日本小児循環器学会雑誌 14巻5号 643〜646頁(1998年)
慢性腎不全の経過中に発症した若年性急性心筋梗塞の1例
(平成10年4月27日受付)
(平成10年10月21日受理)
国立療養所香川小児病院小児科
太田 明 古川正強
key words:若年性急性心筋梗塞,慢性腎不全,二次性副甲状腺機能冗進症,冠動脈石灰化, Rotablator
要 旨
持続的腹膜透析療法中に急性心筋梗塞を発症した男子高校生の1例を経験した.激しい胸痛と完全房 室ブロックで緊急入院となり,胸部X線写真で冠動脈の石灰化陰影を認めた.心電図のII, III, aVFの ST上昇より下壁梗塞と診断した.冠動脈造影で右冠動脈と左冠動脈回旋枝の閉塞,および左冠動脈前下 降枝の狭窄を認めた.若年齢で心筋梗塞を発症した理由として慢性腎不全による動脈硬化の促進と二次 性副甲状腺機能充進によるCaとPの代謝異常(冠動脈の石灰化)が原因と思われた.本例のようにびま ん性の石灰化を伴った冠動脈閉塞病変に対して,Rotablatorが有効であった.
はじめに
小児の心筋梗塞は川崎病冠動脈病変を除けばまれで ある.小児科医は心筋梗塞に接する機会が少なく,診 断および治療に関して経験に乏しい.今後,食生活の 欧米化と生活習慣の変化により高脂血症,高血圧,糖 尿病,肥満などの小児成人病から,動脈硬化が促進さ れ,虚血性心疾患が増加してくる可能性は高い.最近,
著者らは慢性腎不全でCAPD(持続的腹膜透析)療法 中に心筋梗塞を発症した高校生の1例を経験した.川 崎病冠動脈病変や冠動脈奇形以外の原因として慢性腎 不全が基礎疾患として心筋梗塞を発症する症例は少な
く1),極めてまれと思われるので報告する.
症 例 症例:17歳,男子高校生.
主訴:激しい胸痛と徐脈.
既往歴:幼児期より扁桃腺炎を繰り返し,6歳時に 扁桃摘出を受けた.幼児期より,血尿と蛋白尿を指摘 され,腎生検でAlport腎炎と診断され,10歳の時,慢 性腎不全のためCAPDの導入となった.その他に,難 聴,二次性副甲状腺機能充進症,腎性骨異栄養症とし て低身長,くる病,X脚などの合併がみられた.活性 型ビタミンDとカルシウム製剤が処方されていたが
別刷請求先:(〒765−0004)善通寺市善通寺町2603 国立療養所香川小児病院小児科 太田 明
服薬のコンプライアンスは不良であった.川崎病の既 往はなかった.
家族歴:母方の祖母が血液透析中である.家系に虚 血性心疾患者はいない.
現病歴:慢性腎不全のため,岡山の養護学校に所属 し,当日は香川の実家に里帰りしていた.夕方より胸 内苦悶を訴え,翌日,さらに増強し,緊急入院となっ
た.
入院時所見:身長144cm(−5.OSD),体重31.5kg(−
3.ISD),体格は小柄で皮下脂肪に乏しい.意識清明.
顔色蒼白で,脈拍数は49/分と徐脈を認めた.血圧は91/
51rnmHg,心音と呼吸音は共に清,肝脾腫なく,浮腫 もみられなかった.肋骨念珠とX脚を認めた.腹部に は腹膜透析カテーテルが留置されていた.
入院時検査所見(表1):血色素9.8g/dlと貧血で あった.血清GOTとCPKは正常であったが,翌日の 検査でCPK 2,1821U/L, CPK−MB 14%,心室筋ミオ シン軽鎖121mg/dlと著明に上昇した.血清尿素窒素 61.4mg/d1,血清クレアチニン13.9mg/dlと高値で あった.血糖値は軽度上昇していたが,脂質系検査は すべて正常範囲内であった.血清カルシウムは正常で あったが,血清リン7.3mg/dlとALP 2,6971U/Lおよ び,副甲状腺ホルモン(intact−PTH)2,010pg/dlとい ずれも上昇していた.
胸部X線写真(図1):心胸郭比は60%と拡大して
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644−(52) 日小循誌 14(5),1998
表1 入院時検査成績 末梢血液
WBC 8,600/μl RBC 358×/04/μl Hb 9.8g/dl Plt 30.7×104/μ1 血液生化学
GOT GPT LDH ALP CPK BUN
Creat
81U//
21U//
1911u〃
2,6971U//
741U〃
61.4mg/dI 13.9mg/d1
゜
p噸
9.4mg/dl7.3mg/dl122mg/d1 総コレステロール
中性脂肪
208mg/dl 76mg/d1 HDLコレステロール
79mg/d1 LDLコレステロール
481mg/dl VLDLコレステロール
95mg/d1 intact−PTH 2,010pg/dl
1
二⊆ヨ
V1
I I
三
葦雪
V2
III
V3
aVR aVL aVF
⊃ヨ
V4
V5V6
図2 心電図所見.II, III, aVFでSTの上昇と異常 Q波を認める.
議㌧、/
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〆溝擁
蕊∈
図1 胸部X繍象冠動脈の石灰化を認める(矢印).
いたが,肺うっ血はなかった.左右の冠動脈の走行に 沿い石灰化を認めた.肋骨の骨密度が緋薄化していた.
心電図:入院時のモニター心電図で心房拍数115/
分,心室拍数54/分と完全房室ブロックであった.翌日 の心電図(図2)でII, III, aVFのST上昇と異常Q 波,V、, V5, V6のST低下を認め,下壁梗塞と診断し
た.
心臓カテーテル検査は梗塞後3週目に実施した.左 室造影で左室拡張末期容積は138%of normalと拡大 し,左室下壁の壁運動が低下していた.左室駆出率 50%,左室拡張末期圧8mmHg,肺動脈模入圧7mmHg,
熱希釈法で心係数は3.1L/min./m2といずれも正常範 囲内であった.
冠動脈造影:右冠動脈と左冠動脈回旋枝が閉塞し,
左冠動脈前下降枝は75%狭窄であった.後下降枝と回 旋枝は前下降枝より側副血行を認めた.
心筋シンチを梗塞1カ月後に実施した.
ATP(アデノシン三燐酸)負荷によるタリウム心筋
シンチで負荷直後,後下壁は欠損し,前壁および側壁 の集積も低下していた.delayed imageで側壁と前壁 はわずかに再分布を認めるが,後下壁の集積はほとん どみられなかった.
入院経過二急性心筋梗塞の診断の遅れにより,冠動 脈内血栓溶解療法の機会を失した.完全房室ブロック に対してイソプロテレノールを使用したが,心不全症 状は軽く,その他のカテコルアミンは不要であった.
血清CPKも3病日に2,1821U/Lをピークに低下し
た.激しい胸痛に対し,塩酸モルヒネを持続静注した 結果,腎不全による塩酸モルヒネの蓄積から,遷延性 意識障害と呼吸抑制をきたし,人工換気を7日間必要とした.完全房室ブロックは7病日で消失した.彼は 2カ月後に,右冠動脈へのRotablator(PTCRA)を 実施した.1.5mrnのバルーンで拡張した後,最も細い 1.25mmのバーでPTCRAを行い,その後,1.75mm,
2.5mmのバー(Boston Scientific社製)にサイズ・
アップした.そして3.5mm×40mmのロング・バルー ンで経皮的冠動脈形成術(PTCA)を追加し,50%狭 窄まで再開通が得られた(図3).
考 察
小児の心筋梗塞は川崎病のように冠動脈炎によるも のと左冠動脈肺動脈起始症のように冠動脈奇形による ものが多く,動脈硬化によるものは少ない )2).ところ が,慢性腎不全で透析を受けている患者は10〜20年も 早期に動脈の加齢現象が生じているとの報告があ
る3).透析患者で動脈硬化が促進される要因として,高 血圧,脂質代謝異常,耐糖能の低下,運動不足,Caと Pの代謝の異常,尿毒症毒素の関与が推測されている.
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平成10年10月1日
騨
645−(53)闘
図3 Rotablator前後の右冠動脈造影
A:PTCRA前の冠動脈造影で閉塞を認める. B:PTCRA後,50%狭窄まで再開通を
認めた.
特に慢性腎不全では二次性副甲状腺機能充進症により
血清Caと血清Pの積が75以上になるとCaとPの血
中での溶解度が限界となり,リン酸塩や炭酸カルシウ ム塩などの結晶を形成して,異所性に石灰化がおこり 心臓,冠動脈にも石灰沈着を生じる4) −6).本患者は慢性 腎不全による副甲状腺機能充進症に対しアルファロー ルとカルシウム製剤の服薬指導を受けていたが怠薬に よりほとんど服用していなかった.その結果,異所性 石灰化が進行し,冠動脈の石灰化病変を招いたと考え られる.本症例は胸部X線で認めた冠動脈石灰化が急 性心筋梗塞を診断する契機となった.透析患者の経過 観察中に狭心症状や冠動脈の石灰化を認めれば,冠動 脈造影により冠動脈病変の有無と心筋シンチにより局 所心筋血流の評価を行い,虚血性心疾患に対処する必 要がある.冠動脈狭窄の血行再建術として最近はカ テーテル治療が実施されている.本症例は心筋シンチ で左室後壁のバイアビリテイーを認めなかったが,患 者が若年者であること,左前下降枝,左回旋枝も今後,高度狭窄病変に進行する可能性が高く,右冠動脈が collateral sourceとなるため,右冠動脈へのインター ベンションが必要であると思われた.PTCAは本例の
ように非常に硬い石灰化病変ではバルーンに高圧を加 えても拡大困難で,成功率が低いのに対して,PTCRA は非常に良い適応であったと考えられる7).しかし,再 狭窄率が高いため今後,反復性にPTCRAやステント 治療を考慮していく必要があると思われる.
謝辞:稿を終えるにあたり,Rotablatorを実施していた だいた倉敷中央病院循環器内科の光藤和明先生,亀甲真弘 先生に深謝いたします.
文 献
1)Stryker WA:Coronary occlusive disease in irlfants and in children. Am J Dis Child 1946;
71:280 300
2)野島恵子,斉藤彰博,上田 憲,中野博行:小児の 心筋梗塞.小児科 1984;25:253−263
3)Lindner A, Charra B, Sherrard DJ:Accerelat・
ed atherosclerosis in prolonged maintenance hemodialysis. N Engl J Med 1974;290:697 701
4)Andersen DH, Shchlesinger ER: Renal hyper−
parathyroidism with calcification of the arteries in infancy. Am J Dis Child 1942;63:102 125
5)Verma RP, Smergel EM, Chandrasekaran K:
Myocardial calcification in an extremely Iow birth weight infant with chronic rerlal failure and secondary hyperparathyroidism. J Per−
inatol 1993;13:111 114
6)de Moraes CR:Calcification of the heart:A rare manifestation of chronic renal failure.
Pediatr Radiol l986;16:422 424
7)Buchbinder M, Lem M, Warth D, et al:
Multicenter registry of percutaneous coronary rotational ablation using the rotablator. J Am Coll Cardiol 1992;19:333A
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646−(54) 口本小児循環器学会雑誌 第14巻 第5号
AYoung Adolescent Case of Acute Myocardial Infarction During Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis
Akira Ohta and Seikyou Furukawa
Division of Pediatrics, National Kagawa Children s Hospital
We reported on a high school boy with acute myocardial infarction during continuous ambulatory peritoneal dialysis(CAPD). He was admitted to our hospital due to severe chest pain and complete atrioventricular block. Calcification of coronary artery was also noted on the chest radiograph. Electrocardiogram revealed an elevated ST segment and abnormal Q wave in leads II, III, aVF, which was consistent with acute inferior infarction of myocardium. Selective coronary angiography demonstrated triple coronary artery disease, namely, occulusi、on of prox.
imal right coronary artery, circumflex coronary artery and 75%proximal stenosis of left anterior descending artery. Secondary hyperparathyroidism resulted from chronic renal failure was thought to be the cause of accelarated atherosclerosis in young adolescence. Rotablator treatment was effective in the severe calcified lesions of coronary artery.