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密教研究 Vol. 1933 No. 51 002福來 友吉「弘法大師の神秘主義 P27-61」

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弘 法 大 師 に よ り て 宣 説 さ れ た 眞 言 密 教 の 神 秘 主 義 は 非 常 に 複 雑 廣 汎 な も の で あ る け れ ど 、 其 の 根 本 要 諦 を 尋 あ れ ば 六 大 無 碍 、 六 大 守 自 性 、 六 大 瑜 伽 の 三 原 理 に 蹄 着 す る も のゝ 様 で あ る 。 六 大 無 碍 な る が 故 に 、 宇 宙 間 の 一 切 萬 法 は 交 互 に 無 碍 し て 、 普 遍 常 住 の 心 王 霊 體 に 統 一 さ れ て ゐ る 。 六 大 守 自 性 な る が 故 に 、 心 王 霊 體 の 自 證 内 に 現 は れ た 無 盡 の 心 數 は 個 々 守 自 性 の 我 性 と し て 活 動 す る 。 六 大 喩 伽 な る が 故 に 、 無 盡 の 心 數 は 心 王 靈 體 の 自 證 内 の 差 別 智 印 と し て 交 互 に 瑜 伽 し 合 つ て 、 一 多 圓 融 の 曼 茶 羅 を 建 立 す る 。 そ れ で 大 師 の 神 秘 主 義 を 閑 明 す る の に は 、 六 大 無 碍 、 六 大 守 自 性 、 六 大 瑜 伽 の 三 原 理 を 一 々 吟 味 せ ね ば な ら あ の で あ る が 、 紙 數 を 限 ら れ た 此 の 小 論 文 に 於 て は そ れ が 出 來 あ か ら 、 唯 六 大 無 碍 を 觀 點 と し て 大 師 の 神 秘 主 義 を 窺 き た い と 思 ふ 。 六 大 無 碍 は 色 空 心 の 三 大 無 碍 と し て 言 ひ 表 は さ れ 得 る 。 三 大 無 碍 を 分 解 す る と 色 空 不 二 、色 心 不 二 、 心 空 不 二 に 歸 着 す る 。 此 の 三 不 二 は 大 師 の 神 秘 主 義 の 根 本 公 理 で あ る 。 而 し て そ れ は 一 切 宗敎 の 本 尊 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 二 七

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 二 八 と す る 神 佛 の 客 觀 的 實 在 性 を 保 證 す る の み な ら す 、 昔 か ら 科 學 、 哲 學 、 認 識 論 、 倫 理 學 、 心 理 學 等 に 於 て 獨 裁 者 の 權 威 を 振 ひ 來 つ た 理 知 主 義 の 根 本 誤 謬 を 是 正 し て 、 人 類 思 想に 大 革 命 を 與 へ て を る も の で あ る 。 併 し 此 の 三 不 二 は 理 知 主 義 に 囚 は れ た 一 般 人 間 に 取 り て は 非 常 に 難 解 で あ る が 爲 め 、 實 際 社 會 の 思 想 界 に 認 め ら る 、 こ と な く し て 、 唯 單 な る 傳 統 思 想 と し て 眞 言 僧 侶 の 間 に 埋 れ て 居 る こ と は 如 何 に も 遺 憾 至 極 で あ る 。 併 し 此 の 三 不 二 を 此 の 小 論 文 に 於 て 十 分 に 論 す る こ と が 出 來 あ か ら 、 唯 其 の 内 の 心 空 不 二 だ け を 中 心 と し て 、 大 師 の 神 秘 主 義 を 閑 明 し よ う と 思 ふ 。 最 後 に 一 言 御 断 り し て お き 度 い こ と は 、 私 は 心 靈 研 究 者 と し て 獨 自 の 立 場 か ら 大 師 の 神 秘 主 義 を 閑 明 し た い と 思 つ て ゐ る の だ か ら 、 経 典 や 論 文 を 解 釋 す る 上 に 於 て 、 必 す し も 眞 言 專 門 學 者 の 傳 統 學 説 に 追 從 し な い で 、 私 一 個 人 の 獨 立 意 見 を 述 べ る 所 が あ る 。 こ れ は 私 の 立 場 と し て 已 む を 得 ざ る こ と あ る と し て 、 讀 者 の 御 諒 察 を 願 つ て お く の で あ る 。 第 二 神 秘 主 義 の 意 義 宇 宙 の 根 本 實 在 を 體 験 す る こ と に 就 い て 、 西 洋 で は 昔 か ら 二 つ の 方 法 が 立 て ら れ て あ る 。 そ れ は 神 智 主 義 と 神 秘 主 義 と で あ る 。 神 智 主 義 と は 根 本 實 在 を 吾 人 に 對 し て 客 觀 的 に 存 在 す る 彼 - 神-と 定 め 、 吾 等 は 特 殊 の 靈 感 に よ り て 之 を 認 識 し 得 る と 説 く の で あ る 。 然 る に 神 秘 主 義 と は 實 在 を 吾 人 自 身 の 心 内 に 存 在 す る も の と 定 め . 吾 等 の 白 心 の 源 底 に 深 く 沈 潜 し て 凝 視 す れ ば 、 其 處 に 實 在 を 證 見 し 得 る と

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説 く の で あ る 。 併 し 此 の 兩 主 義 は 同 一 の 誤 謬 思 想 -人 間 の 意 識 を 孤 立 的 主 觀 的 の も の と 見 る 思 想 を 基 礎 と し て 建 て ら れ て ゐ る 。 此 の 思 想 は 知 畳 世 界 に 住 む 人 間 に 共 通 で あ る 。 だ か ら 古 來 學 者 は 人 間 の 意 識 を 孤 立 的 主 觀 的 な も の と 断 定 し 、 そ れ に 基 い て 宇 宙 や 人 生 を 解 釋 し て ゐ る 。 併 し 斯 様 に 個 々 別 々 に 孤 立 し た 主 觀 的 意 識 が 如 何 に し て 客 觀 世 界 を 認 識 し 得 る か 、 而 し て 多 數 人 の 個 々 別 々 な 認 識 作 用 相 互 間 に 成 立 す と 認 め ら れ た 普 遍 的 安 當 性 は 如 何 に し て 可 能 で あ る か と 言 ふ 問 題 は 、 昔 か ら 多 數 學 者 が 解 決 し よ う と 苦 心 し て 、 而 も 今 以 て 未 解 決 の 儘 で あ る 。 所 で 神 智 主 義 者 も 神 秘 主 義 者 も . 共 に 知 畳 超 越 の 實 在 を 認 識 す る こ と を 目 的 と し て ゐ る の だ か ら 、 知 畳 世 界 に 住 む 人 間 に 特 有 な 意 識 の 孤 立 性 主 觀 性 を 脱 し て 、 全 然 新 し き 立 場 か ら 實 在 を 探 求 す べ き で あ る の に 、 彼 等 は そ れ に 氣 付 か な い で 、 矢 張 り 知 畳 世 界 に 通 用 の 心 理 説 に 囚 は れ て 、 人 間 意 識 の 孤 立 性 主 觀 性 を 不 動 の 其 理 と し て 承 認 し た 。 斯 る 思 想 を 基 礎 と し て 、 一 方 は 實 在 を 主 觀 的 な 心 に 對 立 す る 客 觀 的 な 彼 と 定 め 、 他 方 は 實 在 を 主 觀 的 な 我 の 心 の 内 に 在 る も の と 定 め 、 斯 る 考 へ を 根 抵 と し て 、 實 在 を 探 求 し た の で あ る 。 心 靈 研 究 か ら 見 る と 、 意 識 の 本 體 は 主 觀 と 客 觀 と の 爾 界 に 獲 る 普 遍 卒 等 の 實 在 で 、 而 し て 一 切 萬 法 を 流 現 す る 根 本 原 理 で あ る 。 だ か ら 宇 宙 の 根 本 實 在 を 如 實 に 認 識 す る こ と は 、 主 觀 的 な 我 に 對 立 す る 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 二 九

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 〇 客 観 的 な 彼 と し て 之 を 追 及 す る こ と で も な く 、 亦 主 観 的 な 我 の 内 に 之 を 探 求 す る こ と で も な い 。 知 覺 世 界 に 於 け る 我 他 彼 此 の 差 別 を 超 越 し て 主 客 包 容 の 法 界 意 識 を 開 發 し 、 宇 宙 の 一 切 萬 法 を 其 の 内 に 照 見 す る に 至 る 時 、 吾 等 の 自 我 は 宇 宙 と 一 體 不 二 と な り 、 萬 法 の 根 本 實 在 を 自 證 す る こ と に な る 。 斯 く 根 本 實 在 は 主 観 客 觀 を 包 容 す る も の で あ る の に 、 そ れ を 客 觀 世 界 に 追 及 し よ う と し た 所 に 神 智 主 義 の 誤 謬 が あ り 、 そ れ を 主 觀 世 界 に 探 求 し よ う と し た 所 に 神 秘 主 義 の 誤 謬 が あ る 。 孤 立 的 主 觀 的 な 意 識 を 閉 ぢ て 、 主 観 客 觀 の 雨 世 界 を 包 容 す る 普 遍 平 等 の 法 界 意 識 を 開 發 し 、 一 切 萬 法 を 自 内 證 中 に 認 識 す る こ と が 、 眞 正 に 宇 宙 の 根 本 實 在 を 認 識 す る こ と に な る 。 宇 宙 の 根 本 實 在 を 認 識 す る 斯 様 な 仕 方 は 、 西 洋 で 言 ふ 神 智 主 義 で も な く 、 亦 神 秘 主 義 で も な い 。 此 の 雨 者 と 全 く 異 っ た 別 の 認 識 法 で あ る 。 だ か ら 、 此 の 認 識 法 を 表 示 す る の に 、 全 然 新 し き 別 の 名 稱 を 以 て し た い の で あ る け れ ど 、 適 當 な も の が 見 當 ら あ か ら 、 暫 く 神 秘 主 義 と し て お く 。 而 し て 之 を 西 洋 の 神 秘 主 義 と 匠 別 す る 爲 め に 、 前 者 を 果 人 本 位 の 神 秘 主 義 、 後 者 を 因 人 本 位 の 神 秘 主 義 と 名 け た い と 思 ふ 。 斯 る 神 秘 主 義 の 仕 方 で 根 本 實 在 を 認 識 す る こ と は 、 釋 尊 に ょ り て 始 め ら れ た も の で あ る 。 釋 尊 の 體 驗 せ ら れ た 涅 槃 世 界 は 主 客 兩 觀 を 包 容 す る 神 秘 世 界 を 表 示 す る も の と 信 じ ら れ る 。 併 し 佛 滅 後 の 佛 教 徒 は 下 根 劣 機 に し て 涅 槃 の 實 際 を 體 驗 し 得 な か つ た 爲 め に 、 西 洋 の 神 秘 主 義 と 同 様 に 、 之 を 主 觀 的 の

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自 心 に 探 り 求 め 、 一 切 の 思 慮 分 別 を 滅 却 し た 、 無 分 別 境 の 室 と 解 釋 す る に 至 つ た 。 般 若 經 等 を 所 依 と す る 大 乗 佛 教 な る も の が 此 の 思 想 を 代 表 し て ゐ る 。 併 し 其 の 後 華 嚴 宗 が 現 は れ て 、 涅 槃 の 世 界 を 萬 法 流 出 の 根 源 た る 法 界 心 眞 如 の 世 界 と し て 其 の 功 徳 を 宣 揚 す る に 至 っ た 。 斯 く て 涅 槃 世 界 が 佛 滅 後 漸 く に し て 主 客 包 容 の 實 在 と し て 解 釋 さ れ る や う に な つ た が 、 そ れ で も 其 の 法 界 心 眞 如 は 無 自 性 と 見 ら れ る 點 に 於 て 、 矢 張 り 室 教 の 名 残 を 留 め て ゐ た 。 然 る に 最 後 に 大 師 の 眞 言 密 教 が 現 は れ て 心 空 不 二 を 説 き 、 色 心 の 守 自 性 を 明 に し て 、 涅 槃 世 界 の 認 識 を 大 成 し た の で あ る 。 だ か ら 佛 教 獨 爾 の 神 秘 主 義 は 釋 尊 に よ り て 開 發 せ ら れ 、 弘 法 大 師 に よ り て 大 成 さ れ た も の と 言 ふ べ .き で あ る 。 第 三 知 覺 世 界 吾 等 は 五 感 器 官 に よ り て 外 界 を 認 識 す る 。 之 を 知 覺 と 名 け る 。 而 し て 此 の 外 界 認 識 の 目 的 は 外 界 に 於 け る 如 何 な る も の が 吾 人 の 身 體 の 爲 め に 有 利 で あ る か 、 有 害 で あ る か を 剣 断 し 、 而 し て 斯 る 判 斷 に 基 い て 、 随 意 筋 に よ り て 外 界 に 働 き 掛 け 、 有 利 な る も の は 之 を 取 り 、 有 害 な る も の は 之 を 斥 け る こ と で あ る 。 だ か ら 知 覺 は 身 體 の 愛 護 を 目 的 と し て 出 現 し た 官 能 に す ぎ あ 。 從 つ て 知 覺 に ょ り て 認 識 さ れ た 宇 宙 は 宇 宙 全 體 で は な く し て 、 身 體 を 中 心 と し て 、 そ れ と 物 理 的 に 交 渉 す る 部 分 だ け を 、 全 宇 宙 か ら 抽 出 し た 世 界 で あ る 。 斯 く 抽 出 す る こ と が 知 覺 の 役 目 で 、 而 し て 斯 く 知 覺 さ れ た 宇 宙 が 知 覺 世 界 で あ る 。 吾 人 の 身 體 の 生 存 と 物 理 的 に 關 係 せ ざ る 部 分 は 、 事 實 と し て は 存 在 し て ゐ て も 、 吾 人 の 知 覺 世 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三一

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 二 界 に は 現 は れ て を ら あ 。 だ か ら 吾 人 の 宇 宙 は 吾 人 の 知 覺 に よ り て 制 約 さ れ た 宇 宙 で あ る 。 而 ー て 吾 人 の 知 覺 は 吾 人 の 随 意 筋 の 運 動 に よ り て 制 約 さ れ て ゐ る 。 だ か ら 宇 宙 其 物 は 塵 々 無 盡 の 法 か ら 成 立 し て ゐ る け れ ど 、 吾 人 の 知 覺 世 界 と し て の 宇 宙 は 、 ペ ル グ ソ ン に よ り て 力 強 く 主 張 さ れ て ゐ る 通 り 、 吾 人 の 意 志 運 動 と 知 覺 と に よ り て 制 約 さ れ た 狹 小 な 宇 宙 で あ る 。 更 に 其 の 上 に 、 吾 人 の 知 覺 は 身 體 を 中 心 と し て 知 覺 世 界 に 種 々 雑 多 な 空 間 的 差 別 を 付 け て ゐ る 。 即 ち 宇 宙 其 物 は 本 來 無 中 心 に し て 、 何 等 の 空 間 、 的 差 別 を 有 し な い の に 、 吾 等 は 自 分 の 身 體 を 中 心 と し て 、 東 西 南 北 の 方 位 を 立 て た り 、 上 下 左 右 、 前 後 遠 近 の 區 別 を 定 め て ゐ る 。 五 官 に よ り て 外 界 を 知 覺 す る こ と は 一 切 人 間 に 共 通 で 、 而 し て 又 極 め て 容 易 な こ と で あ る 。 だ か ら 一 切 學 問 は 知 覺 世 界 の 研 究 か ら 始 ま る 。 ギ ソ シ ヤ の 古 代 哲 學 が 自 然 哲 學 を 以 て 開 か れ た こ と は 、 其 の 二 例 で あ る 。 人 間 は 誰 で も 知 覺 世 界 を 宇 宙 全 體 と し 、 そ れ 以 外 に 世 界 が 無 い と 信 す る 。 而 し て 知 覺 世 界 に 於 て 最 も 認 識 し 易 い も の は 、 物 質 現 象 が 相 互 に 器 械 的 に 關 係 し 合 つ て ゐ る こ と で あ る 。 斯 る 事 情 か ら 、 知 覺 世 界 の 現 象 を 研 究 す る 學 者 は 、遠 い 昔 か ら 器 械 的 法 則 -勢 力 保 存 律 、 自 然 的 因 果 律 等 を 發 見 し 、 そ れ を 以 て 宇 宙 を 支 配 す る 唯 一 絶 封 の 法 則 と 斷 定 す る に 至 つ た 。 ギ ソ シ ヤ 時 代 の 自 然 哲 學 者 が 、 斯 る 思 想 に ょ り て 宇 宙 間 一 切 の 現 象 を 説 明 す べ く 苦 心 し た こ と は 、 哲 學 史 の 證 明 し て ゐ る 通 り で あ る 。 へ ー グ ル や ベ ル グ ソ ン の 言 つ て ゐ る 通 り 、 元 來 人 間 の 理 知 と 言 ふ も の は 、 全 體 者 の 内 か ら 一 部 分 を

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抽 出 し 、 而 し て 抽 出 し て 出 來 た 概 念 を 偶 像 化 し て 他 の 部 分 を 無 視 し 、 そ れ に ょ り て 全 體 を 説 明 す る こ と を 求 め て ゐ る 。 此 の 理 知 の 要 求 が 學 者 を 作 り 出 す 。 だ か ら 知 覺 世 界 を 唯 一 の 宇 宙 と 考 へ 、 其 の 内 か ら 器 械 的 法 則 を 抽 象 し て 、 そ れ に よ り て 宇 宙 全 體 を 説 明 せ ん と す る 企 圖 は 、 ギ ソ シ ャ の 學 者 に 取 り て 研 究 の 理 想 で あ つ た の み な ら す 、 其 後 凡 て の 學 者 の 理 想 と な つ て 今 日 に 至 つ た 。 尤 も ギ リ シ ヤ 古 代 哲 學 に 次 ぐ 中 世 哲 學 に 於 て は 、 キ リ ス ト 激 が 其 の 教 権 の 力 を 以 て 學 者 を 壓 迫 し て 、 理 知 の 手 足 を 自 由 に 伸 ば さ せ な か つ た 。 併 し 其 の 壓 迫 が 欧 洲 の イ ン テ リ ゲ ン チ ヤ に 大 愛 な 反 感 を 抱 か し め た 。 其 の 反 感 が 嵩 じ て 復 古 運 動 と な り 、 十 七 世 紀 に は ペ ー コ ン 、 ボ ツ ブ ス 、 デ カ ル ト 、 ガ リ レ イ 等 の 學 者 が 現 は れ て 經 驗 主 義 、 器 械 主 義 、 唯 物 主 義 を 無 遠 慮 に 主 張 し 、 其 の 結 果 と し て 科 學 を 成 立 さ せ る に 至 つ た 。 だ か ら 知 覺 世 界 を 唯 一 の 宇 宙 と 決 め 、 器 械 的 法 則 を 偶 像 化 し て 絶 對 の 法 則 と な し 、 之 に よ り て 一 切 現 象 を 説 明 せ ん と す る こ と が 、 人 間 本 具 の 理 知 の 要 求 で 、 而 し て 此 の 要 求 の 完 全 な る 具 體 的 形 式 と し て 實 現 し た も の が 科 學 で あ る 。 科 學 の 領 分 は 知 覺 世 界 で あ る 。 其 の 仕 事 は 知 覺 世 界 の 現 象 相 互 の 關 係 を 研 究 す る こ と に 限 ら れ て ゐ る 。 知 覺 超 越 の 世 界 に 知 覺 超 越 の 何 物 か い 有 る か 無 い か と 言 ふ こ と に 就 い て 、 科 學 は 一 言 も 彼 是 言 ふ べ き 權 利 を 有 た な い 。 だ か ら 科 學 は 其 の 領 分 を 守 り 、 知 覺 世 界 の 現 象 に 就 き て 研 究 し て ゐ る 限 り 、 人 生 の 幸 福 に 寄 與 す る こ と の 大 な る も の で あ る け れ ど 、 若 し 其 の 領 分 を 超 え て 、 知 覺 超 越 の 世 界 の 問 題 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 三

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 四 に 就 い て 彼 是 と 干 渉 す る と 、 人 生 に 對 し て 甚 だ 危 險 な る 結 果 を 生 す る こ と に な る 。 所 が 十 七 世 紀 に 勃 興 し た 科 學 は 、 其 の 守 る べ き 領 分 を 守 ら な か つ た 。 人 間 の 知 覺 す る 世 界 が 唯 一 の 宇 宙 で 、 こ れ 以 外 に 宇 宙 は な い 、 器 械 的 法 則 が 宇 宙 を 支 配 す る 唯 一 の 法 則 で 、 こ れ 以 外 に 法 則 は 無 い と 言 つ て 、 神 の 實 在 も 魂 の 實 在 も 否 定 し て 、 人 生 を 唯 物 的 器 械 的 に 解 釋 す る に 至 つ た 。 所 謂 科 學 萬 能 の 人 生 觀 な る も の が 是 れ で あ る 。 現 今 流 行 の 心 理 學 も 科 學 萬 能 の 支 配 下 に 育 つ た も の で あ る か ら 、 人 間 の 意 識 の 經 驗 官 能 を 知 覺 に 限 る と 決 め 、 そ れ 以 外 の 官 能 を 斷 然 否 定 し て 了 つ た 。 た ま さ か 知 覺 超 越 の 官 能 、 例 へ ば 宗 教 經 驗 や 透 視 の 如 き 事 實 に 接 す れ ば 、 そ れ を 知 覺 に 還 元 し て 説 明 せ ん と し 、 若 し 還 元 出 來 ざ る 時 は 、 鍵 幡 的 或 は 病 的 な る も の と し て 排 斥 し 、 正 常 な る 人 間 の 經 驗 す べ き も の で な い 様 に こ ち 付 け て ゐ る 。 詰 り 科 學 萬 能 主 義 の 流 行 仁 よ り て 、 知 覺 世 界 が 唯 一 の 世 界 で 、 そ れ 以 外 に 世 界 は 無 く 、 意 識 の 役 目 は 唯 五 官 に ょ り て 外 界 を 知 覺 す る だ け で 、 そ れ 以 外 に 意 識 の 働 き は 無 い と 量 呈 こ と が 、 文 明 人 共 適 の 思 想 と な つ た わ け で あ る 。 第 四 心 室 不 二 -絶 對 識 性 ジ エ ー ム ス 教 授 は 其 の 心 理 學 書 に 於 て 、 次 の 如 く 説 い て 居 る 。 如 何 な る 精 神 過 程 も 、 そ れ 自 身 の 屡 す る 個 人 意 識 以 外 の 他 の 個 人 意 識 内 の 精 神 過 程 を 直 接 に 知 る こ と が 出 來 あ 。 絶 對 的 の 分 離 、 融 和 す べ か ら ざ る 多 元 と 言 ふ こ と が 、 此 の 場 合 に 行 は れ る 法 則 で

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あ る 。 右 は 知 覺 世 界 に 住 む 人 間 の 意 識 の 特 質 を 説 い た も の で 、 凡 て の 心 理 學 者 が 之 を 承 認 し て ゐ る 。 だ か ら 知 覺 世 界 で は 、 人 間 の 數 だ け の 多 數 の 意 識 が 有 つ て 、 そ れ が 皆 個 々 別 々 の 孤 立 的 存 在 と な つ て ゐ る 。 更 に 又 、 知 覺 世 界 に 住 む 人 間 は 、 誰 で も 意 識 は 脳 髄 中 に 籠 城 し て 、 そ こ か ら 一 歩 も 外 出 し 得 あ も の と 考 へ て ゐ る 。 だ か ら 知 覺 世 界 の 心 理 學 に よ れ ば 、 人 間 の 意 識 は 脳 髄 中 に 立 て 籠 り 居 て 、 五 感 器 官 を 通 し て 來 る 外 界 事 物 の 刺 戟 を 受 取 り 、 そ れ に よ り て 外 界 事 物 に 關 す る 知 覺 を 作 る の で あ る 。 だ か ら 知 覺 は 外 界 の 事 物 其 物 を 直 接 に 認 識 す る の で な く 、 腦 髄 中 に 於 て 作 ら れ た 主 觀 的 産 物 に す ぎ あ 。 斯 る 主 觀 的 産 物 の 知 覺 が 外 界 事 物 其 物 と 一 致 し て 居 る と 、 吾 等 は 常 識 的 に 信 じ て 居 る け れ ど も 、 そ れ を 心 理 學 的 に 證 明 す る こ と は 到 底 出 來 あ の で あ る 。 右 の 如 き 理 由 に よ り て 、 人 間 の 意 識 を 孤 立 的 主 觀 的 な も の と 見 る 心 理 説 は 、 知 覺 世 界 に 住 む 人 間 に 共 通 な 思 想 運 用 の 公 理 と な つ て ゐ る 。 古 來 如 何 な る 學 者 だ つ て 、 宇 宙 や 人 生 に 就 い て 哲 學 す る 時 。 此 の 公 理 の 上 に 立 つ て を ら あ も の は な い 。 唯 獨 り 釋 尊 の 涅 槃 寂 静 印 は 此 の 公 理 を 破 つ た も の で あ る け れ ど 、 そ れ は 鯨 り に 知 覺 世 界 の 思 想 と 掛 け 離 れ て ゐ た の で 、 佛 弟 子 に は 理 解 さ れ な か つ た 。 そ れ が 爲 め 佛 滅 後 の 佛 教 徒 は 、 矢 張 り 意 識 主 觀 説 の 立 場 か ら 涅 槃 世 界 を 解 釋 し よ う と し て 、 法 相 宗 の 主 觀 的 唯 心 論 に 陥 つ た り 、 三 論 宗 の 萬 法 皆 空 論 に 堕 し た の で あ る 。 併 し 斯 る 思 想 は 菩 提 心 の 憬 れ て ゐ る 涅 槃 の 神 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 五

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 六 秘 世 界 を 夢 か 幻 の 如 く 、 有 る か 無 き か の 暖 昧 な も の に し て 了 ふ の で 、 到 底 世 道 人 心 を 安 ん す る 教 義 と な る も の で な い 。 そ こ で 華 嚴 宗 、 密 教 の 如 き 實 大 乗 が 現 は れ て 意 識 の 客 觀 性 を 唱 へ 、 神 秘 世 界 の 存 在 に 權 威 付 け た の で あ る 。 併 し 其 の 意 識 の 客 觀 性 を 最 も 確 實 な 思 想 體 系 に よ り て 宣 説 す る こ と は 、 弘 法 大 師 の 出 現 を 待 つ て 成 就 さ れ た の で あ る 。 大 師 の 御 考 へ で は 、 六 大 無 碍 論 に よ り て 明 示 さ れ て あ る 通 り 、 心 識 は 虚 空 と 一 體 不 二 で あ る 。 一 切 萬 法 を 包 容 し て ゐ る 大 虚 空 其 物 が 直 に 心 識 で あ る 。 だ か ら 腦 髄 の 内 に 意 識 が 閉 ぢ 籠 め ら れ て ゐ る の で な く 、 意 識 の 内 に 腦 髄 が 浸 さ れ て ゐ る の で あ る 。 又 個 々 人 の 意 識 は 個 々 別 々 に 孤 立 し て ゐ る の で な く 、 其 の 本 質 は 普 遍 準 等 の 一 心 識 に 於 て 一 致 し て ゐ る の で あ る 。 大 日 經 に 心 と 虚 空 界 と 菩 提 と 、 三 種 無 二 な り 。 と 説 い て あ る が 、 こ れ は 心 空 不 二 を 證 す る 明 文 で あ る 。 そ れ で 個 人 の 意 識 は 個 々 別 々 に 分 れ て ゐ て も 、 其 の 本 地 實 相 は 李 等 心 地 と し て 萬 人 共 通 で あ る 。 一 切 衆 生 の 色 心 の 實 相 は 本 際 よ り 巳 來 、 常 に 是 れ 毘 盧 遮 那 の 準 等 智 身 な り 。 (大 日 經 疏 ) 右 の 文 章 も 亦 心 空 不 二 を 證 明 す る も の で あ る 。 心 空 不 二 は 斯 様 に 佛 教 に 取 り て 大 切 な も の で あ る に も 拘 ら す 、 佛 教 學 者 は 一 般 に 其 の 眞 義 を 會 得 し て を ら あ 。 こ れ は 彼 等 が 意 識 を 孤 立 的 主 觀 的 と 見 る 心 理 説 に 囚 は れ て ゐ る 結 果 で あ る が 、 科 學 萬 能 主

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義 の 支 配 す る 現 代 に 於 て は 、 そ の 囚 は れ 方 が 特 に 甚 し く な つ た 。 現 代 の 佛 教 學 者 間 に は 、 神 秘 世 界 も 其 處 に 在 る 佛 菩 薩 も 、 人 間 の 心 中 に 於 け る 主 觀 的 觀 念 を 客 觀 世 界 に 投 影 し た も の に す ぎ す と 言 ふ 、 主 觀 的 唯 心 論 が 勢 力 を 振 つ て 居 る 。 華 嚴 宗 、 密 教 の 大 徳 達 の 苦 心 努 力 に よ り て 、 折 角 確 立 さ れ た 佛 菩 薩 の 客 觀 的 實 在 性 も 斯 る 學 者 に 壊 さ れ て 、 昔 の 低 級 な 唯 識 論 ま が ひ の 佛 菩 薩 觀 に よ り て 入 れ 替 へ ら ん と す る こ と は 、 確 に 佛 教 思 想 の 堕 落 と し て 悲 し む べ き こ と で あ る 。 そ れ で 私 は 彼 等 が 思 想 運 用 の 公 理 と し て 居 る 意 識 主 觀 説 の 誤 謬 を 指 摘 し 、 心 空 不 二 の 眞 理 を 擁 立 し よ う と 思 ふ 。 意 識 主 觀 説 を 攻 撃 し 、 其 の 客 觀 性 を 主 張 し た 學 者 と し て 最 も 有 力 な る も の は ベ ル グ ソ ン で あ ら う 。 併 し 彼 の 議 論 は 非 常 に 力 強 い も の で は あ る が 、 ま だ 大 師 の 心 空 不 二 論 と は 大 分 隔 つ て 居 る 。 此 の 不 二 論 を 最 も 力 強 く 辮 護 す る も の と し て は 、 今 の 所 で は 心 靈 學 の 研 究 に 優 る も の は な い で あ ら う 。 心 靈 學 に 於 て は 、 透 視-他 心 通 、 天 眼 通 -は 實 驗 に よ り て 證 明 さ れ た 事 實 で あ る 。 此 の 事 實 は 知 覺 世 界 に 通 用 の 心 理 學 説 を 何 の 造 作 も な く 根 祇 か ら 顛 覆 す る も の で あ る 。 先 づ 第 二 に 、 知 覺 世 界 の 心 理 學 で は 、 眼 が 見 る こ と の 唯 一 の 器 官 で 、 眼 な く て は 見 る こ と は 絶 對 に 出 來 あ こ と 、 な つ て ゐ る 。 所 が 人 間 は 或 る 意 識 境 界 に 於 て は 、 眼 を 使 用 す る こ と な く し て 、 如 何 な る 物 で も 見 得 る こ と が 、 實 驗 に よ り て 證 明 さ れ た 。 之 に よ り て 、 眼 を 見 る こ と の 唯 一 器 官 と す る 心 理 學 説 は 知 覺 世 界 に 通 用 す る け れ ど も 、 知 覺 超 越 の 或 る 意 識 境 界 に 於 て は 成 立 し な い の で あ る 。 加 之 、 眼 で 見 る 場 合 に は 、 眼 に 向 ひ た る 物 の 前 面 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 七

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 八 を 見 る だ け で 、 其 の 背 面 も 内 部 も 見 え あ の で あ る け れ ど 、 透 視 の 場 合 で は 、 物 の 前 面 も 背 面 も 外 部 も 内 部 も 悉 く 見 え る の で あ る 。 し て 見 る と 、 透 視 す る 意 識 は 肉 眼 の 様 に 、 物 と 對 立 し て 其 の 一 方 に 在 る の で な く し て 、 物 の 全 面 を 包 容 し 、 且 つ 其 の 内 部 に も 入 り 込 み ゐ る こ と が 到 る 。 即 ち 透 視 す る 意 識 は 海 水 が 海 綿 を 浸 す が 如 く に 、 物 を 浸 し て ゐ る こ と が 到 る 。 又 、 知 覺 は 随 意 筋 を 動 し 得 る だ け で 、 外 界 事 物 に 直 接 働 き 掛 け る こ と が 出 來 あ 。 然 る に 或 る 意 識 境 界 に 於 て は 、 意 識 は 直 接 事 物 の 上 に 働 き 掛 け て 、 念 じ た 通 り の 現 象 を 物 の 上 に 惹 起 す る こ と が 實 驗 的 に 證 明 さ れ た 。 之 に よ り て 見 る と 、 人 間 の 意 識 が 外 界 物 質 の 上 に 直 接 働 き 得 あ と 言 ふ 學 説 は 、 知 覺 世 界 に 限 ら れ た 心 理 説 に す ぎ あ 。 或 る 意 識 境 界 に 於 て は 、 意 識 は 外 界 事 物 の 上 に 直 接 働 き 掛 け る の で あ る 。 そ れ で 此 等 の 心 靈 的 事 實 か ら 考 へ て 見 る と 、 意 識 は 腦 髄 の 内 に 閉 ぢ 籠 つ て ゐ る も の で は な く て 、 人 間 の 身 體 も 外 界 の 事 物 も 一 緒 に 包 容 し て ゐ る 所 の 虚 空 其 物 と 一 體 で あ る こ と が 判 る 。 更 に 又 、 透 視 す る 意 識 は 人 間 の 秘 し て ゐ る 如 何 な る 秘 密 思 想 で も 之 を 知 り 得 る こ と が 實 驗 に よ り て 證 明 さ れ た 。 し て 見 る と 、 知 覺 世 界 に 於 て は 、 人 間 の 思 想 は 相 互 に 孤 立 し を り て 、 言 語 文 字 に よ り て 之 を 發 表 せ ざ る 限 り 絶 對 的 に 秘 密 で 、 他 人 が 之 を 知 り 得 あ の で あ る け れ ど 、 或 る 意 識 境 界 に 於 て は 、 一 切 人 間 の 思 想 は 一 意 識 の 内 に 包 容 さ れ て ゐ る こ と が 到 る 。 そ れ で 心 靈 研 究 の 結 果 を 綜 合 す る と . 次 の 如 き 結 論 に 到 達 す る 。 人 間 の 意 識 が 各 自 の 腦 髄 中 に 閉 ぢ 籠 り 居 て 、 相 互 に 隔 離 さ れ た 個 々 別 々 の 多 元 的 存 在 で あ る と 見

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る 心 理 説 は 知 覺 世 界 に 於 て の み 成 立 す る 。 或 る 意 識 境 界 に 於 て は 、 一 切 人 間 の 意 識 は 普 遍 平 等 の 一 意 識 の 内 に 包 容 さ れ て ゐ る 。 だ か ら 知 覺 世 界 に 住 む 人 間 に 於 て は 、 各 自 の 思 想 は 相 互 に 秘 密 に な つ て ゐ る け れ ど 、 普 遍 雫 等 の 一 意 識 は 悉 く 之 を 知 り て 一 切 知 で あ る 。 又 此 の 一 意 識 は 虚 室 其 物 と 一 體 不 二 に し て 二 切 事 物 を 包 容 し て ゐ る 。 だ か ら 眼 は 事 物 の 外 部 を 見 て 内 部 を 見 す 、 前 面 を 見 て 後 面 を 見 す 、 近 き に あ る も の を 見 て 遠 き に あ る も の を 見 す 、 明 所 に あ る も の を 見 て 暗 所 に あ る も の を 見 あ の で あ る け れ ど 、此 の 一 意 識 は 事 物 の 外 部 も 内 部 も 前 面 も 後 面 も 、 近 き に あ る も の も 、 遠 き に あ る も の も 、 明 所 に あ る も の も 暗 所 に あ る も の も 、有 ゆ る 事 物 を 悉 く 見 て 一 切 見 で あ る 。 即 ち 心 空 不 二 は 心 靈 研 究 に よ り て 實 驗 的 に 證 明 さ れ た 眞 理 で あ る 。 私 は 斯 く 一 切 の 意 識 、 一 切 の 物 事 を 包 容 し て 、 一 切 知 、 一 切 見 で あ る 所 の 一 意 識 を 普 遍 雫 等 の 絶 對 識 性 と 名 け て ゐ る 。 又 神 秘 意 識 と も 名 け る 。 又 心 王 識 性 と 名 け 、 之 に よ り て 包 容 さ れ て ゐ る 個 別 的 意 識 を 心 數 識 性 と 名 け る 。 そ れ で 吾 等 の 知 覺 世 界 の 外 に 、 絶 對 識 性 に よ り て 認 識 さ れ る 世 界 が 在 る こ と に な る 。 私 は 之 を 神 秘 世 界 と 名 け る 。 知 覺 世 界 で は 五 官 を 通 じ て 僅 に 一 部 分 し か 認 識 さ れ な か つ た 事 物 が 、 神 秘 世 界 で は 其 の 全 部 が 完 全 に 認 識 さ れ る 。 知 覺 世 界 の 知 覺 に よ り て 認 識 す る こ と の 出 來 あ 靈 が 、 神 秘 世 界 で は 絶 對 識 性 に よ り て 悉 く 認 識 さ れ る の で あ る 。 佛 教 で 彼 岸 と 言 ふ の は 此 の 神 秘 世 界 で あ る 。 佛 教 の 目 的 た る 到 彼 岸 と は 絶 對 識 性 を 開 發 し て 、 神 秘 世 界 を 認 識 す る こ と で あ る 。 斯 く 絶 樹 識 性 を 開 發 す る こ と を 大 覺 を 得 る と 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 三 九

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 〇 言 ひ 、 大 覺 を 得 た 人 を 覺 者 即 ち 佛 と 言 ふ の で あ る 。 第 五 無 睾 磯-涅 槃 寂 静 然 ら ば 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 は 如 何 な る 方 法 に よ り て 開 發 さ れ る で あ ら う か 。 佛 教 は 此 の 問 題 に 就 い て 種 々 の 修 行 方 便 を 説 い て ゐ る が 、 之 を 一 言 で 掩 へ ば 、 知 覺 世 界 の 根 本 中 心 た る 身 體 の 繋 縛 を 斷 ち て 無 里 硬 と な る こ と で あ る 。 元 來 人 間 の 個 人 意 識 は 普 遍 平 等 の 絶 封 識 性 と 本 質 と し て 同 一 の も の で あ る け れ ど も 、 生 衝 動 の 要 求 に よ り て 身 體 を 創 造 し 、 そ れ を 舞 臺 と し て 宇 宙 問 に 活 動 し 始 め る や 否 や 、 其 の 識 性 の 官 能 は 身 體 を 保 護 し 發 達 さ せ る こ と の み に 限 ら れ て 、 普 遍 平 等 の 本 性 を 失 つ て 、 個 別 的 の も の と な つ た 。 即 ち 前 に 説 い て お い た 通 り 、 五 感 器 官 を 通 し て 外 界 事 物 を 知 覺 し 、 有 利 な る も の は 之 を 取 り 、 有 害 な る も の は 之 を 斥 け て 、 身 體 を 愛 護 す る こ と ば か り を 勤 め て ゐ る 。 從 つ て 斯 る 意 識 の 知 覺 し た 世 界 は 、 全 體 者 と し て の 宇 宙 で は な く 、 其 の 内 か ら 身 體 と 物 理 的 に 關 係 あ る 部 分 の み を 抽 出 し 、 而 も 身 體 を 中 心 基 點 と し て 我 他 彼 此 の 差 別 を 付 け ら れ た 身 體 本 位 の 主 觀 的 世 界 で あ る 。 則 ち 普 遍 平 等 で あ る べ き 絶 對 識 性 が 身 體 愛 護 の 爲 め に 個 人 的 主 觀 的 の も の と な つ た の で あ る 。 だ か ら 絶 對 識 性 の 普 遍 平 等 性 を 制 限 し て 主 觀 的 の も の に す る の は 身 體 の 繋 縛 で あ る 。 然 る に 其 の 身 體 を 創 造 す る 原 理 は 生 衝 動 で あ る 。 そ れ で 佛 教 で は 此 の 生 衝 動 を 無 明 と 名 け て 一 切 の 妄 想 煩 惱 の 根 本 原 因 と し て あ る 。 だ か ら 絶 對 識 性 を 開 發 す る の に は 、 ど う し て も 身 體 愛 着 の 繋 縛 を 斷 ち て 無 呈 磯 と な ら ね ば な ら あ 。 佛 教 の

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修 行 は 凡 て 此 の 點 を 狙 つ て ゐ る 。 併 し 生 衝 動 に よ り て 生 れ 出 で た 人 間 に 對 し て 、 生 衝 動 の 必 然 結 果 た る 身 體 繋 縛 の 斷 滅 を 要 求 す る こ と は 、 人 間 に 向 つ て 超 人 間 を 要 求 す る こ と で 、 最 大 難 事 と 言 は ね ば な ら あ 。 併 し 佛 教 本 來 の 目 的 は 知 覺 世 界 を 去 り て 彼 岸 の 神 秘 世 界 に 行 く と 言 ふ 超 人 間 の 仕 事 で あ る か ら 、 こ れ 位 の 超 人 間 的 難 事 を 行 ふ の で な く て は 成 就 さ れ あ で あ ら う 。 然 る に 二 千 五 百 年 前 の 昔 、 釋 迦 牟 尼 世 尊 は 此 の 修 行 を 成 就 し 、 絶 對 識 性 を 開 發 し て 、 初 め て 神 秘 世 界 を 内 證 し た ま う た の で あ る 。 神 秘 世 界 の 實 在 を 宣 説 す る 學 者 は 古 來 相 當 に 多 く 有 つ た の で あ る が 、 併 し そ れ は 軍 な る 哲 學 的 思 辮 に ょ る 假 定 説 に す ぎ な か つ た 。 凡 て の 哲 學 者 は 神 秘 世 界 の 實 在 は 唯 哲 學 的 思 辮 に よ る よ り 外 に 知 り 機 の な い も の と 思 つ て ゐ た 。 從 っ て 哲 學 者 の 神 秘 世 界 説 は 盲 目 者 の 色 彩 論 と 同 様 で 、 實 際 と 掛 け 離 れ た 戯 論 に す ぎ な か つ た 。 然 る に 釋 尊 は 知 覺 世 界 に 屡 す る 妄 想 煩 惱 を 斷 滅 し て 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 を 開 發 し 、 神 秘 世 界 を 親 し く 見 證 し た ま う た の で あ る 。 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 は 知 覺 世 界 に 通 用 の 思 慮 分 別 と 全 然 其 の 範 疇 を 異 に す る も の で あ る が 爲 め に 、 さ す が に 無 碍 辯 の 釋 尊 を 以 て し て も 、 之 を 知 覺 世 界 の 言 葉 で 説 明 し 得 な か つ た の で 、 軍 に 之 を 涅 槃 寂 静 と 言 つ て を ら れ た 。 此 の 言 葉 は 知 覺 世 界 に 屬 す る 妄 想 煩 惱 の 斷 滅 し て 、 平 安 で あ る こ と を 意 味 す る に す ぎ あ か ら 、 唯 神 秘 世 界 を 遮 情 的 に 示 し た だ け で 、 其 の 内 容 本 質 に 就 い て 何 等 の 表 徳 的 説 明 を も 與 へ て ゐ な い 。 だ か ら 涅 槃 寂 静 の 言 葉 だ け で は 、 釋 尊 の 自 證 さ れ た も の 、 何 ん で あ る か は 到 ら あ け れ ど 、 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 一

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 二 悉 地 成 就 後 に 於 け る 釋 尊 の 人 格 活 動 の 實 際 に よ り て 、 涅 槃 が 絶 對 識 性 の 開 發 に よ り て 自 證 さ れ た 神 秘 世 界 で あ る こ と を 推 知 し 得 る の で あ る 。 釋 尊 の 人 格 的 活 動 は 菩 提 智 と 慈 悲 心 と 神 通 力 と の 發 現 で あ る 。 此 の 三 者 は 絶 對 識 性 の 三 大 用 で あ る 。 だ か ら 人 若 し 絶 對 識 性 を 開 發 し て 自 我 と 宇 宙 と の 一 致 不 二 を 自 證 し 得 た な ら 、 其 の 人 は 必 然 的 に 菩 提 智 と 慈 悲 心 と 神 通 力 と を 獲 得 し て を ら ね ば な ら あ 。 此 の 獲 得 な き も の は 如 何 に 宇 宙 の 實 在 と 一 致 し た な ど ぐ 大 言 壮 語 し て も 、 そ れ は 唯 思 辨 的 に そ う 思 つ て ゐ る だ け の こ と で 、實 際 に は 少 し も 一 致 し て を ら あ の で あ る 。 例 へ ば ウ パ ニ シ ヤ ツ ド の 哲 學 者 は 此 の 類 で 、 あ る 。 ウ パ ニ シ ヤ ツ ド で の 最 大 賢 人 と 言 は れ た ヤ ー ジ ユ ニ ヤ プ ル キ ャ 仙 の 如 き は 、 釋 尊 に 先 立 ち て 自 我 と 梵 (宇 宙 の 根 本 實 在 ) と の 一 致 を 主 張 し た も の だ 。 併 し 彼 は 哲 學 的 思 辨 に よ り て そ う 考 へ た だ け で 之 に 就 い て 何 等 の 體 驗 を も 有 し て を ら な か つ た こ と は 、 彼 に 神 通 力 も な く 、菩 提 智 も な い 、 唯 の 哲 學 者 で あ つ た こ と に よ り て 明 白 に 判 る 。 西 洋 で も フ ィ ヒ テ 、 へ ー ゲ ル の 如 き 哲 學 者 は 自 我 と 實 在 と の 一 致 を 説 い た け れ ど そ れ も 、矢 張 り 哲 學 的 に 考 へ て ゐ た に す ぎ あ 。 然 る に 釋 尊 に 至 り て は 、 自 我 と 實 在 と の 一 致 を 哲 學 的 に 説 か れ た の で は な く し て 、 身 自 ら 實 在 と の 一 致 を 體 驗 し た ま う た の で あ る 。 菩 提 智 と 慈 悲 心 と 神 通 力 と の 三 大 威 徳 を 顯 現 さ れ た 釋 尊 の 人 格 其 物 が 、 絶 樹 識 性 を 開 發 し て 法 界 と の 一 致 を 體 驗 自 證 し た ま う た こ と を 證 據 立 て る 。 だ か ら 涅 槃 寂 静 の 一 法 印 は 言 葉 の 上 で は 其 の 内 容 本 質 を 積 極 的 に 表 示 し て を ら あ け れ ど 、 釋 尊 の 實 際 的 活 動 の 上 か ら 見 て 、 そ れ が 絶 對 識 性 に ょ り て 自 證 さ れ た 神 秘

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世 界 を 意 味 す る も の と し て 解 釋 さ れ 得 る の で あ る 。 だ か ら 私 は 世 界 人 類 中 、 釋 尊 を 以 て 絶 對 識 性 の 最 初 の 開 發 者 と 見 る の で あ る 。 佛 教 が 一 切 宗 教 の 内 で 、 斷 然 獨 爾 の 光 彩 を 放 つ て ゐ る の は 、 此 の 絶 對 識 性 を 基 礎 と し て 立 つ て ゐ る か ら で あ る 。 第 六 如 實 知 自 心 併 し な ん と 言 つ て も 涅 槃 寂 静 は 除 り に 遮 情 的 で 、 其 の 本 質 内 容 に 就 い て 何 等 の 積 極 的 意 味 を 表 示 し て を ら あ 。 又 釋 尊 も 随 分 長 い 間 法 輪 を 縛 せ ら れ た け れ ど 、 唯 此 の 涅 槃 其 物 に 就 い て は 、 四 十 九 年 一 字 不 説 で 、 更 に 説 か れ な か つ た 。 又 其 の 弟 子 達 も 多 數 あ つ た け れ ど 、 自 分 自 身 に 體 驗 が 無 い の だ か ら 、 涅 槃 寂 静 の 眞 意 を 握 り 得 な か つ た の で あ る 。 其 の 結 果 、 ﹁ 涅 槃 と は 何 ぞ や ﹂ と 言 ふ こ と が 、 佛 滅 後 の 大 問 題 と な つ た 。 苟 も 佛 教 徒 と し て 、 釋 尊 が 涅 槃 の 語 に 相 應 す る 何 か 或 る も の を 積 極 的 に 體 驗 し て 居 ら れ た こ と に 就 い て 、 疑 ふ も の は な か つ た 。 併 し そ れ は 知 覺 超 越 の 或 る も の で あ つ た か ら . 知 覺 世 界 に ね ば り 付 い て ゐ る 彼 等 に は 容 易 に 到 ら な か つ た 。 そ こ で 彼 等 の 或 る も の は 哲 學 的 思 索 を 凝 ら し た り 、 或 る も の は 坐 禪 工 夫 を 練 つ た り し て 、 一 生 懸 命 に 涅 槃 の 秘 意 を 探 つ た も の で あ る 。 其 の 結 果 、 涅 槃 に 就 き て は 色 々 な 解 釋 が 立 て ら れ た が 、 今 其 處 に 含 ま れ て ゐ る 絶 對 識 性 に 着 眼 し 得 る に 至 る ま で の 、 思 想 發 達 の 重 要 な る 過 程 を 略 説 す る と 次 ぎ の 通 り で あ る 。

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一)

弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 三

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 四 (二) 佛 滅 後 七 百 年 頃 に 龍 樹 論 師 が 現 は れ 、 涅 盤 は 知 覺 世 界 に 通 用 の 論 理 を 當 て 嵌 め て 解 釋 出 來 あ も の で あ る こ と を 論 じ て 、 不 生、 不 滅 、 不 常 . 不 斷 、 不 一 、 不 異 、 不 去 、 不 來 な る も の で あ る と 斷 定 し た 。 龍 樹 は 之 に よ り て 涅 槃 の 密 義 を 閑 明 し た 積 り で あ つ た け れ ど 、 實 は 知 覺 世 界 の 認 識 を 超 越 し た 或 る も の で あ る と 言 ふ こ と の 外 に 、 何 物 を も 教 へ 得 な か つ た の で あ る 。 (三) 佛 滅 後 九 百 年 頃 に 、 世 親 が 現 は れ 、 唯 識 論 を 以 て 涅 槃 を 解 釋 し よ う と し た 。 一 切 萬 法 唯 心 所 現 で あ る か ら 、 心 外 に 何 物 も な い 。 然 る に 人 間 は 所 知 障 に 累 さ れ て 、 自 心 所 現 の 幻 法 を 心 外 實 法 と 誤 想 し て ゐ る 。 だ か ら 一 切 の 分 別 思 慮 を 息 め て 無 分 別 智 を 開 發 す れ ば 、 萬 法 の 根 元 た る 自 心 の 圓 成 實 性 を 證 見 す る こ と が 出 來 る 。 此 の 圓 成 實 性 は 言 亡 慮 絶 の 涅 槃 即 ち 眞 如 で あ る 。 斯 く 涅 槃 を 萬 法 發 現 の 根 本 原 理 と 見 る 所 は 、 遮 情 的 涅 槃 觀 か ら 表 徳 的 涅 槃 觀 へ の 轉 向 を 示 し て ゐ る 。 又 そ の 涅 槃 を 自 心 の 本 質 即 ち 眞 如 と 見 た 所 は 、 如 實 知 自 心 の 端 緒 を 表 は す も の で あ る 。 併 し 此 の 自 心 は 孤 立 的 主 觀 的 の も の で あ る か ら 、 世 親 は ま だ 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 に は 考 へ 及 ば な か つ た の で あ る 。 ( 四) 其 後 、 大 乗 起 信 論 が 現 は れ 、 法 界 心 眞 如 を 以 て 涅 槃 の 解 釋 を 試 み た 。 (私 は 望 月 博 士 の 主 張 に 基 き て 起 信 論 は 支 那 に 於 て 出 來 た も の と 信 す る ) 。 こ れ に よ る と 、 眞 如 は 普 遍 平 等 の 法 界 心 で 、大 智 慧 光 明 、 遍 照 法 界 、 眞 實 知 識 、 自 性 清 浮 、 常 樂 我 淨 、 清 浄 不 變 自 在 の 六 義 を 具 へ て ゐ る 。 而 し て 個 人 の 心 は 其 の 本 質 に 於 て 眞 如 と 一 體 で あ る 。 然 る に 吾 等 は 無 明 に 累 さ れ 、 無 念 の 心 性 と 相 應 し な い 所 か ら 、 五 意

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を 起 し 、 五 意 に よ り て 我 々 所 を 計 し て 、 法 界 心 の 眞 如 か ら 分 離 す る 様 に な つ た 。 そ れ で 吾 等 は 止 觀 を 修 し て 五 意 を 除 滅 す れ ば 、 主 觀 客 觀 の 差 別 を 超 越 し て 法 界 眞 如 と 一 致 す る に 至 る 。 そ う な る と 吾 等 は 不 思 議 業 用 、 即 ち 神 通 力 に よ り て 一 切 衆 生 を 利 盆 し 得 る 。 そ れ が 成 佛 で あ る 。 斯 機 に 起 信 論 が 衆 生 心 と 法 界 心 眞 如 と の 一 體 不 二 を 説 い た 所 は 、 涅 槃 の 眞 髄 た る 絶 對 識 性 に 着 眼 し て 、 初 め て 佛 教 獨 爾 の 神 秘 主 義 を 闡 明 し た も の で 、 佛 教 思 想 史 上 に 於 け る 劃 期 的 進 歩 と 言 は ね ば な ら ぬ 。 又 眞 如 に 六 義 あ り と 説 い た あ た り も 、 表 徳 的 涅 槃 觀 の 向 上 を 示 し て 居 る 。 併 し 一 切 萬 法 は 無 明 の 風 が 眞 如 の 水 を 動 か す こ と に よ り て 生 じ た る 幻 化 相 で あ る と 見 て 、 眞 如 自 身 に 萬 法 發 現 の 自 發 作 用 あ る を 認 め ざ る 所 は , 大 乗 空 教 の 眞 如 無 自 性 觀 を 脱 せ ざ る も の で あ る 。 (五) 佛 滅 後 千 百 年 の 頃 、 支 那 に 華 嚴 宗 が 現 は れ 、 華 嚴 經 を 所 依 と し 、 其 の 三 界 虚 妄 唯 是一 心 作 と 言 ふ 句 を 法 界 心 眞 如 の 立 場 か ら 解 釋 し て 、 法 界 無 壷 縁 起 觀 を 主 張 し た 。 そ れ に よ る と 、 眞 如 か ら 流 現 し た 不 可 説 無 盡 の 諸 佛 は 法 界 に 充 満 し 、 交 互 に 渉 入 無 碍 し て 帝 網 無 重 の 蓮 華 藏 荘 嚴 世 界 海 を 建 立 し て ゐ る の で あ る 。 併 し 凡 夫 は 無 明 の 迷 ひ に 鎖 さ れ て 之 を 見 る こ と が 出 來 あ 。 け れ ど 衆 生 の 本 心 は 眞 如 と 一 體 不 二 で あ る か ら 、 修 行 に よ り て 無 明 を 斷 滅 す れ ば 、 如 實 に 華 嚴 淨 土 を 證 見 す る の で あ る 。 其 の 修 行 は 十 地 の 階 段 に 分 れ て 居 る が 、 第 六 現 前 地 に 於 て 、 空 、 無 相 、 無 願 の 三 三 昧 に 入 り て 、 無 明 の 迷 ひ を 全 然 斷 滅 し 了 る の で あ る 。 併 し こ れ だ け で は 、 本 心 は 無 明 の 迷 を 去 り て 清 淨 と な つ た に 止 る の で 、 ま だ 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 五

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 六 本 心 本 具 の 正 遍 知 を 積 極 的 に 働 か せ る 所 に 至 ら な い 。 そ こ で 修 行 者 は 大 悲 心 を 起 し て 更 に 勇 猛 精 進 し て 遠 行 地 、 不 動 地 、 善 慧 地 、 法 雲 地 へ と 向 上 し 、 終 に 海 印 三 昧 一 時 姻 現 の 境 に 於 て 華 嚴 淨 土 を 見 る に 至 る の で あ る 。 こ れ が 華 嚴 宗 の 要 點 で あ る 。 此 の 宗 が 法 界 心 眞 如 と 衆 生 心 と を 一 體 不 二 と 説 く の み な ら す 、 更 に 進 ん で 海 印 三 昧 一 時 炳 現 の 經 句 に 基 い て 、 眞 如 の 正 遍 知 を 説 く 邊 は 、 起 信 論 よ り も 更 に 一 歩 を 進 め て 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 を 認 識 し た も の と 言 は ね ば な ら あ 。 併 し 一 切 諸 佛 は 縁 に 觸 れ て 法 界 心 眞 如 か ら 流 現 し た に す ぎ あ か ら 、 縁 が 止 む と 同 時 に 、 其 の 姿 を 失 っ て 元 の 眞 如 に 歸 入 す る も の と 説 か れ て あ る 。 し て 見 る と 、 一 切 諸 佛 は 全 く 無 自 性 の 幻 化 相 に す ぎ あ こ と に な る 。 三 界 虚 妄 唯 是 一 心 作 と は こ の こ と を 意 味 す る の で あ ら う 。 此 の 邊 は ま だ 眞 如 無 自 性 觀 を 免 れ あ 所 で あ る 。 右 の 如 く 釋 尊 の 滅 後 . 永 い 間 不 可 解 の 儘 で 残 さ れ て あ つ た 涅 槃 證 入 の 絶 對 識 性 は 、 起 信 論 に よ り て 初 め て 僅 に 認 識 せ ら れ 、 華 嚴 宗 に 至 り て 盆 , 明 自 に 説 か れ た が 、 そ れ が 大 師 の 六 大 無 碍 論 に よ り て 愈 , 完 全 に 闡 明 せ ら る ぐ に 至 つ た の で あ る 。 前 に 説 い た 通 り 六 大 無 碍 の 内 に は 心 空 不 二 が 含 ま れ て ゐ る 。 こ れ は 心 識 と 虚 空 と を 一 體 不 二 と す る も の で 、 起 信 論 と 華 巖 宗 と に よ り て 不 知 不 識 の 裡 に 豫 想 さ れ た 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 が 明 々 自 々 地 に 浮 き 上 り て 認 め ら れ る に 至 つ た の で あ る 。 だ か ら 華 嚴 宗 で 説 く 一 切 萬 法 の 渉 入 無 碍 す る 理 由 は 、 大 師 の 六 大 無 碍 論 に よ り て 的 確 に さ れ た と 言 ふ べ き で あ る 。 佛 は 平 等 の 心 地 よ り 無 盡 荘 嚴 大 曼 茶 羅 を 開 發 し 巳 り て 、 遂 り て 用 つ て 衆 生 の 平 等 心 地 の 無 盡 荘 嚴

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大 曼 茶 羅 を 開 發 し た ま ふ 。 妙 感 妙 應 皆 阿 字 門 を 出 で す 。 當 に 知 る べ し 、 感 應 の 因 縁 所 生 の 方 便 も 亦 復 阿 字 門 を 出 で す 。 (大 日 經 疏 ) 右 の 通 り で あ る か ら 、 一 切 衆 生 各 自 の 意 識 は 對 絶 識 性 を 共 有 し て ゐ る 。 然 る に 吾 等 は 無 明 の 生 衝 動 に よ り て 一 た び 身 體 を 創 造 し て 人 間 と し て 生 れ 出 で 、 以 來 、 吾 等 の 意 識 は 身 體 に 執 着 し て 、 そ れ を 愛 護 す る 爲 め に 、 五 感 器 官 を 通 し て 外 界 を 知 覺 す る こ と に の み 囚 は れ て 、 絶 對 識 性 と 本 質 的 に 一 體 で あ り な が ら 、 絶 封 識 性 に 特 有 な 普 遍 平 等 の 一 切 知 性 を 失 つ た の で あ る 。 そ れ で 若 し 吾 人 が 此 の 愛 着 を 捨 離 し て 、 本 當 に 身 體 の 繋 縛 を 超 越 す れ ば 、 再 び 本 具 の 普 遍 平 等 性 を 發 現 す べ き で あ る 。 此 の 處 に 如 實 知 自 心 の 修 行 が 立 脚 し て ゐ る 。 だ か ら 如 實 知 自 心 の 修 行 は 、 軍 に 妄 想 煩 惱 を 捨 離 し て 三 三 昧 の 無 分 別 地 に 入 る こ と だ け で な い 。 一 た び 三 三 昧 の 無 分 別 地 に 入 り て 知 覺 世 界 と 絶 縁 し た る 後 、 更 に 進 ん で 大 有 の 彼 岸 世 界 を 證 見 す る こ と で あ る 。 詳 言 す れ ば 、 絶 對 識 性 を 開 發 し て 一 切 萬 法 を 自 内 證 中 に 認 識 す る こ と で あ る 。 愛 に 初 め て 無 盡 荘 嚴 の 神 秘 世 界 が 開 展 し 來 る 。 軍 に 三 三 昧 に 入 る こ と は 比 較 的 容 易 で あ る が 、 絶 對 識 性 の 開 發 は 中 々 六 ケ し い 。 多 く の 佛 教 行 者 は 三 三 昧 の 所 ま で 行 き 、 そ こ を 涅 槃 の 宗 極 地 と 思 ひ 、 更 に そ こ か ら 先 き に 無 盡 荘 嚴 の 神 秘 世 界 あ る こ と を 知 ら す に 終 つ た 。 然 る に 大 師 の 如 實 知 自 心 と は 無 分 別 境 を 通 り す ぎ て 、 此 の 無 盡 荘 嚴 の 神 秘 世 界 に 直 入 す る こ と を 意 味 す る の で あ る 。 軍 に 三 三 昧 に よ り て 無 分 別 境 に 入 る こ と だ け な ら ば 、 佛 教 以 外 の 神 秘 主 義 で も 之 を 行 ふ の で 、 何 も 佛 教 獨 爾 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 七

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弘 法 大 師 の 神 秘 圭 義 四 八 の も の と し て 誇 る に 足 ら な い 。 佛 教 の 神 秘 主 義 は そ ん な も の で な い 。 三 三 昧 の 無 分 別 境 を 通 り 越 し て 一 切 知 、 一 切 見 の 絶 對 識 性 を 開 發 し て 、 神 秘 世 界 -無 盡 荘 嚴 世 界 に 直 入 す る 所 に 、 佛 教 獨 爾 の 神 秘 主 義 が 存 在 す る 。 主 觀 的 唯 心 論 を 探 る 佛 教 學 者 は 、 此 の 神 秘 世 界 を 行 者 の 主 觀 的 意 識 の 主 觀 的 幻 影 に す ぎ あ と 解 釋 す る 。 併 し そ れ は 知 覺 世 界 に 通 用 の 心 理 學 に 囚 は れ た 因 入 本 位 の 解 釋 に す ぎ あ 。 果 人 の 立 場 か ら 見 れ ば 、 心 空 不 二 の 絶 對 識 性 は 事 實 で あ る から、 神 秘 世 界 は 客 觀 的 事 實 で あ る 。 第 七 絶 對 識 牲 の 活 動 -無 盡 荘 嚴 世 界 心 王 識 性 は 軍 に 一 切 萬 法 を 冷 静 に 眺 め て 居 る 無 自 性 無 爲 の 空 理 で は な く し て 、 本 有 功 徳 の 開 發 に よ り て 無 盡 法 界 を 建 立 し 、 一 切 衆 生 を 度 脱 せ ん と の 大 悲 願 を 抱 き た ま ふ 所 の 靈 體-毘 盧 舍 那 如 來 で あ る 。 爾 の 時 、 毘 盧 那 世 尊 、 本 昔 無 盡 の 法 界 を 成 就 し 、 無 除 の 衆 生 界 を 度 脱 せ ん と 誓 願 し た ま ひ し が 故 に 、 一 切 如 來 は 同 じ く 共 に 集 會 し て 、 漸 次 に 大 悲 藏 發 生 三 摩 地 に 證 入 す 。 (大 日 經 ) 心 王 識 性 は 斯 る 事 業 勤 修 の 爲 め に 、 其 の 自 性 か ら 無 盡 の 心 數 -菩 薩 を 流 現 す る 。 此 の 菩 薩 は 心 王 識 性 と 同 一 金 剛 性 に し て 、 各 自 に 自 證 の 三 密 を 説 法 し た ま ふ 。 自 受 用 佛 は 心 よ り 無 量 の 菩 薩 を 流 出 す 。 皆 同 一 性 な り 。 謂 は く 金 剛 の 性 な り 。 是 の 如 き の 諸 佛 菩 薩 は 自 受 法 樂 の 故 に 各 の 自 證 の 三 密 門 を 説 く 。 ( 分 別 聖 位 經 )

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心 王 識 性 の 平 等 三 密 は 心 數 菩 薩 の 個 性 三 密 と は 交 互 に 瑜 伽 し 合 つ て 、 一 多 圓 融 の 金 剛 界 曼 茶 羅 を 建 立 し 、 一 切 衆 生 を 引 入 し て 、 悉 地 成 就 を 得 せ し め ん と の 大 誓 願 を 立 て た ま ふ の で あ る 。 自 受 用 佛 は 心 よ り 無 量 の 菩 薩 を 流 出 す 。 皆 同 一 性 な り 。 謂 は く 金 剛 の 性 な り 。 遍 照 如 來 に 對 し て 灌 頂 の 職 位 を 受 く 。 彼 等 菩 薩 は 各 の 三 密 門 を 説 き て 、 以 て 毘 廬 遮 那 如 來 及 び 一 切 如 來 に 献 じ て 、 便 ち 加 持 の 教 勅 を 請 す 。 毘 盧 遮 那 佛 の 言 は く 。 汝 等 將 來 に 無 量 の 世 界 に 於 て 、 最 上 乗 者 の 爲 め 、 現 生 に 世 出 世 間 の 悉 地 成 就 を 得 せ し む べ し と 。 ( 金 剛 頂 分 別 聖 位 經 ) 而 し て 無 盡 の 心 數 菩 薩 は 心 王 如 來 の 教 勅 を 體 し て 、 軌 れ も 大 悲 曼 茶 羅 の 發 生 三 摩 地 に 入 る の で あ る 。 然 る に 應 度 の 衆 生 は 無 量 無 盡 な る が 故 に 、 法 界 曼 茶 羅 の 建 立 は 永 劫 無 限 の 事 業 で あ る と 言 は ね ば な ら あ 。 則 ち 法 界 曼 茶 羅 は 嘗 て 一 た び 建 設 さ れ て 終 つ た も の で な く 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 無 始 無 終 の 事 業 と し て 刻 々 勝 轉 の 途 上 に あ る の で あ る 。 さ れ ば 大 日 經 疏 に は 次 の 如 く 説 い て あ る 。 如 來 も と 菩 薩 の 道 を 行 ぜ し 時 、 是 の 如 く 誓 願 を 立 て た ま ふ 。 我 れ 當 に 一 切 諸 佛 の 法 界 を 成 就 し . 悉 く 皆 無 餘 の 衆 生 を 度 脱 す べ し と 。 今 や 所 願 已 に 満 れ ど も 、 而 も 應 度 の 衆 生 盡 き す 。 衆 生 無 盡 な る を 以 て 、 即 ち 是 の 法 界 も 亦 無 盡 な り 。 界 に 三 種 あ り 。 謂 は く 法 界 と 心 界 と 衆 生 界 と な り 。 法 界 を 離 れ て 別 の 衆 生 界 な し 。 衆 生 界 即 ち 是 れ 法 界 な り 。 心 界 を 離 れ て 別 の 法 界 な し 。 法 界 即 ち 是 れ 心 界 な り 。 當 に 知 る べ し 、 此 の 三 種 は 無 二 無 別 な り と 。 法 界 の 義 を 轉 釋 せ ん と 欲 す る が 爲 め の 故 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 四 九

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 〇 に 、 次 ぎ に 無 餘 衆 生 界 と 言 ふ 。 衆 生 界 未 だ 一 切 解 脱 を 得 ざ る を 以 て 、 即 ち 是 の 法 界 未 だ 遍 満 し て 成 就 す る こ と を 得 す 。 故 に 如 來 は 事 業 を 勤 修 し て 休 息 す る こ と な し 。 右 の 如 く 絶 對 識 性 は 法 界 曼 茶 羅 建 立 の 事 業 を 勤 修 し っ ぐ あ る の だ か ら 、 其 の 活 動 の 次 第 に 應 じ て 轉 々 と し て 種 々 の 位 相 を 現 は す 。 此 の 位 相 は 法 界 體 性 智 、 大 圓 鏡 智 、 平 等 性 智 、 妙 觀 察 智 、 成 所 作 智 の 五 智 に 大 別 さ れ て あ る 。 此 の 五 智 に 就 い て は 、 眞 言 宗 に 傳 統 的 解 釋 が 有 る け れ ど 、 私 は 神 秘 主 義 の 立 場 か ら し て 次 の 如 く 解 釋 し た い と 思 ふ 。 法 界 體 性 智 と は 心 王 識 性 が 他 の 四 智 を 包 藏 し て 、 未 だ 働 き 出 さ あ 寂 静 無 爲 の 位 相 で あ る 。 涅 槃 、 無 分 別 智 、 無 差 別 智 、 一 切 智 々 、 平 等 心 地 等 は 此 の 法 界 體 性 智 を 指 す も の で あ ら う 。 大 圓 鏡 智 と は 心 王 識 性 が 自 然 覺 を 成 じ て 無 盡 の 本 有 功 徳 を 内 證 す る 位 相 で あ る っ 本 有 功 徳 の 内 證 と は 其 の 平 等 心 地 か ら 無 盡 の 心 法 と 無 盡 の 色 法 と を 流 出 す る こ と を 意 味 す る 。 一 切 知 、 一 切 見 、 阿 耨 多 羅 三 藐 三 菩 提 、 無 漏 智 、 漏 盡 通 等 は 此 の 位 相 を 意 味 す る の で あ ら う 。 平 等 性 智 と は 絶 對 識 性 が 多 法 界 の 無 盡 差 別 相 中 に 一 法 界 の 一 如 平 等 性 を 現 は し 行 く 位 相 で あ る 。 妙 觀 察 智 と は 絶 對 識 性 が 一 法 界 平 等 性 の 内 に 、 無 盡 の 機 に 應 じ て 多 法 界 の 無 盡 差 別 相 を 現 は す 位 相 で あ る 。 成 所 作 智 と は 絶 對 識 性 が 一 法 界 の 平 等 性 と 多 法 界 の 差 別 性 と を 相 即 相 入 せ し め つ 、 金 剛 法 界 曼 茶 羅

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を 具 體 的 に 建 立 す る 位 相 で あ る 。 だ か ら 絶 對 識 性 を 軍 に 平 等 無 分 別 な 無 爲 無 作 の も の と 思 つ て は な ら あ 。 絶 對 識 性 は 知 覺 意 識 な ど 、 同 日 に 論 す べ か ら ざ る 完 全 な 認 識 作 用 を 具 へ 、 且 っ 知 覺 世 界 を 支 配 す る 物 理 的 法 則 を 超 越 す る 神 通 の 不 可 思 議 業 用 を 現 は す も の で あ る 。 詳 し く 言 へ ば 、 知 覺 意 識 は 身 體 を 中 心 と し て 、 或 る 制 限 さ れ た 距 離 に 於 て . そ れ に 向 つ て 居 る 宇 宙 の 一 面 だ け を 認 識 す る も の で あ る の に 、 絶 對 識 性 は 一 切 萬 物 を 浸 す 所 の 大 虚 空 だ か ら 、 一 切 萬 物 を 前 後 、 左 右 上 下 、 遠 近 の 區 別 な く 、 外 部 で も 内 部 で も 、 自 由 自 在 に 認 識 す る の で あ る 。 知 覺 意 識 は 人 間 の 思 想 や 身 體 を 持 た あ 靈 を 認 識 し 得 あ の で あ る が 、 絶 對 識 性 は 一 切 の 人 の 思 想 も 身 體 を 離 れ た 靈 を も 認 識 し 得 る の で あ る 。 知 覺 意 識 は 身 體 外 の 外 界 事 物 に 直 接 に 働 き 掛 け る こ と が 出 來 あ け れ ど 、 絶 樹 識 性 は 一 切 事 物 の 上 に 自 由 に 働 き 得 る 神 蓮 力 を 有 す る 。 詰 り 絶 對 識 性 は 一 切 知 、 一 切 見 の 菩 提 智 で 、 而 し て 神 通 自 在 の 不 可 思 議 業 用 を 具 へ て 居 る の で あ る 。 知 覺 意 識 に 囚 は れ て 居 る 衆 生 を 本 位 と す る 顯 教 で は 、 業 識 を 斷 滅 し て 、 無 相 無 爲 の 無 分 別 境 に 到 る こ と を 以 て 法 身 實 相 を 究 め 盡 く し た も の と し て ゐ る け れ ど 、 絶 對 識 性 を 開 發 し た 佛 を 本 位 と す る 大 師 の 密 教 か ら 見 る と 、 そ れ は 未 だ 活 動 を 開 始 せ ざ る 心 王 識 性 の 法 界 體 性 智 に 契 合 し た の み で 、 僅 に 阿 字 門 に 入 り た る だ け に す ぎ あ 。 そ れ か ら 更 に 進 む と 、 心 王 識 性 の 本 有 功 徳 の 發 動 に よ り て 開 顯 せ ら れ た 大 有 相 大 有 爲 の 神 秘 世 界 が 在 る 。 こ れ が 大 師 獨 爾 の 神 秘 主 義 の 目 指 す 世 界 で 、 無 盡 荘 嚴 世 界 或 は 秘 密 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 一

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 二 荘 嚴 世 界 と 言 は れ る 。 顯 教 家 の 思 慮 言 説 の 儘 き た 所 に 、 . 密 教 の 世 界 が 開 か れ る と 、 大 師 が二 教 論 に 於 て 切 々 説 か れ た の は 正 に 此 の 處 で あ る 。 其 處 は 心 王 識 性 と 無 盡 の 心 數 菩 薩 と か ら 成 る 金 剛 法 界 宮 で 、 如 來 日 の 加 持 に よ り て 、 法 界 曼 茶 羅 の 建 立 に 關 す る 三 密 平 等 の 説 法 が 三 世 常 恒 に 行 は れ て 居 る 。 大 日 經 に は 次 の 如 く 説 い て あ る 。 一 時 、 薄 伽 梵 、 如 來 加 持 の 廣 大 金 剛 法 界 宮 に 住 し た ま ふ 。 ⋮ ⋮ ⋮ 諸 大 菩 薩 に 前 後 園 繞 せ ら れ て 、 而 も 法 を 演 説 し た ま ふ 。 謂 は ゆ る 三 時 を 越 え た る 如 來 日 の 加 持 の 故 に 、身 語 意 平 等 句 の 法 門 な り 。 金 剛 法 界 宮 は 知 覺 世 界 に ね ば り 付 い て 居 る 因 人 を 相 手 と す る 化 他 利 生 本 位 の 加 持 に よ ら す し て 、 心 王 識 性 の 本 有 功 徳 開 發 を 旨 と す る 自 受 法 樂 本 位 の 加 持 に よ り て 現 は れ た 住 所 で あ る か ら 、 其 處 に 集 會 す る 無 盡 の 心 數 菩 薩 は ま だ 應 化 の 可 見 身 を 示 さ い る 功 徳 智 印 -純 粋 靈-に す ぎ あ 。 其 處 を 荘 嚴 す る 無 盡 の 色 法 は ま だ 分 化 の 顯 色 相 を 示 さ い る 宇 宙 物 質 -電 氣 の 如 き も の-に す ぎ あ 。 從 つ て 此 の 心 數 菩 薩 及 び 宇 宙 色 法 は 心 王 識 性 と 同 一 性 の 菩 薩 相 互 に 取 り て は 嚴 然 た る 大 有 相 大 有 爲 の 實 在 で あ る け れ ど 、 心 王 識 性 を 開 發 せ ざ る 知 覺 世 界 の 因 人 に 取 り て は 、 全 然 認 識 を 超 越 す る 無 相 無 爲 の 涅 槃 に す ぎ あ 。 顯 激 は 斯 る 因 人 の 知 覺 意 識 を 標 準 と し て 法 身 を 説 く か ら 、 無 相 空 寂 の 無 分 別 境 を 以 て 修 行 の 極 致 と な し 、 そ こ に 體 驗 せ ら れ る 法 身 を 無 相 無 爲 無 説 法 の 室 理 と す る の で あ る 。 之 に 反 し て 大 師 の 密 教 は 心 王 識 性 を 開 發 せ る 果 人 を 本 位 と す る の で あ る か ら 、 無 分 別 地 を 超 え て 進 め ば 因 人 の 認 識 を 超 越 す る 大 有 相 大

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有 爲 の 無 盡 荘 嚴 世 界 が 在 り て 、 心 王 法 身 如 來 が 無 盡 の 心 數 菩 薩 と 共 に 三 密 の 法 門 を 説 き つ ぐ あ り と す る の で あ る 。 換 言 す れ ば 顯 教 は 知 覺 意 識 を 本 位 と す る か ら 、 法 身 の 神 秘 世 界 は 無 相 無 爲 の 空 寂 世 界 ど な る が 、 大 師 の 密 教 は 心 王 識 性 を 本 位 と す る か ら 神 秘 世 界 は 大 有 相 大 有 爲 の 無 盡 荘 嚴 世 界 と な る の で 、 正 に 神 秘 生 義 の ク ラ イ マ ッ ク ス を 示 す も の で あ る 。 大 師 が 有 ゆ る 顯 教 の 大 徳 に 樹 抗 し て 、 斯 く ま で 勇 猛 に 無 盡 荘 嚴 世 界 の 實 在 を 力 説 さ れ た こ と は 、 釋 尊 以 來 の 思 想 史 上 に 於 け る 劃 期 的 大 壮 觀 と 言 は ね ば な ら あ が 、 斯 る 大 獅 子 吼 の 由 り て 生 す る 原 因 に 就 い て つ ら く 考 へ 見 る に 、 勿 論 大 師 は 聖 經 を 典 據 と し て 説 か れ た に は 相 異 な い け れ ど 、 同 じ く 聖 典 を 見 る に 就 い て も 、 多 數 の 先 輩 大 徳 の 曾 て 氣 付 か な か つ た 大 有 相 大 有 爲 の 神 秘 世 界 を 無 分 別 境 の 彼 方 に 着 眼 さ れ た と 言 ふ こ と は . 決 し て 尋 常 一 様 の こ と で は な い と 思 ふ 。 蓋 し そ れ は 大 師 自 身 が 絶 對 識 性 を 開 發 せ ら れ た 釋 尊 以 來 の 大 神 秘 家 で 、 大 有 相 大 有 爲 の 神 秘 世 界 を 如 實 に 見 證 し た ま う た に よ る も の と 信 せ ら れ る 。 絶 對 識 性 を 開 發 せ ざ る 宗 教 家 は 因 人 の 知 覺 經 驗 を 唯 一 の 經 驗 と し 、 哲 學 的 思 辨 に よ り て 或 は 坐 禪 工 夫 に よ り て 之 を 否 定 し て 無 分 別 境 に 入 り 、 そ れ を 直 に 實 在 證 見 と 考 へ る に 止 る か ら 、 其 の 結 果 は ど う し て も 遮 情 的 と な り て , 如 來 法 身 を 無 相 無 爲 無 説 法 の 空 理 と 見 る に 極 つ て 居 る 。 だ か ら 法 身 有 相 説 や 法 身 説 法 説 の 如 き は 、 普 遍 平 等 の 絶 對 識 性 を 開 發 し て 、 無 分 別 境 を す ぎ て 、 大 有 相 大 有 爲 の 無 盡 荘 嚴 世 界 を 如 實 に 證 見 し た 神 秘 家 で な く て は 到 底 眞 剣 に 宣 説 出 來 あ こ と で あ る 。 大 師 は 實 に 其 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 三

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 四 の 非 凡 な る 大 神 秘 家 で あ つ た に 相 違 な い 。 西 洋 で 最 大 の 神 秘 家 ス ウ エ デ ン ボ ル グ は 已 に 此 の 神 秘 世 界 を 見 證 し た の で あ る 。 日 本 に 於 け る 最 大 の 神 秘 家 た る 大 師 も 確 に 之 を 見 證 さ れ た に 相 蓮 な い 。 元 來 佛 教 は 知 覺 世 界 の 知 識 を 種 と ー 、 之 に 哲 學 的 思 辨 を 加 へ て 築 き 上 げ ら れ た 因 人 本 位 の 哲 學 で は な く し て 、 絶 樹 識 性 の 開 發 に よ り て 神 秘 世 界 を 如 實 に 證 見 す る こ と に よ り て 立 て ら れ た 果 人 本 位 の 神 秘 的 教 義 で あ る 。 人 類 の 思 想 史 上 に 於 て 、 釋 尊 が 一 番 最 初 の 絶 封 識 性 の 開 發 者 と し て 佛 教 獨 爾 の 神 秘 主 義 を 立 て た ま ひ 、 大 師 に 至 り て 絶 封 識 性 を 開 發 す る の 外 、 更 に 神 秘 世 界 を 荘 嚴 す る 無 盡 色 心 の 守 自 性 的 活 動 を 證 見 し て 、 神 秘 主 義 を 大 成 し た ま う た の で あ る 。 第 八 當 相 即 佛 私 は 前 項 に 於 て 、 心 王 如 來 が 神 秘 世 界 に 於 て 、 自 春 族 を 相 手 と し て 三 世 常 恒 に 説 法 し 給 ふ こ と 、 即 ち 法 身 説 法 を 經 文 に 即 し て 説 明 し た が 、 若 し 經 文 を 離 れ て 法 身 説 法 の 意 義 を 自 由 に 布 演 す る 時 は 、 吾 等 の 日 夜 認 識 し つ 、 あ る 宇 宙 の 一 切 現 象 は 悉 く 心 王 如 來 の 法 身 で 、 三 世 常 恒 に 説 法 し つ 、 あ る の で あ る 。 こ れ は 物 質 に 樹 す る 大 師 獨 爾 の 神 秘 的 解 釋 か ら 來 る 必 然 の 結 果 で あ る 。 蓋 し 顯 教 は 宇 宙 の 全 體 者 か ら 心 大 の み を 抽 出 し て そ れ を 如 來 と な し 、 物 質 を 軍 な る 物 質 と し て 心 大 か ら 離 し て 考 へ る 。 然 る に 大 師 の 密 教 は 色 心 不 二 と 立 て 、 一 切 の 物 質 を 其 の 儘 、 心 王 如 來 の 本 誓 を 表 示 す る 三 摩 耶 身 と す る の で あ る 。

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諸 の 顯 教 の 中 に は 、 四 大 等 を 以 て 非 情 と な す 。 密 教 は 則 ち 此 を 説 い て 如 來 の 三 摩 耶 身 と な す 。 四 大 等 は 心 大 を 離 れ す 。 心 色 異 り と 錐 、 其 の 性 同 な り 。 色 即 ち 心 、 心 即 ち 色 、 無 障 無 磯 な り 。 (即 身 成 佛 義 ) 右 の 如 く 一 切 の 物 質 は 如 來 の 三 摩 耶 身 で あ る か ら 、 其 の 物 質 か ら 成 立 し て ゐ る 宇 宙 の 一 切 現 象 は 如 來 の 姿 と 言 ふ こ と に な る 。 併 し 其 の 姿 に 随 縁 顯 現 と 法 爾 自 然 と の 二 種 類 が あ る 。 随 縁 顯 現 の 佛 身 と は 衆 生 濟 度 の 爲 め に 、 彼 等 の 機 根 に 随 順 し て 現 は れ た も の で 、 之 を 應 化 身 と 名 け る 。 法 爾 自 然 の 佛 身 と は 唯 自 然 の 儘 に あ る 四 大 の 姿 で 、 日 月 星 辰 、 山 川 土 石 等 で あ る 。 自 然 の 儘 と 言 つ て も 、 心 王 如 來 と 無 關 係 左 物 理 的 注 則 に 從 つ て 現 は れ て ゐ る と 言 ふ こ と で な い 。 物 質 其 物 が 如 來 の 三 摩 耶 身 で あ る か ら 、 そ れ が 如 何 な る 法 則 に 從 つ て 現 は れ や う と 、 其 の 法 則 は 矢 張 り 心 王 如 來 の 自 性 か ら 現 は れ た 法 則 に す ぎ あ 。 唯 そ れ は 特 更 に 衆 生 濟 度 を 目 的 と す る 随 他 應 現 の も の で は な く し て 、 如 來 自 性 の 三 摩 耶 身 を 表 示 す る も の に す ぎ あ か ら 、 之 を 法 身 と 言 ふ の で あ る 。 だ か ら 法 身 は 無 相 で 、 有 相 な る も の は 法 身 で は な く し て 應 化 身 で あ る と 斷 定 す る の は 、 無 相 の 空 理 を 實 在 と し 、 有 相 の 現 象 を 無 明 妄 想 に よ る 幻 夢 と 見 る 般 若 部 の 空 教 に 囚 は れ て ゐ る 結 果 で あ る 。 大 師 の 六 大 無 碍 論 か ら 言 へ ば 、 法 身 は 無 相 で 、 有 相 な る も の は 法 身 で な い と 言 ふ 様 な 區 別 は 立 た あ 。 無 相 有 相 は 心 王 識 性 の 活 動 し 行 く 位 相 に す ぎ あ 。 だ か ら 假 令 有 相 で あ つ て も 、 そ れ が 心 王 識 性 の 本 有 功 徳 弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 五

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弘 法 大 師 の 神 秘 主 義 五 六 の 開 發 を 旨 と す る 自 受 法 樂 本 位 の も の で あ る 以 上 、 法 爾 自 然 の 如 實 相 、 即 ち 法 身 で あ る 9 だ か ら 宇 宙 の 一 切 萬 法 は 當 相 即 佛 で あ る 。 次 ぎ に 説 法 の こ と で あ る が 、 聲 字 實 相 義 に よ れ ば 五 大 皆 響 あ り 、 十 界 言 語 を 具 す 。 六 塵 悉 く 文 字 、 法 身 は 實 相 な り 。 で あ る 。 然 る に 五 大 の 音 響 も 色 心 不 二 の 理 に よ り て 心 王 識 性 の 意 密 を 表 示 す る の で あ る か ら 、 雷 、 風 、 水 、 金 、 石 等 か ら 發 す る 一 切 の 自 然 の 音 響 は 軍 な る 物 理 的 音 響 で は な く し て 、 悉 く 三 密 平 等 句 の 法 門 を 説 く 如 來 の 音 聲 で あ る 。 さ れ ば 畔 字 義 に は 次 の 如 く 説 い て あ る 。 法 身 の 三 密 は 繊 芥 に 入 れ ど も 幾 か ら す 、 大 虚 に 亘 れ ど も 寛 か ら す 。 瓦 石 草 木 を 簡 ば す 、 人 天 鬼 畜 を 擇 ば す 、 何 れ の 處 に か 遍 せ ざ る 、 何 物 を か 攝 せ ざ ら む 。 先 輩 學 者 の 内 に は 六 大 を 理 と 智 と に 分 ち 、 理 智 が 而 二 で あ る 間 、 軍 な る 法 に し て 説 法 な く 、 理 智 が 不 二 と な る 時 、 人 と な り て 説 法 す と 説 く 人 も 有 る け れ ど 、 こ れ は 實 に 不 可 解 な 説 で あ る 。 理 と 智 と を 離 し て 別 々 の も の と 見 る の は 、 人 間 の 理 智 主 義 に よ り て 分 析 さ れ た 概 念 に す ぎ あ 。 實 際 に 於 て 理 智 は 無 始 無 終 に 不 二 一 體 で あ る と 見 る の が 、 六 大 無 磯 論 の 精 神 で あ る 。 だ か ら 理 智 は 三 世 常 恒 に 不 二 一 體 で 、曾 て 不 二 な ら ざ る こ と は 無 い の で あ る 。 從 つ て 宇 宙 は 三 世 常 恒 に 理 智 不 二 の 人 即 ち 靈 體 で あ つ て 、 曾 て 人 で な い こ と は な い の で あ る 。 從 つ て 宇 宙 は 三 世 常 恒 に 三 密 平 等 を 説 法 し つ 、 あ る の で 、 曾 て 説

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