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記憶の物理化学的実体

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.18

128 基礎心理学研究 第38巻 第1号

記憶の物理化学的実体

井 ノ 口   馨

富山大学

Physical substances of memory

Kaoru Inokuchi

University of Toyama

Memories are formed through long-term changes in synaptic efficacy and are stored in the brain in specific neuronal ensembles called engram cells. However, neural mechanisms underlying memory association had been un-clear. Using optogenetics and behavioral conditioning tests, we found as follows. First, an association of two different memories is caused by increasing overlapping neurons which encode both memories. Second, it is possible for us to artificially connect the link between two different memories through synchronous activation of distinct cell ensem-bles. Third, synapse-specific plasticity guarantees the identity and storage of individual memories. These results may give insight into therapeutic treatments for post-traumatic stress disorder.

Keywords: memory association, engram cell, optogenetics われわれ人間が他の動物と異なる点は,精神活動を行 うところである。この精神活動を物質科学によって理解 したいというのが研究のモチベーションになっている。 精神活動の基盤は知識や概念である。生まれてから色々 な体験をしてそれが記憶になる。その記憶が,既存の知 識と関連づけられていき,知識や概念を形成していく。 精神活動は,我々の脳の中に知識があるからできること である。記憶のメカニズムを探求することは,精神活動 の基盤となるメカニズムを探求することになる。ここで はまず,複雑な高次脳機能ではなく,単純化した記憶の 連合・関連づけの分子レベル,細胞レベル,解剖レベル のメカニズムを明らかにしていく。また,医学的な精神 疾患・神経変性疾患の治療・予防に役立つ研究もしたい と考えている。地下鉄サリン事件後の外傷後ストレス障 害(PTSD)では,「サリン」あるいは「地下鉄」という 体験と,「危険」という体験が,本来「危険」とは関係 のなかった「朝」,「人混み」,「バス」,「JR」といったも のと結びついてしまって,中核症状が出てくる。このよ うに,様々な精神疾患にも記憶情報の連合の異常が関 わっている。したがって,記憶の連合の仕組みを解明す れば,PTSDなどの治療法・予防法の開発につながる可 能性がある。 記憶エングラム(記憶痕跡)とは,記憶に伴って脳の 中で生じる物理化学的変化をさす。学習時に活動した特 定のニューロン集団(セルアセンブリ)という形で脳内 に残った物理的な痕跡のことである。記憶が脳に蓄えら れる仕組みは以下のように説明できる。 ① 記憶は学習時に活動した特定の神経細胞のセット(セ ルアセンブリ)に割り当てられ符号化される(記銘)。 ② 神経細胞の活動が停止している間も,その神経細胞 セットはシナプス結合の強化により維持されている。 ③ それらの神経細胞が活動すると,その記憶が想起され る。 我々は以上のことを前提に,記憶とその連合につい て,マウスを用い,遺伝子組換え・光遺伝学・行動実験 を組み合わせて調べた。 記憶が関連づけられる仕組み 個々の記憶は異なるエングラム細胞集団に蓄えられ る。では,2つの記憶が関連づけられる神経細胞集団の 仕組みはどのようなものだろうか。我々は,味覚嫌悪学 習と音恐怖条件づけを連合させる実験を行って検討した

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2019, Vol. 38, No. 1, 128–131

講演論文

Copyright 2019. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Department of Biochemistry,

Graduate School of Medicine and Pharmaceutical Sciences, University of Toyama, 2630 Sugitani, Toyama 930–0194, Japan. E-mail: [email protected]

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129 井ノ口: 記憶の物理化学的実体

(Yokose et al., 2017)。

味覚嫌悪学習(conditioned taste aversion: CTA)では, マウスがサッカリン水を飲んだ後に内蔵倦怠感を引き起 こす塩化リチウムを注射する操作を2回行った。学習成 立後,マウスはサッカリン水を飲まなくなった。音恐怖 条件づけ (auditory-cued fear conditioning: AFC) では,ブ ザー音を30秒鳴らした後に,0.5 mA程度の電気刺激を与 えた。学習成立後は,マウスはブザー音を聞かせるだけ ですくみ反応を示すようになった。なお,両学習とも, 扁桃体依存的な学習である。

実験第5, 6日目にCTA, 10日目にAFCを行い,その後, 11日目に連続同時想起 (Repeated Co-retrieval Session: RCS)

を行った。これは,水とサッカリン水の2つのノズルを 用意しておき,マウスがサッカリン水を飲んだときにブ ザー音を鳴らすというものである。コントロール群では サッカリン水を飲んだ後もブザーを鳴らさなかった。す ると,12日目のCTAテストにおいて,コントロール群の マウスと比較して,連続同時想起群では,サッカリンを 飲んだ直後の5分間のすくみ反応が増大した。すなわち, 連続して2つの記憶を想起させることによって,CTAの 記憶とAFCの記憶が関連づけられたということがわかっ た。 次に,2つの記憶が関連づけられているとき,片方の 記憶を壊すともう片方の記憶はどうなるのか検討した。 先ほどと同様にCTA学習,AFC学習を行った後に,RCS を行った。コントロール群ではRCSは行わなかった。一 日後のCTAテストの直後にタンパク質合成阻害剤をマウ スに投与すると,次のCTAテストでは,タンパク質合成 阻害剤を投与しなかったVehicle群と比較して嫌悪指数が 低下し,CTA記憶が確かに破壊されたことがわかった。 さらに,タンパク質合成阻害群では,24時間後のAFCテ ストにおいて,ブザー音呈示中のすくみ反応がVehicle群 よりも有意に減少した。RCSを行わなかったコントロー ル群では,CTAテスト後にタンパク質合成を阻害しても AFCテストにおいてすくみ反応の減少は生じなかった。 つまり,RCSによってCTAとAFCの記憶が関連づけられ, CTA記憶を破壊することによってAFC記憶も壊れること が証明された。 では,このときに脳のエングラム細胞では何が起こっ ているのだろうか。これまでと同様のプロトコルで,CTA, AFC の学習を行った後に RCS を行った。その後,CTA テスト中,AFCテスト中の扁桃体のエングラム細胞を catFISH (cell compartment analysis of temporal activity using fluorescence in situ hybridization)という手法を使って可 視化すると,RCSを行った同時想起群では,サッカリン 水を飲ませただけでブザー音を鳴らさなかったコント ロール群と比較して,CTAテスト時,AFCテスト時両方 で活動する細胞数が増加した(9% →15%)。 2つの記憶が関連づけられるとき,両方の記憶を担う ようなエングラム細胞集団が増加する。では,この共有 化された記憶エングラム細胞集団の活動を,光遺伝学的 手法を用いて抑制すると,2つの記憶を切り離すことが できるのだろうか。これまでと同様のプロトコルでCTA, AFCの学習後,RCSを行った。共有化されたエングラム 細胞集団だけにArchT (アーキロドプシンT,緑色光を受 容するとプロトンポンプが駆動し膜電位が過分極する) を発現させた後,光照射によってエングラム細胞の活動 を抑制しつつCTAテストを行ったところ,光を照射しな かった群と比較して,光抑制を行った群では,サッカリ ンを飲んだ後のすくみ反応が有意に減少した。しかし, CTA, AFCの個々の記憶は光照射による影響を受けなかっ た。このことから,共有化されたエングラム細胞集団の 活動を抑制すると,CTA記憶,AFC記憶それぞれは影響 を受けないが,2つの記憶の関連づけが切り離されるこ とが明らかになった。 これらの結果から,我々は次の通り結論した。 1. 2つの記憶が関連づけられるとき,記憶エングラム 細胞集団の共有化率が増加する。 2. 共有エングラム細胞集団は記憶の関連づけのみに関 与している。 3. 共有エングラム細胞集団は,それぞれの記憶の想起 には必要ではない。 4. それぞれの記憶には影響を与えずに,関連づけのみ を切り離すことが可能である。 PTSDは,トラウマ体験の記憶と本来無関係な日常の 記憶が不必要に結びつくことによって生じる。したがっ て,脳の共有化エングラム細胞集団だけを抑制すること ができれば,PTSDの根本的な治療につながる可能性が あるといえよう。 記憶を人為的に創出 独創的なアイデアは既存のアイデアの 「思いもよらぬ」 組み合わせである。したがって,異なる記憶同士を結び つける原理が明らかになれば,独創的なアイデアをどん どん創り出すことがきるかもしれない。そこで,我々は 完全に人為的な方法で異なる2つの記憶を連合させるこ とを目指し,記憶Aエングラム細胞集団と記憶Bエング ラム細胞集団を人為的に同期活動させることで,記憶の 連合が形成できるか実験により調べた(Ohkawa et al., 2015)。

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130 基礎心理学研究 第38巻 第1号 本実験では,文脈性恐怖条件づけの変法であるCPFE

(contextual pre-exposure facilitation effect)課題を使用し た。アン・ペア群では,丸い箱で事前探索させ(文脈記 憶ができる),30分後に四角い箱で即時電気ショックを 与えた。そうすると,2日後に丸い箱に入れられても, すくみ反応を示さなかった。つまり丸い箱の記憶と,電 気ショックの記憶は無関係な記憶として脳に蓄えられて いることがわかった。一方,四角い箱で事前探索をさせ て,30分後に四角い箱で即時電気ショックを与えたペ ア群では,2日後に四角い箱に入れられると,アン・ペ ア群よりも高い割合ですくみ反応を示した。 次に,丸い箱の記憶と,四角い箱での即時電気ショッ クの記憶を人為的に連合させる操作を行った。丸い箱で の事前探索時に活動した記憶エングラム細胞と,四角い 箱での即時電気ショック時に活動した記憶エングラム細 胞に,それぞれチャネルロドプシンを発現させた。ホー ムケージにいるときに,海馬と扁桃体に20 Hzで2分間 レーザーを照射し,記憶エングラム細胞を同期活動さ せ,一日後に丸い箱で記憶テストを行った。その結果, ペア群と同等の高いすくみ反応率が観察された。 以上の結果から,それぞれの記憶に対応するエングラ ム細胞集団が同時に活動し,オーバーラップすることが 記憶の連合のメカニズムであることが明らかになった。 また,異なるエングラム細胞集団を同期活動させること で独立した2つの記憶を人為的に連合させることが可能 であることが示された。 記憶がアイデンティティを保つ仕組み これまでの研究で,記憶が関連づけられるとき,記憶 エングラム細胞の共有率が増加することが明らかになっ た。ところが,エングラム細胞を共有しても,記憶のア イデンティティは保たれている。例えば,東京ドームで 野球を観戦し,その後,銀座のレストランでディナーを 食べた場合,連続して起きた出来事の記憶は関連づけて 覚えている。つまり,野球の話をしていると,銀座の ディナーを思い出すし,ディナーを食べていると野球観 戦のことを思い出す。ところが,野球観戦とディナーは 別々の出来事として記憶されている。銀座で野球をみた とか,東京ドームでディナーを食べたとはならない。こ のことは,それぞれの記憶のアイデンティティが保たれ ているということを意味する。細胞レベルでは高い共有 化率を示すのに,どのような仕組みでアイデンティティ が保たれているのか調べた(Abdou et al., 2018)。 我々は,2つのAFCを行った。7 kHz音+ショックと, 2 kHz 音+ショックの条件づけを行い,7 kHz 音を呈示 するAFC テスト 1 と,2 kHz 音を呈示する AFC テスト 2 を行った。両者の条件づけの時間間隔は5時間と,24時 間であった。7 kHz音を呈示するテスト1では,5時間群 も24時間群も同じようにすくみ反応を示したが,2 kHz 音を呈示するテスト2では,条件づけの間隔が5時間群 ですくみ反応の増加がみられ,後から条件づけをした方 の記憶(2 kHz音+ショック)が,5時間群では強化さ れていることがわかった。つまり,短い間隔の音恐怖条 件づけでは,2つの記憶の間に相互作用が形成されるこ とがわかった。ところが,例えば,7 kHz+ショックで 条件づけした場合,7 kHzの音ではすくみ反応を示すが, 2 kHzの音ではすくみ反応をほぼ示さないことからもわ かるように,2つの記憶はそれぞれのアイデンティティ を保っている。 次に,短い間隔の音恐怖条件づけにおいて2つの記憶 の間に相互作用が形成されるときに,エングラム細胞が どのようになっているのか検討した。条件づけの間隔が 5時間の群では,扁桃体でのエングラム細胞が非常に高 い共有率(60%)を示した。一方,24時間群では共有率 は25%であった。音記憶条件づけでは,聴覚野の細胞 が軸索を投射して,扁桃体の神経細胞との間にシナプス を形成している。では,聴覚野のエングラム細胞はどう なっているのだろうか。聴覚野ではエングラム細胞の共 有率は低く,5時間群でも共有率は20%であった。扁桃 体では2つの音恐怖記憶はほとんど同じエングラム細胞 群が担っている。一方,聴覚野では 2 kHzの音と7 kHz の音記憶は基本的に独立している。ということは,記憶 の関連づけは扁桃体の共有化エングラム細胞が担ってい るのに対して,記憶のアイデンティティは,同じ扁桃体 の共有化エングラム細胞の上に形成されている異なるシ ナプスの可塑性によって担保されていると推定される。 そこで,この点について,遺伝子組み換えと光遺伝学 を用いて検証した。7 kHzと2 kHzの音を使って5時間間 隔でAFCを行うが,7 kHzのときに,聴覚野とMGm (内 側膝状体内側核)で活動したエングラム細胞をチャネル ロドプシンの改良型であるoChIEFで標識した。7 kHzを 使うテスト1, 2 kHzの音を使うテスト2の両方で,すく み反応が観察された。次にホームケージにおいて扁桃体 を1 Hzで光照射し,7 kHzに応答する聴覚系のエングラ ム細胞の神経終末と扁桃体の細胞間のシナプスに LTD を誘導した。すると,次の7 kHzのAFCテストですくみ 反応が減少した。一方,2 kHzの音呈示には高いすくみ 反応を示した。このことから,特異的なシナプスの可塑 性が記憶のアイデンティティを担保していることがわ か っ た。 こ れ は loss-of-function の 実 験 と な る。 次 に,

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131 井ノ口: 記憶の物理化学的実体 gain-of-functionの実験を行った。同様に5時間間隔で条 件づけを行い,その後,タンパク合成阻害剤を用いてそ れぞれの記憶に逆行性健忘を引き起こした。つまり2つ の記憶を作らせた後に,その記憶を消す作業を行った。 その後,100 Hzの光を当てて,7 kHz経路のシナプスに LTPを誘導した。その結果,7 kHzの音呈示に対するす くみ反応だけが部分的に回復した。 以上の結果から,記憶のアイデンティティは,共有化 エングラム細胞上のシナプス可塑性を使い分けることで 担保されていることが明らかになった。本研究の成果 は,認知症の治療に貢献できる可能性があるといえる。 ま と め 我々の研究結果により,記憶の関連づけはエングラム 細胞の共有化が担っており,記憶のアイデンティティは シナプス特異的可塑性が担保していることが明らかに なった。また,記憶の関連づけは,それぞれの記憶エン グラムの同期活動により生起し,完全に人工的な方法で 2つの異なる記憶を関連づけて,新しい記憶を作り出す ことが可能であることが示された。 記憶がそれぞれのアイデンティティを保ちながら,関 連づけられていく仕組みを解明した今回の一連の研究は, 知識や概念を形成するヒトの精神活動の理解に向けての 重要な一歩となると考えている。また,関連性の弱い (ない)記憶同士の不必要な結びつきは PTSDや統合失 調症を始めとする精神疾患に関連し,記憶アイデンティ ティの喪失は記憶障害を伴う認知症に密接に関連するこ とから,これらの疾患の予防・治療法の創出にもつなが ると期待できる。 我々は,記憶の関連づけから知識の形成メカニズムの 解明を目指している。本研究で対象としたのは,記憶条 件づけであったり味覚嫌悪記憶であったり単純なものが 多い。したがって,今後我々が今日明らかにしたメカニ ズムが,エピソード記憶等にも普遍的に当てはまるか検 討する必要がある。また,我々人間の脳で行われる関連 づけは,無意識下で行われている。連続想起することな く,共通項を抽出して関連づけるメカニズムが何か,と いうことも明らかにされるべきであろう。それには,睡 眠の役割が重要だと思われる。我々は最近,記憶エング ラムは複数のサブエングラムから形成されており,学習 後の睡眠時に再活動したサブエングラムが想起時に使用 されることを見いだした (Ghandour et al., 2019)。睡眠時 に共通項のあるものが再活動することによって,エング ラム細胞集団が共有化され,それが,高次の知識・概念 の形成のメカニズムなのではないかと考えている。今 後,無意識下での脳の機能,記憶の共通項を抽出して, より高次の記憶を作るメカニズムを明らかにする必要が ある。 引用文献

Abdou, K., Shehata, M., Choko, K., Nishizono, H., Matsuo, M., Muramatsu, S., & Inokuchi, K. (2018). Synapse-specific rep-resentation of the identity of overlapping memory engrams.

Science, 360, 1227–1231.

Ghandour, K., Ohkawa, N., Fung, C. C. A., Asai, H., Saitoh, Y., Takekawa, T., . . . Inokuchi, K. Orchestrated ensemble activi-ties constitute a hippocampal memory engram. Nature

Communications, in press.

Ohkawa, N., Saitoh, Y., Suzuki, A., Tsujimura, S., Murayama, E., Kosugi, S., . . . Inokuchi, K. (2015). Artificial association of pre-stored information to generate a qualitatively new memory. Cell Reports, 11, 261–269.

Yokose, J., Okubo-Suzuki, R., Nomoto, M., Ohkawa, N., Nishi-zono, H., Suzuki, A., . . . Inokuchi, K. (2017). Overlapping memory trace indispensable for linking, but not recalling, individual memories. Science, 355, 398–403.

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