﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹂ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観 南 昌 宏 は じ め に 空 海 が 中 国 の 文 化 に つ い て 相 当 の 教 養 を 備 え て い た こ と は、 今 更、 改 め て 言 う ま で も な い。 し か し 同 時 に、 当 時 の 日 本 の 貴 族 や 官 吏 に と っ て も、 儒 教 の 経 書 や ﹃ 史 記 ﹂ ﹃ 文 選 ﹄ 等 に 関 す る 知 識 は 必 須 の も の で あ っ た。 そ の こ と は ﹃ 令 義 解 ﹂ 等 か ら も 明 ら か で あ る。 そ の 上 で、 空 海 の 知 識 は 群 を 抜 い て い た と 考 え ら れ て い る。 で は、 そ の 根 拠 を ど こ に 求 め る か と い う と、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ 等 に 残 さ れ た 詩 文 か ら 読 み 取 っ た と す る の が 一 般 的 で あ る。 す な わ ち ﹁ 空 海 の 文 章 は 中 国 古 典 の 語 句 を 見 事 な ま で に ち り ば め て 作 ら れ て い る ﹂ と い う わ け で あ る。 し か し、 そ れ は 空 海 の 作 文 が 技 巧 的 に 優 れ て い た こ と の 証 明 で し か な い。 も ち ろ ん 作 文 技 法 に 個 々 人 の 優 劣 は あ る だ ろ う が、 中 国 古 典 を 踏 み つ つ 文 章 を 書 く と い う こ と は、 当 時 に あ っ て は 常 識 的 な 手 法 に 過 ぎ な い。 そ の こ と に つ い て は、 拙 稿 ﹁ 学 制 に 見 る 空 海 入 唐 前 の 学 問 ﹂ ( ﹃ 高 野 山 大 学 密 教 文 化 研 究 所 紀 要 別 冊 1 弘 法 大 師 の 思 想 と そ の 展 開 ﹄ 所 収、 平 成 一 一 年 ) に も 書 い た。 作 文 技 法 か ら 見 て 取 れ る の は、 表 面 的 な 知 識 の 受 容 に 過 ぎ な い。 そ こ か ら 中 国 思 想 へ の 深 い 理 解 を 見 出 す こ と は、 不 ﹃秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 可 能 で は な い か も し れ な い が、 困 難 で あ ろ う。 知 識・ 教 養 の 広 さ と 哲 学・ 思 想 の 深 さ と は、 必 ず し も 同 じ で は な い か ら で あ る。 そ こ で、 空 海 が 中 国 思 想 を ど の よ う に 受 容 し て い た の か、 深 い 思 想 性 を 備 え た 著 作 か ら 考 え て み た い。 本 稿 に お け る 空 海 の 著 作 に つ い て、 テ キ ス ト は ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ ( 高 野 山 大 学 ・ 密 教 文 化 研 究 所 ) を 用 い る。 た だ し、 漢 字 は 常 用 漢 字 を 用 い る こ と を 基 本 と し、 特 異 な 異 体 字 も 一 般 的 な 文 字 で 代 用 し た。 ま た、 訓 読 は 必 ず し も テ キ ス ト に は 拠 ら な い。 一、 空 海 の 思 想 的 著 作 空 海 が 仏 教 以 外 の 学 問 に 一 定 の 効 用 を 認 め て い た こ と は 明 ら か で あ る。 ﹃ 綜 藝 種 智 院 式 ﹂ の ﹁ 師 を 招 く の 章 ﹂ に は 次 の 言 葉 が あ る。 師 に 二 種 有 り。 一 は 道、 二 は 俗 な り。 道 は 仏 経 を 伝 う る 所 以、 俗 は 外 書 を 弘 む る 所 以 な り。 ﹁ 真 俗 離 れ ず ﹂ と は、 我 が 師 の 雅 言 な り。 更 に 続 い て ﹁ 一、 俗 博 士 教 受 の 事 ﹂ を 読 め ば、 外 書 の 勉 強 を 奨 励 し て い る と 言 え る。 外 書 と は ﹁ 九 経 ・ 九 流 ・ 三 玄 ・ 三 史 ・ 七 略 ・ 七 代、 若 し く は 文、 若 し く は 筆 等 の 書 ﹂ で あ る と 空 海 は 記 す。 中 国 の 古 典 は、 伝 統 的 に < 経 ・ 史 ・ 子 ・ 集 > の 四 部 に 分 類 す る。 現 在 の 用 語 に 置 き 換 え れ ば、 そ れ ぞ れ < 儒 教 の 重 要 典 籍 (経 ) ・ 歴 史 書 ( 史 ) ・ 諸 子 百 家 (子 ) ・ 詩 文 を 中 心 と す る そ の 他 ( 集 ) > と な る。 要 す る に、 外 書 と は 全 て の 書 物 と い う こ と に ほ か な ら な い。 こ の よ う に 外
書 の 学 習 を 奨 励 し て い る こ と は 分 か る が、 そ れ で は、 空 海 自 身 は 中 国 の 思 想 を ど の よ う に 受 け 止 め て い た の か。 そ れ を 知 る に は、 や は り、 哲 学 的 ・ 思 想 的 な 著 述 か ら 読 み 取 る 必 要 が あ ろ う。 中 国 の 思 想 に 関 わ る 空 海 の 著 作 と 言 え ば、 先 ず ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ が 挙 げ ら れ よ う。 ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ の 著 作 時 期 に つ い て は 種 々 の 問 題 点 が 指 摘 さ れ て い る が、 お お む ね 空 海 が 若 い 時 期 の 作 品 で あ る と い う こ と に 異 論 は な い だ ろ う。 そ う で あ る な ら ば、 深 い 思 索 を 経 た 後 の 著 作 と し て は、 や や も の 足 り な い の で は な い か。 ま た、 ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ 一 冊 だ け で は、 資 料 不 足 と 言 わ ざ る を 得 な い。 し か し な が ら、 ﹃ 三 教 指 帰 ﹂ 以 外 を 探 し て み て も 仏 教 の 話 ば か り で あ り、 空 海 が 中 国 の 思 想 に 直 接 言 及 す る よ う な 文 章 は な か な か 見 つ か ら な い の も 事 実 で あ る。 そ の よ う な 中、 空 海 の 中 国 思 想 へ の 理 解 を 窺 わ せ、 か つ 思 想 的 に も 重 要 だ と 思 わ れ る 著 作 が あ る。 一 つ は ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹂ で あ り、 も う 一 つ は ﹃ 秘 蔵 宝 鍮 ﹄ で あ る ( 以 後、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ ﹃ 宝 鍮 ﹄ と 略 称 す る )。 と も に 第 一 よ り 第 十 に い た る 十 住 心 に つ い て 論 じ た も の で あ り、 両 著 作 に は 密 接 な 関 係 性 が 予 想 さ れ る。 宮 坂 宥 勝 ( ﹃ 弘 法 大 師 空 海 全 集 ﹄ 第 六 巻 ﹁ 解 説 ﹂、 筑 摩 書 房、 昭 和 五 八 年 )、 静 慈 圓 ( ﹃ 空 海 密 教 の 源 流 と 展 開 ﹂、 大 蔵 出 版、 一 九 九 四 年 )、 山 陰 加 春 夫 ・ 中 村 本 然 (﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 二 巻 ﹁ 解 説 ﹂、 平 成 五 年 )、 静 慈 圓 ・ 甲 田 宥 咋 ・ 跡 部 正 紀 ( ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 三 巻 ﹁ 解 説 ﹂、 平 成 六 年 ) 各 氏 の 解 説 か ら、 以 下 の こ と が 通 説 で あ る と 言 え よ う。 (1) ﹁ 天 ︹皇 ︺ の 恩 詔 を 奉 じ て 秘 義 を 述 ぶ ﹂ ( ﹃ 十 住 心 論 ﹄ 巻 第 一 )、 ﹁我、 今、 詔 を 蒙 り て 十 住 を 撰 す ﹂ ( ﹃ 宝 鍮 ﹂ 巻 上 ) と あ る こ と か ら、 両 著 と も に 勅 撰 で あ る こ と が 窺 わ れ る。 (2) 天 長 七 年 ( 八 三 〇 ) 前 後、 空 海 五 七 歳 頃 の 著 作 で あ る。 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹂ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 (3) ﹁ 具 に は ﹃ 十 住 心 論 ﹄ の 如 し ﹂ に 類 す る 表 現 が、 ﹃ 宝 鋪 ﹄ に 散 見 す る こ と か ら、 大 部 の ﹃ 十 住 心 論 ﹄ が 先 に 著 さ れ、 そ の 後、 簡 略 な ﹃ 宝 鎗 ﹂ が 著 さ れ た。 さ ら に、 宮 坂 氏 に よ れ ば、 十 住 心 体 系 は 横 竪 の 二 重 構 造 を も ち、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ は 横 ( 九 顕 十 密 ) の、 ﹃ 宝 鋪 ﹄ は 竪 (九 顕 一 密 ) の 構 造 を 示 す ( 前 掲 書、 七 四 八 頁 )。 ま た、 静 氏 に よ れ ば、 密 教 に 暗 い ﹁ 広 範 囲 な 者 を 相 手 と し て、 平 易 に 密 教 を 説 く ﹂ 文 章 表 現 を ﹃ 宝 鎗 ﹂ は 採 用 し た ( 前 掲 ﹃ 空 海 密 教 の 源 流 と 展 開 ﹂、 三 一 九 頁 )。 そ し て、 山 陰 ・ 中 村 両 氏 の 解 説 (前 掲 書、 三 四 九 頁 ) に は ﹁ 大 師 教 学 の 集 大 成 ﹂ と 言 う。 ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ が 青 年 期 の 作 品 で あ る の に 対 し て、 ﹃ 十 住 心 論 ﹂ ﹃ 宝 鎗 ﹂ は 晩 年 の 作 品 で あ る。 空 海 の 思 想 が 円 熟 し た 時 期 の 資 料 と し て、 両 著 は 申 し 分 な い も の と 言 え よ う。 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ 秘 密 荘 厳 住 心 第 十 ( 以 下、 各 住 心 を 第 十 住 心 な ど と 略 称 す る ) に 次 の よ う に 言 う。 竪 に は 十 重 の 浅 深 を 顕 わ し、 横 に は 塵 数 の 広 多 を 示 す。 ⋮ ⋮ 初 め 抵 羊 の 闇 心 よ り、 漸 次、 闇 に 背 き 明 に 向 か う 求 上 の 次 第 な り。 こ の 言 葉 の よ う に、 ﹃ 十 住 心 論 ﹂ は 人 間 の 精 神 世 界 を 十 段 階 (十 住 心 ) に 分 け て 解 説 し た も の で あ り、 宮 坂 氏 に よ れ ば、 ﹃ 十 住 心 論 ﹂ が 横、 ﹃ 宝 鎗 ﹂ が 竪 の 構 造 を 持 つ。 横 竪 の 相 異 が あ る と し て も、 そ れ は 両 著 を 相 対 的 に 見 れ ば、 と い う こ と で あ ろ う。 両 著 に お け る 十 住 心 の 構 成 自 体 に は 基 本 的 な 違 い は な い と 思 わ れ る。 と こ ろ が、 同 様 の 構 成 を 採 り な が ら、 儒 教 に 代 表 さ れ る 中 国 思 想 に 詳 細 に 言 及 す る の が、 ﹃ 十 住 心 論 ﹂ で は 愚 童 持 斎 住 心 第 二 で あ り、 ﹃ 宝 鎗 ﹄ で は 唯 繭 無 我 住 心 第 四 な の で あ る。 ﹃ 宝 鍮 ﹂ 第 二 住 心 に も 儒 教 道 徳 に つ い て の 言 及 は あ る も の の、 そ れ は ﹃ 十 住 心 論 ﹂ 第 二 住 心 の 要 約 に 過 ぎ ず、 通 常 の 構 成 と 言 え る。 他 方、 ﹃ 十 住 心 論 ﹂ 第 四 住 心 に は 中 国 思 想 へ の 言 及 は な い。 敢 え て
言 え ば、 中 国 思 想 に 言 及 せ ず と も、 空 海 は 十 住 心 を 説 明 す る こ と が 出 来 た は ず で あ る。 な ぜ、 空 海 は 中 国 思 想 に つ い て 詳 し く 記 す 必 要 が あ っ た の だ ろ う。 そ し て、 空 海 は 中 国 思 想 を ど の よ う に 理 解 し て い た の だ ろ う か。 本 稿 で は、 先 ず、 考 察 の 対 象 を ﹃ 十 住 心 論 ﹂ の 典 故 表 現 に 限 定 し て 論 じ る こ と と す る。 二、 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ 愚 童 持 斎 住 心 第 二 に お け る 典 故 表 現 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ 第 二 住 心 は、 冒 頭 に 次 の よ う に 記 す。 愚 童 持 斎 心 は、 即 ち 是 れ 人 趣 が 善 心 の 萌 兆、 凡 夫 が 帰 源 の 濫 膓 な り。 ⋮ ⋮ 欲 を 少 な く す る の 想 い 始 め て 生 じ、 足 る を 知 る の 心 稽 発 る。 高 徳 を 見 て 尊 重 し、 伎 楽 を 具 し て 供 養 す。 過 ち を 知 り て は 必 ず 改 め、 賢 を 見 て は 斉 し か ら ん こ と を 思 う。 初 め て 因 果 を 信 じ、 漸 く 罪 福 を 諾 す。 親 を 親 と す る ︹も の ︺ を 孝 と し、 忠 を 国 主 に 端 く す。 不 及 の 善 ︹が ︺ 生 じ、 探 湯 の 悪 ︹は ︺ 休 す。 こ の 部 分 の 典 故 は 左 の 通 り で あ る。 ﹁ 少 欲 ﹂ ( 欲 を 少 な く す ) ⋮ ⋮ ﹃ 老 子 ﹄ 十 九 章 ﹁ 素 を 見、 朴 を 抱 き、 私 を 少 な く し、 欲 を 寡 な く す ﹂、 ﹃ 孟 子 ﹂ 尽 心 下 ﹁ 心 を 養 う に 欲 を 寡 な く す る よ り 善 き は 莫 し ﹂ ﹁ 知 足 ﹂ ( 足 る を 知 る ) ⋮ ⋮ ﹃ 老 子 ﹂ 三 十 三 章 ﹁ 足 る を 知 る 者 は 富 む ﹂、 ﹃ 老 子 ﹄ 四 十 四 章 ﹁ 足 る を 知 れ ば 辱 め ら れ ず ﹂、 ﹃ 老 子 ﹄ 四 十 六 章 ﹁ 禍 は 足 る を 知 ら ざ る よ り 大 な る は 莫 し ﹂ ﹁ 知 過 必 改 ﹂ ( 過 ち を 知 り て は 必 ず 改 む ) ⋮ ⋮ ﹃ 論 語 ﹄ 学 而 ・ 子 牢 ﹁ 過 て ば 則 ち 改 む る に 揮 る こ と 勿 か れ ﹂、 ﹃ 論 語 ﹄ ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 衛 霊 公 ﹁ 過 ち て 改 め ず。 是 れ を 過 ち と 謂 う ﹂ ﹁ 見 賢 思 斉 ﹂ (賢 を 見 て は 斉 し か ら ん こ と を 思 う ) ⋮ ⋮ ﹃ 論 語 ﹄ 里 仁 ﹁ 賢 を 見 て は 斉 し か ら ん こ と を 思 う ﹂ ﹁ 親 親 ﹂ (親 を 親 と す ) ⋮ ⋮ ﹃ 礼 記 ﹂ 文 王 世 子 ﹁ 子 と 臣 と の 節 に 居 る は、 君 を 尊 び 親 を 親 と す る 所 以 な り ﹂、 ﹃ 礼 記 ﹄ 喪 服 小 記 ﹁ 親 を 親 と し、 尊 を 尊 と し、 長 を 長 と し、 男 女 の 別 ︹が ︺ 有 る は、 人 道 の 大 な る 者 な り ﹂、 ﹃ 礼 記 ﹂ 大 伝 ﹁ 親 を 親 と し、 尊 を 尊 と し、 長 を 長 と し、 男 女 の 別 ︹が ︺ 有 る は、 此 れ 其 れ 民 と 変 革 す る を 得 べ か ら ざ る 者 な り ﹂ ﹁ 是 の 故 に 人 道 は 親 を 親 と す。 親 を 親 と す る が 故 に 祖 を 尊 ぶ ﹂、 ﹃ 礼 記 ﹂ 中 庸 ﹁ 仁 は 人 な り。 親 を 親 と す る を 大 と 為 す ﹂、 ﹃ 孟 子 ﹂ 離 婁 上 ﹁ 人 人 其 の 親 を 親 と し、 其 の 長 を 長 と す れ ば、 天 下 ︹は ︺ 平 ら か な り ﹂、 ﹃ 孟 子 ﹂ 尽 心 上 ﹁ 親 を 親 と す る は 仁 な り ﹂、 ﹃ 孟 子 ﹄ 尽 心 上 ﹁ 親 を 親 と し て 民 に 仁 た り ﹂ ﹁ 輻 忠 ﹂ (忠 を 端 く す ) ⋮ ⋮ ﹃ 春 秋 左 氏 伝 ﹄ 宣 公 十 二 年 ・ ﹃ 孝 経 ﹄ 事 君 章 ﹁ 進 ん で は 忠 を 尽 く さ ん こ と を 思 う ﹂ ﹁ 不 及 之 善 生、 探 湯 之 悪 休 ﹂ (不 及 の 善 生 じ、 探 湯 の 悪 休 す ) ﹃ 命 吾 ﹄ 季 氏 ﹁ 善 を 見 て は 及 ぼ ざ る が 如 く し、 不 善 を 見 て は 湯 を 探 る が 如 く す ﹂ 右 に 挙 げ た も の は 儒 家 の 経 書 と ﹃ 老 子 ﹂ と に 限 っ て い る が、 史 書 や ﹃楚 辞 ﹂ な ど に も 同 様 の 語 句 が 見 ら れ る。 ま た、 類 似 の 表 現 が 他 に い く つ か 見 え る。 第 二 住 心 の 冒 頭 が こ の よ う な 典 故 を 踏 む 表 現 を 採 る の は、 単 な る 修 辞 と は 思 え な い。 第 二 住 心 が 儒 教 道 徳 の 水 準 で あ る と は、 従 来、 指 摘 さ れ て い る こ と で あ る。 そ れ を、 逐 一、 典 故 を 踏 む こ と で、 空 海 は 冒 頭 か ら 意 識 さ せ よ う と し て い る の で あ る。 そ れ で は、 老 荘 に 代 表 さ れ る 道 家 思 想 は、 ど の 住 心 に 属 す の だ ろ う か。
三、 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ に お け る 道 家 の 位 置 付 け ﹃ 三 教 指 帰 ﹂ を 見 る 限 り、 儒 教 と 仏 教 と の 間 に 道 家 思 想 が 位 置 づ け ら れ て い る よ う に 見 え る。 儒 教 が 第 二 住 心 だ と す れ ば、 道 家 は 第 三 の 嬰 童 無 畏 住 心 に 該 当 す る の か。 第 二 住 心 に は ﹃ 論 語 ﹄ ﹃ 尚 書 ﹂ な ど、 儒 家 の 文 献 を 多 数 引 用 し て い る。 し か し、 一 読 す る 限 り、 第 三 住 心 に は 道 家 に 直 接 言 及 す る 記 述 は な い。 宮 坂 氏 の 解 説 ( 前 掲 書、 七 四 九 頁 ) も ﹁ 第 二 住 心 で は 儒 教、 第 三 住 心 で は バ ラ モ ン 教、 イ ン ド の 諸 哲 学 思 想 が ほ と ん ど す べ て 包 含 さ れ て い る ﹂ と 言 う だ け で あ る。 道 家 思 想 は ﹃ 十 住 心 論 ﹂ の 表 面 に は 見 え て 来 な い。 そ こ で、 先 に 引 い た 第 二 住 心 の 冒 頭 部 分 の 典 故 に ﹃ 老 子 ﹂ が あ る こ と に 注 目 し た い。 ﹁ 欲 を 少 な く す る の 想 い 始 め て 生 じ、 足 る を 知 る の 心 稽 発 る。 ﹂ こ の 部 分 が ﹃ 老 子 ﹄ を 踏 ん で い る こ と は 明 ら か で あ る。 ﹁ 欲 を 少 な く す る ﹂ に つ い て は ﹃ 孟 子 ﹄ と い う 可 能 性 も あ る が、 ﹃ 老 子 ﹂ の 方 が 適 当 だ ろ う。 な ぜ な ら、 空 海 の 生 き て い た 時 代、 ﹃ 孟 子 ﹂ は ま だ 経 書 で は な い か ら で あ る。 孟 子 は 著 名 な 儒 家 で は あ っ た が、 そ れ は、 筍 子 に 並 ぶ と い う 位 置 付 け で あ り、 大 し た 権 威 で は な か っ た。 一 方、 老 子 は 早 く か ら 孔 子 と 並 ぶ 権 威 で あ り、 儒 教 と と も に ﹃ 老 子 ﹄ ﹃ 荘 子 ﹄ が 兼 修 さ れ て い た。 階 か ら 唐 初 に か け て の 人 物 で あ る 陸 徳 明 は ﹃ 経 典 釈 文 ﹄ と い う 書 を 著 し た。 ﹃ 経 典 釈 文 ﹂ は 主 に 儒 教 の 経 典 の 音 義 を 記 し た 注 釈 書 で あ る が、 そ の 中 に ﹃ 老 子 ﹂ ﹃ 荘 子 ﹂ に 対 す る 注 釈 は あ る も の の、 ﹃ 孟 子 ﹂ の 注 釈 は な い。 唐 代 で も 韓 愈 な ど は 孟 子 に 注 目 し て い た が、 本 格 的 に 孟 子 が 孔 子 と 並 び 称 さ れ る の は 北 宋 以 後 で あ る。 以 上 の 事 か ら、 空 海 が 出 典 と し て 意 図 し た の は ﹃ 老 子 ﹄ で あ る 可 能 性 が 極 め て 高 い。 典 故 と し て、 一 応 は ﹃ 孟 子 ﹂ を 挙 げ て お い た が、 む し ろ 除 ﹃秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 外 し た 方 が 良 い か も し れ な い。 そ う で あ る な ら ば、 先 の 第 二 住 心 の 冒 頭 部 分 は、 ﹃ 論 語 ﹄ ﹃ 礼 記 ﹄ ﹃ 春 秋 左 氏 伝 ﹂ ﹃ 孝 経 ﹄ と 並 ん で ﹃ 老 子 ﹂ を 想 定 し て 書 か れ た も の と 言 え よ う。 つ ま り、 第 二 住 心 は 儒 家 道 徳 だ け で な く、 ﹃ 老 子 ﹂ に 代 表 さ れ る 道 家 思 想 を も 含 ん で い る と 思 わ れ る。 さ ら に 敷 延 す れ ば、 第 二 住 心 は 儒 教 以 外 の 諸 々 の 中 国 的 思 考 を も 包 括 し て い る と 考 え る べ き で あ ろ う。 た だ し、 直 接 の 引 用 は な い も の の、 第 三 住 心 に は 道 家 の 文 献 を 典 故 と す る 表 現 が 見 え る。 そ こ で、 次 に 第 三 住 心 の 冒 頭 部 分 を 見 て お き た い。 四、 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹂ 嬰 童 無 畏 住 心 第 三 に お け る 典 故 表 現 ﹃ 十 住 心 論 ﹂ 第 三 住 心 の 冒 頭 に は 次 の よ う に あ る。 う 夫 れ 嬢 虫 は 定 め て 嬢 に 非 ず、 鰻 魚 は 必 ず し も 鰻 に 非 ず。 ︹嬢 は ︺ 泥 を 出 で て 乍 ち 虚 空 を 払 い、 ︹鰻 は ︺ 水 を 搏 ち て 忽 ち 風 上 に 臥 す。 < 鰻 > の 話 は、 ﹃ 荘 子 ﹄ 迫 遥 遊 に 見 え る 有 名 な 寓 話 に 基 づ く。 要 点 と な る 原 文 の 表 現 を 引 用 し な が ら、 以 下 に 話 の 概 略 を 記 す。 北 冥 ( 北 極 の 海 ) に 住 む 巨 大 な 魚 で あ る ﹁ 鰻 ﹂ は、 ﹁ 化 し て 鳥 と 為 り、 其 の 名 を 鵬 と 為 す ﹂。 鵬 は 南 冥 を 目 指 し、 ﹁ 水 に 撃 つ こ と 三 千 里、 扶 揺 を 搏 ﹂ っ て 飛 び 立 つ。 九 万 里 の 高 さ に ま で 登 る と ﹁ 風 は 斯 ち 下 に 在 ﹂ る。 こ の 偉 大 な 企 て の 意 味 合 い は、 卑 小 な セ ミ や ハ ト に は 理 解 で き ま い。 ﹁ 小 知 は 大 知 に 及 ば ず ﹂ と 言 え よ う。
そ れ で は、 ﹁ 嬢 ﹂ の 話 の 出 典 は 何 か。 お そ ら く、 次 に 挙 げ る 葛 洪 の ﹃ 抱 朴 子 ﹄ 論 仙 で あ ろ う。 テ キ ス ト は 王 明 ﹃ 抱 朴 子 内 篇 校 釈 ﹄ (中 華 書 局、 一 九 八 五 年 ) に よ る。 マ マ 若 し 気 を 受 く る に 皆 一 定 な る こ と 有 り と 謂 え ば、 則 ち 維 の 蟹 と 為 り、 雀 の 蛤 と 為 り、 壌 虫 の 翼 を 仮 り、 川 蛙 の 翻 飛 し、 水 蠣 の 蛉 と 為 り、 "行 苓 の 蛆 と 為 り、 田 鼠 の 鴛 と 為 り、 腐 草 の 蛍 と 為 り、 器 の 虎 と 為 り、 蛇 の 龍 と 為 る は、 皆 然 ら ざ る や。 右 の 文 は < 生 物 A が 変 化 し て 生 物 B に な る > と い う 例 の 羅 列 で あ る。 荒 唐 無 稽 な 話 の よ う だ が、 中 国 の 古 典 に は し ば し ば 見 ら れ る も の で あ り、 珍 し い も の で は な い。 特 に、 錐 が 蟹 に、 田 鼠 が 鴛 に、 腐 草 が 蛍 に、 雀 が 蛤 に な る と い う の は、 す べ て ﹃ 礼 記 ﹄ 月 令 の 記 述 に 基 づ く。 だ か ら こ そ ﹃ 抱 朴 子 ﹄ は、 ﹁ 然 ら ざ る や ( 正 し く な い と で も 言 う の か ) ﹂ と 言 っ て 経 書 の 権 威 を 利 用 し、 も の は 変 化 す る と 主 張 し て い る の で あ る。 ﹃ 抱 朴 子 ﹂ が 言 う 動 植 物 が 各 々 何 に 当 た る の か は、 こ こ で は 詮 索 し な い。 文 字 の 異 同 が 多 い う え、 諸 説 あ る 生 物 と の 比 定 が 難 し い こ と も あ る が、 こ こ で は < A が B に な る V と い う こ と だ け が 重 要 な の で あ っ て、 A や B の 具 体 例 は 何 で あ っ て も か ま わ な い か ら で あ る。 し か し、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ に 関 わ る ﹁ 嬢 ﹂ だ け は 確 認 し て お き た い。 ﹃ 爾 雅 ﹂ 釈 虫 に ﹁ 嬢 は 鶴 桑 な り ﹂ と あ る。 郭 瑛 の 注 は ﹁ 天 牛 に 似 て、 角 は 長 く、 体 に 白 点 有 り。 桑 樹 を 詔 む を 喜 び、 孔 を 作 り、 其 の 中 に 入 る。 江 東 ︹地 方 で ︺ は 呼 び て 鰯 髪 と 為 す ﹂ と 言 う。 つ ま り、 カ ミ キ リ ム シ の 一 種 で あ る。 同 じ く ﹃ 爾 雅 ﹂ 釈 虫 に は ﹁ 土 姦 は 嬢 難 な り ﹂ と の 記 述 も あ る。 郭 瑛 の 注 に は ﹁ 蜆 に 似 て 小 な り。 今 ︹ は ︺ 之 を 土 螺 と 謂 う ﹂ と あ る。 こ ち ら は イ ナ ゴ の 一 種 で あ る。 そ れ で は ﹃ 抱 朴 子 ﹄ は ど ち ら を 指 し て い る の だ ろ う か。 王 明 ﹃ 抱 朴 子 内 篇 校 釈 ﹄ の 注 釈 は、 ﹃ 爾 雅 ﹂ か ら カ ミ キ リ ム シ の 説 明 だ け を 引 用 し て い る。 と こ ろ が、 陸 徳 明 ﹃ 経 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 典 釈 文 ﹂ 爾 雅 音 義 は、 < 嬢 > 字 の 発 音 を 次 の よ う に 記 す。 す な わ ち、 詔 桑 ( カ ミ キ リ ム シ ) の 嬢 は ﹁ 嬢 音 餉 ( < 嬢 > 字 の 発 音 は < 餉 > 字 と 同 じ ) ﹂、 土 最 ( イ ナ ゴ ) の 蟻 難 は ﹁ 嬢 音 壌 ( <嬢 > 字 の 発 音 は < 壌 > 字 と 同 じ ) ﹂ だ と 言 う の ピ ン イ ン で あ る。 現 代 中 国 語 の 併 音 で は カ ミ キ リ ム シ の 方 を shang、 イ ナ。 コ の 方 を rang と 表 記 す る。 ﹃ 抱 朴 子 ﹂ が < 嬢 > 字 の 代 わ り に < 壌 > 字 を 使 っ て い る の を 見 れ ば、 イ ナ ゴ の 解 釈 を 採 る べ き の よ う に も 思 う が、 テ キ ス ト に は 誤 写 の 可 能 性 も あ る。 葛 洪 は ﹁ 壌 虫 仮 翼、 川 蛙 翻 飛 ﹂ と 対 句 で 書 い て い る。 ﹁ 川 蛙 翻 飛 ﹂ に つ い て、 王 明 は ﹃ 墨 子 ﹄ 経 説 上 や ﹃ 准 南 子 ﹄ 斉 俗 訓 を 引 い て、 蝦 摸 が 鶉 に な る こ と だ と 説 明 す る。 ﹁ 川 蛙 翻 飛 ﹂ が こ の よ う に 想 像 も つ か な い よ う な 変 身 を 意 味 し て い る と す れ ば、 ﹁ 壌 虫 仮 翼 ﹂ も、 や は り 同 程 度 の 大 き な 変 身 を 遂 げ る も の の は ず で あ る。 空 海 の ﹃ 十 住 心 論 ﹂ の 記 述 も ま た、 鰻 が 鵬 に 変 身 す る ほ ど の 大 胆 な 変 化 と 並 列 で き る ほ ど の 対 句 表 現 で あ ろ う。 そ う 考 え た 場 合、 イ ナ ゴ は 変 化 に 乏 し い。 イ ナ ゴ は 辮 化 し た 時 か ら 既 に 成 虫 と 同 じ 形 態 を し て お り、 後 は 脱 皮 を 繰 り 返 し て 大 き く な る だ け で あ る。 ま れ に 羽 を 異 常 に 発 達 さ せ て 飛 行 す る よ う に な る と は い え、 形 態 上 に 驚 く ほ ど の 変 化 は な い。 一 方、 カ ミ キ リ ム シ は 細 長 い イ モ ム シ 状 の 幼 虫 か ら 成 虫 へ と 大 き く 変 化 す る。 ﹃ 爾 雅 ﹂ の 注 釈 者 で あ る 郭 瑛 と、 ﹃ 抱 朴 子 ﹂ の 撰 者 で あ る 葛 洪 と は、 と も に 晋 人 で、 郭 瑛 の 方 が 四 歳 年 長 と い う 同 時 代 の 人 間 で あ る。 二 人 が 共 通 の も の を 考 え て い た と す れ ば、 ﹁ 蟻 ﹂ は カ ミ キ リ ム シ で あ る と す る の が 妥 当 か も し れ な い。 王 明 の 注 釈 も そ う 考 え た の で あ ろ う。 た だ し、 カ ミ キ リ ム シ で は、 翼 で 飛 ぶ と い う 印 象 が 薄 い よ う に も 思 わ れ る。 し か し、 今、 何 よ り も 一 番 重 要 な こ と は、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ に お け る 空 海 の 考 え で あ る。 空 海 は ﹁ 泥 を 出 で て 乍 ち 虚 空 を 払 う ﹂ と 書 い た。 カ ミ キ リ ム シ の 幼 虫 は 木 の 中 に 潜 ん で お り、 泥 と は 無 縁 で あ ろ う。
イ ナ ゴ で も カ ミ キ リ ム シ で も な い と す れ ば、 空 海 は 何 を 想 定 し て い た の か。 ﹃ 准 南 子 ﹄ 道 応 訓 に 次 の よ う な 文 章 が あ る。 若 士 と い う 人 物 が 雲 中 に 飛 び 去 っ た 後、 盧 赦 と い う 人 物 が 言 う。 ︹盧 赦 ︺ 日 く ﹁ 吾 を 夫 子 ( 若 士 ) に 比 す る こ と、 猶 お 黄 鵠 と 壌 虫 と の ご と し。 終 日 行 き、 腿 尺 を 離 れ ざ れ ど も、 自 ら 以 て 遠 し と 為 す。 豊 に 悲 し か ら ず や ﹂ と。 故 に 荘 子 ︹は 迫 遥 遊 篇 に お け る 鰻 ・ 鵬 の 寓 話 の 結 末 で ︺ 日 く ﹁ 小 年 は 大 年 に 及 ば ず、 小 知 は 大 知 に 及 ば ず。 朝 菌 は 晦 朔 を 知 ら ず、 蟷 姑 は 春 秋 を 知 ら ず ﹂ と。 此 れ 明 ︹な も の ほ ど、 そ ︺ の 見 え ざ る 所 有 る を 言 う な り。 空 海 は、 ﹃ 抱 朴 子 ﹂ と 同 時 に、 ﹃ 准 南 子 ﹂ の こ の 話 を も 踏 ん で い る の か も 知 れ な い。 さ て、 劉 文 典 ﹃ 准 南 鴻 烈 集 解 ﹄ は <壌 虫 > に 注 釈 し て ﹁ 壌 虫 は、 虫 の 幼 な り ﹂ と 言 う。 幼 虫 期 を 土 中 で 過 ご す 昆 虫 は カ ブ ト ム シ な ど 数 多 く い る が、 何 の 幼 虫 か ま で は 記 さ な い。 あ る い は < 土 壌 中 の 幼 虫 > と い う 意 味 か も し れ な い。 空 海 が 想 定 し た の は、 こ れ で は な い か と 思 う。 幼 虫 と し て 土 中 で 生 き、 地 上 に 出 て き て 羽 化 し、 飛 び 立 っ て 行 く。 こ の 劇 的 な 変 態 こ そ、 空 海 が 記 し た も の で あ ろ う。 ﹁ 泥 を 出 で て 乍 ち 虚 空 を 払 う ﹂ と 空 海 が 描 い た 虫 が 具 体 的 に 何 で あ る か を 特 定 す る 証 拠 は な い が、 筆 者 の 個 人 的 な 印 象 か ら 言 え ば、 セ ミ で は な か っ た か と 考 え る。 ﹃ 抱 朴 子 ﹂ の ﹁ 翼 を 仮 る ﹂ と い う 表 現 も、 あ ま り 飛 ば な い カ ミ キ リ ム シ よ り は セ ミ の 方 が 良 い よ う に 思 え る。 鰻 が 鵬 に 変 化 す る の も、 セ ミ や ト ン ボ の 羽 化 を 見 れ ば、 そ れ ほ ど 出 鱈 目 な 話 と も 言 え な い だ ろ う。 虫 の 話 に 多 く を 費 や し た が、 本 論 の 中 心 は、 第 二 住 心 と 第 三 住 心 と の 冒 頭 部 分 の 典 故 が 意 味 す る も の の 考 察 で あ る。 も う 一 度 確 認 し て お く と、 第 二 住 心 で は ﹃ 論 語 ﹄ ﹃ 礼 記 ﹄ な ど 儒 教 の 経 書 と 道 家 の ﹃ 老 子 ﹂ と を、 第 三 住 心 で は ﹃ 荘 子 ﹄ ﹃ 抱 朴 子 ﹄ と い う 道 家 や ﹃ 准 南 子 ﹄ と い う 道 家 傾 向 が 強 い 文 献 を 利 用 し て い る。 道 家 の 文 献 が 第 二 住 心 と 第 三 住 ﹃秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 心 と の 両 方 に 使 わ れ て い る の は な ぜ だ ろ う か。 五、 儒 家 と 道 家 と の 関 係 先 に、 第 二 住 心 は 儒 家 思 想 だ け で な く、 道 家 思 想 を も 含 む の で は な い か と 述 べ た。 第 二 住 心 の 典 故 表 現 か ら 類 推 し た の で あ る が、 そ も そ も 道 家 は 儒 家 な く し て は 成 立 し な い 思 想 で あ る。 戦 国 時 代、 ﹃ 老 子 ﹄ ﹃ 荘 子 ﹂ な ど は 儒 家 を 批 判 ・ 椰 楡 す る こ と で 存 在 感 を 示 し た。 続 い て、 秦 ・ 漢 を 経 た 後、 魏 晋 南 北 朝 や 六 朝 と 呼 ば れ る 儒 ・ 道 ・ 仏 の 三 教 並 立 ・ 兼 修 の 時 代 を 迎 え る。 こ の 時 代 の 著 名 な 学 者 に は、 何 曼 ・ 王 弼 ・ 郭 象 ・ 葛 洪 な ど が い る が、 い ず れ も 二 教 あ る い は 三 教 を 学 ん で い る。 三 玄 と 言 え ば、 ﹃ 周 易 ﹄ ﹃ 老 子 ﹄ ﹃ 荘 子 ﹂ の 儒 ・ 道 が 混 在 す る 書 物 を 指 す。 竹 林 の 七 賢 の 逸 話 も、 儒 教 道 徳 が あ る か ら こ そ の 奇 行 で あ る。 こ の よ う に、 三 教 は 対 立 し つ つ 融 和 し な が ら、 階 ・ 唐 を 迎 え る の で あ る。 先 述 し た よ う に、 ﹃ 経 典 釈 文 ﹄ を 著 し た 陸 徳 明 の 時 代 は 初 唐 に 当 た る が、 孟 子 よ り も 老 荘 の 方 が 優 位 で あ っ た。 言 わ ば、 儒 家 と 道 家 と が 表 裏 一 体 の 思 想 だ っ た 時 代、 必 ず し も 一 方 が 他 方 を 排 除 す る わ け で は な く、 む し ろ 互 い に 補 完 し あ っ て い る 部 分 さ え あ っ た の で あ る。 三 教 の 交 流 に つ い て は、 中 嶋 隆 蔵 ﹃ 六 朝 思 想 の 研 究 ﹂ ( 平 樂 寺 書 店、 一 九 八 五 年 ) 附 篇 ﹁ 六 朝 時 代 に お け る 儒 仏 道 三 思 想 の 交 流 ﹂ な ど で 詳 し く 論 じ ら れ て い る。 空 海 の 入 唐 ・ 著 述 活 動 の 時 期 は、 そ の よ う な 時 代 の 延 長 上 に あ る。 一 方、 日 本 で は ど う で あ っ た か。 唐 の 大 学 の 科 目 に は ﹃ 老 子 ﹂ が あ っ た が、 我 が 国 の ﹃ 令 義 解 ﹂ 学 令 で は 除 か れ て い た。 そ れ で も 日 本 の 学 生 は、 道 家 の 典 籍 を 一 応 は 学 習 し て い た よ う で あ る。 静 氏 (前 掲 書、 三 二 頁 ) に よ れ ば ﹁ 国
家 試 験 に お い て も ⋮ ⋮ 道 教 を 排 斥 す る 論 文 を 作 る 方 が 合 格 し や す い 事 実 ﹂ が あ っ た と い う。 ﹃ 日 本 国 見 在 書 目 録 ﹂ に は、 ﹃ 老 子 ﹂ の 王 弼 注 ・ 玄 宗 御 注、 ﹃ 荘 子 ﹄ の 郭 象 注 な ど が 著 録 さ れ て お り、 学 生 は こ れ ら の 注 で 学 ん だ こ と が 想 像 さ れ る。 上 記 の 注 は い ず れ も 三 教 調 和 の 上 に 成 立 し た も の で あ る が、 試 験 の 合 否 に 最 大 の 関 心 が あ っ た と す れ ば、 日 本 で は 老 荘 を 正 し く 理 解 し て い た も の か。 そ の よ う な 中、 唐 に 渡 っ た 空 海 は 唐 の 状 況 を ど う 受 け 止 め た で あ ろ う か。 ﹁ 空 海 が 渡 唐 し た そ の こ ろ、 三 教 論 難 の 時 代 で は な く て、 三 教 調 和 論 の 復 活 と い う の が 大 勢 で あ っ た ﹂ と、 加 地 伸 行 ﹃ 中 国 思 想 か ら み た 日 本 思 想 史 研 究 ﹄ ( 吉 川 弘 文 館、 昭 和 六 〇 年、 八 四 頁 ) は 記 す。 儒 教 と 対 立 さ せ た う え で 排 斥 す る た め だ け に 道 家 を 利 用 す る の が 日 本 で の 常 套 手 段 で あ っ た と す れ ば、 た と い 話 に 聞 い て い た と し て も、 唐 の 三 教 並 立 は 驚 く べ き こ と だ っ た の で は な い か。 し か も 唐 王 朝 は、 李 姓 の 祖 宗 で あ る 元 元 皇 帝 と し て 老 子 を 厚 く 尊 崇 し て い マ マ る の で あ る。 な か で も 玄 宗 は そ の 意 識 が 強 く、 ﹁ か く な る う え は、 事 は 以 外 な 方 向 へ と 展 開 し て い く こ と に な ろ う ﹂ と、 中 嶋 氏 ( 前 掲 書、 六 九 一 頁 ) は 述 べ、 次 の よ う に 続 け る。 ﹁ 儒 家 的 実 践 倫 理 を 説 き 明 か し た ﹃ 孝 経 ﹄ を 重 視 し、 そ こ に 力 説 さ れ る 孝 の 実 践 こ そ、 移 風 易 俗 を 旨 と す る 王 教 の 核 心 で あ る と 強 調 し て、 修 身 治 国 の 根 本 精 神 を 儒 家 の 教 説 に 求 め 得 た か に 見 え た 玄 宗 は、 孝 め 具 体 的 あ ら わ れ と し て の 敬 愛 の 情 を ふ り む け る べ き 対 象、 す な わ ち 祖 宗 が、 実 は 李 姓 た る 老 子 に 他 な ら な い、 と い う こ と を 再 確 認 す る こ と に よ っ て、 祖 宗 た る 老 子 の 教 説 を、 子 孫 た る 唐 王 朝 が 遵 守 す べ き 途 を 見 出 す こ と に な る の で あ る。 ﹂ そ し て ﹃ 老 子 ﹄ 等 の 学 習 の た め に 学 制 が 改 変 さ れ た こ と が、 ﹃ 旧 唐 書 ﹂ 巻 八 ・ 巻 九 に 見 え る。 こ れ で は、 儒 家 と 道 家 と の 差 異 は な い に 等 し い。 ど ち ら も < 修 身 ・ 治 国 > の た め の 政 治 原 理 と 理 解 さ れ よ う。 ﹃ 聾 替 指 帰 ﹄ に 見 え る 三 教 論 難 と い う 一 般 的 発 想 が、 渡 唐 の 経 験 に よ っ て、 ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ で は 三 教 調 和 に 変 化 し た、 ﹃秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 と い う の は 加 地 伸 行 ﹁ 空 海 と 中 国 思 想 と ﹂ ( 前 掲 書、 第 一 部 第 二 章 第 一 節 ) の 説 で あ る。 ま た、 静 慈 圓 ﹁ 儒 教 と 道 教 の 一 致 ﹂ (前 掲 書、 第 一 編 第 三 章 第 四 節 ) で は、 空 海 が 四 〇 代 ・ 五 十 代 の 文 章 に、 儒 ・ 道 が 調 和 的 に 述 べ ら れ て い る と 言 う。 で は、 帰 朝 後 二 五 年 を 経 た ﹃ 十 住 心 論 ﹂ で は ど う で あ ろ う か。 六、 三 教 調 和 に お け る 道 家 当 然 の こ と な が ら、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ は 密 教 最 勝 を 説 く た め の 構 成 を 持 つ。 そ の 中 に あ っ て 第 二 住 心 に は、 先 に も 述 べ た 通 り 多 数 の 儒 家 文 献 が 引 用 さ れ て い る。 ま た、 ﹃ 宝 鍮 ﹂ で は 第 四 住 心 の 問 答 に お い て、 憂 国 公 子 に 儒 教 的 立 場 を 語 ら せ て い る。 と こ ろ が、 道 家 の 文 献 が 重 要 な 行 論 の 題 材 と し て ﹃ 十 住 心 論 ﹄ ﹃ 宝 鍮 ﹂ に 引 用 さ れ る こ と は な い の で あ る。 な ぜ か。 ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ に お い て 道 家 は、 儒 教 と 仏 教 と の 中 間 に 位 置 づ け ら れ て い る よ う に 読 め る。 唐 か ら 帰 っ た 空 海 は、 三 教 調 和 の 考 え 方 を 身 に つ け て い た。 こ の よ う な 立 場 か ら 道 家 を 見 た 場 合、 ど う な る だ ろ う か。 道 家 思 想 に は 二 つ の 側 面 が あ る。 一 つ は 原 初 的 に 有 し て い る 反 儒 教 の 側 面 で あ り、 も う 一 つ は 唐 王 朝 で 顕 著 に な っ た 政 治 原 理 の 側 面 で あ る。 し か し、 政 治 原 理 と し て は 儒 教 の 方 が 間 違 い な く 強 固 で 体 系 的 で あ り、 道 家 思 想 は そ の 上 に 乗 っ て い る に 過 ぎ な い。 し か も、 そ れ は 唐 王 朝 の 特 殊 な 事 情 や 漢 以 来 の 王 朝 交 代 の 歴 史 が 絡 ん だ 結 果 で あ っ て、 日 本 に は 道 家 思 想 を 政 治 原 理 と す る だ け の 必 然 性 は な い。 一 方、 反 儒 教 の 側 面 に お い て 道 家 が 強 調 す る の は、 < 儒 家 は 差 別 的 で あ る > と い う 点 で あ る。 差 別 的 で あ る こ と が 宇 宙 の 秩 序 を 保 つ と 儒 家 が 考 え る の に 対 し て、 ﹃ 荘 子 ﹂ に 代 表 さ れ る 道 家 は、 無 差 別 こ そ が 宇 宙 の 自 然 な 在 り 方 で、 人 為 的 差 別 に 優 先 す る と 説 く。 と こ ろ が、 こ の 無 差 別 と い う 考
え 方 も、 三 教 調 和 の 中 で は 容 易 に 仏 教 に 吸 収 さ れ て し ま う。 中 国 に は 格 義 仏 教 の 伝 統 が あ り、 仏 教 と 道 家 と の 共 通 性 を 喧 伝 す る の は 三 教 論 議 の 定 石 で あ っ た。 以 上 の よ う に し て、 道 家 思 想 の 形 而 下 的 部 分 は 儒 教 へ、 形 而 上 的 部 分 は 仏 教 へ と 解 消 さ れ て し ま う の で あ る。 道 家 に は 道 教 と 結 び 付 い て 生 き 残 る 可 能 性 も あ っ た だ ろ う が、 日 本 で は 教 団 道 教 は 根 付 か な か っ た。 道 教 は、 基 本 的 に は 現 世 利 益 の 宗 教 で あ る。 仏 教 で は 現 世 を 生 老 病 死 の 世 界 と 見 て、 そ こ か ら の 解 脱 を 図 る。 一 方、 道 教 は こ の 世 で 生 き る こ と を 快 楽 と と ら え、 不 老 ・ 長 寿 ・ 不 死 ・ 治 病 と い う 手 法 で 四 苦 な ど 感 じ も し な い。 こ れ ら の 道 教 的 手 法 は、 日 本 で は 陰 陽 師 が 担 当 し、 さ ら に 密 教 の 呪 術 的 要 素 や 日 本 土 着 の 民 間 宗 教 も あ っ て、 そ れ ら が 教 団 道 教 を 不 要 の も の と す る。 ま た、 道 教 の 理 論 的 な 根 拠 の 一 つ は 陰 陽 五 行 思 想 で あ る が、 こ れ は 儒 教 に も 共 通 す る も の で あ る。 現 に 空 海 は 仏 教 の 五 戒 を 儒 教 の 五 常 と 同 一 視 し、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ 第 二 住 心 に お い て 儒 家 の 文 献 に 基 づ い て 五 行 説 の 説 明 を し て い る。 右 の よ う に 考 え る と、 儒 教 と 仏 教 と が あ れ ば 道 家 思 想 は 不 要 に 思 え る。 し か し、 儒 教 と 仏 教 と だ け で は 解 決 し な い 問 題 が あ る。 そ れ は、 差 別 的 世 界 か ら 無 差 別 の 世 界 へ の 移 行 で あ る。 換 言 す れ ば、 儒 的 世 界 か ら 仏 的 世 界 へ 移 る と い う こ と で あ る。 七、 儒 家 と 道 家 と の 異 質 性 ・ 共 通 性 空 海 は ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ 序 で、 次 の よ う に 言 う。 ﹃秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 是 の 故 に 聖 者 ︹ が ︺ 人 を 駆 る と き、 教 網 に 三 種 あ り。 所 謂、 釈 ︹迦 ︺ ・ 李 ︹ 耳 (老 子 ) ︺ ・ 孔 ︹ 子 ︺ な り。 浅 深 に 隔 有 り と 難 も、 並 び に 皆 聖 説 な り。 ま た、 ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹂ 天 巻 の 序 に は、 次 の よ う に 言 う。 こ こ 焉 に 於 い て 釈 ︹迦 の ︺ 教 ︹説 ︺ は 妙 に し て 入 り 難 く、 李 ︹耳 ( 老 子 ) の ︺ 篇 ︹巻 ︺ は 玄 に し て 和 す る も の 寡 く、 ︹空 ︺ 桑 ︹ の 地 で 生 ま れ た 孔 子 の 典 ︺ 籍 は 近 く し て 唱 を 争 う。 こ の 表 現 が 教 義 の 優 劣 を 意 味 す る か ど う か に つ い て は、 過 去 に も 議 論 が あ る が 今 は 問 わ な い。 こ こ で は、 卑 近 な 儒 教 と 深 遠 な 仏 教 と の 問 に 必 ず 道 家 思 想 が あ る こ と だ け を 再 確 認 し て お き た い。 空 海 の 十 住 心 体 系 を 説 明 す る 時、 < 段 階 > < 階 梯 > と い う 言 葉 が よ く 使 わ れ る。 そ し て、 図 式 化 し て < a 思 想 は A 住 心 に、 b 思 想 は B 住 心 に 該 当 す る > な ど と 解 説 す る。 視 覚 に 訴 え る こ と で 分 か り や す く な る こ と に 異 論 は な い。 で は、 A 住 心 か ら B 住 心 へ の 移 行 は ど の よ う に し て 実 現 す れ ば 良 い の か。 例 え ば < 儒 教 は 第 二 住 心 に 属 す る > と 言 っ た 場 合、 儒 教 を 尊 崇 す る 限 り、 第 二 住 心 か ら 抜 け 出 る こ と は で き な い の で は な い か。 こ の よ う に 考 え る と、 第 三 住 心 の 冒 頭 に 道 家 の ﹃ 荘 子 ﹄ や ﹃ 抱 朴 子 ﹄ の 典 故 を 踏 ん で い る こ と が、 意 外 に 重 要 な の で は な い か と 思 え て 来 る の で あ る。 先 に 確 認 し た 通 り、 第 二 住 心 の 冒 頭 で、 空 海 は 多 く の 儒 家 経 典 を 典 故 と し て 肯 定 的 に 利 用 し て い る。 中 で も 孝 は、 忠 と 並 ん で、 重 要 な 徳 目 と し て 空 海 が 随 所 で 言 及 す る も の で あ る が、 第 二 住 心 で は ﹁ 親 を 親 と す る も の を 孝 と す (孝 干 親 親 ) ﹂ と 言 う。 実 は、 こ の < 親 親 > と い う 考 え 方 こ そ が 差 別 の 思 想 な の で あ る。 < 親 し い 者 を 親 し い 者 と し て 遇 す る > と い う こ と は、 逆 に 言 え ば < 疎 遠 な 者 に は 疎 遠 な 者 と し て 遇 す る > と い う こ と で あ り、 す な わ ち < 親 疎 の 別 を 守 る > と い う こ と で あ る。 儒 教 に お い て は、 そ れ こ そ が 礼 な の で あ り、 言 い 換 え れ ば 秩 序 で あ る。 こ の よ う な 秩 序、
例 え ば < 大 小 > < 賢 愚 > <美 醜 > < 是 非 > < 善 悪 > < 彼 我 > な ど の 別 が あ る こ と を 常 識 と し 現 実 と す る 教 え が 儒 教 な の で あ る。 そ れ に 対 し て、 ﹃ 老 子 ﹄ は < 無 > が 儒 教 的 差 別 世 界 の < 有 > よ り も 根 源 的 で あ る と 説 く。 ﹃荘 子 ﹂ は < 美 醜 > や <善 悪 > さ ら に は < 生 死 > す ら 区 別 さ れ な い の が < 自 然 ﹀ で あ る と い う 無 差 別 の 世 界 観 を 説 く。 道 家 思 想 と は、 言 わ ば、 現 実 世 界 の 弱 者 が 精 神 世 界 の 強 者 に な ろ う と す る 思 想 で あ る。 と こ ろ が、 右 の よ う な 対 立 と 同 時 に、 儒 家 も 道 家 も 人 間 を 超 越 し た 究 極 の 存 在 を < 道 > と い う 同 じ 言 葉 で 表 現 す る。 ま た、 < 道 > を 体 得 し た 人 物 を < 聖 人 > と 呼 ぶ の も 両 思 想 に 共 通 す る。 こ の よ う に、 儒 家 と 道 家 と は 対 立 し な が ら も、 用 語 法 や 発 想 の 土 台 に お い て は 共 通 の も の を 備 え て い る と 言 え よ う。 つ ま り、 あ る 発 想 に 対 し て、 肯 定 的 か 否 定 的 か、 表 か ら と ら え る か 裏 か ら と ら え る か、 と い う 点 が 違 う に 過 ぎ な い。 し か し、 漢 と い う 儒 教 原 理 に 基 づ く 大 帝 国 の 崩 壊 に よ り、 漢 民 族 は 儒 教 的 な も の や 中 国 的 な も の へ の 自 信 を 打 ち 砕 か れ た。 そ こ へ 入 っ て き た の が、 全 く 異 な る 思 想 基 盤 を 持 つ 仏 教 で あ っ た。 八、 儒 仏 二 教 に 対 す る 道 家 の 重 層 性 儒 ・ 道 ・ 仏 が 三 つ 巴 で 論 難 を 開 始 す る と、 甲 論 乙 駁 で 複 雑 な 様 相 を 呈 す る。 仏 教 は 中 国 人 に 受 容 さ れ る べ く、 <空 > が < 無 > と 同 一 で あ る な ど、 道 家 思 想 と の 類 似 点 を 主 張 す る。 現 世 で の 不 幸 に つ い て、 儒 家 に は < 命 > で あ る と い う 諦 め に も 似 た 説 明 し か 出 来 な か っ た が、 仏 教 は 三 世 の 因 果 応 報 ・ 輪 廻 転 生 と い う 説 で 対 応 し た。 道 家 に と っ て は、 仏 教 は 老 荘 に 類 似 す る が ゆ え に 不 要 で あ る と も 言 え た が、 逆 に、 類 似 す る か ら こ そ 受 け 入 れ て も 害 は な い と も 言 え た。 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 老 子 が 釈 迦 に な っ た と い う 化 胡 説 も あ っ た。 儒 家 に と っ て 仏 教 は 家 族 制 度 を 始 め と す る 秩 序 の 崩 壊 を も た ら す も の と し て 受 け 入 れ 難 い も の で あ っ た が、 夷 狭 の 宗 教 と し て 排 撃 す る た め に は 道 家 思 想 を も 利 用 し た。 こ の よ う な 議 論 を 戦 わ せ な が ら、 や が て 三 教 は 兼 修 さ れ る よ う に な り、 調 和 の 風 潮 も 生 ま れ る。 そ れ で も な お、 儒 教 と 仏 教 と は 最 も 距 離 が 遠 い と 言 え よ う。 一 方 で 道 家 思 想 は、 中 国 土 着 の 思 想 と い う 点 で 儒 教 と 近 く、 < 有 > の 世 界 を 絶 対 視 し な い と い う 点 に お い て 仏 教 と 近 い。 道 家 思 想 は 他 の 二 教 に 対 し て、 右 に 述 べ た よ う な 重 層 性 を 備 え る が、 決 定 的 に 足 り な い も の が 体 系 性 で あ る。 加 地 氏 は 前 掲 書 ( 九 六 頁 ) に ﹁ ﹃ ︹聾 瞥 お よ び 三 教 ︺ 指 帰 ﹄ 本 論 自 身 を 見 る と、 儒 ・ 道 ・ 仏 の 中 で、 道 に 関 す る 中 間 の 部 分 が、 論 旨 に お い て も っ と も 弱 く、 不 明 確 で あ る ﹂ と 記 す。 道 家 思 想 を 体 系 的 に 論 じ る に は 教 団 道 教 の 力 が 必 要 で あ っ た。 教 団 道 教 に よ る 理 論 武 装 が な い 場 合、 道 家 思 想 の 表 現 は、 ど う し て も 文 学 的 で あ っ た と 言 え よ う。 さ ら に、 道 家 思 想 は 反 儒 教 か ら 発 生 し た た あ、 儒 教 へ の 一 応 の 理 解 が 基 礎 的 な 教 養 と し て 不 可 欠 で あ る。 ま た、 十 住 心 な ど の 高 度 な 密 教 の 哲 理 を 理 解 す る た め に は、 文 学 的 な 感 性 だ け で な く、 理 知 的 な 悟 性 が 必 要 で あ ろ う。 道 家 が 儒 仏 二 教 と の 重 層 性 を 備 え て い る と 考 え る な ら ば、 儒 か ら 道 へ、 道 か ら 仏 へ と い う ﹃ 三 教 指 帰 ﹄ の 構 成 も 当 然 の も の と な ろ う。 仏 教 的 な 世 界 へ 直 接 入 っ て 行 け る 者 は 問 題 な い。 し か し な が ら、 そ う で な い 多 く の 者 に 仏 教 の 最 勝 を 説 く た め に は、 儒 教 と 道 家 思 想 と の 両 方 へ の 理 解 が 必 要 な の で あ る。 知 識 人 に 最 も 身 近 な 儒 教 だ け で は <有 > の 世 界 か ら 脱 せ ら れ ず、 体 系 に 欠 け る 道 家 思 想 だ け で は 感 性 に し か 頓 れ ず、 も と よ り 儒 教 な し に は 道 家 思 想 は 成 立 で き な い か ら で あ る。 儒 ・ 道 ・ 仏 の 三 教 は、 正 ・ 反 ・ 合 の 桝 証 法 的 な 関 係 に も 擬 せ ら れ よ う し、 静 氏 の 前 掲 書 (第 二 編 第 五 章 ) で も、 第 十 住 心 を 除 く 九 つ の 住 心 ま で は 辮 証 法 的 で あ る と の 指 摘 が 既 に な さ れ て い る。 し か し、 空 海 に と っ
て は、 辮 証 法 以 上 に 必 然 的 な 繋 が り を 持 っ て い た と 言 え よ う。 そ れ は、 十 住 心 体 系 に も 当 て は ま る は ず で あ る。 九、 儒 仏 二 教 の 媒 介 と し て の 道 家 さ て、 仮 に 儒 教 が 第 二 住 心 の も の だ と し て、 そ こ か ら 次 の 住 心 へ 進 む に は ど う す る か。 儒 教 に 絶 対 的 に 欠 け て い る の は、 < 有 > の 世 界 か ら 飛 び 出 す 力、 言 わ ば 跳 躍 力 で あ る。 こ の 力 は、 道 家 一 流 の 精 神 世 界 へ の 想 像 力 で あ る が、 儒 家 か ら 見 れ ば 妄 想 に 過 ぎ な い。 儒 家 が 辛 う じ て 受 容 し て い る の は、 ﹃ 周 易 ﹄ 繋 辞 上 伝 の ﹁ 易 に 太 極 有 り ﹂ の 語 で あ る。 三 教 調 和 を 経 た 後、 唐 の 孔 穎 達 は ﹃ 周 易 ﹄ の 疏 に 次 の よ う に 記 す。 太 極 と は 天 地 ︹が ︺ 未 だ 分 か れ ざ る の 前、 元 気 ︹ が ︺ 混 じ て 一 為 る を 謂 う。 即 ち 是 れ ︹﹃ 荘 子 ﹂ な ど に 見 え る ︺ 太 初 ・ 太 一 な り。 故 に 老 子 ︹ は ︺ 云 え ら く ﹁ 道 は 一 を 生 ず ﹂ と。 即 ち 是 れ 太 極 な り。 こ の よ う に、 儒 家 は ど う し て も < 無 > の 世 界 へ は 入 っ て 行 け な い も の の、 老 荘 に 代 表 さ れ る 道 家 と の 共 通 性 は 確 か に 受 け 入 れ て い る。 ﹃ 周 易 ﹂ の 孔 疏 を 含 む 五 経 正 義 を、 空 海 が 渡 唐 前 に 読 ん だ か ど う か は 分 か ら な い ( 前 掲 の 拙 稿、 一 三 一-一 三 三 頁 参 照 )。 し か し、 唐 で は 五 経 正 義 が 注 釈 の 主 流 で あ っ た か ら、 在 唐 中 あ る い は 帰 朝 後 に は、 空 海 も 当 然 読 ん で い た と 想 像 で き る。 実 際、 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ 第 二 住 心 に は 五 経 正 義 の 一 つ で あ る ﹃ 尚 書 正 義 ﹂ を 引 用 し て い る。 儒 教 に 泥 ん で い る 者 は 決 し て < 有 > の 世 界 か ら 脱 す る こ と が 出 来 ず、 仏 教 と の つ な が り を 見 出 し に く い。 そ れ に 比 べ て、 道 家 思 想 な ら ば 儒 教 と の 接 点 を 持 っ て い る う え、 < 無 V の 世 界 へ の 扉 も 開 い て い る。 空 海 は こ れ を 儒 仏 二 教 の 媒 介 と し て 利 用 し て い る の で は な い だ ろ う か。 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ 第 三 住 心 の 冒 頭 に ﹃ 抱 朴 子 ﹂ と ﹃ 荘 子 ﹂ と を 典 故 と し た ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観
密 教 文 化 話 法 を 使 っ た の も、 そ の た め で あ ろ う。 昆 虫 の 幼 虫 が 羽 化 す る よ う な、 鰻 が 鵬 へ と 化 す る よ う な、 劇 的 な 発 想 の 転 換 を 空 海 は 求 め て い る と 思 わ れ る。 し か し、 反 面、 道 家 の 文 献 は 体 系 性 に 欠 け、 一 貫 し た 論 理 に 乏 し い。 そ の た め も あ っ て 表 現 が 文 学 的 に な り が ち で あ る。 そ れ が ﹃ 十 住 心 論 ﹄ に そ ぐ わ な い こ と は、 特 に 文 体 に 敏 感 な 空 海 な ら ば 当 然 分 か っ て い よ う。 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ に 道 家 文 献 か ら の 直 接 の 引 用 が な い の は、 そ の た め で あ ろ う と 思 わ れ る。 お わ り に 道 家 は 儒 教 と 仏 教 と の 媒 介 ・ 橋 渡 し の 役 目 を 担 っ て い る。 ﹃ 十 住 心 論 ﹄ に お い て は 第 二 住 心 か ら 第 三 住 心 へ の 媒 介 で あ る か ら、 厳 密 に は 儒 教 と 仏 教 と を 繋 い で い る わ け で は な い が、 役 割 は 同 じ と 言 え よ う。 そ し て、 儒 教 も ま た 同 様 に、 第 一 住 心 か ら 第 二 住 心 へ の 媒 介 と 見 な せ よ う。 こ の よ う に 考 え る な ら ば、 あ る 思 想 が 第 何 住 心 に 属 す る の か と い う と ら え 方 は し な い 方 が よ い。 つ ま り、 各 思 想 を あ る 住 心 に 固 定 し て 属 さ せ る の で は な く、 住 心 か ら 住 心 へ の 移 行 の た め の 契 機 ・ 方 便 と し て と ら え る べ き で は な い だ ろ う か。 そ れ は、 言 わ ば < の り し ろ > の よ う な も の で あ る。 仮 に 各 住 心 を 一 枚 の 紙 に 讐 え れ ば、 < の り し ろ > に よ っ て 次 々 と 繋 が れ て 水 平 に 伸 び て 行 く。 十 住 心 体 系 の 横 構 造 を こ の よ う に 考 え る の は 誤 り で あ ろ う か。 ︹付 記 ︺ 本 稿 の 投 稿 後、 高 野 山 大 学 の 中 村 本 然 教 授 よ り、 左 の 文 の ご 教 示 を い た だ い た。 ﹃ 宝 鎗 ﹂ 第 九 極 無 自 性 住 心
の 一 節 で あ る。 等 空 の 心 ︹ が ︺ 是 に 於 い て 始 め て 起 こ り、 寂 滅 の 果 ︹ は ︺ 果 ︹が ︺ 還 っ て 因 と 為 る。 是 の 因 ・ 是 の 心 ︹ は ︺ 前 の 顕 教 に 望 め ば 極 果 な り。 後 の 秘 心 に 於 い て は 初 心 な り。 果 が 即 ち 因 に な る と い う こ と を、 顕 教 か ら 密 教 へ と い う 重 要 な 部 分 に お い て、 空 海 が 再 確 認 の た め に 記 し た の で あ ろ う。 こ の 考 え 方 を 十 住 心 体 系 全 体 に 敷 延 さ せ る な ら ば、 先 に 筆 者 が < の り し ろ > と い う 卑 俗 な 言 葉 で 表 現 し た こ と と 一 致 す る も の と 思 わ れ る。 ご 指 摘 い た だ い た 中 村 教 授 に 感 謝 申 し 上 げ る。 < キ ー ワ ー ド > 空 海、 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹂、 儒 教、 道 家、 三 教 ﹃秘 密 曼 茶 羅 十 住 心 論 ﹄ の 典 故 表 現 か ら 見 た 空 海 の 外 教 観