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N A D 代 謝 改 変 に よ る ミ ト コ ン ド リ ア 機 能 障 害 か ら の 神 経 保 護

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(1)NAD 代 謝 改 変 に よ る ミトコンドリア機能障害からの 神経保護 Neuroprotection against mitochondrial dysfunction by modification of NAD metabolism. 2013 年 2 月 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 電気・情報生命専攻 細胞分子ネットワーク研究 德永. 慎治.

(2) 目次 目次…………………………………..…………………………………………………… 1 略語一覧………………………………………….……………………………………… 2 図一覧…………………………………………………………….………………………. 4 第 1 章:一般的背景…………………..…………………………………………..……….. 5 第 2 章:wld s マウス由来神経細胞はミトコンドリア電子伝達系障害が関与する細 胞死から保護される…………………………………………………………………... 26 第 3 章:ニコチンアミドの初代培養後根神経節細胞に対する細胞外投与は NAD サルベージ経路を介さずに神経突起変性を抑制する……………………...……… 41 第 4 章:総合討論……………………………………………………………………….. 59 謝辞……………………………………………………………………………………... 68 引用文献……………………………………………………………………………........ 70 研究業績………………………………………………………………………………… 80. 1.

(3) 略語一覧 APP:Amyloid precursor protein ATP:Adenosine triphosphate Ca 2+ :Calcium ion CC6:Cleaved caspase 6 CD38:Cluster of differentiation 38 CRMP2:Collapsin response mediator protein 2 DMEM:Dulbecco's modified Eagle medium DMSO:Dimethyl sulfoxide DNA:Deoxyribonucleic acid DR6:Death receptor 6 Sarm1:Sterile alpha and Toll–interleukin-1 receptor (TIR) motif–containing 1 EMEM:Eagle’s minimum essential medium GSK3:Glycogen synthase kinase 3  KCN:Potassium cyanide LDH:Lactate dehydrogenase mPTP:Mitochondrial permeability transition pore MPTP:1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine MTT:3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide NAD:Nicotinamide adenine dinucleotide Nam:Nicotinamide Nampt: Nicotinamide phosphoribosyltransferase NaN 3 :Sodium azide NMN:Nicotinamide mononucleotide NMNAT:Nicotinamide mononucleotide adenylyltransferase NR:Nicotinamide riboside PARP1:Poly (ADP-ribose) polymerase PBS:Phosphate Buffered Saline Pink1:PTEN-induced kinase 1 2.

(4) pmn:Progressive motor neuronopathy OGD:oxygen-glucose deprivation Rbp7:Retinol binding protein 7 RNA:Ribo nucleic acid RNAi:RNA interference ROS:Reactive oxygen species SD:Standard Deviation shRNA:Short hairpin RNA siRNA:Small interfering RNA Sirt1:Sirtuin (silent mating type information regulation 2, homolog) 1 Ube4b:Ubiquitin conjugation factor E4 B. wld s :Wallerian degeneration slow ZNRF1:Zinc and ring finger 1 m:Mitochondrial membrane potential. 3.

(5) 図一覧 図 1.1:ワーラー変性過程における軸索変性および軸索再生 。 図 1.2: wld s マウスの遺伝的変異。 図 1.3: in vitro ワーラー変性モデル。 図 2.1:Wld s は OGD が引き起こす細胞死からマウス大脳皮質由来初代培養神経 細胞を保護。 図 2.2:Wld s は低グルコース/グルコース再灌流が引き起こす細胞死から神経細 胞を保護しないが,低酸素/再酸素化が引き起こす細胞死から神経細胞を保護 。 図 2.3:Wld s はミトコンドリア呼吸鎖複合体 IV を阻害するシアン化カリウムに よって引き起こされる細胞死から神経細胞を保護。 図 2.4:Wld s はミトコンドリア呼吸鎖複合体 I を阻害するロテノン,あるいはミ トコンドリア呼吸鎖複合体 III を阻害するアンチマイシンによって引き起こされ る細胞死から神経細胞を保護。 図 3.1:Nam の細胞外投与による神経突起変性遅延効果。 図 3.2:Nampt 特異的阻害剤 FK-866 存在下で 10 mM Nam 細胞外投与は神経突 起変性を遅延。 図 3.3:RNAi によって Nampt を発現抑制した神経細胞に対する Nam の細胞外 投与による神経突起変性遅延効果。 図 3.4:Nam 投与は細胞内 NAD 量を増加させるが,FK-866 同時投与によって 細胞内 NAD 量の増加は抑制。 図 3.5:切断された神経突起中m は時間経過と共に減少し Nam の細胞外投与 はm 低下を抑制。 図 3.6:Nam の細胞外投与は神経突起切断後に低下したm を回復しないが, 神経突起変性と共にさらなるm の低下を抑制。. 4.

(6) 第1章 一般的背景 軸索変性概論. 5.

(7) 1.1. 序文. 神経細胞は細胞体の直径の数倍から数千倍以上に及ぶ突起構造,”軸索”を介し て神経機能すなわち情報伝達を実現しており,本研究は軸索の維持・破壊の分子 機序理解を目的としている。これらの分子機序を詳細に理解することは,神経細 胞の機能・形態の維持といった細胞生物学的見地からの基礎的理解,という意義 のみならず,老化現象,あるいは神経疾患に対する治療戦略の発展を目指す応用 研究,として大変意義があると考える。なぜならば,神経機能の低下は老化現象 の1つである一方,脳梗塞,パーキンソン病などを含む多くの神経疾患,あるい は神経毒により惹起される神経障害の症状形成過程において細胞死に先行して起 こり,神経軸索構造の消失(軸索変性)が神経機能の低下に大きく寄与している ためである。そのため,神経軸索の維持・破壊に関する分子機構を詳細に理解す ることによって,個体の生存を延長させる,あるいは生活の質を維持する,とい った方法を創出できる可能性があり,その創出に寄与することを目指している 。 本章の内容は軸索変性に関する研究について背景知識の理解を促すことを目的 として記述されている。まず研究対象となる神経軸索について,その特殊な内部 構造に力点を置いて概説し,続いて軸索変性過程の分子機序に関する研究史を解 説する。そして最後に,本論文の構成について述べる 。. 1.2. 神経軸索の構造. 神経細胞は高度に特殊化した突起構造である軸索および樹状突起を有する 。通 常軸索は1つの神経細胞から伸展する突起の内最も長い構造であり,一方の樹状 突起は細胞体周囲に短く伸展しており,三叉神経中脳路核神経細胞など樹状突起 を持たない神経細胞も存在する(1)。樹状突起は情報の入力部位としての役割があ り,樹状突起や細胞体に入力された情報は,軸索小丘あるいは軸索起始部と呼ば れる細胞体近傍で集約処理され,軸索を介して他の細胞へ伝達される 。軸索の長 さは神経細胞の種類によって様々だが,哺乳類で最も長い神経軸索は坐骨神経で あり,成人では約 1 m に及ぶ。細胞体の直径が約 10 m ほどであることを考え ると 10 万倍以上に長い構造を神経細胞は維持していることになる (2)。この事実 6.

(8) から推測すると驚きではないかもしれないが,生体を構成する細胞が有する最も 長い構造物は神経軸索であり,これほど巨大な構造物を構築可能な能力は,まさ に神経細胞の特殊性の1つだと言える。さらに,多くの神経細胞は個体の生存終 了までの間,分裂をせずに同一の神経軸索を介して神経活動を行う 。つまり,神 経細胞は一度構築した神経軸索を長年に渡り維持する仕組みを備えていることに なる。様々な研究の成果から,神経軸索の維持には細胞体からの物質供給が重要 な役割を担っていることがわかっている。 多くの軸索構成蛋白質は細胞体で転写翻訳され,軸索輸送によって供給されて いる。細胞体で合成された蛋白質の軸索輸送が軸索維持に重要であることは,複 数の研究例によって支持されている。例えば,軸索輸送障害が起こる変異マウス ( pmn マウス)において軸索変性が起こること,あるいは初代培養細胞を用いて 実験において,細胞体側のみで蛋白質合成を阻害することが軸索変性を引き起こ すことなどが挙げられる(3, 4)。軸索輸送路は細胞骨格系蛋白質によって構成され ている。具体的には,チューブリンが重合した微小管,あるいはアクチンが重合 した微小繊維が担っており,中間系フィラメントの 1 つである神経フィラメント が形成するマトリックス構造に微小管は埋め込まれ安定化している 。これらの輸 送路上を積荷と結合したモーター蛋白質が移動しており,ダイニン,キネシン, ミオシンと呼ばれる3種のファミリーが存在する(5)。ダイニン,キネシンは微小 管に沿って移動し,ミオシンは微小繊維に沿って移動する。微小管や微小繊維に は方向性があり,神経細胞では細胞体側が-端,シナプス側が+端となるように 方向性が揃っている。-端への輸送(逆行性輸送)にはダイニンと一部のキネシ ン,+端への輸送(順行性輸送)にはミオシンおよび大部分のキネシンが働くこ とが知られている。微小繊維・ミオシンによる輸送距離は微小管・キネシンと比 べ短いため,軸索構成蛋白質の長距離輸送には微小管・キネシンが主に働いてい ると考えられる。このように細胞骨格系は軸索を構成するだけでなく,輸送路と して軸索維持に重要な役割を果たしている(5)。 細胞体から軸索への供給は蛋白質の他に,RNA,脂質,小胞,及び細胞内小器 官などを含んでおり,軸索内には外部刺激に対する応答を自律的に完結できる環 境が整っている。例えば,リボソーム RNA あるいは mRNA が軸索輸送によって 運ばれ,蛋白質の局所翻訳を行っていることが近年徐々に報告されつつあり,シ 7.

(9) ナプス領域,あるいは膜近傍で神経伝達,回路形成に重要な役割を果たしている ことが明らかになってきた(6)。細胞内膜系小器官の例を挙げると,以前より軸索 内にミトコンドリアが多く存在することが知られており,エネルギ ー恒常性は軸 索内局所で維持されていると考えられている 。その他にリソソームの存在も確認 でき,最近では軸索末端部での蛋白質量の調節に重要な役割を果たし,アルツハ イマー病などの神経疾患に関連していることが明らかになりつつある(7)。また, 滑面 小 胞体 に 似た axoplasmic reticulum と 呼ば れ る小 胞 体様 小 器 官が 軸 索内 Ca 2+ の恒常性維持,脂質代謝などに寄与していることが報告されているが,その 制御機構は不明な点が多い(8, 9)。細胞体にある粗面小胞体やゴルジ体と同様の構 造は電子顕微鏡を用いた観察によって認められないが,これらの分子マーカーと なる蛋白質は軸索中に存在していることから,滑面小胞体やゴルジ体と同様な機 能を果たす軸索内構造が存在する可能性は指摘されている(6)。このように,軸索 の内部構造は解明されるべき点が残されているが,様々な細胞小器官の機能を介 して外部刺激に対し素早い応答を可能にしている,という点は疑いようの無い事 実となりつつある。 本研究は軸索内部に備わり,軸索障害に応答して開始する軸索変性機序に注目 している。次節では,物理的傷害によって引き起こされる軸索変性(ワーラー変 性)が著しく遅延する自然発症変異マウスの発見によって明らかとなった軸索内 自己破壊プログラムについての解説を試みる 。. 1.3. ワーラー変性と wld s マウス. 生体内において,物理的傷害によって細胞体との連絡を遮断された軸索末梢側 は,2-3 日の間に断片化及び細胞骨格の崩壊を示し,この現象は傷害後軸索変性 と呼ばれる(図 1.1)。軸索変性に伴い,免疫細胞の1種であるマクロファージ, グリア細胞であるアストロサイト(中枢神経系),シュワン細胞(末梢神経系)が 増殖し,断片化した軸索を取り除き,細胞体側からの軸索再生が促される 。軸索 傷 害 か ら 軸 索 再 生 に 至 る 一 連 の 過 程 は , 1850 年 に 最 初 に 報 告 し た Augustus Waller に敬意を払いワーラー変性(Wallerian degeneration)と呼ばれ,発見か ら 160 年以上たった現在においても,軸索の変性および再生の分子機序を理解す 8.

(10) るためのモデルとして盛んに研究されている(10, 11)。Waller の観察後,改めて ワーラー変性過程を詳細に観察記録したのはノーベル生理医学賞受賞者の1人で ある Cajal である。Cajal は渡銀染色法によって神経軸索を可視化し,軸索変性 から再生までの経過を記録し 1928 年に発表した(12, 13)。Waller や Cajal は切断 された軸索末端側の消失過程を細胞体からの栄養供給が失われた結果であると考 察したため,発見から約 140 年の間傷害後軸索変性は受動的な壊死であると考え られた。しかしながら,1989 年の Lunn らによる自然発症変異マウス C57BL6/. wld s に関する報告によって,傷害後軸索変性は阻害可能な過程であることが明ら かとなった(14)。. wld s マウスは実験動物としての飼育環境下では,発生・生殖などにおいて正常 動物と区別することができないが,ワーラー変性の全過程を著明に遅延する表現 型を示す。例えば,坐骨神経を実験的に切断した場合,正常マウスでは切断の 2-3 日後には切断部より末梢側軸索は完全に変性するが,wld s マウスにおいては切断 の 2 週間後の末梢側神経フィラメントの免疫原性は保たれ,神経筋接合部におけ る電気的活動は記録可能である。このことから,切断末梢側の軸索断片の構造・ 機能は保たれていると考えられる(15)。さらに,マクロファージの流入,グリア の増殖,細胞体側からの再生も顕著に遅延する(14)。この変異マウスの発見によ り,軸索切断の瞬間から断片化が起こる間に軸索内でどのような変化が起きてい るか,さらにはその分子機序はどのようなものであるか,という疑問が投げかけ られた。 その後の研究によって,傷害後軸索変性には切断後数分から 1 時間ほどの間に 切断部近傍で引き起こされる初期の断片化,さらに数時間後に末梢側全体で引き 起こされる断片化が観察されることがわかった(図 1.1)。初期の変性では,細胞 体側および末梢側の両断面から数百m に及ぶ範囲が変性する。Ca 2+ 依存性セリ ンスレオニンプロテアーゼであるカルパインに対する特異的阻害剤によってほぼ 完全に抑制されることから,軸索内 Ca 2+ の上昇が原因であると考えられている (16, 17)。実際に,切断面における Ca 2+ の量的変化を可視化することにより,切 断から数秒以内に Ca 2+ の量的増加が確認され,初期の変性が観察される開始時間 と一致することが報告されている(18)。初期の断片化が終了した後,数時間以内 に細胞体側断面からは新しい突起の先端が伸展し始めるのとは対照的に,末梢側 9.

(11) 軸索の構造的変化は不活発となる。一方で,生理的機能は活性化状態を保ってい ることがわかっており,マウス生体内において運動神経を切断した場合,活動電 位を伝播する能力は切断後 24 時間まで保持される(19)。その後,突発的に素早 い不可逆な変性が開始し,この変性は末梢側全体で引き起こされる 。この軸索全 体の変性もまた,軸索内 Ca 2+ の量的増加が軸索細胞骨格を崩壊させるのに,決定 的な変化であることがわかっている。例えば,初代培養神経細胞から伸展する神 経突起の傷害後変性については低濃度(< 200 M)の培養環境,培養液への Ca 2+ キレーターの投与,あるいは L-type Ca 2+ チャネル阻害剤の投与が,切断された 神経突起の変性を数日単位で遅延させることを複数の研究グループが報告してい る(20)。それに対して,カルパイン阻害剤は変性を 12-24 時間ほどしか遅延させ ないことから,カルパイン以外の Ca 2+ 依存的なプロテアーゼあるいは変性シグナ ル経路が軸索全体の変性に重要な役割を果たしていると考えられる 。wld s マウス 由来神経細胞においては初期の軸索変性,およびその後の軸索全体の変性の両方 が著しく遅延することから,時間差のある変性過程において軸索内 Ca 2+ 上昇を引 き起こす分子機序が共通していると推測されている(16)。その後,以下で述べる ように wld s マウスを用いた様々な研究がなされているが,現在もその共通した分 子機序は明らかでない。. wld s マウスの発見以降の研究により,傷害後軸索変性は,代謝性,遺伝性など 様々な神経疾患において観察される軸索変性過程と従来考えられていた以上に類 似した分子機序である,という考えが導かれた。例えば,神経疾患や血管障害な どによって脆弱化した神経細胞で観察される軸索変性は dying-back と呼ばれ, 末梢側から細胞体側へ軸索の退縮がワーラー変性と比較すると緩やかな速度で進 行する。自然発症型神経変性マウスである gad (Gracile axonal dystrophy)と. wld s マ ウ ス と の 交 配 実 験 の 結 果 か ら , wld s 変 異 は gad マ ウ ス で 観 察 さ れ る dying-back を著しく遅延した(21)。その他にも,パーキンソン病モデル,運動神 経障害モデルなど,障害される神経細胞の種類が異なる神経疾患モデルを wlds マウスによって作製した場合,軸索変性と症状形成の遅延が観察された 。さらに,. wld s マウス由来の神経細胞はビンクリスチンやタキソールといった神経毒性の ある化合物に対する抵抗性を示した(22)。これら様々な軸索変性を抑制する wld s マウスの表現型は,異なる根本原因によって引き起こされる軸索変性の分子機序 10.

(12) が共通している,という考え方を定着させた 。それゆえ,wld s マウスにおいて軸 索変性が遅延する分子機序を理解することは,軸索変性が進行する機序を理解す る方法の 1 つであると考えられている。. wld s マウスの表現型出現の機序解明に向けた大きな前進は 2000 年前後の一連 の研究による wld s マウスにおける遺伝的変異の解明である(23, 24)。 wld s マウス では,第 4 染色体における 85kb の領域が三重複し,この領域に存在する複数の 遺伝子のうち,ユビキチン E4 リガーゼ Ube4b の N 末 70 アミノ酸,および NAD サ ル ベ ー ジ 経 路 に お い て NAD 合 成 反 応 を 触 媒 す る NMNAT ( nicotinamide mononucleotide adenylyl transferase ) フ ァ ミ リ ー メ ン バ ー の 1 つ で あ る. Nmnat1 の全長が 18 アミノ酸で繋がったキメラ蛋白質,Wld s をコードする遺伝 子配列が存在することが示された(23) (図 1.2)。Wld s を強制発現させた神経細 胞はマウス,ラット,ハエなど異なる種において傷害後軸索変性の遅延が観察さ れることから,神経細胞内 Wld s が軸索変性の進行を著明に遅延させることが明 らかとなった(25)。また,一連の成果と共に Ube4b と Nmnat1 を繋ぐ特徴的な 18 アミノ酸配列を抗原に作製された Wld s 特異的抗体を用いた免疫細胞化学法に よって,Wld s は主に核局在を示すことが示された(23)。これらの発見に導かれ,. wld s マウスの表現型出現機序の解明の次の段階として,軸索変性過程に影響を与 える Wld s の機能特定が行われた。 我々の研究グループは Wld s が軸索変性を遅延するために必須な酵素活性を明 らかとするため,後根神経節神経細胞の初代培養細胞を用いて in vitro ワーラー 変性モデル(図 1.3)を確立し,Wld s に含まれる Ube4b 領域,ならびに Nmnat1 領域のいずれが軸索変性を遅延するかを検討した。その結果,Nmnat1 の過剰発 現が Wld s の過剰発現と同様に神経突起に対し変性抑制効果を与えた 。さらに, NAD 合成活性を失った点変異型 Nmnat1 の過剰発現は神経突起の変性を抑制し なかった。これらの一連の発見によって NMNAT 活性亢進は軸索変性を遅延する という概念が 2004 年に確立し,他の研究グループも同様の結果を報告している (20, 26)。 その後,NMNAT 活性亢進による軸索変性遅延効果の作用点は軸索変性の分子 機序を調べる際のマイルストーンとなり,その上流・下流が徐々に明らかになり つつある。最近の研究において,栄養因子依存的に生存する神経細胞の初代培養 11.

(13) 環境から栄養因子を除去することで引き起こされるアポトーシスと軸索変性にお いては,APP/DR6/CC6 シグナル伝達経路の活性化が起きており,その阻害がア ポトーシスと軸索変性を抑制することが報告された(27)。そして NMNAT 活性が 亢進した神経細胞に対する栄養因子の除去は APP/DR6/CC6 シグナル伝達経路の 活性化,およびアポトーシスを引き起こすが,軸索変性を引き起こさなかった 。 そのことから,APP/DR6/CC6 シグナル伝達経路の下流で NMNAT が作用する可 能性が示唆されている。ただし,傷害後軸索変性過程におけるこのシグナル伝達 経路の活性化は確認できなかった(28)。このことから,栄養因子除去の場合はア ポトーシスシグナルの傍流で軸索変性開始の合図が存在する一方で,傷害後軸索 変性過程ではアポトーシスシグナルを介さずに軸索変性が開始する,という仮説 が導かれる。この仮説は,NMNAT 活性亢進がアポトーシスシグナル経路には殆 ど影響を与えないことや,アポトーシス抑制因子の過剰発現が栄養因子除去によ る軸索変性を抑制するが傷害後軸索変性には殆ど影響が無いことと一致する(22)。 また,NMNAT 活性亢進の作用点より下流に存在するシグナル伝達経路の1つと して,我々の研究グループは,ZNRF1/AKT/GSK3/CRMP2 シグナル伝達経路が 軸索変性を促進することを明らかにした。報告されたデータから,切断されてい ない神経突起中の AKT は GSK3をリン酸化することによって抑制しているが, 軸索変性過程において ZNRF1 を介して AKT は分解され,活性化した GSK3が CRMP2 をリン酸化することで微小管の崩壊を促進し軸索変性を進行させる,と いう一連の分子機序が示唆された。さらに,NMNAT 活性が亢進した初代培養神 経細胞において,ZNRF1/AKT/GSK3/CRMP2 シグナル伝達経路の活性化は切断 さ れ た 神 経 突 起 の 変 性 を 促 進 す る こ と か ら , NMNAT 活 性 亢 進 は ZNRF1/AKT/GSK3/CRMP2 シグナル伝達経路の上流に作用することが予想さ れる(29)。. wld s マウスの発見から 15 年の間に軸索変性過程が NMNAT 活性によって制御 される積極的な軸索内機構であることが明らかとなった。その後,現在に至るま で,なぜ NMNAT 活性亢進が軸索変性を遅延するか,という疑問への明快な解答 は得られていない。次節では,NMNAT 活性亢進が軸索変性遅延を引き起こす分 子機序に関する仮説について,これまでに得られた知見をまとめる 。. 12.

(14) 1.4. NMNAT 活性亢進による軸索変性遅延機序仮説. NMNAT 活性亢進による軸索変性遅延効果の出現に NAD 合成酵素活性が必須 であることから,Wld s は細胞内 NAD レベルの調節を介して軸索変性を遅延する ことが容易に推測される。NMNAT ファミリーには,前述した Nmnat1 以外に Nmnat2,Nmnat3 が発見されており,それぞれ核,ゴルジ体,ミトコンドリア に局在することが示されている(30)。また,Nmnat1 の全長を含む Wld s は Nmnat1 と同様,主に核に局在する。これらの局在の違いは細胞内 NAD レベルが細胞内 画分ごとに調節されている可能性を示唆しており,実際に核,細胞質,ミトコン ドリアの NAD レベルは不均一であると指摘されている(30, 31)。そのため,どの 画分における NMNAT 活性亢進が軸索変性過程を遅延するかについて,我々の研 究グループを含め,複数のグループが検討を行った 。その結果,現在 2 つの仮説 が提唱されている。1 つは NMNAT 活性亢進が神経軸索に内在する Nmnat2 を補 うことによって軸索変性を遅延させている,という仮説である 。2 つめは,ミト コンドリア画分における NMNAT 活性の亢進が軸索変性過程を遅延する,という 仮説である。それぞれの仮説を導いた研究成果について以下で解説する。. 仮説1:NMNAT = 軸索生存シグナル. 軸索切断を含め,細胞体からの軸索輸送が止められた軸索において軸索変性が 引き起こされることから,細胞体からの軸索生存シグナルが軸索を維持している, という可能性が示唆されていた。最近の研究により,蛋白質合成阻害剤であるシ クロヘキシミドあるいはエメチンの投与が,細胞死に先行して,軸索変性を引き 起こすことが示された(4)。この結果は,軸索生存シグナルの枯渇によって軸索変 性が引き起こされる,という仮説を強めた 。さらに,NMNAT 活性亢進はこれら の薬剤処理された軸索を保護することができることから,軸索生存シグナルを補 填している可能性が示唆された。そこで彼らは,NMNAT が軸索生存シグナルで ある可能性を検討するため,Nmnat1, 2, 3 を RNAi によってそれぞれ発現抑制さ せた結果,神経細胞において内在性の発現が多い Nmnat2 を発現抑制させた場合 にのみ神経突起の存在数は減少し,Wld s の強制発現はその現象を抑制した。さら 13.

(15) に,軸索切断から断片化が観察され始める時点が Nmnat2 の半減期に一致してい ることから,Nmnat2 は内在性の軸索生存シグナルであり,その存在量が閾値を 下回ることで軸索断片化が始まる,という仮説を提示している 。さらに Wld s に よる軸索変性遅延機序について,wld s マウスにおいて切断された軸索中では Wld s に含まれる Nmnat1 が軸索生存シグナルとして機能する,というモデルを提唱し ている(4)。 このモデルはとても単純であり理解しやすいが,Nmnat2 の機能が wld s マウス の表現型の理解にどれほど寄与するかを判断するためには更なる検討を必要とす る。Nmnat2 は NMNAT ファミリーメンバーの内,最も神経細胞に多く発現して いることから,神経細胞内 NAD の多くは Nmnat2 によって供給されていると考 えられる(30)。NAD は細胞内で最も多くの酵素に利用される補酵素であることか ら,Nmnat2 の生理的役割は神経細胞全体の機能維持に密接に関与することが推 測される。この考えに基づくと,半減期が短い Nmnat2 の発現量を減少させた結 果,細胞体から遠い軸索において影響が先に及び,軸索変性の兆候を示しても不 思 議 で な い 。 一 方 で , 軸 索 変 性 過 程 を 著 し く 遅 延 す る Wld s と 同 様 の 機 能 を Nmnat2 が担えるか,については疑問が残る。例えば,Nmnat2 の強制発現によ る軸索変性遅延効果は Wld s を強制発現した場合と比べ弱い傾向にあり,その原 因は不明である(32)。Nmnat2 の半減期が短いことが可能性の 1 つかもしれない が,内在性の Nmnat2 の細胞内局在が Wld s と異なる可能性は除外できない。 Nmnat2 はゴルジ体に局在することが知られているが,1.2 節で述べたように, 軸索中にはゴルジ体と同様の構造は見出されていない(8)。蛍光蛋白質と融合した Nmnat2 を神経細胞に強制発現させると,軸索内を輸送される様 子が観察されて いるが,内在性の Nmnat2 が同様な局在を示すかどうかについてはさらなる検討 が必要であり,その細胞内機能を特定することが重要である (4)。. 仮説2:ミトコンドリアにおける NMNAT 活性亢進. 我々の研究グループは,wld s マウスの表現型が機能獲得変異型である,という 考えに基づき,神経細胞において高発現している Nmnat2 以外の Nmnat1,3 に ついて,それぞれを過剰発現する遺伝子改変マウスを作製し解析した(33)。その 14.

(16) 結果,Nmnat1 過剰発現マウスにおける軸索変性の進行速度は野生型マウスと 同 等であった。しかし一方で,Nmnat3 を過剰発現するマウスは wld s マウスと同等 の軸索変性遅延を示した。そこで,Wld s が Nmnat3 と同じ細胞内画分に局在す る可能性を検討した結果,wld s マウス脳由来のミトコンドリアマトリクス画分に, 検出可能な量の Wld s が存在していることが判明した。一方で,Nmnat1 過剰発 現マウス脳由来の同画分に Nmnat1 は検出されなかった(33)。これらの結果から, Wld s は Nmnat1 と同様に,主に核に局在するが,一部がミトコンドリアマトリ クス内に移行することが示唆された。さらに,wld s マウスあるいは Nmnat3 を強 制発現する変異マウスの脳から単離したミトコンドリアにおいて ATP 産生能が 亢進していることを発見した。一方で,Nmnat1 強制発現変異マウス脳由来ミト コンドリアでは ATP 産生能亢進は認められなかったことから,ミトコンドリアに おける NMNAT 活性亢進が ATP 産生能亢進をもたらしていると推測している (33)。Wld s の核外への移動は Ube4b 由来 N 末端領域が影響しているものと推測 される。他のグループが立体構造解析を行った結果,ヒトに発現する Nmnat1 と Nmnat3 の立体構造は類似していることを報告している(34)。そのため,核外に 出た Wld s は既知のミトコンドリア局在配列をもたない Nmnat3 と同様な機序に よってミトコンドリアに移行しているのかもしれない 。 上記の成果と一致するように, Coleman のグループは核移行シグナルを除く Nmnat1 を含む変異型 Wld s を過剰発現するマウスを用いた解析,Milbrandt の グループは cytoNmnat1(核移行シグナルを除いた Nmnat1)を過剰発現するマ ウスを用いた解析によって,これらの改変蛋白質は Wld s 蛋白質と比べより多く ミトコンドリアに局在することを示している(35, 36)。興味深いことに,どちらの 遺伝子改変マウスも wld s マウスが示す軸索変性遅延と比べより強力な軸索変性 遅延の表現型を示すことが報告されている (35, 36)。これらの知見から,我々を 含む複数のグループはミトコンドリアにおける NMNAT 活性亢進が軸索変性を 遅延させる,という仮説を提唱している。 NMNAT 活性亢進がミトコンドリアを介して軸索変性を遅延する,という仮説 を間接的に支持する知見の 1 つとして,NMNAT 活性亢進が軸索変性過程におい て観察されるミトコンドリア異常を強力に抑制することが挙げられる 。切断され た軸索の変性に先立ち,クリステの崩壊およびミトコンドリアの膨張といったミ 15.

(17) トコンドリアの構造異常が引き起こされることは以前から報告されていたが,こ れらのミトコンドリア異常は wld s 変異によって強力に抑制される(37, 38)。ミト コンドリアの膨張はミトコンドリア外膜及び内膜を貫通する mPTP(ミトコンド リア膜透過性遷移孔)の開口によって引き起こされることが知られており,Court のグループは mPTP の開口を阻害することが知られている Cyclosporin A を投与 した培養液中でマウスから切除した坐骨神経を培養したところ,薬剤処理しない 坐骨神経と比較して,ミトコンドリアの膨張および軸索変性が有意に遅延するこ とを明らかにした。さらに,wld s マウス由来神経細胞に対して薬剤投与によって mPTP を強制的に開口させると,ミトコンドリア異常が引き起こされ,軸索変性 遅延効果が減弱した(38)。ミトコンドリアは細胞質内 Ca 2+ 貯蔵庫として細胞質内 Ca 2+ 濃度が高まった場合に Ca 2+ を取り込む働きをしている。Ca 2+ の取り込みは m(ミトコンドリア膜電位)を必要とすることが知られている一方で,ミトコ ンドリア内 Ca 2+ 濃度の異常な上昇は mPTP の開口を引き起こし,m の消失を 含めたミトコンドリアの機能不全,さらには細胞質への Ca 2+ の放出を引き起こす ことが知られている(39)。これらのことから,mPTP の開口は軸索内 Ca 2+ 濃度の 異常な上昇,さらにはミトコンドリア機能不全と結びつき,NMNAT 活性亢進は mPTP の開口に至る過程を強力に抑制している可能性が示唆されている 。. 1.5. NMNAT 活性亢進による細胞死抑制効果. 先述したように多くの神経変性疾患の発症過程において軸索変性は細胞死に先 立って観察されることから,軸索変性過程の遅延は細胞死の抑制につながる可能 性が指摘されてきた。そして実際に,実験動物を用いたいくつかの神経疾患モデ ルにおいて,NMNAT 活性の亢進は軸索変性過程を遅延することに加え,細胞死 を抑制することが報告されている(40-42)。Gillingwater らは wld s マウスを用い て脳虚血再灌流傷害モデルを作製した場合,野生型と比べ病変部位が小さく,軸 索変性とともに神経細胞死が軽減すると報告している。さらに最近では, cytoNmnat1 過剰発現マウスを用いて新生仔期脳虚血性障害モデルを作成した場 合も同様に,野生型マウスの場合と比較して脳虚血再灌流が引き起こす細胞死を 著 明 に 抑 え る こ と が 報 告 さ れ て い る (43) 。 そ の 他 に , マ ウ ス 緑 内 障 モ デ ル 16.

(18) (DBA2/J),あるいは若年期に発症する運動神経疾患モデルマウス( pmn )にお いて,Wld s の発現は軸索変性及び細胞死を抑制することが報告されている (40, 42)。その一方で,上記以外の疾患モデルに対する NMNAT 活性亢進による治療 的効果の検討結果では細胞死の抑制効果は認められていない。例えば,wld s 変異 は 6-ヒドロキシドーパミンあるいは MPTP を用いたパーキンソン病モデルにお いて引き起こされる黒質線条体軸索変性を著明に遅延し,その結果神経機能の維 持といった治療的効果を示している。しかしながら,ドーパミン作動性神経細胞 に対する細胞死抑制効果は認められていない(44, 45)。これらの結果は,NMNAT 活性亢進によって細胞死が抑制される神経疾患モデルにおける神経変性過程は, 先に軸索変性が起こり,投射先を失った細胞体が細胞死に向かう,という可能性 を示唆する(22)。ただし一方で,軸索変性過程と細胞死の機序が一部共通してい る,という可能性を除外することはできない 。 上述した神経疾患モデルに対する治療的効果に関して,NMNAT 活性亢進がミ トコンドリアを介して神経変性遅延効果を発揮している,という仮説を支持する 報告は少ない。そこで私は,NMNAT 活性亢進が著明な神経保護効果を与えるマ ウス脳虚血モデルを用いて,ミトコンドリアの機能異常を含めた様々な細胞内障 害の内,NMNAT 活性亢進によって抵抗性が獲得される細胞内障害の特定を試み た。その詳細を第 2 章において記述する(46)。. 1.6. NAD 代謝改変による軸索変性遅延. これまでに述べたように, 「NMNAT 活性亢進が軸索変性を遅延する」,という 概念は, 「ミトコンドリア内 NMNAT 活性亢進が軸索変性を遅延する」,という概 念に更新されつつある。この更新は,NMNAT 活性亢進の下流で何が起きている か,という問いを検証した既知の報告に新しい解釈を与え,正しい解答に迫る道 筋を照らすだろうか。本節では,NMNAT 活性亢進の下流は NAD の量的変化で ある,という仮説を検証した先行研究を紹介する。これまでにこの仮説を支持す る結果だけでなく,疑問を投げかける結果が得られている。これらの知見をミト コンドリアへの影響という視点から見直し,現時点において想定されている分子 機序仮説および残された課題を提示する。さらに,これらの課題に対して本研究 17.

(19) が取り組んだ研究アプローチおよび検討項目を示し,次章以降の導入とする 。. NMNAT 活性亢進の下流は NAD の量的変化であるか?. 2001 年に Wld s の神経組織において Nmnat1 活性が亢進していることを証明し た Coleman のグループは, wld s マウス由来の脳内 NMNAT 活性が野生型マウス 由来と比較し約 4 倍以上に上昇しているが,脳内 NAD 量に有意な差は無いとい う 興 味 深 い デ ー タ を 報 告 し た (23) 。 最 近 で は , Milbrandt の グ ル ー プ が cytoNmnat1 過剰発現遺伝子改変マウス由来の脳において NMNAT 活性が野生型 マウス由来と比較して約 15 倍上昇しているにもかかわらず,脳内 NAD 量は野生 型マウス由来と有意な差は無いと報告している (36)。これらの結果は,NMNAT の強制発現は蛋白質の細胞内局在に関わらず,細胞全体の NAD 量に影響しない ことを示唆し,NMNAT 活性亢進が NAD の量的変化を介さずに軸索変性を遅延 する,という可能性を推測する一番の根拠となっている。 NMNAT 活性亢進が神経細胞内 NAD 量に影響しない理由は,NMNAT が関わ る NAD サルベージ経路の制御機構によって説明可能かもしれない 。NMNAT は NAD サルベージ経路において,NMN(nicotinamide mononucleotide)あるい は NaMN(nicotinic acid mononucleotide)と ATP の結合を触媒し,NAD ある いは NaAD(nicotinic acide adenine dinucleotide)を合成することが知られて い る (30) 。 そ し て NAD サ ル ベ ー ジ 経 路 の 律 速 酵 素 は 細 胞 質 に 存 在 し Nam ( nicotinamide ) を 基 質 に NMN を 合 成 す る Nampt ( Nicotinamide phosphoribosyltransferase)である(47)。そのため,Nampt に対する制御を介し て細胞内 NAD 量は恒常性を保たれていると推測される(48)。 NAD サルベージ経路における Nampt の律速酵素としての機能は興味深い仮説 を導く。それは,NAD サルベージ経路の賦活化が重要であるとすれば,NMNAT 活性が亢進していても Nampt の存在量が減少あるいは阻害された神経細胞では NMNAT 活 性 亢 進 に よ る 軸 索 変 性 遅 延 が 起 こ ら な い , と い う 仮 説 で あ る 。 Milbrandt のグループは,cytoNmnat1 過剰発現遺伝子改変マウス由来神経細胞 に対し,RNAi による Nampt の発現抑制,あるいは Nampt 特異的阻害剤である FK-866 の 細 胞 外 投 与 に よ っ て , NAD サ ル ベ ー ジ 経 路 を 阻 害 し た 条 件 下 で 18.

(20) NMNAT 活性亢進による軸索変性遅延効果が出現するかどうかについて検証を行 った。その結果,Nampt の発現抑制および薬理学的阻害は NMNAT 活性亢進に よる軸索変性遅延に影響しなかった(49)。これらの実験結果は,Nampt の活性低 下が十分でなかった可能性を除外することはできないが,NMNAT 活性亢進によ る軸索変性遅延の分子機序は NAD サルベージ経路に大きく依存していない,と いうことを印象づけた。 一連の報告から,一部の研究者は NMNAT 活性亢進が NAD サルベージ経路を 介さずに細胞内局所の NAD 量を調節しており,それがミトコンドリアだと考え ている(33, 50)。先述した通り,細胞質とミトコンドリアにおける NAD 量はそれ ぞれの細胞内画分で調節されており,異なる濃度で維持されていると報告されて いる(51)。また一方で,NMNAT 活性亢進は NAD 合成とは別の機序によって軸 索変性を遅延している,という可能性も十分考慮されなければならない (49, 52, 53)。. 遺伝的改変による NAD 生合成の賦活化は初代培養神経細胞の神経突起変性を遅 延. これまでに,遺伝的改変による NAD 生合成の賦活化が軸索変性を遅延させる という結果が複数のグループによって報告されており,NMNAT 活性亢進は NAD 合成を介して軸索変性を遅延する,という仮説を支持する根拠の 1 つとなってい る。ところが,マウス個体を用いた結果と初代培養神経細胞を用いた結果は相反 する場合があるために,統一的な解釈が容易でなかった(22)。例えば,上述した ように Nmnat1 過剰発現遺伝子改変マウスにおいて観察される傷害後軸索変性 の 進 行 速 度 は 野 生 型 マ ウ ス に お け る 速 度 と 有 意 な 差 が 無 い (33) 。 と こ ろ が , Nmnat1 を過剰発現した初代培養神経細胞は wld s マウス由来神経細胞と同程度 の神経突起変性遅延を示し,ミトコンドリアに存在しないと報告されている Nampt の過剰発現もまた軸索変性過程を遅延する(26, 47, 54, 55)。現在では,ミ トコンドリア内 NMNAT 活性亢進が軸索変性を遅延させる,という考え方によっ て,初代培養神経細胞に強制発現させた Nmnat1,あるいは Nampt は生体内で 実現可能な発現量より多く発現する結果,生体内では局在しにくい細胞内画分, 19.

(21) つまりミトコンドリアに移行し軸索変性を遅延させている,と解釈できる(33)。 しかしながら,この解釈が正しいかどうかを判断するためには,初代培養神経細 胞に Nmnat1 あるいは Nampt を強制発現した場合,実際にミトコンドリア画分 に局在するかどうかの検討が今後必要である。. NAD 代謝産物の細胞外投与は初代培養神経細胞の神経突起変性を遅延. NMNAT 活性亢進は NAD 生合成を介して軸索変性を遅延する,という仮説を 支持するもう 1 つの根拠として,初代培養神経細胞に対する NAD 代謝産物の細 胞外投与が神経突起変性を遅延する,という報告を挙げることができる 。ただし, NAD 代謝産物の投与による軸索変性遅延機序は少なくとも 2 つの存在すること が示されている。以下でこれら 2 つの軸索変性遅延機序が明らかとなった経緯を 解説する。 1 つめの機序として,我々の研究グループは 10 M ~ 1 mM の濃度範囲におけ る NAD の細胞外投与が血清培地で維持した初代培養神経細胞の軸索変性を遅延 することを示した(26)。興味深いことに,最大限の軸索変性遅延効果を得るため には 24 時間以上の事前投与を必要とし,軸索切断直前での投与は軸索変性過程 に影響しなかった。NAD の細胞外投与によって影響を受ける下流因子を検討し た結果,転写因子の制御を介して脂質代謝やミトコンドリア生合成などに影響を 与える NAD 依存性脱アセチル化酵素 Sirt1 を介した分子機序であることが判明 した(26)。さらに,培養液中に血清成分を必要とすることが判明したことから, 血清刺激に対する細胞応答によって NAD-Sirt1 による軸索変性遅延効果が出現 する細胞内環境は整うと想定されている。また,Sirt1 は主に核に存在すること, および事前投与を必要とすることから,転写翻訳を介した分子機序である可能性 が示唆されている(26)。その後 NAD および NaAD,その前駆体である NMN お よび NaMN,さらに NAD サルベージ経路とは異なる NAD 生合成経路の基質で ある NR(ニコチンアミドリボシド)の細胞外投与( 1 mM)が NAD-Sirt1 によ る軸索変性遅延効果に必要な条件(事前処理および血清刺激)下において,初代 培養神経細胞の神経突起変性を遅延することを報告した(54)。これらの結果は, NMNAT 活性亢進以外の方法で NAD 生合成を賦活化することによって軸索変性 20.

(22) は遅延する,という結論を導いた。 しかしながら,NMNAT 活性亢進の直下流が Sirt1 である可能性は疑問を投げ かけられている。その根拠の1つとして,細胞体から切り離された初代培養神経 軸索への cytoNmnat1 の直接導入は直ちに軸索変性の進行を遅延することから, 転写翻訳を介さない機序で軸索変性を遅延させていることが挙げられる(56)。ま た 2 つ目の根拠として,Sirt1 を欠損した wld s マウスにおける軸索変性過程の進 行速度は遺伝子操作をしていない wld s マウスと比較して同等の軸索変性遅延を 示す(55)。これらのことから,NMNAT 活性亢進の直下流が Sirt1 である可能性 は低いかもしれない。ただし,Sirt1 による PGC-1の脱アセチル化はミトコンド リア生合成を促進することが知られているため,NAD-Sirt1 の下流で変化する因 子に直接 NMNAT 活性亢進が影響を及ぼす可能性は除外できない(57, 58)。 上記の NAD-Sirt1 を介した分子機序とは別に,2 つめの機序として,NAD の 細胞外投与は現時点では明らかでない分子機序を介して軸索変性を遅延すること が報告されている。複数のグループが NAD-Sirt1 を介した軸索変性遅延に必要と される濃度より 50 倍以上高い濃度(≧ 5 mM)の NAD を細胞外から投与するこ とで,NAD-Sirt1 を介した軸索変性遅延に必要とされる 2 つの条件(事前投与お よび血清刺激)を必要とせずに軸索変性を遅延させることを報告した(55, 59)。興 味深いことに,He のグループは NAD-Sirt1 経路を活性化しないと報告された NAD サルベージ経路の基質である Nam が NAD と同等以上に軸索変性を遅延さ せることを示した。切断された神経突起内の NAD および ATP 量は断片化に先立 ち減少し,この減少は Nam の投与によって抑制された。これらの結果から, Nam の細胞外投与は軸索内 NAD サルベージ経路を介して NAD 量を維持し,還元型 NAD(NADH)を基質とするミトコンドリア電子伝達系を介して ATP 量を維持 することによって軸索内エネルギー代謝を正常に保ち軸索変性を遅延していると いう仮説を提唱した(55)。 Nam の細胞外投与による軸索変性遅延効果はマウス個体におけるワーラー変 性を若干ではあるが有意に遅延するという報告からも支持されており,軸索変性 を標的とした治療戦略を可能にする小分子化合物候補の 1 つであると考えられる (60)。そのため,Nam による軸索変性遅延機序を解明することは大変意義がある と考えられるが,これまで Nam を介した軸索変性遅延機序の詳細は検討されて 21.

(23) こなかった。さらに,先述した通り,NMNAT 活性亢進による軸索変性遅延機序 は NAD サルベージ経路を介さない,という報告から Nam による軸索変性遅延機 序は NMNAT 活性亢進による機序とは独立した機序である可能性が指摘されて いる(49)。そこで私は Nam による軸索変性遅延機序が He のグループに提唱され てきた NAD サルベージ経路を介した機序である可能性について検討を行った 。 その結果を第 3 章において記述する。. 1.7. 本論文の構成. 本章で述べてきたように,軸索変性の分子機序に関しては多くのことがわかっ ていないが,wld s マウスの発見は傷害後軸索変性が能動的な過程であり,パーキ ンソン病,脳卒中,多発性硬化症など様々な神経疾患において観察される軸索変 性過程と似た過程である,という概念を確立した。つまり,NMNAT 活性亢進に よる軸索変性遅延の分子機序を明らかにすることによって軸索変性過程の理解を 深めることが可能だと期待されている。 本論文の第 2 章において,マウス脳虚血モデルに対し wld s 変異が細胞死抑制効 果を示す分子機序に関し解析を行った結果,低酸素・再酸素化が引き起こすミト コンドリア電子伝達系障害に対して wld s 変異が神経細胞全体を保護することを 示す。この結果は NMNAT 活性亢進がミトコンドリア機能制御を介して神経疾患 モデルに対する細胞死抑制効果を発揮する可能性を示唆する 。 第 3 章では,非生理的高濃度 Nam の細胞外投与が NAD サルベージ経路を介 して神経突起変性を遅延する可能性を検討した結果,Nam は NAD サルベージ経 路を介さずに切断された神経突起中のm 低下を抑制することを見出した。これ らの知見は細胞外 Nam 投与による軸索変性遅延分子機序の理解に繋がる最初の 報告である。 最終章である 4 章は総合討論として,第 3 章までの議論を総合的に解釈し,最 近の知見と照らし合わせてその整合性を議論する。また,本研究を発展させるた めに今後必要となる検討課題を提示することを試みる 。. 22.

(24) 図 1.1 ワーラー変性過程における軸索変性および軸索再生。 神経細胞は高度に特殊化した突起構造である軸索および樹状突起を有する。通常軸 索は1つの神経細胞から伸展する突起の内最も長い構造であり,一方の樹状突起は細 胞体周囲に短く伸展している。樹状突起は情報の入力部位として,軸索は情報の出力 部位として機能する(上段)。ワーラー変性における軸索変性には切断 後数分から 1 時 間ほどの間に引き起こされる初期の断片化(中段),さらに数時間後に末梢側全体で引 き起こされる断片化が観察されることがわかっている(下段)。初期の断片化が終了した 後,数時間以内に細胞体側断面からは新しい突起の先端が伸展し始めるのとは対照 的に,末梢側軸索の構造的変化は不活発となる。その後,突発的に素早い不可逆な変 性が開始し,この変性は末梢側全体で引き起こされる(下段)。. 23.

(25) 図 1.2 wld s マウスの遺伝的変異。 wld s マウスでは第 4 染色体上約 85 kb の領域が三重複している。その領域には NAD サルベージ経路における NAD 合成反応を触媒する Nmnat1,レチノール結合蛋白質で ある Rbp7,ユビキチン E4 ライゲースである Ube4b がコードされている。その結果, Ube4b の N 末 70 アミノ酸と Nmnat1 の全長が本来翻訳されない 18 アミノ酸を介して 融合したキメラ蛋白質である Wld s が発現し,軸索変性遅延の遺伝的原因本体となって いる。Nmnat1 には核移行シグナルが存在するため,主に核局在を示す。. 24.

(26) 図 1.3 in vitro ワーラー変性モデル。 後根神経節初代培養を胎生 12~14 日のマウス胎仔から作製し,神経突起が十分に伸 びた段階で突起の付け根で細胞体をから切り離しし,神経突起変性を誘導する(上段)。 細胞骨格タンパク質であるチューブリンを免疫細胞化学的手法によって可視化すると, 野生型マウス由来神経細胞の神経突起は切断後 24 時間で消失するが,wld s マウス由 来神経細胞の神経突起は構造が保たれている(下段:矢印は細胞体を指し示す)。スケ ールバー=100 M。. 25.

(27) 第2章. wlds マウス由来神経細胞はミトコンドリア電子伝達系障害が関 与する細胞死から保護される. 26.

(28) 2.1. 序論. 虚血性脳卒中は,ヒトの死亡,あるいは長期間に及ぶ障害の主要な原因の一つ であり,その原因は,主要な脳動脈における一過性または持続性の脳血流量の減 少(脳虚血)が原因となる(61)。局所の脳血流量の低下は異なる種類の細胞死を 引き起こすことが知られている。虚血部位の核となる部分は数分の内に致命的な 傷害を受けネクローシスが引き起こされる 。一方で,虚血部位の核を囲む領域は 致死的ではないが機能低下を引き起こす血流低下が引き起こされており,虚血性 ペナンブラ領域と呼ばれる。早期の再灌流によってペナンブラ領域の神経細胞は 回復可能である。しかし,再灌流が引き起こす細胞障害,あるいは虚血部位の核 から周囲に伝播する酸化ストレス,過剰興奮毒性,炎症反応が増大することによ ってペナンブラ領域の神経細胞死が引き起こされる。この細胞死はネクローシス だけでなくアポトーシスを含み,虚血後数時間から数日をかけて引き起こされる 。 そのため,虚血性脳卒中に対する早期治療の目的としてペナンブラ領域の細胞死 抑制が重要である。(62, 63)。 複数の先行研究により,Wld s を介した神経保護的な分子機序が様々な神経疾患に 対する治療戦略の発展に寄与する可能性が示唆されている。wld s マウスを用いて 様々な疾患モデルを作成した結果,脳虚血モデルあるいは緑内障モデルなどにお いて Wld s 発現は軸索変性だけでなく細胞死を抑制することが報告されている (40, 41)。その一方で,Wld s 発現は複数のパーキンソン病モデルにおいて引き起こさ れる細胞死には影響を与えず,軸索変性のみを遅延することが報告されている (22, 44, 45)。これらの先行研究における細胞死抑制効果に関する相違は,疾患モデル ごとに異なる神経変性機序が細胞死を引き起こすことの反映であると考えられ る。 そして,Wld s 発現によって抑制される神経疾患モデルにおける細胞死の機序につ いて理解することは Wld s を介した神経保護的な分子機序がどのような神経疾患 に対して治療的効果を与えるかについて重要な知見になると考えられる 。 そこで私は,wld s 変異が軸索と細胞体,両方に対して強力な神経保護を与える ことが先行研究によって示されている脳虚血モデルに注目し,どのような機序を 27.

(29) 介する細胞死に対し wld s 変異が細胞死抑制効果を与えるかを検討した。その結果, 先行研究における in vivo 脳虚血モデルの結果と一致して, wld s マウス脳由来大 脳皮質神経細胞の初代培養神経細胞は, in vitro 脳虚血モデル,特に低酸素/再 酸素化が引き起こす細胞死に対して野生型マウス由来初代培養神経細胞と比較し て有意に高い抵抗性を示した。さらに,Wld s の発現は一部のミトコンドリア呼吸 鎖複合体阻害剤が引き起こす細胞死を抑制することを見出した 。これらの結果か ら,Wld s の発現はミトコンドリア電子伝達系障害が関与する神経疾患において引 き起こされる細胞死を抑制する可能性が示唆された。. 2.2. 手法と材料. マウス胎仔由来大脳皮質神経細胞初代培養. wld s マウス(Harlan U.K.)及び C57/BL6 マウス(Japan SLC)由来大脳皮質 神経細胞初代培養は胎齢 14.5 日のマウス胎仔を用いた。マウス胎仔から大脳半球 を回収し,ピペッティング操作によって機械的に分散した細胞懸濁液を 40-m穴 の cell strainers (BD Falcon) を 通 す こ と に よ っ て 細 胞 隗 を 除 去 し , poly-L-Lysine (Sigma) 処理した 24-穴プレート(Corning) にて,EMEM(Eagle’s minimum essential medium)に 5% ウシ胎児血清 (JRH Bioscience Inc.),及び 5% 馬血清 (MP Biomedicals), 1×penicilin-streptomycin cocktail (Gibco), 4 g/liter グルコース,2.4 g/liter 重炭酸ソーダを混合した培養液中に播種した。細 胞は 37℃で 95%大気及び 5% CO 2 存在下のインキュベーター装置中にて維持した。 上記の培養液は,培養開始後 3 日目の培養液交換の際に,非神経細胞の増殖を抑 える目的で MM(maintenance medium; EMEM 中に 5% 透析済み馬血清,1 mM ピルビン酸ナトリウム,penicilin-streptomycin cocktail, 2.4 g/liter 重炭酸ソー ダ,及び 5 M cytosine arabinofuranoside (Ara-C)を含有した培地)を半量交換し, その後中 2 日の間隔で培地を半量交換し,培養開始後 9-13 日目に実験に用いた。. in vitro 脳虚血モデル,低酸素,グルコース除去. 28.

(30) in vitro 脳虚血モデル(OGD(酸素-グルコース除去)/再灌流)は以下のよ うに作成した。OGD は初代培養神経細胞の培養液を BSS (グルコース不含有緩衝 塩溶液; 116 mM NaCl, 5.4 mM KCl, 0.8 mM CaCl2, 20 mM スクロース)で二回 洗浄後置換し,直ちに,Anaero-Pack System (Mitsubishi Gas Chemical)用いて 低酸素環境(O 2 < 1%, 5% CO 2)に移し,それぞれの実験条件ごとに異なる時間 培養する,という操作で行われた。再灌流は培養液を MM-(ピルビン酸ナトリウ ム不含 MM)に置換し,通常のインキュベーターに移すことによって行われた。 コントロール群の培養細胞は 20 mM グルコースを添加した BSS と置換し,通常 培養に用いるインキュベーターにて静置した 。 低酸素/再酸素化実験には,培養細胞を MM-で 2 回洗浄後,培養液を置換し, Anaero-Pack System を用いて低酸素環境に暴露した。再酸素化は一定時間の酸 素除去後,通常用いるインキュベーターに培養細胞を移すことで実行した 。 グルコース除去実験には,培養細胞をグルコース不含有 EMEM に透析済み馬 血清 5%,penicillin-streptomycin cocktail,および 2.4 g/liter 重炭酸ソーダを 添加した培養液で 2 回の洗浄後,置換し維持した。グルコース再灌流は培養液を MM-に置換することで完了した。対照群の培養細胞は MM-にて維持した。. 薬剤処理による細胞内ストレス誘導. 初 代 培 養 神 経 細 胞 に 薬 剤 を 投 与 す る 前 処 理 と し て , EMEM に penicillin-streptomycin cocktail,4 g/liter グルコース,2.4 g/liter 重炭酸ソー ダ,及び N2 supplement (Invitrogen)を添加した培養液に置換した。酸化ストレ スを誘導する目的には,パラコート(paraquat; Sigma)あるいは過酸化水素(H 2O 2; Santoku Chemical Industries)を培養液に添加した。ER ストレスを誘導する目 的には,ツニカマイシン(tunicamycin; Nacalai Tesque),DTT (dithiothreitol; Nacalai Tesque),タプシガルギン(thapsigargin; Nacalai Tesque)を培養液に添 加した。対照群の培養細胞には DMSO(Sigma)を添加した。グルタミン酸毒性 を誘導する目的には,グルタミン酸(glutamate; Nacalai Tesque)を培養液に添 加した。. 29.

(31) ミトコンドリア電子伝達複合体 I-V の阻害実験. ミトコンドリア電子伝達系に寄与する呼吸鎖複合体 I-V の阻害による細胞死の 誘導には以下の阻害剤を使用した。複合体 I: ロテノン(rotenone; Sigma)およ びアミタール(amytal; Sigma)。複合体 II: マロネート(malonate; Sigma)お よび 3-NPA(3-nitro-propionic acid)。複合体 III: アンチマイシン(antimycin A; Sigma )。複合体 IV: シアン化カリウム(KCN; Sigma)およびアジ化ナトリウ ム(NaN3; Sigma)。複合体 V: オリゴマイシン(oligomycin; Sigma)。薬剤処理 は,初代培養神経細胞を MM-で 2 度洗浄後に,薬剤を含む培養液への置換を行い 開始した。. 細胞生存率および細胞障害率の測定. 細胞生存率は MTT(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide; Sigma)還元法,あるいは細胞外 LDH(lactate dehydrogenase)活性測 定法を用いた。MTT は PBS に溶解させたストック溶液(5 mg/ml)を,培養細胞 培養液中に終濃度 0.5 mg/ml になるよう添加し,37℃で 2 時間静置する。生細胞 に蓄積するホルマザンは 400 l の DMSO に溶解し,570 nm の吸光度をプレー トリーダー(Molecular Device Inc.)にて測定した。吸光度の測定値はそれぞれ の条件における細胞の生存活性を反映する値であることから,コントロール群か ら得られる値に対する百分率を算出し,細胞生存率として示した 。一部の実験に おいては,LDH 活性を LDH-Cytotoxic Test (Wako Pure Chemical Industries) を用い,添付のプロトコルに従い測定した。培養細胞の薬剤処理後,培養上清を LDH 放出の測定用に 200 l 回収し,新しい培養液 200 l を補い,培養細胞は直 ちに凍結・融解し,全ての細胞から放出された LDH を含む培養液上清をポジテ ィブコントロールとして回収した。. 統計解析. 全ての実験は各々の実験結果に示された回数行い,平均 値及び標準偏差(SD) 30.

(32) を用いて表されている。統計比較には unpaired Student’s t -test を用い,P < 0.05 の場合有意差があると判断した。. 2.3. 結果. Wld s の発現はマウス大脳皮質由来初代培養神経細胞を虚血/再灌流障害から保 護. 先行研究において wld s マウスを用いて一過性全脳虚血モデルを作製した場合, 野生型マウスにおいて観察される障害と比較して,尾状核及び海馬 CA2 領域にお ける神経細胞死が減少することが報告されたが,非神経細胞による影響の有無は 不明であった(41)。脳に対する虚血障害は神経細胞に対する直接的な作用だけで なく,グリア細胞といった非神経細胞への障害を介して神経細胞を障害すること が知られている(64)。そのため,私は Wld s が非神経細胞を介さない機序によって 虚血性障害から保護するかどうかを検討した 。この目的のため,wld s マウス並び に野生型マウス由来大脳皮質神経細胞を用いて in vitro 脳虚血モデルを作成し, その後の細胞生存率を図.2-1 A にて示す時間経過に合わせて測定した。その結果,. wld s マウス由来神経細胞は野生型マウス由来の対照群と比較し, 2 時間の OGD 及び 24 時間の再灌流が引き起こす障害に対し有意に高い細胞生存率を示した(図 2.1 B)。これらの結果は,Wld s は周囲の細胞からの影響を介さずに虚血/再灌流 障害が引き起こす神経細胞死を抑制することが明らかとなった 。 OGD/再灌流モデルは細胞を,一過性のエネルギー枯渇を引き起こす酸素及び グルコースが除かれた環境に暴露した後,遅発性の細胞障害を引き起こす再灌流 の処理を行う。この 2 段階の処理のどちらが引き起こす神経細胞死に対し wld s 変異が細胞死抑制効果を示すか,について検討するため私は 2 つの時点,24 時間 の再灌流処理後,1)30 分経過時点,2)24 時間経過時点,それぞれについて. wld s マウス由来及び野生型マウス由来神経細胞の生存率を比較した(図 2.1 C)。 その結果,再灌流開始後 30 分経過時点での wld s マウス由来及び野生型マウス由 来神経細胞の生存率に有意な差は認められなかった。一方で,再灌流後 24 時間 31.

(33) 経過時点での wld s マウス由来神経細胞は野生型マウス由来神経細胞と比較して, 有意に高い生依存率を示した(図 2.1 D)これらの結果は Wld s の発現は虚血自体 が引き起こす細胞死ではなく,虚血後再灌流が引き起こす細胞死から神経細胞を 保護する,ということを示唆する。. Wld s の発現は低グルコースに続くグルコース再灌流が引き起こす細胞障害に影 響しないが,低酸素に続く再酸素化による細胞障害から神経細胞を保護. 虚血により酸素及びグルコースを利用することができない神経細胞は再灌流に よって再び両者を利用しミトコンドリア呼吸や解糖系を介してエネルギー産生を 行うが,同時にこの再供給が神経細胞に様々な細胞内ストレスを惹起し細胞死に 導く。先行研究により,再酸素化並びにグルコース再灌流はそれぞれ別々の機序 で細胞死を引き起こすことが知られている(63, 65)。そこで Wld s を発現する神経 細胞は虚血/再灌流の間どちらの要素が引き起こす細胞死を抑制するか,につい て検討を行うため wld s マウス由来および野生型マウス由来の初代培養神経細胞 をグルコース除去/再灌流あるいは低酸素/再酸素化の条件(図 2.2 A, D)に置 き,その後の細胞生存率を比較した。その結果,Wld s を発現する神経細胞は 5 時 間あるいは 6 時間の低酸素後に 24 時間の再酸素化を引き起こした場合に野生型 マウス由来神経細胞を比較し有意に高い生存率を示した(図 2.2 C)。一方でグル コース再灌流に対して有意な差は認められなかった(図 2.2 F)。これらの結果は Wld s の発現は虚血後の再酸素化が引き起こす細胞障害に対して特異的に神経細 胞を保護することを示唆した。. Wld s の発現は酸化ストレス,小胞体ストレスあるいはグルタミン酸毒性による細 胞死に影響を与えないが,ミトコンドリア呼吸障害による細胞障害から神経細胞 を保護. 低酸素/再酸素化が神経細胞に引き起こす様々なストレスには,ミトコンドリ ア呼吸障害,小胞体ストレス,酸化ストレスなどがあり,どれも細胞死を引き起 こす(64, 66)。また,低酸素が引き起こすネクローシスは組織中のグルタミン酸レ 32.

(34) ベルを上昇させ,周囲の神経細胞を二次的な過剰興奮毒性によって細胞死へ導く (67)。神経細胞内で引き起こされると考えられる変化の内,Wld s の発現がその細 胞毒性を減弱させる変化を特定するため,私は wld s マウスおよび野生型マウス由 来神経細胞に対し,低酸素/再酸素化において細胞死への寄与が想 定される細胞 内ストレスを薬剤によって誘導し細胞生存率を比較した。ミトコンドリア呼吸障 害の誘導にはミトコンドリア呼吸鎖複合体 IV を構成するシトクロム c オキシダ ーゼの阻害剤であるシアン化カリウム,並びにアジ化ナトリウム,活性酸素種の 産生には過酸化水素並びにパラコート,グルタミン酸毒性の誘導にはグルタミン 酸,小胞体ストレスの誘導には蛋白質の高次構造を解離する目的で DTT,小胞体 へのカルシウムイオンの再取り込阻害剤であるタプシガルギン,および N-糖鎖修 飾阻害剤であるツニカマイシンを用いた。その結果,Wld s を発現する神経細胞は シアン化カリウムが引き起こす細胞死から有意に保護された(図 2.3 A, 左)。一 方で,その他のストレス誘導薬剤が引き起こす細胞死に対する影響は認められな かった(図 2.3 B-D)。Wld s による細胞保護効果を他の手法によって再確認する 目的で,シアン化カリウムを処理した神経細胞の培養上清中の,細胞死に伴い放 出される LDH を計測し, wld s マウス由来神経細胞及び野生型マウス由来神経細 胞における細胞障害を比較した。その結果,Wld s を発現する神経細胞から放出さ れる LDH 量は野生型マウス由来神経細胞から放出される量と比較し有意に少な かった(図 2.3 E)。これらの結果から, Wld s によって抑制される細胞死の機序 においてミトコンドリア呼吸障害が深く関与する可能性が示唆された 。. Wld s の発現はロテノン及びアンチマイシンを含む一部のミトコンドリア呼吸鎖 複合体阻害剤が引き起こす細胞障害を抑制. ミトコンドリア呼吸鎖複合体 IV の阻害は二次的に呼吸鎖複合体 I あるいは II から呼吸鎖複合体 III を介した電子伝達を阻害している可能性,あるいは呼吸鎖 複合体 I-IV によって形成されるプロトン勾配に依存する呼吸鎖複合体 V の酸化 的リン酸化を阻害する可能性が考えられる(68)。そのため私は,Wld s がその他の 呼吸鎖複合体の阻害が引き起こす細胞死に対しても神経保護効果を示す可能性を 推測した。この仮説を検証するため,ミトコンドリア呼吸鎖複合体 IV 以外の複 33.

参照

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