民族考古学的アプローチにもとづくパイワンの罠猟 研究 : 動物遺存体の解釈に関する一試論
著者 野林 厚志
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 25
号 2
ページ 151‑176
発行年 2000‑11‑20
URL http://doi.org/10.15021/00004082
野 林 民 族考 古 学 的 ア プ ロー チに も とつ く パ イ ワ ン罠 猟 研 究
民 族 考 古 学 的 ア プ ロー チ に も とつ くパ イ ワ ン の 罠 猟 研 究 動物遺存体の解釈に関す る一試論一
野 林 厚 志*
An Ethnoarchaeological Analysis of Paiwan (Taiwan) Snare Hunting:
Methodological Discussion of the Interpretation of Faunal Remains
Atsushi Nobayashi
本 稿 で は,台 湾 原 住 民 族 の パ イ ワ ンが 行 な っ て きた 狩 猟 活 動 の遺 跡 化 を 考 察 した 。 具 体 的 に は,罠 猟 に よ って 実 際 に捕 獲 され た イ ノ シ シ の下 顎 骨 を 動 物 考 古 学 に お け る基 本 的 な 手 法 に よ って 定 量 的 に分 析 す る と 同時 に,罠 猟 の 具 体 に つ い て の 観 察,記 録 を 行 な い,人 間 の 行 動 とそ れ に よ って 生 じる潜 在 的 な 考 古 学 資 料 との 関 係 を 明 らか に した 。 考 古 学 資 料 は 様 々な 手 法 を 用 い て 分 析 す る こ とは で きて も,そ の 結 果 を 解 釈 す るた め に は,か な らず 解 釈 の 材 料 とな るモ デ ル が 必 要 とな る。 本 研 究 が 提 示 す るデ ー タ及 び そ の 解 釈 は,同 様 な 出 土遺 物 を もつ 遺 跡 の 機 能 や 過 去 の行 動 を 解 釈 す る際 に 有 効 な民 族 考 古 学 的 モ デ ル とな る。
This paper discusses the formation process of archaeological materials derived from hunting activity, such as that conducted by the Paiwan (an aboriginal group of Taiwan) . The mandibles of a wild boar (Sus scrota), captured by snare hunting, were analysed using a zoo- archaeological technique. Native people were asked to reconstruct their hunting activity, and this was observed. The relation between the hunting activity and the faunal remains is dicussed.
Archaeological materials can be analysed using various techniques.
What is needed is a standard model with which to interpret the results.
This paper provides one such ethnoarchaeological model which should prove effective in interpreting similar materials and understanding past human behaviour.
国立民族学博物館 民族学研究開発 セ ンター 総合研究大学 院大学先導科学研究科生命体科学専攻
Key Words : Ethnoarchaeology, Taiwan Aborigines, wild boar (Sus scrota), snare hunting, faunal remains
一 ワ ー ド:民 族 考 古 学,台 湾 原 住 民 族,イ ノ シ シ,罠 猟,動 物 潰 存 体
国立民族学博物館研究報告 25巻2号
1.は じめ に 2.民 族 考 古 学 とは
2.1考 古 学 資 料 の 性 質 とそ の解 釈 2.2 民 族 誌 類 推 と民 族 考 古 学 2.3 動 物 考 古 学 と民 族 考 古 学 3.パ イ ワ ンの 狩 猟 活 動 3.1調 査 対 象 と調 査 内 容 3.2 台 湾 に お け る狩 猟 活動 の変 遷 3.3 猟 場 に お け る活 動
4.動 物 遺 存 体 の 分 析 4.1動 物 の 齢 査 定 4.2分 析 資 料 4.3結 果 5.考 察
5.1捕 獲 数 パ タ ー ン とそ の要 因 とな る 背 景
5.2 考 古 学 的 課 題 へ の 援用 6,結 語
1.は じ め に
本研 究 の 目的 は,台 湾 原 住 民 族 の 一 集 団 で あ る パ イ ワ ソが 行 な って きた狩 猟 活 動 の 遺跡 化 を考 察 す る こ とで あ る。 具 体 的 に は,か つ て罠 猟 を行 な って い た人 た ち に よ っ て 再 現 され た罠 の準 備 か ら設 置 に い た る プ ロセ ス を観 察,記 録 す る と同時 に,か つ て 罠 猟 に よ って 捕 獲 さ れ た 後,ト ロ フ ィー と して 保 持 され て きた タ イ ワ ン イ ノ シ シ (Sus scrofa taivanus)の 下 顎 骨 を 動物 考 古学 に お け る基 本 的 な手 法 に よ って定 量 的 に 分 析 す る。 これ ら2つ の 結 果 を 連 結 させ な が ら,両 者 の関 係 につ い て考 察 し,考 古 学 的 資料 と して の動 物 遺 存 体 に,過 去 の 人 間 の行 動 や そ の他 の諸 条 件 が どの よ うに反 映 され て い る のか につ い て 検 証 を 行 な う。
狩猟 活 動 に関 す る民 族 考 古 学 的 研 究 は,ビ ン フ ォー ドに よ る ヌナ ミウ トの カ リブ ー 猟 の調 査,バ ー トラムの サ ンの 食糧 残 津 に 関す る調 査,オ ブ ラ イ ア ンに よる ハ ッザ の 狩猟 活動 の調 査 な ど,も っぱ ら狩 猟採 集 活 動 を経 済 活 動 の基 盤 とす る集 団 を対 象 に し て 行 な わ れ て きた(Binford l 978;Bartram 1993;0'brien 1994)。 これ らの 研 究 で は,集 団 の移 動 パ タ ー ン,狩 猟 方 法,動 物 資 源 の利 用 様 式 とい った 人 間 の行 動 が,そ れ に よ って生 じる物 質 的 記 録,と りわ け考 古 学 資 料 と して きわ め て一 般 的 で あ る動 物 遺 存 体 に どの よ うに 反 映 され て い くか に つ い て の議 論 が 展 開 され て きた。 一 方,農 耕 民 の狩 猟 活 動 につ い て は,生 態 人類 学,民 俗 学 な ど の分 野 に お け る先 行研 究 は数 多 く あ り,狩 猟 活 動 の 経 済 的 評 価,狩 猟 技 術 や そ の伝 承 に 関 す る記 述,狩 猟 者 の 自然 観 な ど,農 耕 民 の 狩 猟 活 動 を理 解 す る うえ で重 要 な 意 義 を もつ成 果 も多 い。 しか しな が ら, こ う した分 野 にお け る研 究 で は,考 古 学 者 に とっ て必 要 な 狩 猟 行動 の遺 跡 化 に関 す る デ ー タが 必 ず しも十 分 に 提 供 され て お らず,考 古 学 資 料 の 解 釈 に 十分 寄 与 で ぎる とは
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野林 民族考古学的アプローチにもとつくパイワン罠猟研究 言 いが た い 。
従 来 の 生 態 人 類 学 や 民俗 学 で行 なわ れ て きた 農 耕 民 の 狩猟 活 動 に関 す る研 究 と民 族 考 古 学 的 ア プ ロ ーチ に も とつ く本 研 究 との違 い は,後 者 が狩 猟 活 動 に と もな い どの よ うな物 質 的 記 録 が 残 され る か とい う問 題 の検 証 に 主 眼 を お い て い る点 であ る。 と りわ け 動 物 骨 とい う具 体 的 な考 古学 資 料 を分 析 す る うえ で,人 間 や動 物 の行 動 を 含 め た 狩 猟 活 動 の 復 原 に 寄 与 す るモ デ ル構 築 を本 研 究 は 目指 す もの とす る。
2.民 族 考 古 学 とは
2.1考 古 学 資 料 の 性 質 とそ の 解 釈
考 古 学 資 料 は あ くまで物 質 にす ぎ な い。 考 古 学 資 料 を 用 い て過 去 の人 間 の行 動 を 復 原 す る場 合,考 古 学 資料 と行動 とを結 ぶ 仮 説 モデ ル が 不 可 欠 で あ る。 こ う した 仮説 モ デ ルを 考 古 学 資 料 に 活 用 し,過 去 の行 動 を復 原 す る作 業 は,現 代 の 人 間 の行 動,現 代 の人 間 の行 動 か ら生 じる物 質 的記 録,過 去 の人 間 の 行 動,過 去 の 人 間 の行 動 か ら生 じ る物 質 的 記 録(考 古 遺物)の4者 の 関係 を 明確 に す る こ とに よ って は じめ て論 理 的 な 整 合 性 が 認 め られ る と考 え て よい。 以前,筆 者 は,こ れ ら4者 の 関係 につ い て論 じた こ とが あ り,過 去 と現 代 との接 点 に つ い ては,谷 が 民 族 誌 類 推 や民 族 考 古 学 の方 法 論 的 課 題 を 視 野 に い れ た 包 括 的 な論 考 を著 わ してい る(野 林1997:84‑85;谷1998)。
本 章 では 考 古 学 資 料 の 解 釈 とい う操 作 を整 理 す る と と もに,解 釈 の方 法 と して これ ま で用 い られ て きた 「民 族誌 類 推 」 とは異 な る立 場 で あ る 「民 族考 古学 」 につ い て 簡 潔 に解 説 を 行 な う。 そ の うえ で,動 物 考 古 学 と民 族 考 古 学 との 問題 意 識 に おけ る接 点
につ い て述 べ る。
2.2 民 族 誌 類 推 と民 族 考 古 学
考 古 学 資 料 の 解 釈 とい う行 為 は,考 古 遺 物 をそ の 形 態 か ら分類 す る最 初 の段 階 か ら 始 ま って い る こ とが 少 な くな い。 と りわ け,石 器,骨 角 器,土 器 な どは最 初 か ら道 具 と して解 釈 され,そ の 名称 は用 途 に対 応 した もの で あ る こ とが 多 い。これ は,谷 が 「常 識 に よ る類 推 」 と呼 ん で い る も の に相 当す る と考>xて よい で あ ろ う(谷1998:209)。
例 えぽ,金 子 らは 縄 文 時 代 の 骨 角器 を分 類 す る うえで,最 初 の 基 準 に それ らの用 途 を 想 定 し,生 産 ・生 活 用 具 と装 飾 ・呪 術用 具 とに大 別 した 後 で,形 態 上 の分 類 を行 な っ て い る(金 子 ・忍 沢1986:9)。 しか しな が ら,生 産 具 や 呪 術 用 具 とい う分 類 は あ く
国立民族学博物館研究報告 25巻2号 まで それ らが 用 い られ た コ ンテ キ ス トが 明確 な場 合 に のみ 言 及 可 能 で あ り,行 動 と切
り離 され た 状 態 で 出 土 した 遺物 に つ い て機 能 上 の分 類 を最 初 か ら行 な うこ とは本 来 不 可 能 と考 え なけ れ ば な らな い 。機 能 的 な分 類 を最 初 か ら行 な うた め に は,考 古学 資 料 が そ の機 能 を 直 接 反 映 す る よ うな 状態 で 出土 す るか,も し くは分 類 す る側 に最 初 か ら 資 料 の形 態 と機 能 とを 連 結 させ るモ デ ル や知 識 が 存 在 し,そ れ を も とに した類 推 が行
なわ れ る必 要 が あ る。 谷 は,考 古学 者 が行 な う類 推 につ いて,ほ とん ど無 意 識 に行 な う ものか ら 「モ デ ル」 と呼 ぼ れ る よ うな 非 常 に 周到 な もの を用 意 して 行 な うもの まで, そ の計 画 性 の度 合 い は 千 差 万 別 で あ る と述 べ て い る(谷1998:208)。 そ して,類 推 の根 拠 とな る モデ ル や 知識 が 民族 誌 か ら引 き 出 され て きた 場 合,そ れ は特 に 「民 族 誌 類 推(ethnographic analogy)」 と呼 ぶ こ とが で き る。 物 質 資 料 と過 去 の行 動 とをつ な ぐ過 程 を総 称 して民 族 誌 類 推 と呼 ぶ 立 場 もあ る が(谷1998:208),本 稿 に お い て は,
「民 族 誌 」 とい う言葉 の定 義 を尊 重 し,既 存 の 民 族誌 や 民 俗 例 な どを手 が か りに 考 古 学 資 料 の 解 釈 とそれ に と もな う過 去 の行 動 の 推論 を 行 な うこ とを 「民 族 誌 類 推 」 と と
らえ る こ とに す る。
とこ ろ で,「 民 族 誌 類 推 」 に限 らず,考 古 学 に お け る類 推 に は,類 推 に 用 い るモ デ ル と類 推 の 対 象 とな る過 去 に起 こ った 現 象 とが構 造 的 に 同 じで あ る こ とを 説 明 す るた め の 根 拠 が 必 要 と な る。 こ の 根 拠 は 「斉 一 性 の仮 定(doctrine of uniformitarian‑
ism)」 に よ っ て保 証 され る と考 え られ て きた。 斉 一 性 の仮 定 とは,も と も と地 質 学 の 理論 的枠 組 み の 中か ら生 まれ た 概 念 で あ る。過 去 に生 じた地 質 現 象 に よ って 生 じた 地 形 的 特徴 は,現 在 に起 こ っ て い る 同様 な 地 質 現 象 に よ って生 じた 地 形 的 特 徴 と同 じ で あ る とい う考 え方 で あ り,18世 紀 末 に ハ ッ トンに よ って提 唱 され た こ とが 知 られ て い る(Thomas 1990:161)。 過 去 の行 動 を復 原 す る とい う文 脈 では 「現 在 に お け る 人 間 の 行動 に よ って生 じる物 質 的 記 録 は,過 去 に おけ る 同様 な行 動 か ら生 じた考 古遺 物 と同 じで あ る」 と言 い 換 え る こ とが で き る。 もち ろ ん こ こで述 べ る人 間 の 行動 は,そ れ を と りま く 自然 的,社 会 的,文 化 的,歴 史 的環 境 を包 括 してお り,そ れ らす べ て が 全 く同一 で あ り,同 一 の 物 質 的 記 録 が 生 じ る とい う状 況 は あ りえ な い で あ ろ う。 した が って,重 要 な のは 斉 一 性 が保 証 され る部 分 を どの よ うに抽 出す る こ とが で きる か と い うこ とに な る。
渡 辺 が批 判 的 に 言 及 して い る,用 途 不 明 の遺 物 を,こ れ と似 た もの を 現生 民 の 民族 誌 の 中 に探 し出 して,そ の 類 似 品 の用 途 か ら遺 物 の用 途 を 推 定 す る とい った,い わ ゆ る 「民 族 誌 的 対 比 法 」(ethnographic parallel)は,こ の 斉 一性 の保 証 が最 も脆 弱 な方 法 で あ ろ う(渡 辺1993:5)。 これ に対 して 「民 族 誌 類 推 」 に お け る斉 一 性 を 保 証 す
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野林 民族考古学的アプローチにもとつくパイワン罠猟研究
るた め の1つ の手 段 と して,経 験 則 に よ る一般 化,す なわ ち命 題 の妥 当性 や あ る文 化 事 象 同士 の相 関 関 係 を 示 す た め に 肯 定 的 な民 族 誌 の例 を数 多 く並 べ る方 法 が と られ て きた(Chang l958)。 この 方 法 で は,帰 納 的 な事 実 の 集 積 とそ こか ら引 き出 され る何 らか の規 則 性 が 重 視 され る。 一 方 で,特 定 の事 象 が生 起 した 背 景 や 理 由に つ い て検 証 され る こ とは 少 な い 。 典 型 的 な 例 と見 な され た2,3の 事 例 を 参 照 して行 なわ れ る, い わゆ る過 去 を 現 在 の 型 に 無 理 や りに あ て は め て しま う前 者 に比 べ れ ば,信 頼 性 は 増 して い る と考 え て も よい で あ ろ う(谷1998:210)。 しか しな が ら,考 古 学 の 基 本 的 な方 法 が 形 態 学 的 研 究 に 基礎 を お く物 質文 化 の解 釈 で あ る以 上,既 存 の民 族 誌 を 用 い た類 推 の限 界 は 自ず か ら明 らか で あ ろ う。 なぜ な らぽ,大 半 の 民 族誌 に は考 古 学 資 料 と比 較 検 証 す るに た る物 質 的記 録 に 関す る記 述 や 情 報 が ない か らで あ る。 これ は,民 族 誌 に問 題 が あ るの で は もち ろ ん な い。 民 族 誌 が 記 述 され る 目的 は考 古学 研 究 に 利 用 可 能 な デ ー タを 供 給 す る こ とで は な いか ら であ る。 問 題 は,む しろ異 な る 目的 で 書 か れ た民 族 誌 を安 易 に 考 古 学 資 料 の 解 釈 に 利 用 して きた 考 古 学 者 側 に あ る と考 え られ
る。
民 族 考 古 学 は,従 来 行 なわ れ て きた 民 族 誌 を 用 い た 類推 とは全 く異 な る概 念 で あ り 方 法 で あ る。 この こ とは渡 辺 に よ って もす で に 指 摘 され て い る こ とで あ り,特 に,民 族 誌 の 物 質 的 側 面 を 強調 す る とい う理 由か ら,̀ethnoarchaeology'の 訳 語 と して,「 土 俗 考 古 学 」 とい う名 称 を使 用 して い る(渡 辺1993:11)。 民 族 考 古 学 を 「土 俗 考 古 学 」
と呼 ぶ こ との 是非 は と もか く,民 族 考 古 学 的 研 究 と民族 誌 も し くは 「民 族 誌 類推 」 と の 違 い を 再 確 認 す る な らば,そ れ は,人 間 の 行動 に と もな う物 質 的 記 録,換 言 すれ ぽ 潜 在 的 な 考 古 学遺 物 に関 す る記 録 が 考 古 学 者 の 扱 え る よ うな情 報 と して 提 供 され て い る とい う点 に あ る。 本 稿 に お い て 定 義 す る民 族 考 古 学 とは,「 現 代 の行 動 の観 察 とそ こか ら生 じる物 質 的 記 録 の分 析 を 通 し,考 古学 資 料 の生 じた背 景 と資 料 の 各 属性 との 関 係 を 研 究 す る分 野 」 で あ る。 換 言 す れ ば,民 族 考 古 学 者 の 目的 は 物 質 記 録 に刻 み 込 まれ た 人 間 の 営 み を読 み 取 る た め の 理 論 と方 法 とを 確 立 す る こ と に あ る と考 え て よ い 。
2.3 動 物 考 古 学 と民 族 考 古 学
遺 跡 か ら出土 す る動 物 骨 や 歯 牙 の 分析 を通 して,過 去 の社 会 を 復 原 す る研 究 分 野 は 特 に 動物 考 古 学 と呼 ば れ て い る。 動物 骨 や歯 牙 に は時 間,気 候,環 境,生 業,解 体 過 程,交 易 な どに関 す る様hな 情 報 が 含 まれ て い る可 能 性 が あ る。 こ う した情 報 を引 き 出す た め に,動 物 考 古 学 者 は まず 解剖 学 的 観 察 に よる部 位 同 定 に 始 ま り,部 位 別 出 現
国立民族学博物館研究報告 25巻2号 頻 度,性 比,種 間 比,死 亡 年 齢,解 体 痕 な ど の分 析 に よ って,当 時 の人 間 の行 動 や 自 然 環 境 の 復 原 を試 み る。 当然 の こ となが ら,デ ー タの 解 釈 に は モ デ ルが 必 要 とな る。
と りわ け,動 物考 古学 で扱 うの は動 物 骨 や 歯 牙 に 関 す る定量 的 デ ー タ であ る こ とが 多 く,定 性 的 な 記述 にす ぐれ た民 族 誌 や 民 俗 学 的 研 究 は デ ー タを解 釈 す るた め の モ デ ル の 提 供 に は 必 ず し も適 当 で は な い。 こ のた め,動 物遺 存体 に 関す る定 量 的 デ ー タを検 証 す るた め に 現代 の集 団 の狩 猟 活 動 を 対 象 と した 民族 考 古 学 的 研 究 が 盛 ん に 行 な わ れ て きた 。
狩 猟 活動 の民 族 考 古 学 的 研 究 に 先 鞭 を つ け た の は,ル イ ス ・ビ ンフ ォー ドで あ る。
ビ ン フ ォー ドは ア ラス カ の ヌナ ミウ トの 行 な う季 節 性 が顕 著 な生 業 活 動 に 着 目 し,そ の 狩 猟形 態,動 物 の解 体,分 配,貯 蔵 な どの 各活 動 の プ ロセ ス と同時 に,こ れ らの活 動 に よ って生 じる現 在 の 遺 跡 の 分 布 とそ こに残 され て い く動 物 遺 存 体 の組 成 や破 損 状 況 な どを 克 明 に記 録,分 析 した(Binford 1978)。 ビ ン フ ォー ドの一 連 の調 査 か ら は 遺 跡 形 成 に関 す る様 々な 知 見 が 得 られ た が,と りわ け,動 物 の 各 部位 に お け る経 済 的 有 用性 を示 す 指 数 な どを 用 い て説 明 され た,遺 跡 の機 能 と残 存 す る動物 遺 存 体 の組 成 との 関係 は,動 物 遺 存 体 の 分 析 に よ って過 去 の経 済 や 遺 跡 の 機 能 を論 じる うえ で の非 常 に有 効 な モ デル と と らえ る こ とが で きる。また,ジ ェー ムス ・オ コ ソネ ル らの グ ル ー プ は ア フ リカ の初 期 人類 の 生業 戦 略 の モ デ ル と して議 論 され て きた狩 猟 とス カ ベ ンジ ン グ(死 肉 あ さ り)に よ る動 物 遺 存 体 の形 成 を 検 証 す るた め に,動 物 資源 を獲 得 す る 手 段 と して狩 猟 とス カベ ソ ジ ン グを行 な うタ ンザ ニ アの ハ ッザ を対 象 に した 民 族 考 古 学 的 研 究 を 実 践 して い る。 オ コ ンネ ル らのハ ッザ の デ ー タは ス カベ ンジ ン グで しか 獲 得 で き ない 象 の よ うな大 型 哺 乳 類 を除 け ば,狩 猟 とス カベ ン ジ ン グで得 られ る中 型 の 哺 乳 動 物 は 主 と して成 獣 が捕 獲 され る こ とを 示 して お り,従 来,考 古 学 者 が 通 説 と し て きた,狩 猟 とス カベ ンジ ン グ とでは 狩 猟 に よ って 遺 跡 に集 積 され る動 物 は 若齢 が主 体 で サ イ ズ に ば らつ きが 少 な い とい う解 釈 とは異 な る仮 説 を 示 して い る(0'Connell et al.1988)。 また,ハ ッザ が 狩猟(も し くは ス カ ベ ンジ ン グ),解 体,運 搬,分 配 を 行 な う過 程 に お い て,居 住 地 か らの 距 離,運 搬 可能 な個 体 数,解 体 や 消 費 に 費 やす 時 間 な どに よ って,そ れ ぞ れ の活 動 地 点 で は 残 存 す る動 物 骨 の組 成 が 異 な る こ とが 示 さ れ,動 物 遺 存 体 の形 成 の背 景 に 多 様 な要 因が 関 与 して い る こ とが 指 摘 され た(0'Con‑
nell et a1.1988:149)。 日本 で も近 年 に な って 狩 猟 活 動 に 関す る民 族 考 古 学 的 調 査 の 実 践 例 が 見 られ る よ うに な って い る。 佐藤 らは 日本 列 島 に おけ る狩 猟 文 化 の展 開 と罠 猟 を 中心 と した 狩 猟 シス テ ムの機 能 上 に お け る構 造 的 類 似 性 を 検 証 す る こ とを 目的 と
し,東 北 地 方 の マ タ ギや ロ シ ア沿 海 州 の ウ デ へ の 狩 猟 活 動 に 関 す る一 連 の 調 査 を 行
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野林 民族考古学的アプローチにもとつ くパイワン罠猟研究 な って い る(佐 藤1998)。
本 研 究 に お い て分 析 の 対 象 と した イ ノ シ シは,日 本 に お け る縄文 時 代遺 跡 の 出土 資 料 に非 常 に 多 く見 られ る動 物種 で あ る。 生 業 活 動 の季 節 性 や 狩 猟選 択 とい った 問 題 を 論 じる た め の材 料 と して,貝 類,魚 類,シ カな ど と ともに 分 析 の 対 象 とな って きた 。 イ ノ シ シの 出土 資 料 を あ つ か った研 究 と して は,新 美 の伊 川 津 遺跡 に お け る定 量 的 な 分 析 を も とに した 狩 猟 活 動 の季 節 性 に つ い て の 議 論 を あ げ る こ と が で き る(新 美 1991)。 新 美 は,縄 文 晩 期 の 貝 塚 遺 跡 で あ る伊 川 津 遺 跡 か ら出 土 した イ ノ シ シの 下 顎 骨 に お け る歯 牙 の萌 出状 態 と歯 牙 の セ メ ソ ト質 に形 成 され る年 輪 の観 察 か ら,捕 獲 個 体 の 齢構 成 を復 原 した 。 新 美 の 議論 で は,捕 獲 個 体 が す べ て の 季 節 に 生 じた とい う事 実 は 明 確 に され た もの の,具 体 的 な 狩猟 活 動 の動 態 に関 す る議 論 は ほ とん ど行 なわ れ て い な い 。こ う した 背 景 に は,捕 獲 個 体 の齢 構 成 とい う属 性 が 過 去 に お こ った ど うい っ た 出 来 事 と どの よ うな関 係 を もつ か とい うこ とに 関 して有 効 な モデ ル を持 ち合 わ せ て い な か った こ とを指 摘 す る こ とが で き る。
本 研 究 は,イ ノ シシ とい う具 体 的 な動 物 種 を対 象 に した 分 析 を 行 な い,狩 猟 活 動 に よ る捕 獲 個 体 の齢 構 成 とい う属 性 と狩 猟 活動 や動 物 の生 態 学 的 な 性 質 な ど との 関係 に つ い て 見 通 しを与%.る こ とを ね らい と して い る。こ うした脈 絡 に お い ては,ビ ン フ ォー
ドや オ コ ンネ ル らの行 な った 民 族 考 古 学 的研 究 と軌 を一 にす る もの と言 って よい。
3.パ イ ワ ン の 狩 猟 活 動
3.1調 査 対 象 と調 査 内 容
調 査 を行 な った の は 台 湾 の 南 部 に 位 置 す るT村 で あ る(図1)。 標 高 約150mの 山間 部 に立 地 す るT村 は,そ の 住 民 の 大 半 が 台 湾 原 住 民 族 の パ イ ワ ンで あ る。 パ イ ワ ンは 台 湾 南 部 の 屏 東 県 及 び 台 東 県 の 丘 陵 地 帯 か ら山 麓 地 帯 に 居 住 す る人 口約6万6 千 人 の集 団 で あ る。言 語 学 的 に は オ ー ス トロネ シア語 族 の台 湾 諸 語 に 属 す るパ イ ワ ン 語 を母 語 と して い る。 パ イ ワ ン とい う民 族 名 称 の 由来 は,彼 らの 故 地 と され る北 大 武
山 の西 側 に あ る村 の 名前 に 由来 す る と考.xら れ て い る。 パ イ ワ ン社 会 の 特徴 は,世 襲 制 の首 長 制 を 有 し,首 長 と平 民 層 の2つ に わ か れ る社 会 階 層 制 を 発 達 させ て きた こ と で あ る。 同 じよ うな 首長 制 は隣 接 す るル カイ や プユ マ に も見 られ,と りわ け,ル カ イ とは 世 襲 法 の 違 い を 除 け ば,首 長 制 の維 持,運 用面 につ い ては 実 質 的 な 差 異 は ほ とん ど見 られ ず,互 い の 首長 層 同士 の通 婚 も しぼ しぼ 行 なわ れ てい た 。 日本 や 台湾 に よる
国立民族学博物館研究報告 25巻2号
図1 台 湾 及 びT村 の位 置
統 治 の過 程 に お い て,首 長 層 の政 治的,儀 礼 的 権 威 は 弱 体 化 して い る もの の,従 来 か ら の婚 姻 関 係 に よ って 展 開 させ て きた首 長 層 の ネ ッ トワー クな どに よ って,首 長 層 が 指 導 力 を発 揮 す る場 面 も少 な くな い。
経 済 活 動 の 基 盤 とな って い た の は,ア ワと イ モ類 な どの焼 畑 耕 作 と狩 猟 活 動 とを組 み 合 わ せ た 生 業 活動 で あ った が,1970年 代 以 降,若 い世 代 を 中心 に都 市 部 へ の 移 住 が 進 み,慣 習 的 な暮 ら しは衰 退 して い る。 しか しな が ら,高 齢 者 層 を中 心 に ア ワの 焼畑 耕 作 も続 け られ て お り,集 落 周 辺 の 山間 部 に 開 か れ た ア ワ畑 を 見 る こ と もめ ず ら し く な い 。 調 査 を行 な ったT村 で もア ワの焼 畑 耕 作 を 続 け て い る住 民 は 多 い。 ま た,現 在 で は 中 華 民 国 の環 境 保 護 政 策 に よ り狩 猟 活動 が制 限 され て い る もの の,そ の 方 法 に
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野林 民族考 古学 的アプ ローチにもとつ くパイ ワン罠猟研究
つ い て 明 確 に 記 憶 して い る 人 が 多 い た め,パ イ ワ ン の 狩 猟 活 動 を 復 原 す る うえ で 適 し て い る と考 え ら れ た 。
T村 で 行 な っ た 調 査 は,具 体 的 に は 次 の 通 りで あ る 。
1)罠 猟 の 復 原 過程 の観 察及 び記 録
2)罠 猟 に よ って捕 獲 され た イ ノ シ シの下 顎 骨 の分 析
1)で は,T村 に 住 む70代 の 男 性S氏 に,か つ て罠 猟 を 行 な って い た 猟 場 に お い て罠 の設 置 を 実 際 に 復 原 して も ら った。S氏 は 現 在 で も ア ワや イ モ類 の焼 畑 耕 作 を 続 け,基 本 的 に は これ ら収穫 物 に依 存 した 生 活 を 送 って い る。 また,日 本 統 治 時 代 か ら シ カや イ ノシ シの 狩 猟 を 積 極 的 に 行 な っ て いた 。2)は,S氏 が か つ て罠 猟 に よって 捕 獲 した イ ノ シ シの 下顎 骨 に つ い て計 測,及 び歯 牙 の萌 出 と咬 耗 の 状 態 に つ い て観 察, 記 録 を行 な った 。 また,比 較 資 料 と してS氏 の弟 で あ るL氏 が 捕 獲 した イ ノ シ シの 下 顎 骨 につ いて も 同様 な 分 析 を行 な った 。
以 上 の調 査 結 果 とい くつ か の 史料 を も とに,台 湾 に お け る狩 猟 活 動 の変 遷 とパ イ ワ ソが 行 な って きた 狩 猟 活動 の実 際 につ い て記 述 す る。 そ の うえ で,罠 猟 に よって捕 獲 され た イ ノ シ シの 下 顎 骨 の分 析 法 とそ の結 果 を 示 し,罠 猟 とそれ か ら生 じる動 物 遺 存 体 の属 性 との関 係 に つ い て民 族 考 古 学 的 な考 察 を 加 え る こ とにす る。
3.2 台 湾 に お け る狩 猟 活 動 の 変 遷
台 湾 にお け る最 も古 い先 史 時 代 遺 跡 は 約1万5千 年 前 の長 濱 洞 窟 遺 跡 で,旧 石 器 と と もに大 量 の獣 骨 や骨 角 器 と思 わ れ る遺 物 が 出土 して い る(減1995:44)。 現 在 の と ころ,こ れ が 台 湾 に お け る最 も古 い動 物 資 源 の 利 用 と考 え て よい。 新 石 器 時 代 に 入 る と狩 猟 活 動 が 生 業 活 動 の 中心 とな っ て い た と考 え られ る証 拠 が 数 多 く 見つ か っ て い る。 シカや イ ノ シ シな どの動 物 骨 と と もに 狩猟 に使 用 した と考 え られ て い る石鎌 な ど が 大 半 の 遺 跡 で 発 見 され て い る。 こ こで 注 意 しな けれ ぽ な らな いの は,こ れ らの先 史 時 代 文 化 を に な って い た 人 た ち と台 湾 原 住 民 族 とが歴 史的 に連 続 した つ な が りを もつ とい う明確 な 証 拠 は な い とい うこ とであ る。 しか しな が ら,先 史 時 代 か ら現 代 まで 自 然 環 境 へ の 適 応 戦 略 の1つ と して,シ カや イ ノ シ シを主 な対 象 と した 狩 猟 活動 が継 続 的 に 行 な わ れ て きた と考 え る こ とは よい で あ ろ う。 台湾 に関 す る記 載 が 中 国 の歴 史 史 料 に 現 れ る よ うに な って 以降 は,台 湾 原 住 民 族 の祖 先 集 団 の狩 猟 活 動 の 証 拠 を 具体 的 に 知 る こ とが 可 能 とな る。 清 代 に 描 か れ たr台 番 図説 中』 の 「捕 鹿 」 とい う題 名 の 図
国立民族学博物館研究報告 25巻2号 画 に は,犬 に 鹿 を 追 い 込 ま せ な が ら 弓 矢 を 用 い て 狩 猟 を 行 な う様 子 が 描 か れ て い る 。 ま た,そ の 題 字 に は,当 時 熟 番 と 呼 ぼ れ た 平 哺 族 の 人 々が 秋 か ら 冬 に か け て 狩 猟 活 動 を 行 な っ て い た こ とが 記 載 さ れ て い る。 オ ラ ン ダ統 治 時 代 に は 原 住 民 族 の 狩 猟 活 動 で 得 ら れ た 鹿 皮 が 主 要 な 交 易 品 と な っ た 。 伊 能 は,『 諸 羅 縣 志 』 やr彰 化 縣 志 』 な ど の 記 述 に も と づ き,鹿 皮 の 主 要 な 輸 出 先 が 日本 で あ っ た と 指 摘 し て い る(伊 能1904:
38)0
日本 が 統 治 して い た 時 代 に も 原 住 民 族 の 間 で 狩 猟 活 動 が 盛 ん に 行 な わ れ て い た 。 台 湾 総 督 府 は 理 蕃 政 策 を 効 果 的 に 進 め る た め に 各 種 の 調 査 事 業 を 数 多 く 行 な った 。 と り わ け,1901年 に 布 告 さ れ た 臨 時 台 湾 旧 慣 調 査 会 規 則 に も と つ く 同 調 査 会 の 発 足 以 降 は, 継 続 的 か つ 組 織 的 な 調 査 が 実 施 され,各 種 の 報 告 書 が 刊 行 さ れ て い る 。 これ ら の 報 告 書 に は,原 住 民 族 の 狩 猟 活 動 に 関 す る 記 載 も 多 く,パ イ ワ ソ の 狩 猟 活 動 に つ い て も 詳 細 な 記 述 が 残 さ れ て い る(臨 時 台 湾 旧 慣 調 査 会1918;台 湾 総 督 府 蕃 族 調 査 会1922)。
パ イ ワ ンが 狩 猟 の 主 た る 対 象 と して き た の は,シ カ(Cervus unicolor swinhoei), キ ョ ン(Muntiacus reevesii micrurus),ヤ ギ(Capricornis crispus swinhoei),イ ノ シ
シ(Sus scrofa taivanus)で あ る 。 これ ら の 動 物 の 狩 猟 は,肉 や 毛 皮 の 利 用 を 目 的 と し て 行 な わ れ て い た 。 肉 や 毛 皮 以 外 で は,雄 イ ノ シ シ の 犬 歯 が 首 長 の 頭 飾 りな ど に 用 い ら れ て い る 。 こ の 他 に タ イ ワ ソ ザ ル(、Mαcαcαcyclopsis),ク マ(Selenarctos tibetanus formosan us),ム サ サ ビ(Petaurista petaurista grandis),セ ン ザ ン コ ウ
(Manis pentadactyla pentadactyla)な ど も 狩 猟 の 対 象 と さ れ て き た 。
T村 で の 聞 き 取 り調 査 に よ れ ば,日 本 統 治 時 代 に お け る 狩 猟 活 動 は 銃 を 用 い た 追 跡 も し くは 追 い 込 み 猟 が 主 体 で あ っ た 。当 時,銃 器 は 村 内 の 駐 在 所 に 保 管 さ れ て お り, 狩 猟 活 動 を 行 な う場 合 は2,3日 か ら1週 間 ほ ど銃 器 を 借 り出 し使 用 して い た 。 第 二 次 大 戦 後,中 華 民 国 政 府 に よ っ て 銃 火 器 の 取 り締 ま りが 強 化 さ れ,民 間 人 の 銃 器 の 使 用 が 基 本 的 に 禁 止 さ れ た 。 こ れ 以 降 は,も っ ぱ ら 脚 く く り罠 や と ら ば さ み に よ る罠 猟 が 行 な わ れ る よ う に な っ た 。
3.3 猟 場 に お け る活 動
図2は,S氏 が 罠 を 設 置 して い た 猟 場 と集 落 との位 置 関 係 を 示 した もの で あ る。 猟 場 は 集 落 か ら約3kmの 山 中 に位 置 して お り,標 高200〜300 mの 範 囲 に あ った 。 こ の地 域 の年 間 降 水量 は3729mmと 台湾 東 部 地 域 で も比 較 的 湿 潤 で あ り(中 華 民 国 自 然 生態 保 育 協 会1994:38),北 回帰 線 よ りも南 に位 置 す るた め に 基 本 的 に は 熱 帯 性 気 候 帯 に属 し,常 緑 の 広 葉 樹 を 中 心 と した熱 帯 雨 林 が発 達 して い る。 動 物 相 は,イ ノシ
1bO
野 林 民 族 考 古 学 的 ア ブF一 チ に も とつ くパ イ ワ ン罠猟 研 究
図2 T村 とS氏 の 猟 場 との位 置 関係
シ,シ カ,キ ョソ,ヤ ギ,タ イ ワ ンザ ル な ど,台 湾 本 島 に一 般 的 に見 られ,か つ 狩 狙 の 対 象 とな って きた動 物 の大 半 が 生 息 して い る。
S氏 は 基 本 的 に脚 く く り罠 と鉄 製 の と らば さみ を 罠 と して用 い て いた 。 猟 場 の 入 り 口に あた る川 辺 に はS氏 の 出づ く り小 屋(以 後,出 小 屋)が 建 て られ て い た。 出/」
屋 は 農 耕 活動 と狩 猟 活 動 の両 方 のた め に 利 用 され,そ の建 造 や 利 用 は 個hの 家 族単 仁 で 行 な わ れ て い た。S氏 は,狩 猟 活 動 を 行 な う際 に は,定 住 集 落 か ら直 接 猟 場 に 入 そ
こ とは 少 な く,通 常 は活 動 の拠 点 とな る出 小屋 に立 ち寄 り,猟 の 準備 を行 な って いた 、 周 囲 に は ビ ン ロ ウが植 え られ て お り,出 小屋 か ら5分 ほ どの傾 斜 地 に は 粟 の 焼 畑 が伯
られ て い た 。集 落 か ら この 出小 屋 ま でS氏 が 徒 歩 で 要 した 時 間 は約1時 間 で あ った 、 出 小 屋 は9×8mの 長 方 形 の プ ラ ンを もつ 木造 の建 築 物 で あ る。 出 入 り口が 西 向 きに 設 け られ て い る 以外 に は,窓 や 排 煙 口 とい った 明 か り取 りに機 能 す る設 備 は 設 け ら矛 て お らず,日 中 も出小 屋 内部 は暗 い。屋 内 の設 備 と して は,1人 分 の 寝 台 が 内部 の昼 面 に 接 して作 られ,出 口に近 い壁 面 に接 す る よ うに屋 内炉 が2基 設 置 され,調 理 に但 用 され て い た。 ま た,床 面 に は 円礫 が埋 め 込 まれ て い た。
猟 場 は 出 小屋 と川 を は さ ん だ 山中 に位 置 して い た。 山 中 で は,S氏 が 罠 を 設 置すX 時 に た ど る道 筋 は ほ ぼ決 ま っ て お り,そ の 道 筋 を 中心 に しなが ら,山 側 な い し谷側 に
国立民族学博物館研究報告 25巻2号 設 置 に適 した 場 所 を 見 つ け る作業 が行 なわ れ た。
一 般 に罠 を 仕 掛 け る場 所 を 決定 す る た め に は,罠 を 仕 掛 け よ うとす る場 所 を 獲 物 が 通 過 す る とい う見通 しが 猟 師 に必 要 とな る。 目的 とす る動 物種 に よ って罠 を設 置 す る 場 所 は異 な って お り,イ ノ シ シを対 象 に した場 合,足 跡,掘 り起 こ し跡,ぬ た ば な ど が 罠 を設 置 す るた め の 主 な 目印 とされ て いた 。S氏 は,イ ノ シ シが 斜 面 地 を 垂 直 方 向 に のぼ りお りで きず,水 平 方 向 に平 行 移 動 を 繰 り返 す とい う習性 が あ る とい う知 識 を 有 してい た 。 この た め,残 され た足 跡 を まず 垂 直 方 向 に探 し,こ う した 足 跡 が 平 行 に 複 数 列 残 され た 場 所 を 罠 の設 置 場 所 と して第 一一に 選択 して い た。 次 に適 して い る と考 え られ て い た の は,イ ノ シ シが 野 生 の根 茎 類 や ミ ミズな どの 小動 物 を 捕 食 す るた め に 地 面 を掘 り返 す こ とに よ って 生 じる堀 起 こ し跡 で あ った(写 真1)。 こ う した 掘 り起
写 真1 イ ノ シ シの掘 り起 こ しの痕 跡 とそ の 周 囲 の様 子(撮 影:野 林 厚 志)
lb2
野 林 民 族 考 古 学 的 ア プ ロ ーチ に も とつ くパ イ ワ ン罠 猟 研 究
写 真2 S氏 に よる罠 の設 置 の様 子(撮 影:野 林厚 志)
こ し跡 の あ る場 所 には イ ノ シ シが も ど って くる こ とが 多 く,周 囲 の まだ採 食 され て い な い野 生 の根 茎 類 な どが 生 え て い る場 所 の近 くに罠 が 設 置 され た 。ぬ た ば に関 しては, S氏 の 猟 場 に は 水 が 湧 き出 る場 所 が1ヶ 所 あ るが,そ の場 所 はS氏 が 通 常 通 り道 と す る山道 の脇 にあ るた め,イ ノ シ シは警 戒 して近 づ か な い と述 べ て お り,こ の 水 の湧
き出 し 口周 囲 に罠 を 設 置 す る こ とは な か った。 一 方,雨 が 降 った 後 に 生 じる 水溜 りに はぬ たば が 作 られ る こ と も多 く,雨 の後 の こ う した 場 所 は 効 果 的 な 罠 の設 置 場 所 と考 え て いた 。
イ ノ シ シの 行 動 を 示 す 様 々な痕 跡 を 手 が か りにS氏 は罠 を設 置 して い た が,こ れ らの罠 の設 置 場 所 に 共 通 して い た の は,比 較 的 緩 や か な 斜 面 地 で あ る とい う こ とで あ る(写 真2)。 これ は先 述 した よ うに,イ ノ シ シが 急 な斜 面 地 を移 動 す る こ とが で き な い とい う動 物 の 行 動 学 的特 性 が 罠 の設 置 場 所 に 反 映 され て い る と言 え る。 これ に対 し,鹿 や キ ョンは 斜 面 地 を駆 け 降 りる こ とが 可 能 で あ り,鹿 や キ ョンを狙 う場 合 は, 急 な斜 面 地 に 首 く く り罠 を設 置 す る の が効 果 的 で あ る とS氏 は考 え て い た。
罠 の設 置 数 は,1日 で 見 回 りが可 能 で あ る こ と,1度 の 見 回 りで持 ち帰 る こ とが で きる のが1頭 で あ る とい う条件 で決 定 され てい た 。S氏 は10個 程 度 が設 置 数 の限 界 で あ る と考 え て い た 。 猟場 全体 を踏 査 した とこ ろ,罠 の 設 置 に適 して い る と判 断 され た のが11ヶ 所 で あ り,猟 場 全 体 を踏 査 す る の に要 した 時 間 は 約3時 間 で あ った。
S氏 が 設 置 して い た 脚 く く り罠 は,獲 物 が 踏 み 板 を 踏 み抜 く と,支 え を う しな った
国立民族学博物館研究報告 25巻2号
跳 ね 罠 の 作 動 機 序 1.① の 板 を獲 物 が 踏 み 抜 く。
2.① が トが り、② を下 に押 し出 す。
3.② と③ が 分 離 し、 ③ が 張 力 に応 じて 解 放 され 、 罠 が 跳 ね あ が る。
図3 S氏 が 設 置 し て い た 脚 く く り罠
さお が 跳 ね あ が り,同 時 に ワイ ヤ ーで 足 が締 め上 げ られ る こ とに よ って 獲物 が捕 獲 さ れ る もの で あ る(図3)。 材 料 は 基 本 的 に は現 地 調 達 で まか な う。 も と も と 吊 り縄 は 籐 な どの 蔓 性 の植 物 を使 用 して いた が,金 属 製 の ワイ ヤ ーが 容 易 に 入 手 で きる よ うに
な って か らは,そ れ を使 用 す る こ とが 多 くな った。
跳 ね あ げ 竿 に 用 い る樹 種 は特 に決 ま って い な か ったが,切 り出 した 木 を地 面 に差 し 込 ん で 罠 を 設 置 す る方 法 を とった 場 合,雨 に よ って地 盤 が ゆ るん だ り動物 が地 面 を荒
らす こ とに よ って 固定 が不 安 定 と な り,獲 物 が竿 ご と逃 げ て しま う状 況 が しぼ しば生 じた 。 そ こで,周 囲 に 自生 した2mほ ど の木 を利 用 す る こ と も少 な くな い と い うこ とで あ った 。
踏 み 板 は,あ らか じめ集 落 や 出小 屋 で 準備 した もの を携 え て猟 場 に 入 る場 合 と,罠
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野林 民族考古学的アプローチにもとつくパイワン罠猟研究
を設 置 す る場 所 の 近 辺 に生 え て い る木 の樹 皮 を は が して 用 い る場 合 とが あ った 。樹 皮 が 一 部 は が され た 木 は近 辺 に罠 が設 置 され て い る こ とを 示す 目印 と もな るた め,踏 み 板 を 準 備 して い た場 合 で も,通 常 周 囲 の 樹 木 の 樹 皮 を は が して罠 の位 置 を 明 示 す る こ
とが 行 な わ れ て い た。
4.動 物 遺 存 体 の分 析
4.1動 物 の 齢 査 定
S氏 は パ イ ワンの 生 業 カ レン ダ ーに も とづ き罠 猟 を実 施 して お り,焼 畑 の開 墾 に 労 働 力 を集 中 させ るた め 罠 の 見 回 りの 回数 が少 な くな る時 期 と,そ れ 以外 の時 期 とが 存 在 して いた 。 つ ま り,罠 は通 年 的 に設 置 され る も のの,見 回 りの頻 度 に よる季 節 性 が わ ず か なが ら存 在 す る こ とに な る。 こ う した 人 間 の 行 動 が イ ノ シ シの捕 獲 数 に 反 映 す る の であ れ ば,生 業 カ レ ンダ ー に対 応 した 捕 獲 個 体 数 の 変動 が生 じる こ とに な る。 一 方 で,イ ノ シ シ の生 態 学 的 な性 質 が狩 猟 結 果 に及 ぼ す 影 響 を 無 視 す る こ と もで き な い。
こ う した 問 題 を 捕 獲 され た 個 体 の 齢 構 成 を分 析 す る こ とに よ っ て検 証 す る こ と に す る。
と ころ で,動 物 の齢 査 定 は 様 々な 分 野 で重 要 な意 味 を も って い る。 動 物 生態 学 の分 野 で は狩 猟 され た り自然 死 に い た った個 体 の齢 構 成 を 明 らか にす る こ とに よ って生 命 表 の作 成 が行 なわ れ る。 生 命表 は個 体 群 動 態 の研 究,さ らに は 野 生 動物 の保 護 や 管 理 を行 な うため の基 礎 的 デ ー タ とな る。 系 統 分 類 学 の分 野 では,生 後 発 生 の形 態 学 的 な 変異 を比 較 す る こ とに よ って個 体 発 生 と系 統 発 生 の関 係 が 論 じられ る が,こ の際 に も 齢 査 定 は 必 ず 必 要 とな る。 学 術 的 な 目的 とは 別 に 動 物 の 齢 査 定 が 行 な われ て きた 例 も あ る。 例 えば,馬 の仲 買 人 は取 り引 き の際 に 馬 の 口の 中 を 必 ず 見 る が,こ れ は 歯 の咬 耗 に よ って 馬 の年 齢 を把 握 す る こ とが 主 た る 目的 で あ る。 馬 の代 金 を払 わ な いに もか か わ らず,年 齢 を調 べ る の は失 礼 だ とい うと ころ か ら由 来 す る 「贈 られ た 馬 の 口を の ぞ くな 」 とい うこ とわ ざ(ラ ッ カ ム1997:17)も 歯 の咬 耗 に よ る齢 査 定 が 経 験 的 に 行 な わ れ て きた こ とを示 す も ので あ ろ う。
考 古学 や先 史 人 類 学 の 分 野 で も,出 土 した 動物 遺 存 体 の齢 査 定 が 重 要 な 作 業 の1つ とな る。 過 去 の復 原 を 主 た る 目的 とす る これ らの分 野 で は,過 去 の 人 間 の 行動 を説 明 す るた め に死 亡 個 体 の 年 齢 構 成 や 月齢 構 成 を利 用 す る こ とが 多 い 。 出 土 した動 物 遺 存 体 の齢 構 成 に偏 りが 生 じた 場 合,生 業 活動 の季 節 性 や 狩 猟 選 択 な どが 過 去 の活 動 の 中
国立民族学博物館研究報告 25巻2号 に 組 み 込 ま れ て い た と解 釈 され た りす る 。
一 般 に,哺 乳 動 物 の 歯 は,乳 歯 が 萌 出,摩 耗,抜 け 落 ち た 後 に 永 久 歯 が 萌 出,摩 耗, 抜 け 落 ち る と い う過 程 を た ど る 。 そ れ ぞ れ の 歯 の 萌 出 時 期 は 動 物 種 に よ っ て ほ ぼ 決 ま っ て い る た め,歯 の 萌 出 状 態 か ら個 体 の 齢 を 知 る こ とが 可 能 と な る。 本 研 究 で 分 析 の 対 象 と した イ ノ シ シ の 場 合,乳 歯 は 切 歯3本,犬 歯1本,臼 歯3本 で あ り,永 久 歯 は 切 歯3本,犬 歯1本,前 臼 歯4本,後 臼 歯3本 と い う歯 列 構…成 と な っ て い る(図 4)。 出 生 時 の イ ノ シ シ に は 上 顎,下 顎 と も 第3乳 切 歯 と 乳 犬 歯 が す で に 萌 出 し て お
り,生 後5ヶ 月 頃 ま で に 全 て の 乳 歯 が 萌 出 す る 。 乳 歯 は す べ て 垂 直 交 換 さ れ る が,永 久 歯 の う ち 第1前 臼 歯 と 第3後 日‑歯に つ い て は 交 換 さ れ る 乳 歯 が 存 在 しな い 。 イ ノ シ シ 永 久 歯 の 萌 出 段 階 に つ い て は 先 行 研 究 も多 く,齢 査 定 は 比 較 的 容 易 に 行 な
う こ と が 可 能 で あ っ た 。 表1は,イ ノ シ シ の 下 顎 骨 に お け る 歯 の 萌 出 段 階 に つ い て こ れ ま で 報 告 さ れ た 事 例 を ま と め た も の で あ る(Genov et al.1991:400)。 い ず れ の 研 究 も 対 象 と な っ て い る の は イ ノ シ シ(Sus scrofa)で あ り,そ れ ぞ れ の 歯 が 萌 出 す る 時 期 は ほ ぼ 決 ま っ て い る こ と が 理 解 で き る。 し た が っ て 亜 種 レ ベ ル で の 萌 出 時 期 の ず れ が 結 果 に も た ら す 影 響 は 少 な く,今 回,対 象 とす る タ イ ワ ソ イ ノ シ シ(Sus scrofa taivanus)"の 齢 査 定 に も これ ら の 基 準 を 用 い る こ と は 可 能 で あ る と判 断 し た 。 お お よ
図4 イ ノ シ シの 歯 牙
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野林 民族考古学 的アブR一 チにもとつ くパイワン罠猟研究
表1 地域 別 に み た イ ノ シシ の歯 牙 萌 出の 時 期
地 域 II 12 13 C P1 P2 P3 P4 M1 M2 M3
フ ラ ン ス 15 20 11‑12 11‑12 5‑6 15‑17 15‑17 15‑17 5‑6 11‑12 22
ドイ ツ 14‑17 19‑21 1 12 1 12 5‑7 14‑17 14‑17 14‑17 5‑6 12‑14 19‑21
イ タ リ ア 14 20 12 9 6 18 16 lb 5 12 25
ポ ー ラ ン ド 15‑18 21‑22 11‑13 111‑12 6 14‑16 14‑16 14‑16 6 14‑15 20‑24
ポ ー ラ ン ド 一 22 11 11 5 18 18 18 6 12 24
チ ェ コ ス ロ バ キ ア 14‑16 18‑20 1 12 1 12 5‑6 14‑16 16‑17 14‑1b 5‑6 13‑14 22‑24 旧 ソ連邦 13‑15 18‑22 }12 1 11 5‑6 16‑19 14‑16 14‑16 5‑6 13‑15 zz‑za ア メ リカ合 衆 国 13‑15 1 22 7‑9 7‑11 5‑7 15‑18 15‑18 15‑18 5‑6 12‑14 z3‑a6 コ ー カ サ ス 13‑15 24‑24 9‑13 9‑13 5‑6 15‑16 15‑16 15‑1b 5‑6 13‑15 23‑36 コ ー カ サ ス 16‑18 18‑24 9‑13 9‑13 5‑6 12‑14 12‑14 12‑14 S‑6 16 18‑24 ブル ガ リア 13‑14 18‑24 10‑12 1 12 5‑6 16‑18 16‑18 16‑18 5‑6 13‑14 1 24
日本 19‑21 6 6 23‑26
ア ル ジ ェ リ ア 12‑14 20‑24 7‑10 9‑12 5‑6 15‑18 15‑18 15一 藍8 4‑5 11‑12 2 25 ア メ リカ合 衆 国 12 16‑18 8 9‑10 5 12‑15 12‑15 12‑15 4‑5 8‑12 18‑20 Genov et a1.(1991)よ り作 成 表 中 の 数 字 は 生 後 の 経 過 月 を 示 す
そ の 傾 向 と し て は,生 後5〜6ヶ 月 頃 に 第1後 臼 歯 と 第1前 臼 歯 が 萌 出 す る 。 次 に 犬 歯 と第3切 歯 が9〜12ヶ 月 頃,第2後 臼 歯,第1切 歯 は13〜15ヶ 月 頃 に 萌 出 し,そ の 後,第2切 歯 が18〜22ヶ 月 頃 に 生 え る 。 第3後 臼 歯 は 生 後 約2年 前 後 で 萌 出 す る 。 永 久 歯 の う ち で 最 後 に 萌 出 す る の は,上 顎 の 第3後 臼 歯 で あ り,お よ そ2年 前 後 で 永 久 歯 の 萌 出 は 完 了 す る。 し た が っ て,下 顎 骨 に 関 し て は 生 後2年 以 内 の 個 体 に つ い て は 歯 の 萌 出 段 階 を 観 察 す る こ と に よ っ て2〜3ヶ 月 単 位 で の 齢 査 定 が 可 能 と な る 。 歯 の 萌 出 段 階 に よ る齢 査 定 の す ぐれ て い る 点 は,あ る 程 度 の 幅 は あ る も の の,実 際 の 月 齢 を 推 定 で き る 点 に あ る 。 しか し な が ら,こ の 方 法 で は 全 て の 永 久 歯 が 萌 出 した 後,す な わ ち,下 顎 骨 に つ い て は 生 後 約2年 ま で の 個 体 し か そ の 齢 を 判 別 す る こ と は で き な い 。 し た が っ て,永 久 歯 の 萌 出 が 完 了 し た 個 体 に つ い て は,別 の 齢 査 定 の 方 法 を 使 う 必 要 が あ る 。 比 較 的 簡 便 な 方 法 で 従 来 か ら 採 用 され て き た の が,歯 牙 の 咬 耗 の 程 度 に
よ る 相 対 齢 の 査 定 で あ る 。
遺 跡 か ら 出 土 す る 動 物 骨 の うち ヤ ギ,ヒ ツ ジ,イ ノ シ シ 及 び ブ タ に 関 し て は,グ ラ ン トが 咬 耗 に よ る 相 対 年 齢 の 査 定 を 体 系 的 に ま とめ て い る(Grant 1982:494,図5)。
グ ラ ン トは 各 咬 合 面 の 形 態 に 応 じ て,T.W.S.(teeth wear stage:歯 牙 咬 耗 段 階)を 定 義 し,そ れ ぞ れ の 段 階 に 得 点 を 与 え て い る 。 永 久 歯 の 萌 出 す る順 序 が 決 ま っ て い る 後 臼 歯 のT.W.S.の 総 和 をM.W.S.(mandible wear stage下 顎 骨 咬 耗 段 階)と し て,
T.W.S.(Score) m3 P4
国立民族学博物館研究報告 25巻2号
M1&2 M3
萌 出未 完 了時
C(1)萌 出 範 囲 が ミ シ ン 目状 に な り特 定 で き る 状 態 V(2)歯 槽 が 開 き、 歯 牙 が 見 え るが 、 萌 出 し て い な い 状 態 E(3>ち ょ う ど 萌 出 し た 状 態
H(4)歯 冠 が 半 分 以 .ヒ(高 さ)萌 出 した 状 態
U(5) ほ ぼ 萌 出 は 完 了 して い る が 、 磨 耗 して い な い状 熊
図5 イ ノ シ シの下 顎 骨 に おけ る歯 牙 咬 耗 段 階(Grant 1982を 改変)
相 対 齢 の 基 準 と し て い る 。 グ ラ ン トは,遺 跡 か ら 出 土 す る 動 物 骨 に ど の よ う な T。W.S.の 組 み 合 わ せ が 見 ら れ る か に つ い て 複 数 の 遺 跡 で 検 証 す る と 同 時 に,前 臼 歯 に つ い て もT.W.S.を 定 義 して い る 。 遺 跡 か ら 出 土 す る 動 物 骨 は 破 損 して い た り,歯 牙 が 顎 骨 か ら遊 離 し て い る こ と も 多 い た め,必 ず し も後 臼 歯 が そ ろ っ て い る と は 限 ら な い 。 逆 に,一 部 の 後 臼 歯 が 欠 け て い る場 合 で も,前 臼 歯 が 残 っ て い る こ と も あ り, 前 臼 歯 と一 部 の 後 臼 歯 の 組 み 合 わ せ で,M.W.S.の 推 定 が 可 能 な こ とが 多 い 。た だ し,
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野 林 民 族考 古学 的 ア プ ロー チに も とつ くパ イ ワ ン罠猟 研 究
咬 耗 指 数 を用 いた 齢 査 定 は あ く まで相 対 齢 を 知 るた め に 用 い られ る方 法 で あ り,と り わ け異 な る集 団 の 齢構 成 を比 較 す る場 合 には 注 意 が 必 要 で あ る。 なぜ な らぽ,咬 耗 の 進 行 は必 ず しも同 じ速 さで進 む とは限 らず,と りわ け 食 性 の差 に よる影 響 は 大 きい か
らで あ る。
4.2分 析 資 料
今 回分 析 の対 象 と した の は パ イ ワ ソの 男性S氏 が 約30年 間 に捕 獲 した イ ノ シシ の 下 顎 骨158個 及 びS氏 の 弟 で あ るL氏 が約15年 間 に捕 獲 した イ ノ シ シの下 顎 骨100個 であ る。 これ らの下 顎 骨 は2人 の家 屋 の 軒 先 に そ れ ぞ れ 吊 り下 げ られ て い た 。 パ イ ワ
ンに 限 らず,台 湾 原住 民 の男 性 は,狩 猟 で捕 獲 した イ ノ シ シの下 顎 骨 を トロ フ ィー と して 家 屋 の軒 に 吊 り下 げ て お く慣 習 を 有 して お り,S氏, L氏 も 自分 の 捕獲 した イ ノ シ シの 下顎 骨 を保 有 して いた 。 狩 猟 方 法 に 関 して は,先 述 した 脚 く く り罠 と と らば さ み で 捕 ら>xら れ た個 体 が 大 半 で あ る。S氏 が 保有 して い た下 顎 骨 の うち 数 個体 は,罠 猟 の 見 回 りの 際 に連 れ て行 った 犬 が 捕 らえ た もの で あ る こ とが 聞 き取 りに よ って 明 ら か とな って お り,こ れ ら の個 体 は 分 析 か ら除 外 した。 したが って,分 析 の対 象 とな っ た 資料 に 弓矢 や 銃 火 器 な どを 用 い た 追跡 型 の狩 猟 方 法 で捕 獲 され た個 体 は含 まれ て い な い。
S氏 とL氏 の 狩猟 行動 に おけ る違 いは2点 あ る。1点 は 罠 の見 回 りの 頻 度 の違 い, も う1点 は罠 を設 置 す る場 所 を 変 更 す る頻 度 の違 い で あ る。
罠 の 見 回 りの頻 度 に 関 して は,L氏 の 見 回 りの 頻 度 が 安 定 して い るの に 対 して, S 氏 の 見 回 りの頻 度 は,農 耕 活動 との 関係 で変 動 して いた 。 パ イ ワ ンは ア ワ とサ トイ モ を 中心 と した 焼 畑 農 耕 を 伝 統 的 に 行 な って きた 。 ア ワ畑 の 開 墾,播 種,間 引 きが 行 な われ る12月 か ら4月 前 半 まで は農 繁 期 に あた り狩 猟 活 動 は 低 下す る。S氏 は パ イ ワ ン の伝 統 的 な生 業 活 動 を ほ ぼ踏 襲 した生 活 を続 け て お り,狩 猟 活動 に も従 事 して い た 際 に は,通 常 は1週 間 に1度 猟 場 を 見 回 っ て いた が,農 繁 期 に は半 月 に1度 程 度 に な る と同時 に罠 の 設 置 場 所 も頻 繁 に変 え る こ とは なか った 。 この た め,S氏 の罠 に か か っ た獲 物 が 見回 りの 時 に は す で に腐 って しま って お り,利 用 で きな い場 合 が あ った とい う。 こ うした場 合 で も捕 獲 した 個 体 の 下顎 骨 は必 ず 持 ち帰 り,懸 架 を して い た 。一 方, L氏 は 儀 礼 に必 要 な 分 量 の ア ワを 作 付 け して い る にす ぎず,1年 を 通 して週 に1度 は 必 ず 猟 場 の 見 回 りを行 な い,捕 獲 した 獲 物 を 持 ち 帰 る と同時 に,猟 場 の 様 子 を 見 な が ら,罠 の 設 置 場所 を変 え る こ とも少 な くな か った 。 使 用 して いた 罠 の 種 類 の違 い も 設 置 場 所 の 変 更 に 関 係 して い た。S氏 は 脚 く く り罠 と と らば さみ とを 併 用 して い た の
国立民族学博物館研究報告 25巻2号 に対 し,L氏 は と らぽ さみ の み を使 用 し て い た。 と らば さみ は基 本 的 に 穴 を掘 って 埋 め 込 む こ とに よ って設 置 で きる の に対 し,脚 く く り罠 は 材料 の調 達 や 設 置 に 多 少 の 時 間 が か か る。 この た め,S氏 は,農 繁 期 の忙 しい 時 期 に は,罠 が 獲 物 が か か らな い ま ま跳 ね て しま った り,獲 物 が しぼ ら くか か らな い 場 合 で も,一 旦 設 置 して しま った 脚 く く り罠 を そ の ま まに して お く こ とが 多か った とい うこ とで あ った。
4.3結 果
最 初 に,歯 牙 の 萌 出 時 期 ご と の 個 体 数 を 算 出 し た(表2)。S氏 の 捕 獲 個 体 群 に お い て,萌 出 段 階 ⑤(歯 列il213cPlp234Ml),⑥(歯 列i1213cPlp234Ml2)を も つ 個 体 は 当 歳 か ら1歳 に か か る 個 体 を 含 ん で い る 。 萌 出 段 階 ⑦(歯 列 11i213cPlp234Ml2)の 個 体 は1歳 以 上 の 個 体 と 考 え る こ と が で き る 。 ⑤ ま た は ⑥ の 個 体 に は,当 歳 獣 及 び1歳 獣 が 含 ま れ て い る 可 能 性 が あ る た め,萌 出 段 階 ⑤,⑥,⑦ そ れ ぞ れ のM.W.S.を 比 較 し た と こ ろ,萌 出 段 階 ⑦ を 有 す る 個 体 はM.W.S.≧16で
あ っ た 。 し た が っ て ⑤ 及 び ⑥ の 個 体 でM.W.S.≧16の9個 体 に つ い て は1歳 以 上 の 個 体 と 判 断 し た 。 次 に1歳 獣 の 上 限 に つ い て は,萌 出 段 階 ⑫(歯 列 Il23CP1234M123)を 有 す る 個 体 か ら を2歳 以 上 の 個 体 と考 え た 。 萌 出 段 階 ⑪(歯 列 Il23CP1234M1231)の 個 体 群 は1歳 か ら2歳 に か か る 個 体 が 含 ま れ て い る 可 能 性 が あ る 。 萌 出 段 階 ⑫ は 月 齢 が23.2ヶ 月 以 上 で あ り,月 齢 が23.4ヶ 月 ま で の 範 囲 に あ る 萌
表2 S氏 とL氏 の 捕獲 固体 数 の度 数 表
萌出段階 歯 列 S 氏捕 獲個 体数 L氏 捕獲個体数
0 i13cp34 0 0
O i123cp234 5 4
● i123cp234M 1 ia 9
④ i123cPlp234M1 37 22
0 i1213CPlp234M1 12 10
レ i1213CPlp234M12 15 3
0 11i213CPlp234M12 10 10
⑧ Ili213CPlp2P34M12 10 6
0 11 13CP 1234M12 6 5
⑩ 1123CP1234M12 7 6
⑪ 1123CP1234M123' 6 8
⑫ 1123CP1234M123 37 17
Total 157 100
Il23CP1234Ml231は 第3後 臼 歯 の 第1,2咬 頭 が 萌 出 し た 状 態
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