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(1)

経済学的均衡理論が有限性の概念の下で閉じたもの となる可能性について

著者 浦井 憲, 村上 裕美

雑誌名 同志社商学

巻 66

号 1

ページ 133‑145

発行年 2014‑07‑25

権利 同志社大学商学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013680

(2)

経済学的均衡理論が有限性の

概念の下で閉じたものとなる可能性について

浦 井 憲

村 上 裕 美

Ⅰ イントロダクション

Spernerの補題

Ⅲ 不動点定理

Ⅳ 経済学的均衡

概要

本稿では,経済学理論における集合論的な有限性ということの意義について,Brouwerの不動点定理なら びに均衡の存在証明に本質的なZF集合論下の無限公理という観点から再考する。Arrow-Debreuタイプの静 学的一般均衡理論については,その議論の本質的な部分をZF集合論的に有限の範疇にとどめ得ることが

(そのための十分条件が)示される。

Key words: ZF Set Theory, Axiom of Choice, Axiom of Infinity, Brouwer Fixed-point Theorem, Sperner’s Lemma JEL Classification: B41, C62, D51

Ⅰ イントロダクション

経済学理論において,最小限度必要な論理的・数学的概念は何であるか。この問いへ の答は,経済学理論がそもそも何であり,とりわけ今日あるいは将来に渡ってどのよう な役割がそれに期待されているのか,ということによって全く異なって来る。今日,比 較的標準化され,整理された経済学理論の中枢にその話を限定するなら,静学的な「市 場」の理論としての記述的な側面,その厚生経済学的意味という規範的側面,そして静 学理論と動学理論のギャップに見られる開かれた課題,といったものにほぼ代表される 形で,その意義の概観を見出すことができるであろう。

本稿では,そのように経済学理論の役割を,市場を中心とした世界観の構築(記述)

と,その意義(規範),およびその限界(開かれた課題)の提起としてとらえ,そのた めに最小限必要な論理,数学とは何かということについて考察する。

論理的あるいは数学的な公理および概念のうちで,どのようなものが経済学理論にと

────────────

*Graduate School of Economics, Osaka University, E−mail : [email protected]−u.ac.jp

Graduate School of Economics, Osaka University, E−mail : [email protected]−u.ac.jp

133)133

(3)

って本質的に必要なものなのかという問題を考慮するにあたって,まず「経済学理論」

において,「理論に登場する個人がその頭の中で用いなければならない数学」と「理論 に登場する個人についての,事実的な行動記述のためだけに必要な数学」の区別をつけ ることが有益である。前者は,均衡概念を中心とする,経済学理論に本質的に必要な数 学である。一方後者は,各主体の現実的な選好や技術の状況を記述することを中心とす る,いわば経済学理論にとってはメタ数学(メタ言語)である。

前者は「経済学的均衡」が「なぜ均衡と言えるのか」ということのために必要であ り,モデルにおける各主体が現実世界の人間個人として,(何らかの前提を様々な形で 必要とするにせよ)当該記述の社会の仕組みの下で世の中が回るということの了解であ る。それは当該記述で世の中を見る,語ることの正当性を形成するものでもあ

1

る。本稿 では,この前者を指して(何らかの)経済学理論にとって必要最小限の,言い換えれば 本質的な論理・数学と分類する。これに対して,後者は,いわゆるビリヤードの達人に 対して,その球の軌道を物理計算的に後追いすることができるかどうかといった話と同 様であり,ビリヤードの達人当人にとってそのような計算が「実際になされる」必要は 無

2

い。

本稿では,経済学理論の中でも,静学的一般均衡理論(Debreu, 1959)を取り上げ,

その本質的理論・数学がZF集合論的には有限性の概念の下で閉じていることを見る。

ZF集合論的には無限公理(Axiom of Infinity)の無い世界は完全である(例えば(Urai, 2010)を見よ)ので,これは少なくとも静学的一般均衡理論の段階においては,その世 界観をその構成員が頭の中に持つ場合においても,(その本質的な理論展開にのみ注目 するならば,メタのZFという立場から見て)モデルとして完全たりえるということを 意味する。

もちろんこれは,モデルの中で各主体がその完全性を知るという意味では無い。その 世界観を認識するにあたって必要となった理論において矛盾が生じない(メタであるZF 的に)ということに過ぎない。自分自体の無矛盾性を問うような問いは,「(メタレベル でなければ)問題とされていない」というだけの話であり,その意味で,そのモデルに おける「動学」としての「開かれた」側面は残るのである。また,その「開かれた」側 面ゆえに,「国家」なるものを形成するにあたっては「法」的なものの意義・役割もま た明確なものとなるのである。すなわち,上からの「正当性を保証」する役割こそが,

国家の法的な役割なのである。ここで想定されるような「社会」の「構造」の「理論」

は,我々の「(真の)理性」と共に発展する動学の中にあるのであって,我々は本質的

────────────

1 その正当性そのものを保証するのはメタでなければならないが。

2 しかし上の脚注に述べたように(社会科学という学問は内観性の問題と最後まで切り離せないものであ るから)さらにその理論の正当性を上から保証する役割も果たし得るものであるから,決して無意味な ものではない。

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な意味において,その動学を語ることはできないが,その語ることができないことにつ いては完全に「合理的」な見解を持つことができる。そしてまた,そうしたことを語る 道具として,「社会」の「理論」すなわち「経済学理論」の意義(同時に限界)を,明 らかにすることができる。

Ⅰ.1 経済学を説明する言語と説明される主体の用いる言語

経済学理論が社会科学の理論であって,本来は我々自身をその対象として含むことを 特質としている以上,実はどの部分がメタ言語で,どの部分が理論内の言語かの「区別 を与える」こと,既にそれ自体が誤りである。

我々が一般に無限という概念を手にしている以上,無限という概念を用いない主体か らなる世界を考えること自体が,現実から乖離した世界を考えていることに必然的にな ってもいる。

しかしながら,ここでの立場は,その乖離が,ある経済学理論にとって「本質的でな い(例えば自らの整合性を問う上で必要とは言えない)」ならば,いわゆる一つの近似 として,その経済学理論は有意義たり得るのではないかと問うものである。すなわち,

その乖離については諦め,同時に有限世界にその議論の範疇を限ってしまい,その代償 として整合性(本質)を手に入れる,というのは,経済学理論にとって,あり得べき選 択肢である。(逆に,無限概念を保持しながら,同時に本質を手に入れつつ,たとえば 自己整合性を問うといったことを試みるならば,容易にGödelの第2不完全性定理に 抵触する事態を招くことにな

3

る。)

Ⅰ.2 実数概念について

本稿では,経済学理論の中でも,その骨格であるArrow-Debreuタイプの静学的一般 均衡理論において,その本質的である議論の範疇を有限概念の内にとどめることができ る(実数概念は,メタ言語にしか必要ない)ことを,確認する。

必要であるのは,0と1ならびに極めて大きい自然数 νと,それ以下の自然数m, n

≠0についてのm

n という概念,加減乗除,そして大小関係である。

Sperner の補題

例えばBegle(1950 a),Begle(1950 b)において,Vietoris Mapping Theorem ならび

に不動点定理が,抽象単体における抽象レベルでの単体分割に基づいた議論を用いて与 えられるが,これを抽象的な概念下でのSpernerの補題として与えることは可能であ

────────────

3 例えばUrai(2010)を見よ。

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る。またそのことは,経済学的にはその補題の集合論的有限性という観点から極めて意 義があるが,これまでそういった形で(集合論的有限性という観点を厳密に適用する形 で)取り扱われては来なかった。本節の取扱いは,必ずしもチェック型のホモロジー概 念を表に出したものではない。これは有限性を明確に担保するためである。議論の筋道

としてはNikaido(1968)における証明が最も近いものである。(実際,1次の分割にお

ける,Nikaido(1968)の代数的な取扱いを,一般 ν 次にまで拡張したのが,ここでの 代数的な取扱いである。)

本節の目的を今一度明確にしておくと,「抽象単体に対する重心分割概念および

Spernerの補題に相当する定理を,有限性に基づく概念および証明方法のみを用いて,

即ち無限集合の存在に一切依存しない概念および手法のみをもって,示す」ということ である。

Ⅱ.1 抽象単体

x1, x2, . . . , xn+1を番号付けられたn+1個の点とする。これらは,例えばユークリッ

ド空間R上の点(ℓ≧n)とみなすならば,一般的な位置にあって,x0x1. . .xnn 次 元単体を形成するようなものであるとすべきだが,今はそうした具体化は行わない。抽 象的な意味で,これらの点がx1 x2 . . . xn+1という抽象n 単体(番号づけが定まってい るので向き付けられているが,その向きを特に強調したい場合には〈x1, x2, . . . , xn+1〉 のように表す)を形成しているものとして扱う。

一般的な位置にあるn+1個の点という概念は,これは空間の次元がℓ=3であり n

+1=4までであれば,図的なイメージとして明確であり,従って,有限の立場で重心 分割といったことの定義がν=1, 2, . . . 次に渡って明らかなものとして把握されるよ うに思われるかもしれない。けれども,4次元以上においては「図形」によるこの問題 の概念的把握は許されず,我々は重心分割という概念を(例えば複体を形成するといっ た事情について),決して有限の概念のみではなく,Rにおける開集合や内点の概念,

重心座標表現の同相性,といったこととともに,しばしばそれらを暗黙的に混在させた 上で把握しており,有限の概念と証明のみでそれを確信しているとは主張し難い。

しかしながら,その一方で,その確信を受け入れることを前提とするならば(つまり 背後で有限の立場を越えた証明をメタ理論のレベルで受け入れてしまい,そこに「理論 上の主体が認識上の疑いを持たない」ならば),その確信に沿った重心分割あるいは単 体分割の(有限性に基づいた)「別定義」を与えることにより,Spernerの補題に相当す る定理の証明に至るまで,全ての議論を抽象単体のレベルにおける有限の概念のみで理 解し,概念を整理し,済ませることのできる(経済学理論的な均衡あるいは世界把握の ために必要な数学的概念としてはそれで十分である)可能性があることは,容易に想像

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できるであろう。以下で示すのは,その厳密な詳細である。

Ⅱ.2 単体と頂点

K によって,抽象単体x1 x2 . . . xn+1の全ての抽象辺単体によってつくられる,向き づけられた複体を表すものとする。

(定義1:増大列)n+1個の点y1, y2, . . . , yn+1のつくるm 増大列(1≦m≦n+1)と は,V1, . . . , Vmというm 個の!y1, y2, . . . , yn+1"の非空部分集合からなる列であって,

VkVk+1の真部分集合(1≦k≦m−1)であるようなもののことを言う。

(定義2:0次頂点と単体)x1 x2. . . xn+10次のn 単体,x1,x2, . . . , xn+1をそれぞれ0 次の頂点,と呼ぶ。また,m+1個の0次の頂点xi1,xi2, . . . ,xim+1がつくるxi1xi2. . . xim+10次のm単体と呼ぶ。

(定義3:ν 次単体と頂点)ν≧1とする。ν−1次のn 単体を形成するn+1個のν−1 次の頂点y0, y1, . . . , ynのつくるn+1増大列Vν1, Vν2, . . . , Vνn+1を考える。このような 列を形成するVν1, Vν2, . . . , Vνn+1を,ν 次の頂点と呼び,それらをそのまま頂点とする 抽象単体Vν1Vν2. . .Vνn+1をν 次のn 単体と呼ぶ。

上のように定義されるとき,増大列の定義によってVν1,Vν2, . . . , Vνn+1の要素数はそれ

ぞれ1, 2, . . . , n+1である。Vνm と記されるもの(ν−1次頂点のm 個のものからなる

集合)は当然一意的ではない。ν−1次のn単体を一つ固定して話をしたとして,n+1 個のν−1次頂点からm 個を選ぶ組み合わせの数だけ,その種類がある。ν 次の n単 体は,ν−1次のn 単体を一つ固定して,そのn+1個のν−1次頂点から作られるも のだけに注目するとそのn+1個のν−1次頂点の順列の数だけあるので,(n+1)!個つ くることができる。故にν 次においては((n+1)!)ν 個のn単体が存在している。

今,十分に大きな自然数ν を考え,ν≦ν までの上述の定義がなされたものとする。

以下ではνを固定するので,上述の帰納的な定義はそこまでの回数の記述を略したも のに過ぎない。すなわち,Peanoの公理はここでは必要でない。

上で,0次から ν次までに出現した全ての頂点は高々有限個であり,そしてまた,

次数ν とν′が異なる限り,VνmVν′mは(非空部分集合を取り続けることにより)集

右下斜線部12単体V11V12V13

=!x3"!x2,x3"!x1,x2,x3"

左側斜線部22単体V21V22V23

=!!x1,x2""!!x1,x2",!x1,x2,x3""!!x1,x2",!x1,x2,x3",!x2""

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合としての階層が異なるため,全く異なる集合である(重複する要素すら持ち得な い)。故に,そのすべてに全順序を入れることはまったく容易であるが,特に ν−1次 の頂点ymに対しては,常にν 次の頂点"ym#が定義されることから,ν−1次の頂点 の集合Vν−1から ν 次の頂点の集合Vν への写像ιν−1を考えることができる。

ιν−1:Vν−1∋ym!"ym#∈Vν (ν=1, 2, . . . , ν) (1)

この写像をもって,V0⊂V1⊂ . . . ⊂Vνと考えることができ,今上に述べた全順序も,

その意味でVν上に,代表して与えられているものとすることができる。即ち,例えば x1, . . . , xn+1∈V0に対して,ν重の括弧の入った""…"x1#…##,""…"x2#…##, . . . ,""

…"xn+1#…##∈VνVνにおいて与えられている順序と,x1, x2, . . . , xn+1という順序 に,整合性があるように,Vν上の順序が与えられているものとしてよい。

Ⅱ.3 複体と向き

K0=K とする。ν=1, 2, . . . , ν について,ν 次の頂点に上述した同一視,Vν⊂Vν

に基づく順序が与えられているものとして,Kν を以下のように定める。

Kν="σνm|0≦m≦n+1,σνmはある ν 次n 単体の辺となる抽象m 単体# (2)

Kν が,Vν を頂点の集合とする向き付けられた複体であることを示す。Kν が向きづけ られていることは,その定義がVν に全順序の与えられていることであるから良い。Kν の要素は一般にσνm=Vν1. . . Vνm という形であり,Vν1, . . . , Vνm はν−1次のとあるn

体の頂点y1, y2, . . . , yn+1がつくるm 増大列である。(向きを厳密に区別すれば,〈σνm

あるいは −〈σνm〉が〈Vν1. . .Vνm〉に等しいと言うべきである。)記号|〈σνm〉|(あるい は|σνm|)でもって,単体〈σνm〉(あるいは向きづけを無視してσνm)に対する頂点の 集合を表すものとする。即ち

|〈σνm〉|=|σνm|="Vν1, . . . ,Vνm# (3)

である。すると,確かめるべきことはσ およびσ をKν の要素として,|σ|∩|σ|

="V1, . . . ,Vm#とするとき,V1. . . Vm がν 次のm 単体を形成するかどうかというこ とである。ところがこれは,σ およびσ を形成する頂点の集合に対しては,そのいか なる部分集合もKν に属するm 単体を形成する(σ およびσ の辺となるm 単体を形 成する)ことから,V1. . .Vmが ν 次のm 単体を形成することは定義上の必然である。

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よってKν は向き付けられた複体である。

Ⅱ.4 キャリア

複体KνK0=K に対して ν 次の重心分割を施したものを表現しているが,その0 単体,すなわちν 次の頂点 σν0∈Vν は,先にも述べた通りν 重に括弧のついた集合で あり,V=V0=!x1, . . . , xn+1"の部分集合の全体からなる集合を!(V)とし,そのまた 部分集合の全体からなる集合を!(V2 ),以後!(V3 ),!(V4 ), . . . とすれば,σν0∈!ν

(V)である。よってある集合の要素の要素であることを∈2,要素の要素の要素である

ことを∈3,. . . で表せば,

!x|x∈ν σν0"⊂V=V0=!x1, . . . ,xn+1" (4)

である(ν≧0で∈1は∈と同一視 し,∈0は=と 同 一 視 す る こ と に す る)。こ の 集 合

!x|x∈ν σν0"をσν0のキャリア(carrier)と呼び,C(σν0)で表す(任意の ν≧0につ いて,0単体σν0に対して定義されるV=V0=!x1, . . . , xn+1"の部分集合である)。一般 にν 次k単体 σνk=yν1 yν2 . . . yνk に対して,σνk を構成するν 次0単体(頂点)のキャ リアの和集合

C(σνk)=

i=1k C(yνi (5)

をもってσνkのキャリアと呼ぶ。

以上の準備をもって,以下の定理が証明される。

Theorem 1 :K(1≦ν ν≦ν)のn−1単体 σνn−1について,以下のいずれかが成り立つ。

(1)C(σνn−1)≠V のとき,ただ一つのn 次元ν 次小単体の辺単体。

(2)そうでないとき,丁度2つのn次元 ν 次小単体の共通辺単体。

Proof:(I)ν=1のとき。σ1n−1は,ある σ1nの辺単体であって,σ1nは定義により0次の 頂点,即ちx1, x2, . . . , xn+1のつくるn+1増大列である。つまり,σ1n−1は0次の頂点

x1, x2, . . . ,xn+1のつくるn 増大列である。ケース(1)の場合,n 増大列がn個の頂点

を必然的に持たざるを得ないことを考慮すれば,キャリアに入らない頂点は1つしか無 く,n増大列をn+1増大列にする方法,つまりそれを辺とするn 単体をつくる方法,

は一つしかない。(n 増大列の最後に!x1, x2, . . . , xn+1"という頂点全ての入った集合を

経済学的均衡理論が有限性の概念の下で閉じたものとなる可能性について(浦井・村上)(139)139

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付け加えるしかない。)故に,ケース(1)が示された。ケース(2)については,キャ リアとして全ての頂点が出揃っているのだから,n 増大列の最後は全ての頂点の出揃っ た!x1,x2, . . . ,xn+1"であるはずである。これはn+1個の頂点からなる集合だから,こ のn増大列は最初,1番目から2番目,. . . ,n−1番目からn 番目,の何処かで,集 合の要素が一度に2個増えている箇所を持たねばならない。そこで,そこに1個だけ要 素を増やす形でn増大列をn+1増大列にする方法がある。この方法は2個増えている 要素のうちの,いずれを先に増やすことにするか,に応じて,2通りである。つまりそ のn−1単体を辺とするn単体をつくる方法は2通りあるということになる。故にケー ス(2)が示された。

(II)ν≧2のとき。以下ν−1のときに上記定理が成り立つものとして,ν のときにも 成り立つことを示す。σνn−1は,ある σνnの辺単体であり,σνnは定義により ν−1次の 頂点,y1ν−1

, yν2−1

, . . . , yνn+1−1のつくるn+1増大列である。つまり,σνn−1は ν−1次の頂点 y1ν−1

, yν2−1

, . . . , yn+1ν−1のつくるn 増大列である。n増大列を作るためには,最低でも相異

なるn 個のν−1次頂点が,その増大列表現の中に登場せねばならない。そのn 個の ν−1次頂点で作るn−1単体をσν−1n−1とする。すると,再びこのσν−1n−1は,ある σν−1n の辺 単体であり,σνn−1は定義により ν−2次の頂点,yν1−2

, yν2−2

, . . . , yν−2n+1のつくるn+1増大 列である。この作業はν 回繰り返すことができ,k=1, 2, . . . , ν に応じてν−k 次の n個の頂点が定まる。同様の議論は σνnから出発して,k=1, 2, . . . , ν に応じてν−k 次のn+1個の頂点を定めることに対しても,用いることができる。この操作を,以下 簡単に分解(ν 次の単体の ν−1, ν−2, . . . , ν−ν 次頂点への分解)と表現する。

ケース(1)の場合,n 増大列がn個の1次低いところの頂点を必然的に持たざるを 得ないということをν 回考慮(つまり上述した分解を行うということを)すれば,結 局キャリアに入らない頂点というものは高々一つしかあり得ないということがまず,先 と同様に(0次のn 増大列のためには,最低n個の異なる点が必要なので)言える。

更にこのとき,n増大列というのは,(上述の分解によって)ν−1次,ν−2次,. . ., 1次,0次のそれぞれ頂点の増大列として,把握されるが,そのいかなる次数k におい ても,最大個数である(何らかのk−1n 単体の)n+1個の頂点の「全体」からな る集合(つまり!yk−11 , yk−12 , . . . , yk−1n+1"という形状のもの)を,増大列の中に(というよ り明らかに最大なので増大列の最後に)持つことはできない。何故ならば,yk−11 yk−12 . . . yk−1n+1n 単体(k−1次の)であるので,そのキャリアはV になってしまう(現在のケ ース(1)の想定に矛盾する)からである。よって,元々与えられたn 増大列σνn−1=Vν1

Vν2…Vνnn+1増大列にする方法(ν−1次のn 単体をつくる頂点y1ν−1

, yν2−1

, . . . , yνn+1−1

n+1増大列として)は,そのn+1増大列を ν−1次,ν−2次,. . . ,1次,0次の 頂点の増大列に分解したとき,1次(重心分割)における0次頂点の増大列としては,

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(10)

!x1, x2, . . . , xn+1"を付け加えるしかなく,2次においてはそれを付け加えたn+1個の 頂点のまた全体を付け加えるしかなく,3次,4次,以下同様で,最終的にν 次におい てはν−1次における頂点の全体という集合を付け加えるしかない(各次数に関して,

最大個数n+1個の集合のみが欠如している状況であるので)。故にこの付け加え方は

(分解により1次重心分割に戻って)一意的であることが言えた。

ケース(2)については,ν−1の場合に定理が成立していることを仮定して,ν の 場合についての定理の成立を,σνn−1に基づく次の更なる場合分けに帰着させることによ って示そう。σνn−1=Vν1 Vν2 . . . Vνnと表せる(Vν1⊂Vν2⊂ . . . ⊂Vνnはν−1次のn単体を 形成するとある頂点の集合y1, y2, . . . , yn+1のつくるn 増大列)はずであるが,このVνn

が!y1, y2, . . . , yn+1"である場合(2−1)と,そうでないとき(2−2)に分けて考える。

前者(2−1)の場合,σνn−1を,その重心分割の下での小単体(すなわちその抽象単体を 構成するn+1個のν−1次頂点のn増大列の一つ)の辺単体として持つ ν−1次n

体がy1 y2 . . . yn+1以外存在し得ないことは明白であるので,ν=1の場合の議論に証明

は帰着する。(2−2),Vν1⊂. . .⊂Vνnn増大列であるから,ν−1次頂点y1,y2, . . . ,yn+1 のうちでVνnに入っていないものはただ一つである。以下,これをyn+1として一般性を 失わないので,そのように記号を扱う。つまりσνn−1=Vν1Vν2 . . . Vνnであり,Vνn=!y1, y2, . . . ,yn"である。さて,このときy1y2. . . ynという ν−1次のn−1単体について,そ のキャリアは σνn−1のキャリアと同一であり,つまり全ての頂点が出揃っているのだか ら,(ν−1次についての)仮定によりy1 y2 . . . ynは丁度2つのn次元 ν−1次小単体 の共通辺単体になっているはずである。一つはもちろんy1 y2 . . . yn yn+1であるが,も う一つ,ν−1次の頂点y*n+1なるものが存在して,ν−1次のn 単体y1 y2 . . . yn y*n+1 の辺単体でもあるということである。この2つ以外にy1 y2 . . . ynを辺単体とするν− 1次n 単体は存在しない。よって,σνn−1=Vν1Vν2. . .Vνnを特徴づける増大列Vν1⊂Vν2⊂ . . .

⊂Vνnを拡張する方法も2通りしかなく,Vνn+1=!y1, y2, . . . , yn, yn+1"あるいはVν*n+1=!

y1,y2, . . . ,yn, y*n+1"をその最後に付け加えた形のみである。

(III) 上記(I)および(II)の結果により,任意の ν≦νについて定理が成り立つ。 ■

上定理を用い,十分大きなν以下の任意のν について,Kν に関するSpernerの補 題を以下のように定式化し,証明する。ν 次の頂点割り当て(vertex assignment)と は,関数 ω :Vν→V0=V であって,各y∈Vν に対して,x∈C(!y")(ν 次0単体と しての頂点y のキャリアに属しているような0次頂点)を与えるようなものをいう。

このときν 次のk 単体(k=0, 1, . . . , n)〈σνn〉=〈yν1yν2 . . . yνn+1〉に対して,ε(〈σνn〉)

を〈ω(yν1)ω(yν2). . .ω(ynν+1)〉が〈x1x2. . . xk+1〉に等しい場合1,−〈x1x2. . . xn+1〉に 等しい場合−1,それ以外の場合は0とする。k 単体〈σνk〉は,ε(〈σνk〉)≠0のとき正則

経済学的均衡理論が有限性の概念の下で閉じたものとなる可能性について(浦井・村上)(141)141

(11)

(regular)と言う。

Theorem 2:(Sperner の補題)Kν(0≦ν≦ν)は奇数個(従って少なくとも1個)の 正則なn単体を持つ。

Proof:以下Kν を固定する。α を正則なn 単体の個数とする。β を,そのキャリアが

!x1, x2, . . . , xn"であるようなn−1単体の個数とする。n 単体 σνnに対してβ(′σνn)で もってσνnの辺単体で正則なものの個数を表すものとする。正則なn単体 σ について はβ(′σ)=1であり,正則でないn 単体σ については(ω によるn個の頂点への割 り当ての下で,x1, x2, . . . , xnのうちに足りないものがあるなら0であり,足りないも のがないなら,残り一つの頂点への割り当てが他のいずれかと重複しているだけである から,その2頂点を入れ替えて2なので)0または2である。よって

α≡!

β(′σ)(mod 2) (6)

である。ここで和σ はKν に属するすべてのn 単体にわたってとられたものである。

ところで,直前の定理により,そのキャリアが!x1,x2, . . . ,xn"であるような正則n−1 単体については,それを辺単体とするn 単体が丁度1個であることが分かっており,

またそうでないような正則n−1単体については,それを辺単体とするn 単体が丁度2 個であることが知られている。よって

β≡!

β(′σ)(mod 2) (7)

であることが分かる。従って

α≡β (mod 2) (8)

である。故に問題はβ の個数を調べること,すなわちキャリアが!x1,x2, . . . , xn"であ るようなn−1単体の個数を調べることに帰着する。

ところで,キャリアが!x1,x2, . . . ,xk"であるような ν 次の0, 1, . . . ,k−1単体の全 体は,定義に戻って考えるとn=k の時のKν にほかならない。よって,β の個数が奇 数であるということはn−1の場合の定理の成立にほかならない。ところがn=1の場 合に定理が成立すること(キャリアが!x1"であるようなν 次の0単体の個数は1であ り,奇数であること)は明らかであるから,β の個数は奇数であることが分かる。

同志社商学 第66巻 第1号(2014年7月)

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Ⅲ 不動点定理

不動点定理に至っては,無限公理を用いないことはその定理の概念定義上ほとんど意 味をなさない(例えばBrouwerの不動点定理であれば,直ちにRnという概念が必要)

である。無限公理については経済学的均衡の節に譲り,ここでは選択公理との関係とし て,Brouwerの不動点定理の証明に選択公理(Axiom of Choice)が不要であることを 指摘しておく。

任意のnおよび ν という自然数に対して,n 次元のν 次重心分割の定義,および

Spernerの補題の成立に関しては,これらが有限性概念下の議論となることは既に前節

で見た。よって明らかに選択公理および無限公理は不必要である。ただし,上のことを 成立させるようなnおよび ν の全体を,自然数全体の集合として取扱う場合には,無 限公理を用いていることにな

4

る。

Spernerの補題が正しいとして,不動点定理の証明までは,どのような概念設定なら

びに証明方法を取るかによって,選択公理の必要・不必要は変わる。例えば,不動点定 理の関数の定義域に対するコンパクト性の概念として,点列コンパクト概念を用いるな ら,Spernerの補題を満たすフルラベルの単体の収束先を xとして(点列コンパクト性 によって収束先の存在を保証しているので選択公理は用いていない),その点が不動点 でないと仮定すれば矛盾,という述べ方をするなら,容易に確かめられるように選択公 理は不要である。

「有界かつ閉」という概念から点列コンパクト概念を導けるかどうかについても論じ ておく。「有界かつ閉」である集合が点列コンパクトであるという証明において,任意 に点列を取り,有界かつ閉であれば,それを一辺の長さ1/nのキューブで覆ったときキ ューブは有限個であり,その中から少なくともひとつ無限個の点が入ってくるようなキ ューブを選ぶことができる。ここまでの議論に選択公理は不要である。さらにそのキュ ーブ内で,再度一辺の長さ1/2n のキューブをとれば,やはり分割されたキューブも有 限個なので,その中に無限個の点を含むキューブがあるという事実にも,選択公理は不 要である。この作業を繰り返すとき,無限個の点を含むキューブに含まれるような,元 の点列の一点を次々に取り続けることが出来る。その作業を可算無限回繰り返して得ら れる対象物として,元の点列の部分列が作られることに関し,その事実を保証するのは 数学的帰納法である。数学的帰納法には選択公理は不要であり,数学的帰納法で存在が

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4 十分大きなnν の下での分割を施された価格空間および商品空間について,その分割された最小単 位が消費および生産の行動記述にとって区別されないものとできるような想定を経済学理論の方で与え ることが許されるなら,無限公理を用いずに済ませることができる可能性もある。この問題について は,次節で論じる。

経済学的均衡理論が有限性の概念の下で閉じたものとなる可能性について(浦井・村上)(143)143

(13)

保証された点列について,それが収束先を持つことについては,区間縮小法の議論にな る。区間縮小法の議論では,実数の連続性公理から直接に区間の端点のinf およびsup の存在が保証されるので,ここでも選択公理は用いられていない。よってBrouwerの 不動点定理の証明に,選択公理は不必要である。

Ⅳ 経済学的均衡

経済学的均衡は,不動点定理がそうであるように,必ずしも「実数」をはじめとする

「無限集合」上で展開される必然性は無い。したがって,本来はその「均衡」の存在と いった理論の中心部分についてさえ,上に述べたSpernerの補題のような「有限性」の 下で保証される定理,議論で十分に展開できる可能性を持っている。

実際,現実社会におけるいかなる消費者も生産者も,無限個の選択肢を同時に把握・

認識し,比較対象としながら,最適な選択を行っているといった自己認識は,持たれて いないというべきである。

ではどういう形で,前節までの議論を,経済学理論の有限化につなげることができる であろうか。最も簡単と思われる一つの方法は,我々が現実世界において,概念上必要 としている(つまり「うまく回る」世界観として必要としている)均衡概念に,以下の 仮定を導入することである。

仮定:我々の必要とする均衡概念(のみならず数量把握の概念全般)は,十分小さ なδ>0という大きさに対して,それよりも小さな大きさについて過不足を問題と する,そのようなものではない。

このような仮定の下で,我々が「(例えば現実的に認知可能といった意味で)均衡で ない」ということを,ある商品について超過需要がδ>0より大きいこと,と定義する としよう。加えてメタ理論において連続な超過需要関数があるとする。それらの定義域 としてコンパクト集合が取られているとすると,コンパクト集合上の一様連続性をもっ て,一様にγ>0という価格の変動の範囲を上述の δ>0に見合う形で取ることができ る。すると,あるp が上の認知可能な意味での均衡を導く価格でないならば,その γ 近傍内に,メタ理論の超過需要関数に基づいて定義される,価格定義域内の点への通常 のラベリングの

5

下で,フルラベルの単体が存在し得ないようにすることが出来る。よっ

て,先のSpernerの補題(Theorem 2)で小単体の直径が γ より十分小さくなる場合,

フルラベルの単体を見つけることができれば,その近傍は(上の弱い意味での)均衡を

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5 例えば二階堂(1965)の第10章における標準的な均衡存在証明を見よ。

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表すことになる。

上では均衡存在についてのみ述べたが,同様の考察を厚生経済学の第一基本定理,第 二基本定理に対しても与えることが可能であろう。この問題に関しては,本稿に続き今 後更なる研究が必要であると考えられる。

(Ken Urai, Graduate School of Economics, Osaka University, Osaka, JAPAN. Hiromi Murakami, Graduate School of Economics, Osaka University, Osaka, JAPAN.)

REFERENCES

Begle, E. G.(1950 a): The Vietoris mapping theorem for bicompact spaces, Annals of Mathematics 51(3), 534−543.

Begle, E. G.(1950 b): A fixed point theory, Annals of Mathematics 51(3), 544−550.

Debreu, G.(1959):Theory of Value.Yale University Press, New Haven, CT.

Nikaido, H.(1968):Convex Structures and Economic Theory.Academic Press, New York.

二階堂副包(1965):『現代経済学の数学的方法』岩波書店,Tokyo.

Urai, K.(2010):Fixed Points and Economic Equilibriavol.5of Series of Mathematical Economics and Game Theory.World Scientific Publishing Company, New Jersey/London/Singapore.

経済学的均衡理論が有限性の概念の下で閉じたものとなる可能性について(浦井・村上)(145)145

参照

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