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給与・雇用条件

ドキュメント内 イギリスにおける国と地方の役割分担 (ページ 54-59)

8. 地方公務員制度

8.2 給与・雇用条件

イギリスでは,日本の地方公務員法のような公法上の雇用関係を定めた法律は無く,

各地方公務員の給与・勤務時間その他の勤務条件は,民間企業と同様に私人間の雇用 契約によって定められる。通例では,雇用契約に当たって全国レベルの労使交渉機関 である「全国合同評議会」National Joint Councils(NJC)による給与等のなど「全国合 意」を基準とする。NJC は,職種の違いを基本として 18 の組織が存在する。それぞ れの協議会で毎年雇用条件について交渉が行なわれ,当該職種ごとに「全国合意」が 決定される。各地方政府は「全国合意」に拘束される法的な義務はないが,基本的に はそれに従った給与表を用いており,職種によって給与の格差が比較的大きく出るこ とが特徴である。特に単純労務職員とホワイトカラー職員の給与水準の差は顕著であ

り,さらに給与のみならず,勤務時間・超過手当・傷病手当・休暇などあらゆるとこ ろに格差が存在していた。この問題については,1997年7月のホワイトカラー職員の NJCと単純労務職員のNJCの合併によって行なわれた合意(ハーモナイゼーション)

によって,単純労務職員の給与がホワイトカラー職員と同一の給与表上に規定される ようになり,給与の上下格差こそ残るものの,その他の雇用条件については原則とし て区別がなくされることとなった。

このハーモナイゼーションは,もうひとつの大きな変化をもたらしている。それは,

職種ごとに「同一労働同一賃金」という原理のもとで地方公務員の給与が集権的に決 定されていたのに対して,各地方政府の裁量部分が広がったことである。ハーモナイ ゼーション以前にも,全国標準の等級格付けとは異なるものを用いていた地方政府も あったが,それ以後は原則として地方政府が独自の「職務評価制度」に基づき,給与 表こそ全国合意の統一されたものを用いるものの,ある職務をその給与表内のどの範 囲に位置づけるかは各地方政府がそれぞれの職務を評価した上で定めていくこととな ったのである。これは,従来の集権的な給与体系の決定から,各地方政府の事情に応 じた分権的な給与決定を行ないえる方向へ向かいつつある流れのひとつと見ることが できる30。さらに,給与決定の分権化のひとつの表れとして,全国合意からの脱退(オ プト・アウト)も広がっていることが指摘されている。これは,全国合意の給与水準 では周囲のより給与水準の高い職業に優秀な人材を奪われることで必要な地方公務員 を確保できないことを懸念する,特にイングランド南東部の地方政府が,全国合意か ら脱退するものであり,その多くは新しい給与改定率の基準として,民間リサーチ会 社の地域労働市場に関するインデックスなどを導入することで運営が行なわれている。

そのうちの一部の地方政府には,新しい給与表に移行するとともに自動的な定期昇給 をなくして業績給主義を導入するところも見られている。

地方公務員の給与・雇用条件は基本的に以上のような仕組みによって決定されるが,

重要な例外もある。それは,警察官・消防官・教員である。警察官・消防官について は過去の経緯から一定の算定式index formulaが定められており,それに基づいて給与 改定率が算定され,それを中央交渉で確認することになる。このような方式が取られ ているのは,どちらもストライキが市民生活に大きな打撃を及ぼしうる職種であり,

30 稲継[2000]。さらに,稲継[2005]によると,近年ではワーク・ライフ・バランスの観点からもジョブシ ェアリングなど雇用形態の柔軟化を積極的に推進している自治体も多いとされる。

しかも,以前にストライキが実際に行なわれた(最近では消防で2003年にストライキ が行なわれた)ことの反省があると考えられる。また,教員についても教員レビュー ボディーSchool Teachers' Review Bodyによるペイ・レビューがなされ,それに基づい て政府が給与表を決定することになっている。教員についても集権的な給与決定がな されており,1965年の教員給与法the Remuneration of Teachers Actによってバーナム委

員会Burnham Main Committeeが設置され,以後その決定は地方政府を法的に拘束する

ということになっていた。しかし,70年代から 80 年代にかけて労使の意見の食い違 いは大きく,1985-86年の大規模な争議行為後の1987年に新しい教員給与法Teachers’

Pay and Conditions Actが制定され,教員に関する集団交渉は廃止された。そして,教

員給与アドバイザリー委員会Interim Advisory Committee on School Teachers’ Pay and

Conditions(IAC)が,教員組合・雇用者・中央政府から提出された証拠を下に教員給

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