東北薬科大学
審査学位論文(博士)要旨
氏名(本籍) イワサ シンゴ
岩佐 真吾(岩手県)
学位の種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬学第2号
学位授与の日付 平成28年3月10日
学位授与の要件 学位規則第4条1項該当
学位論文題名
出芽酵母モデルシステムを用いた
C 型肝炎ウイルス Core 蛋白質による油滴形成機構の 解析
論文審査委員
主査 教 授 細 野 雅 祐
副査 教 授 関 政 幸
副査 教 授 久 下 周 佐
出芽酵母モデルシステムを用いた
C 型肝炎ウイルス Core 蛋白質による油滴形成機構の解析
東北薬科大学大学院 薬学研究科 薬学専攻 微生物学教室 岩佐 真吾
C 型肝炎ウイルス (HCV) の Core 蛋白質発現細胞では油滴形成が促進される。
本研究では出芽酵母内においても Coreにより油滴形成が促進されることを見出し た。この現象にはトリアシルグリセロール (TAG) 合成酵素が必要で、この酵素の Coreによる細胞内分布の変化が油滴形成の促進に寄与する可能性が示唆された。
【序論 1, C 型肝炎の病態と油滴】 HCV の持続感染は、高率で脂肪肝及び肝硬
変を経て肝細胞癌を誘導する。HCV には癌遺伝子も同定されていないため、他の 癌ウイルスとは異なる機構で肝細胞癌を誘発すると考えられている。HCV 感染に よる脂肪肝は肝臓の線維化及び肝細胞癌のリスク因子として報告されていること から、HCV 感染の病態進行を理解するためには脂肪肝の誘導機構の解明が重要で ある。脂肪肝は肝組織に油滴が蓄積した状態であり、油滴は中性脂質のステロール エステル (SE) 及び TAG を核とした、リン脂質の一重層に覆われたオルガネラで ある。HCV 感染はこれら中性脂質の代謝変動を促すことで油滴の蓄積を誘導する。
【序論2, HCV Core による油滴形成と病態発現】 HCVゲノムは約 3,000 アミ ノ酸残基からなる 1 本のポリペプチドをコードしている。このポリペプチドは翻 訳と同時に、小胞体膜上で宿主由来の signal peptidase (SP) によって数か所で切 断され、機能をもつウイルス蛋白質にプロセスされる。その一つにウイルスカプシ ド蛋白質のCore が挙げられる。Core は、まず未成熟型の Core (amino acids 1-191 : a.a. 1-191, Core191) として産生され、さらに小胞体膜上の signal peptide peptidase (SPP) によってC 末端部分が切断された後に成熟型のCore に変換さ れる。成熟型の Core としては Core177 (a.a. 1-177) が同定されており、その他 に Core173 (a.a. 1-173) の存在が示唆されている。Core は D1 及び D2 の二つ のドメインから構成され、D1 は RNA に、D2 は小胞体及び油滴への分布に必要 な領域である。
これまでの報告は Core が HCV 持続感染の病態に寄与する事実を示している。
Core を培養細胞に発現させると TAG の豊富な油滴を誘導し、肝臓特異的にCore
を発現させたマウスにおいても脂肪肝を経て肝細胞癌を誘導する。
これまでの報告で、Core は哺乳動物細胞において TAG 合成酵素の1つである acyl-CoA : diacylglycerol O-acyltransferase (DGAT1) と一時的な相互作用を介し て油滴に分布するが、DGAT1 の活性には影響しないため油滴形成の誘導機構を説 明するものではなかった。一方、Coreは TAG の合成は誘導せずにTAG分解酵素 の adipose triglyceride lipase (ATGL) の活性を低下させることで油滴形成の促進 に寄与することが示された。しかし、Core と ATGL の直接的な相互作用が観察 されないことからその機構は未解明である。一方、油滴の誘導はウイルス感染初期 に起こることから、Core がその合成と同時に起こる小胞体膜との相互作用が ATGL等の小胞体から油滴に分布する因子の挙動に影響するのかもしれない。
【序論3, Core177 の油滴形成機構のモデルシステムとしての出芽酵母】
Core は発現細胞に小胞体ストレスを誘導し、これが病態の進行に寄与すること
が示唆されている。小胞体ストレスは脂質合成および油滴の形成にも深く関与する。
実際に、小胞体ストレス誘導剤ツニカマイシン (TM) は、小胞体ストレスおよび油 滴形成を誘導する。小胞体ストレスとは、正常な高次構造に折り畳まれなかったタ ンパク質がゴルジ体への小胞輸送を受けずに小胞体に蓄積し、小胞体の処理能力を 超えた蛋白質が変性し蓄積した状態である。細胞は小胞体ストレスを感知し特異的 転写制御につなげる機構 (小胞体ストレス応答 Unfolded Protein Response:
UPR) を介して防御機構を活性化する。UPR は出芽酵母で初めて見出された現象
で、それをモデルとして哺乳動物細胞にも同様の機構があることが明らかにされて きた。実際に、TM は出芽酵母においても小胞体ストレスを誘導し、油滴レベルの 上昇を誘導する。また、出芽酵母の中性脂質代謝に関わる主要な酵素は哺乳動物細 胞と構造的かつ機能的に相同性が認められており、中性脂質の代謝機構を解明する 上で有用なモデルとしてこの領域の研究を先導してきた。
一方、これまでの研究から、出芽酵母内では Coreのプロセシングの効率が悪い ためCore分子種ごとの細胞内応答を解析することが可能と考えられた。
【結果 1, Core177 は小胞体膜細胞質側に分布し、UPR 非依存的に油滴形成を促
進する】 哺乳動物細胞において Core は小胞体膜細胞質側に局在するが、出芽酵 母における Core の詳細な存在様式は不明である。遠心分画法を用いて主要な成熟 型 Core である Core177 の存在様式を解析したところ、Core177 は小胞体膜表 面の細胞質側に存在することが明らかとなった。このため、出芽酵母が Core 発現 による細胞影響を観察するための有用なモデル真核生物となる可能性がある。
次に UPR のレベル及び油滴の定量を行った。小胞体ストレスは油滴形成を促進 する可能性があることから、Core173 は UPR を介して油滴形成を促進する可能 性が考えられた。しかしながら Core191 は UPR を誘導するが油滴形成を促進せ ず、Core177 は UPR を誘導せずに油適形成を促進することが明らかとなった。
これらの結果は、小胞体ストレスを介した油滴形成及び小胞体ストレスを起こさず に誘導される油滴形成というCore の分子種に依存した異なる機構が存在する可能 性を示している。すなわち、今まで着目されることのなかった Core の C 末端配 列の違いに依存した細胞内応答の存在を示唆している。
HCVは遺伝子の類似性から6つのgenotypeに分類されており、genotype間で Coreのアミノ酸配列を異にしている。複数のgenotype由来の成熟型のCore177 で 同様な現象があるかを観察したところ、 UPR を起こさずに油滴形成を促進する現
象はgenotype の違いを越えて認められることが明らかになった。これらの結果か
ら、出芽酵母内で観察された Core177 による油滴の増加は、Core177 による本質 的な油滴形成能を観察している可能性が考えられた。
【結果2, Core177 による油滴形成には TAG 合成酵素のLro1が必要である】 次 に中性脂質の合成経路に着目した。油滴を構成する主要な中性脂質は TAG 及び SE であるが、TAG は Dga1 及び Lro1 に、SE は Are1 及び Are2 によって 合成される。これらの脂質合成酵素をコードする遺伝子 (LRO1, DGA1, ARE1 及
び ARE2) を全てまたはいくつかを欠損させた株を用いて、Core177 の油滴形成
に必要な遺伝子の特定を試みた。その結果、TAG 合成酵素をコードする LRO1 の 関与が明らかとなった。
【結果3, Core177 の油滴形成における Lro1 の分布変化】 Core177 はLro1に どのような影響を与え、油滴形成を促進するのだろうか。Core177 による Lro1 ま たはDga1の分布変化を観察するため、野生株に mCherry で蛍光標識した Lro1 または Dga1 を発現させた。その結果、Dga1 の分布は Core177 の発現に影響を 受けなかった。一方、核近傍及び細胞膜周辺に層状に分布したLro1 が、Core177 の 発現により細胞質に点状に分布変化する傾向が認められたことから、 この油滴形 成の促進は Lro1 の特異的な分布変化によって誘導される可能性が考えられた。ま た、小胞体ストレス誘導剤 TM を用いて油滴を強制的に誘導しても Lro1 の顕著 な分布変化が認められなかったため、Lro1 の分布変化は油滴形成により誘導され ているのではなく Core177 の発現によって誘導されることが示唆された。これま
での結果から、Core177 の発現は Lro1 の分布を変化させることで、油滴形成を 促進する可能性が考えられた。哺乳動物細胞において Core177 は油滴に分布する ことから、出芽酵母においても Core177 が油滴へ局在することを確認した。この 油滴への分布は LRO1 欠損株において油滴を強制誘導した場合でも観察されたこ とから、Core177 は油滴が存在しさえすれば油滴へ分布すると考えられた。また
Lro1 が分布変化したとき、その近傍にはCore177 が凝集していることが判明した。
【考察】 本研究では Core177 が小胞体ストレスを誘導せずに、油滴形成を促進 するという予想に反した結果を得た。出芽酵母における Core177 の細胞内分布は 哺乳動物動物と同様に小胞体膜表面で、油滴が存在する場合は油滴の近傍にも分布 した。Core177は小胞体膜表面の蛋白質である Lro1 の分布を変えたが、Core177 と Lro1 の直接的な相互作用は認められなかった (当研究室、色川助手)。また、
油滴形成への TAG 分解酵素群の寄与を検討したところ、出芽酵母においてはその 関与は認められなかった。これらの結果は、Core177と小胞体の相互作用が油滴形 成機構に影響を与えている可能性を予想させる。これまでの結果をまとめると、
Core177 が小胞体膜表面と相互作用し、それが引き金となり Lro1 の点状の分布
変化を促す。その結果、Lro1 による油滴形成が促進されるというモデルが考えら れた。
今後、今回明らかとなった出芽酵母モデルを用いて Core177 と小胞体膜の相互 作用後に、どのような機構で Lro1 の分布変化が誘導されるのかを探ることで、哺 乳動物細胞における油滴の誘導機構の解明につながる可能性がある。
Core177 による Lro1 の分布変化モデル
Core177 と小胞体膜との相互作用により、小胞体膜上に存在する Lro1 の分布が点状に変化し、
油滴形成が促進される。
発表論文
Shingo Iwasa, Naoko Satoh, Haato Irokawa, Junichi Kikuchi, Jun Okawa, Masataka Nomoto, Gi-Wook Hwang, Akira Naganuma, Shusuke Kuge (2016) Hepatitis C virus core can induce lipid droplet formation in a yeast model system.Fundam. Toxicol. Sci. Vol. 3 No. 1 pp13-18