博士(歯学)山本英一 学位論文題名
インプラント治療における早期骨吸収と歯肉の IL − 1 グ 及びIL ― 6mRNA の発現に関する研究
学位論文内容の要旨
【 緒言】Branemarkが チタ ンによるオッセオインテグレーションインプラントを 発 表して から 現在 に至 るま で, デン タル イン プラ ント の成功率は飛躍的に向上 し ,欠損 歯列 に対 する 補綴 方法 とし て確 立さ れて きた .一方,なかには不良経 過 に陥る 症例 もあ る. この 不良 経過 の大 部分 は, イン プラント埋入後あるいは 補 綴後の 炎症 によ る歯 槽骨 吸収である.Lindquistらは,初期における歯槽骨の 骨吸収が大きいインプラントでは,その後の骨吸収量が大きくなりやすいこ.と,
Toljanicら は,2回法 イン プラ ント にお いて ,免 荷時 期に歯 肉が 裂開 しイ ンプ ラ ントシ ョル ダー 部が 露出 した イン プラ ント では ,歯 槽骨の皮質骨吸収が起こ り や す い こ と , す な わ ち 早 期 の 骨 吸 収 が 臨 床 予 後に 関 連 す る と 報 告 し た . IL―1ロは ,マ ウス 頭蓋 冠の器官培養系において骨吸収促進活性を有し,骨芽 細 胞や線 維芽 細胞 にお いて コラ ゲナ ーゼ 活性 を増 加さ せること,破骨細胞の分 化 ならび に成 熟を 促進 する こと など から ,局 所で 作用 する骨吸収促進因子のー つ である と考 えら れて いる .他 方,IL←6は, 活性 化B細胞に増殖を促すことな く 抗体産 生を 誘導 する 物質 とし て見 出さ れた サイ トカ インのーっで,破骨細胞 分化を誘導する強カな骨吸収因子である.
本研究 では ,イ ンプ ラン ト症 例に おい て, イン プラ ント周囲の早期に韜ける 骨 吸 収 量な らび にイ ンプ ラント 直上 歯肉 のILーiB及びIL―6のmRNA発 現量 を測 定 し,両 者の 関係 を調 ベ, 臨床 予後 を判 定し うる 可能 性を検索することを目的 とした.
【 材 料 及 ぴ 方 法 】2004年2月14日 か ら2005年9月13日 ま で の 期 間 に , 上 士 幌 歯科ク リニ ック にお いて ,全 身疾 患を 有さ ず, イン プラント治療が適応であ る と診断 し, スプ ライ ンイ ンプラントを埋入した患者のインプラント111本(上 顎47本 , 下 顎64本 ) を 研 究 対 象と し た .同 一施 術者 が,こ れら のイ ンプ ラン ト 治療を 行っ た. 通常 埋入 を対象とし,対象とした患者は男性9名,女性25名,
イ ンプラ ント 埋入 時に おけ る平 均年 齢は58.8歳で あっ た.喫煙に関しては,問 診 に て 患者 本人 から 聴取 した. イン プラ ント 埋入 時に 喫煙 して いた 患者 は3名 13本 で あ っ た . そ の 他 の 患 者31名98本 は1年 以 上 喫 煙 を 中 止し て い る, ある い は喫煙 の経 験の ない 患者 であ った .本 研究 計画 は, 北海道大学大学院歯学研 究 科倫理 委員 会に よっ て承 認さ れ, 治療 開始 前に 対象 とした患者に対し研究の 趣旨を説明し,文書による同意を得た.
イ ン プラ ント 埋入 時と2次手 術時 にイ ンプ ラン トシ ョルダ ーか ら骨 縁ま での 距 離 を1イ ン プ ラ ン ト あ た り4点( 近 心 ,頬 側, 遠心 及び舌 側) 計測 し, その
平均を求め早期骨吸収量を算出した.また,2次手術時のインプラント直上歯 肉からtotal RNAを抽出し,RT−PCR法を用いてIL−1ロ及びIL―6mRNA量を測定 した. 早期骨吸収量及び各種mRNA量の測定値は,Student st―testにて検定 した.PくO.05を有意とした.
【結果】早期骨吸収量が,1m未満の骨吸収量であったインプラントは86本,
1舳以上の早期骨吸収量であったインプラントは25本であった.上顎のインプ ラントにおける早期骨吸収量は,下顎に比べて大きく,有意な差が認められた.
患者の性別による早期骨吸収量には違いがみられなかった.一方,喫煙者と非 喫煙者の間では早期骨吸収量に差があり,非喫煙者は喫煙者に比べて早期骨吸 収量が小さく有意差が認められた.インプラント免荷時期に義歯を装着した場 合と装着しない場合の問には早期骨吸収量の違いはみられなかった.インプラ ント免荷時期に歯肉裂開しインプラントショルダーが露出した10本の早期骨吸 収量は,歯肉裂開を生じなかった101本に比べて大きな値であり,両者の間に は有意な差が認められた・
早期吸収量が1m以上のインプラントにおけるIL−1ロならびにILー6mRNAの 発現量の平均値は1舳未満のインプラントよりも大きく,有意差が認められた・
上顎におけるIL11BならぴにIL―6mRNAの発現量の平均値は下顎のそれらと比 べて有意に大きかった.また,患者の性別による違いは認められなかったが,
喫煙者では非喫煙者に比べてIL−1ロ及ぴILー6両者のmRNAの発現量が有意に高 かった.インプラント免荷時期に義歯を使用した33本では、義歯を使用しない 78本に比べ,IL―1ロならびにIL―6mRNAの発現量が低い傾向がみられたが有意 差はなかった.しかし,インプラント免荷時期での歯肉裂開の有無によるこれ らmRNA発現量には違いは見られなかった.ヘマトキシリン・エオジン染色に て,インプラント裂開部の歯肉では上皮下に多数の炎症性細胞が見られた.
【考察】早期骨吸収がlm以上のインプラント直上歯肉では,IL―1ロならびに IL→6皿NAの発現量が,早期骨吸収量が1舳未満のインプラントの直上歯肉よ りも高い値を示したことは.患者のなんらかの要因によりIL―1ロもしくはIL―6 mRNAの発現が誘導され易く,そのため,これら炎症性サイトカインの産生を促 し,その結果として歯槽骨吸収が増大した可能性,または,早期骨吸収の生じ た イ ン プ ラ ン 卜 で は 直 上 歯 肉 に 炎 症 が 生 じて い るこ と が考 え ら れた . 早期骨吸収量の上下顎差は,骨質の影響による可能性が考えられた.歯肉の I卜1ロ及ぴIL―6mRNAの発現量の上下顎差が,骨吸収の要因になっている可能 性が考えられた.早期骨吸収量に義歯装着の有無による差は認められず,免荷 時期に義歯を装着しても適度な刺激であれば骨吸収を促進しなかったことを示 している.歯肉裂開したインプラントでは,同部位から細菌感染による炎症に よって骨吸収が促進するとの推測のとおり早期骨吸収量は,歯肉裂開症例で大 きかった.一方,歯肉のIL−1口ならぴにIL―6mRNAの発現量は歯肉裂開の有無 による差は認められなかった.喫煙は歯周炎ならびにインプラント周囲炎の発 現及び進行を促進すると報告されている.早期骨吸収量及び歯肉組織のIL―1ロ 及びIL―6mRNAの発現量が喫煙・非喫煙者の両者間で異なることは,ニコチン に よ る 歯 肉 に 対 す る 直 接 的 な 影 響 で あ る 可 能 性 が 考 え ら れ た .
【結論】
インプラント埋入後の早期骨吸収量と歯肉のILー1ロならびIL−6mRNAの発現 量には関連がある可能性が示唆された.
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
インプラント治療における早期骨吸収と歯肉の IL − 1 グ及び IL − 6mRNA の発現に関する研究
審査は,全審査委員出席のもと,.学位申請者に対して提出論文の内容の説明を 求 め た . 学 位 申 請 者 か ら は 以 下 の 内 容 の 論 述 が な さ れ た .
近 年, デ ンタルイ ンプラン トの成功率 は飛躍的 に向上し ,欠損歯 列に対す る補 綴 方 法 とし て確立 されてき た.しかし ,なかに は不良経 過に陥る 症例もあ る.こ の 不 良 経過 の大部 分は,イ ンプラント 埋入後あ るいは補 綴後の炎 症による 歯槽骨 吸 収 で ある .IL−iBは ,マウス 頭蓋冠の器 官培養系 において 骨吸収促 進活性を 有 し , ま た破 骨細胞 の分化な らびに成熟 を促進す ることな どから, 局所で作 用する 骨 吸 収 促進 因子の ーっと考 えられてい る.他方 ,IL−6は, 活性化B細 胞に増殖 を 促 す こ とな く抗体 産生を誘 導する物質 として見 出された サイトカ インのー つで,
破 骨細胞分 化を誘導 する強カ な骨吸収 因子であ る.
本 研究 で は,イン プラント 症例におい て,イン プラント 周囲の早 期におけ る骨 吸 収量なら びにイン プラント 直上歯肉のIL−1ロ及ぴILー6のmRNA発現量を測定し,
両 者の関係 を調べる ことを目 的とした . 2004年2月か ら2005年9月までの期間に,
上 士 幌 歯科 クリニ ックにお いて,全身 疾患を有 さず,イ ンプラン ト治療が 適応で あ ると診断 し,スプ ラインイ ンプラン トを埋入 した患者の インプラント111本(上 顎47本, 下 顎64本 )を 研 究 対象 と し た. 通常埋入 を対象と し,対象 患者は男 性9 名 , 女 性25名 ,イ ン プラ ン ト 埋入 時 にお け る 平均 年 齢 は58.8歳 で あっ た.イン プ ラ ン ト埋 入 時 に喫 煙 して い た 患者 は3名13本で あった. 本研究計 画は,北 海道 大 学 大 学 院 歯 学 研 究 科 倫 理 委 員 会 に よ る 承 認 を 受 け , 行 っ た I イ ンプ ラ ン ト埋 入 時と2次 手 術 時に イ ンプラン トショル ダーから 骨縁まで の距 離 を1イ ン プラ ン トあ た り4点 (近 心 ,頬 側 , 遠心 及 び 舌側 ) 計測 し ,その 平均 を 求 め 早期 骨 吸 収量 を 算出 し た .ま た ,2次手 術時のイ ンプラン ト直上歯 肉から total RNAを抽出し ,RT―PCR法を 用いてILー1ロ及ぴIL‑6 mRNA量を 測定した .早 期 骨吸収量 及ぴ各種mRNA量の測定 値は,Student st−testにて検定し,PくO.05 を 有意とし た.
早 期 骨 吸 収 量 が ,l mm未 満の 骨 吸 収量 で あっ た イ ンプ ラ ン トは86本 ,lmm以
人 信
明
正 正
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村 藤
木
田 進
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授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
上であったインプラントは25本であった.上顎のインプラントにおける早期骨吸 収量は,下顎に比べて大きく有意な差が認められた.一方,患者の性別による違 いはなかった.非喫煙者は,喫煙者に比べて早期骨吸収量が有意に小さかった.
インプラント免荷時期に義歯を装着した場合としない場合の間の違いはみられな かった.免荷時期に歯肉裂開しインプラントショルダーが露出した場合の早期骨 吸収 量 は, 歯 肉裂 開 を生 じ な かっ た場合に比 べ有意に大 きな値であ った.
早期吸収量が1 mm以上のインプラントにおけるIL−1ロならびにIL−6mRNAの 発現量の平均値は1mm未満のインプラントのそれらよりも大きかった.上顎にお けるこれらのmRNAの発現量は下顎のそれらと比べて有意に大きかったが,患者の 性別による違いは認められなかった.一方,喫煙者では非喫煙者に比べてこれら のmRNAの発現量が有意に高かった.インプラント免荷時期に義歯を使用した場合 は使用しない場合に比べ,これらmRNAの発現量が低い傾向がみられた.歯肉裂開 の有無によるこれらmRNA発現量には違いは見られなかった.ヘマトキシリン・エ オジン染色 にて,裂開 部の歯肉で は上皮下に 多数の炎症性細胞が見られた.
1mm以上の早期骨吸収量であったインプラント直上歯肉のIL‐1pならびにIL‐6 mRNAの発現量が高い値を示したことは,患者の何らかの要因によりIL‐1Dもし くはIL‐6mRNAの発現が誘導され易く,そのためこれら炎症性サイトカインの産 生を促し,その結果として歯槽骨吸収が増大した可能性,または,早期骨吸収の 生じたインプラントでは直上歯肉に炎症が生じている可能性のいずれかが考えら れた.早期骨吸収量に義歯装着の有無による差は認められず,免荷時期に義歯を 装着しても適度な刺激であれぱ骨吸収を促進しなかったことと考えられた.また,
喫煙は歯周炎ならびにインプラント周囲炎の発現及ぴ進行を促進すると報告され ており,早期骨吸収量及ぴIL‐1p及ぴIL‐6mRNAの発現量が喫煙・非喫煙者の両 者 間 で 異 な る こ と は , ニ コ チ ンに よ る影 響 であ る 可能 性 が考 え られ た . 以上の論述に引き続き,各審査委員より提出論文の内容について口頭により質 疑が行われた.主な質疑項目は,試料の採取部位にっいて,早期骨吸収量の測定 方法にっいて,局所の遺伝子発現と全血の生化学的指標との関連性の可能性につ いて,喫煙による歯肉に対する影響とニコチンの薬理作用にっいて,裂開歯肉部 位のIL‑ipならぴにIL‑6 mRNAの産生細胞にっいて,上顎で骨吸収の大きい原因 に関する考察について等であった。また,本研究の背景となる骨形成や骨吸収の 機構にっいてなど多岐にわたる関連事項の試問も行った.学位申請者からは,い ずれの質問に対しても適切かつ明快な回答が得られ,今後の研究の方向性につい ても明確な将来の展望が示された.
本論文は,インプラント埋入後の早期骨吸収量と歯肉のIL―iBならびIL−6mRNA の発現量との関連の可能性を見出した点が評価され,この業績は,今後の研究の 発展に大きく寄与するものと考えられた.加えて,試問の結果より学位申請者は 十分な学識を有していることが認められた.従って,学位申請者は,博士(歯学)
の学位を授与されるにふさわしいと認められた.