要 旨 森林の濁水ろ過機能を明らかにするため,2014〜2016 年に岩手大学御明神演習林内の落葉広葉樹林とスギ林で濁 水ろ過実験をおこなった。長さ 2.0 m ×幅 0.3 m の実験水路に濃度 4739 mg/kg のカオリン懸濁水を毎分 10 kg 強の 流量で 5 回に分けて 1055 kg 流下させ,下端より流出する濁水量を調べた。水路は林分ごとに 2 本製作し 9 月から翌 年 7 月に 1 水路あたり 4 度の実験をおこなった。流出阻止率(除去されたカオリン/全カオリン)は最初の実験では 89〜96 % と高かったが,実験を繰り返すと徐々に低下した。堆積リター量を増やして実験しても結果は同様であった。 実験後の水路では A0〜A 層境界付近にカオリンが多く滞留し浸透能も低下していた。ただし,翌春に阻止率が 1.6〜 6.0 % 回復しており,①新たに供給された落葉リターのフィルター機能向上,②融雪水による林床の透水性回復などが 理由として考えられた。また,濁水ろ過速度は表面流出量から算出した“見かけの浸透能”の関数で近似できた。濁水 ろ過は A0層による表面流のろ過と土層への浸透によることから,土層浸透で説明可能な値より高い分は A0層の効果 と考えられた。 * 連絡・別刷り請求先(Corresponding author) E-mail [email protected] 1 森林研究・整備機構森林総合研究所東北支所(020-0123 盛岡市下厨川字鍋屋敷 92-25) Tohoku Research Center, Forestry and Forest Product Research Institute, Forest Research and Management Organization, 92-25 Nabeyashiki, Shimokuriyagawa, Morioka, Iwate 020-0123, Japan 2 森林研究・整備機構森林総合研究所(305-8687 茨城県つくば市松の里 1) Forestry and Forest Product Research Institute, Forest Research and Management Organization, 1 Matsunosato, Tsukuba, Ibaraki, 305-8687, Japan (2019 年 7 月 8 日受付,2020 年 3 月 4 日受理)
阿部俊夫
*,1・岡本 隆
2・篠宮佳樹
2Field experiments for turbid water filtration
in a deciduous broad-leaved stand and a sugi plantation stand in Tohoku Region
Toshio Abe
*,1, Takashi Okamoto
2and Yoshiki Shinomiya
2東北地方の落葉広葉樹林とスギ林における野外濁水ろ過実験
論
文
Toshio Abe, Takashi Okamoto and Yoshiki Shinomiya: Field experiments for turbid water filtration in
a deciduous broad-leaved stand and a sugi plantation stand in Tohoku Region. Tohoku J. For. Sci. 25 (1) : 1-9, 2020 To elucidate the turbid filtration function of forest soil, we conducted field experiments
in a deciduous broad-leaved stand and in a sugi (Cryptomeria japonica) stand at Omyojin Experimental Forest, Iwate University. In one experiment, a 1055-kg suspension containing 4739 mg/kg kaolin clay was discharged, divided into five, into a testing flume (2.0 m long and 0.3 m wide) at 10 kg/min. Then, we investigated the surface flow rate of the suspension at the lower end of the flume. Two flumes were prepared in each stand and four experiments were conducted at each flume between September and July. Blocking efficiencies (removed kaolin/total kaolin) were 89 %–96 % in the first experiments but gradually declined as the experiment was repeated. Doubling leaf litter in a flume of the deciduous stand yielded similar results. After the experiments, a lot of kaolin clay was observed around the A0–A layer boundary and infiltration capacities were lower than those observed in undisturbed forests. However, blocking efficiencies in June increased 1.6 %–6.0 %, potentially because the filtration function of new leaf litter was improved, and the permeability of forest floor recovered by melted snow. Filtration rate of suspension, which was expressed as an approximate curve of “superficial infiltration capacity” calculated from surface flow rate, slightly higher than the rate explained by percolation through the soil. This difference is due to the filtering effect of the A0 layer, because the filtration function was composed of the filtration of surface flow by the A0 layer and the water percolation.
Ⅰ.はじめに 人為的なかく乱や斜面崩壊などにより発生した濁水 が林地に流入した際,落葉リターを含む森林土壌の 表層部分は濁水をろ過するフィルターとして機能し (Okura et al,1997;市川・落合,2008),渓流へ の濁水流入を抑止していると考えられる。このため, 作業道の開設でも,横断溝により作業道を流れる濁水 を林地に排水する対策がおこなわれている(森林総合 研究所ら,2012)。しかし,森林の濁水ろ過機能の研 究は屋内実験が主で(Okura et al,1997;松井・落合, 2005;市川・落合,2008),実際の森林でろ過実験 をおこなった大野・落合(2010)でも実験水路長は 0.8 m と極めて短い。また,これらの研究では,ろ過 の効果として懸濁物質の濃度変化を指標に用いている が,これは濁水の水量がろ過前後で同じであることを 暗に想定している。実際には,土壌層へ浸透する成分 があるため,林地から流出する表面流は濃度低下だけ ではなく水量も減少し,より高いろ過機能が発揮され ると予想される。さらに,作業道からの排水のように 同じ箇所に繰り返し濁水が流入する状況もあるが,継 続的な濁水流入によりろ過機能が低下する恐れについ ては詳しく検討されて来なかった。 そこで,本研究では,実際の森林が有する濁水ろ過 機能の解明および繰り返し濁水流入した場合の機能低 下を明らかにするために,落葉広葉樹林とスギ林の林 床に実験水路を設けて濁水を流下させる野外実験をお こなった。さらに,落葉リターがろ過フィルターとし て機能するのであれば,林床の堆積リター量が多いほ ど濁水ろ過機能も高まる可能性がある。このことを確 認するために,落葉広葉樹林に追加の水路を設け,水 路内のリター量を増加させた条件でも実験をおこなっ た。 Ⅱ.方法 1.調査地 調査は岩手大学御明神演習林(岩手県雫石町)の落 葉広葉樹自然林とスギ人工林でおこなった(図- 1)。 この調査地は阿部ら(2017)と同一であり,広葉樹 林とスギ林は同じ斜面上(傾斜 15〜30°)で隣接する。 広葉樹林はナラ類を主体とした樹高 25〜30 m の二 次林であり,スギ林は樹高 25 m 前後の人工林である。 林床には高さ 1〜2 m の低木,草本,ササ類が生育す る。実験水路の近傍で水路と同面積の林床リター堆積 量を調べたところ,広葉樹林で 382 g/㎡,スギ林で 569 g/㎡であり,阿部ら(2017)の調査結果とほぼ 同様であった。以後,広葉樹林についてはナラ林と略 記する。 2.実験水路の製作 濁水流入量が同じ場合,林地斜面を流下する距離が 長いほど,土壌中へ浸透する水量が増え,斜面下方ま で表面流として流下する濁水は減少すると予想され る。実験水路サイズの決定にあたっては,先行研究の 大野・落合(2010)と幅は同じとしたが,水路長 0.8 m では現実の林地斜面に対して短すぎると考えられるこ とから,試行錯誤の結果,水路長は 2.0 m とした。 本研究の調査地の場合,これ以上の水路長では実験で 使用可能な濁水量で安定した表面流を発生させること が難しかった。 水路側壁としては塩化ビニル製の板(厚さ 1 mm, 高さ 20 cm)を用い,側壁板の挿入にあたっては土 層内に樹木・草本の根茎や落枝が存在するため,事前 に包丁や根切りチェーンソー等で 10〜20 cm の深さ に下穴を開けておき,板を地面に 10 cm 以上挿入し てから最後に流し込みモルタルで隙間を埋めた。水路 の下端には深さ 30 cm 程のトレンチを掘り,地面か ら約 3 cm の深さに波板を地表面の傾斜と平行に挿し 込んで固定し,直下にプラスティックコンテナを置い て表面流を採取できるようにした(図-2)。表面流 採取用の波板を設置した深さが約 3 cm であることか ら,厳密には表面流だけではなく,A 層上部までの ごく浅い地中流も含んでいる。この層は大野・落合 (2010)がバイオマット層と呼んでいる部分である。 なお,水路の製作は実験開始の少なくとも 1 か月以 上前におこなった。 実験水路は最初に各林分 2 本ずつ製作し(ナラ林 図-1 調査地位置図 地理院タイル (標準地図)を加工して作成。
A と B,スギ林 A と B),後に堆積リター量を増加さ せた実験をおこなうため,各林分 1 水路を追加製作 した(ナラ林 C,スギ林 C)。しかし,スギ林 A とス ギ林Cでは水路側壁の遮水がうまく行かず漏水した。 調査したスギ林では土層中に腐朽した落枝が多く埋没 していたが,落枝と土壌マトリックスとの間には隙間 がある場合も多く,こういった隙間がマクロポアとし て水の流れに影響し,漏水が起こりやすかったものと 考えられる。このためスギ林 A とスギ林 C は原則と して解析対象外としたが,Ⅱ‒4で後述するように, 実験終了後の浸透能およびカオリン滞留状況について はスギ林 C も解析対象とした。リター増加実験をお こなったナラ林 C では,水路製作直後に近傍の林床 から実験水路と同じ面積 0.6 ㎡の堆積リターを全量採 取し,水路内へ均一に追加した(絶乾重 230 g)。こ れにより,ナラ林 C 水路のリター量は初期状態のほ ぼ 2 倍になったと考えられる。なお,実験水路の傾 斜および方位は表-1の通りである。実験を行った斜 面は水路の下方も含め,ほぼ均一な勾配となっている。 3.濁水ろ過実験の方法 一度のろ過実験の基本的な流れは,重量約 1000 kg の濁水を 5 回に分けてほぼ一定の流量で実験水路 に流下させ,各回で下端より流出した表面流を計量 し,濃度分析用のサンプルを採取するというものであ る。濁水の作製・貯留に使用した 200 L ローリータ ンクの実容量が表記より多かったため,実際には約 211 kg(水 210 kg +懸濁物質 1 kg)の濁水を 5 回 に分け合計で約 1055 kg 流下という条件であった。 前の濁水流下が完了してから,次の濁水を流し始める までは 10 分間とし,この間に流出した表面流の計量, サンプル採取,および次の濁水の準備をおこなった。 濁水の供給速度は,現地での予備実験を何度かお こない,確実に表面流出が発生する毎分 10 kg 強と 図-3 濁水ろ過実験の様子(ナラ林 B,2015 年 7 月 6 日) 図-2 実験水路の模式図(縦断図) 表-1 実験水路の概要および実験実施日 落葉広葉樹林 スギ林 項目 ナラ林 A ナラ林 B ナラ林 C スギ林 A スギ林 B スギ林 C 水路傾斜 18° 17° 17° 13° 15° 17° 水路方位 127° 125° 120° 137° 136° 150° リター量操作 ― ― 倍増 ― ― 倍増 実験年月日 1 度目 2014/9/4 2014/9/3 2016/10/13 2015/9/16 2015/9/15 2016/9/16 2 度目 2014/10/2 2014/11/4 2016/10/27 2015/10/14 2015/11/16 中止 3 度目 2014/11/5 2015/6/2 2016/11/14 2015/11/17 2016/6/7 中止 4 度目 2015/7/7 2015/7/6 ― 2016/7/13 2016/7/12 ― 備考 漏水のため解析対象外 漏水のため一部の解析 のみ実施
した。一回の濁水流下(約 211 kg)にかかる時間 は約 20 分であり,給水速度は降水量に換算して約 1050 mm/h と な る。 大 野・ 落 合(2010) は 毎 分 4 kg の供給速度で実験をおこなっているが,著者ら の予備実験では同じ条件では表面流出はほとんど発生 せず,調査地による透水性の違いが影響したと考えら れた。実験の際は,濁水を均一なシート状の水流とす るために,水路上端に幅 0.3 m の小型堰を置き,ロー リータンクからホースで濁水を供給した(図-2,図 -3)。流量調整は,計量カップとストップウォッチ で流量を確認しながら,ローリータンク排水バルブの 手動開閉によりおこなった。 濁水の材料としては,市川・落合(2008)や大野・ 落合(2010)を参考にカオリンクレー(林化成 花 印 B)を用い,濃度 4739 mg/kg の懸濁水を製作し た。この材料は粒径 1〜50 µm で大部分がシルト・ 粘土に相当する(林化成,2016 年 7 月 8 日私信)。 実験の濃度決定にあたっては,施業流域や畑地流域 で浮流土砂濃度が最大 1000〜10000 mg/kg まで上 昇すること(佐藤,2000;阿部ら,2013;2014), 林道の濁水濃度が 100〜10000 mg/L オーダーにな る(Reid and Dunne,1984)ことを考慮した。阿 部ら(2015)の調査でも,間伐翌年の作業道で濃度 1982〜6831 mg/kg の濁水を観測している。濁水製 作は実験水路の上方に設置した 200 L ローリータン ク内で水とカオリンを撹拌機などでよく懸濁させて作 製し,実験中も小型ポンプや撹拌機でタンク内の水を 撹拌し一定濃度を維持した。使用する水は,事前に演 習林内の渓流から水中ポンプで汲み上げて自動車で調 査地まで運搬し,林道脇のローリータンク(合計容量 1100 L)に貯留した。実験の際は,この林道脇のタ ンクから水路上方の 200 L タンクへ水中ポンプで送 水して使用した。なお,渓流水にも懸濁物質が含まれ ることはあるが,カオリン投入量に比べてごく微量で あるため無視した。 流出した表面流の計量は,水路下端のコンテナから 手付きビーカー等で容量 10 L のバケツに移してデジ タル吊りばかり(トラスコ中山 TDTB-25)で計量し, それらの値を合計した。計量済みの表面流は 100 L コンテナに移し,すべての表面流を計量した後,よく 撹拌してから濃度分析用サンプルをポリ瓶に 0.5 kg 採取した。 濁水ろ過実験は 2014 年から 2016 年にかけて各水 路で 4 度繰り返しておこなった。実施時期は 9 月〜 翌年 7 月の約 10 か月間であるが,秋の落葉供給の効 果を確認するため,水路ごとに若干時期を変えておこ なった(表-1)。広葉樹林では最初と最後の実験は 同時期であるが,2 度目がナラ林 A では落葉盛期の 前,ナラ林 B では落葉終了後となっている。濁水ろ 過機能は,降水により土壌水分量が変化すると影響を 受ける可能性も考えられる。このため,原則として, 当日および前日に降雨のある日は避け,できる限り実 験時の水分条件が同程度になるよう配慮した。また, 本実験のように多量の濁水が林地に流入する大雨は頻 繁に起きるとは考えにくいことから,次の実験までは 1 か月以上の期間を空けるようにした。さらに,堆積 リター量を倍増させた実験も 2016 年秋に 3 度実施 したが,実験の間隔は天候の都合で 1 か月未満となっ た(表-1)。 4.降水量,水路内の浸透能およびカオリン滞留状況 の調査 降水量については,調査地から約 0.9 km 離れた林 道脇の土場で観測したデータを利用した(図- 1)。 観測期間は 2015 年 7 月 3 日から 2016 年 11 月 11 日までの非降雪期であり,使用した雨量計(Onset 社 RG3-M,1 転倒 0.2 mm)は観測データがやや過 小となる傾向があるため,阿部ら(2011)を参考に 補正係数 1.104 を乗じて補正をおこなった。観測デー タのない期間については,最寄りのアメダス雫石観測 所との回帰式を用いて,本調査地の降水量を推定した (Y= 1.207X,R2= 0.955,Yは本調査地の日降水量, X は雫石の日降水量)。 濁水ろ過実験の終了後,水路内の浸透能およびカオ リンの滞留状況の調査を主にナラ林 C とスギ林 C の 2 水路でおこなった。本来であれば,A,B 水路のい ずれかを調査するのが適当と考えられたが,この調査 を実施する時点で A,B 水路は実験終了から 1〜2 年 以上経過し,他の研究に使用中でもあったため,C 水 路を調査対象とした。C 水路はリター倍増処理によっ てカオリンが滞留しやすい可能性があるほか,スギ林 C の実験は漏水のために 1 度しか成功していないが, 濁水流入で浸透能がどう変化し,カオリンがどのよう な箇所に滞留しやすいかといった定性的な解析であれ ば十分可能と判断した。 まず,浸透能は,竹下(2011)を参考として阿部 ら(2017)と同じ方法で調査した。すなわち,ステ ンレス製円筒枠(断面積 100 c㎡×高さ 15 cm)を林 床に 4〜6 cm 挿入し,水 450 c㎥を注ぎ,すべて浸 透するまでの時間を計測した。注水は連続して 2 回 おこない,2 回目の浸透時間から円筒枠浸透能I(mm/v h)を求めた。このIvに竹下(2011)の補正係数 0.2 を乗じて実質浸透能Ibo(mm/h)を算出した。以後, 浸透能とはIboを指す。調査は 2016 年 11 月 21 日に 各水路内の上部,中部,下部の 3 点でおこない平均 浸透能を算出した。
カオリンの滞留状況については,2016 年 12 月 2 日に水路幅の中央付近で深さ 30 cm までの縦断面を 掘って,目視による観察をおこなった。カオリンは白 色で目立つため,集積している箇所があれば容易に発 見できる。また,試験地の撤収時(2017 年 5 月 17 日) にも,製作した全水路についてリターをすべて除去し, A0層〜A 層境界部のカオリン滞留状況を観察した。 5.表面流サンプルの分析 濁水ろ過実験で採取した表面流のサンプルについて は,研究室で吸引ろ過をおこないカオリンの濃度を分 析した。サンプルは 106 µm のフルイを通してから, ガラス繊維ろ紙(Whatman GF/F,φ 47 mm)を 用いて懸濁物質をろ過し,ドライオーブンに入れて 105 ℃で 2 時間乾燥させた後,絶乾重量を秤量した。 次いでマッフル炉に入れ 500 ℃で 3 時間加熱した後 の重量も計量し,絶乾重量との差(強熱減量)から懸 濁物質中の有機物含有率を算出した。表面流サンプル には実験水路内の土壌粒子もわずかに混入したが,カ オリンはほとんど有機物を含まないのに対して水路内 の表層土壌は 30〜50 % の有機物を含んでいたため, 有機物含有率を指標にエンドメンバー法で懸濁物質中 のカオリンの割合を求め,分析で得られた濃度を補正 した。カオリン濃度は,表面流の流出量と乗じてカオ リンの流出量を求めた。 6.解析方法 実験データについては,懸濁物質として供給したカ オリンの流出阻止率を算出し,実験繰り返しによる変 化や林分による違いを調べた。流出阻止率B は,一 度の実験で投入した全カオリン量をΣKin,表面流と して流出した全カオリン量をΣKoutとすると,次式で 表される。 B =(ΣKin - ΣKout) / ΣKin …… (1) また,一度の実験は 5 回に分けて濁水を流下させ ているが,各回について“見かけの浸透能”および濁 水ろ過速度を算出し,両者の関係を調べた。見かけの 浸透能とはろ過実験の表面流出量から算出した浸透能 を指し,一般的な浸透能試験の値と区別するためにこ のように呼称することとした。本実験では細長い水路 へ表流水を供給している点,高濃度の濁水を用いた点 など一般的な試験法とは大きく異なる。見かけの浸透 能Is(mm/h)および濁水ろ過速度F(kg/㎡ /h)は 次式の通りである。 Is=(Win - Wout) / A / T …… (2) F =(Kin - Kout) / A / T …… (3) ここで,Winは給水量,Woutは表面流の水量,Kin は投入カオリン量,Koutは表面流として流出したカ オリン量,A は水路面積,T は給水時間である。な お,見かけの浸透能の計算では,水量は重量 1 kg を 1000 c㎥と仮定して体積へ換算した。 Ⅲ.結果 1.懸濁物質の流出阻止率の変化 懸濁物質カオリンの流出阻止率B の変化を図- 4に示す。最初の実験(9 月)ではナラ林で 89〜 96 %,スギ林で 94 % といずれも極めて高かったが, 実験を繰り返すと流出阻止率は徐々に低下する傾向が あり,最後の 4 度目の実験(7 月)ではナラ林で 76 〜81 %,スギ林で 84 % と初回に比べて 10 % ほど低 図-5 リター量を倍にしたナラ林 C 水路における 流出阻止率の変化 図-4 濁水ろ過実験の繰り返しによる流出阻止率の 変化 ただし,ナラ林とスギ林では実験実施年が異なる。
下した。前回の実験以降の降水量と流出阻止率との間 には明瞭な関係は認められなかった。 ナラ林における 2 度目の実験を比較すると,秋の 落葉後(11 月)に実験したナラ林 B の流出阻止率は 落葉盛期の前(10 月)に実験したナラ林 A よりも低 かった。ナラ林 B は最初の実験でも流出阻止率がナ ラ林 A より低いため,1 度目の阻止率を 1 とした比 も調べてみたが,ナラ林 B は 0.85 とナラ林 A の 0.93 より低かった。一方,越冬後の翌年 6 月の実験では, ナラ林 B の流出阻止率が前年 11 月よりも 6.0 % 上 昇しており,スギ林 B も 1.6 % 上昇していた。ナラ 林 A は 6 月に実験をおこなっていないが,最後の実 験の阻止率は前年 11 月とほぼ同程度であった。 また,堆積リター量を倍増した実験では,ナラ林 C の流出阻止率は 1 度目 95 %,2 度目 86 %,3 度 目 77 % であり,降水量と流出阻止率についても明瞭 な関係は認められなかった(図-5)。リター量を増 やしていない実験の結果と大きな差は認められなかっ た。 2.ろ過速度と見かけの浸透能の関係 式(3)で求められた濁水ろ過速度F と表面流から式 (2)で算出した“見かけの浸透能Is”をX-Y グラフ上 にプロットしてみると,ナラ林,スギ林ともほぼ同じ ような曲線を描くことが分かった(図-6)。この曲 線は上に凸な関数で,最小二乗法により,次式のよう な 2 次式として表すことができた。 F =- 6.76 × 10‒6 ・ Is2 + 1.50 × 10‒2 ・ Is - 3.33 …… (4) 本研究では,土壌に浸透し表面流として流出しなかっ た濁水はろ過されたと見なしているが,土壌への浸透 で説明できるろ過速度を計算すると,図-6の破線の ようになる。実験で得られたろ過速度はいずれも浸透 で説明可能なろ過速度より高かった。なお,本研究の 実験条件では,供給した濁水がすべてろ過された場合, ろ過速度と見かけの浸透能は上限の 5.0 kg/㎡ /h, 1050 mm/h となる。 3.実験終了後の水路内の状況 実験が終わった後の水路内の浸透能Iboは,阿部ら (2017)で報告した同じ林分の浸透能より大幅に小さ く,ナラ林 C では未撹乱林床の 13 %(60 mm/h), スギ林 C では 20 %(57 mm/h)に止まった(図-7)。 なお,実験終了から浸透能調査までの期間は,ナラ林 C では 1 週間,スギ林 C では約 2 か月であり,あま り長い期間は空けていない。 水路の縦断面を調査したところ,ナラ林 C では A0 層は厚さ 3〜5 cm で L,F,H の 3 層に分かれており, その下の A 層は濃い暗褐色で A1 層から A2 層へ漸 変していた(図-8上)。カオリンの滞留は A0〜A 層 境界部,特に F 層から A 層上部にかけて明瞭に認め 図-6 濁水ろ過速度と見かけの浸透能の関係 図-7 実験水路内と未撹乱林床の浸透能の比較 *阿部ら(2017)による同じ林分での調査結果
られ,給水地点に近い水路上側ではより深い層(最大 15 cm ほど)まで浸透していた。他には土層中の根 系に沿ってカオリンが浸透した痕跡も認められた。一 方,スギ林 C では A0層は厚さ 3〜5 cm と同程度で あったが,L,F 層のみで H 層は明瞭には認められず, その下は A 層〜AB 層へ漸変していた(図-8下)。 A 層以下の土色は褐色でナラ林 C よりも明るい色で あった。カオリンの滞留は,実験を 1 度しかおこなっ ていないため少なかったが,基本的には A0〜A 層境 界部で多く認められ,水路上端に近い箇所では最大 15 cm まで浸透していた。他には土層中のパイプ状 の形状が確認された箇所にスポット状にカオリンの滞 留が認められた。 また,調査地撤収時の観察でも,水路内のリターを 剥ぎ取ると A 層との境界付近にカオリンの滞留が認 められた(図-9)。その面積は水路上方ほど広く, 下方に行くほど少なかった。 Ⅳ.考察 ナラ林,スギ林とも,初期状態では供給した懸濁 物質(カオリン)の約 90 % を除去できており(図- 4),基本的に森林林床の有する濁水ろ過機能は高い ことが確認できた。針広混交林で実験をおこなった大 野・落合(2010)には同様の数値は明記されていな いが,グラフ等から 12.5〜87.5 % 程度と推定され, 本研究の方がろ過機能は高い結果となった。これは, 調査した森林のろ過機能の差異だけではなく,実験水 路を長くしたことで土壌中へ浸透する水量が増加した 効果もあると考えられる。また,同一水路で実験を繰 り返すと流出阻止率は低下する傾向を示し,大野・落 合(2010)による報告“森林のバイオマットがもつ 濁水ろ過機能は①累積捕捉土砂量の増加に伴いその能 力はしだいに減少する”と類似の結果となった。これ は,林床に流入した濁水がろ過される際,懸濁物質が 主要なろ過フィルターである表層土壌(バイオマット 層)に滞留(図-8,図-9)して土壌孔隙を目詰ま りさせ,浸透能が低下(図-7)したことが主な原因 と考えられる。 ある時点の濁水ろ過速度については見かけの浸透能 の関数として近似することができたが(図-6),実 験で得られたろ過速度は,土壌層への濁水の浸透で説 明される速度よりも平均で 12 %(0.0〜0.7 kg/㎡ /h) 高く,懸濁物質であるカオリンが表層土壌内で捕捉さ れたことを示している。この差が A0層などバイオマッ ト層による懸濁物質のろ過効果と考えられる。一般に 地表に近い土層ほど孔隙量が多く,透水性も高いが(河 田・小島,1976;太田,1992),堆積有機物から成 る A0層は A 層と比べても極めて透水性が高いと考え られる。A0〜A 層境界付近に懸濁物質が多く滞留す るのは,この境界付近において透水性が急激に変化す るためと推察される。なお,図-6に示した関係は本 図-9 リター層を剥ぎ取った下に滞留するカオリン (点線内) 2017 年 5 月 17 日の水路解体時にナラ林 B 水路で 撮影。 図-8 水路縦断面におけるカオリン滞留状況の模式図 白抜き部分はカオリンの滞留が認められた箇所を示 している。 図-9 リター層を剥ぎ取った下に滞留するカオリン 2017 年 5 月 17 日の水路解体時にナラ林 B 水路で 撮影。
研究の条件下での結果であり,濁水の濃度や流量など 条件を変えれば変化するが,相対的な濁水ろ過機能の 大きさであれば,現地で浸透能を調べるだけで評価す ることも可能と考えられる。 阿部ら(2020)は濁水供給で低下した浸透能の回 復に降雨が関係することを報告しており,潜在的には, 降水の土壌層への浸透はバイオマット層の目詰まりを 緩和する効果があるものと考えられる。本研究では濁 水ろ過機能の変化と降水量の間に明瞭な関連は認めら れなかったが(図-4,図-5),これは次の実験ま での期間が長く,様々な強さの降水イベントを含むた め,期間降水量だけで影響を評価しきれなかった可能 性が考えられる。さらに,円筒枠を用いた浸透能試験 では調査期間中の降水はすべて円筒内に浸透するのに 対して,実験水路では降水の一部は水路下方へ流出し, すべて浸透するわけではないことも一因と考えられる。 また,新たな落葉リター供給が濁水ろ過機能の回復 に影響するのであれば,落葉期直前の実験(ナラ林 A の 2 度目)より落葉期後の実験(ナラ林 B の 2 度目) の方が流出阻止率の低下幅は小さくなると期待された が,結果は逆であった(図-4)。むしろ,流出阻止 率は落葉直後ではなく,翌春になって 1.6〜6.0 % の 回復を示した(図-4)。冬を越すことでろ過機能が 回復した理由としては,①前年秋・冬に供給された落 葉リターのフィルター機能が高まったこと,②融雪水 による林床の透水性の回復などが考えられる。急傾斜 地では積雪グライドによるリター移動でろ過機能が変 化する可能性もあるが,本調査地は傾斜が緩く,この ような落葉移動は認められなかった。①に関しては, 樹冠から落下したばかりのものは葉の原型を留め,堆 積リター同士の間隙も大きいため,地表を流下する濁 水との接触も限定的であると考えられる。冬を経るこ とにより,積雪でリター層が圧密され間隙が小さくな り,さらにリターが破砕・分解されることによって濁 水との接触面積が増加して濁水ろ過フィルターとして の機能が高まるのではないかと推察される。②に関し ては,融雪期に水路内だけではなく,水路上方の斜面 からも大量の融雪水が水路内に供給され,土壌中へ浸 透することでバイオマット層の目詰まりが緩和され, 浸透能が回復したのではないかと推察される。ただし, 試験地の撤収時に実験後 1〜2 年以上経過した水路で も明瞭なカオリンの滞留が認められていることから, 未撹乱の森林と同程度まで濁水ろ過機能が回復するに はかなり長い期間を要するものと予想される。 なお,調査したナラ林とスギ林は同一斜面上に隣接 した林分であるが,土壌の特徴は明らかに異なってい た(図-8)。これら 2 林分では未撹乱状態での浸透 能にも差が認められ(図-7),その原因としてスギ 林の施業にともなう土壌撹乱の可能性が指摘されてい る(阿部ら,2017)。現在のスギ林の土壌は,人工林 化以前にあった元の A 層が撹乱により失われ,かつ てのB層が表層に現れた状態ではないかと推察される。 Ⅴ.おわりに 森林の濁水ろ過機能は高いが,同じ箇所に継続して 濁水が流入すると,表層土壌(バイオマット層)の目 詰まりによって機能低下することが明らかとなった。 ろ過機能の回復は,考察で述べた通り,新規に供給さ れた落葉リターのフィルター機能向上や融雪水・雨水 の浸透にともなう浸透能回復などによりバイオマッ ト層のフィルター機能が回復していくことで徐々に 進行すると考えられる。さらに,阿部ら(2020)が 考察しているように,林床植生の根系発達(竹下, 1996;阿部・佐藤,2008;平岡ら,2010)や土壌 動物による掘削(太田,1992;竹下,1996;五味, 2016)による粗大孔隙形成などの効果も加わって A0 〜A 層境界付近の目詰まりが回復していくのではない かと思われる。このため,機能低下の程度にもよるが, ろ過機能の回復には時間がかかり,短期間では十分な 回復は見込めないと考えられる。実際の山地でも,作 業道の横断溝の下方に位置する森林のように,降雨の 度に継続的な濁水流入がある場所では濁水ろ過機能は かなり低下していると予想される。横断溝が大雨時に 土砂で埋没することもあるが,同じ横断溝を修繕する よりも,別の箇所に新しく横断溝を作設する方が,濁 水ろ過の観点では好ましいといえる。 本研究は 3 名の研究チームで実際の森林の濁水ろ 過機能の解明を試みたが,わずか 4 水路の実験に 基づく結果であり,斜面傾斜の効果(松井・落合, 2005;大野・落合,2010)や濁水濃度の効果(Okura et al,1997;市川・落合,2008)までは検討できなかっ た。森林の土壌は極めて不均一で同一の林分でも浸透 能に大きな変動があるため(村井・岩崎,1975;阿 部・佐藤,2008;阿部ら,2017),可能であれば濁 水ろ過実験も多地点で実施することが望ましい。しか し,本研究の比較的小さな水路でさえ,一度の実験 で 1000 kg 以上の水を用意し,発電機でポンプを回 しながら作業を行う必要があるなど実際の山地での濁 水ろ過実験は容易でない。また,山地斜面では土層中 に礫が多量に存在することも珍しくなく,水路製作で きる場所が限られるという問題もあった。したがって 今後の研究では,土壌層への浸透についても検討可能 な水路模型を用意して様々な条件で屋内実験を行うな ど,現地実験と屋内実験を併用し不十分な点を補うよ うな手法が必要になると考えられる。
最後に本研究の実施でお世話になった方々に感謝を 申し上げる。岩手大学御明神演習林の皆様には現地調 査に際して大変お世話になった。また,当時,森林総 合研究所企画部長であった落合博貴博士からは濁水ろ 過実験について多くの有益な助言をいただいた。本研 究は JSPS 科研費 JP 26450211 の助成を受けたもの である。 引用文献 阿部友幸・佐藤弘和(2008)北海道東部における林相,斜面地形, 下層植生が森林土壌の浸透能に及ぼす影響.日林誌 90: 84-90 阿部俊夫・相澤州平・橋本徹・佐々木尚三(2015)ハーベス タ ・ フォワーダシステムによる間伐跡地からの濁水発生― 生田原国有林の事例―.北森研 63:53-56 阿部俊夫・藤枝基久・壁谷直記・久保田多余子・野口宏典・清 水晃・坪山良夫・野口正二(2011)小川群落保護林にお ける水文観測報告(2000 年 8 月〜2007 年 9 月).森総 研研報 10(4):291-317 阿部俊夫・岡本隆・篠宮佳樹(2017)落葉広葉樹林とスギ林 における林床リター堆積量と浸透能に与える人工物設置の 影響.東北森科誌 22:37-42 阿部俊夫・岡本隆・篠宮佳樹(2020)実験的な濁水供給に ともなうミズナラ林とスギ林の浸透能低下.東北森科誌 25:10-13 阿部俊夫・佐々木尚三・相澤州平・橋本徹・山野井克己(2014) 作業道を通じた間伐林分から渓流への浮流土砂流入―生田 原国有林の事例―.北森研 62:91-94 阿部俊夫・佐々木尚三・山野井克己(2013)ハーベスタ ・ フォ ワーダシステムでの間伐がおこなわれた渓流における浮流 土砂濃度.日林講 124:132 五味高志(2016)森林土壌と水土保全機能.森林科学 77: 10-13 平岡真合乃・恩田裕一・加藤弘亮・水垣滋・五味高志・南光一 樹(2010)ヒノキ人工林における浸透能に対する下層植 生の影響.日林誌 92:145-150 市川裕子・落合博貴(2008)森林斜面の濁水ろ過機能に関す る水路実験.日林誌 90:262-266 河田弘・小島俊郎(1976)環境測定法Ⅳ-森林土壌-.共立 出版 松井琢郎・落合博貴(2005)勾配可変水路を用いたリター層 による濁水のろ過実験.日林関東支論 56:249-250 村井宏・岩崎勇作(1975)林地の水および土壌保全機能に関 する研究(第 1 報)-森林状態の差異が地表流下,浸透 および侵食に及ぼす影響-.林誌研報 274:23-84 Okura Y, Kitahara H, Sammori T (1997) Forest soil and litter as filtering media for suspended sediment. J For Res 2:9-14 大野泰宏・落合博貴(2010)森林のバイオマットがもつ濁水 ろ過機能の定量的評価に向けた予備的実験.日林誌 92: 171-175 太田猛彦(1992)森林斜面における雨水移動の実態.(森林水 文学.塚本良則編,文永堂出版)125-156 Reid LM, Dunne T (1984) Sediment production from forest road surfaces. Water Resour Res 20:1753-1761 佐藤弘和(2000)河川生態系保全に向けた土地利用と浮遊土 砂流出の関係を考慮した土砂管理.水水学会誌 19:401-412 森林総合研究所・石川県農林総合研究センター林業試験場・岐 阜県森林研究所(2012)森林作業道開設の手引き―土砂 を流出させない道づくり―(森林総合研究所ホームペー ジ,https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/chukiseika/ documents/3rd-chuukiseika2.pdf),2019 年 5 月 29 日 閲覧 竹下敬司(1996)植生,土壌,水と地形変形プロセスの制御 .(水 文地形学-山地の水循環と地形変化の相互作用-.恩田裕 一ら編,古今書院)151-163 竹下敬司(2011)土壌表層浸透能の物理的構成と植生(Ⅱ). 水利科学 317:51-83