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片山八幡神社 : 愛知県 東区 : 「不可視な境界 -鳥居-」より

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Academic year: 2021

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村上 将城

Masakuni MURAKAMI 映像メディア学科・助手

Department of Visual Media・Research Associate

片山八幡神社 | 愛知県 東区, 2011/Installation View

066 名古屋学芸大学メディア造形学部研究紀要2012 VOL.5

NAGOYA UNIVERSITY OF ARTS AND SCIENCES, SCHOOL OF MEDIA AND DESIGN / RESEARCH BULLETIN 2012 VOL.5

片山八幡神社 | 愛知県 東区

「不可視な境界 - 鳥居 -」より

Katayama Hachiman Shrine | Aichi, Higashi-ku

from “Invisible border - Torii -”

不可視なものを写真に定着させることはできるのだろうか。  この問いは、私が作品を制作する上での大きなテーマに一つと なっている。本作品での「不可視なもの」とは、鳥居が聖域と俗界 とを分ける境界であると言われる、その不可視な境界である。私 は特に信心深いわけでもないが、鳥居をくぐり、境内に足を踏み 入れる瞬間に意識が変わるのを覚える。それは幼少時代からの 経験に因るのか、知らず知らずのうちに根付いている、日本人と しての自意識に因るのかは分からない。しかし、鳥居という一つ の境界を越境する行為は確かに、意識の変化をもたらすのだ。  不可視なものを写す。現実的に考えると、目に見えない物を写 すことはできないだろう。しかし、カメラによってフォーカス、ピント の深度などを操作し、鑑賞者の視覚を意図的に導くことで、擬似 的にその境界を見る、つまり体感することができるのではないか。 視覚を誘導することで鑑賞者の中に境界という意識を芽生えさせ るのだ。  撮影されたイメージの中の、境界/鳥居の背後に広がる不鮮 明な画像に鑑賞者は何を見出すのだろうか。それは個々の経験 から呼び起こされる、個人的な記憶なのかもしれない。その記憶 が境界という表層にどのように反映されるのか。不可視なものを 写しながら、同時に個々の思い/記憶を映す、という写真メディ アを用いた作品に、私は新たな表現の可能性を見出している。

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片山八幡神社 | 愛知県 東区 KATAYAMA HACHIMAN SHRINE | AICHI, HIGASHI-KU

村上 将城 MASAKUNI MURAKAMI

参照

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