学位論文の要旨
氏名 バヤンサン プルフドルゴル
学位申請論文題名:モンゴル地方部における環境保全を踏まえた観光産業のあり方
モンゴルは 1924 年から続いた社会主義体制を 1990 年に放棄して市場経済に移行し た。その結果、モンゴルの経済は、市場経済への移行により、年間インフレ率が増加 したほか、物不足が加速し、経済危機に陥った。さらに、国営企業の多くは活動を停 止し、国民の生活不安が高まった。しかし、1995 年から徐々に回復し、社会の安定化 が進み、近年では急速に経済発展を続けている。その中で、自然資源を活用した鉱工 業、例えば、石炭や鉄鉱石の産出、それを加工して鉄鋼を生産する鉄鋼業の発展、さ らに農業の再生、観光などの新しい産業が発展してきた。とくにモンゴルでは、観光 が所得や利潤を創出する新たな産業として期待されている。
このような現状を踏まえ本論文においては、社会主義体制から市場経済への移行後、
首都ウランバートルへの一極集中の弊害により過疎化や高齢化、人口減少が進展する とともに産業も衰退し、活力や魅力が低下しつつある地方部を研究対象として、地域 振興のために求められる自然資源を有効活用した観光産業の新たな展開について考察 したものである。
近年、外国人観光客数は増加傾向にあり、GDP に占める国際観光収入の割合は 10%
を上回るほどに高まっている。モンゴル経済にとって観光業は、非常に重要であると 言える。しかし、地方においてはホテル等の宿泊施設、レストラン、さらに交通機関 等のインフラ整備が遅れていることから、観光産業が発展している地域は首部ウラン バートル近郊に限定されており、環境保全にほとんど配慮がなされていないため、観 光による廃棄物の増加、希少野生動植物の減少など、様々な環境問題が生じている。
さらにモンゴルの観光産業の現状として、都市部の旅行会社が、地方の有名観光地な どのツアーを企画して参加者を募集し実地するという発地型観光となっており、地方 部に観光による経済効果がほとんどもたらされない状況である。
このように、遊牧以外に雇用を生み出す産業が殆どない地方部においては、観光産 業に力を注ぐことで、地域に存在する独自の自然や特産品などの地域資源を活用し、
地域外から地域内に所得を取り込むことができる。観光産業が自立的かつ持続的な成
長を実現するためには、モンゴルを訪れる観光客の 78%が観光対象としている自然環 境の保全への配慮に留まらず、自然資源の有効活用により積極的に自然を再生・活用 することが重要な課題となる。その対応方策の一つとして、自然環境を保全しつつ、
地域を主体とした着地型観光の振興が挙げられる。着地型観光とは、旅行者を受け入 れる側の地域(着地)側が、地元ならではのプログラムを企画し、住民がインストラ クターや案内人となり、訪れた人と共に普段の生活・趣味を体験したり、地域の自然 や歴史を共に楽しんだりする新しい観光の形態である。
本論文では、研究対象地域としてモンゴルの最西部の大湖盆地に位置するウブス県 を取り上げた。モンゴルは「砂漠の国」という印象を持たれることが多いが、ウブス 県は万年雪の高い山々、森林草原、またゴビ砂漠に移行する多くの自然地域を包含す る「世界遺産」地域であり、豊かな観光資源を擁している。それにも関らず、モンゴ ル自然環境観光省によるアンケート調査報告書によると、観光客の 92%が「ウランバ ートル近郊」、35.5%が「フブスグル」、32.6%が「ゴビ」を観光対象としているのに対 して「ウブス県」は 3%に過ぎない(モンゴル観光統計局、2013)。モンゴルの地方部に おける着地型観光の将来性について検討するためには、豊かな観光資源を擁するにも 関わらず、観光地としての実績の乏しいウブス県を事例として取り上げることは、地 方部における多くの地域への応用が可能であるという点において有効性が高い。
本論文は 6 章から構成される。序章では、本論文のテーマを設定し、その先行研究 を整理した。第Ⅰ章では、本論文の考察に必要な基礎概念として観光産業、エコツー リズム、着地型観光の定義や意義について確認した。第Ⅱ章では、モンゴルの経済・
社会・観光産業の現状について確認した。第Ⅲ章では、観光産業が発展している地域 として首部ウランバートル近郊を取り上げて、観光産業の現状について確認し、問題 点を明らかにし今後の観光振興政策について考察した。第Ⅳ章ではモンゴル地方部の 観光産業ついて確認するためにウブス県を取り上げて、経済・社会・観光産業につい て確認し、住民参加による観光振興政策について考察した。第Ⅴ章では、自然環境を 創出する取組み方策について、筆者が榛名山・県立榛名公園において行った研究によ り確認した。第Ⅵ章では、日本の観光における、着地型観光により経済活性化の成果 を上げている地域として注目されている長野県飯田市の事例として取り上げ、 ヒア リング調査と農家へのアンケート調査を通じて、飯田市における取り組みの成功要因 について考察した。そして終章においては、以上の分析を踏まえ、モンゴル地方部に おける自然資源を活かした持続的な観光振興政策を提示することした。
ウブス県では、経済の低成長と人口減少が進行していることから、地域内市場は縮 小傾向にある。このため、将来に向けた経済発展のためには、新たな産業展開が必要 となっている。そこで注目されるのが観光産業である。観光産業はその地域が本来持 っている歴史や文化を利用するものや、観光客が写真などで見るだけではわからない、
実際にその地域を訪れてみて初めて体験できるような観光を生み出すことができれ
ば、観光産業の発展によって地域社会・経済を活性化し、成熟経済・人口減少の時代 にあっても、生活の質を変えることなく地域の活性化を図ることができる。
また観光産業は幅広い産業分野から構成されることから、新たな雇用の場の創出が 期待される。その実現のためには、県民、観光に関係する事業者、行政などが連携し てウブス県の観光資源を発掘し、同県の魅力として県外に発信する必要がある。その ため、自然環境の保全と両立し地域振興に貢献する、地域を主体とした着地型観光の 振興が求められる。
着地型観光により地域の持つ独自の産業やサービスを効果的に引き出すことで、地 域社会・経済が活性化し、住民生活の質が改善されることに繋がると言えよう。さら に、住民が観光産業振興の重要性を理解し、主体的な取組みの意思を持って観光事業 者と協働することにより、着地型観光は成功するものと考えられる。さらに、これま で観光資源として認識されてこなかった資源が新たに発掘され、その個性や魅力を認 識することで活用が促進され、さらには豊かな自然の保全と増進に繋がる。いずれに しても複合産業としての観光、とりわけ着地型観光は経済波及効果が大きく、地域経 済振興への貢献が期待できることについて、地元民の理解を深め地元民との協働を促 進することが重要であると考えた。
以上のように各章における分析・検討の結果、社会主義体制から市場経済移行後、
首都ウランバートルおよびその周辺の経済発展は著しいものの、地方経済は停滞して おり、極端な地域格差が生じていることが明らかになった。その格差是正に観光業の さらなる発展が期待されるのである。しかし、本論文で明らかになったように、経済 原則に合った観光振興のみでは環境問題をはじめとする種々の問題解決には結び着か ない。すなわち、モンゴルの豊かな自然資源を活かしつつ、インフラ整備を行ない、
自然環境に最大限配慮したエコツーリズム、地方活性化に寄与する着地型観光の推進 が最適であるとの結論を得るに至った。