 1200 の学校が対象となる.これをすべて対象とした システミックリフォームを想定する場合,図 22 のシステムフローは基本的なイメージに過 ぎず,実際には限られた人的リソースをどう配 置し活用するかが重要な要因となるのは明ら かである.中核的理科教員の養成を強化するこ とと,各地域の教育委員会と連携して中核的理 科教員の取り組みを支援する仕組みを構築す ることは重要な課題である. また本研究では,中核的理科教員を「理科指 導で高い資質能力を有しており,理科授業研究 会の授業者や観察実験講習会等の指導者を務 めるなど,校内や地域の理科教育の推進役を担 うことができる教員」と位置づけ,教育委員会 の協力を得て,そうした資質・能力を有する教 員が学校長の承諾を得て研究に参加する形態 を採った.中核的理科教員は所属する学校全体 の理科教育を改善することに尽力し,そこで見 出された効果的な取り組みを地域に拡大する ことによって地域の理科教育改善を導くこと にも関与した.それにより,研究開始から2 年 後には,科学的リテラシーの認識の実態と理科 学力に改善の傾向が確認され,地域においても 取組みの有効性を支持する結果が得られた. しかしながら,管理職者ではない一教員が全 校的に理科教育の改善を推進することは,役割 を校務分掌として位置付けない限り他の教員 の理解を得ることは容易でない.加えて,他の 教員よりも余計に様々な業務を負うことで多 忙さが増すことになる.行政上の課題として, 中核的理科教員のような学校内と地域の授業 改善を中心的に担う教員に対して,適正な業務 負担の範囲で職務を明確に位置付ける必要が あるといえる. [謝辞等] 本研究は,平成 28 年度~令和元年度科学研究 費補助金(課題番号 16H03052,研究代表者 小 倉康)を受けました.12 の研究協力校と中核的 理科教員,教育委員会関係者等,協力いただいた 多くの関係者に深く感謝いたします.なお研究成 果報告書を含め,より詳細な研究情報をホームペ ージ(http://kg.cst.saitama-u.ac.jp)から公開してい ますのでご参考いただければ幸いです.) [参考文献]
Clune, W.:Toward a Theory of Systemic Reform: The Case of Nine NSF Statewide Systemic Initiatives, National Institute for Science Education, University of Wisconsin-Madison, 1998. 小倉康:中核的理科教員を活用した地域理科教 育のシステミックリフォーム~科学的リテラシ ー指標値を用いた学習意欲低下の改善~,科学教 育研究,43(3),253 – 265,2019a. 小倉康:中核的理科教員を活用した地域理科教 育の改善~理科への学習意欲の改善による理科 学力の向上~,日本科学教育学会年会論文集, 43, 297 – 300, 2019b. 小倉康:中核的理科教員を活用した地域理科教 育の改善 ~科学的リテラシー指標値の変化と理 科学力との関連~,日本科学教育学会年会論文 集,42:273-276 2018. 小倉康:日本サイエンスコミュニケーション協 会誌,5(1),40-45,2016. 埼玉大学:平成 27 年度理数系教員養成拠点構 築プログラム(埼玉大学)業務成果報告書,2016.