環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の 相互作用がチャネル成長度に与える影響
著者 崔 容熏
雑誌名 同志社商学
巻 69
号 4
ページ 493‑513
発行年 2018‑01‑30
権利 同志社大学商学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016917
環境不確実性,チャネル統合度および
市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影
1
響
崔 容 熏
Ⅰ はじめに
Ⅱ 環境不確実性とチャネル統合の論理
Ⅲ 研究仮説
Ⅳ 実証分析
Ⅴ おわりに
Ⅰ は じ め に
環境不確実性(environmental uncertainty)は組織や経営戦略の研究において中核的概 念の一つであると同時に,本研究が対象としているマーケティング・チャネル研究にお いても注目されてきた概念である。環境不確実性は市場取引の困難性を高める主要因の 一つとして,取引費用分析(Transaction Cost Analysis)に基づくチャネル研究において 関心の的になってきた。ところが,環境不確実性を伴う取引は「市場の失敗」をもたら すために,階層組織的要素を取り入れたガバナンス構造の下で行われるべきであるとい う取引費用分析の命題に関しては,依然として頑健な経験的証拠が出されていない。環 境不確実性がチャネル構造選択に与える影響を取り上げた従来の研究には,取引費用分 析の考え方を支持する結果とそれを否定するものが混在している。それは,環境不確実 性がチャネル研究において最も論争的な概念の一つであると言われる所以である
(Geyskens, Steenkamp and Kumar, 2006)。
チャネル構造選択に対する環境不確実性の効果に関する既存研究の混乱は,環境不確 実性の水準とチャネル構造間の因果関係が,第三の変数によって緩和または強化される 可能性が存在することを示唆する。本研究は,Sharvani, Frazier and Challagalla(2007)
が取り上げた「市場支配力(market power)」という概念に注目する。彼らは,市場支 配力の強い製造業者は,資産特殊性や(環境および行動的)不確実性が高い場合でも,
統合度の高いチャネルを選択しない傾向があることを発見した。その結果は,企業が垂 直統合を利用して達成できる所期の目的を,市場支配力を通じても成就できることを意
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1 本研究は科学研究費補助金基盤研究B(課題番号15H03396)および基盤研究C(課題番号24530539)
の助成を受けて行われた。ここに感謝の意を記しておく。
(493)39
味するものであり,市場支配力が垂直統合に代わる代替的ガバナンス構造としての機能 を果たしうることを表している。
Sharvani et al(2007)の研究から得られた知見を手掛かりとして,本研究は次の問題
の解明を試みる。第1
に,環境不確実性のレベルに応じて選択された特定のチャネル構 造が適切か否かは,製造業者の有する市場支配力に依存するという点を検証する。そし て,第2
に,特定のチャネル構造の適切性を判断するために,環境不確実性,市場支配 力およびチャネル構造間の整合性が,具体的な成果指標に及ぼすインパクトを明示的な 分析対象にする。Sharvani et al(2007)の研究は,環境不確実性がチャネル統合度に与える主効果を,
市場支配力という企業属性が調節するか否かの検証に留まっていた。それに対して本研 究は,環境不確実性,チャネル統合度及び市場支配力間の交互作用が,チャネル成長度 という成果指標にどのようなインパクトを与えるかを経験的に分析する。彼らの知見に 基づくと,例えば,市場支配力の強い製造業者が統合度の高いチャネルを選択すること は,不確実性が高い環境下ですら,不適切な意思決定になるはずである。つまり,市場 支配力を利用して取引困難性を克服できるにも関わらず,敢えて統合チャネルを構築す るために資源を投入することは,当該製造業者にとって資源の重複(redundancy of re-
sources)をもたらすと同時に,他の用途への資源配分を阻む可能性を高めよう。換言す
れば,市場支配力の強い製造業者が統合チャネルを構築する際に求められる限界費用 が,統合チャネルから彼らが享受できる限界利益を上回ることになるのである。 しか し,同様のロジックは市場支配力の弱い製造業者には適用されない。本研究は,以上の問題意識を日本の製造業者
396
社から収集した定量的データを用い て検証していく。以下,本研究は次のとおり構成される。次節では環境不確実性が,既 存のチャネル研究においてどのように取り扱われてきたのかを振り返り,環境不確実性 とチャネル構造との関連性について対立する二つの考え方が存在することを紹介する。第Ⅲ節では,環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力という
3
つの要因が絡み 合い,チャネル成長度に如何なる影響を及ぼすかに関する研究仮説を提唱する。続く第Ⅳ節では,仮説検証の詳細が,テータ収集,測定尺度の概要およびその妥当性,階層的 重回帰分析の推定結果の順に提示される。第Ⅴ節では,本研究の分析結果をさらに吟味 するとともに残された課題について言及する。
Ⅱ 環境不確実性とチャネル統合の論理
Ⅱ
. 1
取引費用分析における不確実性製造業者にとって前方チャネルの流通課業を外部流通業者に一任するか,それとも自
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社組織を用いて内部的に遂行するかは戦略的重要度の高い問題である(Coughlan, An-
derson, Stern and El-Ansary, 2001)。製造業者がこの重要な意思決定を,如何なる要因を
考慮して行うかに関して,既存のチャネル研究には多数の研究蓄積がある。それらの多 くは,「環境不確実性がチャネル統合度を規定する要因になる」という予想の理論的根 拠として取引費用分析を援用している。周知のように,Williamson(1975; 1985)によ
って精緻化された同理論において,不確実性は資産特殊性(asset specificity)と並んで,「組織の境界」を説明する鍵概念として位置づけられる。
取引費用分析において,不確実性は将来に生じうる出来事を予見できないこととして 定義されている。取引を取り巻く環境が単純であり,将来に生じうる事態が確実なもの であれば,限定合理的な取引主体でも完備契約が作成できる(Williamson, 1975)。
しかし,環境の不確実性が高まると,取引に関連するあらゆるコンティンジェンシー を事前に契約内容として特定することは困難である。そのために,環境不確実性は取引 主体に対して「適応(adaptation)の問題」を引き起こす(Rindfleisch and Heide, 1997
; Geyskens et al, 2006)。つまり,契約期間中に契約作成当初に予見できなかった事態が
発生すると,当初の合意内容を修正する必要性が生まれるが,互いに機会主義的な取引 主体間では合意を調律することが容易ではないために,高い取引費用の発生が見込まれ る。したがって高い不確実性の下で遂行される取引は,市場メカニズムでは効率的に統 御できず,適応の問題は取引の組織化を通じて解決される必要があるというのが,取引 費用分析の基本的な想定である。のちに
Williamson(1979 ; 1981 ; 1985)は環境不確実性とは別途に,行動不確実性
(behavioral uncertainty)という概念を導入する。行動不確実性とは,取引相手の成果や 合意内容の尊守如何を事後的に判別することの困難さを表す概念であるために,成果測 定の曖昧性(measurement ambiguity
; performance ambiguity)とも称され
る。環境不確2 実性が外生的に取引に負荷される性格を持つのとは対照的に,行動不確実性は取引主体 の機会主義的な性向により取引そのものの文脈から発生するものである(John andWeitz, 1988)。行動的不確実性が高い時には,取引相手の行動をモニターし,監督する
権限を得るために高い統合度が求められるというのが,取引費用分析の主張である。Ⅱ
. 2
チャネル統合度と環境不確実性資産特殊性と不確実性の高い状況下で,取引は市場よりも階層組織(または階層組織 の要素を含んだ関係的契約)によって効率的に遂行されるという,取引費用分析の基本 命題は,チャネル研究者によって盛んに検証されてきた(Anderson, 1996)。
────────────
2 また,環境不確実性と行動不確実性をそれぞれ外的不確実性(external uncertainty)と内的不確実性
(internal uncertainty)として対比させることもしばしばある。
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(495)41
中でも資産特殊性仮説の経験的妥当性に関しては,これまで概ね一貫した分析結果が 示されてきた。特定の取引関係以外への転用が困難な資産や投資に支えられている取引 は,少数者間交渉の状況を演出し,取引主体の機会主義的行動を触発する可能性が高 い。しかし,市場メカニズムは,取引主体の機会主義から特殊的資産または投資を効率 的に防御(safeguard)することができないために,取引の組織化を通じて権限関係と階 層的統制手段を組み込むことにより,機会主義は抑制され,取引の効率性が保たれるよ うになる。チャネル研究者は,以上の言説を製造業者による前方チャネルの統合問題に 適用し,資産特殊性の高い状況下では,国内外市場を問わず,統合度の高いチャネルが 採用される傾向があることを確認してきた(e.g., Anderson and Coughlan, 1987
; Ga- tignon and Anderson, 1988 ; Heide and John, 1988, 1990 ; Klein, 1989 ; Klein, Frazier and Roth, 1990)。
また,行動的不確実性がチャネル統合度に与える影響に関しても,既存のチャネル研 究は,概ね取引費用分析の予想を支持する検証結果を提示している(e.g., Anderson,
1985, John and Weitz, 1988 ; Heide and John, 1990 ; Weiss and Anderson, 1992)。
一方で,チャネル統合度に対する環境不確実性の影響に関して,既存研究の分析結果 は混乱を極めている(Anderson, 1996
; Rindfleisch and Heide, 1997 ; Geyskens et al,
2006 ; Krickx, 2000)。すなわち,環境不確実性とチャネル統合(統制)度間の関係性に
関しては,取引費用分析の予想を裏付ける頑健な分析結果が得られていない。例えば,
Dhalstrom and Nygaard(1993)や John and Weitz(1988)においては,環境不確実性が
チャネル統合度を高める要因であることが検証されたものの,Anderson and Schmittlein(1984)や
Anderson(1985)などの研究では,有意な関係性が確認されなかった。さら
に,Gatignon and Anderson(1988)やShervani et al(2000)などに至っては,環境不確
実性がチャネル統合度に負の影響を与えることが報告されており,混乱を倍加させてい る。Anderson(1996)はこの状況を「不確実性の不確実性」と表現している。その混乱の最大の原因として複数の研究によって指摘されているのが,当該概念の多 次元性である。取引費用分析を先駆的にチャネル研究に応用した
Anderson(1985 ; 1988)の一連の研究において,環境不確実性は予測困難性(unpredictability)と称され,
広範な側面を包摂する概念として捉えられた。彼女によると,環境の予測困難性には,
環境の揺れ動き(不安定性)と,未知の世界(新製品・新市場)への冒険という二つの 源泉がある。特に「不安定性」は,販売市場の複雑性,攪乱性,モニターの困難性,予 測誤差の高さなどをすべて含む側面である。Anderson(1985
; 1988)は,それらすべて
包含する構成概念として環境不確実性を定義している。John and Weitz(1988 ; 1989)の研究においても,環境不確実性は単一次元の概念と
して捉えられている。彼らは,市場シェアの安定性やトレンドの観察可能性などを含む
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5
項目で環境不確実性を描写し,前方統合や営業マンに対する補償体系(給与か成果給 か)の説明変数として環境不確実性を位置づけている。以上のように環境不確実性を単一次元の構成概念として取り扱う一連の研究が存在す るのに対して,環境不確実性は広範過ぎる概念であるために(Krickx, 2000),その中に は市場取引により柔軟性を求める欲求と,組織化を通じて取引費用削減を追求するモチ ベーションという両方の側面が混在するという見解が現れはじめた(Klein, 1989 :
p.259)。
Ⅱ
. 3
環境不確実性の下位次元環境不確実性という概念の多次元的属性に着目し,いくつかの下位次元に細分化しよ うとする試みは複数の研究によって行われた。その代表的なものの一つは,環境不確実 性を数量的不確実性(volume uncertainty)と技術的不確実性(technological uncertainty)
に分類した
Walker and Weber(1984)の研究である。前者は需要量に対する予測困難
性を,後者は技術的需要に対する予測困難性をそれぞれ表す概念である。Walker andWeber(1984)によれば,数量不確実性が高い場合,供給業者は予想外の生産コストや
過剰設備を抱えるようになり,買い手は品切れや過剰在庫の問題に悩まされることにな る。一方で,製品の仕様や標準の予期せぬ変化に起因する技術的不確実性は,設備の取 り替えなどによる追加費用の発生をもたらし,契約条件の変更を強いる働きをする。彼らは,数量不確実性が高い状況下では,階層的に組織化された生産の流れで需要変 動を調節できるために,内部組織による統御の可能性が高まると主張した。反面,技術 的不確実性が高い場合は,市場取引の柔軟性を生かすことにより,適切な能力を有する 相手に瞬時にスイッチでき(Balakrishnan and Wernerfelt, 1986),また,陳腐化の早い特 定技術に閉じ込められるリスクを回避できるという(Heide and John, 1990)。同研究に よる環境不確実性の分類法は,Heide and John(1990)の研究などにも踏襲されている。
環境不確実性を複雑性(complexity)とダイナミズム(dynamism)に分けることを提 唱したのは
Klein(1989)である。彼は,複雑性とダイナミズムという二つの側面が,
輸出チャネルに対する製造業者の統制度に対して相反する効果を持つと予想した。同研 究によれば,複雑性は空間的な不確実性に,ダイナミズムは時間的な不確実性に各々対 応する概念であるが,測定尺度を眺める限り,複雑性は静態的な,ダイナミズムは動態 的な不確実性に近い概念としても解釈でき
3
る。
Klein(1989)は,環境不確実性に起因する適応の問題は,取引の組織化によって解
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3 同研究において,複雑性という構成概念は,自社製品に対する最終顧客数,競合相手数,および直の買 い手の数を表す3つの項目で測られている。それに対して,ダイナミズムは,流通業者や顧客,競合相 手などによる予期せぬ行動を描写する4項目で構成されている。
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(497)43
消できると主張する取引費用分析の考え方と,環境不確実性が高い場合に柔軟性を維持 するには市場取引が望ましいというコンティンジェンシー理論(contingency theory)の 知見を対比させつつ,環境不確実性がチャネル統制度に与える影響は,不確実性のタイ プにより異なると予想した。同研究の分析結果は,複雑性がチャネル統制度に正の影響 を,ダイナミズムは負の影響を与えることを示しており,彼の予想を裏付ける結果とな った。
のちに
Klein, Frazier and Roth(1990)は,環境不確実性を攪乱性(volatility)と多様
性(diversity)に 分 類 し て い る が,名 称 こ そ 異 な る も の の,そ の 測 定 尺 度 はKlein
(1989)のダイナミズム及び複雑性と一致している。ところが4
Klein, Frazier and Roth
(1990)の分析結果は,攪乱性がチャネル統合度に正の影響を,多様性は負の影響を及 ぼすことを示し,前述の
Klein(1989)のそれとは矛盾するものであった。
Krickx(2000)は,不確実性と垂直統合度間の関連性を取り上げた既存研究をレビュ
ーする中で,既存研究には少なくとも7
種類の不確実性が確認されると述べている。技 術的不確実性,成果曖昧性,攪乱性,予測困難性,複雑性,需要変動性,および(複数 の下位次元を包摂する)不確実性がそれらである。このうち,成果曖昧性(行動的不確 実性)と技術的不確実性は比較的明瞭な概念であるが,攪乱性,予測困難性,需要変動 性などは類似性が高く,概念的に弁別することが容易ではない。さらに
Gatignon and Anderson(1988)に至っては外的不確実性としてカントリー・
リスクを,Hu and Chen(1993)の研究では社会文化的距離を環境不確実性として操作 的に定義するなど,各々の研究者が想定する不確実性の中身がバリエーションに富んで いるため,環境不確実性という概念の曖昧性は増幅してい
5
る。
概念上の混乱に加え,環境不確実性の操作化の仕方も多岐に渡っている。例えば,上 述した
Walker and Weber(1984)や Klein(1989)のように,実務家の知覚に基づく主
観 尺 度 と し て 当 該 概 念 を 測 定 す る 研 究 が 存 在 す る 一 方 で,Dhalstrom and Nygaard(1993)や
Anderson and Schmittlein(1984)のように環境不確実性を客観尺度として測
定する研究も存在する。例えば,Dhalstrom and Nygaard(1993)は石油会社による前方 統合(ガソリン・スタンドの所有)の問題を検証する上で毎月のガソリン価格の標準偏 差を環境不確実性の指標として分析に用い,Anderson and Schmittlein(1984)は営業部 隊の統合・分離を議論する中で,予想売上高と実際の売上高間の偏差を環境の予測困難 性を表す代理変数として使っている。以上の一連の議論から推察できるように,環境不確実性がチャネル統合度と如何なる
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4 ただし,Klein(1989)におけるダイナミズムの観測変数の一つである「わが社の直の買い手は売り手 を頻繁に交代する」という項目が,Klein, Frazier and Roth(1990)においては外されている。
5 高田(2009)は,ケイパビリティ・アプローチと取引費用分析を融合し,環境の不確実性を製品関連の 不確実性と流通サービス関連の不確実性に識別すべきと主張している。
44(498) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
関連性を持つのかに関しては,依然として論争の余地がある(Geyskens et al, 2006)。
Ⅲ 研 究 仮 説
Ⅲ
. 1
市場支配力という企業特殊的要因本研究は,環境不確実性とチャネル統合度との関連性に関する既存研究の混乱を念頭 に置きつつ,Shervani et al(2007)によって取り上げられた「市場支配力」という企業 資源に注目する。彼らは,市場支配力の強い製造業者は,資産特殊性や不確実性といっ た取引費用要因が顕著な場合でも,垂直統合を用いずに垂直統合の狙いを実現しうると 主張した。
製造業者による前方チャネルの統合問題は,統合によって得られる統制力と統合のた めに投入される資源(または,費用)間のトレーオフトとして捉えることができる
(Anderson and Weitz, 1986
; Palmatier, Stern, El-Ansary and Anderson, 2016)。製造業者が
自社製品の流通を外部流通業者に一任せず自らの統制下に置こうとする主たる目的は,特殊な流通サービスを求めるからに他ならない(久保,2011;崔,2013)。製造業者は 競合他社との差別化を図るために,流通業者からの特別な販売努力(風呂,1968;田 村,1996)や,販売前後における種々の付随サービスの提供などを模索する。しかし,
社会性を持つ独立した存在としての流通(商)業者にとって,特定の製造業者に特別な 販売努力や特殊度の高い流通サービスを提供する理由は存在しないため,製造業者は内 部組織に近い権限関係を外部流通業者との関係に組み込むことにより,自社製品の流通 過程を差別化しようとする。
一方で,前方チャネルの統合には当然ながら不可逆的な資源投入が求められる。流通 課業を製造業者自ら担うためには,無形(例えば,販売員のような人員)及び有形(例 えば,配送に必要な装備,在庫保管に必要な施設など)の資産への投資が不可避である
(Harrigan 1983)。さらに,製造業者は自社製品だけでは取引量の最小最適規模を達成す ることが困難なために,統合度の高いチャネルを利用する場合には,外部流通業者の利 用から得られる効率性を放棄しなければならない。流通業者は多数の生産者からの需要 をプールすることにより規模の経済性を達成できると同時に,流通課業に専門的に従事 することによる経験曲線効果を享受できる存在である(田村,2001)。以上の議論に基 づくと,製造業者による前方チャネルの統合が経済的に正当化されるのは,流通過程に 対する統制から得られるベネフィットが,外部流通業者を敢えて利用しないことによっ て犠牲にされる投資および費用面での不利さを相殺できる場合に限られる。
Shervani et al(2007)の研究は,市場支配力の強い製造業者は,流通取引を組織化せ
ずとも以上のトレードオフを解決できるという点に着眼したものである。市場支配力の環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(499)45
強い製造業者の製品は,最終顧客によって差別化されたものとして知覚され,大量に販 売される可能性が高いために,流通業者の財務成果への貢献度が高い。また,市場支配 力の強い製造業者は流通業者からコンプライアンスと協調を容易に引き出す力量を有す るために,高い取引費用を抱えずに自社製品の流通過程を狙い通りに統制できるとい う。彼らの研究は,市場支配力のような優れた企業資源またはケイパビリティが,代替 的ガバナンス構造の一つとして機能しうる可能性を示唆したものである。
Ⅲ
. 2
仮説の提唱市場支配力という企業属性がチャネル統合度の選択に一定の説明力を持つのであれ ば,環境不確実性の高い状況で如何なるチャネル形態を選択するのがチャネル成果の向 上に結び付くのかという問題も,市場支配力の強弱によって影響を受けると予想するこ とができる。本研究が問題視するのは,環境不確実性,チャネル統合度および市場支配 力間の整合性(alignment)または不整合性(misalignment)が,チャネル成長度という マーケティング成果に如何なる影響を及ぼすかという点である。従来のチャネル研究 は,もっぱら特定の条件下(例えば,高い環境不確実性)でどのようなチャネル(例え ば,統合度の高いチャネル)が選択されるべきかという点に注目しており,両者間に整 合性があれば,成果は自ずと担保されることを暗黙裡に前提してきた。
しかし,条件変数とチャネル構造間の整合性が成果変数に及ぼす影響を明示的に分析 モデルに取り入れない限り,そこから得られる示唆は規範的なものにならざるを得ない
(Ghosh and John, 1999
; Geyskens et al, 2006)。近年のチャネル研究においては,取引費
用要因,チャネル構造および企業特殊的要因(資源及び戦略のあり方)間の(不)整合 性が,企業成果に与える影響を正面から分析する研究が徐々に登場しつつある(e.g.,Ghosh and John, 2005 ; Nickerson, Hamilton and Wada, 2005 ; Mooi and Ghosh, 2009 ; Sande and Haugland, 2009 ; Brettel, Engelen and Müller, 2016 ; Bercovitz, Jap and Nicker- son, 2006 ; Mooi and Gilland, 2013)。本研究も同様の問題意識に基づいている。
市場環境が統合度の高いチャネルを求めるにもかかわらず,製造業者が外部チャネル を利用する場合には,製造業者と流通業者間で当初の合意内容を頻繁に修正する必要性 が生じ,高い取引費用の発生につながる。同様に,チャネル統合の必要性が低い状況 で,製造業者が敢えて統合チャネルを選択することは,不可逆的な資源の投入と,外部 チャネルを利用することにより手にできるはずの効率性を放棄することにつながるため に,チャネル成果を悪化させるはずである。
本研究では環境不確実性という要因に注目しているが,前節で議論されたように,環 境不確実性の高い状況にフィットするチャネル構造は如何なるものかに関して,既存研 究には統一した見解が存在しない。よって本稿では,環境不確実性,チャネル統合度お
46(500) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
よび市場支配力間の(不)整合性とチャネル成長度間の関係について,対立する二種類 の理論的予想を提示し,その経験的妥当性をテストすることを狙っている。
まず,取引費用分析の不確実性仮説を踏襲すると,環境不確実性が高い状況下では統 合度の高いチャネルが望ましいことになる。しかし,Shervani et al(2007)は,当該仮 説は市場支配力の強い製造業者には当てはまらないことを主張している。なぜならば,
市場支配力の強い製造業者は,環境不確実性によって生じる適応の問題を,統合チャネ ルという手段に頼らずに解決できるが故に,彼らにとって統合度の高いチャネルを構築 するための投資は,経営資源の浪費と外部チャネルを利用する際に享受できる効率性の 放棄につながるからである。企業のもつ資源の有限性を前提すると,市場支配力の強い 製造業者が統合チャネルを選択する場合,チャネル開拓や売上拡大など,チャネル成長 のために配分されるべき資源が犠牲になり,統合チャネルの構築のために無駄な資源が 投入されることになるだろう。以上の議論に基づき次の仮説が提唱される。
仮説
1
不確実性の高い場合でさえ,市場支配力の強い製造業者が統合度の高いチャネ ルを選択すれば,チャネル成長は阻害されるだろう。他方,市場支配力の弱い製造業者に対しては,取引費用分析の不確実性仮説が依然と して有効であろう。市場支配力の弱い製造業者が環境不確実性の高い状況下で外部チャ ネルを採用する場合,流通業者との間で合意内容の頻繁な再交渉を強いられることが予 想される。彼らは流通業者からの支援と協調を引き出す魅力と能力を欠いているため に,不確実性の高い環境下では高い取引費用を負担させられることになる。従って,市 場支配力の弱い製造業者は,環境不確実性か高い状況下で,流通機能を自社組織に内部 化することにより,不確実な環境からの情報負荷を吸収し,取引費用を抑制する必要が ある。その結果,安定的なチャネル成長のための資源を蓄積することが可能になる。以 上の議論から次の仮説を導くことができよう。
仮説
2 a
高い環境不確実性の下で,市場支配力の弱い製造業者が統合度の低いチャネ ルを選択すれば,チャネル成長は阻害されるだろう。Ⅲ
. 3
対抗仮説しかし,前節で詳しく紹介されたように,複数の研究は,環境不確実性がチャネル統 合度に与える影響に関する取引費用分析の予想に対して,懐疑的な分析結果を提示して いる。取引費用分析の論理とは対照的に,環境不確実性が高い時には柔軟な組織構造が 有効であるという知見に理論的根拠を提供しているのは,コンティンジェンシー理論
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(501)47
(contingency theory)である(Klein, 1989
; Cadeaux and Ng, 2012)。同理論によると,
不確実な環境下で企業は,公式化ならびに集権化の度合いが低い有機的(organic)組織 構造を採用し,柔軟性を維持することが望ましいとされる。この考え方はマーケティン グ・チャネルのような組織間関係の文脈にも応用され,環境不確実性が高い場合に,ル ールや手続きの公式化や集権的権限構造によって特徴づけられる統合チャネルの有効性 は薄い,という主張を裏付けている(Cadeaux and Ng, 2012)。
Shervani et al(2007)の研究にも,環境不確実性と市場支配力の結合効果がチャネル
統合度に与える影響に関連して興味深い結果が提示されている。先述したように同研究 は,資産特殊性と行動的不確実性が高い場合に,市場支配力の強い製造業者は統合度を むしろ下げる傾向があるという結果を報告した。反面,環境不確実性は,まずチャネル 統合度に対して負の主効果を持つことが確認された。この結果は,取引費用分析の知見 に背馳すると同時に,コンティンジェンシー理論の予想を支持するものである。さらに同研究では,環境不確実性と市場支配力の交互作用項が,チャネル統合度とポ ジティブな関連性があるという分析結果が出された。彼らは,この交互作用効果の事後 検定を通じて,「市場支配力の強い製造業者の場合,環境不確実性のレベルに応じてチ ャネル統合度が有意に変化しなかったのに対して,市場支配力の弱い製造業者の場合,
環境不確実性が高まるにつれチャネル統合度が低下する傾向があった」ことを報告して いる。以上の結果は,環境不確実性が高まるほど非統合チャネルが選ばれる傾向が強い が,その現象は市場支配力の弱い製造業者にとってのみ顕著であり,市場支配力の強い 製造業者の場合は必ずしもそうではないことを意味する。
これまでの議論を整理すると次のような予想を得ることが出来よう。まず,コンティ ンジェンシー理論とその知見の妥当性を裏付ける複数の研究に基づくと,製造業者は市 場支配力の強弱に関係なく,不確実な環境下では柔軟なチャネル構造(すなわち,統合 度の低いチャネル)を選択することにより,資源の浪費を抑え,安定したチャネル成長 を図ることができると考えられる。そうだとすれば,市場支配力の強い製造業者に対し ては仮説
1
と同様の予想が,市場支配力の弱い製造業者に対しては仮説2 a
と対抗する 予想が導かれる。仮説
1
では,市場支配力が統合チャネルに取って代わるガバナンス構造としての役割 を果たすために,支配的な製造業者が統合チャネルを選択することは無駄な資源投入を 意味すると論じられた。一方で,コンティンジェンシー理論を支持する複数の研究は,不確実な環境下では柔軟な組織構造が企業成果に望ましい影響を及ぼすと主張する。い ずれの論理に従っても,市場支配力の強い製造業者にとっては統合チャネルを利用する ことが得策ではないという帰結につながる。
反面,Shervani et al(2007)の分析結果は,コンティンジェンシー理論の予想効果が
48(502) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
市場支配力の弱い製造業者にとって顕著であることを示唆した。上述したように,同研 究は,市場支配力の弱い製造業者は,環境不確実性が高まるにつれ,チャネル統合度を 著しく低下させる傾向があったと報告しているからである。以上の議論を手掛かりにす ると,取引費用分析の知見に基づく仮説
2 a
とは対立する次の仮説が導かれる。仮説
2 b
高い環境不確実性の下で,市場支配力の弱い製造業者が統合度の高いチャネ ルを選択すれば,チャネル成長は阻害されるだろう。Ⅳ 実 証 分 析
Ⅳ
. 1
データ収集の概要図
1
には本稿の概念モデルを示す。第Ⅲ節で提唱された仮説1
と2 a
及び仮説2 a
の 対抗仮説に当たる仮説2 b
の経験的妥当性をテストすべく,本研究では日本の製造業者396
社から収集したサーベイ・データを用いて分析を進める。同サーベイは,2015年の1
月から同年3
月にかけて実施された。サンプル・フレームとしては,『会社四季報2015』(東洋経済新報社)に掲載されている日本の製造企業を網羅した。
同リストからランダム・サンプリングで抽出された
1507
社3000
事業部に対して,調 査の趣旨,及び調査への協力を促す手紙を添えた質問票が配布された。主情報源(keyinformant)としては,各社のマーケティング担当役員もしくは最高経営者の方々を指定
し回答を依頼した。調査対象を業界横断的に広げたのは,分析結果の外的妥当性を確保 するとともに,業界特殊的要因によるバイアスを防ぐためである。その結果,化学,鉄鋼,機械,電子・電気機器,紙・パルプ,医薬品,食品など,製 造業全部門にまたがる
415
事業部から協力を得ることができたが(回答率13.8%),そ
のうち,本研究の中心的な構成概念について,複数の欠損値が見られた19
票のサンプ図1 本研究の分析モデル
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(503)49
ルを除き,最終分析では
336
社396
事業部からの回答を用いることになった(有効回答 率13.2
%)。6回答者が調査内容を熟知しているか否かに関する主情報源バイアス(key informant
bias)をチェックするために,自社の流通活動に対する知識を問おう 2
つの設問が提示され
7
た。二つの質問に対する回答者の知識水準はそれぞれ平均
5.0(SD=1.29)および
4.8(SD=1.36)を示した。また回答者の平均勤続年数は 27.6
年であり,調査時点における担当業務に携わって平均
7.2
年が経過していた。以上を総合的に考慮すると,本調 査への情報提供者はサーベイ内容に対する十分な経験と知識を持つものと判断され,主 情報源バイアスは限定的であると思われる。さらに無回答者バイアスをチャックするため,2週間以内に返送された回答とそれ以 降の回答に対して,本研究モデルに含まれるすべての変数について平均差検定を行った
(Armstrong and Overton,
1977)。その結果,いずれの変数に関しても,両グループ間に統
8 計的に有意な差は発見されなかったために,無回答バイアスは存在しないと判断できる。なお,本研究モデルに含まれる独立変数と従属変数は同じ対象から収集されたため に,コモン・メソッド・バイアス(common method bias)を検証する必要性もある。ハ ーマンの単一因子検定(Harman’s one-factor test)を実施した結果,寄与率
50% を超え
ない複数の因子が抽出されたため,コモン・メソッド・バイアスの問題は深刻でないと 考えられる(Podsakoff and Organ, 1986)。本研究モデルを構成するすべての理論変数は,既存研究に依拠し複数の項目によって 設 計 さ れ た。ま ず,環 境 不 確 実 性 に 関 し て は,Wathne and Heide(2004)や
Kim, McFarland, Kwon, Son and Griffith(2011)などを参考に,主力製品市場の動向に関する
予測困難性を描写する4
つの項目が用意された。第Ⅱ節で詳述したように,環境不確実 性は多様な側面を包括する概念であるが,本研究の分析コンテクストである製造業者の 前方統合に関する意思決定は,顧客ニーズの変化や競合他社の動きなどを含む市場の予 測困難性による制約を受ける可能性が高い。そのような市場情報は流通業者に偏在しが ちであるため(Frazier, Maltz, Anita and Rindfleisch, 2009),製造業者にとっては取引費 用発生の原因となるからである(Dhalstrom and Nygaard, 1993)。以上の理由で本研究で は,環境不確実性を市場の予測困難性として操作化するほうが適切であると判断した。チャネル統合度については,製造業者が卸売段階の流通機能を自社組織に内部化して
────────────
6 サンプルの業種別構成は,ガラス・土石(12),ゴム(7),パルプ・紙(7),医薬品(7),科学(67),
機械(70),金属製品(24),食料品(29),精密機器(15),石油・石炭(4),繊維(19),鉄鋼(9),
電気機器(63),非鉄金属(8),輸送用機器(31),その他(23),不明(1)となっている。
7 設問項目は,「私は主力製品の流通全般についてよく知っていると思う」および「私は卸売流通段階の 取引全般についてよく把握していると思う」であり,7点尺度になっている。
8 無回答者バイアスは,遅期回答者は無回答者と同じ属性を持つという想定に基づくものである。
50(504) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
いる程度を,高田(2013)など を 参 考 に
5
項 目 で 測 っ た。市 場 支 配 力 に 関 し て は,Shervani et al(2007)などをベースにして,製造業者の主力製品市場における影響力を
表す,市場シェアやマーケティング力などを含む4
項目を設定した。また,従属変数に 当たるチャネル成長度は,主力製品の販路が安定的に成長しているか否かを表す指標で あるために,チャネル拡張度(既存チャネルの拡大と新規チャネルの開拓)と,財務的 成長指標(売上成長率と投資収益率)を包含する4
つの項目によって測定することにし た。なお,すべての観測変数はリッカート7
点尺度でスケーリングされ9
た。
その他に,企業属性による影響を統制するために,企業規模,企業経験および製品カ テゴリという
3
つの統制変数が導入された。企業規模は正規の従業員数,企業経験は創 業年数を用いてそれぞれ操作化した。製品カテゴリは製造業者の主力製品が消費財か生 産財かを表す。さらに,企業規模に関しては対数を,製品カテゴリに関してはダミー変 数(消費財0,産業財 1)を利用した。
Ⅳ
. 2
構成概念の妥当性本研究モデルを構成する
4
つの理論変数は,すべて複数の観測変数によって測定され たため,各構成概念の収束妥当性ならびに弁別妥当性を確認する必要がある。表1
には────────────
9 1は「全くそう思わない」を,7は「非常にそう思う」を表す。
表1 各構成概念の測定尺度
変数 測定尺度
市場支配力 貴社の販売力は競合他社に比べて強い。
α=.81 貴社のマーケティング力は競合他社に比べて強い。
CR=.73 AVE=.55 貴社の営業力は競合他社に比べて強い。
貴社の市場シェアは業界平均より高い。
環境不確実性 主力製品に対する顧客ニーズの変化は予測困難である。
α=.88 主力製品の販売量の変化は予測困難である。
CR=.82 AVE=.66 主力製品市場の成長率は予測困難である。
主力製品市場の競争業者の動きは予測困難である。
チャネル統合度 小売や最終顧客への販売を,(販社などを含め)自社で遂行している。
α=.87 小売や最終顧客への物流を,(販社などを含め)自社で遂行している。
CR=.67 AVE=.57 小売や最終顧客への販促を,(販社などを含め)自社で遂行している。
小売や最終顧客への流通に用いる設備やシステムは貴社所有の資産である。
小売や最終顧客への販売を担当するのは貴社の従業員である。
チャネル成長 主力製品の売上成長率は業界平均より高い。
α=.85 主力製品の投資収益率は業界平均より高い。
CR=.77 AVE=.60 主力製品の販路は順調に拡大している。
主力製品に関しては有望な新規販路を順調に開拓している。
企業規模 従業員(正社員数)数
企業経験 創業年数
製品カテゴリ ダミー変数(消費財0,産業財1)
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(505)51
各変数の測定尺度,クロンバック
α,CR(composite reliability)および AVE(average
variance extracted)が提示されている。複数項目で構成された 4
つの構成概念は,クロンバック
α(0.81〜0.88)と CR(0.67〜0.82)について,一般的推奨値(0.6)をクリア
している(Fornell and Larcker, 1981)。このことは各変数を構成する複数の測定項目に 内的一貫性(internal consistency)があることを表している。また,4つの構成概念の
AVE
は0.55〜0.66
の水準にあり,収束妥当性の経験的基準とされる0.5
を超えている。なお,表
2
の相関マトリックスには4
つの構成概念のAVE
の平方根が記されてい る。弁別妥当性の一つの条件は,すべてのペアの相関係数をAVE
の平方根が上回るこ とである(Fornell and Larcker, 1981)。表2
に示す通り,本研究モデルに含まれる4
つ の構成概念は当該条件を充足しており,十分な弁別妥当性を確保していると思われる。Ⅳ
. 3
仮説の検定本研究の仮説を検証するためには,従属変数であるチャネル成長度に対する,環境不 確実性,チャネル統合度および市場支配力間の
3
次交互作用効果(three-way interactioneffects)を確認する必要がある。ただし,独立変数群に複数の交互作用項が含まれるこ
とにより,独立変数間の強い相関による多重共線性(multicollinearity)が懸念される。この問題に対処するため,仮説の検定には関連する
3
つの変数(環境不確実性,チャネ ル統合度,市場支配力)に対して,平均中心化(mean centering)された値を使用した(Aiken and West, 1991)。
表
3
にはチャネル成長度を従属変数にした階層的重回帰分析の推定結果が示されてい る。モデル1
には3
つの独立変数(環境不確実性,市場支配力およびチャネル統制度)と
3
つの統制変数(企業経験,製品カテゴリ,企業規模)のみを説明変数として投入 し,モデル2
には3
つの独立変数間のすべてのペアから成る2
次交互作用項(「環境不 確実性×チャネル統合度」,「環境不確実性×市場支配力」,「チャネル統合度×市場支配表2 相関マトリックス
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
1.市場支配力 .74
2.環境不確実性 −.164** .81
3.チャネル統合度 .137** .060 .75
4.チャネル成長度 .441** −.123* .150** .77
5.産業財ダミー .050 .029 .139** .055 1
6.企業経験 .010 −.145** −.095 −.094 .071 1
7.企業規模 .025 −.093 .045 .087 −.038 .055 1
8.市場支配力×環境不確実性 .483** .757** .134 .148** .050 −.118* .056 1
9.市場支配力×チャネル統合度 .639** −.043 .826** .361** .136** −.075 .033 .359** 1
10.環境不確実性×チャネル統合度 −.018 .718** .696** .017 .103* −.153** −.032 .607** .511** 1
11.市場支配力×環境 不 確 実 性
×チャネル統合度 .403** .577** .669** .186** .107* −.138** .021 .782** .744** .880** 1
Mean 4.5 3.32 4.24 4.14 N.A 74.2 4190 N.A N.A N.A N.A
S.D. 1.05 1.11 1.44 1.1 N.A 28.6 13274 N.A N.A N.A N.A
注:対角線上の太字は各構成概念のAVEの平方根を,それ以外の値は相関係数をそれぞれ表す。(**p<01, * p<05両側検定)
52(506) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
力」)を,モデル
3
には本研究の関心事である3
次交互作用項(「環境不確実性×チャネ ル統合度×市場支配力」)を逐次追加した。多重共線性の診断指標とされる
VIF
の最大値は,すべてのモデルにおいて一般的許 容値(4.0)を大幅に下回っているために(表3
参照),分析結果の説明力を脅かす心配 はないと判断され,推定結果の解釈に進む。モデル1
から逐次的に変数(群)を追加す るたびにモデルの説明力は有意に上昇していることから,チャネル成長度に対して交互 作用項が何らかの影響をきたしていることが分かる。モデル
1
とモデル2
の推定結果からは,市場支配力と企業規模がチャネル成長度にポ ジティブな主効果を,企業経験が負の主効果を持つことが確認される。市場支配力の強 い製造業者は,高い市場シェアと差別化を利用して余剰資源を蓄積し,それをさらなる チャネル成長の糧として活用している結果であると解釈できる。企業規模がチャネル成 長度に与える正のインパクトも同様の文脈で理解することができよう。企業経験がチャ ネル成長度に与える負の影響については,創業年数の短い製造業者にとっては,未開拓 チャネルが相対的に多く残されているからではないかと推察される。モデル2
で投入さ れた交互作用項の中では,「環境不確実性×市場支配力」がチャネル成長度に対して負 のインパクトを持つ傾向が見られた(β=−0.084, p<0.05)。環境不確実性がチャネル成 長度に与える否定的な影響を,市場支配力の強い製造業者は相対的に大きく受けるとい う結果である。表3 階層的重回帰分析の推定結果 独立変数 モデル1
β(SE)
モデル2 β(SE)
モデル3 β(SE)
定数 1.984(.390) 2.103**(.403) 2.041**(.401)
企業規模 .077*(.034) .070*(.035) .078*(.035)
企業経験 −.005**(.002) −.005**(.002) −.005**(.002)
産業財ダミー .083(.107) .067(.107) .053(.107)
環境不確実性(EU) −.059(.046) −.071(.047) −.060(.047)
チャネル統合度(CI) .053(.035) .047(.035) .043(.035)
市場支配力(MP) .427**(.048) .428**(.048) .428**(.048)
EU x CI .003(.028) −.005(.028)
EU x MP −.084*(.039) −.068†(.039)
CI x MP −.049(.033) −.036(.033)
EU x CI x MP −.053*(.024)
F値 10.038** 13.599** 12.876**
R2 .227 .241 .251
調整済みR2 .215 .223 .231
△R2 .227** .014† .010*
自由度 6 3 1
VIF最大値 1.152 1.174 1.185
従属変数:チャネル成長度
注:β値は非標準化回帰係数を,( )内は標準誤差をそれぞれ表す。
**p<0.01, *p<0.05, †p<0.1(両側検定)n=396
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(507)53
(1)市場支配力の強い製造業者のケース (2)市場支配力の弱い製造業者のケース
チャネル成長度
本研究の関心は「環境不確実性」,「チャネル統合度」および「市場支配力」という
3
つの変数間の結合効果が,チャネル成長度にどのような影響を与えるのかを確認するこ とにあるため,3次交互作用項を追加したモデル3
の分析に進む。回帰モデル自体は有 意であり(F=13.6, p<0.00),モデル3
の独立変数群は,チャネル成長度の変化に対し て一定の説明力を有することが確認できる(R2=0.251)。なお,3次交互作用項を除外 したモデル2
に比して,モデル3
の説明力は有意に上昇している(△R2=0.01, p<0.05)。
モデル
3
の推定結果は,チャネル成長度に対する環境不確実性,チャネル統合度およ び市場支配力間の3
次交互作用効果が5% 水準で有意に負のインパクトを与えているこ
とを示した(β=−.053, p=.025)。ただし,本研究で提示した諸仮説の妥当性を裏付け るためには,3次交互作用効果が如何なる形態を帯びているかについて,事後検定(post-hoc probing)を通じて確認する必要がある(Aiken and West, 1991)。
Ⅳ
. 4
単純傾斜分析(simple slope analysis)による事後検定「環境不確実性×チャネル統合度×市場支配力」の
3
次交互作用項が,チャネル成長 度に対して有意な負の影響を持つことが判明されたために,当該交互作用効果の形態を さらに吟味するために,Aiken and West(1991)の提案した手続きに沿って事後検定を 行った。事後検定の狙いは,市場支配力の水準に応じて,環境不確実性とチャネル統合 度の交互作用がチャネル成長度に与える効果がどのように変化するかを,単純傾斜分析(simple slope analysis)を通じて明らかにすることである。
単純傾斜分析の結果は図
2
に示すとおりである。図2
は,環境不確実性の水準によっ て,チャネル統合度の選択がチャネル成長度に与える影響が如何に変化するかを表して いるが,その結果は製造業者の有する市場支配力の強弱によって異なる様相を呈するこ図2 単純傾斜分析の結果 54(508) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
とが読み取れる。仮説
1
は市場支配力の強い製造業者は,不確実性の水準に関係なく,統合度の低いチャネルを利用することによりチャネル成果を高めうると予想した。左図 の分析結果によると,不確実性が高まるにつれ,市場支配力の強い製造業者は,統合チ ャネルを利用することによりチャネル成果を有意に悪化させている様子が伺える。しか しながら,非統合チャネルが市場支配力の強い製造業者にとって,不確実性の高低を問 わず一貫して有益であるという傾向は見られない。よって仮説
1
は部分的にしか支持さ れなかったと判断できる。この結果については次節でさらに考察を行う。一方で,市場支配力の弱い製造業者のチャネル選択行動は,仮説
2 a
の予想を支持す るものであった。右図から読み取れるように,市場支配力の弱い製造業者が,高い環境 不確実性の下で統合度の低いチャネルを利用することは,チャネル成果の悪化につなが ることが分かる。反面,不確実性が高まるにつれ,統合度の高いチャネルを選択した製 造業者は,高いチャネル成長度を見せていることが確認できる。この結果は,仮説2 a
の予想を支持するものであると同時に,その対抗仮説に当たる仮説2 b
の予想に反する ものである。Ⅴ お わ り に
Ⅴ
. 1
ディスカッション以上の分析結果を考察すると,Shervani et al(2007)によって問題視された「市場支 配力」という企業属性は,チャネル選択問題を考える際に,一定の影響力を持つものと 理解することができる。本研究の分析結果によれば,環境不確実性とチャネル統合度と の関連性が,チャネル成果に対して如何なる含意を持つかは,市場支配力という企業属 性によって調節されている。本研究は,「環境不確実性が高い時には統合チャネルを利 用することが望ましい」という取引費用分析の命題は,市場支配力の弱い製造業者にと ってのみ有効であったことを示唆しているからである。
製造業者が高い不確実性下で非統合チャネルを利用する場合,外部環境の変化が激し いだけ流通業者との間に当初の合意内容などについて頻繁に再交渉を行う必要性が生ま れる。市場支配力の強い製造業者は,垂直統合という手段を用いずに,流通業者との間 で起こり得るコンフリクトを制御し,自社製品の流通に一定の統制力を行使することが 可能であるが,それは市場支配力の弱い製造業者にとっては実現不可能である。不確実 な環境下で発生する高い取引費用は,市場力の弱い製造業者から,チャネル成長のため に資源を投入する余力を奪うことになる。
一方で,市場支配力の強い製造業者が統合チャネルを選択した場合,高い不確実性下 ではチャネル成果が著しく低下する傾向が見られた。この結果は,取引困難性が高い状
環境不確実性,チャネル統合度および市場支配力の相互作用がチャネル成長度に与える影響(崔)(509)55
況下においては,不適切なチャネル選択(つまり,市場支配力強い製造業者による統合 チャネルの選択)が成果に与えるダメージが一層顕著に現れる,という
Ghosh and John
(2009)の分析結果と整合的である。環境が安定している状況では,不適切なチャネル 形態の選択によるロスが顕在化しなかったが,環境の不確実性が増すにつれ,不適切な 選択に伴う弊害が浮き彫りになった結果として解釈することができよう。
冒頭で紹介したように,Ghosh and John(1999)は,製造業者がチャネル形態を選択 する際に,ポジショニングと企業固有の資源の影響を考慮すべきと主張した。本研究の 分析結果は,環境不確実性のような外部条件が類似な場合でも,製造業者が前方チャネ ルを如何に組織化すればいいかという意思決定は,一様にではなく市場支配力のような 企業特殊的要因を考慮した上で行われるべきであることを,示唆している。
Ⅴ
. 2
本研究の意義と残された課題最後に本研究の意義と今後の課題について述べる。本研究は従来のチャネル研究に見 られるいくつかの問題点を克服するための試みとして行われた。
第一に,本研究はチャネル成長度という成果指標を明示的に分析モデルに取り入れる ことによって,チャネル構造選択との関連性を解明しようとした。チャネル行動は最も 重要なマーケティング意思決定の一つであり,企業成果に長期的影響を及ぼすにもかか わらず,それが企業の財務的または戦略的成果にどのような影響を与えるのかに関する 経験的証拠は著しく不足している(Homburg, Vollmayr and Hahn, 2014
;
結城,2014)。第二に,本研究は,チャネル構造選択は,市場支配力という個別企業の特性を踏まえ たうえで行われるべきであることを示している。チャネル構造選択に関する従来の主流 的研究は,取引費用分析を理論的バックボーンとして行われていた。しかし,取引費用 分析の枠組みでは,資源,ケイパビリティ,戦略のあり方,経路依存性など,各々の企 業が処している固有のコンテクストを識別することが困難である。当然ながら,現実に おいて,自社製品の流通チャネルを如何に組織化するかという製造業者の意思決定は,
取引費用要因のみではなく,自社固有の特性を反映して行われるのである。
第三に,本研究はこれまでのチャネル研究において,その意味合いが留保的であった
「環境不確実性」の効果を,「市場支配力」という企業属性との関連性の中で解明しよう とした。その結果,不確実性が高い環境下で,製造業者が前方チャネルをどのように組 織化すれば成果向上を期待できるのかという問題は,製造業者の有する市場支配力によ って異なるという暫定的な結果を得ることができた。
しかしながら,本研究は依然としていくつかの問題点を露呈している。第一に,本研 究は第Ⅱ節で「環境不確実性」が多次元の属性を持つ概念であることを認めながらも,
実証の段階では当該概念を「市場の予測困難性」という単一次元の概念として取り扱っ
56(510) 同志社商学 第69巻 第4号(2018年1月)
た。環境不確実性の次元を細分化することによって,今回の分析結果が変化する可能性 は大いに残されている。第二に,本研究は企業特殊的要因として「市場支配力」だけを 取り上げたが,それ以外にも前方チャネルの組織化に直・間接的な影響を及ぼす要因は 多数存在する。例えば,Nickerson et al(2001)の研究は,企業ポジショニングとガバ ナンス形態の相互関係を問題視しており,Ghosh and John(2005)は,特殊的投資とガ バナンス形態(不完備契約の程度)がブランド・パワーという企業資源と結合し,取引 成果にどのような影響を与えるかを分析している。チャネル研究に求められる実践的貢 献の要求に呼応するためにも(Hunt and Morgan, 1995),今後のチャネル研究は企業の 異質性に一層関心を傾ける必要がある。これらの諸問題については,今後の課題として 後続研究を通じて取り組んでいきたい。
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