博 士 ( 医 学 ) 原 田 正 平
学 位 論 文 題 名
小児期バセドウ病におけるTSH 受容体抗体に関する研究
― 第 1 編 ラ ッ ト 甲 状 腺 培 養 細 胞 を 用 い た 甲状 腺刺 激抗 体測定法の基礎的検討ー
一第2 編抗甲状腺剤治療による変動と臨床的意義の検討―
学位論文内容の要旨
I研 究 目 的
バセ ドウ病tま ,その 患者血 中に異 常甲 状腺刺 激物質 が発見 されて以来,この刺激物質の解明を 中心に 病因 ・病態 の研究 が行わ れてい る。 この刺 激物質 は当初 ,マ ウスを 用いた 生物学的活性と し て測 定 さ れ,long―acting thyroid stimulatorと呼 ばれた が, 未治療 バセド ウ病の 約50% に 検 出さ れ る に過ぎ なかっ た。 その後 ,ヒト 甲状腺 細胞 を用い た高感 度甲状 腺刺激 抗体 (thyroid
―stimulating antibodies,TSAb)活 性 測 定法 が 開 発 され ,未治 療バセ ドウ 病の93% に検出 さ れるよ うに ナょり ,病因 として の意義 が広く認められるに至った。一方,バセドウ病患者の免疫グ ロ ブ リ ン(Ig)が , 甲 状 腺 刺 激 ホ ル モ ン (TSH)の ヒ ト 甲状 腺 細 胞 粗 膜分 画 へ の 結 合を 阻 害 す る こ と が 明 ら か に さ れ ,TSH結 合 阻害 性 抗 体(TSH―binding inhibitor immunoglobulins, TBII)と して 現 在radioreceptor assayに よ り 測定 さ れ て い る 。そ の 後 の 研 究か らTSAb,TBII は 甲 状 腺 瀘 胞 細 胞 膜 上 のTSH受 容 体 に 対 す る 自 己 抗 体 , す な わ ちTSH受 容 体 抗 体(TSH― receptor antibodies,TRAb) と 考え ら れ る に 至 って い る。 バセド ウ病の 病態を 検討す る上 で TRAbの 重 要性 が 明 ら か とナ ょ り ,特 に成人 領域 のバセ ドウ病 患者に おいて は治 療中止 ,再発 予 測 の指 標 と し て その 有 用 性 が 報告 さ れ て い る 。し か し , 小 児期 バ ゼ ド ウ 病で は,TRAb活性 測 定 系 の 感 度 が 十 分 で は な か っ た こ と か ら , 多 数 例 で の 検 討 は 行 わ れ て い な か っ た 。 著 者 は , 小 児期 バ ゼ ド ウ 病で のTRAbの 臨 床 的 意義 を 検 討 す る ため に , 現 在最 も感度 が良好 と さ れ る ラ ッ ト 甲 状 腺 培 養 細 胞(FRTLー5細 胞 ) を 用 い たTSAb活 性 測 定 法 を 確 立 し た 。 更 に ,小 児 期 発 症 バゼ ド ウ 病128例 に っ い て各 病 期 でTSAb,TBII活 性を測 定し, それ ぞれの 病態 との関 係に っいて 解析を 行った 。
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n対象と 方法
1. 対 象 : 北海 道 大 学医学 部附 属病院 小児科 及び道 内関 連病院 小児内 分泌外 来で,1981年4月 か ら1990年3月 ま で の9年間 に 経 験 し た18歳 以下 発症の 小児期 バセド ウ病 患児128例を 対象と し た。
2. 治 療 中 止基 準 : 維持量 の抗 甲状腺 剤での 治療に より ,血中 甲状腺 ホルモ ン値が1年 以上正 常 範 囲に 保 た れ て いる 症 例 に っ いて ,triiodothyronlne(T3) 抑 制試 験を行 った。T3抑制 試 験 は 抗甲 状 腺 剤 服 用下 に ,L―T 375Ug/day7日 間 服 用 後の123I甲 状 腺 摂 取 率の 沮lJ定 を行 つ て,3時 間摂取 率が10% 以下 の場合 ,治療 を中止 した。10〜15% 以下 の場合 ,一時 治療を 中止し て1力 月 後 にthyrotropin−releasing hormone試 験 を 行 い,TSHの反 応 性 が 回 復 した 症 例 で 引続 き治療 中止と した。
mTRAb活性測 定法
1) TSAb活 性 測定 : 患 者 血 清か ら ポ リ エ チレ ン グ リ コ ール で 抽 出 し た 粗グ 口 ブ リ ン 分画 を FRTL―5細 胞 に 反 応 さ せ,培 養上 清中に 放出さ れたcyclic adenosine3 ,5 −monophosphate
(cAMP)を 測 定 し , こ のcAMP産 生 能 をTSAb活 性 と し た 。 標 準 物 質 と し て ウ シTSH(bTSH) を用 い た 用 量 反 応曲 線 を 作 成 し, 患 者 血 清 粗グ 口 ブ リ ン 分画 のTSAb活性 をこ の曲線 より読 み 取 り ,bTSH当 量 と し て 表 現 し た。 基 礎 的 検 討 とし て ,bTSHに よ る 標準 曲 線 の 再 現性 を 検 討 した と こ ろ ,0,0.1,1,10,100tuU/ml各 濃度 での測 定内変 動係 数はそ れぞれ16.1,15.O, 16.8,13.6,11.5%で あっ た。また日差間測定での変動係数はそれぞれ17.2,25.9,29.O,24.9, 11.8% で あっ た 。 健 常 成人30名 で のTSAb活性 を 測 定 し たと こ ろ , そ の平 均 十2SDはO.luU/ mlbTSH当 量 未 満 で あ っ た の で , 以 下 の 検 討 で はO.luU/mlbTSH当 量 以 上 を 陽 性 と判 定 し た。
2)TBII活 性 測 定 : 患 者 血 清 に よ る 可 溶 化 ブ 夕 甲 状 腺 膜TSH受 容 体 へ の ,125I標 識TSH 結合 阻 害 活 性 を 測定 し た 。 正 常対 照 小 児123名 のTBII活 性 の 平均 土2SDは―O.36土9.06%で あり,8.7% を超え た場合 陽性と 判定 した。
m結 果
1. バセ ド ウ 病 発 症 時に お け るTRAb活 性 と甲 状 腺 機 能
小 児 期 バセ ド ウ 病患 児の 未治療 時血清 のTRAb活 性は, それぞ れTSAb 50例中50例(100% ),
TBII 51例 中49例(96.1% ) で 陽 性で あ っ た。TSAb,TBII活 性を 未治療 時の同 一血清 で測定 し
た46例 では, 両者にr ‑0.342と有 意(pくO.05)ナょ 正の相 関を 認めた 。この46例中20例は今回 の 観察 期 間内 に治 療を中 止した 。この20例を その予 後によ り「 寛解群 」13例, 「再 発群」7例 に 分 け , そ の 未 治 療 時 のTRAb活 性 と 甲 状 腺 機 能 を 比 較 検 討 した 。 寛 解 群 でthyroxine(T4) 値が有 意に 低値で あった が,TRAb活性に は有意 差が みられ なかっ た。
2. 治療 中のTRAbの 変動
TBII値を 未 治 療 時 から 経 時 的 に 測定 し た23例で , 甲 状 腺 機能 正 常 化 か らTBII値正常 化ま で の 期間 と その 予後 を検討 した。 寛解群 は比 較的早 期に正 常化し たが, 再発 群には6力 月以内 の正 常 化者 は な く ,T3抑 制 試 験 陰性 群 あ る い は抑 制 試 験 未施 行群 は正常 化が2年以 上かか るもの が 多く見 られ た。
3. 治療 中止基 準とTRAb
T3抑 制 試験 を99例 の患 児 に 施 行 し, 治 療 中 止 基 準に より66例(66.7%) の治療 を中止 した 。 TSAb.TBIIい ず れ かが 陽 性 で あ ると52例 中22例(42.3% ) が 抑制 試 験 陰 性 ,両活 性共に 陰性 である と24例 中18冽(75.O% )が抑 制試験 陽性 であっ た。
4. 寛解 ・再発 とTRAb
治療 を中止 したの べ66ij中寛 解群は28例(42.4%),再発群は27例(40. 9%),治療中止1年以 降 の 再 発 群は8例 , 予 後不 明3例 で あっ た 。T3抑制 試 験 時 に ,TSAb. TBIIい ず れ か が 陽性 で あ る と28例 中12例(42.9% ) が 再 発し た 。TBII陰 性 で21例 中13例(61.9% ) が 寛 解 ,TSAb陰 性 で20例 中15例(75.0% ) が 寛 解, 両 活 性 陰 性で あ る と11例 中8例(72.7%) が寛解 してい た。
治 療 中 止 時 のTRAb値 はTSAb.TBII共 に 寛 解 群 で 低 値 で あ っ た が , い ず れ も 有 意 差 は認 め なかっ た。
IV要 約
小 児 期 バ セ ド ウ病128例 の未治 療時 甲状腺 機能及 び抗甲 状腺剤 治療 中の臨 床経過 と,TSH受容 体 抗 体活 性 に っ い てそ の 関 連 を 検討 し , 次 の 結 論を 得 た 。
1. 未 治 療 時血 清 のTSAbは50例中50例 (100% ) ,TBIIは51例 中49例 (96.1% )で陽 性であ り , 小 児 期 バ セ ド ウ 病 の 発 症 にTRAbが 関 与 し て い る こ と が 明 ら か と な っ た 。 2. 抗 甲 状 腺剤 治 療 で 甲 状 腺機 能 が 正 常 化し た 後 ,6力月 以 内 にTBIIが 陰性化 した症 例は寛 解 す る症 例 が 多 く ,24力月 以上陰 性化 しない 症例は 薬物治 療で 寛解さ せるの は困難 であっ た。
3. T3試験 陽 性 を 治 療中 止 の 基 準 とす る と ,TRAb陽 性 者52例 中30例 ,陰性 者24例中18例が こ の 基準 に 達 し て いた 。
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4,この検討期間中に中止の基準に達した66例の予後は,寛解28{fi],再発27例,1年以降の再 発8例,予後不明3例で,寛解率42.4%であった。
5.T 1抑制試験,TRAb活性と寛解の関係を検討すると,抑制試験陽性でTBII陰性の61.9
%,TRAb陰性の75.0% ,両者陰性の72.7%が寛解 し,寛解予知の単独の指標としてはTSAb が優れていた。成人のバセドウ病治療・管理の指標として利用されるTSAb測定は小児期バセ ド ウ 病 の 治 療 中 止 ・ 寛 解 予 知 の 指 標 と し て も 有 用 て あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。
学位論文審査の要旨
バセドウ病は眼球突出,頻脈,甲状腺腫を三主徴とし,甲状腺機能亢進症状を呈する疾患であ る。その病因として,近年,甲状腺濾胞細胞膜上の甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体に対す る自己抗体,すなわちTSH受 容体抗体(TRAb)が考えられ ている。現在臨床応用されている TRAb測定 法は ,培 養 甲状 腺細胞のcAMP産 生を指標とする甲状腺刺激抗 体(TSAb)活性測 定法と,標識TSHと受容体の 結合阻害作用を指標とするTSH結合阻害性抗体(TBII)活性測 定法に大別される。成人領域のバセドウ病では,TRAb測定を治療中止,再発予測の指標とす るなど臨床応用が進められているが,小児期バセドウ病ではTRAb測定法の感度が十分ではな かったことから,多数例での検討は行われてこなかった。原田氏の今回の研究は,ラット培養甲 状腺細胞(FRTLー5細胞)を用いての鋭敏 なTSAb測定法の確立と,それ を応用して小児の バセドウ病128例を対象に各病期におけるTRAbの推移と病態との関係を検討したものである。
TSAb活性は ,患者血清の粗グ口プリン分 画をFRTL―5細胞に作用させ ,反応液中に放出 されるcAMP量 から測定された。ウシTSHを 標準物質として検討した際の 再現性も極めて良 好で あっ た。 健常 成 人30例のTSAbは 平均 十2SDがO.1lLU/ml(ウシTSH当量)未満であ り,0, lUU/ml(ウシTSH当量)以上を陽性と判定した。また,123名の正常新生児で測定し たTBII値の平均十2SD以上の ものを陽性と判定した。小児期バセドウ病の未治療時血清で測 定すると,TSAbは50例中50例(100%),TBIIは51例中49例(96.1%)で陽性であり,その感
三
從 彦
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査 査
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度は十分と考えられる。
次に,抗甲状腺剤による治療を中止した20例を,その予後により「寛解群」13例,「再発群」
7例に分 け,それぞれの未治療時のTRAb値と甲状腺機能を比較し たが,T4値が寛解群で低 値であった以外有意差は認められなかった。治療中のTBIIと予後の関係では,甲状腺機能正常 化後6力月以内にTBIIが陰性化した症例は寛解し,24力月以上陰性化の見られない症例は,治 療中止が 不可能であった。T3抑制試 験のTRAb陽性者52例中30例, 陰性者24例中18例が抑制 試験陽性であり,TRAbを損lJ定しなかった症例も含め66例で,抑制試験陽性を基準として治療 を中止した。その中で,寛解28例,再発27例,治療中止1年以降の再発8例,予後不明3例,寛 解群42.4%であった。抑制試験時のTBII陰性の61.9%,TSAb陰性の75.O%,両者陰性の72.7
% に 寛 解 を 認 め , 寛 解 予 知 単 独 の 指 標 と し て はTSAbが 最 も 優 れ て い た 。 以上のように原田氏の研究によって,成人バセドウ病と同様に,小児のそれに於いてもその発 症にTRAbが関与していること,TRAbの変動によって抗甲状腺剤治 療の効果が予測できるこ と,治療 中止の基準としてTRAb陰性化が指標として最も妥当と考えられることが,多数例の 検討で今回明らかにされた。このことは小児バゼドウ病の治療上極めて有用性の高い結果を供す るものであり,学位授与を値する成果と判断された。
副査の古舘教授からは,T3抑制試験は抗甲状腺剤服用下に行われるのか,24時間12°I甲状腺 摂取率との比較はどうか,等の質問があり,又,小林(邦)教授からfまラット甲状腺培養細胞を 用いるこ との適否,TBIIとTSAb活性で解離がみられることの理由,バセドウ病治療にステ口 イド剤が適切であるか等の質問があったが,いづれに関しても正当な答えがなされたものと考え られた。
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