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実験現象学的知覚研究に関する覚書-1

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Academic year: 2021

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 し  山 田二  亘’・境  敦し史?*

   (*高知大学教育学部  **慶意義塾大学大学院社会学研究科)

Notes on Experimental Phenomenology iぬ Percむption-1

Wataru Yamada,

Atsushi Sakai

      」.実験現象学の意義    ・. ・・・ ・. ・.  ・...・ :  知覚心理学の研究のありかたについて分類するとずれば以下のようなものになるであろう.第一 は,精神物理学的手法を基本とした数量化を追求することである.ここでは,単ニに取りしだすこと のできる物理的刺激次元に対応する反応量を求めること,‥さらに,そごに存在する関数関係を明ら かにすることが研究め目標になる.        つ     ∧十 第二は,尚神経生理学的知見に基礎をおいたモデルを検証しようとしたり,心理学的観察の結果の 説明を生理学的事実のなかに見出そうとする研究のスタイルであるl.ニ第三に,比較的最近の傾向で /あるが,計算論的アプロ・チがある.数理モデル,またははなんらかのアルゴリズムを適用して心 理学的データの適合性を評価すること,あるいは,ヒトの達成可能な知覚的課題を計算機のなかに 実現し,実用化を計ることなどが主要な目標とされる.しこれらはいずれも今日の心理学のいわば主 流をなし,∧科学としての心理学の基盤を支えていると考えられている.    十   十  ‥ j しかし,□知覚心理学の進歩に貢献したもうひとつの重要なアプローチがある.∧それは√学派とし て表現すればゲシュタルト心理学であ‰方法論的な表現をとるならばレ実験現象学であるレ 実験現象学的アプローチは,知覚世界の精緻な記述√知覚世界の構造性,十知覚世界のなかに存在 する秩序の発見に主要な関心を集中する.現代的と評される心理学の流れのなかでは,ややもする と古びた遺物のように思われがちな立場であることは否めないが,実験現象学的アプローチの重要 性は決して過去のものではないレ 十\      ト       2.メッツガーの言明   ∧  実験現象学的アプロサチを徹底し,かつ,読者に対し体系的な記述を提供しためはメッツガこ (1968)であることに異論をはさ/む心理学者はないであろう.彼は自著において558枚の図版を供覧 しているが,j横軸に刺激値をとり√縦軸に反応量をとった,いわゆる実験データなるものについて の図版は十枚も提供していない.図版のすべては,彼が読者に供覧したい「知覚的事実」で占めら れている.一般的な呼称ではないが,j知覚世界の博物学とも=いうべき内容である√もし博物学とい う表現が不適当であるとするならば,‥その理由はただひとつ,メッツガーは単に知覚的事実を収集 したにとどま\らず,知覚の世界に存在する法則性,または秩序の発見と記述を達成したということ であるレその彼は生理学的アプローチに対して以下のように言明した.         犬  眼球の構造ならびにそれに基づく「光線の屈折」と「映像」のいずれをもってしても,あるいは求だ無数

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396 高知大学学術研究報告 第39巻(1990年)人文科学  の点状刺激受容器に分析される網膜の構造や,さらにそれに接続する大脳領域の繊維構造をもってしても, \我々が上で視覚体験について示したような法則をたてるこ;とが,かつて可能であったろうか.むしろ逆に,  こうしたことに関する知識が実際の視覚作用の法則の発見や承認を再三にわたって困難にし,また徒労に  終らせていたのである.つ         △    ‥        レ          士        っ  一一中 略−一二      十  我々は知覚理論を生理学に屈服させようというのではなく,生理学に課題を与えようとするのである.生 理学がこの課題を解決しうるか否かはーすなわち,生理学みずからの方法で,つまり身体とその器官と  を外部から観察するという方法で,知覚の法則にまで到達しうるか否かは前もって論争しでみても無意味  である.  ここでは,心理学的な知覚の研究の目標は,ト知覚の成立するメカニズムにあるのではなく,現象 観察というヒトの自発的な営みをとおして得られる事実と法則のなかに存在するということを強調 しているのである.知覚心理学の課題は,犬我々の知覚世界のなかにどのような心理学的事実が存在 するのか,それは綿密な現象観察のみが教えてくれるものであるという主張である. :       十   ▽     3.カニッツアの言明 犬       , ∧  メッツガー亡きあと,もっともその思想と方法を継承したのは力土ツツア(1985)である.ちな みに力士ツツアの座右の書は前出のメッツガニのト『視覚の法則』であるという.カニッツアの著書 においても√300枚を上回る図版が供覧されているが,しメッツガーの場合と同様に,だだの一枚たり とも刺激と反応の関係を示したような図版はない.すべてが彼自身,またば彼を中心とした研究仲 間の見出七た知覚現象を示した図版ばかりである.\彼の著書へよサられた序文は,現象観察の重要 性,および知覚研究の目標についてのカニッツアの立場を以下のように述べている.     ニ  知覚の問題は,知覚の基礎になっている機構の問題というよりも,観察される対象の内的体制化の問題 であるご観察において同時に与えられている現象的特性の中で,犬あるもの=は他のものを生みだすという役 割をもつレすなわち,実際に見ることができるものの中で,何が全体の構造に関して重要な役割を果たし ているかを実験的に決定するすることが知覚研究の目標である. 1      \    十    −−一中 略‥一一     ノ  カニッツアの探求の基本的な側面は,とくに彼を惹きづける現象の直接な証拠を示すことにある.彼が 見い出し,分析する視覚的事実は,より精緻で量的な分析による間接的な説明を必要とすることはめった にない.・      犬   \  \       □    ニ   \ 中 略一一一一   カニッツアは無人島においても同じような結果を得ることがでさたであろうと想像されるーもちろ ん,彼が紙をもち,描いたり塗ったりすることのできる材料をもち,運動七光を投影できる初歩的な装置  をもっていたらの話であるが(しかし被験者の助けはいらない). 犬   十  カニツツデの研究は,生理学や数量化とは無縁のものばかりであるレまトた,詳細な条件分析を必 要とするような現象や,個人差が問題となるような現象は皆無というてよい.もちろん,他の研究 者がカニッツアの提示した現象について精神物理学や生理学をもちごんだ議論を展開することはあ るが√カニッツアの基本的関心とは無縁である.著者のうちのひとりはカニツツアと研究を共にす る機会を得て,トリエステ大学に滞在した.そのおり,運動撰に関する実験のなかで精神物理学的 測定を試みたのであるが,カニッツアは彼自身初めての経験であると語づた.  カニッツアの提起する供覧は,それ自体がうごかしがたい確固とした知覚的事実であり,知覚世

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界の観察結果なのである.        4.メテリの言明  現象学的方法に好意と関心をもつメテリ(1982)は,現象学的観察の重要性とゲシュタルト心理 学について以下のように述べている.  知覚におけるゲシュタルト指向的研究を特徴づける第一の点は,正確で詳細な現象学的観察および記述 を要求することであると思われる.ゲシュタルト心理学者にとって,現象学的な記述は研究の基本である. 仮に心理物理同型説にしたがうとすれば,現象学的データは知覚の成立を支える神経過程の反映だと考え ることができるのである.このような理論的な理由は別にしても,綿密な現象学的記述こそが,あらゆる 知覚研究の出発点とならねばならない.知覚研究の対象そのものであるデータは,そこから得られるので ある.      ト  綿密な現象学的記述への要求を満たすことは容易なことではない.完全な記述の必要性を見落とし,じ ぶんの理論にとって必要な事柄だけに注意を向けてしまうという過ちはよくあることである.  また,実験に参加した経験の乏しい被験者は,実験者の教示があるにもかかわらず,自分が知覚した現 象的事実ではなく,実際にそこにあるものを記述しようとする,素朴なリアリズムに陥りがちである.       −一中 略一  現象学的観察は,あらゆる知覚研究に必要な前提条件である.あるいは,そうあるべきである.これに 対して,知覚構造の研究はゲシュタルト指向の研究に特有のものである.ゲシュタルト指向的研究におい て明らかにされるべき主要な論点は,研究の対象とされる現象が,単なる集合体の特徴を有しているのか, またはゲシュタルト(つまり,構造物)の特徴を有しているのかということにある.集合体においては, ある部分があろうとなかろうと,そのことは別の部分に影響しない.ゲシュタルトにおいては,ある部分 の存在,あるいは大きさや強度の変化が別の部分または現象全体に影響を及ぽすのである.  メテリは自らの経験として,拙速な数量化とモデルの検証を急いだがために問題の本質を見失い, 理論的にゆきづまったとき,その突破口となったのは再度の精細な現象観察であったことを述べて いる.  このように,現象観察的方法は現在でも知覚の研究にとって重要な方法であり,これを自らの主 要な研究法としている研究者が少なからず存在している.事実,知覚心理学の分野に主要な現象を 提供し,のちの研究者たちに研究の素材の多くを提供してきたのはゲシュタルト心理学者であり, 現象観察的方法であったことに異論をはさむ知覚の研究者はないであろう.  上記のカニッツアの著書への序文が,知覚の研究のための現象カタログが完成したものであり, 我々がなすべきことは詳細な分析であると考えがちな傾向に対して大きな警鐘をならしているよう に,知覚の研究において追求すべきことは,今日においても,精緻な現象観察と知覚世界の中に存 在する構造性と秩序の発掘のほかにはない. 5。徹底した現象観察の必要性  メッツガー(前出)は,チャイコフスキー第6番「悲恰」の第4楽章の主題について,メロディ ーラインのまとまりに関して以下のように言及している.  作曲家の意図をこえて優位となる直線的経過(チャイコフスキーの交響曲第6番,終楽章).彼は,急激 なジグザグをつくるように,相対して交互に上下する音程を書いているが,我々が聴くのは,二つの相並

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398 高知大学学術研究報告 第39巻(1990年)人文科学  んで次第に上昇し,ふたたび下降するような経過である.意図したように聴かせるためには,二つの十分  異なった音色を用いなければならなかったのである.  メッツガーは,ここでの聴感上のまとまりを「直線的経過の法則」の支配め一例としてあげて, この聴覚的まとまりの法則によって作曲家の意図が妨害されたものと理解し,記述した.  図1aは第4楽章の19小節から21小節までの第1バイオリンと第2バイオリンのパートの楽譜で ある.図1bはメッツガーが聴感的にあたえられるとしたメロディーラインを示している.実際,聴 感的には直線的経過によるまとまりは優位というよりは決定的な,唯一のまとまりである. a b f\a     A一 ==F==f?=i . らづへ 1 j   φ 哺 ・ |       - l ¬J ■"^f一 r −   皿   -     へ l     i     ● j   l   l   l I     I     戸 ミ   皿 ● ら ・   ● ノ f 八 1     3     亀 /   l   j   -   ミ J     w 1     1     1 F ゛ 1     / W V J       x     f   J w l     l     i I / .ノ        ’-/          ?  べ A ↓↓       A     J      ̄ ̄'`いヽこゴ 了   −一   | r・- |   「 可一一 \ I   碁 4 1 1   1   1 |     |     |   ㎜ y   l 1   〃 一出たトhlト . ㎡ 1 | , l   i - l \ ・ J r i ^   I !     ■ /   p W  ̄  ̄ ’ i   l 一 紳 J 1   1   1 | / / \ \ \;         x         ・   ・   ^ i 4 竹   l l ノ ふ - I ^ * t ― I . − j M . , . . j J     i-4-グ`-゛     `ヽこ訂こ−71心 図1 ふたつのバイオリンのための楽譜(a)と聴感的まとまり(b)  しかし,このまとまりは,果たして「作曲家の意図をこえて」得られたものであろうか.言換え るならば,チャイコフスキーはわれわれが実際に聴いているものとは違うなにかを意図していたの であろうか.試みに,メッツガーの指摘にしたがって,このふたつのパートを「ふたつの十分異な った音色」をもちいて演奏したとしたらどのような「作曲家の意図」が現れるであろうか.  シンセサイザーを用いて様々な楽器の組合せにおいて試聴した結果,「二つの十分異なった音色」 をもちいて演奏したときには,この部分はぶちこわしともいうべき,非音楽的響きが与えられる. 作曲に関する知識や経験のないナイーブな被験者であって仏ありえない,前後とまったく調和し ない進行を例外なく感じとることができる.オーケストレーションの名人のひとりに数えられるチ ャ不コフスキーがこのようなまとまりを意図していたとは到底考えられないような進行である.  この試みからも明らかなように,ジグザグな経過はもともとチャイコフスキーの意図ではないと 考えるのが至当である.現に,第4楽章89小節目における,同様のフレーズの再出現部分では図2 bに示したように直線的経過そのものを楽譜に書いているのである.もちろん,双方の聴感上のメロ ディーラインとしてのまとまりは同一である.

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≒   な芒喫

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皐ふ久

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400 高知大学学術研究報告 第39巻(1990年)人文科学        ■■■㎜■㎜㎜ を持ち,図2bの部分においては,前記の印象が解消され,どちらかというとのびやかな,または, すなおな豊かな響きの印象が存在する.チャイコフスキーは,弦楽器に対して異なる,おそらく一 方はほんの少しだけやりにくい演奏方法を強いることにより,結果として得られる音色の違いをひ きだすことを意図していた考えるのが適当ではないだろうか.  もし,このように考えるとすれば,現象観察の達人であったメッツガーの記述した「実現されな かった作曲家の意図」に関する指摘は的外れであるということになり,むしろ,メッツガーが作曲 家の意図を見誤っていたと言わなければならない.これは,現象を観察し記述するという実験現象 学的アプローチがいかに慎重で精緻なものでなければならないかを示す好例であろう. 6。音色効果の確認  上記の音色効果にチャイコフスキーの本当の意図があったのではないかという主張を補強するた めに,ふたつの簡単な観察を実施した.第1は,問題のふたつの部分の音色の聞分け実験である. 第2は,ふたつの部分が音響的にどのような差異があるかをソノグラムによって解析することであ る.  カラヤン指揮,ベルリンフィルハーモニーの演奏(1976年収録)をコンパクトディスクからアン プリファイアーをとおさずに直接ディジタルサンプリングした.サンプリングの範囲は図2 a, 2 b に示した部分である.使用した機器は, Macintosh II と,周辺装置としてのMacRecorderおよび 付属のアプリケーションソフトのSoundEditorである.サンプリングレートはn KHz である.結 果として再現される音は5.5 KHzまでの成分である.このサンプルを聴感実験,およびソノグラム による解析の対象としだ.  聞分け実験のための材料には図2 a, 2 bの第1小節の上昇音階部分のみをとりだして用いた.ふ たつの演奏の音量の違いの手がかりを排除するため,図2bの演奏の音量を調整した.それぞれを10 回ずつ,合計20回のフレーズをランダムに並べた刺激系列を作成した.フレーズの進行は,判断終 了後に被験者のキー操作によ/つて行なわれた.被験者の課題は,ひとつ前の演奏と比較して,同一 の音色と感じたか異なる音色と感じたかを報告することである.この結果,1系列において19回の 異同判断が得られる.  4名の被験者(心理学専攻の大学院生および教官)が通算9系列(171回)の判断を行なった結果, 正答数は120 (70.2%)であった.4名のうち楽器の演奏経験のあるものは1名であった.被験者は ふたつの演奏の,かなり微妙な音色の差異を一応聞分けることができると考えてよい結果であった.  つぎにソノグラムによる解析をふたつの場合について行なった.図2 a, 2 bについてそれぞれふ たつのソノグラムを作成した.図3,図4に解析の結果を示した.  音量調節をしていない図3において,図2aに対応するソノグラム(図の左側半分)と図2bに対 応するソノグラム(右側)とに著しい差異が見られる.左側に比べ右側のソノグラムは倍音構成が 非常に豊かである.これは,「楽器の鳴り」がいいという表現が最も適当であろう.音量調整をした, 聞分け実験で用いたのと同一条件のソノグラムが図4である.ここでも図3とほぽ同様の傾向が明 らかに読みとれる.この結果,図2aと2bの部分の演奏は音響的にも異なる特徴を持っていること がわかった.音響的な分析からは,ジグザグな音符の配分は「楽器の鳴り」を抑えるための手法で あることが示唆されたことになる.  ここで試みた聞分け実験とソノグラムによる解析から,メッツガーのいうような「作曲家の意図 こえた」ものが聴かれているのではなく,チャイコフスキーの「作曲家としての意図」そのものを 我々が聴いているという主張が支持されたことになる.現象観察はあくまでも精緻でなければなら

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402 高知大学学術研究報告 第39巻(1990年)ニ人文科学

ないし,かつ慎重に行なわなければならないことを示唆する事例である.

引用文献

カニッツア G.野口薫(監訳) 1985 視覚の文法 サイエンス社

 (Kanizsa, G. 1972 Organization in vision : Essays on gestalt psychology 1st ed. New York : Praeger.)

Metelli, F. 1982 Some charateristics of gestalt-oriented research in perception. In J. Beck (Ed.),

Organization and representation in perception. HiUsdale : Lawrence Erlbaum Associates.

メッツガー W 盛永四郎(訳) 視覚の法則 19邱 岩波書店

 (Metzger, W. Gesetze des Sehens 1953 2nd ed. Frankfurt : Verlag von Waldemar Kramer)

参照

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