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イギリスにおける国と地方の役割分担

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6章

イギリスにおける国と地方の役割分担

砂原庸介

1. イギリス地方政府の概要

1.1 四つの地域

よく知られているように,一般的に言われる「イギリス」はイングランド・ウェール ズ・スコットランド・北アイルランドの四つの地域から成り立っている。正式名称であ るグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)はこれら四つの地域の総称である。政府の文書等で使われる表現とし ては,他にグレートブリテンGreat Britain があり,これは北アイルランドを除いた三つ の地域を指す言葉である。これらの地域は宗教や人種が異なっており,地方行財政制度 についても違いが存在する。日本において「イギリスの地方制度」が検討される場合に は基本的にはイングランド,あるいはイングランド及びウェールズを対象としており, 地方分権改革のような特殊なテーマを除けばスコットランドや北アイルランドの地方 制度を射程に入れることは稀である。地方政府に関係する基本的なデータを確認すると, 次の表に示されるように,面積こそ多少小さいものの,イングランドが連合王国におい て非常に大きな位置を占めていることが確認できる。 労働党の地方分権改革によって,イングランド以外の三つの地域には地域議会が創設 され,特にスコットランドについては,教育などの特定の分野においてはスコットラン ド議会Scottish Parliament が一次的な立法権を持つにも至っている。そのため,特に近 年においては「イギリス」といってもイングランドとその他の地域(正確には,スコッ トランドとその他の地域)で必ずしも同じ説明が当てはまるわけではない。そのため, 以下では特に断らない限りイングランドの制度を対象とし,必要に応じてスコットラン ドやその他の地域について議論することとする。

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図表 6-1 四つの地域の比較 イングランド ウェールズ ス コ ッ ト ラ ン ド 北 ア イ ル ラ ン ド 合計 人口 49856 2938 5057 1703 59554 83.7% 4.9% 8.5% 2.9% 面積 130281 20732 77925 13576 242514 53.7% 8.5% 32.1% 5.6% 84854 5209 9694 289 100046 地方政府の 経常純歳出 84.8% 5.2% 9.7% 0.3% 12158 738 1028 87 14011 地方政府の 資本純歳出 86.8% 5.3% 7.3% 0.6% 各政府の 296131 20277 37152 13527 367086 総支出 80.7% 5.5% 10.1% 3.7% データは2003/04 年。人口は人数,面積は平方キロ,歳出は百万ポンド Annual Abstract 2005, Public Expenditure Statistical Analysis 2005 による

1.2 前史

イギリスの地方行政制度は,その長い伝統が謳われることが少なくないが,実際に現 在の地方自治制度の基礎が形成されたのは19 世紀末期であり,その時期は実は日本の 地方自治制度の黎明期と重なっている。1835 年の「都市団体法」制定以来,都市部を 中心に,独自の議会を持ち治安維持や公衆衛生の分野で責任を有する組織が生まれる一 方で,地方では教育や保健・救貧といった所掌分野ごとに独立した行政庁が設立される など,組織の管轄や境界についての混乱が見られ,19 世紀末にそれらの組織の整理と 再編が行われた。 その具体的な変遷は次の図表6-1 に見られる通りである。整理・再編の結果,最終的 には首都であるロンドンと,日本の「県」に当たる広域自治体であるカウンティCounty が二層制の自治体となったほか,それらとは独立して人口が5 万人以上の都市部の自治 体は特別市County Borough として存在することとなった。新しく生まれた自治体は, 当初,道路の管理や治安維持,保護施設の管理などの限られた分野で権限が与えられる にとどまっていたが,その後,教育委員会のようにこれまで所掌分野ごとに独立してい た行政庁の機能を吸収しながら総合化の方向に向かい,現在の自治体に近い体裁を取る ようになった。 19 世紀末に形成された地方行政制度は,1960 年代までほぼ安定を保ってきた。旧来 の制度に変化がおきたのは,1960 年代∼1970 年代である。この時期に二つの大きな制 度変化を経験することで,イギリスの地方行政制度は次の図表6-2 のような形へと変化

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することになった。その制度変化とは,大ロンドン県Greater London Council の創設と, 特別市の廃止である。この二つのうち,前者の大ロンドン県の創設は,ロンドン郊外の 広がりによる行政の混乱という現実に対応するという意味をもつもので,従前のロンド ン県がいくつかのカウンティ・特別市を合併し,業務の再編を行うというものであった。 それに対して,1970 年代の特別市の廃止は,イギリスの地方行政制度における完全二 層制の創設を実現し,地方団体の機能分担を適切にしようと試みたものである。この改 革によって,従来カウンティの下にあった基礎的自治体は全てディストリクトとして一 本化され,大都市では大都市カウンティ−大都市ディストリクトという二層制が確立さ れた。これによって,自治体あたりの人口規模は拡大され,行政サービスの質が向上す ることが期待された。しかし実際は,大都市圏を農村部分まで広げることによって大都 市部における労働党の党勢が伸張することを恐れる当時の保守党政権の意図があり,大 都市カウンティの行政区域が狭くなった結果,行政事務における大都市カウンティと大 都市ディストリクトとの競合が生じたことなどにより,この期待には十分に応えること ができなかった(竹下[2002, p.101])。 このように,1970 年代まではイギリスの地方行政制度はそれほど変化に富んだもの ではない。しかし,1980 年代のサッチャー改革以後,保守党のメイジャー政権・労働 党のブレア政権と頻繁に「改革」を行い,イギリスの地方行政制度に激しい変化が続く ことになる。

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図表 6-2 地方行政制度・19 世紀末∼ 出典:『イギリスの地方自治』,p.15. 図表 6-3 1972 年∼1986 年の地方行政制度 <1972 年∼1986 年> 広域自治体 基礎自治体 <1888 年> 広域自治体 基礎自治体 County Councils(58) Non-County Borough Councils(270) County Borough Councils(82) London County Council(1) <1899 年> 広域自治体 基礎自治体 County Councils(58) Urban District Councils(5 35) Rural District Councils(4 72) Non-County Borough Councils(270 ) County Borough Councils( 82) <1894 年> 広域自治体 基礎自治体 County Borough Councils(82 ) London City Council(1) County Councils(58) Urban District Councils(5 35) Rural District Councils(4 72) Non-County Borough Councils(270) London County Council(1) Metropolitan Borough Councils (28) City of London( 1) County Councils( 47) District Councils( 333) Metropolitan County Councils(6) Metropolitan District Councils(36) Greater London Council(1) London Borough Councils(32) City of London(1)

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1.3 保守党政権の改革

完全二層制の創設以後,地方行政制度に初めに大きな変化をもたらしたのは 1986 年に実施された保守党サッチャー政権の改革である。サッチャー政権は,1983 年に発 表した白書(White Paper)の中で,二層制の地方行政構造を強く批判し,大ロンドン 県と6 つの大都市カウンティを廃止するという考えを打ち出した。その際,白書で提 示された理由は以下の通りである1。 1. 二層制の地方団体は,経済成長が約束されていた時代に,その当時の必要性 に基づいて生み出されたものである。社会経済環境が変わり,インフレ抑制, 公共支出の削減が最大の関心事である今日においては,もはや二層制を継続 する必然性はない。 2. 非大都市圏に所在する県の行政サービスは,当該地域で地方団体が実施する サービス総額の87%を占めているのに対し,大ロンドン県は 16%,大都市圏 の県は26%を占めるにすぎず,限定した機能しか果たしていない。 3. 公共支出の削減のため,政府は,1981 年から支出目標額を設定したが,大ロ ンドン県と6 つの大都市圏の県の支出額はこの目標を大幅に上回っている。 このように,サッチャー保守党政権は,二層制の地方団体の非効率性を問題視し, 実際に大ロンドン県と大都市カウンティを廃止することに成功した。その結果,カウ ンティ−ディストリクトという二層制の部分が残る一方で,大都市圏では大都市ディ ストリクトあるいはロンドン区・シティの一層制という制度が混在することになった。 保守党政権がこの制度改革を行った直接の原因は,大ロンドン県や大都市圏で労働 党の力が強く,保守党政権と鋭く対立することが多いために,その力を削ぐことを狙 ったというものであると解釈がしばしばなされる2。特に大ロンドン県で市長であった ケン・リビングストンとサッチャーの対立は,大都市圏で強い労働党と中央の保守党 政権の対立関係を示す有名な挿話である。しかし,そのような「真の」理由がどうで あれ,保守党政権が当時の二層制の非効率性を問題にし,改革を成し遂げたことは重 要である。このときの改革以降,現在の労働党政権に至っても,従来の二層制から一 層制へと向かう大きな流れがあり,既存の二層制の地方行政制度が効率的な行政経営 を目指す観点からだけではなく,意思決定の単位としても問題があり,制度が適切に 1 以下,自治体国際化協会[1998:6]から引用。 2 前掲,p.6 など。

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現実の問題に対応できていないと考える立場については共有していると考えられるか らである。 保守党政権は,二層制が現状にあっていないという理由で,首相がサッチャーから メイジャーに変わっても同様の地方行政制度改革を続けた。この改革は1991 年に出さ れた協議書(Green Paper)3の提案に基づくものであり,サッチャー政権の改革で二層 制が保持された非大都市圏のカウンティとディストリクトを統合して一層制の地方団 体(ユニタリー)Unitary Authority が創設された。しかし,この改革は必ずしも徹底さ れたものではなく4,1995 年以降 46 のユニタリーが作られた一方で,二層制も一部で 存続し,それまで県とディストリクトの二層制であった地域では,①カウンティ内の 全ディストリクトがおのおのユニタリーとして再編された地域,②従来どおりカウン ティとディストリクトの二層制が存続している地域,③カウンティ内のいくつかのデ ィストリクトのみがユニタリーとなり,残りは二層制が存続する地域,の三通りの地 域が混在することとなった。ユニタリーは比較的広大な領域を持つもの(East Riding of Yorkshire や North Lincolnshire)も存在するが,多くのユニタリーの領域の大きさは大 都市ディストリクトMetropolitan District とそれほど変わらず,大都市制度としての側 面も持っていると考えられる。なお,このときの改革によって,イングランド以外の 地域については現在のところ基本的に一層制となっている。

2. 地方政府の権限と労働党の地方分権改革

2.1 地方政府の権限

立法の見地からはイギリス(イングランド)の地方政府は行政府に属するものとさ れ,その存立の根拠は1972 年地方自治法 Local Government Act 1972 および 1985 年地 方自治法など個別の成文法典にあるとされる。地方政府は法人の存立,権限,内部構 成など全て成文法によって定められており,これは国会の意思に依拠しているものと 考えられる。そのため,地方政府は存立根拠であるところの成文法に具体的に明示さ れている事務およびそれに付随する事務のみを適法に遂行することになっている。こ のように,国会が非常に強い権限を持ち,地方政府はあくまでも国会の定めた法律の 3 白書 White Paper 以前に提出され,関係者の意見を取り入れるためのたたき台となる文書である。両者 の違いについて,詳しくは,横田[1999]を参照。 4 この改革が不徹底に終わったのは,急進的に改革を進めてきた環境大臣の K.ヘゼルタインがそのポ ストを去ったことが大きいからであるという分析がされている(安藤[2002])。

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範囲内でしか権限を行使することができないという関係は「権限踰越の法理 Ultra Vires」と称され,イギリスの単一国家としての特徴を表しているものであると言える。 このような法理の存在からも,地方政府の権能は,同じ類型の団体については全国 画一的なものであることが原則とされ,単一団体が裁量的に新しい行政分野に乗り出 すことはできない。そのような必要がある場合には,個々の団体にのみ適用される地 方法 Local Act という法形式の成文法を国会に制定させるように必要な手続きをとら なければならない。しかし,近年の EU を中心とする地方分権改革の流れの中で,地 方政府に対する権限委譲が進み,後述のようにスコットランドについては一部の政策 分野において既にUltra Vires という概念が妥当しない状況が出現している。なお,Local Act の数は 1997 年を境に大きく減少し,現在に至っている。5 図表 6-4 Local Act の数 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 23 21 18 16 11 13 4 5 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 4 8 5 6 5 6

Office of Public Sector Information ホームページ

http://www.opsi.gov.uk/

2.2 労働党政権の地方分権改革

1997 年 5 月の総選挙で労働党が勝利したことによって,英国の地方行政制度改革は 新たな展開を迎えることになった。労働党は選挙前に公約した,スコットランドとウ ェールズ,北アイルランドにおける地域議会の創設とイングランドにおける地域機関 (地域開発公社 Regional Development Agency)の創設,さらに大ロンドン Greater London Authority(GLA)の復活を実行に移した。以下,各地域における分権について の事実を確認する。6

2.2.1 スコットランドへの権限委譲(Devolution)

地方分権改革以前,スコットランドでは中央省庁のひとつであるスコットランド省 5 自治体国際化協会[2003:121]によると,ブレア政権は権限踰越の規制を緩めたとされる。この法的根拠 は必ずしも明らかではないが,1997 年に PFI に関する立法が制定され,地方政府が独自に契約を結ぶこ とができるようになったことが大きいと考えられる。 6 以下,本節の記述は自治体国際化協会[2003]に大きく依拠するほか,自治・分権ジャーナリストの会 [2000]や北村[2001],自治体国際化協会[2001]等を参照した。

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が,外交・防衛はじめ国として判断が必要な分野以外の行政を管轄し,同省の国務大 臣であるスコットランド担当大臣Secretary of State for Scotland が,地方政府に対する 補助金の配分や,行政法人などに対する幹部職員の任命,スコットランド内の問題に 対する法律的な決定などを行っていた。スコットランド省は内務・保健・教育・農漁 業・産業開発といった内部部局を抱える大規模なものであり,閣内でスコットランド の利益を代表する存在として扱われていた。7 そのように比較的自律的な行政機構を 持つスコットランドにおける権限委譲の動きは決して新しいものではない。古くから 民族政党が存在し,分離独立の主張が見られてきたほか,1960 年代には保守党を中心 に権限委譲の動きもあったものの,結局経済問題が深刻になってきたことから実現は されなかった。実際にそれが政治的アジェンダに乗ったのは1990 年代に入ってからで ある。保守党はサッチャー政権以降,連合王国の維持を重視して権限委譲に反対した のに対して,労働党は権限委譲を主張してスコットランドでの支持を広げた。最終的 には1997 年の総選挙でブレアの率いる労働党が圧勝し,スコットランドへの権限委譲 が一気に進むことになった。 権限委譲は,住民投票における圧倒的な賛成を踏まえたうえで,1998 年に制定され たスコットランド法Scotland Act によって実施され,1999 年 7 月にスコットランド議 会が正式に発足した。スコットランド議会とその執行機関である自治政府は,議会議 員でもある首相First Minister と閣僚の指導のもとでスコットランド省の機能を完全に 引き継ぎ,12,000 人の職員のほとんどもそのまま引き継がれている。内閣におけるス コットランド担当大臣も閣僚として残されるが,その権限と重要度は大幅に低下する こととなっている。 新たに設立されたスコットランド議会は,1998 年スコットランド法(Schedule 5) によって明記された国が権限を留保する事項以外の権限を与えられたうえ,分権され た分野においてはたとえ国が留保している事項に影響があるとしても法案の審議・制 定を行うことができるとされる。しかし,スコットランド議会においてイギリス国会 の意思と矛盾する法律が制定される場合については,イギリス国会=連合王国がその 決定に干渉することは可能である(スコットランド法について連合王国の国会が審査 するプロセスが存在する)。現在のところスコットランド議会と自治政府は依然として 財政面では大きく中央政府に依存しているものの,教育や福祉施策などの分野におい 7 北村[2001:168-172]

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てスコットランド独自の施策を打ち出しているとされる。

2.2.2 ウェールズ

ウェールズについてもスコットランドと同時に議会設立の是非を問う住民投票が行 なわれ,過半数をわずかに上回る賛成を集めた結果,ウェールズ議会 The National Assembly for Wales が設立された。それに続いてウェールズ政府法 Government of Wales Act に基づいて議員選挙が行なわれ,1999 年 7 月に議会が発足している。ウェールズ についてもスコットランドと同様に従来ウェールズ省が置かれ,国務大臣としてウェ ールズ担当大臣Secretary of State for Wales が存在していたが,ウェールズ議会発足に よ っ て 2000 人の職員がウェールズ議会とその執行機関である内閣(首相 Fisrt Secretary)に引き継がれた。なお,やはりスコットランドと同様にウェールズ担当大 臣のポストは現在も残されている。 ウェールズの議会は,Parliament と呼ばれるスコットランド議会とは異なり, Assembly と呼ばれ,スコットランドのような一次的な立法機能を持つわけではなく, また税率を変更する権利も持たない。権限が移譲される分野についても,スコットラ ンドのように国の固有の権限を規定して残りを委譲するという形式ではなく,移譲さ れる分野がウェールズ政府法(Schedule2)に規定されるという形式が取られている。 そのため,ウェールズ議会が制定することができるのは国の法律を実施するに当たっ てウェールズの地域特性に合わせた二次的立法権と,ウェールズ内の特殊法人を整理 する権限であるとされる。8 国会で制定された法律が同じであるために,(一層制かど うかという問題はあるものの)イングランドとウェールズは基本的に同様の制度で運 用されることになると考えられる。なお,財政についてはスコットランドと同様に国 からの移転が占める割合が非常に大きく,自主財源は少ない。

2.2.3 北アイルランド

北アイルランドには,もともとカトリック系の住民が住む土地を,プロテスタント のイギリスが併合し,両者の宗教紛争が長く続いてきたという歴史を持つ。カトリッ ク系住民が90%を占める南部地域は 1921 年に独立したが,プロテスタント系の住民 が三分の二を占める北部地域は連合王国への残留を選択し,これが現在の北アイルラ 8 自治体国際化協会[2001:26]

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ンドにつながっている。それ以降,北アイルランドについてイギリスとアイルランド がともにその領有権を主張し,北アイルランドにおけるそれぞれの支持グループが武 装紛争を続けるという状況が続いた。そのためこの時期の北アイルランドにおいて, 住民による自治政府という統治形態をとることは困難であり,イギリスの出先機関で ある北アイルランド省を中心に,各省の出先機関が協力して北アイルランドに関する 政策決定がなされていた。 そのため,北アイルランドへの分権は,1998 年 4 月に北アイルランド和平プロセス が最終合意に達したことが前提に進められた。和平合意を受けて,北アイルランド議 会設立の是非を問う住民投票が行なわれ,その後の選挙によって議会(Northern Ireland Assembly)が設立された。選挙の結果を基に自治政府の設立が進められたものの,ア イルランド共和国軍(Irish Republican Army: IRA)の武装解除問題等で難航し,たびた び自治政府機能の停止が行なわれるなど不安定な要素が存在している。

北アイルランド議会は,1998 年北アイルランド法 Northern Ireland Act によって明記 された事項(Schedule 2)以外の分野において一次的な立法機能を持つとされている。 ただし,現状ではその中でも一部の分野について政府が権限を留保しており(Schedule 3),それら留保事項や政府の権限に関する立法が行なわれる場合は北アイルランド担 当大臣の同意が必要とされる。自治政府は議会議員の中から選挙で選ばれる首相(First Minister)と副首相を長とし,閣僚である大臣と副大臣で構成される。首相と副首相は ペアで選出され,その選出に当たってはユニオニスト(連合残留支持)とナショナリ スト(分離独立支持)双方の過半数の支持を得なければならない(cross-community support)。なお,北アイルランド自治政府の特徴として,内閣を構成する大臣が,各 政 党 の 議 席 数 に よ っ て 割 り 当 て ら れ て い る と い う こ と が 挙 げ ら れ る 。 こ れ は cross-community support と同様に,宗教紛争の激しかった北アイルランドに対する特別 の配慮であると考えられる。自治政府の財源については,予算総額の約半分が政府か らの包括補助金であり,自治政府は包括補助金の総額が決定されたうえで自主財源の 必要額を計算する。自主財源については,地域税の税率設定の権限が北アイルランド 政府に与えられている。

2.2.4 イングランドにおける分権

イングランドにおける地方分権に関する政策として主要なものは,地域機関の創設

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と,サッチャー政権時に一度廃止された大ロンドンGLA の復活の二つが挙げられる。 ここでいう地域機関とは,最終的にイングランドの8 つの地域にそれぞれ創設された, 地域開発公社RDA,地域集会 Regional Chamber のことである。そしてこの二つの機関 に加えて,政府事務所Government Office for the Region を軸としてイングランドの各地 域が運営されることになる。 労働党がイングランドにおいて地域機関の創設を公約した理由は,①地域機関の存 在が欧州連合による補助金(欧州構造基金)の枠組みに適合しやすいこと,②それま での国の出先機関Regional Offices に代わって,地域住民の声を取り入れる民主的な地 域機関を必要としていたこと,が挙げられる9。その上で,第一段階として各地域が経 済開発組織を持ち,地方団体が一緒になって地域集会を作る,第二段階として直接公 選の地域議会Regional Assembly を作るかどうかを住民投票によって決める,という戦 略をもっていたとされる10。 現在までの労働党の改革は,ほぼ当時想定されていた流れに沿ったものであるとい える。そして,上述のように,第一段階として具体的に創設されたのが,地域開発公 社・地域集会といった制度である。それでは,このような制度はどのような改革を具 現しているといえるのだろうか。この点について,各組織の特徴を見ながら検討する。

政府事務所Government Office for the Region

政府事務所が創設されたのは,保守党政権下の 1994 年のことである。この機関は 環境省Dept. of Environment,通商産業省 Dept. of Trade and Industry,運輸省 Dept. of Transport ,雇用省 Dept. of Employment がそれぞれもっていた出先機関を統合して作 られたものである。これは,従来のタテ割りの行政運営を見直し,横断的な業務に当 たること目的として作られたものであり,その運営母体となっている省庁(DETR, DfEE,DTI)からの出向者・資金を活用して業務が行われる。そのために,分権的な 要素への配慮がなされつつも,地域からの視点を生かすというよりは,中央政府の手 足としてその政策を実行に移すという性格が依然として強い。 創設当初の業務は欧州連合からの補助金である欧州構造基金の運営や中央政府の 9 選挙前の労働党幹部(ネクストキャビネット自治大臣)の説明による。横田,1997,pp.190-192 に引用 されている部分を再引用した。 10 横田,前掲,pp.192。地域議会を作る,というのは保守党政権下では全く検討されなかったものであ ったが,労働党政権は1970 年代からその構想を持っていたという。

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政策の調整,そしてSRB(既存省庁が独自に計上していた地域再生関連補助金を一括 したもの)制度の運営などであり,包括的に地域の経営に携わっていたといえる。し かし,後述する地域開発公社の創設によってその権限のうち多くを譲り渡すこととな り,その業務は中央政府との連絡・調整のほか,教育や交通など一部の事業に重点が おかれるようになった。

地域開発公社Regional Development Agency

地域開発公社は地域における開発の中心として 1999 年にイングランド内の 8 地域 (+ロンドン)に設立された特殊法人(QUANGO)である。設置法(1998 年 RDA act) によると,その目的として,①経済発展と地域の再生を進める,②経営効率・投資・ 競争の増進,③雇用の増進,④雇用に関連する能力発展・適用の向上,⑤連合王国に おける持続可能な発展の達成への貢献という5 つが挙げられている。

地域開発公社は,ここで挙げられた目的を達成するために,国務大臣によって任命 された8 名から 15 名の理事による理事会を組織し,意思決定を行う。そして,その運 営を行う際の重要な資源が単一再生予算Single Regeneration Budget(SRB)である。公 社の創設以前,SRB の担い手はイングリッシュ・パートナーシップの地域事務所 the Regional Office of English Partnership やルーラル・チャレンジ Rural Challenge,政府事 務所,村落開発委員会の村落貸付基金プログラムRural Loan Fund Programmes of the Rural Development Commission など分散して存在していた。しかし,地域開発公社が創 設されたことによって,SRB の担い手を公社に一元化し,より地域の実情に即した施 策を行うことが企図された。SRB 制度は本来中央政府による資源配分の効率化を図る ための施策であるが,それが地域開発公社と結合し,7 割近くを占める主要な財源と なることによって,公社が単なる事業体にとどまらず,地域政策における高次の意思 決定主体となる基盤が形成されることになったと考えられる。さらに,地域開発公社 には,政府事務所の職員やイングリッシュ・パートナーシップの職員など,従来個別 的に地域政策の意思決定に当たっていたスタッフが統合されるなど,公社が高次の意 思決定主体となる基礎が固められた。 1999 年に上述の制度が導入されて以降も労働党政権の改革は続く。その中でまず注 目すべきであるものは,SRB 制度の廃止と単一予算 Single Budget の導入である。SRB の申請は第6 期(2000 年度分)までをもって打ち切られ,その後の新たな事業承認は

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行われていない11。これは,政府が2002 年度から,地域開発公社が管理している事業 費をさらに統合して,公社の意思決定における裁量の幅を一層広げる制度である単一 予算制度の導入を検討することになったためである。単一予算を導入することによっ て,地域開発公社はそれぞれの地域における計画の優先度に応じて予算付けをするこ とが可能となり,業務の一層の効率化が期待されることになる。 地域議会Regional Assembly RDA 法では,RDA の管内において地域住民の声を代弁する機関として適当と認め られる組織を地域議会Regional Assembly として指定することができると規定し,地方 議員や地域の様々なセクターの代表によってボランタリーに構成される地域議会が創 設された。その存在は,基本的に地域開発公社とセットのものとして考えられている が,その役割は地域開発公社の活動を評価・監視することから,地域内で公社の事業 を 調 整 す る よ う な と こ ろ ま で 幅 広 く , 各 地 域 に よ っ て そ の 役 割 の み な ら ず 規 約 constitution が異なっている。 地域議会は,地域開発公社と比べてより地域に根ざそうという意図の強い組織であ る。国務大臣によって示された指針のもとで,代表は70%を上限として地方政府のメ ンバー(国立公園当局含む),最低 30%が地域の利害関係者によって構成される。地 域開発公社の理事が国務大臣によって任命されて国務大臣に対して責任を持っている のに対して,地域議会は様々なセクターからの代表が,その出身団体に対して責任を 負うかたちとなっている。そのため,構成・役割は地域ごとに大きな多様性をもち, 規模についても30 数名で地域議会を構成する地域から 100 名を超えるメンバーがいる 地域まで存在し,幅が広い。 このような特徴から,地域議会は,経済発展や地域再生に重点をおく地域開発公社 に対して,地域の声を政策に反映させ,公社や政府事務所の地域戦略を地域の視点か ら効果的に統合・調整する役割をもっていると考えられる。そのために,地域集会は, 上述の第二段階の改革で設立が企図されている公選の地方議会の前段階という性格を 保持しているといえる。さらに労働党は,地域議会を地域レベルでの公選議会として 設立することを白書(Your Region, Your Choice, 2002)として発表し,単一予算を運営

11 ただし,SRB で既に承認されている事業については最長で 7 年間継続されるため,その費用は単一予

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する地域開発公社が,地域議会が策定した政策分野ごとの地域戦略 Regional Strategy に基づいて業務を行い,中央政府よりも地域議会に対して直接の説明責任を負うこと になるとしている。このように,公選の地域議会を創設して中央政府からより高次の 意思決定権限を付与することで,当該地域住民に対する説明責任を向上させ,同時に 地域によって異なる政策を採用する可能性を与えることで,政府の行う活動の有効性 や効率性が改善すると強調している。しかし,新たな地域議会が,カウンティ・ディ ストリクトの上に位置する三層目の地方団体となることは明確に否定されており,カ ウンティ・ディストリクトの二層制からユニタリーの一層制へという移行が終了した 地域においてのみ設置されるとしている。地域議会が公選議会になるためには,住民 の 間 に 公 選 の 地 域 議 会 の 設 立 に 対 し て 要 望 が あ っ た う え で , 政 府 の 境 界 委 員 会 Boundary Committee という機関が勧告を行い,所管大臣の同意を得た上で住民投票が 行われるという手続きを踏むとされている。そして住民投票で多数の賛成を得た場合 に,新たな公選議会が生まれ,既存の地方団体との関係整理に入るとされる。その後 2003 年に North East,North West,Yorkshire and the Humber の 3 地域において住民投票 が行なわれることになり,イギリス国会で 2003 年地域議会(準備)法 Regional Assembly(Preparations)Act が成立し,住民投票開催の日程や手続き,賛成多数の場合の その後の手続きについて定められ,北東部の North East Regional Assembly において 2004 年 11 月 4 日に住民投票が行なわれた。しかし,結果は圧倒的多数で否決され, 公選の地域議会の設立に向けた動きは現在のところ立ち止まっている。

大ロンドン当局(Great London Authority)の創設

地域機関の創設とともにイングランドにおける地方分権として重要な政策が,大ロ ンドン当局の創設である。ロンドンは1986 年にサッチャー政権下の改革によって大ロ ンドン市(Greater London Council)が廃止されて以来,32 のロンドン区 London Borough とシティからなる一層制の地方地帯で構成されていた。ブレア政権では,ロンドンを 公選の市長と25 人の議員からなるロンドン議会,それを補佐する事務局によって成り 立つ大ロンドン当局を創設し,それに主と警察局,消防・緊急時計画局,交通局,開 発公社という4 つの実務機関を置くかたちで,公共交通,地域計画,経済開発,環境 保全,警察,消防,保健衛生等の分野においてロンドン全域にわたる企画調整を行う こととした。

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大ロンドン当局に導入された公選市長制は,イギリスの地方政府の歴史において初 めてといってもよい試みであり,市長は大ロンドン当局の意思決定及び執行において 大きな役割を果たすことになる。それに対して,イギリスにおいて伝統的に意思決定 と執行を行ってきた議会は,市長の政策立案の補佐及び実施状況の検証,予算の修正・ 承認といったような(日本の地方議会に近い)役割を与えられることになる。その仕 事は,基本的に上述の政策分野に限られており,歳出内訳(2004/05 年決算見込み) を見るとロンドン交通局(56%),ロンドン警察局(34%),ロンドン消防・緊急時計 画局(5%),ロンドン開発公社(4%),GLA 当局(1%)と,最近その改革が問題と なっているロンドン交通局への支出が極めて大きな比率を占めている。それに対して 歳入(2005/06 予算)は,中央政府からの補助金が 55%であるのに対してカウンシル 税が占める割合は8%と,地方税による収入が占める割合は非常に小さい。

2.3 小括

1997 年以降の労働党による地方分権改革によって,スコットランド・ウェールズ・ 北アイルランドという連合王国を構成する地域とともにイングランドの内部において も比較的広域的な単位への分権が進められてきた。特にスコットランドにおいては, 連合王国議会の関与は残るものの,一次的な立法権限までもが分権されているのは, イギリスという国の歴史を見る限り極めて大きな改革であると考えられる。イングラ ンド(特に GLA)・ウェールズにおける地域議会の構想についても,これまで権限踰 越の法理を堅持してきたイギリスの地方制度を考えると,現地性を考慮した二次的な 立法権限の付与は大きな意味があると言える。それに対して,少なくとも一次的立法 権限を与えられたスコットランドにおいてもそれに見合う財源は手当されているわけ ではない。国税である所得税の税率に関する権限は手に入れたものの独自財源は依然 としてカウンシル税のみであり,税目に関する権限は中央政府に留保されているうえ に,労働党が当初公約していたビジネスレイト(後述)の税源移譲も行なわれておら ず,結局のところ中央政府からの移転に頼る状況は継続している。各自治政府の財源 については,スコットランド・ウェールズにおいてイングランドとの関係で「バーネ ット・フォーミュラ」と呼ばれる算定式を用いて,省庁別の予算が配分されるものを 用いる。これは,以前スコットランド省・ウェールズ省・北アイルランド省に財源が 配分されていた形式をそのまま踏襲したものである。このフォーミュラは,スコット

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ランド・ウェールズ・イングランドの公共支出を10:5:85 の割合で増減させて配分 し,1976 年のグレートブリテンの人口比に沿ったものとするための算定式」と定義さ れ,イングランドで85 ポンドの公共支出の増減変化があれば,同時にウェールズでは 5 ポンド,スコットランドでは 10 ポンド自動的に増減されるというものである12 図表 6-5 各地域における政治制度の違い スコットランド ウェールズ 北アイルランド GLA RDA 代表 議院内閣制 議院内閣制 議院内閣制 公選市長 国務大臣が任命 選挙 小選挙区制+ 比例代表制 小選挙区制+ 比例代表制 比例代表制 比例代表制 議会なし 根拠法 スコットランド 法 ウェールズ政 府法 北アイルランド 法 大ロンドン当 局法 RDA 法 立法権限 一次的立法権 二次的立法権 将来的に一次的 立法権 計画策定 計画策定 域内の 地方政府 一層 一層 一層 一層 二層もあり 域内税率 変更権限 あり なし 一部あり なし なし 12 北村[2001:172-173]

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3. 地方政府の財源と財政責任

現在のところ,地方政府の財源は,主に歳入援助交付金Revenue Support Grant(RSG), ビジネスレイトRedistributed Business Rates,特定補助金 Specific and Special Grants,カ ウンシル税Council Tax によって構成される。その他,借入金・地方債(認可制度)に よる調達や手数料・使用料収入があるが,少なくとも経常歳入におけるその割合は非 常に少ない。全体としては,特定補助金の割合は少なく,一括補助金である歳入援助 交付金の割合が大きくなっている。地方政府が裁量を発揮することが可能な地方税は カウンシル税のみであり,地方政府は年度の歳出予算と中央政府からの移転額が決定 した後にカウンシル税の税率を決定する。しかし,2003/04 年決算においては地方政 府の全予算の約18%程度を占めるに過ぎない。 図表 6-6 イングランドにおける地方政府の歳入

Summary of local authority income 1998-99 to 2003-04

£ million

1998-99 1999-00 2000-01 2001-02 2002-03 2003-04

Grant income:

Revenue Support Grant 19,480 19,875 19,437 21,093 19,889 24,215 Redistributed business rates 12,524 13,612 15,400 15,137 16,626 15,604

Police Grant 3,375 3,505 3,627 3,798 3,808 4,079

Specific and special grants inside Aggregate External Finance(AEF)

2,335 2,921 4,671 6,552 8,901 13,447

Other grants inside AEF(a) 120 126 81 33 35 43

Grants outside AEF(b) 7,029 6,247 6,038 6,506 8,917 9,441

Housing subsidy 3,298 3,041 2,769 4,053 3,860 3,730

Grants towards capital expenditure 2,088 2,147 2,451 3,188 3,683 3,527

Total grant income 50,249 51,474 54,474 60,361 65,719 74,086

Locally-funded income:

Council tax(c) 12,436 13,368 14,292 15,296 16,648 18,946

External interest receipts 990 791 895 917 851 765

Capital receipts 2,662 3,651 3,512 3,579 5,040 5,322

Sales, fees and charges 7,020 7,303 8,143 9,023 9,685 10,191 Council rents(net of rebates) 2,891 2,886 2,958 2,925 2,765 2,717 Total locally-funded income 25,999 27,999 29,800 31,740 34,989 37,941 Other income and adjustments 5,161 5,541 5,113 5,775 6,617 7,557

Total income 81,409 85,014 89,387 97,876 107,325 119,584

Grants as a percentage of total income 62% 61% 61% 62% 61% 62% (a)Includes Standard Spending Assessment Reduction Grant, Central Support Protection Grant, City of London offset, Transitional Reduction Scheme Grant and General GLA Grant.

(b)Excludes Council Tax Benefit Grant.

(c)Includes council taxes financed from Council Tax Benefit Grant but excludes council taxes financed from local authority contributions to council tax benefit.

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3.1 地方税

イギリスにおける地方税は,もともとレイトと呼ばれる,1601 年救貧法によって導 入された固定資産税のみであった。レイトは1925 年レイト・評価法によって資産評価 方法や課税対象の範囲が全国的に統一された後,1966 年レイト法によって居住用資産 に対して一律の軽減税率適用,低所得者に対する割引が始まると共に居住用資産 Domestic Rate と事業用資産 Non Domestic Rate に別の税率がかけられることとなった。 資産課税であるレイトは,地方政府にとって安定的な税であるもののその伸張性に欠 き,地方の独自財源が低下する一因となったと考えられる。 このレイトは,サッチャー政権によって大きく改革される。サッチャー政権は,地 方政府の歳出水準が高ければ高いほど交付額が減少する仕組みを持った包括補助金制 度Block Grant と,レイトの上昇が大きい自治体についてその上昇を抑える権限を国務 大臣に与えるレイトキャッピング制度を導入し,地方政府の財源についての裁量を大 幅に奪った。さらには,1988 年地方財政法に基づいてレイトを廃止し,最終的にサッ チャー政権の基盤を揺るがす人頭税 Poll Tax(コミュニティー・チャージ)を導入す ることになる。同時に重要な改革として,事業用資産にかかるビジネスレイトを国税 化したうえで,一度税を国庫に納入した上で各自治体の成人人口に応じて配分するこ ととした。これによって地方政府から中央政府に大きく財源が移譲されることとなっ た。 サッチャーによって導入された人頭税は,その逆進的な性格から低所得者の負担の 増大に対する反発が大きく,次のメイジャー政権によって廃止され,1992 年地方財政 法によってカウンシル税が創設されて現在に至っている。これはレイトの持つ資産税 の側面と,コミュニティー・チャージが持つ人頭税の側面を併せ持ち,基本的な課税 対象を居住用資産としたうえで,ひとつの居住用資産に成人二人の居住を基本として, 実際に居住する成人の人数によって税額が決定されるものとされた。また,サッチャ ー期に国税化されたビジネスレイトは,政府が実質価額で前年と同水準を維持するか たちで一律に税率を決定し,譲与税のように基本的に人口比例で地方政府に配分され ている。現在は,カウンシル税・ビジネスレイトともに一層目の地方政府(ディスト リクト,ユニタリー,ロンドン・バラ)が徴税事務を担うこととされている。実際に 徴税を行なわない上層の地方政府は,「徴税命令自治体」として一層目の地方政府に必 要とするカウンシル税の総額を伝えて徴税を委託し,一層目の地方政府は割引制度や

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給付制度を考慮しつつ,委託を受けた所要額を満たすように税率を逆算して徴税を行 うことになる。

3.2 財政調整制度

イギリスにおける財政調整制度は,1888 年地方自治法に規定された指定歳入制度に はじまるとされる。これは中央政府の租税の一定部分を地方に割り当てて,それを地 方政府に一般包括交付金として分配する制度であった。しかし,この制度では当時の 地方政府の歳出を十分に賄うことができず,教育補助金などを中心に特定補助金が増 加することとなった。本格的な包括交付金である一般平衡交付金を創設することにな ったのは1929 年地方自治法であり,指定歳入制度を廃止し,特定補助金も統合したう えで,各地方政府の人口をベースに5 歳未満幼児数や失業者数等で補正して配分が行 なわれた。しかし,この制度では地方政府間の財政格差を埋めきることができなかっ たため,1948 年地方自治法によって一人当たりの課税評価が一定の水準(全国平均) 以下の地方政府を対象に交付し,一定以上の財政力を持つ自治体には交付しないとい う国庫平衡交付金が導入された。このような改正によって地方政府の歳入の均衡化に は成功するが,国の財政が圧迫されることとなった。この問題に対しては1958 年の地 方自治法で国庫平衡交付金に上限を設けたレイト補填補助金Rate Deficiency Grant に 移行し,特定補助金を一般補助金General Grant として包括することで解決が試みられ た。

1966 年には,レイト法によって地方税(レイト)の対象となる居住用資産に対して 一律の軽減税率が適用されたことをうけ,新たに地方政府の財源補填の必要が生じ, レイト援助交付金Rate Support Grant が創設された。これは,財源要素 Resource Element, 需要要素Needs Element,住宅用住宅減税要素 Domestic Element から構成され,あらか じめ設定された交付総額を要素ごとに分配し,さらに要素ごとのFormula に基づいて 各自治体に交付する方式が始められることになった。この交付金は,地方政府から実 需要を反映していないという不満を多く受け,幾度かの改正が行なわれたが,ニーズ 要素というかたちで平均レベルでの地方政府支出の「標準ニーズ」を査定する仕組み が導入されたことが注目される。その後,既に述べたようにサッチャー政権の改革で 制裁機能を持った包括補助金制度Block Grants が導入され,地方政府の財源は補助金 の面からも縛られた。

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現在の制度である地方交付金(RSG)は,1988 年地方自治法によって 1990 年 4 月 からレイト援助交付金に変わって導入された。これは,行政需要に係る費用・当該地 域における租税力を比較し,その差額を一般財源として補充すると共に,地方政府ご とのカウンシル税の地域間格差を抑えることが狙いとされている。この総額は標準支 出総額Total Standard Spending から標準的なカウンシル税,ノン・ドメスティックレイ ト,補助金を差し引いたかたちで決定されるものであり,日本の地方交付税交付金の ように国税の一定割合というわけではない。そして,各地方政府に交付される際には その「標準支出査定額」Standard Spending Assessments(SSA)から各地方政府の標準 的なカウンシル税とノン・ドメスティックレイトの和を控除した額によって算定され ることとなっている。なお,標準支出査定額は,教育,社会福祉,警察,消防,道路 維持,環境・治安・文化,資本財政の7 つのブロックで,各指標に中央政府が決めた 単位費用を乗ずることで求められ,地方政府の社会経済的条件や地理的条件によって 補正がかけられるており,日本の基準財政需要額に似た考え方で算出されていると言 える。

3.3 その他の補助金

イギリスにおいて,中央政府から地方政府への移転は,一般財源として交付される 地方交付金と譲与税であるビジネスレイトの比重が大きいが,特定補助金もある程度 存在する。代表的なものは,警察行政の標準経費の51%を交付する警察補助金 Police Grant や,住宅会計の歳入不足を補う住宅会計助成金がある。さらに,非常に重要な くくりとして,外部統合財源Aggregated External Finance(AEF)内特定補助金と,AEF 外特定補助金の二種類がある。前者は,地方政府が所掌する業務に関して政府がその 経費の一部を給付する補助金であり,大きなものとしては教育水準補助金 Education Standards Fund やロンドン交通局交付金 GLA Transport Grant などがある。一方後者は, 政府が所掌する業務に関して地方政府が政府に変わり代理支出するものに対して給付 される補助金であり,住宅手当給付補助金Mandatory Rent Allowance Subsidy Grant や 地方税給付補助金Council Tax Benefit Grant などが大きな割合を占めている。

さらに2002 年から,単一資本資金 Single Capital Pot と呼ばれる新しい補助金が導入 された。これは,従来の教育・社会福祉・住宅等分野別に政府から地方政府に交付し ていた資本支出に関する補助金の大半を分野横断的な「単一資本基金」として交付す

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るものであり,基本的に借入認可と同様の方法で配分される。単一資本基金は,政府 事務所の地域ごとに一定のFormula に基づいて算出される自治体の需要額の合計に基 づいて配分され,次にそのうちの95%が Formula によって各自治体に配分,残りの 5% は大臣の裁量に基づいて配分先と額が決定されることとなっている。

3.4 その他の財源

地方政府の借入は,1989 年地方自治・住宅法によって認められ,イングランド銀行 もしくは認可された銀行からの当座借越,国家負債局National Debt Office もしくは公 共事業資金貸付協会Public Works Loan Board からの借入(2002 年 7 月から財務省の外 局として統合されてイギリス負債管理局UK Debt Management Office の中に置かれる), 借入証書loan instrument による借入,の三種類があり,このほとんどが公共事業資金 貸付協会からの借入(2000 年度末の残高で 90.3%)である。借入金は基本的に短期借 入以外を経常支出の財源とすることはできず,資本支出にまわされる。 また,地方債についても様々な地方債の発行は認められているものの,実際に地方 政府が債券発行のかたちで調達している額は少なく,総借入残高に占める割合は2000 年度末現在で約1.9%にとどまる。長期の借入は 1989 年の地方自治・住宅法によって 認められることになり,基本借入認可 Basic Credit Approval(BCA)と追加借入認可 Supplementary CA(SCA)に分類され,年間資本支出ガイドライン Annual Capital Guidelines(ACGs)から各自治体の想定資本売却収入を控除して民間などからの資本 の借入認可額が算定されていた(Receipts Taken Into Account(RTIA),2002 年以降廃 止)。BCA は用途を特定しない単年度のものであり,後者は用途を特定し,二年にわ たって利用されるものである。ただし,これらの名称はあくまでも制度の性質を表す ものであって,SCA が BCA を上回る年もあり,どちらも重要な選択肢であった。13 枠を決めるACGs は,特定財源で賄われるものを除いて,各地方政府の想定資本需要 を住宅,交通,環境・治安・文化サービス(副首相府),教育(教育・技能省),社会 福祉(保健省)という5 つのブロック別に算出したものとされている。2003 年地方自 治法が制定された後,中央政府の借入認可がなくても地方政府は長期の借入を行うこ とができるようになったが,新たに創設された地方政府の資本形成を補助するための 補助資本支出Supported Capital Expenditure(SCE)を算出するときには,以前と同様

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の方法が使われている。 最後に,地方政府が様々なサービスの提供を通じて取得する使用料・手数料等が上 げられる。主なものとしては,産廃処理・公共交通・屠殺場・港・空港などの「商業 サービス」,ホームヘルプ・児童および高齢者介護・成人教育などの「個人向けサービ ス」,浴場・スポーツ施設・市民劇場・駐車場などの「アメニティーサービス」,計画 申請・建築物規制・介護施設登録といった「規制サービス」が挙げられる。これらの 料金設定については基本的に自治体が裁量権を持つが,実際は政府が定める各種ガイ ドラインにより拘束されている。

3.5 地方政府の財政責任

地方政府の財政責任については,経常会計と資本会計を分離して考える必要がある。 まず,経常会計については,標準支出総額(TSS)が決定された上で,標準カウンシ ル税の総額を決め,地方政府への補助金が決まり,各地方政府の標準支出査定額(SSA) を考慮して補助金が配分される。そのため,中央政府の観点からは,各地方政府が標 準的なカウンシル税を徴税すれば,あとは中央政府からの補助金と合わせて,地方政 府が支出すべき標準的な支出額を賄うことができることになる。そのため,もし地方 政府がSSA を超えて支出を行う場合には,地方政府はカウンシル税を標準以上に上げ ることでその支出を賄わなくてはならない。イギリスの地方政府の多くは自主財源の 割合が約20%と非常に低いために,経常支出の総額を 1%増やした場合にはカウンシ ル税の総額を 5%増やさなくてはいけないことになる(もちろん,自主財源の割合が 10%程度であればカウンシル税の総額は 10%増やさなくてはならない)。このように歳 出総額から見ればわずかな増減であってもカウンシル税に対して拡大された影響が及 ぶことはギア効果Gearing Effect と呼ばれている。 伝統的に労働党が強い地方政府は,中央政府が決定した標準支出査定額が過少に過 ぎるとして中央政府に不服を申し立てることが多いほか,特に人頭税以前のレイトの 時代にはこのような制度のもとで地方税率を急激に増加させる地方政府は少なくなか った。急激な地方税の上昇を防ぐために,中央政府は1984 年レイト法に基づいてレイ トキャッピング制度を導入し,国務大臣はレイトの上昇が大きいと認められる地方政 府に対してその上昇を抑える権限が与えられていた。カウンシル税導入以後は,レイ トキャッピング制度が改められ,政府が定めるSSA を基準に地方政府の予算の伸び率

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の上限を設定するものへと性格が変えられた。このような地方税の増額を抑える制度 は健全財政の確保という点では一定の効果を挙げたものの,当該地方政府で真に必要 な予算を計上することができないという批判は強く,ブレア政権では,キャッピング 制度の廃止を公約し,1999 年地方自治法で最終的にキャッピング制度を廃止している。 しかし,過度な税率上昇を抑える制度は残されており,現在では中央政府が毎年度目 安となる税率上昇率をガイドラインとして公表し,これを超過した地方政府に対して, 当該年度及び中期的な歳出見通しや行政運営の効率性を考慮したうえで,税率制限権 を行使できるとともに,中央政府から地方政府に交付する地方税給付の原資の一部を 求めることができるとされている。労働党は,将来的にはこのような限定された税率 制限権も廃止することを謳っているが(2001 年 12 月 Strong Local Leadership),早期に 全面的に廃止することには伸張であり,当面は包括的業績評価制度のもとで好業績を 残している地方政府のみについて適用しないとする方針である。また,一部の地方政 府では,カウンシル税の税率決定についてカウンシル税の税率とそれによって変更さ れる行政サービスの水準を同時に提示した上で,住民投票を通じて税率を決定すると いう方式を取っているところもある。 地方政府の資本会計は,経常会計と比べてその規模が非常に小さく,資本収入の約 1/3 が借入金によって賄われている。既に述べたように,短期の借り入れを除いた借 入金は経常支出に充てることは認められておらず(ゴールデン・ルール),資本支出に 限定されている。債券の形式をとって借り入れが行なわれる部分は非常に小さく,ほ とんどは公共事業資金貸付協会からの借入である。この借り入れ(長期)については, 2003 年地方自治法が制定されるまで,国の認可が必要であった。その認可は既に述べ たように年間資本支出ガイドラインACGs に基づいて,基本借入認可と追加借入認可 に分かれているものであった。しかし,2003 年地方自治法によって,新たなシステム Prudential System が導入され,地方政府が借入などによって資本支出を賄う際に中央 政府の認可を必要としないこととされた。地方政府はその資本支出プログラムの主要 な部分において政府の援助を受け続けるものの,公認公共財務会計協会the Chartered Institute of Public Finance and Accountancy(CIPFA)によって作成された Prudential Code にしたがって,中央政府からの追加的な援助なしに債務を管理することができると評 価される限りにおいて,投資のための借入を自由に行うことができるようになった。 そのため,現在ではSCE(R)を越える部分の借入については,地方政府は Prudential Code

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にしたがって自己規律を保持しながら借入を行い,資本支出を決定することになった。 その過程においては,地方政府が自ら拘束性のある借入金の上限額を設定し,住民の 理解を得るために投資及び借入に関する計画を作成して住民に公表する必要がある。 ただし,中央政府は,地方政府がPrudential Code に従っていたとしても,国全体の経 済環境によっては地方政府の借入を制限する権限は留保している。債務残高のコント ロールについては,1989 年地方自治・住宅法によって地方政府の債務残高の上限が定 められている。また,2003 年地方自治法の施行以前には,地方政府が毎年債務返済準 備金Provision for Credit Liabilities(PCL)を積み立てることが義務付けられていたが, この規制についても2004 年 4 月からは廃止されている。

4. 社会保障制度

4.1 現金給付

社会保障のしくみは,大きく国が所管する現金給付の社会保障と,地方政府が責任 を持つ現物給付の対人社会サービス,さらに,国の機関であるNHS が提供する医療サ ービスに分類することができる。ベヴァリッジ報告後に形成されたイギリスの福祉国 家における社会保障制度は,国民保険National Insurance による所得保障を基礎として おり,国民保険でカバーすることができない部分について公的扶助制度をはじめとし た諸制度が補完する体制をとっている。イギリスの社会保障制度の根幹をなす現金給 付・所得保障の部分は,中央政府において雇用年金省Department of Work and Pensions が所管することとされている。

4.1.1 基本的な現金給付(公的扶助+失業給付)

ベヴァリッジ報告によって示された理念では,現金給付については国家による強制 加入の国民保険によって均一拠出・均一給付の原則の下で運営されることが目指され ていた。しかし,国民保険制度が発足した直後に,現在の公的扶助制度の基礎となる 国民扶助制度(National Assistance)が制定されると,国民扶助の給付水準が国民保険 を上回るという現象が見られ,国民保険を維持するためにもその給付水準の是正がた びたび行なわれた。その後,公的扶助制度は補足給付制度Supplementary Benefit(1966 ∼),所得補助制度Income Support(1986∼)と変更が行なわれてきたが,石油危機後 の景気後退の影響などもあって運営費が膨張し,財政を圧迫してきた。また,公的扶

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助制度は,その運営費の膨張という問題のほかに,制度が複雑すぎて本来受給を受け るべき人々が受給できていないという問題もたびたび指摘されてきた。1997 年に政権 をとった労働党も,公的扶助制度の改革を行い,税額控除制度等の導入を行っている。 現在の所得保障制度の運用に当たっては,国民保険の拠出について歳入関税庁 HM Revenue and Customs が管理し,雇用年金省の出先機関であるジョブセンタープラス Jobcentre Plus が各種給付の受付や裁定,職業紹介や職業訓練を行い,年金の給付につ いては雇用年金省の年金サービス庁Pension Service が,税額控除については歳入関税 庁が執行を行っている。ジョブセンタープラスは,国民保険による給付以外の公的扶 助についても執行を行っている。属性別の公的扶助をチャートで示すとおおよそ次の 図のように考えられる(男性対象)。 図表 6-7 イギリスにおける所得保障制度 既に述べたように,基本的な所得保障は,16 歳以上 65 歳未満のイギリス居住者を 対象として,失業給付,労災,出産給付等と年金制度を包含した総合的給付制度であ る国民保険によって賄われる。このうち,年金については雇用年金省に属する年金サ ービス(+地方年金センター)が退職基礎年金と国家第二年金を運営し,男性65 歳, 女性60 歳から支給を行う。 国 民 年 金 へ の 拠 出 を 基 礎 と し た 求 職 者 給 付 制 度 は , 求 職 者 給 付 法 Jobseekers’ Allowance Act 1996 に基づいて,雇用年金省が運営し,実際の給付サービスはジョブセ ンタープラスが行う。その受給要件として代表的なものは,国民保険を過去二年間の ジョブセンター プラス 65 歳以上? 就労の 有無 年金クレジット・貯蓄クレジット 就労税額控除 国民保険 拠出の有無 拠出制求職者給付 就労可能性 所得調査付求職者給付 所得補助 年金サービス庁 歳入関税庁 YES/あり NO/なし 所得保障制度

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うち一年間拠出し,現在週平均16 時間以上働いておらず,求職活動を積極的に行う, というものである。この求職者給付は,最大26 週間の受給が可能であるが,期限切れ 以降については後述の所得調査付求職者給付Income-Based Jobseekers’ Allowance をう けることになる。

さらに国民保険は,労働災害に対する保険の役割も果たしている。疾病や障害のた めに連続して4 日以上就労できない者については,雇用契約期間と所得の要件を満た したものについて最長28 週間,国ではなく雇用者から法定傷病手当 Statutory Sick Pay の支払いを受けることができる。29 週目以降は,保険料拠出要件及び就労不能要件を 満たす者に対して,国民保険から就労不能給付Incapacity Benefit が支給される。法定 傷病手当の受給要件を満たさない者は最初から就労不能給付を受給することができる が,最初の28 週間の支給額は法定傷病手当よりも低額である。就労不能給付の保険料 拠出要件は,過去3 年のうち 1 年間保険料を拠出していたことである。就労不能要件 は,雇用年金省が指定する民間の審査機関によって,いかなる仕事にも就くことがで きないことが認定されていることである。 国民保険に基づかない所得保障としては,上の図で示した年金クレジット Pension Credit・貯蓄クレジット Saving Credit,就労税額控除 Working Tax Credit,所得調査制 求職者給付,所得補助Income Support が中心となる。 国民保険に拠出していない就労可能な失業者は,所得調査付求職者給付によって所 得保障がなされる。所得調査付求職者給付はもともと所得補助制度の一部であり,求 職者給付法によって導入されたが,給付内容は所得補助制度とほぼ同じである。両者 の違いは申請者が就労可能かどうかという点にあり,就労可能な労働者は所得補助制 度による所得保障を受けることができず,所得調査付求職者給付の対象となる。この 制度では,資力調査を前提とした上で,就労可能な労働者に対して求職活動を援助し つつ給付が与えられる。その給付は,拠出制と同様に雇用年金省のジョブセンタープ ラスが担当するが,財源は国民保険ではなく一般財源に基づいている。なお,拠出制 の求職者給付の受給者が,その給付を超える生活費を必要とすることを認められた場 合には拠出制・所得調査制両方の求職者給付を受給することも可能である。 次に,伝統的な公的扶助制度である所得補助制度は,以前と同様に国民年金保険料 を支払っていない場合でも受給資格があるとされる。しかし,所得調査付求職者給付 の導入とともに,その対象者は就労不可能な失業者に限定されることになった。ここ

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での給付を受けることができる就労不可能な失業者とは,60 歳以上の高齢者,16 歳以 下の子どもと同居している一人親,障害者,介護者である。根拠となる法令は,社会 保障に関する拠出及び給付法(Social Security Contributions and Benefits Act 1992)並び に社会保障管理法(Social Security Administration Act 1992)であるが,所得調査付求職 者給付と同様に,一般財源に基づいて雇用年金省が管理運営し,実際の給付はジョブ センタープラスで行なわれる。 高齢者向けの年金クレジットは 1999 年に導入された最低所得保証制度 Minimum Income Guarantee を引き継いで低所得の年金生活者を支援するものであり,年金や就 労による収入が適正額(2005 年度は週当たり 109.45 ポンド)に満たない場合その差額を 支給する制度である。貯蓄クレジットは最低所得保証制度が貯蓄のインセンティブを 阻害するという批判から生まれた制度で,所定額(適正額よりも下)を超えて年金等 の収入がある場合に支給されるボーナスである。年金クレジット・貯蓄クレジットと もに国民保険の年金給付と同様に年金サービスと地方年金センターが運営している。 就労税額控除は,世帯単位で所得を補足し,一定の就労を条件として低所得者に税 額控除(控除しきれない部分は還付)していた就労家族税額控除Working Families’ Tax Credit と障害者税額控除 Disabled Person’s Tax Credit を改正して導入されたものである。 就労税額控除は,子どものいる家庭や障害者に限定せず就労している低所得者に対し てより普遍的な税額控除を行うことを目指したものであり,障害者や子どもを持つ家 庭については,その分に対する加算というかたちで考慮されることになっている。以 前の制度で必要とされていた資産調査もフローの所得を除いて省かれている。この制 度を運営しているのは歳入関税庁であり,その財源は一般財源によって賄われている。

4.1.2 補足的な現金給付(公的扶助+児童給付)

前節で取り上げた現金給付に加えて,所得補助制度を補充する社会基金,子どもの いる家庭に給付される児童給付・児童税額控除,さらに地方政府が管理・運営する住 宅給付と地方税給付が重要である。 社会基金は,一時的かつ特別なニードに対応する所得保障であり,規定支給と呼ば れる出産一時金,葬儀一時金,寒冷気候一時金,冬季燃料費給付金と,裁量支給と呼 ばれるコミュニティ・ケア補助金,家計貸付金,緊急貸付金がある。この根拠法令は 所得補助と同じく社会保障に関する拠出及び給付法並びに社会保障管理法であり,管

図表 6-1  四つの地域の比較  イングランド  ウェールズ  ス コ ッ ト ラ ン ド 北 ア イ ル ラ ンド 合計  人口 49856 2938 5057 1703 59554  83.7% 4.9% 8.5% 2.9%  面積  130281 20732 77925 13576 242514  53.7% 8.5% 32.1% 5.6%  84854 5209 9694 289 100046地方政府の 経常純歳出  84.8% 5.2% 9.7% 0.3%  12158 738 1028 87
図表 6-2  地方行政制度・19 世紀末∼  出典:『イギリスの地方自治』,p.15.  図表 6-3  1972 年∼1986 年の地方行政制度  &lt;1972 年∼1986 年&gt;  広域自治体 基礎自治体 &lt;1888 年&gt;  広域自治体 基礎自治体  County Councils(58)  Non-County Borough Councils(270) County Borough Councils(82)  London County Council(1) &lt;1899
図表 6-11  イギリスにおける教育制度  自治体国際化協会[2002:14]  5.1  初等・中等教育  イギリスの初等中等教育には,公費によって設置される公立学校と,公費補助を受 けない私立学校,さらに「特別な教育的ニーズ」を必要とする児童生徒のための特別 学校瓦ある.初等学校は 6 年間,中等学校は 5 年間であり,その後の高等教育に進む までに 2 年間の任意教育期間(シックス・フォーム)がある。公立学校については, その運営・維持に関する職員の給与,施設・設備,給食費・教科書代などほとんどの

参照

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