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価値の秩序にとらわれる人間 : 「津久井やまゆり園」殺人、殺人未遂事件から考える: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Author(s)

下村, 英視

Citation

沖縄大学人文学部紀要(20): 45-56

Issue Date

2018-01

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/22108

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〈研究ノート〉

価値の秩序にとらわれる人間

―「津久井やまゆり園」殺人、殺人未遂事件から考える ―

 

下村 英視

 2016 年 7 月 26 日深夜、知的障害者施設「津久井やまゆり園」(神奈川県相模原市)において、 利用者(施設入所者)に対する殺人および殺人未遂事件が起こった。事件後自首した植松聖の「障 害者はいないほうがよい」といった内容の発言や、護送車内で笑みを浮かべる同人の姿が、当時、 繰り返し報道された1 。この無反省に見える態度と死者 19 人という犠牲者の多さに、人々は強い 衝撃を受けた。加えて、植松聖が措置入院2 を経験していたことが、人々の関心を彼の人格上の 問題へと向けさせた。  その一方で、事件直後、インター・ネット上での書き込みには、植松聖の行動に賛同する意見 があらわれた。人はなぜこのような殺人行為を支持し得るのか。このことがまたこの事件の奥深 さを示しており、私は、社会的な文脈のもとに問題の本質を議論することが求められると考えた。 なるほど、問題の一側面は、植松聖の個人的な資質にあるだろう。しかし、犯罪に結びつくよう な仕方でその資質を助長させ、それへと行動をとらせることに与った社会的要因を考える必要が ある。このときの導きの糸として、「価値の秩序」という概念を導入しようと思う。この事件をきっ かけに、「価値の秩序」にとらわれる人間の状況を検討し、そこから何を学ぶべきか、あらため て考えてみたい。 目次 1. 問いの方向性 2. 植松聖の思想 3. 思想の状況 4. 価値の秩序 5. 歴史をさかのぼって考える 6. 人は「業縁」を得て悪を行う 1. 問いの方向性  事件の死者数は 19 名だが、それ以外に傷を負った人が 27 名いるから、植松聖は合計 46 名の 人を対象に殺害を試みたことになる。殺害方法は刺殺であり、彼は、被害者を順番に刃物で刺し 続けた。この行為が 1 時間弱にわたって続けられたことに、この事件の常軌を逸脱したものを見 ることができるが、これをセンセーショナルな方向に向けてはならない。事件について私たちが 考えるべき本質的な問題をとらえるためには、背景となる事柄を辿る必要がある、  広く報道されたことであるから、多くの人の記憶にあるだろうが、植松聖は、障害者の殺害を ほのめかす手紙を書いていた。2016 年 2 月 14、15 日衆議院議長公邸に障害者の殺害を計画し

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た手紙が置かれたが、この手紙には、具体的な殺害予定人数まで記されていた3 。植松聖は、当時、 津久井やまゆり園で働いていたことから、2 月 19 日に、警察官立会いの下に同施設長は植松聖 と話し合うことになる。その結果、同日、植松聖は施設を退職し、警察は、彼を緊急措置入院(ひ とりの精神保健指定医で行うことができる)させ、22 日に、措置入院(ふたりの精神保健指定 医が必要)に切り替える。植松聖の精神に失調があり、強制的な治療が必要だとの公的な判断が なされたわけだ。  この事実が明らかにされたことにより、7 月 26 日の事件後の報道は、植松聖の精神疾患の状 態と、これに対してとられた措置入院の適切さ―このような大量殺人を起こすような人間を社会 に戻してしまった措置入院の制度は適切に運用されていたのかどうか―について問うものが中心 になった。精神障害者は何をするかわからない危険な人だという偏見が助長されそうになったり、 治癒していない危険な精神病者を社会に野放しにしたのではないかという仕方で制度とその運用 を批判する言説があらわれたりした。それらは、つまるところ精神病者の管理の強化を呼びかけ る発言だとみなされてよいだろう。その一方で、同様の施設で同様の犯罪が起きないように施設 のセキュリティーを強化しなければならないのではないか、などの発言もあらわれた。  これらは、事件を踏まえ、その後の対処策として考えて行かなければならない問題だろう。し かし、そのように問われると、影になってしまうことがある。植松聖がいかにしてそのような殺 害に至る考えを持つことになったのか、そして、思うことと実行することの間には大きな壁があ るはずだが、その壁を彼に乗り越えさせてしまうほどまでに強い仕方で彼の考えを凝縮させてし まった原因は何か。植松聖の個人的な資質にもそれは求められるだろうが、しかし、これに還元 され尽くすことのできない原因があるのではないか。順を追って考えてゆかなければならない。 2. 植松聖の思想  衆議院議長に宛てられた植松聖の手紙は、障害者殺害へと彼を向かわせた理由を教えてくれる。 要点箇所を、以下に引用する。  「障害者は不幸をつくることしかできません。」  「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしています。車イスに一生縛られて生 きる気の毒な利用者(筆者注記:利用者とは施設利用者、施設入所者)も多く存在し、保護者が 絶縁状態になることも珍しくありません。」  「保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のために 居ても立ってもいられずに本日行動に移した(筆者注記:障害者の殺害計画を認めた手紙を衆議 院議長に届けること)次第であります。」  「私は大量殺人をしたいという狂気に満ちた発想で今回の作戦を、提案申し上げる訳ではあり ません。全人類が心の隅に隠した思いを声に出し、実行する決意を持って行動しました。」  手紙は、具体的な犯行(植松聖の言葉では「作戦」)の手順も記す。対象となる施設名をあげ、 職員数の少ない夜間を選び、職員を結束バンドで拘束した上で入所者の殺害を実行すること、そ して、殺害予定人数までをも記している。さらに、犯行(作戦実行)後の自分の身の振りかたに も言及し、不自由のない暮らしができるように支援してもらえるように要望している。  「作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。/逮捕後の監禁は最長で 2 年 までとし、その後は自由な人生を送らせてください。/心神喪失による無罪。/新しい名前 (〇〇〇〇)、本籍、運転免許証等の生活に必要な書類、美容整形による一般社会への擬態。/金銭

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的支援 5 億円。4 」  この要望の部分は注意して見ておく必要がある。ここからは、障害者の殺害は現状の社会では 犯罪であり、この罪を犯せば自分は罰を受けることになることを植松聖が理解していることがわ かる。しかし、その一方で、障害者の殺害が世の中のためになることだ―「日本国と世界のため に」―と考えていることもわかる。それは、口にこそ出さないが多くの人が望んでいること―「全 人類が心の隅に隠した思い」―であり、みんなに代わって、人の殺害という誰もが嫌がることを あえて自分は行うのだから、それなりの待遇と報酬が用意されて当然だ、というわけだ。  事件後、植松聖は、2016 年 9 月から 2017 年 2 月までのおよそ 5 か月間にわたる精神鑑定を受け、 2 月 24 日に横浜地方検察局によって起訴される。起訴後、植松聡は新聞記者の接見や新聞社と テレビ局の手紙による依頼に応じ、自分の考えを書き送っている。この時も、事件についての植 松聖の考え方が事件前に衆議院議長宛に書かれたものと変わっておらず、反省の様子が見られな いなどと報道された。  さらに、事件から一年たった時点での植松聖が自身の心境を記したものとして、月刊誌『創』 編集部に宛てられた手紙(同誌 2017 年 9 月号に掲載)および「新日本秩序」と題された彼の獄 中手記(同 10 月号に掲載)は、ともに、社会への提言として同じ内容の七項目をあげ、その第 一項目で、「意思疎通がとれなくなった人間」の安楽死と、「移動、食事、排泄が困難になり、他 者に負担がかかると見込まれた場合」の尊厳死を、提唱している。このことから、彼の考え方は、 衆議院議長に宛てられた手紙以来現在に至っても、一貫して変わっていないことがわかる。  また、ここであらためて強調しておきたいことは、植松聖が事件となった当該施設の元職員で あったことだ。彼は、2012 年 12 月に非常勤職員として津久井やまゆり園に職を得、その翌年 の 2013 年 4 月に正職員となる。数か月にわたる勤務状況、態度を観て、津久井やまゆり園の管 理責任を負う人たちは、植松聖を正職員に迎える判断をしている。したがって、採用の時点では、 2016 年 2 月に表明されるような考え方を植松聖がしていると想定することは困難だ。そうする と、施設に勤務する 3 年の間に障害者殺害に関する考えが醸成されたことになる。  これを証するものとして、『創』編集部宛の上記の手紙には、注目すべき一文がある。「糞尿に まみれ屈辱的な生き恥を晒し生き甲斐を奪われ、最後の最期に「良い人生だった」と想い死ぬこ とはできません。/私は支援をする中で嫌な思いをしたことはありますが、それが仕事でしたの で大した負担ではございません。しかし三年間勤務することで、彼らが不幸の元である確信をも つことができました。5 」  これに関連して、「一般的」に障害者と接している人たちは、そうではない世間の人と違って、 身近に接しているがゆえに障害者に対して愛情が生まれると言われているが、植松聖がそのよう にならなかったきっかけや、今のような考えになった時期を『創』編集部から問われて、次のよ うに答えている点は、同様に注意しておかなければならないだろう。  「「一般的」とは精神科医や障害者協議会の主張と思いますが、障害者施設や精神病院など、閉 じられた施設において管理する職員と利用者の間には支配・被支配の関係が構築されやすいこと が指摘されています。6 」とし、これに続けて、アメリカの社会学者アービング・ゴフマンの『ア サイラム』を引き合いに出し、施設の非人間的な側面を語っている。  植松聖は、施設内での暴行は施設の特徴であり、これは救いようのないことだという方向に話 を持って行く。恐らく、彼は、施設で起こる暴力という悲惨な出来事を通して、ゴフマンへの共 感を抱いたのだろう。そのうえで、ゴフマンと異なって、施設の救いようのなさの源に障害者の

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存在がある、と考えた。不幸が生起する施設の変革もしくは施設の否定という方向に向かわずに、 障害者の否定へと彼の思想は向けられたわけである。 3.思想の状況  植松聖によれば、障害者は二重の意味で不幸だということになる。ひとつは、障害を伴って生 きることは不幸だから、生まれないほうがよかったし、もうひとつは、障害者の家族及びこの人 たちを抱える社会には負担が伴われ、これが不幸をつくる。だから、障害者はいないほうがよい、 というわけだ。そして、このような考え方は、「全人類が心の隅に隠した思い」である、とされた。 全人類の思いとして普遍化することは適切さを欠くが、事件後、インター・ネット上に書き込ま れた植松聖の考えに賛同する意見を読むと、確かに少数の特異な意見とは言えないのだろう。  植松聖は、2016 年 2 月、件の手紙提出後に勤務する施設の長との面談の席で、障害者の生に 否定的な彼の考え方を「ナチスの考え方と同じ」と指摘され、後日、「ヒトラーの思想が降りて きて」などとその親和性を認める表現をするようになる7。それなら、ナチスの考え方とはどの ようなものであったのだろうか。それは、20 世紀の大戦下のドイツにおいて、精神疾患を伴う人々 の断種(不妊手術)および直接的な殺害を導くことになった思想である8  具体的には、ナチス政権下のドイツは、1933 年の「遺伝病子孫予防法」によって精神疾患が あるとみなされた人々の子孫の出生を禁じたが、この中に知的障害者が含まれていた9。また、 さすがに法律にはならなかったが、1939 年の安楽死に関するガイドラインのもと、当時精神病 院に入院していた少なくとも 7 万人におよぶ精神疾患に苦しむ人々が殺害された10  では、ナチスの行為と植松聖の行為に、たまたま共通のものがあったと理解されることでよい のだろうか。もちろんそのような面はある。しかし、ナチスのこの行為の背後にある思想を、も う少し広がりをもって見ておく必要があるだろう。果たしてそれは、ナチスにだけあったのか。  1933 年、「遺伝病子孫予防法」がドイツの国会で成立したとき、アメリカの優生学者の多くは これを賞賛したという11。健康な身体と健全な精神に恵まれた人々からなる社会で生きる人々は 幸福だ。だから、生物としての人間の質の改善、人種の改善を科学的な方法でやって行くことに よって、人間は進歩し、幸福になる。これを助けるのが優生学である、というのが優生学者たち の考え方だ。  「優れた者」とそうでない者とは、そもそも何かという問いは当然あるのだけれど、優生学者た ちは、この問いに向き合うことなく、漠然と信じられていることを前提とした。身体の健康と優 れた知能。これらの向上が、人間の質の改善につながると考えられた。そして、仮にそれらの質 において劣っている人がいるとしても、生きている人を抹殺するなどという残酷なことはできな いが、これから生まれる人を対象にすれば、無理なく成果を上げることができるというわけだ12  優れた素質を持つ者同士の婚姻による計画的な子どもの出産も考えられたようだが(レーベン ス・ボルン計画)、実際には、劣った素因を有する者の子どもの出生を禁じる仕方で、すすめら れた。それが、劣等者とみなされた人たちへの断種(不妊)手術である。これは、先に述べた「遺 伝病子孫予防法」という法律をつくることによって実行されたのだった。しかも、劣悪者とみな された人々の子孫の出生を禁じることは、ドイツとアメリカで行われただけではなかった。多く の国々、もちろん日本でも行われ、特に、福祉先進国と言われている北欧の国々において、戦後 も続けられた強制的な不妊手術に対する反省が繰り返されたことは、記憶に新しい。  確かに、多くの国々では障害者を直接殺害するには至らなかった。しかし、優生学・優生思想

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をもとに障害者の子孫の出生を禁じた。「優れた人たちから成る社会は素晴らしい、そこでは人々 は幸せだ」ということと、「優れた資質を欠く人、障害を伴う人から成る社会は劣った社会であり、 そこでは人々は不幸だ」ということは、重なり合う。つまりは、障害者の生の否定である。  よさを求めたり進歩を求めたりすることが人間の自然な指向であり、そのことが不幸をなくす ことに一致するのなら、優生学・優生思想について、その何が問題なのかを問いなおす思考の鍛 錬を積まなければ、これを斥けることは難しくなる。そうだとすると、この鍛錬を積まなかった 人間、例えば、植松聖が、障害者の殺害について、これを「全人類が心の隅に隠した思い」だと 考えたとしても、論理的には―倫理的にでは決してないが―理解できる。そうすると、植松聖の 考え方は、きわめて特殊なものだとして片づけるわけにはいかなくなる。 4. 価値の秩序  この事件の時もそうだったが、障害者について語られる場合、「生産性」という言葉が用いら れることがある。「生産性」とは、前節でみた優生思想が含意する「優れた」資質の特徴的なも のであるから、このことについて引き続き考えてみよう。  人が何かを生産すると言われる場合、その範囲を広くとらえてみると、日常的に活用されてい る製品の生産のほか、芸術、スポーツ、娯楽にかかわる活動があるし、普段は気がつかないけれ ども、心を癒してくれる空間や場所の提供だってそうだろう。そうすると、人が幸せな気持ちを 得ることができる何かを提供すること、それが「生産性」の根本だと考えることができる。それ なら、重度の障害を伴う人であっても、そばにいて呼吸をあわせることだけで、他者に安らかな 気持ちをもたらしたり、幸せを感じさせることがあるかもしれない。それは、共に生きる人たち によって分かちもたれる大切な時間をつくる奥行きのある豊かな価値であるはずだ13  したがって、「生産性」という言葉には、考えるべき多様性がある。しかし、ここでは、人々 が日常的に用いている意味で、これを用いよう。すると、通常、商品として流通している製品が 念頭に浮かぶ。衣食住全般にかかわって提供される製品、娯楽にかかわって提供されている製品、 これらは、人々の欲望を満たす内容を有することによってその存在を認められている。そして、 それらは、人々の欲望を引き起こす内容によって秩序づけられている。  提供される商品の素材や機能、つまりは性能に応じて価格が定められ、より高い性能を有する ものには、高い価格が与えられる。高級食材をもとに優れた技能をもつ料理人が提供する食事に、 高級な素材をもとに優れたデザイナーが提供する衣服に、人は高額の代価を支払う。高性能な家 庭電化製品に対して、高性能な自動車に対して、高性能な住宅に対して、同様に人は高額の代価 を支払う。  このことはなにも製品には限らない。優れた技能を有するスポーツ選手の妙技に、高い芸術性 を有する音楽家の演奏に、画家や彫刻家の優れた作品に対して人はそうする。いたるところでそ の内容に応じて人は代価を支払うが、それは提供される製品やサービスの価値に対してであり、 低い価値とみなされたものには少額の、高い価値とみなされたものには高額の代価が支払われる。 ここには、価値の秩序が存在する。  そして、気づくべき重要なことは、ここで価値の提供を行う人がまた、価値の秩序に巻き込ま れることだ。価値の高いものをうみだすことができる人は、価値の高い人、そうでない人は、価 値の低い人、そういう認識が受け入れられる。だから、事業で成功した人、優れた技量で観衆を 魅了する人、魅了する作品をうみだせる人、そのような人たちが巨額の収入を得ることに誰も異

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議をさしはさまない。なぜなら、その人は、高い価値を提供する価値の高い人だと認識されてい るからだ。  このように、人は価値の秩序の中に生きている。なるほど、人格に優劣はないとか、職業に貴 賤はないとか言われるけれど、その一方で、高い価値に与っている人とそうでない人とがいるこ とは、受け入れられている。あるいは、受け入れられるという以上に、それと意識されない仕方で、 常識=共通の感覚としてこの社会に根づいている。  加えて、子どものころ誰もが修学する教育課程は、価値の秩序を人々の心に浸透させる。学力 によるふるい分けは初等教育の課程から行われ、学力試験の成績に従って進路が決定される。学 力という価値を充たすことができる人は、将来その学力をもとに価値のあるものを社会に提供し てくれる価値の高い人であるとみなされる。このように、価値の秩序に馴染むことによって、今 度は、自分が価値の秩序に据えられていくこと、そして据えられていることに違和感をもたなく なる。  この状況の中で、人は、価値のある人間として生きることを無意識のうちに求めるようになる。 誰しも自分の存在を肯定したいからだ。その一方で、価値をうみだすことができない人、あるい はわずかな価値しか生み出せない人は、価値のない人間、価値の乏しい人間だということであり、 やがてそれは、生きる価値のない、あるいは生きる価値が乏しい人間だということになる。  ここから、植松聖の「障害者は不幸をつくるだけだ、だから、障害者はいないほうがよい」までは、 遠くない。事件後、インター・ネット上に植松聖に賛同する意見が寄せられたことにも、このよ うに考えてくるとそれなりの説明がつく。人々は、価値の秩序の中で、生産性のない人=価値の 産出のできない人=生きる価値のない人、という認識を持ち、その一方で、自分は生きる価値の ある人間だという認識を確かなものにしようとし、一種の焦燥感のようなものに追い立てられな がら生きている14 。 5. 歴史を遡って考える  価値の創出から人間をとらえようとする場合、時を遡って考えてみることによって理解が深ま る。なぜなら、目の前に広がる自然にはたらきかけて、衣食住全般にわたって価値あるものをう みだしてきたのが人間の歴史であるのだから。素朴な道具使用から始まり、これに工夫が重ねら れた。耕作による食糧生産が安定すると、集落ができる。集落に能率的な運営が求められ、制度 が行き渡るようになると、統治機構を備える国家の誕生まで時間はかからなかった。  このようにして、生産性に高い価値をとらえる考え方は、国家と文明の誕生以来、人々に一貫 してもたれてきたように思われる。そして、同時に、これと裏返しの考え方、つまりは、「生産 性のない者は生きる資格がない」という考え方に潜む危うさを指摘する努力もみられる。古代と いう時代区分において、この危うさに対抗する思想が育まれていたことを、私たちは知ることが できるからである。『マタイ福音書』第 20 章に記されたイエス15 の言葉は、生産性のない者が 生きることのできない社会がまかり通ろうとするとき、これに明確な「否」を突きつけたもので ある。当該箇所を以下に引用する。 第二〇章 1 天国は、ある家の主人が、ぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、 出かけて行くようなものである。2 彼は労働者たちと、一日一デナリの約束をして、彼らをぶ どう園に送った。3 それから九時ごろに出て行って、他の人々が市場で何もせずに立っている

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のを見た。4 そして、その人たちに言った、「あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。相当な賃 銀を払うから」。5 そこで、彼らは出かけて行った。主人はまた、十二時ごろと三時ごろとに出 て行って、同じようにした。6 五時ごろまた出て行くとまだ、立っている人々を見たので、彼ら に言った、「なぜ、何もしないで、一日中ここに立っていたのか」。7 彼らが「だれもわたしたち を雇ってくれませんから」と答えたので、その人々に言った、「あなたがたも、ぶどう園に行 きなさい」。8 さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、「労働者たちを呼びなさ い。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払っ てやりなさい」。9 そこで、五時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ一デナリずつもらった。10 ところが、最初の人々がきて、もっと多くもらえるだろうと思っていたのに、彼らも一デナリ ずつもらっただけであった。11 もらったとき、家の主人にむかって不平をもらして12 言った、「こ の最後の者たちは一時間しか働かなかったのに、あなたは一日じゅう、労苦と暑さを辛抱した わたしたちと同じ扱いをなさいました」。13 そこで彼はそのひとりに答えて言った、「友よ、わ たしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではない か。14 自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にもあなたと同様に払って やりたいのだ。15 自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか。それともわ たしが気前よくしているのでねたましく思うのか」。16 このように、あとの者は先になり、先の 者はあとになるであろう16 。  登場人物は、農園主と労働者である。そして、労働者は雇用された時刻に応じて5グループに 分けられる。最後のグループが午後 5 時に雇われて 1 時間働いたのだから、労働者たちは夕方 6 時まで働いたことになる。そして、夜明けと同時に農園主に雇われて働いたグループを朝6時か ら働いたこととすれば、それぞれのグループの労働時間は、12 時間、9 時間、6 時間、3 時間、 1 時間になる。  賃金の支払いは、1 時間しか働かなかった最後のグループから始められ、その額は 1 デナリで あった。すると、12 時間働いた最初のグループは、当然というべきか、最後のグループの人々 が受け取った報酬(1デナリ)よりも多くの報酬を得ることができることを期待した。1時間し か働かなかった者に1デナリの報酬を与えるこの農園主は、12 時間働いた自分たちには、もっ と多くの報酬―1時間の報酬 1 デナリの 12 倍とはいわないまでも、数倍―を与えてくれること だろう、と。ところが、実際に報酬を受け取るときになると、その額は、1 時間しか働かなかっ たグループと同じ1デナリであった。  12 時間働いたグループは、農園主に対して異議を申し立てるが、この主張は受け入れられる べきものではないかと思われる。労働とその報酬については、合理的な関係があってしかるべき だからである。人が行った労働に対して相応の報酬が支払らわれないことは、その労働者にとっ ては不公平であり、支払いの義務を負う農園主においては不正であり、そのような状態を容認す る社会は不公正な社会だということになるだろう。  それでは、農園主は、自分の誤りを認め、労働者たちに詫び、かつ是正した報酬を彼らに支払っ ただろうか。そうはしなかった。それどころか、怒って労働者たちを追い払った。彼の言い分は こうである。自分は不正をしてはいない。最初に1日の労働の代価として1デナリを支払うと約 束した。そして、約束通り1デナリの報酬を支払っている。なるほど、農園主の主張も理に適っ ているように思われる。

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 農園主の言葉に、労働者たちは退散するしかなかった。しかし、納得はできなかった。その納 得できなさの理由を考えてみると、不公平に思えて仕方がないからだ。労働とその報酬について、 農園主と労働者の間で自由な契約が成立するとしても、それとは別に合理的な基準というものが 社会にはあり、これによって様々な関係が円滑に取り仕切られる。不公平がないように、合理的 な配慮が行き届くよう社会が運営されることによって、社会の秩序は保たれている。この秩序に、 農園主の決定は反するように思えるのだ。つまりは、不平を唱えた労働者は常識的で、不平を斥 ける農園主は非常識で反社会的である、ということになる。  労働者の不平の理由はこのように説明されるが、ここには、当然のこととして暗黙のうちに了 承されている前提があるようだ。労働の評価が報酬として金額に換算されることが、それだ。そ れでは、「より多くの労働をした者には、より多くの報酬が与えられる」という論理は、いった いどこからやってきたのだろうか。  農耕、牧畜、手工業、それらは、人々の生活に有用なものを生みだす技術である。そのような 技術には、価値がある。価値には、さほどでもない価値、高い価値、より高い価値、という秩序 がある。そして、価値をうみだす技術に携わる人々は、その労働を通じて、価値の秩序に巻き込 まれ、より高い価値をうみだす人はより高い価値を有する人となる。また、その価値は報酬の額 によって計られる。「より多く労働した者には、より多くの報酬が与えられてしかるべきである」 という論理は、財をうみだす労働を価値の秩序に置くところに誕生する。「4.価値の秩序」で 見られた構造そのものだ。  イエスの時代の日雇い労働者1日分の平均給与に当たる1デナリ(= 1 セラ)は穀物四セアの 通常の値段であり、これによってバケツ一杯ほどの穀物を購入することができた17。1日1デナ リの収入とは、一家族が一日を暮らすことができる糧を得ることができる額だと理解されてよい であろう。それならば、農園主の主張は、いかなるグループに属する労働者に対しても、彼らが その家族とともに生きること肯定したものであると考えることができる。12 時間働く能力があ る者にも、1時間しか働く能力がない者にも、12 時間働く機会を得た者にも、1 時間しか働く機 会がなかった者にも、あるいは今はどうしても意欲がなくて1時間しか働こうとしなかった者に 対してさえも、等しく生きることを肯定する。彼らの存在をそっくり肯定する。これが農園主の 主張なのである。  障害を伴って生まれた者、あるいは人生の途上で伴うことになった者、彼らは生産性の低い人 たちかもしれない。しかし、その人たちを、生産性あるいは労働という価値の秩序によって裁い てはならない。農耕を中心に価値をうみだすことが日常的な姿の社会となっていた時、あらため て、この秩序に縛られることなく生きることが許されてよい場合があるのだという主張がなされ た。イエスの言葉は、もしそのような社会がなかったら、語られる必要のないものである。  人は、自然にはたらきかけて価値をうみだす。その歴史の最初から、人は価値の秩序に巻き込 まれた。しかし、そうしながら、価値の秩序によって人が裁かれることのないようにとの思索の 鍛錬をすることが、また、求められていたのである。 6. 人は「業縁」を得て悪を行う  これまでの考察で、植松聖の考えが決して特殊なものではなく、社会に胚胎する根深いものだ ということを、理解していただけたのではないかと思う。しかし、その思いが強く煮詰まること によって彼は殺害を実行した、と説明されても、やはりそれだけでは不十分だろう。件の考え方

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に理解を示す人がいるとしても、その人たちみんなが殺害を実行しはしないからだ。  それならば、植松聖はやはり特殊なのか、ということになるが、果たしてどうだろう。植松聖は、 職員として利用者(入所者)に関わってきた。事件で、彼が刃を向けた人の中には旧知の人もい たはずだ18。しかし、本稿「2.植松聖の思想」で見たように、彼は、障害者に対する同情や共感 ではなく、排除の思いを募らせた。しかも、触れ合っていることによって持たれた思いだ。奇を 衒うような言い方になるかもしれないが、障害のある人たちと接点を持たない人は、障害者の殺 害など思いもよらない。意識に介在しないものや人に悪意や敵意を持つことはないからだ19  植松聖は、在職中、利用者(施設入所者)に暴力を振るうことがあったと言われている。この 暴力は、介護に精勤する自分の努力が報われないことへのいらだち、報われない結果に終わって しまう事態を招いている相手(利用者、入所者)への憤りとして現れたものではなかったか。こ こに、前節で見た労働者同様、自分の労働の価値が報われないことへの不満も出てくるし、ここ から「障害者は人を不幸にする」という見方は、ひとつながりになってゆく。  もちろん私は、だから植松聖の場合も仕方がなかった、などということを言おうとしているの ではない。人にはこのようなことが起こるものだということを考え、それに対抗するための思索 の訓練を求めている。  私は、「1.問いの方向性」で「思うことと実行することの間には大きな壁があるはずだが、 その壁を彼に乗り越えされてしまったのは何であったのか」と述べた。もちろん、それは、これ まで見てきたように「価値の秩序」にとらわれた彼の思想の煮詰まりとしか言いようがない。し かし、これに加えて、指摘された壁というものについて、人はある条件下において、こんなにも易々 とこれを乗り越えることがあるのだということを学んでおきたい。  鎌倉時代の仏教思想家親鸞の弟子唯円の著書と伝えられている『歎異抄』の 13 に、次のよう な件がある。  またあるとき、唯円坊はわがいふことをば信ずるかとおほせのさふらひしあいだ、さんさふ らふとまうしさふらひしかば、さらばいはんこと、たがふまじきかと、かさねておほせのさふ らひしあひだ、つゝしんで領状まうしてさふらひしかば、たとへばひとを千人ころしてんや、 しからば往生は一定すべしとおほせさふらひしとき、おほせにてはさふらへども、一人もこの 身の器量にては、ころしつべしともおぼへずさふらふと、まうしてさふらひしかば、さてはい かに親鸞がいふことを、たがふまじきとはいふぞと。これにてしるべし、なにごとも、こゝろ にまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれ ども一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこゝろのよくてころさぬに はあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべしと、おほせのさふらひ しは、わがこゝろのよきをばよしとおもひ、あしきことをばあしとおもひて願の不思議にてた すけたまふといふことを、しらざることをおほせのさふらひしなり20  ある時親鸞は唯円に向かって、私の言うことを信じるかと尋ね、唯円はもちろんそうですと答 える。間違いないかと念を押す親鸞に、相違ありませんと言う唯円。すると親鸞は、驚くような ことを言う。人を千人殺してこい。もちろん唯円は拒む。「自分の器量ではひとりであったとし ても、これを殺すことはできません。まして、千人など、到底できるものではありません。」親 鸞は、私の言うことをきくといったではないかと唯円にたたみかけながら、諭す。そうなのだ、

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心のままになることなら、人はそれをする。しかし、ひとりであったとしても人を殺せる「業縁」 (力と機会)がないから、殺さないだけなのだ。自分のこころがよくて殺さないのではない。だが、 もし力と機会が与えられれば、人はそれをすることもある。  植松聖もそうであったのではないだろうか。彼は、障害者はいないほうがよいと考えた。そして、 障害者の殺害を可能にする力と機会が備わっていた。体力を備え、元職員として施設のことをよ く知ることによって、殺害を実行した。そして、同じ条件におかれた者であれば、その者にも植 松聖と同じことをすることができたのではないか。話は大きくなって恐縮だが、恐らく、ナチス の障害者殺害にもユダヤ人殺害にも、同じ構造があったのではなかったか。  ここに、学ばれるべき真理があると思う。明らかな悪であれば人はそれをしない。しかし、そ こによさがあり、それを実行する力と機会つまり「業縁」を得ることができれば、人はそれをする。 そして、そのような「業縁」は、私の意のままになることではない。もし、人を傷つけたり、命 を奪ったりするような機会に巡りあわずに生きていくことができたならば、人は幸せだ。だから、 このような「業縁」が巡ってこないように阿弥陀仏に縋って生きよ、と親鸞は語る。  もちろん、私は、浄土真宗への帰依をすすめようというわけではない。この教えに従って生き ようとする人もいれば、そうならない人もいる。でも、「業縁」が与えられれば、悲惨で残酷な ことであったとしても、人はこれを為し得るという教えを、無視するわけにはいかないだろう。 そのように考えるほうが事実に即しているのではないか。そして、私たちのだれもがこのような 「業縁」にさらされないとは限らない。もしそうなったときに、加害者にならないための思索の トレーニングが求められる。  人は、その誕生の発端から、生きることが即ち価値をうみだすことであった。価値の創出は私 たちの生活から切り離せない。しかし、同時に、それによって人のすべてを裁いてはならないこ とを、私たちは知っている。価値の秩序という私たちを縛る強い観念からの解放を促す思索の鍛 錬、これは、植松聖とともに、私たちが繰り返し学び続けなければならないことだと思われる。 註 1「不敵な笑い」という決して好意的ではない表現で報道されたが、このことについて、月刊誌『創』編集長 篠田博之は、植松聖との接見の機会を得た折、同人が笑ったつもりはないことを確かめ、「取材陣が殺到す る異常な光景を見て思わず笑ってしまい、「不敵な笑い」と言われるのは、こういうケースではよくあること」 とし、「テレビを見ている人には取材陣が大混乱している様子が移されないから、事情が分からない」と説 明している。『創』2017 年 10 月号 p.5 2 本稿「1.問いの方向性」の 3 段落目参照。 3 手紙の全文は、次のページで読むことができる。http://i2.wp.com/mera.red/wp/wp-content/uploads/2016/07/ 1469509643379.jpg 4 註3に同じ。 5『創』2017 年 9 月号 p.30 6『創』2017 年 9 月号 p.31 7 植松聖は、2016 年 2 月の施設職員らとの話し合いの席で、ヒトラーと同じだと指摘され、それを覚えてい て措置入院の際にそのような表現をしたという。ユダヤ人の殺害は知っていたが、障害者の殺害について は知らなかったことを明らかにしている。『創』2017 年 10 月号 p.54-p.55 8 ナチスの犯罪としては、ユダヤ人の虐殺がどうしても強く印象づけられている。恐らく、人類の歴史が続 く限り語り継がれるであろうこの行為は、まぎれもなく最大限の悲惨なのだが、同時にナチスはドイツ人 にも刃を向けた。強制的に断種された人々は、戦後その補償を求めドイツ政府と裁判で争い、最後に名誉

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回復とわずかとはいえ補償を勝ち取った。

9「遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性てんかん、その他の遺伝病にかかっている者、もしくは病的遺伝

資質の保因者」等が対象とされた(米本、松原、橳島、市野川『優生学と人間社会』講談社現代新書、2000 年、

p.90)。ここで、 知的障害と精神障害について補足説明をしておく。両者は本来別のものである。精神疾患、

例えば、統合失調症に苦しむ人であっても高い知能を有する人がいて、アメリカの数学者ジョン・ナッシュ John Forbes Nash Jr.(1928-2015)は、その数学(ゲーム)理論が広く応用されたことでノーベル経済 学賞を受賞する(1994 年)が、かなりの期間幻覚を伴う妄想に苦しんだ。幸い彼の場合、周囲の支援と本 人の努力によって困難な時期をしのぐことができ、決定的な破綻に陥らずに済んだ。しかし、19 世紀末か ら 20 世紀前半に活躍したエミール・クレペリン Emil Kraepelin(1856-1926)がこの種の疾患を「早発

性痴呆」dementia praecox(「早発性」と訳される praecox は、「青年期の」とか「思春期の」と訳されて

もよい、「人生の最初のほうに現れる」というような意味である。そして、dementia は「精神」をあらわ す mens の抽象形である mentia に「分離」の意味を持つ de が接頭辞としてくっついたものである。つま り、「精神性からかけ離れてしまったこと」、「精神を失ってしまったもの」を意味する。)と呼んだように、 若い時にこの病気を発病すると、「特有の精神的荒廃」へと向かい、治療困難で回復が期待できないことから、 「痴呆」=知的障害と同様な性格をもつものとして扱われた(森山公夫『統合失調症―精神分裂病を解く―』 筑摩書店、2011 年(第 1 刷は 2002 年)p,71-p.85 参照)。このように書くと、クレペリンの分類の背後に 治癒しない病気というとらえ方と患者の切り捨てがあったように思われるかもしれないが、そうではない。 当時、妄想を伴うことから世間の偏見と差別を受けていたことに対して、これは「病気」であり、したがっ て患者は治療の対象として保護されるべきであることを言おうとするものであった。ただ、現実には差別 の解消は難しく、日本でも、「精神分裂病」から「統合失調症」へと名称が改められた今日でも、十分な理 解はされていないといえるだろう。また、施設においても、知的障害者施設に統合失調症の人が入所して いたり、逆に、認知機能の問題を抱える知的障害のある人が精神病院に入院するということが起こっている。 先の戦争時に、ナチスによる精神病院入院患者の殺害が行われた折、その被害者は精神疾患を有した人と 知的障害を伴った人の両者が含まれていたと推測される。 10 一説には十数万人とも言われている。米本、松原、橳島、市野川『優生学と人間社会』講談社現代新書、 2000 年、p.100 参照。 11 米本、松原、橳島、市野川『優生学と人間社会』講談社現代新書、2000 年、p.44 12 ドイツにおける優生学の確立に重要な役割を果たしたひとりアルフレート・プレッツ Alfred Ploetz (1860-1940)はそのように考えた(米本、松原、橳島、市野川『優生学と人間社会』講談社現代新書、 2000 年、p.67-p.73)。この考え方は、今日の「出生前診断」や「着床前診断」に結びつく。なるほど、こ れらの診断が直ちに障害者差別を意味するものではないだろう。しかし、それが差別につながらないため には、これらの技術をどのように受け入れていくべきかについて考え続ける必要がある。 13 ここに、障害を伴って生きることについて考える場面が開かれる。ここでの論点は、人が生きることの意 味を問いの中におく議論につながるが、この本質的な議論は別稿に譲らなければならない。 14 植松聖に賛同できるとした若者に、「もしあなたが老いて何も出来なくなったら、殺されても仕方がない のか」と尋ねたところ、若者は、「社会全体が余裕を無くしていることが問題なのかな」と答えたという。 価値の秩序で人を裁くことはあってはならないというところまで至ってはいないが、問題は単に個人のレ ベルにあるのではなく、社会の在り方を問の中に置かなければならないということに気づいた点は、強調 されてよいだろう。また、ここに「尊厳死」の問題を考える重要なヒントがあるが、本稿では触れない。 15 紀元 30 年、ローマ帝国によって処刑された一ユダヤ人イエスは、人々に教えを説いていた。イエスの死後、 弟子たちによって、イエスが救世主=メシア=キリストであったとの信仰をもとに形成されて行ったのが キリスト教(団)である。そのイエスの言動を記したものが福音書であり、その筆者のひとりマタイとい う人物によって著された『マタイ福音書』から紹介する。 16『マタイ福音書』 第 20 章 日本聖書協会訳。引用した部分は、イエスの譬え話の第 20 章第 1 節から第 16 節までである。第 19 章は、第 30 節「しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろ う。」で終わり、これに続いて、第 20 章が始まる。なお、新共同訳『新約聖書注解Ⅰ』(日本基督教団出版 局 1992 年)は、この譬え話について、報酬は人の行為によって決まるのではなく、主人からの賜物だと 注解する。これは、救済のみならず個人の技量そして命そのものも主人=神からの無償の贈与であるとす る考え方に通じる。ここに、人間存在が等しく肯定される思索の営みをみることができると、私は考えて いる。以下、『新約聖書注解Ⅰ』の一部を紹介する。「そのポイントは、神は人間の作業量(業績)によっ

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て人間を評価するのではないということであろう。朝早くから一日中働いた者も夕方に来て僅かしか働か なかった者も同じに扱うというのは、常識的に見れば全く不公平と言わねばならないが、まさに神のこの「不 公平」によってイエスはファリサイ派的応報思想を克服する。夕方来た者が一デナリオン(引用文ではデ ナリ)を支払われるのは、彼がせっせと能率よく働いたとか仕事がうまかったとかの理由によるのではない。 それは働く側の理由によるのでなく、全く支払う者の自由において決められる(一五節)。神の報酬は人間 の行為によって左右されるのではない。ここがイエスとファリサイ派との基本的な相違点であり、彼らが イエスにつまずいたところであった。彼らは報酬を自分の稼ぎと考えるが(一四節、≪自分の分≫)、実は それは主人からの賜物なのである。」『新約聖書注解Ⅰ』p.123-p.124 17 荒井献『イエスとその時代』、岩波書店、1974 年、p.37 18 このことが事件の残酷さを強調すると考える見方もあるようだが、ここではその方向には進まない。 19 老人施設で入所者をベランダから突き落としたのは施設職員だし、その他の虐待事件についても、ふれあっ ている人がこれを実行したのである。 20『歎異抄』金子大栄校注、ワイド版岩波文庫、p.65-p.66

L’homme qui se soumet à l’ordre de valeur;

un considération sur l’affaire de ‘Tsukui Yamayuri En’

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