複合辞の「トハ」と複合辞でない「トハ」
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(2) 複合辞の. 一.はじめに. この敗軍の中で、他人に肩をかす男がいる引潮意. ﹁トハ﹂. 二.複合辞の ﹁トハ﹂. ﹁∼トハ﹂という形式は、以下に見るように、﹁ト﹂に﹁ハ﹂. 二−﹁ 続語的性質. b.*他人に肩をかす男がいると意外であった。. ︵3︶ a. 他人に肩をかす男がいる引潮意外であった。. b. 返事をしようと思わなかった。. ︵2︶ a.返事をしよう日周円心わなかった。. 一九九四、藤田二〇〇〇︶。. が接続することが必須であるか否かによって分類される ︵塩入. ﹁トハ﹂と複合辞でない. 本研究が考察の対象とするのは﹁−トハ﹂という形式を含ん ︵1︶ a. だ次のような文である。 外であった。︵野火︶. ︵女社長に乾杯!︶. b. ﹁あの小娘がここまでやれるとは思わなかったよ﹂ ︵1a︶ の﹁トハ﹂は、もともとは ︵1b︶ のように引用の ﹁トLに副助詞の﹁ハ﹂が接続したものであったと考えられる。. 行研究においていくつかの興味深い考察がなされている。本稿. 能している。そのような﹁トハ﹂の意味・用法については、先. びつきが不可分となっており、一種のいわゆる複合辞として機. また、後者のタイプは単に﹁ハ﹂が必須であるだけでなく、﹁ト﹂. ものではなく、﹁トハ﹂が一体となって現れなければならない。. 外であった﹂という述部は ︵3b︶ に見るように引用句を取る. え、その﹁ハ﹂は省略が可能である。しかし、︵3︶における﹁意. を取ったものに副助詞の﹁ハ﹂が添加したものであり、それゆ. ︵2a︶は、︵2b︶ において動詞﹁思う﹂が引用句﹁∼ト﹂. では、それらの考察を取り上げつつ、複合辞の﹁トハ﹂と複合. しかし、︵1a︶ のような用法においては﹁ト﹂と ﹁ハ﹂ の結. 辞でない本来の ﹁トハ﹂との関連性について考察する。.
(3) と﹁ハ﹂の問に他の要素を挟むこともできない︵岩男二〇〇六︶。 ︵5︶ *他人に肩をかす男がいると剖竹は意外だ。. ︵4︶ 返事をしようと封は思わなかった。. てもみませんでした。. ︵9︶ 自分が愛していない以上、あなたに愛されるとは考え. しかしその一方で、﹁トハ﹂にはこれら評価を下すタイプの﹁ノ. らないという指摘をしている。このことは、次に見るように、﹁ノ. は、﹁トハ﹂ で取り上げられる事柄が意外なものでなければな. ハ﹂や﹁コトハ﹂にはない特殊性が見られる。藤田︵二〇〇〇︶. が強く、別個の成分を元としつつも、実際には単体の文法的要. このように、︵1a︶ のタイプの﹁ト﹂と﹁ハ﹂は結びつき 素すなわち複合辞として機能している。. きる。. のに対し、﹁トハ﹂ ではそれが不可能であることからも確認で. ハ﹂や﹁コトハ﹂が意外でない事柄を取り上げることができる 二−二.機能. ︵11︶ a.もちろんそういう可能性がでてきた↓Hq嘲とても. 然である。. b.*その証拠がはっきり出揃えば、責任を取るい︺蘭当. 然である。︵女社長に乾杯!︶. ︵10︶ a. その証拠がはっきり出揃えば、責任を取る叫刷叫当. 複合辞の﹁トハLを伴った﹁トハ﹂構文は、﹁∼トハ﹂で取 り上げられる事柄・事態について、何らかの評価を下す文であ る ︵藤田二〇〇〇︶。︵1︶ を例にすれば、﹁敗軍の中で他人 に肩をかす男がいる﹂という事態に対し、文の話者が﹁意外で ところで、ある事柄・事態について何らかの評価を下すこと. あった﹂と評価を下している。. ワンダーランド︶. ありがたい。︵世界の終わりとハードボイルド・. そこに音外さは無い。そうした場合も﹁トハ﹂を用いると不自. とあることから﹁とてもありがたい﹂ことは自明とされており、. 換えることは不可能である。また、︵11a︶ では﹁もちろん﹂. このような場合、﹁ノハ﹂を ︵10b︶ のように﹁トハ﹂に置き. 分かるように、取り上げられている事柄は意外な内容ではない。. ︵10a︶ は述部において﹁当然﹂と評価されていることから. りがたい。. b.?もちろんそういう可能性がでてきた日周とてもあ. は、﹁トハ﹂以外に、﹁とノハ﹂や﹁∼コトハ﹂を用いることに ︵6︶ しまが、彼女の夫と加藤とを新聞に出る大きさで比較. よっても可能である。 している叫粗悪外であった。︵孤高の人︶. えてもみませんでした。︵塩狩峠︶. ︵7︶ 自分が愛していない以上、あなたに愛される引圃考 これらの﹁ノハ﹂二コトハ﹂はいずれも、次のように﹁トハ﹂ ︵8︶ しまが、彼女の夫と加藤とを新聞に出る大きさで比較. に置き換えることが可能である。 している引榔意外であった。.
(4) 然になる二。. 話者の想定外という意味を介して複合辞の﹁トハ﹂に見られる. れる、話者の認識・想定の外にある事柄を取り立てる機能が、. いる。岩男はさらに、以上に見た複合辞でない ﹁トハ﹂に見ら. 外にあった事柄を﹁∼トハ﹂ によって提示していると分析して. 〇〇〇︶などは、引用句﹁∼ト﹂を必須項とする動詞以外に﹁ト. 意外性に結びつくとしている。複合辞でない﹁トハ﹂における. ﹁トハ﹂に関する先行研究のうち、塩入︵一九九四︶、藤田︵二. ハ﹂が現れている点に着目し、以上に見たような複合辞として. こんなお江戸の真ん中に、君のような人間がいようと. 一方、肯定文の﹁と思う﹂が﹁ヨウト思う﹂ の形式をとる場 合は、﹁ハ﹂の有無に関わらず、推量ではなく常に意志の﹁ヨウ﹂. ていようとは! ︵痴人の愛︶. ︵14︶ 十九の娘が、かくも大胆に、かくも軒艶に、私を欺い. られる。. さらに、この﹁ヨウ﹂は複合辞の﹁トハ﹂ の文末用法にも見. 思いもかけないことだった。︵青春の踵鉄︶. ︵空 この男から、こんな慰めの言草をかけられよ封引出刷、. ことが町能である。. この﹁ヨウ﹂は、複合辞の﹁トハ﹂による評価文にも現れる. 圃思わなかったよ︵塩狩峠︶. ︵12︶. ヨウトハ思わない﹂ の形をとることがある。. が想定外の意味を表す場合、推景の古い形式﹁ヨウ﹂を伴い﹁∼. して、次のような現象が存在する。すなわち、﹁とは思わない﹂. 複合辞の﹁トハ﹂ の持つ意外性に対応づけられることの傍証と. また、否定文の﹁∼トハ⋮ナイ﹂が持つ想定外という意味が、. られるとする岩男︵二〇〇六︶ の論は首肯できる言. ﹁ハ﹂の対比性が、複合辞の﹁トハ﹂が持つ意外性と関連づけ. の﹁トハ﹂を中心に考察している。一方で、複合辞としての﹁ト ハ﹂を対象としつつ、複合辞ではない ﹁トハ﹂との関連に着目 したものとして岩男 ︵二〇〇六︶ がある。次節では、この複合 辞でない ﹁トハ﹂について概観する。 二﹁ 複合辞でない ﹁トハ﹂ 本節で概観する複合辞でない ﹁トハ﹂とは、動詞の必須項と して引用句﹁∼ト﹂が現れたもの ︵いわゆる引用構文︶ に副助 詞の ﹁ハ﹂が接続したものである。 三−﹁ ﹁トハ﹂ の分布の偏りと﹁意外性﹂. 複合辞でない ﹁トハ﹂は、文法的には、述語が引用句を取る 動詞であれば原則としていかなる場合も出現可能である。とこ ろが、実際の使用においては分布の偏りが見られる。この点に 関して、﹁∼トハ﹂ の形の引用句が肯定文にはほとんど現れな いということが上田 ︵二〇〇二︶、岩男 ︵二〇〇六︶ によって この事実から、岩男︵二〇〇六︶ は﹁トハ﹂に含まれる﹁取. 報告されている。. 定の引用構文に﹁トハ﹂が現れたものは、話者の認識・想定の. り立て﹂ ︵あるいは対比︶ の﹁ハ﹂と否定の関係に滞日し、否.
(5) ︵ほ︶ a・私は西北へ旅をじ引と思った。︵金閣寺︶. である。. ていると主張している。すなわち、﹁と思う﹂は事実文、﹁とは. 思わない﹂は評価文であるとされる。上田によれば、事実文と. 場合、﹁彼が来る﹂という内容自体が主体によって事実である. いる文である。たとえば、﹁私は彼が来ると思う﹂という文の. と判断されていると分析される。一方、評価文とは節の内容の. は﹁ト﹂で提示される節の内容に対し、その事実性を判断して. 以上のように、否定文の﹁∼トハ⋮ナイ﹂にのみ推長の﹁ヨ. 事実性には言及せず、節について評価を行うものである。たと. b.山本太郎は、さりげなくしていようとは思ったが、. ウ﹂が現れ、さらに複合辞の﹁トハL においても同様に﹁ヨウ. 何としても、問が持てなかった。︵太郎物語︶. トハ﹂の形式をとり得ることも、両者が﹁意外性﹂という意味. えば、﹁私は彼が来るとは思わない﹂という文において、﹁彼が. その中立的な事柄に対して話者が﹁思わない﹂というコメント. 来る﹂という内容そのものは事実性の判断に対して中立であり、. において共通していることを示唆していると考えられる。 ところで、これによって複合辞でない﹁トハ﹂と複合辞の﹁ト ハ﹂との意味的関連性の一部が明らかになっ十二万、従来から. 文としての樺能が、複合辞の ﹁トハ﹂ における評価の解釈と対. でない﹁トハ﹂の現れた否定文﹁とトハ⋮ナイ﹂における評価. ︵評価︶ を与えていると分析される。ここから上田は、複合辞. 及がない。この点に関しては、上田 ︵二〇〇二︶ が、複合辞で. 応づけられるとしている。. 指摘される、複合辞の﹁トハ﹂が持つ評価の機能については言. る。. はない ﹁トハ﹂が評価の機能を持っているという主張をしてい. ∼対比性をめぐる矛盾∼. 以上に見た岩男︵二〇〇六︶ と上田 ︵二〇〇二︶ の論から、. 問題の所在. 複合辞でない﹁トハ﹂が持つ機能・性質と複合辞の﹁トハ﹂と. 甲 上田︵二〇〇二︶は、先に見たように、引用構文における﹁ト. 三−二.﹁∼トハ⋮ナイ﹂ における ﹁評価﹂. ハ﹂ の使用が肯定文よりも否定文に多いことに加え、これと対. の関係性を総合すると、次のようになる。. トハで取り上げる内容は意外な事柄である。. 複合辞﹁トハ﹂ の苦味・機能①. 外であることを対比の﹁ハLで表している︵岩男︶。. ﹁トハ⋮ナイ﹂は﹁トハ﹂で取り上げる内容が想定. ︵16︶袴合辞でない ﹁トハ﹂ の意味・機能①. 称に否定の引用構文では﹁ト﹂ の使用が極めて少ないことも併 せて報告している。つまり、﹁ト﹂と﹁トハ﹂ の両者に分布の 偏りがあり、肯定文では﹁ト﹂、否定文では﹁トハ﹂が用いら れる傾向が強いということである。 この事実から、上田は ︵二〇〇二︶、肯定の引用構文﹁∼と 思う﹂と否定の引用構文﹁∼とは思わない﹂は異なる機能を持っ.
(6) ﹁ ﹁トハ⋮ナイ﹂は評価文である︵上田︶。. 複合辞でない﹁トハ﹂ の意味・機能②. トハで取り上げる内容について何らかの評価を下. 複合辞﹁トハ﹂の意味・枚能② す。. 五.﹁ハ﹂ の対比性再考. 五−一.否定文における対比性の弱化現象. 上田︵二〇〇二︶ は評価文となっている﹁∼トハ⋮ナイ﹂に. る事柄の他に別のものや事柄が文脈上含意されるというもので. こで、上田が﹁対比の解釈﹂としているのは、文に表されてい. おいて対比の解釈が弱くなるということを主張しているが、こ. 合辞となっても継承されている点を的確に表していると言え. a︶ のように肯定文が﹁ハ﹂を伴って発せられた時、たとえば. ある川。強い対比性が認められる一例を挙げれば、以下の︵17. ここまでは、複合辞でない ﹁トハLが持つ性質の一部が、複. ついて、岩男と上田では見解が異なっている。岩男は複合辞の. の否定文である時、確かに、その﹁ハ﹂には他の内容を伴った. これに対して、次の ︵18a︶ のように﹁∼トハ⋮ナイ﹂ の形. b. オリンピック選手だとは思わなかった。. ︵17︶ a. 私はその人をスポーツ選手だとは思った。. が含意されるということである。. ︵17b︶ のような何らかの異なる事柄を伴った何らかの否定文. る。しかし、複合辞でない ﹁トハ﹂における﹁ハ﹂ の対比性に ﹁トハ﹂が持つ意外性が、複合辞でない ﹁トハ﹂ の﹁ハ﹂が持 ﹁トハ﹂ の段階ですでに﹁ハ﹂は﹁対比性が弱化﹂し、主題の. つ対比性に由来するとしているのに対し、上田は複合辞でない ﹁ハ﹂ に接近していると分析する。つまり、評価文が主題1解 における﹁トハ﹂も主題提示の機能を担うようになった結果、. 説構造をとることから、評価文となっている﹁∼トハ⋮ナイ﹂. 何らかの肯定文︵18b︶ を含意するほど強い対比性は無いよう. 野田 ︵一九九六︶ などで指摘されている。青木はそのような場. して対比性が弱化する傾向があることが、青木 ︵一九九二︶、. しかし、一般に、否定文に現れる﹁ハ﹂は肯定文の場合に比. b. 何か運動をしている人だとは思った。. ︵18︶ a. 私はその人をスポーツ選手だとは思わなかった。. にも思える。. 対比の解釈が弱まっているという考え方である。 本稿では、︵16︶ に見た先行研究の提示する複合件の﹁トハ﹂. と複合辞でない ﹁トハ﹂との意味的な関連性については﹁意外 性﹂と﹁評価L のいずれにおいても妥当なものであるとした上 で、前述のような、﹁トハ﹂ の対比性をめぐる先行研究間の矛 盾点について検討する。. 合の対比性の弱化を﹁対比の内容を想定し得なくはないが、想. 定する必要のないもの﹂として﹁譲歩的対比暗示用法﹂と呼ん.
(7) でいる。︵18︶ や上田の指摘する対比性の弱化もこれと同様の 現象であると考えられる。 なお、否定文において﹁ハ﹂ の対比性がほぼ消失すると思わ れる現象五もあるが、それは次のようなものである。 ︵19︶ 人間の麻薬には中毒がつきものだが、猫のマタタビに は中毒はない。︵野田一九九六︶. このような場合は、﹁ハ﹂が単なる否定の焦点マーカーのよ. あった。. この文においては、話者に ﹁この敗軍の中では他人に肩をか. このように、評価文であるからといって﹁トハ﹂と対比性が矛. す男がいない﹂という思い込みがあったとも想定可能である。. 評価文であるかによって固定的に決まるわけではなく、文に含. 盾するわけではない。つまり、対比の強弱は、事実文であるか. まれる要素や文脈によって変わり得るものである。. ナイ﹂における﹁ハ﹂の対比性が弱化していることは、ある程. 以上をまとめると以下の通りである。すなわち、﹁∼トハ⋮. 度認められる。しかしそれは、上田の主張するように文がとり. うに機能しており、﹁猫のマタタビにはⅩはある﹂といった肯 てはいても肯定文が全く想定できないほどではなく、その弱化. 定文を想定できない。これに比すると ︵18︶ は対比性が弱化し. しかし、以下のように、﹁ハL の位置が異なっても文意がほ. C. 太郎は、昨日花子にその本は渡さなかった。. b. 太郎は、昨日花子にはその本を渡さなかった。. ︵22︶ a. 太郎は、昨日は花子にその本を渡さなかった。. 機能を持っている。. ﹁ハ﹂は否定で用いられる際に、否定の焦点位置を明示する. 五−二.﹁ハ﹂ の位置. との対応までは否定されないと考えられる。. 六︶ の主張する、﹁ハ﹂ の対比性と複合辞の﹁トハ﹂ の意外性. 対比する内容を想定する余地は残しているため、岩男 ︵二〇〇. 対比性の弱化は見られても、対比性の消失は起こっておらず、. るという一般的な理由によるものであると考えられる。また、. わけ評価文であることに起因しているのではなく、否定文であ. また、上田は同じ否定文でも事実文であるか評価文であるか. の度合いは通常の否定文と同程度であると考えられる。 によって対比の解釈の強弱が異なると主張しているが、評価文 ︵非事実文︶ であっても、﹁トハ﹂ の受ける事柄に対立概念を 想起しやすいものが含まれていれば、対比解釈が生じる。. 声をあげて鳴いていた。︵寺田寅彦﹃子猫﹄︶. な団塊であったが、時々見かけに似合わぬ甲高いうぶ ︵空 では﹁生きている﹂が含まれているため、その対立概 比文脈を想定することが可能である。. 念を含んだ﹁死んでいると思われる ︵ような︶ 海鼠﹂という対 さらに、複合辞の ﹁トハ﹂ による評価文でも、他の事柄を想 定できないわけではない。 ︵21︶ この敗軍の小で、他人に肩をかす男がいる引潮丹心外で.
(8) ︵23︶ a. その飛行機は定刻通りには着かなかった。. とんど変わらないことがある。 b. その飛行機は定刻通りに着きはしなかった。 ︵23︶ はaとbにおいて若干のニュアンスの違いはあるもの の、論理的な意味は変わらない。 五−一に見たように、否定文の﹁−・−トハ⋮ナイ﹂に比し、よ. り対比性の強い肯定文の ﹁トハ思う﹂も、文意をほほ保ったま ま﹁ハ﹂の位置を変えられる六。 ︵24︶ a. 朝とか晩に走ったりしていたんで、おかしいとは 思っていただろうけどね。︵一瞬の夏︶. b. 朝とか晩に走ったりしていたんで、おかしいと思っ てはいただろうけどね。 これに対し、﹁∼トハ⋮ナイ﹂においては、﹁ハ﹂ の位置を変 えやすい場合と変えにくい場合が存在する。. b. ㈹私はまさか老師がその金を呉れると思ってはいな. かった。︵金閣寺︶. 私はまさか老師がその金を呉れるとは思っていな. 私も彼が勝つと思ってはいなかった。. ︵空 a. 私も彼が勝つとは思っていなかった。︵一瞬の更︶. ︵26︶ a. b. かった。 ︵25︶と ︵空 の意味上の違いは、前者が﹁ト﹂で受ける内 容に関して意外性を持たない解釈も可能であるのに対し、後者 は﹁まさか﹂を伴い恵外性の解釈を持つ点である。この例のよ うに、﹁∼トハ⋮ナイ﹂が意外性の解釈を帯びている時、﹁ハ﹂. ナイ﹂にお. ける話者の想定外という解釈が﹁ハ﹂の対比性と対応している. は﹁ト﹂に直接後援する傾向が強い七。﹁∼トハ⋮. ことは岩男︵二〇〇六︶ の分析の通りであるが、意外性の解釈. に直接﹁ハ﹂が接続することで主節の動詞ではなく﹁ト﹂ の受. を持つ場合に特に﹁トハ﹂の形をとる傾向があるのは、﹁ト﹂. ると考えられる。これも、﹁∼トハ=・ナイ﹂ における﹁ハ﹂が. ける内容自体が対比の対象であることを明示しているためであ. 対比の解釈を持ち、意外性と対応づけられる傍証と考えられる。. 六.評価文としての ﹁∼トハ⋮ナイ﹂. 上田 ︵二〇〇二︶ は三−二に見たように、﹁∼トハ⋮ナイ﹂. ハ﹂ の対比性が弱化していると主張している。前節では﹁∼ト. を評価文とみなしており、それによって、この文における﹁ト. ハ⋮ナイ﹂における対比性の弱化は否定文一般に見られるもの. であり、必ずしもこの文が評価文であることが原因であるとは 認められないことを示した。. しかし、本稿も上田の主張のうち、﹁−トハ⋮ナイ﹂を評価. 上田は﹁とは思わない﹂が節の事実性に言及しない評価文で. 文とみなす点については主張を鵬にする。. あるとする主な根拠として、この表現に対応するスペイン語に. になることを挙げている ︵19頁︶。. おいて、節の内部が直説法ではなく事実性に言及しない接続法. 直説法︶.﹁私は彼が来ると思う﹂. ︵㌘︶ nreO︵私は思う︶ que︵接続詞︶vieコe︵﹁彼が来る﹂.
(9) いてもこれとほぼ対応すると思われるムード制約の現象が見ら れる八九。. 保留が見られるはずである。果たして、﹁∼トハ⋮ナイ﹂にお. ︵墾 NOCreO︵私は思わない︶ que︵接続詞︶<en讐︵﹁彼 価が文であるとしたら、評価の対象となる﹁トハ﹂節には判断の 来る﹂接続法︶.﹁私は彼が来るとは思わない﹂ 上田は接続法の本質を﹁事実性の判断︵事実であるという判 断︶ が成されていない内容 ︵命題︶﹂ ︵16頁︶ としているが、こ. あの太郎が嘘をつくとは思わなかった。. Mあの太郎が暁をついたらしいとは思わなかった。. あの太郎が嘘をついたとは思わなかった。 C. b. ︵30︶ a. い現象がある。すなわち、複合辞の﹁トハ﹂が受ける内容はムー. ?あの太郎が嘘をついただろうとは思わなかった。. 畑あの太郎が嘘をついたようだとは思わなかった。. のことに関連して藤田 ︵一.〇〇〇︶ の挙げる次のような興味深. ドに制約が見られるというものである ︵462頁、例文判定も原文. e. d. ︵29︶ a. ママ︶。. 門嘘をついたらしいとはけしからん。. の判断が保留されており、この文は、判断保留の内容に対して. ー.㍗あの太郎が嘘をついたぞとは思わなかった。. ㈹嘘をついたようだとはけしからん。. 嘘をつくとはけしからん。 嘘をついた日刷けしからん. C. 何らかのコメントを下すという評価文を構成していると考える. b.. d.. *嘘をついただろうとはけしからん。. いう二つの観点から両署の関連性が指摘されているが、本稿で. ついて考察を行った。先行研究において意外性および評価文と. に﹁∼トハ⋮ナイ﹂におけるもの︶を対象に、両者の関連性に. 本稿では、複合辞の﹁トハ﹂と複合辞を成さない﹁トハ﹂︵特. 七.まとめ. ことができる。. ここから、﹁∼トハ⋮ナイ﹂における﹁トハ﹂ の内容も汽ハ偽. e.. ー.*嘘をついたぞとはけしからん。. 藤田はこのような現象に対し、次のように分析している。 このように﹁∼トハ﹂構文の﹁∼トハ﹂は、評価付けの対象 となる詞的な事態・事柄内容を措定し表示するものであるとい うことができる ︵欄頁︶。. を示すものである。藤田はそうしたムードの現れない ﹁トハ﹂. について先行研究間に見られる矛盾の解消を行い、﹁ハ﹂ の対. はそれらを支持する新たな現象を挙げ、また、﹁ハ﹂ の対比性. ムードは命韻や発話に関する話し手の何らかの判断︵態度︶ の内容を﹁詞的な事態・串柿内容﹂と呼んでいる。そのような. 文としての ﹁トハ﹂を分析した。. 比性ではなく、﹁トハ﹂節のムード制約という観点から、評価. ﹁トハ﹂節の特徴は、接続法の持つ判断保留という特徴と対応 するものであると考えられる。 このことを踏まえると、複合辞でない ﹁−トハ⋮ナイ﹂が評.
(10) ﹁トハ﹂に見られるような、日本語における事態・事柄内容 の詞的な来示と、他の一二=語における接続法との関連については 今後も更に分析・考察を深められると予想される。 注. 名詞に後接して名詞の意味を解説するタイプの﹁トハ﹂も存. 一 ﹁寿司尾で言うムラサキとは醤油のことである﹂のように、 在するが、本稿で取り上げるものはこれ以外のタイプである。. と表現している。. 四 上田︵二〇〇二︶は﹁補助すべき文脈が必要になる﹂︵18頁︶. 五 青木 ︵一九九一一︶ は﹁形式的対比暗示用法﹂と呼ぶ。. 六 厳密には﹁とは思う﹂ではなく﹁とは思っている﹂の場合. が多く、﹁と思いはする﹂は多くの場合若干不自然に感じら. れる。興味深い事実であるが、この違いについては今後の課 題としたい。. 七 ︵26b︶ は話者によっては許容される可能性もあるが、実. たのに対し、﹁と思いはしない﹂、﹁と思ってはいない﹂に類. する﹂、﹁と思ってはいるL に顆する表現がそれぞれ二例あっ. F新潮の100冊﹄ CD−ROM掲載の全文書から、﹁と思いは. 際の使用においては忌避される傾向が見られる。傍証として、. なっているのに対し、後者では﹁もちろん﹂という文副詞が. 者が述部の段階で﹁当然﹂という、意外さと矛盾する表現に. 二 ︵10b︶ と ︵11b︶ で、許容度に差が感じられるのは、前. 間接的に意外さを否定する構造になっていることによるもの. に意外な解釈を持つタイプの例は発見されなかった。﹁など. する表現は、意外性を持たない一例のみで、﹁トハ﹂ の内容. と思ってはいない﹂は二例あったが、﹁などと﹂は﹁なんて﹂. と考えられる。︵11a︶ から﹁もちろん﹂を除くと、次のよ ︵11︶ C. そういう可能性がでてきた日刷とてもありがた. うに﹁トハ﹂ に置き換えることも可能となる。. に対応する形式であり﹁ト﹂単体とはみなせない。. うに、心内語を再現したいわゆる直接引用の場合は、ムード. 八 ﹁¶あいつが嘘をついたらしい﹄とは思わなかった﹂ のよ. 1 0. な意味を抽出することはできない。つまり、﹁トハ﹂を複合. た解釈を避ける意図で例文に﹁あの太郎が﹂を追加している。. 形式を伴っても許容できる可能性がある。ここでは、そうし. し∨ 三 複合辞の﹁トハ﹂は複合辞という性新只上、そこから構成的 辞と考える限り、﹁トハ﹂ の﹁ハ﹂が本来持っている対比性. 九 ﹁あの太郎が嘘をつくだろうとは思わなかった﹂は許容で. について直接言及することはできない。岩男︵二〇〇六︶も、 複合辞でない ﹁トハ﹂から複合辞の﹁トハ﹂ への拡張を前提. ﹁ヨウ﹂が現れるのと同様の現象であると思われる。. きる可能性がある。これは意外性を表す﹁∼トハ⋮ナイ﹂に. いう点で示唆的ではあるが、複合辞の﹁トハ﹂に直接対比性. とする中で複合辞でない ﹁トハ﹂ の対比件に言及していると があると主張しているわけではない。.
(11) 参考文献 青木怜子 ︵一九九二︶ ﹃現代語助詞﹁はL の構文論的研究h笠 間書院 岩男考哲 ︵二〇〇六︶ ﹁引用構文と ﹃トハ文﹄﹂﹃日本語・日本. 文化﹄第32号、大阪外閂語大学日本語じ本文化教育センター 日本語学第21巻8号、明治書院. 上田博人︵二〇〇六︶﹁日本語の﹃ハ﹄とスペイン語の接続法﹂. 代日本語研究1﹄大阪大学. 塩入すみ ︵一九九凹︶ ﹁﹃トハ﹄文の主節の述語について﹂ ﹃現. 野田尚史︵一九九六︶ ﹁﹃は﹄と ﹃が﹄﹂くろしお出版. 藤田保幸︵二〇〇〇︶ ﹃国語引用構文の研究h和泉諮院. CD−ROM版より引用した。. ※本文中の実例は ﹃子猫﹄ ︵寺田寅彦︶ を除き、r新潮の1DO冊﹄. 10.
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