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ア レ ク サ ン ド リ ア 断 章

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Academic year: 2021

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ア レ ク サ ン ド リ ア 断 章

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記が古代においてかなりの数にのぼることはすでにふれたが、その主要なものは、プルタルコスも含

めて'彼の死後から三

〇 〇

年を経過したロ

マ帝制期に集中している。つまり同時代的資料を欠いて

いるのである。中でも信頼性があるとされているものに、紀元後二世紀のアリアノスの﹃アレクサン

ドロスの東方遠征﹄(﹃アナバシス﹄)がある。アリアノスはロ

マ元老院議員であり、ストアの哲

学者エピクテトスの門下でもあって'師の﹃語録﹄を残してもいる。彼は、﹃アナバシス﹄の努頭で、

自分のアレクサンドロス伝がアレクサンドロスの遠征に従事した将軍プトレマイオス1世(この人物はアレクサンドリアと深い関わりを持つことになる)や従軍技師アリストブロスの直接的な記録と両

者の厳密な比較考証に基づくものであることを強調している。しかし'彼が依拠したとするプトレマ

イオスなりアリストブロスの史書は散逸しており、例えばプトレマイオスがどのような記述をしたか

を、われわれは約五

〇 〇

年後のアリアノスの著書から再構成するはかない。またプルタルコスには、

アレクサンドロス直属の官選史家(太史)でありかつアリストテレスの甥であるカリステネスの証言

もしくは引用がみられるが、これについても先のアリアノスの場合と同様のことが言える。そしてこ

れらの諸伝の内容には、重要な事件に関し不一致や齢醇がみられ、「古代都市」アレクサンドリアが

謎であるばかりか、アレクサンドロスの生涯すらも謎に包まれたものと言って過言ではない。

ここではこの問題に深入りすることを避け、シーワからアレクサンドリアへの行程にふれた人物が'

前三世紀アレクサンドリア出身のクレイタルコスであり、さらに現存しない彼のアレクサンドロス伝

の内容を伝えているのが、前1世紀ロ

マ共和政末期のシシリ

島出身のディオドロスであることに

注目しておきたい。実は、クレイタルコスの出身地は長い間不明であった。だが前七九年、ベスヴイ

オス火山の大噴火で埋没したイタリア南部の都市ポンペイ近くのヘルクラネウム(現在のエルコラー

ノ)にあった貴族の別荘が一八世紀後半に発掘され、大量のパピルス文書が発見された。その中の一

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