論文の内容の要旨
氏名:早 坂 正 敏
専攻分野の名称:博士(薬学)
論文題名:医療機関における病院薬剤師の医療安全への貢献に関する研究
序章
医療機関で用いる医薬品の情報に,薬事法第52条で定められた医療用医薬品添付文書(以下、添付文 書)があり,医薬品の適正使用のためには必要不可欠な情報源である。しかしながら,添付文書は治験お よび製造販売後調査での画一的な情報であり,必ずしも臨床現場が求める情報を網羅しているものではな い。医療現場では医薬品の使用実態を反映した情報が必要なこともあり,医薬品の副作用対策を直接的お よび間接的に向上させるためには,薬剤師がエビデンス・データや蓄積情報を収集して評価し,自発報告 における事象と医薬品との因果関係を自ら明確にすることが重要である。本論文は,医療機関における医 薬品の安全性情報の収集と安全対策を実施する上での課題を検討し,今後の薬剤師による医薬品安全対策 に貢献する方法を提言した。第1 章では添付文書を情報源とした薬物間相互作用情報のシステム構築とそ の評価に関する研究,第2章では医療現場に則した医薬品安全性情報の補完に関する研究,第3章では医 療機関における医薬品安全性情報の検出と情報提供に関する研究を行った。
第1章 添付文書情報に基づく薬物間相互作用情報の構築とその評価
医療機関においては,医薬品の適正使用のために必要不可欠な添付文書情報を有効活用することが望ま れる。そこで,本章の第 1節では医師が処方を作成する際の薬物間相互作用情報の有用性を検討し,第 2 節では救命救急医療現場における中毒患者の服用薬剤に対する薬物間相互作用情報の有用性を検討した。
第1節 処方入力時における薬物間相互作用自動チェックシステムの構築
添付文書の情報は各製薬会社で記載方法が異なるため,活用するにはキーワードを統一化し設定する必 要がある。また,情報作成で最も重要なことは添付文書に記載されている相互作用の相手薬剤の特定方法 である。相手薬剤の記載方法は,ほとんどが薬理・薬効群名の記載が多いことから,薬理・薬効群名に所 属する一般名を慎重に選択する必要があった。内服薬や外用薬のみならず注射薬を含む添付文書情報を基 に作成した薬物間相互作用監視用データを作成し,医師が処方を入力する時点において薬物間相互作用チ ェックシステムを構築して稼働した。その結果,併用禁忌の処方率を76%減少でき,本システムの有用性 を確認できた。
第2節 薬物間相互作用チェックシステムによる中毒患者の服用薬剤の検討
救命救急センターに中毒患者が搬送された場合,薬剤師は直ちに医薬品名および服用量を推定し,その 中毒量,薬物動態,大量服用時の中毒症状,相互作用,治療法などを情報提供する必要がある。これらの 情報をチェック機能として備えた新たな薬物間相互作用の検索システムを構築したところ,相互作用の検 索から伝達文書の作成までに要する患者一人当たりの時間は,従来の業務では30分以上を要していたが,
本システムを導入したことにより 5分程度に短縮できた。本システムは薬物中毒患者の対処においてその 貢献度は大きいことが示唆された。一方,添付文書には常用量を超えた場合の薬物間相互作用に関する情 報がないことから,このような事例に該当する中毒患者に対しては直ちに外挿することは困難であること がわかった。
第2章 医療現場に則した医薬品安全性情報の補完に関する検討
添付文書上の医薬品に係る有効性および安全性に関する情報は主に治験データに基づいており,医薬品 によっては医療現場で活用する際に医療従事者が必要とする情報が不足していることがある。本章の第1 節では,治療上の必要性から添付文書に記載のない顆粒球コロニー形成刺激因子製剤(G-CSF製剤)の使 用法のあり方について検討し,第2節では添付文書に記載された溶解液量による副作用の発現頻度を検討 し,第3節では副作用を事前に回避するために必要な情報の収集を試みた。
第1節 がん化学療法後の好中球減少症に対するG-CSF製剤使用法に対する情報の検討
医療現場では,FOLFOX4(オキサリプラチン(L-OHP),フルオロウラシル(5-FU)/レボホリナートカル
シウム(l-LV)の持続点滴)療法を定期的に継続するため,G-CSF製剤をがん化学療法施行24時間以内に投
与する等,添付文書には記載のない使用法による症例が存在する。そこで,本研究ではFOLFOX4療法施 行患者に対するG-CSF製剤の投与開始時間の相違による骨髄抑制に対する影響について比較検討した。そ
の結果,FOLFOX4療法施行24時間以内のG-CSF製剤の投与は,総投与クール数の向上には影響しない
ことや Grade3 以上の重篤な白血球数や好中球数の減少を出現させ,発熱のリスクを増大させることが示
唆された(Fig. 1)。G-CSF製剤を本来の適正な開始時期に投与することで,発熱性好中球減少症のリスク を増大させることなく,治療を継続できることがわかった。本研究から添付文書情報を補完でき,医師等
にG-CSF製剤の適正使用を積極的に助言できた。
Fig.1 Rate of incidence leukopenia and neutropenia of Grade 3 or greater
第2節 注射用抗がん剤希釈濃度の違いによる副作用情報の検討
添付文書上のドセタキセル(Doc)注射剤の調製法は「250又は500 mLの生理食塩液又は5%ブドウ糖 液に混和する。」と記載されているが,希釈濃度の違いによる具体的な記載はない。そこで,添付文書に記 載がある希釈液量を重要視し,希釈濃度と過敏症発現との関連性について検討した。その結果,希釈濃度
を 0.02w/v% 以下に設定することにより過敏症の発現を抑制できることを明らかにした。本研究により,
Doc を用いた化学療法を安全かつ有効に実施するには,Doc の希釈濃度に関する情報を添付文書に反映す る必要性が示唆された。
第3節 副作用情報を補完するための患者背景因子の検討
FOLFOX 療法による末梢神経障害を管理し治療を継続することは生存期間の延長に寄与すると考えら
れている。従って,末梢神経障害に影響を及ぼす臨床的因子を明らかにし,患者背景に応じた末梢神経障 害のリスクを評価することが必要となる。そこで,FOLFOX4療法施行患者における末梢神経障害発症に 関与する臨床的因子について検討した結果,白血球数の低値,Amylaseの高値,転移有り,L-OHP累積投 与量の増加が末梢神経障害発症に影響する因子であることが示唆された。本研究で明らかとなった末梢神 経障害の発現に関連する因子に基づく臨床管理を行うことにより,副作用の回避が可能なレジメンの選択 が期待できるものと考える。
第3章 医療機関における未知の医薬品安全性情報の収集に関する検討
製造販売後では治験の段階で予測しない様々な環境下で医薬品が患者に使用される。臨床現場での使用 実態を反映し,未知・重篤な副作用を収集するために効果的な手段が自発報告である。本章の第1 節では データウェアハウスの医療情報を使用した副作用に対する薬剤疫学的検討を行い,第2 節では臨床現場に おける新たな薬物間相互作用に関する情報について探索した。
第1節 日本大学医学部データウェアハウスの医療情報を使用した副作用に対する薬剤疫学的検討 臨床現場のデータベースを使用し,クロピドグレル・アスピリン併用療法とアスピリン単独療法が日本 人の血液学的パラメーターに与える影響についてOne group pretest-posttest studyとして比較検討した 結果,クロピドグレル・アスピリン療法はアスピリン単独療法より血液毒性が大きいことが判明した。ク ロピドグレル・アスピリン併用療法による治療の開始後 2か月間においては,定期的に血液検査を行う必 要があることを明らかにした(Table 1)。
Table 1. Mean changes in laboratory parameters during exposure period from baseline.
Laboratory test Clopidogrel plus Asprin Aspirin alone (n=130) P-Value
(n=130)
Mean (95%CI) Mean (95%CI)
ΔWBC (103/μL) -1.607 (-2.101, -1.113) -0.665 (-1.159, -0.171) 0.0084*
ΔRBC (106/μL) -0.098 (-0.180, -0.016) 0.051 (-0.030, 0.133) 0.0117*
ΔPLT (103/μL) 0.800 (-11.828, 13.428) -11.215 (-23.843, 1.412) 0.1864 ΔHemoglobin (g/dL) -0.298 (-0.557, -0.038) 0.176 (-0.083, 0.435) 0.0115*
ΔHematocrit (%) -0.909 (-1.666, -0.153) 0.459 (-0.298, 1.215) 0.0124*
Δ indicates mean change in laboratory test value between baseline and exposure period.
Abbreviations: WBC; white blood cell count, RBC; red blood cell count, PLT; platelet count. *: p<0.05 (aspirin plus clopidogrel vs aspirin alone).
第2節 臨床現場における新規薬物間相互作用情報の探索
開心術後患者のワルファリン(WF)投与とPPIとの併用による出血リスクの有無について臨床的に検討し た結果,ランソプラゾールはWFの作用を増強し,INR値が上昇することが示唆された。一方,ラベプラ ゾールとの併用ではINR値に影響を及ぼさないことが明らかとなった。添付文書にはランソプラゾールと WF との相互作用の記載はないが,本研究の結果を踏まえ,日本大学医学部附属板橋病院における開心術 後の患者には両者の併用を禁忌とすることとした。自発報告は,臨床現場での使用実態を反映し,未知・
重篤な副作用を収集するために効果的な手段であることを示唆できたと考える。
まとめ
最初に,処方作成時および薬物中毒により救命救急病棟に搬送された時点において添付文書を情報源と した薬物間相互作用情報のシステムが有用であることを示した。次に,臨床現場において添付文書情報が 適切な例と不適切な例を明らかにした。また,副作用を事前に回避するための情報作成が可能であること を示した。これらは医療現場に則した医薬品安全性情報の補完に貢献できると考える。最後に,クロピド グレル・アスピリン併用患者では定期的な検査が必要であることを明らかにした。また,WFとPPIの新 規薬物間相互作用の可能性を明らかにした。医薬品の安全対策への薬剤師の関与方法に課題はあるが,医 療機関における医療安全に関わる情報のエビデンスを構築するうえでの課題にこれらの研究を通じてその 発展に貢献できると考える。