はじめに
理工系全般向けの物理数学に関する教科書,参考書,演習書はこれまで多く 出版されているが,この一冊を新たに執筆しようと考えたのは,大学理工系学 部教育を取り囲む昨今の二つの環境変化に既存の類書は対応していないと感じ たからである.第1は,計算機,とりわけ誰でも簡単にマウスをクリックするだ けでかなり複雑な数理的な問題を解き,さらに図示(最近では動画も)できるパ ソコン+計算ソフトのコンビの急速な発展である.数式ばかりか,プログラム の中身も全くわからずに計算結果が得られてしまう状況に,理工系の大多数の 学生が直面している現状で,物理数学が持つ意味は一昔前とは大きく異なって いる.第2に,中等教育以下の数学教育の簡素化により,日本の学部教育(世界 的に見ても同様であろう)での従来の内容の多くが十分な講義等の時間を確保 できない点である.講義のレベルの低下はやむをえないが,一方で最先端の研 究を大学院以降ではいやがおうにも要求されている現状では,少しでも余裕の ある学生には要点のみを講義し,あとは自習に任せるしかない.あるいは,大 学院段階で,各自の研究に必要な部分を実感した学生が自主的に後から学びた いと思った場合に,これを助ける教材こそが今は必要であろう. 私なりにこのように感じた時代のニーズに少しでも応えたいと,本書を執筆 した.まず内容面は,複素関数の復習から始まり,特殊関数,それも応用として 多くの分野で重要と思われる球関数と円筒関数に,特にページを割いた.さら に,フーリエ級数から,フーリエ変換等の積分変換の応用へと展開し,グリー ン関数とデルタ関数の重要性を意識した.類書にないもう一つの特徴は,理工 系で広く利用される2階常微分方程式と積分表示式を強調し,これに対して, 級数展開および最急降下法という「近似解法」を中心概念に当てたことである. 最後のWKBJ法や積分方程式入門の二章でも,この点に触れた.すなわち,証 明や厳密解は二の次にして,「とにかく解,それもある程度の精度の範囲で求め ることができれば十分である」という極めて実用的な立場を取った.一方で,近 似解法もできるだけ統一した概念を常に意識して説明し,幅広い問題に応用で 演習形式で学ぶ特殊関数・積分変換入門 http://www.kyoritsu-pub.co.jp/shinkan/shin0701_06.htmlii はじめに きるガイドにもなるように努めた.形式的には,例題とその解答を通じての解 説を中心とし,自習しやすい本にと心掛けた.演習問題も数多くを載せるので なく,ある程度の解説も交えた詳しい解答を載せ,これも読み進めることで理 解が深まるようにと考えた.つまり,問題を解きながらの学習を想定している. 大学院入学試験の準備にも,利用できるはずである. 先に強調したように証明は極力省力し,個人的な経験から実際の研究を進め る上で重要と思われる物理モデルの概念と数式のつながりを直感的に理解でき るような解説に力点を置いた.「直感的」と言うと,今では最初に述べたように パソコンから出てくる図や動画を連想されがちである.しかし,図と数式を連 携させて理解できるかが,多くの理工系の研究において新しいアイデアを生み 出す鍵と強く感じており,この点を常に意識したつもりである.各節や問題ご とに難易度を?の数で表すとともに,従来の証明中心主義の色が濃い部分や問 題はyの印を付けた.?が一つの節と問題のみを拾って最後まで読み切れれば, 理工系のどの分野の基礎としては,まずは十分である.その後で興味を持った り,必要に迫られた場合のみ,難解な部分や証明等を学習すればよいという明 確な指針を与えた点も,特徴である. 本書のスタートは,北海道大学理学部地球科学科(地球物理学)において「物 理数学II演習」および「物理数学III」を数年にわたり担当した際に,宿題と して問題を書きためたもの,また十分な時間が取れない部分を追加資料として 配布したノートである.書きなぐった手書きのノートを,TAであった本多亮博 士がLaTeX形式の多くの原稿として作成してくれたことが,たいへん助けと なった.また,見延庄士郎先生は並行して行っていた講義・演習の自作ノート を提供していただき,教材の選択に大いに参考となった.本書のまとめは,筆 者が日本学術振興会の援助により,英国ケンブリッジ大学ブラード研究室に滞 在中に行われた.A.J.Haines博士と研究所のスタッフには,滞在に際してたい へん面倒を見ていただいた.北海道大学理学部数学教室の泉屋周一,中村玄先 生は,この原稿を共立出版に紹介していただいた.共立出版の小山透氏は,出 版のプロとして細かな点まで根気よく面倒をみていただいた.これらすべての 方のご好意がなければ本書はできなかったわけで,この機会に心より感謝の気 持ちを表したい. 2007年1月 蓬田 清