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(1)

即時抗告の相手方に攻撃防御の機会を与えることな く相手方の申立てに係る文書提出命令を取り消し同 申立てを却下した抗告裁判所の審理手続の違法性

著者 渡邉 和道

雑誌名 同志社法學

巻 65

号 1

ページ 247‑268

発行年 2013‑05‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014546

(2)

(    同志社法学 六五巻一号

二四七

平成二三年四月一三日最高裁判所第二小法廷決定(平成二二年(ク)第一〇八八号 文書提出命令に対する抗告審の取消決定に対する特別抗告事件)民集六五巻三号一二九〇頁、裁時一五三〇号一頁、判時二一一九号三二頁、判タ一三五二号一五五頁

渡    邉    和   

【事実の概要】 本事例の本案訴訟は、以下のような本訴と反訴からなる。本訴は、Y(本訴原告、反訴被告、抗告人)が元従業員であったX(本訴被告、反訴原告、特別抗告人)に対して、Yの事務所にあった金庫から四〇〇万円を持ち出したと主張して、未返還の一〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める損害賠償請求事件である。反訴は、XがYに対し

( )

二四七

(3)

(   同志社法学 六五巻一号

二四八 て、Xに在職中の時間外手当の支払を求める残業代支払請求事件である。 本訴における第一回口頭弁論期日前、Xは残業代に関してタイムカード(以下、﹁本件文書﹂とする)の文書提出命令の申立て(以下、﹁本件申立て﹂とする)を行った。第一回期日において、担当裁判官は、両当事者に対して、文書提出命令の申立てについて先行して判断するため、これに関する疎明資料を提出するよう指示した。双方の資料が提出された後、原々審は、Yは本件文書を所持しており、本件文書は民訴法二二〇条三号所定の利益文書に当たるなどとして、Yに本件文書の提出を命じた(原々決定)。 これに対して、Yは即時抗告をした。Yは、原々審においては、簡単な意見書を提出していたにすぎなかったが、即時抗告申立書には、Yが本件文書を所持していないとする理由がより具体的に記載されており、原々決定後受訴裁判所にその写しが提出された書証が引用されていた。原審は、Xに即時抗告申立書の写しを送付することも即時抗告があったことを通知することもなく、原々決定後に提出された書証をも用い、本件文書が存在していると認めるに足りないとして、原々決定を取り消し、本件申立てを却下した(原決定)。 これに対して、Xは、原審がXに抗告状や抗告理由書の写しの送付することなく原々決定を取り消したことは、憲法三二条に違反すると主張して、特別抗告を申し立てた。なお、Xは許可抗告の申立ても行なっていたが、不許可であった。

【決定要旨】破棄差戻し。﹁本件文書は、本案訴訟において、抗告人が労働に従事した事実及び労働時間を証明する上で極めて重要な書証であり、 二四八

(4)

(    同志社法学 六五巻一号

二四九 本件申立てが認められるか否かは、本案訴訟における当事者の主張立証の方針や裁判所の判断に重大な影響を与える可能性がある上、本件申立てに係る手続は、本案訴訟の手続の一部をなすという側面も有する。そして、本件においては、相手方が本件文書を所持しているとの事実が認められるか否かは、裁判所が本件文書の提出を命ずるか否かについての判断をほぼ決定付けるほどの重要性を有するものであるとともに、上記事実の存否の判断は、当事者の主張やその提出する証拠に依存するところが大きいことにも照らせば、上記事実の存否に関して当事者に攻撃防御の機会を与える必要性は極めて高い。しかるに、記録によれば、相手方が提出した即時抗告申立書には、相手方が本件文書を所持していると認めた原々決定に対する反論が具体的な理由を示して記載され、かつ、原々決定後にその写しが提出された書証が引用されているにもかかわらず、原審は、抗告人に対し、同申立書の写しを送付することも、即時抗告があったことを抗告人に知らせる措置を執ることもなく、その結果、抗告人に何らの反論の機会を与えないまま、上記書証をも用い、本件文書が存在していると認めるに足りないとして、原々決定を取消し、本件申立てを却下しているのである。そして、記録によっても、抗告人において、相手方が即時抗告をしたことを知っていた事実や、そのことを知らなかったことにつき、抗告人の責めに帰すべき事由があることもうかがわれない。以上の事情の下においては、原審が、即時抗告申立書の写しを抗告人に送付するなどして抗告人に攻撃防御の機会を与えることのないまま、原々決定を取り消し、本件申立てを却下するという抗告人に不利益な判断をしたことは、明らかに民事訴訟における手続的正義の要求に反するというべきであり、その審理手続には、裁量の範囲を逸脱した違法があるといわざるを得ない。そして、この違法は、裁判に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、原決定は破棄を免れない。そこで、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。﹂

二四九

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(   同志社法学 六五巻一号

二五〇 【研究】

一 問題の所在

 本件は、即時抗告申立書の写しを即時抗告の相手方に送付するなどして相手方に攻撃防御の機会を与えることなく、相手方の申立てに係る文書提出命令を取り消し、同申立てを却下した抗告裁判所の審理手続(以下、﹁原審の手続﹂とする)は民事訴訟における手続的正義の要求に反し、裁量権を逸脱した違法があるとされた事例である )1

(。後述のように、最高裁は、近年の先行判例において、抗告審が即時抗告の相手方に手続関与の機会を与えることなく不利益な判断をすることにつき、その違法性を示唆していたものの、実際に違法であると判断したことはなかった。本件決定は、そのような抗告審の手続の違法性を、最高裁が初めて認めたものである。 本件決定の意義は、①決定手続における抗告状写し等の相手方への不送達による手続保障の欠缺は憲法三二条(裁判を受ける権利)の問題ではなく裁量権の逸脱による違法の問題であること、②違法の判断基準は﹁手続的正義﹂という概念であること、③いわゆる﹁職権破棄﹂が肯定されること、を最高裁が明らかにした点にある。 本稿では、関連判例と学説を分析した上で、近時の立法の動向を視野に入れつつ、①~③の点につき、検討する。

二 関連判例と本件決定の位置づけ

 決定手続における抗告状の写し等の相手方への不送達による手続保障の欠缺が問題とされた最高裁の判例として、本件決定に前後する以下の三つの決定を挙げることができる。 二五〇

(6)

(    同志社法学 六五巻一号

二五一  ⑴ 最決平成二〇年五月八日家月六〇巻八号五一頁(平成二〇年決定)【事案】Yと婚姻関係にあったXは、Yと別居し離婚調停を申し立てたが、不調に終わり、婚姻費用分担の調停が本件審判に移行した。一審は、Yが支払うべき分担金額を月額十二万円とした上で、既発生の分担金債務から既払額を控除した額の支払を命じた。これに対して、Xは即時抗告をした。抗告審は、分担金として月額十六万円が相当として、原審判を変更した。これに対し、Yは、Xの抗告申立てに際しYに対して抗告状および抗告理由書の副本が送達されていなかったため、抗告審において反論の機会を与えられないまま不利益な判断を受けたとして、原審の手続の憲法三一条・同三二条違反を理由に特別抗告を申し立てた。最高裁は、以下のように判示して抗告を棄却した。

【決定要旨】本質的に非訟事件である婚姻費用の分担に関する処分の審判に対する抗告審において手続にかかわる機会を失う不利益は、憲法三二条の﹁﹃裁判を受ける権利﹄とは直接の関係がないというべきであるから、原審が、抗告人(原審における相手方)

に対し抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず、反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことが同条所定の﹃裁判を受ける権利﹄を侵害したものであるということはでき﹂ない。なお、本件記録によれば、原審においては、抗告人に対して相手方

から即時抗告があったことを知らせる措置が何ら執られていないことがうかがわれ、抗告人は原審において上記主張をする機会を逸していたものと考えられる。そうであるとすると、原審においては十分な審理が尽くされていない疑いが強いし、そもそも

本件において原々審の審判を即時抗告の相手方である抗告人に不利益なものに変更するのであれば、家事審判手続の特質を損な

わない範囲でできる限り抗告人にも攻撃防御の機会を与えるべきであり、﹁少なくとも実務上一般に行われているように即時抗告の抗告状及び抗告理由書の写しを抗告人に送付するという配慮が必要であったというべきである﹂。以上のとおり、原審の手続に

は問題があるといわざるを得ないが、﹁この点は特別抗告の理由には当たらな﹂い。

二五一

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(   同志社法学 六五巻一号

二五二  なお、平成二〇年決定には、田原裁判官の補足意見、那須裁判官の反対意見がある。田原補足意見は、裁判手続において適正

手続が保障されていないときには、憲法違反の問題が生じ得るとしつつ、家事審判法(当時)の手続には当事者の手続関与権、審問請求権が一応充足されているため、憲法違反の問題は生じないとした。また、那須反対意見は、即時抗告により不利益変更

を受ける抗告人に対して反論の機会を与えるために即時抗告の抗告状等を送達ないし送付する必要があることを前提に、原決定をそのまま残せば憲法三二条違反の疑念を解消できないとし、この問題を解消するためには、職権で原決定を破棄することが最

低限必要であるとした。

 平成二〇年決定では、原審において即時抗告の抗告状等の送付がないままに抗告人に不利益な変更がなされたことにつき、それは憲法三二条の問題ではないこと、原審の手続に問題があったとしてもそれは特別抗告の理由にあたらないため職権破棄という手法を採らないこと、の二点が示された。前者は本件決定においても踏襲されているが、後者については、本件決定によって職権破棄の手法を採用する方向に改められたといえる。

 ⑵ 最決平成二一年一二月一日家月六二巻三号四七頁(平成二一年決定)

【事案】抗告理由書の提出がなされなかったため、事案の詳細は不明であるが、本事例では、遺産分割審判に対する抗告審が抗告の相手方に抗告状の送付等をすることなく、原審判を相手方に不利益なものに変更したことが問題となった。ただし、平成二〇年決定と異なり、即時抗告の相手方は即時抗告があったことを既に知っていたという事情があった。最高裁は、以下のように判示して抗告を棄却した。 二五二

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(    同志社法学 六五巻一号

二五三 【決定要旨】本件記録によれば、即時抗告の相手方である抗告人(原審における相手方)は、即時抗告審における事件の追行を弁護士に委任するなど、﹁即時抗告があったことを既に知っていたことがうかがわれる﹂上、即時抗告の抗告状に記載された抗告理

由も抽象的なものにとどまり、上記抗告状には抗告人に攻撃防御の機会を与えることを必要とする事項は記載されていなかったものというべきであるから、﹁上記抗告状の副本の送達又はその写しの送付がなかったことによって抗告人が攻撃防御の機会を逸

し、その結果として十分な審理が尽くされなかったとまではいえない﹂。

 平成二一年決定では、即時抗告の相手方が即時抗告があったことを知っている場合は、抗告人が攻撃防御の機会を逸したとはいえないとされた。本件決定では、手続的正義に反すると評価する際の判断要素として、即時抗告の相手方が即時抗告があったことを知らないこと及び知らないことにつき帰責事由のないことが挙げられているが、これは平成二一年決定の影響であると思われる。

 ⑶ 最決平成二三年九月三〇日判時二一三一号六四頁(平成二三年決定)

【事案】Yの子であるXがYに対し立替金の支払を求める訴訟において、Yのもう一人の子であるAがYのために補助参加を申し出たのに対し、Xがこれについて異議を述べたため、Aの補助参加の許否が問題となった。XがAの補助参加について異議を述べたのに対し、AはXの異議に対する反論の書面を原々審に提出した。原々審がAの補助参加を許す旨の決定をしたところ、Xは、Aが法律上の利害関係を有するものではないことを理由に原々決定に対する即時抗告をした。原審は、これを認めて原々決定を取り消し、Aの補助参加を許さない旨の決定をした。原審が原決定をするにあたり、Aに対し、即時抗告があったことを知らせず、即時抗告の申立書の副本の送達又は同申立書の写しの送付もし

二五三

(9)

(   同志社法学 六五巻一号

二五四 なかったため、Aは、原決定正本の送達を受けるまで、即時抗告があったことを知らなかった。Aは、Aの補助参加を許す旨の原々決定をAに不利益なものに変更するに当たり、即時抗告申立書の副本の送達又はその写しの送付をしなかった原審の措置が憲法三一条、三二条に違反する旨主張して、特別抗告をした。なお、Aは、抗告許可の申立てもしたが、原審は、これを許可しなかった。最高裁は、以下のように判示して抗告を棄却した。

【決定要旨】補助参加の許否の裁判は、民事訴訟における付随手続についての裁判であり、純然たる訴訟事件についての裁判に当たるものではないから、原審が、抗告人(原審における相手方)に対し、即時抗告申立書の副本の送達をせず、反論の機会を与

えることなく不利益な判断をしたことが憲法三二条に違反するものではない。なお、﹁原々決定を即時抗告の相手方である抗告人に不利益なものに変更するに当たり、即時抗告申立書の副本の送達又はその写しの送付をしなかった原審の措置には、抗告審に

おける手続保障の観点から見て配慮に欠けるところがあったことは否定することができない﹂が、本件記録によれば、原審においては、抗告人に補助参加の利益が認められるか否か等の補助参加の許否をめぐる純粋の法的問題のみが争点となっていて、そ

の前提となる事実関係が争点となっていたわけではなく、﹁上記の法的問題については、原々審において攻撃防御が尽くされ、原審において新たな法的主張が提出されたわけでもない﹂から、その審理手続に裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反が

あるとはいえない。

 平成二三年決定は、本件決定の後に出された判例である。平成二三年決定は、原々決定を即時抗告の相手方である抗告人に不利益なものに変更するに当たり、即時抗告申立書の副本の送達又はその写しの送付をしなかった原審の措置は手続保障の観点から見て配慮に欠けるものであったとしつつ、原決定が変更される可能性があったと認められない場合 二五四

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(    同志社法学 六五巻一号

二五五 には、職権破棄の手法を取らないことを示したものである。

 ⑷ 本件決定の位置づけ 平成二〇年決定に対しては、学説上、憲法三一条の要請である﹁双方審尋の機会の保障﹂との関係について踏み込んだ判断をすべきであったとする見解 )2

(のほか、抗告審における手続関与の機会を奪うことは当事者の審尋請求権(審問請求権)を侵害するとの見解 )3

(、抗告審係属自体を知らない当事者に不利益な判断をすることは違法であるとする見解 )4

(などが主張された。なお、実務では、平成二〇年決定の当時は、抗告の相手方に対して必ず抗告状等を送達ないし送付するというわけではなく、裁判所の判断により、事案に応じて、送達ないし送付がされていたようである )5

(。 本件決定を含めた、平成二〇年決定の後に現れた判例から、抗告状の写し等の相手方への不送達による手続保障の欠缺に関する事例に対する最高裁の判断として、次のような傾向が見てとれる。すなわち、まず、抗告状の写し等の相手方への不送達による手続保障の欠缺は、憲法三二条の問題ではない︹平成二〇年決定︺。それを前提とした上で、抗告状の送付等を受けなかった即時抗告の相手方が、即時抗告のあったことを知っており、抗告状又はその抗告理由書に記載された抗告理由について即時抗告の相手方に攻撃防御の機会を与える必要がない場合や︹平成二一年決定︺、仮に即時抗告の相手方に抗告状の送付等をしたとしても、原決定が変更される可能性があったと認められない場合には︹平成二三年決定︺、原決定を破棄するには至らず、即時抗告の相手方に抗告状の送付等をすることにより原決定が変更される可能性があったと認められる場合には、職権で破棄する(本件決定)というものである。 本件は、平成二〇年決定の段階で争いのあった、特別抗告審において、職権で原審の法令違反を審理し、原決定を破棄することができるかどうかという問題について、最高裁がこれを肯定した事例の一つである )6

(。本件最高裁が平成二〇

二五五

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(   同志社法学 六五巻一号

二五六 年決定、平成二一年決定と異なり、裁量権の逸脱という新たな理論構成を採用することによって事案の解決を図った背景については、抗告審の多様性に鑑み、上記先行判例の射程を限定するとともに、本件抗告審の特質に応じた解決を図る意図があったとの指摘がある

)7

(。

三 家事事件手続法・非訟事件手続法と本件決定の関係

 平成二〇年決定の後、非訟事件および家事事件の領域では法改正が行われ、平成二〇年決定、平成二一年決定の趣旨を汲む新たな規定が設けられた。平成二三年制定の家事事件手続法(平成二三年五月二五日法律五二号)は、審判に対する即時抗告があったときは、抗告状の写しを原審の当事者及び利害関係人(抗告人を除く)に送付しなければならないとし(同八八条一項)、抗告裁判所が原裁判所の終局決定を取り消す場合には、原審の当事者その他の裁判を受ける者(抗告人を除く)の陳述を聴取しなければならないとする(同八九条)。また、同年改正の非訟事件手続法(平成二三年五月二五日法律五二号)も同様の規律をしている(同六九条一項、七〇条 )8

()。ただし、本件決定との関係で注意しなければならないのは、これらの新法も、終局決定に至るまでの間の派生的付随的な事項についての裁判については、簡易迅速な事案処理の要請を重視して、抗告状の写しの送付や当事者等の陳述聴取を実施するか否かを裁判所の裁量に委ねているという点である )9

(。 これらの規定は、非訟事件および家事事件における抗告審での原審当事者等の手続保障に配慮した規定であると評価されている )₁₀

(。また、これらは憲法三二条に基礎を持つ審尋請求権を反映した立法であるとする見解もある )₁₁

(。 二五六

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(    同志社法学 六五巻一号

二五七 四 民訴法三三一条に関する問題

抗告状の写し等の相手方への送付の要否

 本件決定では、原審が即時抗告の相手方に抗告状の写し等を送付しなかったことが問題とされたが、こうした書類の送付を抗告審において必要的と解するべきかどうかについて、議論がある。 抗告および抗告裁判所の手続には、その性質に反しない限り、控訴に関する規定が準用される(民訴法三三一条)。控訴に関する規定である民訴法二八九条一項は、控訴状は被控訴人に送達されなければならないと定めているが、これが民訴法三三一条により抗告手続に準用されるとは一般的には解されていない )₁₂

(。判例においても、民事訴訟において抗告状の送付を常にしなければならないとすることについては、迅速性の要求される抗告手続にそぐわないことなどから、消極的に解されている )₁₃

(。 これに対して、最高裁は、平成二〇年決定において﹁そもそも本件において原々審の審判を即時抗告の相手方である抗告人に不利益なものに変更するのであれば、家事審判手続の特質を損なわない範囲でできる限り抗告人にも攻撃防御の機会を与えるべきであり、少なくとも実務上一般に行われているように即時抗告の抗告状及び抗告理由書の写しを抗告人に送付するという配慮が必要であったというべきである。⋮原審の手続には問題があるといわざるを得ない﹂として、原々決定を抗告人に不利益に変更する場合に限定しているものの、抗告審における手続保障の必要性を積極的に解している。 学説においても、争訟性のある事項に関して裁判所がした決定・命令に対して抗告があった場合には、当該抗告が不適法または理由がないことが明らかなときを除き、抗告裁判所は抗告があったことを相手方当事者に知らせ、抗告に対する反論の機会を与えることが必要であるとする見解が有力に主張されている )₁₄

(。

二五七

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(   同志社法学 六五巻一号

二五八  本件決定の事情のもとでは、判例(平成二〇年決定)・有力説のいずれの立場をとった場合でも、抗告状の写し等の相手方への送達をすべきであったとの結論に至ることになろう。

五 本件原審の手続の憲法違反の可能性

 平成二〇年決定は、抗告審において手続に関わる機会を失う不利益は、憲法三二条所定の﹁裁判を受ける権利﹂とは直接の関係がないから、抗告の相手方に抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず、反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことは﹁裁判を受ける権利﹂の侵害とはいえないとした。その根拠は、憲法三二条の﹁裁判を受ける権利﹂は純然たる訴訟事件について裁判所の判断を求めることができる権利であるから、非訟事件である婚姻費用の分担に関する処分の審判では問題とならないという点に求められている。 これに対して、学説は、憲法三二条を根拠にして、当事者が裁判所に対して自己の見解を表明する機会を保障することを内容とする﹁審尋請求権 )₁₅

(﹂が決定手続においても保障されるべきであり、即時抗告がなされたことを相手方に知らせることは抗告裁判所で相手方が即時抗告に反論をするための前提をなすから、即時抗告申立書の写し等をその相手方に送達または送付しないことは憲法三二条に違反するとする見解 )₁₆

(、民訴法二八九条が同三三一条本文によって準用されるとの解釈を前提として、送達をしなかったことそれ自体を捉えて違法とする見解 )₁₇

(、当事者に適切な手続関与の機会を与えるべき合理的手続裁量の行使に逸脱があった点で違法となるとする見解 )₁₈

(など、違憲または違法とみる見解が多数である。 一方で、相手方に抗告状等の送付がされないことを、裁判を受ける権利(憲法三二条)あるいは学説上主張される審 二五八

(14)

(    同志社法学 六五巻一号

二五九 尋請求権との関係で論じることは理論上不可能ではないとしつつ、本案(請求の当否)の審理について憲法上の保障(憲法三一条・同三二条・同八二条)がされていることでさしあたり十分であるから、民事訴訟事件の付随的裁判に関して抗告があったことを抗告の相手方に知らせないことは、憲法違反にはあたらないとする見解もある )₁₉

(。 本件決定では、憲法に関する問題は一切論じられていない。そのため、本件決定における最高裁の憲法上の理解を推論することは困難である。本件のような状況の下では、審尋請求権の中核的な要素が侵害されたと言うべきであり、憲法三二条違反を考えるべきとする見解もある )₂₀

(。しかし、本件類似の事例である平成二三年決定では、補助参加の許否の裁判が民事訴訟における付随手続についての裁判であるとされ、それは純然たる訴訟事件についての裁判に当たるものではないから憲法三二条の問題にはならないとされた。平成二三年決定からの推測に過ぎないが、最高裁としては、本件決定における文書提出命令にかかる抗告審は、平成二三年決定でいわれるところの民事訴訟における付随手続であり、憲法三二条の問題にはならないと捉えているのではなかろうか。

六 職権破棄について

 本件は、民訴法三三一条、同三二七条二項、同三二五条二項によるいわゆる職権破棄によって処理されている。 特別抗告には、その性質に反しない限り、同三二七条の特別上告の規定が準用され(三二七条、三三六条三項)、また、特別上告には、その性質に反しない限り、第二審又は第一審の終局判決に対する上告及びその上告審の訴訟手続に関する規定が準用される(三二七条二項)。したがって、上告における破棄差戻しの規定(三二五条)が、特別抗告においても準用されることになる。特別抗告の職権破棄に関しては、特別上告の職権破棄に準じて論じられるのが一般であり、

二五九

(15)

(   同志社法学 六五巻一号

二六〇 本稿もそれに従う。 さて、現行民事訴訟法は、最高裁への上告理由(権利上告)は同三一二条によって憲法違反と絶対的上告理由に限定しており、同様に、上告受理申立事由も同三一八条によって法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められるものに限定している。一方、破棄に関する同三二五条は、一項で同三一二条の場合を規定する他に、二項が、﹁判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反﹂の場合の職権破棄(特別破棄)を認めている。現行法では最高裁に関する限り、上告理由と破棄理由がイコールだという等式は存在しないのである )₂₁

(。このような構造は、現行民訴法が最高裁判所の負担軽減を図るために上告理由を三一二条所定の事由に限定する一方で、事案を適正に解決するために最高裁判所が法律審としての権限を行使できるように、三二五条二項で職権破棄の余地を認めたものであると考えられている )₂₂

(。 職権破棄の手法がとられた判例として、最決平成一三年六月一四日判時二一七号二〇頁、最決平成一四年一〇月三〇日裁時一三二七号一頁、最決平成一六年九月一七日判時一八八〇号七〇頁等を挙げることができる。平成二〇年決定では、職権破棄という手法は用いられなかったものの、同決定の反対意見は、前述のように、職権破棄の可能性を示唆している。 学説上も、特別上告に関するものであるが、法令違反を理由とする職権破棄を認めることが妥当か否かについて、議論があった。 従来は、再審手続で救済を受けるべき事案が憲法違反の名を借りて特別上告され、憲法審としての最高裁の独自の機能を損なわれるとの反対説が有力であったとされる )₂₃

(。憲法違反の判断をすることなく、単なる法令違反を理由に特別抗告を容認することは、違憲上訴としての特別上訴制度と整合性を有する解釈であると言えないとする見解もある )₂₄

(。 一方、職権破棄を認めるべきとする立場からは、当該法令違反が判決の無効や再審の訴えによる取消しを来すと考え 二六〇

(16)

(    同志社法学 六五巻一号

二六一 られる場合、または当事者に再訴や執行関係訴訟の提起の必要を生ぜしめる場合、訴訟経済と裁判に対する一般的信用維持の観点から、原判決を破棄できると解する余地と実益があるとの主張がなされている )₂₅

(。 近年では、特に平成二〇年決定以降、特別抗告に関して、法令違反の内容と結果が重大な場合の例外的処理として最高裁の裁量でなされる限りは問題がないとして職権破棄を肯定する見解が有力になってきている )₂₆

(。

七 手続的正義について

 本件決定は、抗告裁判所の審理手続は、﹁明らかに民事訴訟における手続的正義の要求に反するというべきであり、その審理手続には、裁量の範囲を逸脱した違法がある﹂として、﹁手続的正義﹂という概念を審理手続に関する裁量の範囲を画する規準とした。手続的正義という言葉が最高裁判例において初めて用いられたのは、最判昭和五六年九月二四日判決民集三五巻六号一〇八八頁(以下、﹁昭和五六年判決﹂とする)である )₂₇

(。同判決は、弁論再開をしないで判決をした控訴裁判所の措置を違法と判断したものであり、裁判所の裁量権は絶対無制限のものではないことを指摘したうえで、①判決の結果に影響を及ぼす可能性のある重要な攻撃防御方法を主張するために弁論再開が申請されていること(判決結果への影響および重要性)、②口頭弁論終結前には、当該攻撃防御方法の存在を知らず、かつ知らなかったことにつき当事者に帰責事由がないこと(帰責事由の不存在)、③弁論再開の判断をしないと、当該攻撃防御方法を後訴で主張することが既判力によりできなくなる関係にあること(治癒可能性の不存在)、の三つが満たされる場合に、弁論不再開は手続的正義に反し、裁判所には弁論再開の義務があるとした )₂₈

(。 本件決定においては、昭和五六年判決は引用されていないが、先例としてこれに倣ったものであるとの評価もある )₂₉

(。

二六一

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(   同志社法学 六五巻一号

二六二 本件決定では、①本件文書提出命令の申立てが認められるか否かは、本案訴訟における当事者の主張立証の方針や裁判所の判断に重大な影響を与える可能性があり、本件においてYの所持の事実が認められるか否かは、裁判所の判断をほぼ決定付けるほどの重要性を有するとともに、当事者の主張やその提出する証拠に依存するところが大きく、当事者に攻撃防御の機会を与える必要性が極めて高いこと(結果への影響および重要性)②XがYの即時抗告を知っていた事実や、そのことを知らなかったことにつきXの責めに帰すべき事由があることがうかがわれないこと(帰責事由の不存在)③本件即時抗告申立書には、原々決定に対する反論が具体的な理由を示して記載され、かつ、上記理由を裏付ける証拠として、上記決定後にその写しが提出された書証が引用されていることが、手続的正義に反すると評価される事情とされた。

八 結びにかえて

 本件決定では、原審の手続の憲法三二条違反が特別抗告理由とされた。民事手続における憲法保障という論点は、現時点においては、明確な通説・判例が確立されているとは言い難い。前述のとおり、学説においては、憲法三二条を根拠とする審尋請求権の存在を想定することによって、民事手続に憲法保障を及ぼそうとする見解が提唱されている。しかし、具体的ケースにおいて、いかなる場合に審尋請求権違反にあたる(憲法三二条違反になる)のかという明確な基準は、未だ提示されていない。裁判所の措置の瑕疵が憲法三二条違反になる場合の要件のさらなる研究が必要であると考えるが、ここでは、現行民事訴訟法の解釈を中心に、本件決定の措置について、必要性及び許容性の観点から、考察することにしたい。 二六二

(18)

(    同志社法学 六五巻一号

二六三  まず、少なくとも、抗告審において原決定が不利益に変更される場合 )₃₀

(には、相手方に攻撃防御の機会を与える必要性は高いと考えられるため、裁判所は抗告状等の送付をしなければならないと考える(本稿四参照)。平成二〇年決定以降の新たな立法によって、同じく決定手続である家事事件手続・非訟事件手続において、即時抗告があった場合には抗告状の写しを原審の当事者に送付しなければならないとされたことも、相手方に攻撃防御の機会を与える必要性の現れであると考えられる(本稿三参照)。 また、本件決定のような事情において抗告棄却とするのでは、裁判所の不手際によって生じた手続的瑕疵の責任を、帰責事由のない当事者が負うことになってしまう。職権破棄を認めず、平成二〇年決定のように、﹁原審の手続には問題があるといわざるを得ないが、この点は特別抗告の理由には当たらないところである﹂として抗告を棄却するのは、当事者救済の視点に欠け、妥当ではない。以上から、破棄差戻しにする必要性は存在し、本件決定の職権破棄という措置は、結論の具体的妥当性の確保という観点からは、適当であったといえる。 問題は、憲法違反を理由に特別抗告がなされたにもかかわらず、憲法については一切判断せず、法令違反として職権破棄をすることの許容性である。この点について、本件のような状況の下では、審尋請求権の中核的な要素が侵害されたと言うべきであり、これを法令違反の問題として処理(職権破棄)することは、審尋請求権ないし手続関与権の憲法的価値を軽視するものであるとして、批判的な見解もある )₃₁

(。この見解は、直截に憲法三二条違反を考えるものである。しかし、そもそも審尋請求権という概念を本当に憲法三二条から導き出すことができるのか。できるとして、その中核的要素とは何かという明確な指標の提示が必要であると考えるが、学説の一致を見ない。 本稿の六で述べたように、現行民事訴訟法では、三三六条三項、三二七条二項により、上告の規定である同三二五条(破棄差戻し等)は、特別抗告においても準用される。三二五条二項は、憲法違反(同条一項)がない場合であっても、

二六三

(19)

(   同志社法学 六五巻一号

二六四 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある場合の職権破棄を認めており、条文上、民訴法三二五条一項と同条二項の間に優先劣後の関係があるとは考え難い。 以上を勘案するに、特別抗告理由と破棄理由の不一致であるという座りの悪さは残るが、本件決定のように職権破棄という措置をとることには、なお一定の合理性があると考える )₃₂

(。 本件決定では、裁量権逸脱の違法があるか否かの限界を画する基準として、﹁手続的正義﹂という概念が用いられたことも、注目に値する。本稿の七にて取り上げたように、この概念が最高裁判例において初めて用いられたのは、昭和五六年判決においてであるが、本件決定によって、手続的正義という概念が、裁判所の裁量権の外縁を画する基準として今後も用いられていく可能性が改めて示されたといえよう。しかし、この方向性については、疑問が残る。手続的正義は具体的な法規から導き出されたものではなく、個別の事案の解決の必要性から生成された概念である。最高裁は、﹁法令の違反﹂を広く捉えており、明文の法規がなくとも、あるべき正義・法秩序を想定し、裁判所の裁量権を媒介としつつ、そうした正義・法秩序に反する場合を違法と判断している。このことは、本件決定の理由からも明らかである。しかし、上級審が下級審の行為の違法性を判断するのに、明文の法規やその解釈によってではなく、裁判所が独自に創出した概念を用いて違法か否かを裁断することは、法の支配の観点から問題があるように思われる。 裁判所の行為一般を統制する法的な根拠を、憲法三二条に求めるか、その他の法令・条文に求めるか )₃₃

(、新たな立法を待つべきか )₃₄

(、あるいは、手続的正義を一般概念として承認するのかについて、現段階において、結論を出すことは困難である。しかし、それらのいずれの方途をとるにせよ、基準の具体化・明確化を進めなければならないという点については、一致していると思われる。今後の判例の展開に期待したい。 二六四

参照

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