インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く : 車種構成と所得階層分布に着目しながら
著者 塩地 洋
雑誌名 同志社商学
巻 64
号 5
ページ 295‑318
発行年 2013‑03‑15
権利 同志社大学商学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013200
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く
──車種構成と所得階層分布に着目しながら──
塩 地 洋
はじめに
Ⅰ 自動車販売台数の増加と普及率の低さ
Ⅱ どのような車が売れているか
Ⅲ 経済成長に応じた自動車需要の変化−価格分布と車種構成
Ⅳ 自動車需要の現れ方の特徴−所得分布との関連から おわりに
は じ め に
本稿の課題は,インドネシアにおける自動車市場の拡大の道筋を,車種構成の変化と 所得階層分布の有り様を分析することによって明らかにすることであ
1
る。まずそうした 課題を設定するにいたった問題意識を示そう。問題意識は二つある。その第一は,イン ドネシアの自動車市場拡大と所得階層分布の関連である。第二は,同じくインドネシア 自動車市場拡大に伴う車種構成の変化である。まず第一の問題意識について述べよう。
Ⅰ 自動車販売台数の増加と普及率の低さ
1 経済成長と人口の大きさによる販売台数の増加
インドネシアの自動車販売台数は2011年に89万台に達し,タイを抜いて東南アジア 最大の自動車市場国となっ
2
た。その最大の要因は近年の経済成長の継続にある。2004 年のユドヨノ政権登場以降,2000年代後半に政権が安定し,インフレの鎮静化,通貨
・金利の安定,失業率の減少の中で,年6% の成長が続き,1人当りGDPは40万円
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1 本稿は,2012年11月3日(京都大学吉田キャンパス)および12月1日(京都大学東京オフィス)で 開催された「〈アジア自動車シンポジウム〉インドネシアは自動車大国になれるか−オートバイユーザ ーが自動車購入者に転換するプロセスを探る−」(主催:京都大学東アジア経済研究センター,共催:
東京大学ものづくり経営研究センター,東京大学社会科学研究所現代中国研究拠点,京都大学人文科学 研究所付属現代中国研究センター,後援:京都大学東アジア経済研究センター協力会)において筆者が おこなった報告「自動車市場拡大の論理を読み解く−セグメント構成の変化に着目しながら−」を基に 執筆したものである。
2 以下の本文中では,2010年,2011年,2012年の統計数値が混在しているが,その度,注記はしていな い。なお統計数値の出所は,2009年7月,2012年8月,2012年9月のインドネシアでの取材調査にお いて日系自動車メーカーのインドネシア法人から得た資料に基づく。
(295)1
100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011年 販売台数(万台)
アジア 通貨危機
世界金融 危機 ガソリン価格上昇
金利上昇
(100ルピア=1円)に近づいてきている。そしてそうした経済成長を背景に自動車市場 が拡大してきているのである。第1図はインドネシアの自動車販売台数の推移とその趨 勢を描いたものである。2000年代後半に急激に販売台数が増大していることが把握で きる。その間に起こった世界金融危機のインドネシア自動車市場に対する影響は1年で 終息し,ギリシャ危機からの影響はまったく受けていない。自動車市場は着実に拡大し てきている。
とはいえ経済成長とともに,インドネシアの人口の大きさが自動車市場の拡大の要因 の一つになっていることも見ておかなければならない。同国は2億4000万人の人口を 有し,中国,インド,米国に次いで四番目に人口の大きい国でもあ
3
る。こうした人口の 大きさが,一方では,たとえ自動車普及率(例えば人口1000人当りの保有台数)が低 くても,自動車販売台数を増大させてきているのである。今後の自動車市場拡大を検討 する際において,こうした人口の大きさは経済成長と並んで最も重要な要因の一つとな る。
2 所得階層分布の偏りによる自動車普及率の低さ
しかし他方で,今後自動車購入が可能となる,いわゆる中間層と呼ばれる人々の所得 階層分布がどのようになっているのかに注目する必要がある。例えばここで中国と比較 するとインドネシアは中間層が薄いために,中国のような爆発的な自動車市場拡大は生
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3 いわゆる人口ボーナス期間はインドネシアは中国よりも長いといわれる。
第1図 新車販売台数の推移
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
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じていない。そうした爆発的拡大が起こるには今後少し時間が必要かもしれない。ある いはどの程度時間が必要かについては,今後も慎重な検討がなされなければならないで あろう。
こうした観点から現時点の自動車普及率(1000人当り保有台数)を見ると,インド ネシアは40台程度であり,米国(800台)の20分の1,日本(600台)の15分の1で ある。中国(80台)と比較しても2分の1にすぎない。さらに他の東南アジアのマレ ーシア(250台)やタイ(140台)と比較してもインドネシアの自動車普及率は小さい。
なお,各国の国民所得水準[1人当たりGDP(円)]と自動車普及率[1000人当たり 保有台数]の間には,[1人当たり GDP(円)]×0.0002=[1000人当り保有台数]とい う,きわめてラフな推算が成り立つ。以下,この[1人当たりGDP(円)]×0.0002に よって得られた数値を自動車標準普及率としよう。そしてこの自動車標準普及率を指標 として,その国の実際の自動車普及率が国民所得水準からすると相対的に高いのか,低 いのかを見てみよう。マレーシアは1人当りGDPが97万円で,推算式を用いると,
自動車標準普及率は194台となる。ところが実際の自動車普及率は250台であり,マレ ーシアは国民所得水準からみると自動普及率は高いと言えよう。タイの場合も同様であ る。タイの1人当りGDPは54万円で自動車標準普及率は108台であるが,実際の自 動車普及率は140台である。ところがインドネシアは1人当りGDPが36万円で自動 車標準普及率は72台であるのに,実際の自動車普及率は40台しかない。インドネシア はマレーシアやタイと比較すると相対的に自動車普及率が低いだけでなく,国民所得水 準から推算される標準的な水準からみても絶対的に自動車普及率が低くなっているので ある。このことが意味することは,一方で,自動車購入者となる中間層が薄かった,言 い換えると所得階層分布になんらかの偏りがある等の問題性を思いおこさせるととも に,他方で,現時点の普及率の低さは,将来に所得水準がある閾値を超えると,あるい はエントリーカーの低価格化が進むと,人口が大きいことと相まって,ある時点で自動 車市場の爆発的な拡大が起こることが推察される。
ともあれ,インドネシアが6% 成長を7年程度続けると,2020年頃に1人当りGDP は50万円前後に到達する。ここで自動車標準普及率を推算すると1000人当り保有台数 は100台に達し,人口2億4000万人を乗じると,その時点で保有台数は2400万台水 準となる。もし平均使用年数(廃車までの平均年数)が12年とすると,インドネシア の年間販売台数は200万台となる。第2図はこうした予測を一つのベースとして描いた ものである。もし2020年に販売台数が200万台となるとすると,国別販売台数では世 界10位前後となり,自動車大国を名乗るに相応しい国となる。
以上,Ⅰ章では経済成長の持続と人口の大きさによって販売台数が増大しているが,
所得分布の偏り等のなんらかの要因によって自動車普及率は低い水準にとどまっている
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (297)3
250
200
150
100
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0
1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020年 販売台数(万台)
実績 予測
ことを示唆した。次にⅡ章ではインドネシア自動車市場においてはどのような車が売れ ているのかについて検討する。
Ⅱ どのような車が売れているか
第二の問題意識は,経済成長による自動車市場拡大に伴って,売れ筋車
4
種はどのよう に変化していくのかという点である。Ⅱ章ではまずどのような車種が売れているのかを 明らかにしよう。
1 車種区分
インドネシアではミニバン(MPV マルチ・パーパス・ヴィークル)(写真1)が圧倒 的シェアを占めている。トラックとバスを除いた乗用車市場において63% のシェアを 占めている。タイではピックアップ・トラック(写真2)が圧倒的であったが,近年自 動車市場が拡大するにつれてセダンが増大しているが,インドネシアではモータリゼー ションが始まる以前からミニバンが圧倒的で現時点でもセダンはわずか4% にすぎな い。セダンが4% しかない国は先進国では存在しないと思われる。
ミニバンに続いては,SUV(スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル)が17% を占
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4 本稿で車種とは,セダン,ミニバン,ハッチバック,SUV等の主としてボディの形状の区分を意味し ている。なお本稿ではトラック,バスは分析の対象としていない。
第2図 新車販売台数の実績と予測
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
4(298)
め,それとほぼ同じシェアの16% をハッチバック(HB)が占めている。だがSUVと ハッチバックを合わせても33% にすぎず,ミニバンの半分である。
ここでインドネシアで区分されている各車種の特徴を説明しておこう。なおあえて特 徴と記し,定義と書かなかったのは,定義は複雑で曖昧で正確に説明することが困難で あるからである。また車種の特徴をある程度の紙幅を費やして説明する理由は,こうし た車種の特徴が理解できていないと,以降の叙述の理解が困難となるからである。
ミニバン(マルチ・パーパス・ヴィークルMPV)とは,客室(キャビン)と荷室
(トランクルーム)の間に区切りがなく,同じ床で連続しており,空間的に一体となっ て,いわゆるワンフロア・ワンボックス化され,車の後部に5番目のドアがある。そう して一体化され,かつ車高も高い故,車内スペースが広く,大きい。インドネシアでは ミニバンのすべてが3列シート7人乗りの車となっている。ミニバンは,乗用車セダン が高価で贅沢で実用的でないとされ,それに代わって荷物も多く積め,またワンボック ス・スペースを改造すれば,小型バスのようにも使え,多人数を乗せることが可能とな る車として登場してきた経緯がある。当初は,車体が,底部のフレーム(シャーシー)
に支えられているボディ・オン・フレーム構造の車であったが,今日では一部にモノコ ック構造(フレームがない構造)となっているモデルもある。後輪駆動(FR)が多い が,一部には前輪駆動(FF)もある。二輪駆動(2 WD)が多いが,一部には四輪駆動
(4 WD)もある。
写真1 ミニバン(トヨタ・アバンザ)
出所:トヨタ・アストラ・モーター社のホームページより
写真2 ピックアップ・トラック(トヨタ・ハイラックス・ヴィーゴ)
出所:トヨタ・アストラ・モーター社のホームページより
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (299)5
SUV(スポーツ・ユーティリティ・ヴィーク
5
ル)は,客室(キャビン)と荷室(トラ ンクルーム)が一体となって同じ床で連続しており,いわゆるワンフロア・ワンボック ス化され,車の後部に5番目のドアがあるという点では,ミニバンと同じであり,次に 説明するハッチバックもこの点は同じである。ただミニバンがすべて3列シート7人乗 りになっているのに対して,SUVは17% のシェアの内,11% が3列シートだが,6%
は2列シートとなっている。ただし,この2列シートも工場の組立ライン装着でのメー カー・オプションおよびディーラーや部用品店での後付けオプションを選択・購入する ことによって3列シートに転換可能となっているモデルもある。SUVはミニバンと比 較すると,運動能力が高いことが特徴であり,ミニバンよりも四輪駆動(4 WD)のモ デルが相対的に多い。また同じ理由から,前輪駆動(FF)は少なく,後輪駆動(FR)
が多い。1990年代以前はボディ・オン・フレーム構造が大半であったが,近年はCUV
(クロスオーバー・ユーティリティ・ヴィークル)と呼ばれる,モノコック構造をベー スとして設計されたSUVが多くなっている。
ハッチバック(HB)は,ミニバンやSUVと同じくワンボックスであるが,ミニバ ンよりも全体的に車のサイズが小さく,車高も低く,基本的に2列5人乗りである。価 格も低くなっている。ほぼほとんどが前輪駆動(FF)であり,同時にモノコック構造 である。今後インドネシアで100万円以下の低価格モデルがでるとすると,その大半は このハッチバックとなる。なぜならミニバンやSUVでは車の構造上,100万円より低 いコストで設計することが困難であるからである。
最後にセダンとは,エンジンルームと客室(キャビン),荷室(トランクルーム)の 三つのスペースが空間的に区分され,スリー・ボックスとなっている。セダンの小型車 はモノコック構造で前輪駆動(FF)が多いが,エンジン排気量が大きくなるにつれて,
ボディ・オン・フレーム構造で後輪駆動(FR)が多くなる。後に詳述するが,インド ネシアではセダンに対して奢侈税率が高く設定され,価格上のディスアドバンティジを 抱え,シェアはきわめて低くなっている。
2 三列シートが圧倒的シェアを占める
前述したように乗用車市場の63% を占めるミニバンのすべてが3列シートであり,
17% を占めるSUVの内11% が3列シートを占め,合わせると74% が3列シートの車 となっている。では何故このように3列シートが多いのか,その理由を探ってみよう。
第一に,大家族主義の伝統があげられる。会食等で親戚も含めた家族・親族で集まる 習慣が強く残っている。そうした際に親戚も含めて乗るために多人数乗りの車が必要と
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5 インドネシアでも日本でも,SUVという呼び方が一般的で,スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル という呼称は一般的でないため,前者を優先的に用いることとした。
同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
6(300)
なる。第二に,一つの家族の平均構成員数が,日本では2.5人に対してインドネシアは 4.0人と多く,かつ運転手やメイド,子守も同乗するので,7人乗りが必要となるとい われる。メイドや子守は月給が6000〜8000円程度と低いために,自動車を保有してい る世帯はメイドや子守が必ずいるといわれ
6
る。第三に,故郷に帰省する際に大量の荷物 を積むためのスペースの必要度が高い故と言われる。第四に,車体サイズの大きいミニ バンを保有することが社会的ステータスの高さを示すという認識が長い間にわたって定 着しているからである。それゆえ一定の所得を超えた人々はミニバンを購入することに よって,みずからのステータスの高さを誇示することになる。例えば高所得者が高級ホ テルに乗り着ける時は,アルファードのような高級ミニバンに乗ることが多いといわれ る。
以上挙げたのはインドネシアの社会的文化的要因であるが,政治的経済的な制度要因 として,第五に,税金の差が挙げられる。セダンにはセダン以外(ミニバン,SUV,ハ ッチバック)よりも20% 高い奢侈税が課せられている。例えば,ホンダのシティ(セ ダン)とジャズ(ハッチバック)はプラットフォームが同じで,エンジン型式・排気量 も同じだが,税金がシティが20% 高く,税も含めた小売価格で40万円程度の差が生じ ている(260万円と220万円−売筋仕様の価格,以下同じ)。
なおインドネシア社会に3列シート7人乗りの車を定着させる上で強い影響を与えた モデルは,国民車と呼ばれたベストセラーカーのトヨタ・キジャンであった。トヨタは 1970年代後半にアジアカーとしてキジャンを開発したが,写真3に見られるように,
────────────
6 取材調査では,メードや子守は3列シートの最後部の左側が定位置であるという説明を受けた。
写真3 トヨタ・キジャンのモデルの推移
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (301)7
そのキジャンの三代目(1986−96年)から3列シートのモデルが導入された。この三代 目,次の四台目のキジャンの販売台数が増大し,インドネシアにファミリーカーの典型 的車種として,あるいは高所得のステータスを示す車種として3列シートのミニバンが 定着していった。
そうしたミニバンの定着で最も大きな役割を果たしたのが,キジャンの後継モデルと して2004年に開発されたトヨタ・アバンザ/ダイハツ・セニアである。トヨタは2004 年に新興国向グローバル戦略車であるIMV(イノベイティブ・インターナショナル・
マルチパーパス・ヴィークル)のモデルの一つとしてイノーバを開発し,インドネシア にはそれまでのキジャンとの継承性を示すためにキジャン・イノーバと名付けて同モデ ルを投入した。だがキジャン・イノーバはそれまでのキジャンに比べて価格が高く,こ れまでのキジャンのユーザー層を継承するには,イノーバよりも低価格のモデルが必要 とされた。そこでインドネシア向けに投入・開発されたのが第3図に示した,アバンザ
/セニアである。このアバンザ/セニアは,第4図に見られるように,イノーバよりも 販売台数が大きく伸び,イノーバに代わってベストセラーカーとなった。そして3列シ ートのミニバンをインドネシア社会によりいっそう定着させた。
ではアバンザ/セニアの販売台数が大きく伸びた理由は何か。それは第一に,インド ネシア社会・交通環境への現地適合化という点で成功していた三代目,四代目のトヨタ
・キジャンの設計・開発コンセプトを受け継ぎ,現地適合化をより一層進めたことであ る。この意味でトヨタ・キジャンと同様のユーザー層を継承しえたと言えよう。第二 に,日本において軽自動車の開発・生産におけるコスト削減能力を蓄積していたダイハ ツが,その能力を活かしてアバンザ/セニアの低コスト化,すなわち同クラスの他メー カー車に比しての低価格化を実現したからである。
第3図 キジャン・イノーバ・アバンザ/セニアの系図
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
8(302)
年 販売台数(台)
イノーバ(トヨタ) 250万円 2000cc
セニア(ダイハツ) 110万円 1000cc
アバンザ(トヨタ) 200万円 1500cc
180,000 160,000 140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
アバンザ 3.5倍
セニア 3.1倍
イノーバ 1.0倍
ともあれ現在,こうしたアバンザ/セニアの成功を受けて,他メーカーも同様のモデ ルを投入してきている。日産は日本国内で販売している商用車NV 200バネットをベー スにインドネシナ向けのミニバンとしてエヴァリア(165万円,1500 cc)を投入してい る。なおこのNV 200バネットは,他の国においても同様の現地化が図られ,ニューヨ ークやロンドンのタクシーとして活用されるとともに,新興国の中国やインドでも,イ ンドネシアと同様に相対的に低価格帯に属した多目的のミニバンとして投入されてい る。スズキもインド用に投入したスイフト派生車を,インドネシア用に適合化させ,エ ルティガ(200万円,1400 cc)として投入している。
このようにインドネシアの特殊なニーズ(3列シート7人乗りのミニバンが圧倒的な シェアを占める)に応じて各自動車メーカーは,もちろんグローバルモデルをそのまま
(あるいは微調整のみで)投入することもおこなっているが,インドネシア専用車を投 入するケースが,他の新興国と比較すると多いと言える。
加えて,そうしたインドネシア専用モデルを早い時期から投入してきた日系メーカー が,その結果として大きなシェアを占めている。日系メーカーはインドネシア自動車市
場の95% 前後のシェアを占めている。これはタイと並んで,世界で最も日系メーカー
のシェアの高い国である。日本国内よりも日系メーカーのシェアが高くなっている。な お,第5図はメーカー別の販売台数であり,上位8位までを日系メーカーが独占してい る。
以上,Ⅱ章ではインドネシアでどのような車が売れてきたか,それは何故かについて 検討した。では今後そうした傾向はどのように変化していくのか,次のⅢ章で推察する こととする。
第4図 イノーバとアバンザ/セニアの販売台数
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 注:2004年に対する2010年の販売台数の倍率を記した。
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (303)9
販売台数(台)
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
トヨタ ダイハツ 三菱 スズキ 日産 本田 いすゞ 日野 フォード 起亜
Ⅲ 経済成長に応じた自動車需要の変化−価格分布と車種構成
インドネシアにおいて今後経済成長が続くならば,売れ筋はどのように変わっていく のか。2015−2020年頃にはどのような車種構成に変化していくのであろうか。以下,推 察を試みる。その方法としては,2005年時点の販売単価分布と2010年の販売単価分布 を比較することによって,2000年代後半に経済成長と自動車市場拡大に伴って販売価 格分布にどのような変化が起こったのか,どのような傾向があったのかを明らかにす る。そしてそうした変化や傾向がある程度は今後も引き続いて起こる可能性があるとい う観点に,今後起こると推定される新たな要因を組み込み,2015−2020年頃の販売単価 分布を予測する。
1 2005年と2010年の販売単価分布の比較
まず2005年の販売単価の分布を第6図から見てみよう。第一に,明確に二つのピー クが存在する。110万円前後と170万円前後である。通常,先進国の大規模な自動車市 場では一つのピークとなることが多いが,インドネシアでは二つのピークに分かれてい る。これは,市場に投入されているモデル総数が少なく,かつ売れ筋モデルが偏在して いるために起こっていると推察される。
同じく第6図によって2005年と2010年の比較を試みる。最初に2005年と2010年 の共通点を見てみよう。まず気付くことは2010年にもピークが二つ存在することであ る。前述した投入モデル総数の少なさと売れ筋モデルの偏在という問題は,2010年に
第5図 メーカー別販売台数(2011年)
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
10(304)
販売台数(台)
120,000
100,000
80,000
60,000
40,000
20,000
0
70 90 110 130 150 170 190 210 230 250 270 290 310 330 350 380 400
単価:万円
2005 2010
も継続していると言えよう。
さらに,2005年と2010年の相違点あるいは変化とその傾向を見てみよう。それは第 一に,2005年では存在していた100万円以下の価格の車が2010年にはなくなっている ことである。この点は中国やインドとは大きく異なっている。中国やインドでは100万 円以下の車が一定程度のシェアを占め,低所得層が初めて購入する車の大宗となってい る。低所得層のユーザー(エントリーユーザー)にとってなくてはならない価格帯であ る。ところが2010年時点ではインドネシアではそうした低所得層ユーザーに適した100 万円以下の車両がほとんど存在しないのである。その理由は,中国やインドでは民族系 メーカーが存在し,超低価格のモデルを開発・製造してきたが,インドネシアでは民族 系メーカーは乗用車の開発・製造に関わっておらず,他方,日系メーカーは安全基準や 環境基準を配慮して,そうした超低価格帯の乗用車の開発・製造に取り組んでこなかっ たからである。
第二に,2005年も2010年も二つのピークが存在することは同じであるが,ただ,ピ ークの位置と高さが異なっている。2010年の第1ピーク(左側)は2005年のそれと比 較すると,横軸で20万円程度,右に移動(高価格化)している。また2010年の第1ピ ークの高さは,2005年それの二倍以上の高さに増大している。このあたりにインドネ シア自動車市場におけるボリュームゾーンが形成され始めたのではないかという推測が 成り立つ。
第三に,2010年の第2ピーク(右側)は50万円程度,右に移動(高価格化)してい るが高さは低く,横に広がっていることがわかる。すなわち2005年の第2ピークの尖
第6図 販売単価の分布比較(2005年と2010年)
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (305)11
り度が2010年には広くなり,190万円から230万円の価格帯で横に幅が広くなったこ とである。
第四に,2005年の第1ピークと第2ピークの間にある谷底が,2010年には30万円 程度,右に移動(高価格化)しているとともに,谷底の高さがわずかであるが上がって いる。先にみた2010年の第2ピークが下がっていること,加えて現在インドネシア市 場に投入されるモデルが急激に増大していることと合わせて考えると,今後,二つのピ ーク間の谷底が第2ピークよりも高くなる。すなわち二つのピークが一つになると推測 される。
第五に,2005年には300万円より高い価格帯の販売台数はネグジブルであったが,
2010年にはそうした価格帯が微増していることが読み取れる。
続く節では,以上の5点の変化と傾向がさらに今後も続くと仮定して,2015−2020年 の販売単価分布を予測することとする。
2 新たな要因としてのロー・コスト・グリーン・カー
ただしその前に,2013年にはインドネシア自動車市場には決定的に重要な新たな変 化がもたれされようとしており,この要因を組み込んで考察しなければならない。新た な要因とは,インドネシア政府が導入しようとしているロー・コスト・グリーン・カー
(LCGC)政策である。ロー・コスト・グリーン・カー政策とは,タイ政府が進めたエ コカー政策を真似て,価格が低く,かつ環境にやさしい車を普及させるために,そうし た車のメーカーとそのユーザーに対してインドネシア政府が減税や補助金支給をおこな うプログラムである。すなわちインドネシア政府は排気ガス規準でユーロⅢ以上,燃費 が22 km/リッター(エンジン1000 cc以下の場合),年産台数10万台(3年以内),部 品現地調達率80% 以上(8年以内),価格は70万〜80万円程度等の車に対して優遇策 をおこなうことを検討している。
このプログラムの狙いは第一に,低価格モデルを投入することによって,販売台数を 増大させ,インドネシアの自動車生産台数を増大させ,そうした規模の経済を活かして コストを下げて国際的な価格競争力をつけて,輸出をも増大させることである。第二 に,車両の環境基準を厳しくすることによって,環境汚染を減少させることである。第 三に,部品の現地調達率を高めることを通じてインドネシアの部品産業を育成すること にある。第四に,燃費を改善することによってインドネシアの石油消費量を減少させ,
現在ガソリンに対して支給している補助金を抑制し,政府の財政苦境を軽減しようとし ている。
こうした政府のLCGC政策に対応可能な車を自動車メーカーは既に開発している。
ダイハツとトヨタは,ダイハツ・アイラ/トヨタ・アギアを開発し,2012年9月のイ
同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
12(306)
ンドネシア国際モーターショーに出品している。また他のメーカーもLCGC政策対応 モデルを新規に開発し,インドネシア市場に投入する計画を次々と公表している。また こうしたLCGC政策対応モデルをインドネシア以外の国に輸出するか,あるいは他の 国でも生産することによってグローバルモデル化することも検討している。すなわちB セグメントの80万円前後のハッチバック車は,多くの新興国において最も大きな需要 を喚起するボリュームゾーンに入るモデルであり,当初のインドネシア向け専用車が,
将来に新興国向け戦略車となる可能性もある。
こうしたLCGC対応モデルが今後インドネシア自動車市場をどれほど拡大するかは たいへん興味い論点となる。予想される論点は,一方で,LCGC政策対応モデルの価格 が70万円から100万円という低価格帯に集中することによって市場拡大が進むという 考えである。すなわちこのような価格帯に多くのモデルが投入されると,これまで新車 購入が不可能であった所得層が新たに自動車購入者となり,自動車販売台数が急激に拡 大するという判断である。とはいえ他方で,政府が求める低価格と燃費を実現するに は,どうしても1000 cc以下の,サイズの小さい車とならざるを得ず,そうしたサイズ では3列シートのミニバンを開発するのは技術的にも,そしてコスト的にも困難で,自 動車メーカーはダイハツ・アイラ/トヨタ・アギラのように2列シートのハッチバック を選択せざるを得なくなる。しかしこの点はLCGCが広く普及するか否かの判断が分 かれる最も重要なポイントとなる。たしかにLCGCは,価格では従来のミニバンより も低く,低所得層にも受け入れられやすいが,長い間にわたって3列シートのミニバン をファミリーカーとして,あるいはステータスシンボルとして受け入れてきたインドネ シアの人々が2列シートのハッチバックを,ミニバンの代替商品として許容するかどう かという問題が存在している。
ともあれ,このように判断が分かれる点があるものの,いつかの予測から判断する と,仮に2020年にインドネシアの販売台数が200万台に達した時にLCGC政策対応モ デルは20万〜40万台(シェア10〜20%)程度を占めるのではないかと推測される。図 示すると,第7図における点線部分に示される70万〜120万円の価格帯において,新 規需要が生まれると推察される。それらはほぼすべてハッチバックであると考えられ,
LCGCモデルが仮に30万台(15%)販売されると,ハッチバックのシェアは2010年の 16% に15% を加えた30% 前後まで拡大することとなる。
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (307)13
販売台数(台)
120,000
100,000
80,000
60,000
40,000
20,000
0
70 90 110 130 150 170 190 210 230 250 270 290 310 330 350 380 400
単価:万円 LCGC
2010
販売台数(台)
140,000
120,000
100,000
80,000
60,000
40,000
20,000
0
70 90 110 130 150 170 190 210 230 250 270 290 310 330 350 380 400
単価:万円
2010 2015-2020
3 2015−2020年の需要予測 販売価格分布の予測
以上考察してきた2005年から2010年にかけての変化およびLCGC政策対応モデル 投入という新たな要因を勘案して,2015−2020年の需要予測を描いたのが第8図であ る。この図には2010年との比較をおこなうために,2010年と2015−2020年の両時期の グラフを記している。
第7図 LCGCによる新規需要(2015−2020)
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成
第8図 2015−2020年の需要予測
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
14(308)
ここで2010年との比較によって2015−2020年の予測需要における新たな変化を見い だすと,第一の変化は,2015−2020年ではピークが一つに収斂するのではないかと考え た点である。その理由は,既に2005年から2010年への変化の中にその兆候が見られて いたこと,加えて2015−2020年にはさらに投入モデル数が増大し,売れ筋モデルが偏 ることなく,どの価格帯にも売れ筋モデルが登場することである。
第二の変化は,2010年には存在しなかった100万円以下のモデルがLCGC政策によ って数多く登場し,そうした価格帯に26万台程度の販売台数が一つの固まりとなって 現れると予測している点である。この価格帯の車種は,前述したように,このコストで ミニバンを開発・製造することは困難であるため,その大半がハッチバックとなるとし ている。このことは車種構成上の重要な変化につながる。
第三の変化は,100万〜200万円の価格帯の市場が分厚くなるとした点である。そし てLCGC政策によって新たに現れる70万−120万円の価格帯の市場とつながって,イ ンドネシア市場のボリュームゾーンが80万−200万円と幅が広くなって形成されると している。
車種構成の変化
では以上推察した3点の変化の結果,2015年−2020年には車種構成にどのような変 化がおこるであろうか。第一に,既に述べたように,LCGCモデルの増大によって,ハ ッチバックのシェアは30% 程度まで伸びる可能性がある。第二に,そうしたハッチバ ックのシェア増大の影響を最も受けるのはミニバンで,2010年のシェア63% は50%
にまで減少すると想定している。第三に,SUVやセダンは2010年から2015−2020年に かけて構成比率に大きな変化はないとみている。
ドミナント・モデルの減少
ここで検討しておくべき課題は,タイにおいて「プログタト・チャンピオン」と呼ば れたピックアップ・トラックのシェアが1990年代後半から徐々に減少し,それに代わ ってセダンが増大してきたことに見られるように,あるいは国民車とも呼ばれた中国に おけるVWサンタナやインドにおけるマルチ800にも見られたように,モータリゼー ションの初期に存在したドミナント・モデルが,モータリゼーションの進展と投入モデ ル数の増加,消費者のニーズの多様化等によって徐々に減少していく傾向がインドネシ アにおいても現れるか否か,あるいは現れるとすると,いつ,どの程度現れるかであ る。
まず95% 前後ものシェアを占めてきた日本車のシェアが,インドネシア自動車市場
の今後の拡大を見込んだ他国メーカーの積極的な進出策によって切り崩されていく可能 性がある。2020年頃にインドネシア市場が200万台に到達した時に20万台,10% 程 度にまで他国メーカーが販売台数とシェアを増大させる可能性は否定できない。と同時
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (309)15
に,これまで高いシェアを獲得してきたトヨタとダイハツについても,インドネシア市 場の拡大に伴って販売台数は急増するが,シェアの維持には相当の努力が必要とされる であろう。
こうした点で最も注目すべきは中国の民族系メーカーである。日本メーカーでは到底 作り得ない低価格車をインドネシアに持ち込み,価格競争力で販売シェアを獲得しよう とする戦略を採るであろう。しかしながら,これまでの経緯を見る限り,中国メーカー のそうした戦略は成功するに至っていない。2000年代後半にインドネシアで販売開始 した奇瑞汽車や吉利汽車の販売台数はまったく伸びていない。その理由の一つは,低品 質故に故障の頻度が高いが,新規に参入したばかりであるためアフターサービス・ネッ トワークがきわめて脆弱であり,そうした修理ニーズに応えられずに顧客の不満を高め るという,悪しき循環を惹起したためである。中国民族系のオートバイ・メーカーも 1990年代にインドネシアのオートバイ市場への参入を試み,最初の1, 2年は販売台数 を伸ばしたが,上記の品質・故障・修理問題を引き起し,まったく売れなくなり,撤退 してしまった。なお,中国で300万台もの販売を達成している乗貨両用車(小型ワゴン 車)は,車体が小さいために3列シートに換えることは困難であり,加えて環境基準や 部品現地調達率をクリアーできないため,LCGC政策に対応することもできない。
以上,Ⅲ章では2005年と2010年の比較を通じて歴史的な変化の方向を把握し,同時 にLCGCという新たな要因を加え,2015−2020年の需要予測を試みた。次にⅣ章では,
インドネシアの所得階層分布を勘案しながら,自動車需要の今後の拡大の道筋を推察し ていく。
Ⅳ 自動車需要の現れ方の特徴−所得分布との関連から
今後インドネシアにおける経済成長に伴って,自動車需要はどのように現れるのか。
まずそれを所得分布との関わりで考察しよう。次に家族構成を具体的に想定しながら,
どのような需要パターンがあるのか事例をあげて検討する。
1 所得分布との関連──中国と比較しながら
ある国の経済成長と自動車市場拡大がどのように結びついているのかに関して様々な パターンがあると考えられるが,ここでは中国のパターンと比較しながらインドネシア の自動車市場拡大パターンの特徴を検討してみよう。
結論を先に述べると,中国と比較するとインドネシアは中間層が薄いため,経済成長 が中間層から新たに自動車需要を生み出していく点で遅れていると言えよう。たしかに インドネシアでは2000年から2010年の間に自動車販売台数は40万台から80万台へ
同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
16(310)
構成比(%)
25
20
15
10
5
0
10 30 50 70 90 110 130 150 170 190 210 230 250
年間世帯収入(万円)
全世帯 自動車購入世帯
と2倍の拡大を示した。しかしながら同期間に中国では200万台から1800万台へと9 倍もの拡大を見せている。中国では経済成長は膨大な中間層を自動車購入に向かわせ た。中国では価格で40万円〜150万円程度のBセグメント(1000〜1600 cc)の車のシ ェアが急激に増大し
7
た。中国と比較するとインドネシアでは伸びが緩慢であった。では 何故インドネシアでは市場拡大の伸びが緩慢なのか。
100万円以下のモデルが少ない
その理由を列挙すると,第一に,インドネシアでは100万円以下のモデルが少なかっ たことである。それは日系メーカー車が95% を占めており,ある水準以上の品質が要 求されるために,低価格の車両が製造しにくいという事情からきている。またインドネ シアはまだ生産規模が小さく,規模の経済性が発揮できず,実質的な現地調達率がまだ 低いために日本調達部材の占める比率が高く,ルピア安とも相まって,製造コストが高 くついてしまっていた。他方,中国では40万円程度から100万円の価格帯に多くのモ デルが存在する。それらの大半は民族系メーカーの車である。世帯年間所得と購入可能 車両価格が同じ水準にあるとするならば,中国ではインドネシアよりも低い所得層が自 動車を購入することが可能であった。
中間所得層の構成比率が小さい
第二に,第9図に見られるように,インドネシアでは全世帯の所得階層分布(太線)
において低所得世帯(ここでは年間所得40万円以下とする)が70% 程度を占め,自動 車購入が可能と推定できる年間所得100万円以上の層が10% 程度しか存在しない。実
────────────
7 塩地洋編著『中国自動車市場のボリュームゾーン−新興国マーケット論』昭和堂,2011年,参照。
第9図 全世帯と自動車購入世帯の比較(インドネシア)
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (311)17
構成比(%)
25
20
15
10
5
0
10 30 50 70 90 110 130 150 170 190 210 230 250
世帯所得(万円)
インドネシア 中国
中国:購入可能な所得の下限40万円
インドネシア:購入可能な所得の下限100万円
際の自動車購入世帯(細線)は所得分布の右側(髙所得層)に偏っている。将来に所得 が増大し,100万円を超え,自動車購入が可能となる潜在的ユーザーたる中間所得層
(40万〜100万円とする)が20% 程度と薄いのである。
インドネシアに比して中国は,このような図を描くための統計数値は存在しないが,
そうした40〜100万円の中間所得層の構成比率がインドネシアよりも大きく,逆に40
万円以下の低所得階層の構成比率が中国の方がインドネシアよりも小さいのではないだ ろうか。すなわち,1990年代にカラーテレビやエアコン等の耐久消費財において,中 国でそうした製品の価格低下と所得水準の一定の増大が組み合わさった瞬間に爆発的な 市場拡大が起こったことを想起すると,中国においてはそうした中間所得層の構成比率 が相対的に高いのではないかとの推察に行き着く。統計数値は得られていないが,第10 図のような所得分布になっているのではないかと推察している。ここでポイントは,繰 り返しになるが,第一に,中国では自動車購入可能世帯が40万円よりも右側部分であ るのに対して,インドネシアでは,そうした40万〜100万円の車が存在しなかったた めに,自動車購入可能世帯が100万円よりも右側になっていること,第二に,40万円 から100万円の所得の階層の世帯比率が,中国(自動車購入可能世帯となる)では大き く,インドネシア(100万円以下の車がないため,将来の自動車購入可能世帯で,現在 は潜在的な自動車購入世帯となる)では相対的に小さいことである。
中国とインドネシアの自動車販売台数の差を説明する際には,もちろんインドネシア の5倍という中国の人口の絶対的な大きさを考慮に入れる必要があるが,それだけでは 中国(1800万台)がインドネシア(80万台)の23倍である事実を説明しきれないこと は明らかである。ここで述べた,中国における①100万円以下のモデル数の多さと,②
第10図 インドネシアと中国の所得分布比較
出所:日系自動車メーカーのインドネシア法人資料より作成 同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
18(312)
中間所得層の構成比率の大きさ,および③前述した1人当たりGDPの高さ(中国53 万円,インドネシア36万円)を人口要因に加える必要があるというのがここでの主張 点である。
所得階層分布の流動性の低さ
加えて,そうした所得階層分布の流動性に関して,中国が流動的であり,インドネシ アが固定的であったという事実も重要である。すなわち中国では教育費負担が相対的に 低く,低所得層世帯の子弟であっても学業成績がよければレピュテーションの高い大学 に進学が可能で,卒業後に所得の高い職業に就くことが比較的容易である。そのように して中国では膨大な低所得層が中間所得層へと流入し,中間所得層が拡大を続けてい る。他方,インドネシアでは高校や中学の教育費が高く,大学進学率も低く,大学に入 学するためには授業料負担の重い高校に入らなければならない。低所得層の子弟が大学 を卒業して中間所得層に移動する経路が狭く,所得階層間の流動性が低くなっており,
中間層拡大が遅々としている。こうしたことが両国の自動車需要の拡大のパターンに大 きな影響をあたえてきたと考えられる。
以上,中国に比してインドネシアで自動車市場拡大が緩慢であった理由について考察 を加えた。次にそうした相違が,新規・代替比率にどのような影響をあたえているかに ついて考察する。
2 新規・代替比率の相違
自動車購入者は,過去に購入経験があるか,それとも生まれて初めて車を購入する か,また,これから購入する車を,既に購入・保有している車の代替とするか,追加的 に使用するかで,次の三つに分類される。新規(購入者)とは,生れて初めて自動車を 購入する者である。先進国では20歳台が大半を占めるが,新興国では20歳代は少な く,所得が増大した後の30歳代,40歳代が多い。代替(購入者)とは,これまでに自 動車購入の経験があり,以前に購入した車を使用しており,その車の代わりに別の車を 購入する者である。いわゆる買替えや乗換えと言われる。代替車の購入にあたっては,
それまでに乗っていた車を下取りに出すか,廃車にすることとなる。増車(購入者)と は,既に自動車を保有している者が,保有している車を下取りに出したり,廃車にしな いで,追加的に車を購入する者である。これらの新規・代替・増車の比率はその国の自 動車市場の成長性や飽和度を測る上で重要な数値である。
中国では新規比率が75〜80% 前後であり,代替・増車が20〜25% 程度と推測され る。他方,先進国の自動車市場は基本的に飽和状態にあり,新規比率は10% 程度で,
代替・増車比率が90% 程度である。すなわち中国では自動車市場が急激に拡大してい るが,その拡大の大半は新規購入者であり,自動車販売台数に占める新規比率が圧倒的
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (313)19
に高い。新規比率が高いため,保有台数も増大し続けている。他方,先進国では,新規 比率が低く,自動車販売台数は停滞している。そして保有台数の変動も横ばいとなる。
何故なら新規購入者があっても,既保有者の中で保有をやめる者(例えば高齢者)が同 じ程度いるため,保有台数は横ばいを続ける。
ただし,ここで注意しておかなければならないことは,中国は新興国の代表的事例と は言えないこと,すなわち新興国の大半は中国のような自動車市場の拡大パターンを有 していないことである。前述したように所得階層分布においてインドネシアでは中間所 得階層が薄いために,自動車市場が爆発的に拡大するというような状態には,現時点で はなっていない。今後,爆発的な市場拡大が起こる可能性を全面的に否定できないが,
現時点では,中国のような状態にはなっていない。
それどころか,とくに2000年代前半までのインドネシアにおいては保有台数が1000
人当たり20〜30台と低いにもかかわらず,新規比率が20% 程度ときわめて低かった。
自動車の既保有者による代替需要と増車需要が販売台数の80% を占めていたのである。
こうした現象,すなわち新規比率の低さと自動車既保有者による代替・増車比率の高さ は,モータリゼーションに入る以前の時期,あるいはその初期に新興国で共通してみら れるのである。
3 二つの考え方──今後のインドネシア自動車需要パターンに関して
今後のインドネシア自動車需要の拡大について,相対立する,次の二つの考え方が存 在する。第一の考え方は,「高所得層による需要主導」論である。2000年代前半までの インドネシアに典型的にみられたパターンが,2013年以降もなおも主たるパターンと して継続するという考え方である。すなわち,経済が成長してもその成果は,まずは主 として高所得層の所得増大につながっていく。中間所得層以下の所得増大には時間がか かる。したがって経済が成長すると高所得層による自動車購入拡大がまず大きな最初の 動きとして出てくる。すなわち経済成長による自動車需要の拡大は,既に自動車を保有 している高所得層による代替期間の短縮化および増車による自動車購入の増加として現 れるという考え方である。
他方,第二の考え方は,「新中間層による需要主導」論であり,2000年代半ば以降の 中国に典型的にみられたパターンがインドネシアでも主たるパターンとなるとするもの である。すなわち,経済成長が一定の水準を超えると,急速に中間層に富の分配をもた らす。あるいは低所得層を中間所得層へと上昇させる。その結果,これまで自動車を買 えなかった所得層の人々が生れて初めて自動車を購入するようになる。言い換えると,
自動車需要の拡大は,自動車非保有者による新規需要の拡大として現れるとするもので ある。
同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
20(314)
こうした考えは,インドネシアにおいても,たしかに2000年代前半までは新規比率
が20% と低かったが,2010年以降は30〜40% 程度へと上昇の気配を見せつつあり,
従来のパターンが変化しつつあるという観察に基づくものである。
4 事例の紹介
2020年に販売台数が200万台となるとすると,2011年の販売台数90万台に上乗さ れる純増分の110万台はどのようなユーザーからなるのか,どのようなモデルが売れる のか,前述の二つの考え方にそって,いくつかの事
8
例を示してみよう。
高所得層による需要主導パターン
高所得層による需要主導論に基づくと,景気が良くなると第一に,自動車既保有者が 代替期間を短縮化させて購入に向う。代替期間の短縮は代替購入を増加させることとな る。仮に平均代替期間が5年から4年に短縮すると,販売台数は25% 増加する。まず そうした代替購入の典型事例を見てみよう。
[代替購入ケース モデルの上級移行]
例えば4人家族で,これまでにダイハツ・セニア(110万円)を保有していた世帯 が,収入の増加と子どもの成長に伴って,トヨタ・キジャン・イノーバ(250万円)に 乗り換えるケースである。この代替購入ケースは,同じ車種(ミニバン)内の上級移行 である。同一車種(ミニバン)内の代替化である故,車種構成の変化には結びつかな い。しかし代替期間の短縮化は販売台数の増大に結びつく。
同じく高所得層による需要主導論に基づくと,景気がよくなると第二に,増車のため の購入が増大することとなる。自動車既保有者による増車購入の増加は,総販売台数を 増大させる。そうした増車購入の典型事例を見てみよう。
[増車購入ケース① 主婦によるセカンドカー購入]
例えば4人家族で,これまでにキジャン・イノーバを保有し,父親の通勤用や家族の レジャー用として使用していた世帯が,キジャン・イノーバに加えて,主として母親が 買い物や子どもの送り迎え用に使用するセカンドカーとして,日産マーチ(155万円)
を購入するケースである。こうした場合は母親が1人で乗る時が多く,子どもの送り迎 えでも2〜3人乗りであり,7人を乗せる必要性は低く,ミニバンが選択されることは ない。乗る回数は多くても走行距離は相対的に短いため,運転しやすいコンパクトな 車,荷物の出し入れがしやすい車,例えば小型のハッチバック等が選択される。
他国であるが一つの事例を示すと,インドのタタ・モータースが2009年に発売した ナノ(22万円)の場合,当初メーカー側ではオートバイ・ユーザーの自動車への乗り
────────────
8 インドネシアの日系企業2社でローカルの管理職の20人に対するアンケート調査をおこなう中で,こ うした事例を見いだした。
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (315)21
換えためのエントリーカーとして購入されることを見込んでいたが,実際にはその販売
台数の80% が資産家の主婦がセカンドカーとして購入している。
[増車購入ケース② 大企業に入社した長男による購入]
既に自動車を保有している富裕層世帯における子どものための増車のケースである。
この世帯では,父親が通勤用にトヨタ・カムリ(会社からカンパニーカーとして支給さ れた車,480万円)を使用し,さらに家族が共用で使うキジャン・イノーバを保用して いるが,大学を卒業し,大企業に入社した息子が自らの通勤やプライベート用に車を購 入することとなった。こうした場合もこの息子にとって3列シート7人乗りはまったく 不要であり,かつ既にこの世帯ではミニバンを保有しているため,この息子がミニバン を購入する必要はない。購入モデルの選択上重視されるのは,見栄えやデザインや洗練 された機能であり,シャビーなハッチバック車は避けられ,燃費もあまり重視されな い。父親からの資金援助もあり,スーパーリッチボーイとも呼ばれる彼らにとって低価 格である必要もなく,少々高い車も選択される。デザインのよいセダンや機能上差別化 されたSUVが購入されるケースが多いと推測される。
以上,高所得層による需要主導パターンをまとめると,代替購入ケースでは低級ミニ バンから中高級ミニバンへの乗換えにみられる同一車種の上級移行のケースが中心とな る。他方,増車購入ケースにおいては,主婦によるセカンドカー購入の場合はコンパク トなハッチバックが中心となり,富裕層の息子による購入のケースでは相対的に高価格 なモデルも含むセダンやSUVが購入される場合が多い。
こうした以外にも様々な増車購入ケースが存在する。また代替購入ケースにおいても 上に挙げた以外に,例えばミニバンからSUVへの移行のような異なる車種間の代替も 存在する。
新中間所得層による需要主導パターン
既に述べたように新中間層による需要主導パターンとは,これまで自動車を保有して いなかった人が所得の上昇によって生まれて初めて車を購入するケースに典型的に見ら れるように,自動車購入が可能な中間所得層(の上部)が従来薄かったのが,経済成長 によって厚くなり,そうした階層が自動車需要拡大の主たる部分を担うようになるとす る考え方である。この場合は総販売台数における新規需要の比率が代替需要や増車需要 の比率を超えて半分以上を占めるようになる。
[新規購入ケース ミニバンとLCGC対応モデル]
例えばこの世帯では,父親はそれまではオートバイに乗っていたが,会社で次長クラ スに昇進し,妻の収入も合わせると年収100万円前後となり,生まれて初めて自動車を 購入することとなった。こうしたケースでは,まず家族全員が乗れるミニバン(3列7 人乗り)を購入する場合が多い。それも,こうしたオートバイからの乗り換えの場合は
同志社商学 第64巻 第5号(2013年3月)
22(316)
相対的に所得水準が低いため,低価格のミニバンが選択されると推察される。
ここで注目すべきは,これまでそうした低価格のミニバン購入にも行き着かなかった 所得層に対しても,今後はLCGC政策に対応した低価格の小型ハッチバックが,そう した新中間層による新規需要に広範囲に応える車種として登場する可能性が大きいこと である。すなわちLCGC政策対応モデルの低価格化が,自動車購入可能な所得層を大 きく広げる役割を果たす可能性である。
なお,このような二輪から四輪への乗り換えの場合は,たとえ自動車を購入したとし ても購入以前に乗っていたオートバイを乗り続ける場合が多い。なぜなら大都市では交 通渋滞がひどく,自動車では移動に時間がかかるので通勤には時間短縮のためにオート バイを利用し,週末に家族のレジャー等のために自動車を使用する場合も多い。いわゆ る二輪+四輪=「六輪世帯」であり,新興国では台湾でこのような六輪世帯の比率が高 いといわれている。
ただし既に指摘してきたように,たとえLCGC政策対応モデルの登場があったとし ても,こうした二輪から四輪への乗換えという新規購入ケースがインドネシアにおいて どの程度広がっていくかは判断の分かれるところである。現時点では二輪から四輪への 移行は,二輪ユーザーと四輪ユーザーの所得水準に大きなギャップがあるために,相対 的に所得の高い,一部の二輪ユーザーが四輪への移行を成しとげているが,そうした比 率はまだ低いままにとどまっている。前述した四輪販売台数に占める新規需要比率が,
そうした二輪−四輪乗換え比率と高い相関性をもっているが,インドネシアでは2000 年代半ばまでは新規需要比率は20% 程度であり,2010年以降には30−40% とたしかに 増大しているが,今後の趨勢はみえていない。なお,二輪から四輪への移行問題は稿を 改めて検討することとしたい。
お わ り に
最後に本稿の分析を要約し,そこからインプリケーションを導き出そう。本稿の課題 はインドネシアにおける自動車市場の拡大の道筋を車種構成の変化と所得階層分布の有 り様を分析することによって明らかにすることであった。分析の結果得られたのは,第 一に,車種構成については従来のドミナント車種のミニバンの構成比率が低下していく 可能性を導き出したことである。第二に,所得階層分布の分析からは,インドネシア自 動車市場の今後の拡大について二つの考え方がありうることを明らかにした。それは,
一つは高所得層による代替・増車需要主導論であり,もう一つは新中間層による新規需 要主導論であった。
2000年代半ばまでは,前者の傾向が強かったが,2010年前後から後者の傾向も見ら
インドネシア自動車市場拡大の論理を読み解く(塩地) (317)23