NII-Electronic Library Service
《
研
究
ノ ート
》
道
覚
法
親
王
雑
考
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
中
西
随
功
は じ め に 現 今 、 証 空 の 浄 土教
の 教 学 的特
質
に つ い て 種 々 な 研 究 が さ れ て い る 。 そ こ で 、 今 後 は 証 空浄
土 教 を 中世
社
会 の 中 に 位置
づ け る 作業
を す す め ね ば な ら な い だ ろ う 。 そ の た め に 、 証 空 と 仏 縁 を 結 ば れ た 僧 俗 に 注 目 す る 必 要 が あ る 。 こ の 様 な 視 点 か ら 以前
に 慈 円 ・ 政春
・ 願 蓮 と の 関 わ り に つ い て 愚 考 を 提 し た こ と が あ る 。 小 稿 で は 道 覚 法 親 王 の行
実 と信
仰
を 中 心 と し て 窺 っ て み た い 。 一61
一 一 先 ず 、 道覚
の 略 系譜
に つ い て 図 示 す る と 次 の 様 に な る 。 後 鳥 羽 天 皇 は建
久 元 年 ( 一 一 九 〇 ) 正 月 三 日 に十
一歳
で 元 服 を す る 。 す る と 、 が 女 、 任 ヱ ・ を 宜 秋 門 院 と し て 入 内 さ せ て 九 条 家 の 権 勢 の 確 保 を は か っ て い る 。 道 覚 法 親 王 雑 考 そ の 八 日 後 の十
一 日 に は 九 条 兼 実西 山 学 報
源
轟
r
−一一一一H
猶 子 証 空 養 女 承 明 門院
在 子喉
聯
串
東
一条
院
立 子 九 条道
家藻
壁
門院
鱒 子一
慈 源 頼 経!
頼
嗣 一方
、 源 通 親 は ほ ぼ 同時
期 に 妻 高 倉範
子 の 先 夫 、法
勝 寺 執 行 能 円 の 子 供 を養
女 と し て 入 内 さ せ て い る 。 つ ま り 、 そ れ が 承 明 門院
在
子 で あ る 。 こ の 様 な 状 態 の中
で 、 九 条 兼 実 に と っ て は 不 運 で あ り、 源 通 親 に と っ て は幸
運 な こ と が 起 る 。 そ れ は 、 宜 秋 門 院 任 子 が 建 久 六年
( 一 一 九 五 ) 八 月 に 皇 女 春 華 門 院 昇 子 を 生 ん だ の に 対 し て 、 承 明 門 院 在 子 は 同 年 十 一 月 に 第 一 皇 子 為 仁 、 い わ ゆ る 後 の 土 御門
天 皇 を 生 ん だ こ と で あ る 。 更 に 、 翌年
の建
久 七 年 (=
九 六 ) 十 一 月 に は 源 通 親 の 策 謀 に よ り 九 条 兼 実 は失
脚 し て い る 。 尚 、 そ の 時 に 宜 秋 門 院 任 子 も 内 裏 を 出 て 八 条 院 に 退 い て い る 。 そ し て 、 建 仁 元年
( 一 二 〇 一 ) に は 法 然 に よ り 出 家 し て い る が 、 九条
兼 実 の 反 対 で 剃髪
は し な か っ た 様 で あ る 。 こ の 様 な 九 条 家 と 源家
と の 勢 力 抗 争 の 中 で 、 後 鳥 羽 天 皇 は 遂 に 建 久 九年
( 一 一 九 八 ) 正 月 十 一 日 に 若 干 四 歳 の 土 御 門 天 皇 に譲
位 し て い る 。 つ ま り 、 そ の 時 に 後 鳥 羽 天 皇 は 十 九 歳 の若
さ で 上 皇 と な っ て い る 。 慈 円 は 一 62 一NII-Electronic Library Service 『 愚
管
抄 』 で そ の 間 の 事 情 に つ い て 源 通 親 の 策 謀 と し て 強 調 し て 述 べ て い る 。 と も か く 、 源 通 親 の施
策
は 幕 府権
力 を 押 へ よ う と す る後
鳥
羽 上 皇 院 政 の 基 礎 を 確 立 す る も の で あ る 。 だ が 、 鎌 倉 幕 府 は 元暦
二 年 ( 一 一 八 五 ) 三 月 に 壇 浦 で の 平 家 滅 亡 に よ り 勢 力 を 得 て 、 同 年 十 一 月 に は 全 国 に 守 護 地 頭 を し い て い る 。 そ し て 、 周 知 の 如 く 建 久 三 年 (=
九
二 ) 七 月 に は 源 頼 朝 が 征 夷大
将
軍
と な っ て い る 。 更 に 、 源頼
朝 の 滅後
、 北 条 義 時 が 政 権 を 握 る や 、 承久
元 年 ( 一 二 一 九 ) に 陰 謀 に よ っ て 源 実 朝 を暗
殺
し て 幕 府 権 力 を 確 固 た る も の と し て い る 。 そ の 様 な中
に 、 後 鳥 羽 上 皇 は 寵 姫 、伊
賀
局 亀 菊 の 所 領 、 摂津
国 長 江 ・ 倉 橋 の 両 庄 の 地 頭 を 改 補 す る こ と を要
求 し た が 、 北 条 義時
は 源 頼 朝 の 任 命 し た 地 頭 職 は 容 易 に 改 変 し が た い も の で あ る と し て 、 そ の 申 出 を 拒 否 し た 。 そ の こ と を 契 機 と し て 公 家 . 武 家 の 対 立 が 表 面 化 し て 承久
の 乱 と な っ て い る 。結
局 、 上 皇 側 が 敗 北 し て 承久
三 年 ( 一 二 二 一 ) 七 月 八 日 に 上 皇 は 実 子仁
和 寺 御 室 の 道 助 法 親 王 を 戒 師 と し て 出 家 し て 配 所 隠岐
に お も む い て い る 。 そ の後
十
九
年 間 の 遠島
隠岐
で の 生 活 の後
、 延 応 元年
( 一 二 三 九 ) 二 月 二 十 二 日 に 六十
歳 で 生 涯 を 閉 じ て い る 。後
鳥 羽 上 皇 は 諸 芸 に 長 じ て い た こ と は 知 ら れ て い る 。 な か で も 和 歌 に 対 し て特
に 熱 心 で あ り、 四十
年 間 近 く の 作 歌 を続
け 二 三 六 四首
が 数 え ら れ る 。特
に 、 和 歌 所 を 設 け て 『 新 古今
集 』 を 撰 せ し め て い る こ と も 知 ら れ て い る 。 『 源 家 長 日 記 』 一 巻 は建
久 七 年 ( 一 一 九 六 ) か ら 承 元 元 年 ( 一 二 〇 七 ) ま で の 前後
十 二 年 間 に 亘 っ て 、 後 鳥 羽 上 皇 の 和歌
と 因 縁 の 深 い 生 活 を 詳 細 に 記 録 し た 回 想 録 で あ る 。 こ の 『 源 家 長 日 記 』 に は 建仁
こ と し は 和歌
所 と て は じ め お か る 二 条 殿 の広
御 所 つ く り あ ら た む 二 間 お ち い た じ き に な し て 殿 上 人 の 座 と す ひ ら 板 敷 を し き て 地 下 の 座 と す よ り う ど 〜 て さ だ め お か る 摂政
左 大 臣 内 大臣
通有 家 朝
臣
通 具 朝 臣
家 隆
定 家 朝 臣 具 親
雅 経 沙 弥 寂 蓮
沙 弥 釈 阿 か い か う に な り て は じ め て 参 り し 日 そ う し 侍 し
歌
道 覚 法 親 王 雑 考 一 63 一 N工 工一Eleotronlo Llbrary西 山 学 報 藻 汐
草
か く と も 尽 し 君 が 代 の 数 に読
置
和 歌 の 浦 浪 と あ る 。 い わ ゆ る 、 建仁
元 年 ( = 一 〇 一 ) 七 月 二 十 七 日 に 上 皇 は 二条
殿 に 和歌
所 を 置 い て い る 。 当時
の 一流
歌 人 で あ る 源 通 親 ・ 源 通 具 ・ 僧 慈 円 ・藤
原 俊 成 ・ 藤 原 有 家 ・ 藤 原 定 家 ・ 藤 原 家 隆 ・ 藤 原 雅 経 ・ 源 具 親 ・ 沙 弥 寂 蓮 が 寄 人 と な り 撰 集 を 担 当 し て 、 源 家 長 が 開闔
と な っ て 雑 務 を 処 理 し た よ う で あ る 。 二 道覚
は 時 代 の 大 き な 変 革 期 で あ る 元 久 元 年 ( 一 二 〇 四 ) 七 月 に こ の 世 に 生 を 受 け て い る 。 同 年 十 月十
九 日 の 『 明 月 記 』 の 記 事 に よ る と 、 天 晴、 上皇
御謬
、 伝 聞 、 女 房襞
謖
於 実 快 房 逝 去 、嬲
鏨
躙 と あ り 、 生後
三 カ 月 に し て 母 尾 張 局 は 逝 去 し て い る 。 こ の 尾 張局
に つ い て は そ れ 程 に 史料
上 に 確 か め ら れ な い が 、 後 鳥 羽 上 皇 の 寵 愛 の 女 房 で あ っ た こ と が 知 ら れ る 。次
の 様 に 、 『 源家
長 日 記 』 に は 尾 張 局 の 逝 去 に 悲 歎 し て い た 後 鳥 羽 上皇
は 慈 円 と の 間 で 和 歌 の 贈 答 を行
っ た こ と が 記 さ れ て い る 。 其 比 前大
僧
正 の 御 も と に 奉 ら れ し 歌 侍 き 何 と なく
慰 む や と て き た れ と も 時 雨 そ 増 る 冬 山 里 大 空 に 覆 ふ計
の 袖 な れ や 湿 れ は 月 の ぬ る 丶 貌 な る こ れ は よ な さ そ 習 ひ そ と 思 へ 共 歎 く 心 そ結
ほ 》 れ管
歎 か し と 思 ひ 取 に し 心 に も 変 ら す な が ら 湿 る 袖 哉 一64
一NII-Electronic Library Service 忘 な ん 中 に 今 は と 思 ひ 乍 過 る 月 日 の 恨 め し の よ や せ き 返 し 志 ら す 貌 に て 過 る み を 情 無 と や 入 の 言 覧 い つ 迄 か
時
雨 る 山 の 峰 の 空袖
よ り 外 に 打 な か め け ん 大 空 を 恨 て も よ の か ひ な き に い か に かす
へ き 有 明 月 袖 上 に ぬ る れ は 月 の 宿 る か と 塩 汲 浦 の蜑
に 問 は や 何 と 又 忘 れ て 過 る 袖 の 上 に ぬ れ て 時 雨 の驚
か す 覧 御 返 事 と に角
に 慰 ま て し も 如 何 せ ん 空 し き 空 の冬
の山
里 終 に 猶 嬉 し さ 包 め ぬ る 丶袖
覆 は ん 空 の 月 も亮
け く結
ほ る 丶 君 か 心 の 解 計 り さ そ な 習 を 爰 に て そ し る 思 は し と 思 ふ 思 ひ は そ れ な か ら ぬ る 覧 袖 に 我 如 何 せ ん 是 迄 も 恋 る 我 身 を 憑 ま な ん 君 は 忘 れ よ我
は 忘 れ し 情 な し と み る 人 も 非 し み な せ 川 せ 」 に 洩 行 袖 の 気 色 を君
が 袖 今 も 湿 へ き 時 雨 か は と 思 ふ か ら に 晴 ぬ大
空亮
け し な 恨 み は つ へ き 空 な ら は 曇 こ そ せ め 有 明 月 乾 か な ん 時 雨 に 湿 る 夜 半 の 月 塩 汲 海 士 の 袖 に 譲 て 驚 か す 袖 の 時 雨 の 夢 の よ を 覚 る 心 に 思 ひ あ は せ よ 翌 年 の 元久
二年
( 一 二 〇 五 )十
月 二 十 七 日 に 水 無瀬
に 創 建 さ れ た 御 堂 の 供 養 が 行 わ れ た 。 道 覚 法 親 王 雑 考 そ の 翌 日 の 二 十 八 日 に 一65
一 N工 工一Eleotronlo Llbrary西 山 学 報 後 鳥 羽 上 皇 が 慈 円 に 対 し て 贈 ら れ た も の が 同 じ く 『 源 家 長 日 記 』 に で る 。 木 の 葉 ち る 奥 山 里 に す ま ゐ し て 心 に 物 を 思 ふ 比
哉
御 か へ し 是 も さ そ 慰 め 兼 し 此 春 は 今 さ ら し な の 月 や 澄 け ん こ れ な ら ず か た ハ 丶 の よ す が に つ け て い ひ か よ は す 歌 ど も お ほ く 聞 え 侍 し か ど 聞 を よ は ず と し も よ の な げ き な れ ば こ と し は花
も て は や す 人 も お さく
な し か す み に く ら さ れ て 心 あ る 程 の 入 の こ れ を な け る ( 此 間 脱 簡 多 シ ト 見 ユ ) さ り と も と待
社 と は る よ 也 け れ 悟 る 門 出 の春
の 曙 ( 残 歌 見 エ ズ ) 何 事 を 思 食 出 た る に か と 思 侍 し に 此 は か な か り し 御 こ と を お ぼ し め し 出 た り け る な 其 夜 お ほ せ ら れ し事
の あ は れ に 忘 が た く侍
か や う の 別 の 道 は さ ま こ と に う ち ふ し 涙 せ き あ へ ず さ ま を し き 迄 な げ く は 皆 人 の な ら ひ 也 さ や う に 思 へ ど も程
ふ れ ば 忘 れ も て 行 を そ れ も 皆世
の な ら ひ 也 こ れ は い か に もく
こ と に ふ れ て は と 心 に か Σ り て 更 に こ そ お も か げ は る 〜時
も な け れ さ る は 〜 か な き 御 念 珠 の 度 毎 に お ぼ し 出 御 恵 の 深 さ は こ の よ し も な か り け る に 申 て もく
か た じ け な く 侍 る わ ざ 也 こ の 御 堂 く や う の 日 前 大 僧 正 御 房 の 御 も と へ つ か は さ れ た る 御 歌 也 ( 本 又 脱 簡 〉 詠 ら ん 同 し空
よ り 時 雨 来 て 山 里 な ら ぬ 袖 も ぬ れ鳧
( 本 此 間 又 脱 簡 有 ト 見 ユ ) 心 あ れ や 形 見 由 な き 雲 の 跡 は か な き 色 を 払 ふ 嵐 は 一66
一NII-Electronic Library Service 山 颪 の 空 に 成 ぬ る 心 哉 こ は い か に せ ん よ そ の
浅
茅
に 風 も い な き み か 山 蔭 茂 れ と も素
よ り な き は 歎 也鳧
み な せ 川 と き 流 す覧
法
の 水 山 の 聖 の さ と り 也 け り 思 ひ 出 る 折 焚 柴 と 聞 か ら に た く ひ し ら れ ぬ 夕 烟 哉 こ れ は恰
も 尾 張 局 の 一 周 忌 に 相 当 し て い て 、 後 鳥 羽 上 皇 は こ の 日 ま た 涙 を あ ら た に さ れ た 様 で あ る 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe つ ま り 、 こ の 頃 か ら 上 皇 は 道
覚
を 和 歌 の 世 界 で 親交
の 深 い 慈 円 の 許 に 入 室 さ せ る 意 向 で あ っ た と も 考 え ら れ る 。 そ し て 、遂
に 承 元 二 年 ( 一 二 〇 八 ) 十 月 十 四 日 に 五 歳 で 慈 円 の も と に 入 室 し て い る 。 道 覚 の 略 年 譜 は 次 の 様 に な る 。 《 道 覚 の 略 年 譜 等 》 ○ 内 の 数 字 は 年 齢 元 久 元 年 承 元 二 年 建 暦 三 年 建 保 四 年 建 保 六 年 承 久 元 年 承 久 三 年 ( 一 二 〇 四 ) ( 一 二 〇 八 ) 同 ( = 一 = 二 ) ( 一 二 一 六 ) 同 ( 一 二 一 八 ) ( 一 二 一 九 V ( 一 二 二 一 ) 道 覚 法 親 王 雑 考 七 誕 生 く 『 門 葉 記 』V
一 〇 ・ 一 九 母、 尾 張 局 寂 す 。 〈 『 明 月 記 』V
八 ・ 二 〇 叙 親 王 〈 『 門 葉 記 』 〉 ( 『 百 練 抄 』 に は 一 〇 ・ 七 ) 一 〇 ・ 一 四 慈 鎮 ( 慈 円 ) の 室 に 入 る 。 〈 『 門 葉 記 』 〉 二 慈 円 所 領 の 寺 院 ・ 領 所 ・ 房 舎 ・ 聖 教 等 を 譲 進 さ れ る 。 そ の 中 に 西 山 往 生 院 な ら び に 持 仏 堂 常 燈 領 あ り 。 〈 『 華 頂 要 略 』V
( 証 空 、 慈 円 の 譲 り を 受 け て 西 山 往 生 院 に 入 る 。 ) 一 _」 亠 一 ノ 丶 ノ丶 ■ ■ o 二 七 〇 南 山 坊 に て 出 家 、 同 日 受 戒 く 『 門 葉 記 』V
一 身 阿 闍 梨 に 補 す 。 〈 『 〃 』V
最 勝 四 天 王 院 に て 慈 円 よ り 潅 頂 を 受 く 。 〈 『 門 葉 記 』 〉 無 動 寺 に 千 日 入 堂 を 始 む 。 〈 『 門 葉 記 』 〉 ( 承 久 の 乱 ) 一67
一西
山 学 報 承 応 元 年 ( 一 二 二 二 ) 頃 嘉 禄 元 年 ( 一 二 二 五 ) ( 五 ・ 二 三 嘉 禎 元 年 延 応 元 年 仁 治 三 年 仁 治 四 年 寛 元 四 年 宝 治 元 年 同 ( = 一 三 五 ) ( 一 二 三 九 ) ( = 一 四 二 ) ( 一 二 四 三 ) 同 ( 一 二 四 六 ) 同 ( 一 二 四 七 ) 同 宝 治 二 ( 一 二 四 八) 同 建 長 元 年 ( = 一 四 九 )
閏
五 二 正 二 〇 三 正 一 八 七 三 九 正 二 九 二 〇 九 ロ ロ ロ ■ ロ サ ロ の ロ ー ニ ー 晦 二 ニ ー ニ ー 二 二 春 一 二 二 二 五 三 七 日 一 二 七 六 二 八 五 四 五 一 八 二 〇 五 禁 中 に て 薬 師 法 を 修 す 。 禁 中 に て 熾 盛 光 法 を 修 す 。 青 蓮 院 門 主 と な る 。 無 動 寺 三 昧 院 検 校 職 仙 洞 に て 薬 師 法 を 修 す 。 懴 法 院 に て 五 種 行 を 修 す 。 後 鳥 羽 院 の た め に 無 動 寺 大 乗 院 に て 不 動 法 を 修 す 。 〈 『 門 葉 記 』 〉 ( 証 空 、 不 断 念 仏 始 行 ) 西 山 善 峰 に 籠 居 す る 。 〈 『 門 葉 記 』
V
慈 円 よ り 日 吉 新 御 塔 及 び 近 江 細 江 荘 を 譲 進 し 、 そ の 所 帯 の 門 跡 を 良 快 の 後 に 継 承 せ ら る べ き を 定 む 。 〈 『 華 頂 要 略 』V
( 慈 円 寂 す 。 証 空 、 臨 終 善 知 識 ) ( 証 空、 九 条 道 家 の 請 に 赴 く ) ( 後 鳥 羽 上 皇 、 崩 御 ) ( 証 空 、 九 条 道 家 に 受 戒 ) 一 二 ・ 一 七 ( 良 快 寂 す ) 大 山 崎 大 念 寺 阿 弥 陀 仏 像 胎 内 蔵 木 製 阿 弥 陀 種 子 月 輪 牒 水 無 瀬 蓮 華 寿 院 を 善 峰 に 移 し、 そ の 東 に 青 龍 房 を 構 え る く 『 華 頂 要 略 』V
蓮 華 寿 院 の 堂 舎 ・ 聖 教 ・ 本 尊 ・ 道 具 ・ 資 財 等 を 最 守 に 付 属 く 『 華 頂 要 略 』V
( 道 家 、 西 山 に 隠 棲 ) 天 台 座 主 に つ く 。 〈 『 門 葉 記 』V
護 持 僧 く 『 〃 』V
牛 車 宣 下 〈 『 〃 』 〉 ( 証 空 寂 す ) 吉 水 本 坊 に て 除 目 御 修 法 を 修 す 。 〈 『 門 葉 記 』V
〈 『 〃 』 〉 < < < < < 『 『 『 『 r 11 〃 〃 〃 〃 』 』 』 』 』VV
> >V
一68
一NII-Electronic Library Service 六 ・ 九 九 ・ 六 九 ・ 七 建 長 二 年 ( = 一 五 〇 ) 正 ・ 五 正 ・
=
道覚
は建
暦 三年
( 一 二 = 二 ) 「 「 慈鎮
所 領 譲 状 案 」譲
進 門 跡 相 伝 房 領 等 事 (
中
略 ) 西 山 往 生 院 観 性 法 橋 旧 跡 也 、 白 川 本 坊 に て 北 斗 法 を 修 す 。 〈 『 〃 』 〉 天 台 座 主 を 辞 す 。 〈 『 〃 』
V
護 持 僧 を 辞 す 。 〈 『 〃 』 〉 日 吉 新 御 塔、 細 江 庄 を 最 守 に 付 属 す 。 〈 『 華 頂 要 略 』 〉 三 条 坊 に て 入 滅 く 『 門 葉 記 』V
十 歳 の時
に 慈 円 か ら 寺 院 ・ 領 所 ・ 房 舎 ・ 聖 教 等 を 譲 進 さ れ て い る 。 に は次
の 様 に 記 し て い る 。 『 華 頂 要 略 』 の 持 仏 堂 常 燈 領籍
縷
励轜
葺
(中
略 ) 右 、 已 上 寺
院
・ 領 所 ・房
舎
・ 聖 教、併
譲
進 朝 仁親
王 巳 訖 、其
中
少 く 領 家 職 之間
、 有 遺 言 旨 、 無 指 過 怠 者 、 不 可 有 相 違 歟 、 雖 存 日 之 間 、於
今 者 一 向 御成
人 之 間 、 仰 含 御 門 人 等 、 可 有 御 沙 汰 也 、 如 此 大 小 巨細
、 世 間 出 世 可 仰 合 人 く 、 (中
略 )
建
暦 三 年 二月
日
前
大 僧 正 判 道 覚 法 親 王 雑 考 一69
一 N工 工一Eleotronlo Llbrary西 山 学 報 こ れ に よ る と 、 西 山 往 生 院 な ら び に 持 仏 堂 常 燈 領 が
含
ま れ て い る こ と に 注 目 さ れ る 。 と こ ろ が 、 実 際 に は こ の 年 に 証 空 が 慈 円 か ら こ の 西山
往 生 院 を 譲 り受
け て い る の で あ る 。 そ の 間 の 経 緯 に つ い て の 記 録 は な い が 、 こ の 道 覚 へ の 譲 状 は後
鳥 羽 上 皇 の 差 配 か と も 考 え ら れ る 。 建 保 四 年 ( 一 二=
ハ )六
月
二 十 日 に は 無 動 寺 南 山 坊 に て 出 家 し て 即 日 に 受戒
し て い る 。 承 久 三 年 ( 一 二 二 一 ) に は 承久
の 乱 に 際 し て後
鳥
羽 上 皇 の た め に 無 動 寺 大 乗 院 に お い て 不 動 法 を 修 し て い る 。 こ の 不 動法
は 不 動 明 王 を本
尊 と し て 延 寿 ・ 除 病 の た め の修
法
で あ り 、 諸 尊 の な か 最 も 頻 繁 に 行 ぜ ら れ て い る 。 後 鳥 羽 上 皇 は 承 久 の 乱 後 に 配 所 隠 岐 に お も む き 、 次 の 『 無 常 講式
』 を あ ら わ し て い る 。 ミ ナ 次第
無 ク 、 法 則 無 ク 、 ロ ハ 無 常 ヲ 念 ジ 、 弥陀
ノ 名 ヲ 唱 ヘ ヨ 、 日時
無
ク 、 道 場 無 ク 、 閑 居 ノ 暁 ノ 天 、 旅 宿 ノ 草 ノ 枕 。 五 道 六 道 ノ苦
ヲ 厭 イ テ 、 欣 フ ベ キ ハ安
養 ノ 浄 刹、 前 仏 後 仏 ノ間
二 生 レ テ 、 憑 ム ベ キ ハ 弥 陀 ノ 悲 願 ナ リ 。( 巾 略 ) 東
黛
ノ煖
ト 登 ラ ザ ル ノ 先 二 急 イ デ 急 グ ベ キ ハ 念 仏 ノ 功 、 北 惹 ノ 露 ト消
ヘ ザ ル ノ 先 二 勤 メ テ 勤 ム ベ キ ハ 往 生 ノ 行 ナ リ 。 世 ハ 皆 牢 固 ナ ラ ズ 、 水 沫 泡 焔 ノ 如 シ 。 汝 等 コ ト ゴ ト ク マ サ ニ 疾 ク 厭 離 ノ 心 ヲ 生 ズ ベ シ 。 南 無 阿 弥 陀 仏 。 (中
略 ) 契 リ テ モ 尚 契 ル ベ キ ハ 菩 薩 聖 衆 ノ 友 、 憑 ミ テ モ 尚 憑 ム ベ キ ハ 弥 陀 本 誓 ノ助
ケ ナ リ 。 凡 夫 ノ 友 ハ 一期
程 で ノ ア タ ナ リ 。 未 ダ ⊥ ハ 道 ノ 旅 ニ ハ 伴 ナ ハ ズ 。今
生 亦 富 貴 ノ 間 ナ リ 。 貧賤
ノ 時 、 誰 力 随 ガ ハ ン 。 今 面 リ 乱 世 ヲ 見 ル ニ 実 二仏
ヨ リ 外 二 誰 ヲ カ 憑 ム ベ キ 。 ユ ウ へ ( 中 略 ) 生 死 ノ 無 常 ヲ 悲 シ ミ 九 品 ノ 迎 ヘ ヲ 欣 フ テ 弥陀
ノ 名 号 ヲ 唱 ヘ ヨ 。 天 帝 二十
五 億 ノ 人 天 女 五 衰 ノ タ ニ ハ皆
ヒ ト リ 捨 テ去
ン ヌ 。 転 輪 聖 王 ノ 八 万 四 千 ノ 後 宮 、 一 期 ノ 終 リ ニ 一 モ 従 ハ ズ 。 仰 ギ 願 バ ク ハ 観 音 勢 至 二 十 五菩
薩 ・ 普 賢 ユ ウ ヘ カ テ ナ 。 文 殊 四 十 一 地 賢 聖 、 臨 命 終 ノ タ ニ 蓮 台 ヲ 捧 ゲ 来 タ リ 草 庵 一 期 ノ 生 ノ 後 浄 土 二 導 ビ キ テ 玉 ノ 台 二 移 シ タ マ へ 。 ネ ス ヵ タ 此 ノ 身 ハ 万 劫 煩悩
ノ根
タ リ 。 厭 イ テ 金 剛 不 壊 ノ 質 ト ナ ス ベ シ 。妻
子 珍 宝 及 ビ 王 位 、 臨 命 終 時 ニ ハ 随 ハ ザ ル モ ノ 一 70 一NII-Electronic Library Service ナ リ キ 。 唯 、 戒 ト 及 ビ 施 ト 放 逸 セ ザ ル ト 今
世
後 世 二伴
侶 ト ナ ル 。 此 ノ 諸 ノ 功 徳 ニ ヨ リ テ 願 バ ク バ 命 終 時 二 於 テ ナ ハ 無 量 寿 仏 ノ 無 辺 功 徳 ノ身
ヲ 見 タ テ マ ッ ラ ム 。 我 及 ビ 余 ノ 信 ズ ル 者 既 二 彼 ノ 仏 ヲ 見 タ テ マ ツ リ 已 テ 願 バ ク ハ 離 垢 ノ 眼 ヲ 得 テ 安 楽 国 二 往 生 セ ン o 南 無 阿 弥 陀 仏 無 常 試隠
岐 法 皇 御 筆 ( 四 条 ) ( 仁 治 三 年 ) 正 月 九 日帝 王
崩
御 、 同 月 二 十 日 多 分 、 こ の 心 持 ち を 道 覚 と て も 感 じ な い こ と は な か っ た で あ ろ う 。 一 面、 流罪
に 替 る も の と し て の 意 味 を も 含 ん で 、 直 ち に 西 山 善 峰 寺 に 籠 居 す る こ と に な る の で あ る 。 嘉 禄 元 年 ( 一 二 二 五 ) 五 月 二 十 三 日 の 「 慈 円 書 状 案 」 に は 次 の 様 に あ る 。 慈 鎮 和 尚 重 被 進 西 山 宮 状 案師
跡
事 ( 道 覚 )今
道親
王 一 向 可 伝給
之 由、 久 令 記畢
、 而 天 下 大 乱 不 足 言 之 間、 於 今 者 不 可 然 之 由 、 関 東 令 計 申 、 凡 者 又 尤 可 令 ( 近 江 坂 田 郡 ) 見 沙 汰 申 云 く 、 其 上 御 籠 居 之 儀 也 、 仍 】 向 細 江 庄 所 令 進 也 、 凡 此 後 天 下 善 政 徳 政 争 黙 止 哉、 然者
良 快 僧 正 之 後、猶
道覚
親 王 可 令 伝 治 門 跡 給 也 、 雖 聊 内 外 表 裏無
御咎
、 入 室 写 瓶勿
論 之 上 、 天 性 之 所 受、 御 心操
上 品 、 殊 勝 御 器 ( 藤 原 頼 経 ) 量 也 、 以 此 子 細 、 関 東 将 軍 御 成 人 之 後 、 慈 円 遺 言 如 此 之 由 被 申 、 更 不 可 有 御 抑 留 歟 、 其 後 則 又将
軍 御 兄 弟 令 受継
給
、 不 可 有 相 違者
也、 器 量 ・ 本 意 ・ 正 道 三 箇 之 道 理 至 極 之 聞 、故
所 申 置 也 者 、 此 状 僧 正 御 方 可令
書 取 給 者 也 、 ( 慈 門 ) 嘉 禄 元 年 五 月 廿 三 日前 大 僧 正 在 判 又 、
「
慈
円 譲 状 案 」 に は 次 の 様 に あ る 。 慈 鎮 和 尚 御 契 状 案付
属 道 覚 法 親 王 雑 考 一 71 一 N工 工一Eleotronlo Llbrary
西 山 学 報 ( 近 江 坂 田 郡 ) 日 吉 新
御
塔 付 細 江 庄、 号 平 方 、 右 ・ 件 庄 ・商
鑵
親 王 御 方 所令
進 上 也 ・否
有
他 妨 之 状 如 件 、 御 塔 炎圭
造 営 、響
可 有 御 沙 汰 也 者 、 子 細 ( 良 快 )委
以 別 紙 所令
申 置 也 、 法 性 寺 座 主 御 同 心 、 始 終 不 可 有 異 途 者 也 、 嘉 禄 元年
五 月 廿 三 日 前 大 僧 正 判 こ れ ら は 慈 円 が 臨 終 の 四箇
月前
に 出 さ れ た 伝 領 に つ い て の文
書
で あ る 。 そ の 内 容 に よ る と 、 鳥 羽 上 皇 が美
福 門 院鋸
と し て 建 立 し春
吉麺
響
そ の 領 地 で あ り 青 蓮 院 の 伝 領 し て い た 近 江坂
畢
の 細 江 庄 ( 平方
庄 ) の齧
を 付 し て 、良
快 の 次 に 道覚
に 伝 領 す る 旨 を 記 し て い る 。 更 に ・ 「 道 覚 入覇
王 朝 仁 譲島
に は次
の 様 に あ ・ 。譲
与 堂 舎 聖 教
本
尊 道 具 并 資 財等
事 副渡 蓮 華 寿 院
縁
起 一 通 聖 教 等 目 録 一 通 本 尊 道 具 并資
財 等 目 録 一 通 ( 道 覚 ) ( 後 鳥 羽 ) 右 、 当 伽 藍 蓮 華 寿 院 者 、 為 予 亡 母菩
提 、 先 皇 所建
立 之 仏 閣 也 、因
茲 、 修雙
親 報 恩 事 、 依 旁有
其
便 、 去 寛 元 元 年琵
以 当鯉
移琵
韃
.攀
即 以 伽 藍 後奪
蓮讓
・黛
警
奪
羹
置 之 ・ 為 此 寺瑩
蒹
又 傍伽
藍 東 畔 、 構 = 于 草 庵 、名
之 青 竜房
、 年 来 所 持 本 尊 道 具 并資
財
等 類、 旧 櫞 牲 皆 在 此 、 是 則 為 於 是 雙 報 父 母 恩 卩 刀 幺 小 ( 畢 力 ) 也 、 而 今 其 願 未 遂 、 病 侵 命危
、 付 属 最 守 僧 正 事 、 深 慎 遺 誡 旨 、被
興 立 此 地 仏 法 者 、 専 愚 懐者
歟
、 仍 快 病 心 、 粗 一72
一NII-Electronic Library Service 記 子 細 之 状 如 件 、 寛 元 四
年
正月
廿
五 日道 覚 記
之
在 判 こ の 内 容 か ら窺
え る 様 に 、水
無 瀬 の 蓮 華 寿 院 は後
鳥 羽 上 皇 が 尾 張 局 の 菩 提 を 弔 う た め に建
立 し た も の で あ る 。 道覚
は寛
元 元 年 ( 一 二 四 三 ) に こ の 蓮 華 寿 院 を 善 峰 に 移 し て い る 。 そ し て 、 こ の 後 戸 に 書 庫 と し て 蓮華
蔵 が あ っ た の に加
え て 、 東 側 に青
竜 房 と 名 つ く 草 庵 を 構 え て 本 尊 ・ 道 具 ・資
財 等 を 安 置 し て い た 様 で あ る 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe 四 と に か く 、 道
覚
は 承 久 の 乱 後 、 後 鳥 羽 上 皇 の 生 存 中 は も と よ り 宝 治 元 年 ( 一 二 四 七 ∀ に 慈 源 の 辞 任 の 後 を う け て 、 第 八十
代 天 台 座 主 に つ く ま で の 間 、 西 山 に お け る 籠 居 を 解 か れ る こ と は な か っ た 。 そ の 二十
五 年 間 、 何 ら か に つ け 道 覚 法 親 王 雑 考 阿弥陀如来立像鎌倉時代 大 山崎大念 寺
像高
80 .9糎 一
73
一西 山 学 報 て 証 空 の
浄
土 教 信 仰 に ふ れ ら れ る 機 会 が 多 か っ た か と も 考 え ら れ る 。例
え ば 、 前 の大
山崎
大
念 寺 の 阿 弥陀
如来
像 は 真 如 堂 の 本 尊 を 忠実
に 模 刻 し た も の だ と 伝 え る 。 こ れ は 証 空 の発
願 に よ り 仁 治 四 年 ( 一 二 四 三 ) 二 月 に 西 山 往 生 院 の 念 持 仏 と し て 造 像 さ れ た も の で あ る 。 そ の 胎 内 に は 、 頓 写 さ れ た と こ ろ の浄
土 三部
経 ( 無 量 寿 経 に 仁 治 四 年 二 月 一 日 銘 ) 一 部 ・ 法 華 経 如 来 寿 量 品 一 巻 ・ 観 経 玄 義 分 一 賑 ’ 」 (裏) (表) 胎 内納入 見の うち阿弥陀種子月輪 牒 巻 ・ 梵 網 経 ( 仁 治 四 年 二 月 一 日 銘 ) 一 巻 ・ 戒 文 一 紙 ・ 受 戒 交 名 二 紙 ・ 結 縁 交名
百 六 枚 ・ 慶 長 二 年 修 業 記 一 紙 の 他 に 木 製 漆 箔未
敷 蓮 華 一 枚 と 上 の 木 製 阿 弥 陀 種 子 月 輪 牒 一 枚 が 蔵 め ら れ て い る 。 表 面 に は 、 キ リ ー ク を 書 き、 そ の 裏 面 に は 阿 弥 陀 如 来 の 密 号 で あ る 「 清 浄 金 剛 」 と 書 い て い る 。 月 輪 は 籾 徳 円 満 な る仏
心 を 表 わ し 、 合 蓮 華 は 凡 心 を 表 わ す と さ れ る 。 こ の 月 輪 牒 の 意 味 を 推考
す る に 、 こ れ に 証 空 浄 土 教 の 機 法 一 体 の 具 象 化 さ れ た も の か と も 思 わ れ る 。 一74
一NII-Electronic Library ServiceSerVloe 、 ウ ア や 試 ‘ } “ 写
r
轄 ・ 骨 ・許 し ゴ 〜 百 蠢 道 覚 法 親 王 雑 考 ン ) ヨ シ レ ク (守屋孝蔵 コ 経 匕F
尓 弓 阿 説 佛 そ れ 以 外 に 浄 土 教 信 仰 に か か わ る も の と し て は 上 の 様 に 『 阿 弥 陀 経 」 の 奥書
に 後 鳥 羽h
皇 の 宸 筆 で あ る こ と を 記 し た も の が あ る 。 尚、 周 知 ) 卩 卩 0 舟 メ く 、 証 空 の 『 鎮 勧 用 心 』 は 道 覚 の 懇 請 に よ り 述 へ ら れ た 法 語 て あ る と 伝 え ら れ v’T− L 、 廴 る 。 こ こ て 道 覚 の 記 名 が み ら れ る75
Llbrary N工 工一Eleotronlo西 山 学 報 著 述 ・ 受 了 。 伝
領
し た 書 物 に つ い て 年 代 順 に 列 挙 す る と 次 の様
に な る 。 道 覚 、 記 名 の 著 述 ・ 受 了 ・ 伝 領 の 書 物 建 保 五 年 承 久 二 年 嘉 禄 二 年 嘉 禄 三 年 嘉 禎 元 年 延 応 二 年 仁 治 二 年 寛 元 三 年 宝 治 元 年 建 長 元 年 ( } 二 一 七 ) 同 同 同 ( 一 二 二 〇 ) ( 一 二 二 六 ) ( = 一 二 七 ) ( = 一 三 五 ) ( 一 二 四 〇 ) 同 ( 一 二 四 一 ) ( 一 二 四 五 ) ( 一 二 四 七 ) ( 一 二 四 九 ) 同 @ 三 九 四 二 二 八 正 二 ニ ー 正二
二 二
三
’ 五 五 〇 七 二 一 二 ・ 二 三 六 ・ 一 六 一 〇 ・ 六 『 底 哩 三 昧 耶 法 』 一 帖 を 受 了 〈 青 蓮 院 吉 水 蔵 〉 『 葉 衣 観 世 音 菩 薩 経 』 ( 不 空 訳) 一 帖 を 受 了 〈 吉 水 蔵 〉 『 安 鎮 家 国 法 金 剛 智 秘 伝 』 一 帖 を 受 了 〈 〃 〉 『 吉 祥 天 女 一 百 八 名 経 』 ( 不 空 訳 ) 一 帖 を 受 了 〈 ク 〉 『 蘇 磨 呼 童 子 経 』 「 帖 を 無 動 寺 に て 受 了 〈 〃 〉 『 金 剛 峯 楼 閣 一 切 瑜 伽 瑜 祗 経 修 行 法 』 ( 五 大 院 安 然 真 如 金 剛 述 ) 『 愛 染 王 』 一 巻 を 善 峰 ( 西 山 ) 往 生 院 に て 書 写 く 『 胎 蔵 八 字 頓 証 行 法 口 伝 』 一 軸 を 著 述 く 『 護 摩 壇 集 』 一 冊 を 善 峰 に て 著 述 く 『 吽 迦 陀 天 王 』 一 帖 を 善 峰 に て 著 述 く 『 巻 数 案 』 一 冊 を 伝 領 く 『 浅 略 抄 』 四 軸 を 善 峰 に て 著 述 く 西 教 寺V
『 結 縁 瀧 頂 日 記 』 一 帖 〈 吉 水 蔵 〉 『 二 六 大 願 抄 』 二 帖 を 著 述 く 『 二 間 参 勤 行 列 并 護 持 僧 辞 状 等 秘 』 一 軸 を 記 述 く 道 覚、 年 記 不 詳 の 著 述 ・ 受 了 ・ 伝 領 の 書 物 田 著 述 『 浅 略 抄 胎 界 下 』 一 軸 写 本 ( 鎌 倉 時 代 ) 〈 吉 水 蔵 〉 『 天 子 本 命 目 録 口 伝 』 一 冊 写 本 〈 実 蔵 坊 真 如 蔵 〉 『 道 覚 親 王 御 記 』 〃 〃 〃 ク 〃 >V
> >V
〃 〃 > > を 書 写 く 吉 水 蔵V
一76
一NII-Electronic Library Service 『 西 山 宮 御 私 記 』 『 西 山 宮 御 抄 』 『 門 葉 記 薬 師 法 日 記 』 一 軸 『 薬 師 講 私 記 』 一 軸 『 吉 祥 天 法 秘 抄 』 囮 受 了 ・ 伝 領 『 両 界 裏 書 』 『 金 灌 頂 式 』 『 秘 々 中 深 秘 胡 摩 』 『 仏 眼 修 行 儀 軌 』 『 深 秘 通 記 』 『 曼 表 金 』 一 冊 巻 巻 帖 巻 軸 軸 写 本 く 三 千 院 円 融 蔵
V
写 本 〈 曼 殊 院 〉 薬 師 記 初 行 の 内 写 本 〈 西 教 寺 〉 写 本 く 曼 殊 院V
写 本 〈 吉 水 蔵 〉 写 本 〈 吉 水 蔵 〉 写 本 〈 吉 水 蔵 〉 写 本 〈 曼 殊 院 〉 写 本 〈 曼 殊 院 〉 一77
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe こ れ に 依 る か ぎ り 、 道 覚 は 密 教 を 中 心 と し た 研 究 を し て い る こ と が 知 ら れ る 。 こ の
様
な こ と か ら も 、 道 覚 の 根本
的 立 場 は 師 慈 円 の 台 密 を継
承 し て い く こ と を第
義 と し て い る と 考 え ら れ る 。 つ ま り 、 証 空 浄 土 教 と の か か わ り と共
に 、 基 本 的 に は密
教 を 中 心 と し て 研鑽
し て い る の で あ る 。 次 に 、 道 覚 の 和 歌 の 中 で 仏 教 信 仰 に か か わ る も の を 拾 う と 以 下 の 様 に な る 。 道覚
の 和 歌 国続
後
撰 和歌
集雑
歌
中
一 = 二 〇 道 覚 法 親 王 雑 考西 山 学 報 と し ご ろ 西 山 に す み 侍 り け る が 、 み や こ に い で て の ち な げ く 事 侍 り て 、 蓮 生 法 師 が も と に つ か は し け る 入 道 親 王
道 覚
山
が は に すす
ぎ し ま ま の そ で な ら ば か か る う き せ に 名 を ば け が さ じ 返 し蓮 生 法 師 の り の 水 に
す
ま す 心 の き よ け れ ば け が る る そ で と た れ か 見 る べ き圖
続 後 拾 遺 和 歌 集
雑
歌 下 一 一九
五 入 道 親 王道 覚 う き 事 は 身 に そ ふ 物 と 思 ひ し に は な れ て お つ る 我 が 涙 か な
団
新 千 載 和歌
集哀
傷歌
二 二 五 九 前大
僧 正 慈 鎮 身 ま か り て後
お な じ 月 日 に あ た り け る 時 よ み 侍 り け る 入 道 親 王道
覚
ま ど ろ ま で み し よ の 夢 も そ れ な が ら 又 な が月
も め ぐ り き に け り国
新 後拾
遺 和 歌 集雑
歌 上 } 二 亠 ハ 九 天 台 座 主 に な り て 西山
よ り い で 侍 り け る 時 入 道 親 王道
覚
心 を ぱ に し の 山 べ に と ど め お か ん め ぐ り あ ふ べ き 月 日 有 り や と こ の中
、国
は 道覚
と 宇 都 宮実
信房
蓮 生 と の 間 の和
歌
の 贈 答 で あ る 。 圈 は 慈 円 の 滅 後 に おけ
る 哀傷
を 歌 っ て い る 。 一 78 一NII-Electronic Library Service 又 、
国
は 西 山 の 地 に な ご り を 残 し な が ら も 関 東 将 軍 の 要 請 に も よ り 世 塵 化 し た 天 台 教 団 の 座 主 に な る 時 の 境 涯 を 歌 っ て い る 。 道 覚 は そ れ 燉 後、先
の 略 系 譜 の 様 に 護 持 僧 と し て 宮 中 で の 修 法 に あ け く れ る こ と に な る 。 だ が 、 二 年後
の建
長 元 年 ( 一 二 四 九 ) 九月
に は 天 台 座 主 と 護 持 僧 を辞
し て い る 。 翌 年 の 建 長 二 年 ( 一 二 五 〇 ) 正 月 に は次
の 様 な 「 道 覚 法 親 王 譲 状 」 を 残 し て い る 。 西山
宮 御 契状
案
付属 ( 近 江 坂 田 郡 ) 日 吉 新 御
塔
付 細 江 庄 、 号 平 方 、 ( 慈 鎮 ) 右 、 件 庄 、 先 師 大 僧 正 以 別 契 状 所 付 属 也 、 仍 一 向付
属 最 守 僧 正 、 不 可 有 他 妨 之 状 如 件 、 抑 自 今 年 奉 為 先 院 、 限 永 代、 可修
八 講 之 由 、 発願
畢 、 尤 可 被果
遂
也 、 其奉
行仰
付 聖 仙 律 師 畢 、 不 可 有 相 違 者 也 、 建 長 二 年 正 月 五 日 阿閣
梨 道覚
親 王 在 判 こ れ に 依 る と 、 道 覚 は 先 に 慈 円 よ り 付 属 さ れ た 日 吉新
御
塔 と細
江 庄 を 八 講 料 と し て 付 す べ き こ と を 記 し て い る 。 そ し て 、 そ の 六 日 後 に 道覚
は 三 条 白 河 房 に お い て 亡く
な る 。結
び に か え て 道 覚 が 静 寂 な 西 山 で の 遁 世 生 活 か ら 、 晩 年 に お い て 下山
し て 世 塵 化 し た 天 台 教 団 の 座 主 と な ら な け れ ば な ら な か っ た 社 会 的 背 景 に は 九 条 家勢
力
の 退 潮 が み ら れ そ う で あ る 。 つ ま り 、 外 戚 の 地 位 に か か わ る 九 条 兼 実 と 源 通 親 の 抗争
に お け る 兼 実 の 敗 北 の こ と 。 更 に 、 九 条兼
実 は 失 脚 さ せ ら れ て 関 白 ・ 氏長
老 を 罷 め さ さ れ た こ と 。 そ れ と 同 時 に 弟 慈 円 の 座 主職
を 罷 免 さ れ た こ と 。 そ の 後 、九
条 家 と鎌
倉 幕府
と の 関 係 に お い て も 、 寛 元 四 年 ( } 二 四 六 ) 七 月 に 道 覚 法 親 王 雑 考 一79
一 N工 工一Eleotronlo Llbrary西 山 醐 学 報 は 九 条 道 家 の 息