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嫌悪情動が知覚・認知処理に及ぼす影響

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Academic year: 2021

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嫌悪情動が知覚・認知処理に及ぼす影響

著者

白井 理沙子

(2)

- 1 -

論 文 内 容 の 要 旨

 嫌悪は,病原菌や毒を検出しそれを回避するためのアラームのような機能をもった情動であり,生体の生 存にとって重要な役割を担っていると考えられている。しかしながら,他の情動と比べてヒトを対象とした 嫌悪に関する研究は少ない。本論文は,嫌悪情動がヒトの知覚・認知プロセスに与える影響を実験心理学的 手法によって解明することを試みた研究をまとめたものである。  本論文は4章構成である。以下,順を追ってそれぞれの内容について概説する。  第1章では,本研究の理論的背景となる,実験心理学における情動に関する研究知見および方法論が紹介 され,嫌悪情動を生起させる刺激に対する知覚・認知モデルや脳内メカニズムに関する研究がレビューされ ている。嫌悪情動は,生物進化の過程のなかで形成され我々が生得的に持っている中核嫌悪と,社会や文化 の中で成長する中で獲得される社会道徳性嫌悪に大別される。腐った食物を摂食し,病原菌や毒物を体内に 取り込むと,生体の生存が脅かされる。中核嫌悪はそのような身体に害をもたらすものの摂取を拒否するた めに進化の過程で獲得されたとする説明が広く受け入られている。一方,社会道徳性嫌悪は,他者の道徳違 反的な行為を観察することによって生起し,集団生活において他者との互恵的関係を維持するために進化し たとされている。これまでの研究で,情動を強く喚起させる刺激に対しては優先的に注意が向けられ,素早 く知覚されることが明らかになっており,そのメカニズムを説明するためのモデルも提案されている。しか しながら,これまでの研究は怒りや恐怖情動を検討対象としたものがほとんどであり,嫌悪情動,特に社会 道徳性嫌悪が知覚・認知プロセスにどのような影響を与えるかについては検討されてこなかった。嫌悪情動 は,強迫性障害や様々な恐怖症などの精神病理学的問題とも関連していることが指摘されている。そのよう な臨床的な問題を解決するためにも嫌悪情動がどのようにして知覚的・認知的に処理され,その結果として ヒトの心的過程・行動にどのように影響するのかを明らかにする必要がある。そのような観点から,中核嫌 悪と社会道徳性嫌悪のそれぞれが知覚・認知処理,特に視覚的注意処理に与える影響を解明する,という本 研究の目的が設定されている。  第2章では,中核嫌悪を惹起する刺激として集合体画像を用いて,意識的気づきと眼球運動に与える影響 を検討した実験が紹介されている。蓮の実のように多くの穴が集合している物体をみると強い嫌悪情動が生 起することが知られており,集合体恐怖あるいはトライポフォビアとよばれている。集合体を見ることで不 快感や吐き気などの不快な心理的・身体的症状が表れる人は,人口の約14%に上るとされる。本研究では中 核嫌悪刺激としてよく用いられる吐瀉物や排泄物などの汚物画像ではなく,集合体画像を惹起させる刺激 氏 名 学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目 論 文 審 査 委 員 (主査) (副査)

白 井 理沙子

嫌悪情動が知覚・認知処理に及ぼす影響

博 士(心理学)

甲文第191号(文部科学省への報告番号甲第704号)

学位規則第4条第1項該当

2020年3月16日

小 川 洋 和

中 島 定 彦

教 授 教 授

渡 邊 克 巳

(早稲田大学基幹理工学部・研究科教授)

(3)

- 2 - として用いている。その理由として,汚物は他者の道徳違反的行動が関連している場合が多いことを指摘し, より社会道徳性嫌悪が関与する可能性の低い刺激として集合体画像が用いることがより適切であると述べら れている。3つの実験を通して,集合体画像は意識的な気づきを促進し,視覚的注意を強く捕捉することが 示され,中核嫌悪が無意識下あるいは初期段階での知覚処理と視覚的注意処理に影響を与えることが明らか になった。さらに,皮膚関連傷病に関連する語句を繰り返し提示されることによって集合体画像から感じる 不快感が増大することを示し,集合体恐怖の生起に感染性の病原体や皮膚病に関する概念の活性化が関わっ ていることが示唆された。  第3章では,社会道徳性嫌悪刺激に対する知覚・認知プロセスを解明するために,道徳違反的行為に関す る情報が注意処理に与える影響を検証した4つの実験が報告されている。注意の瞬き,クラウディング,プ ローブ検出といった視覚的注意の研究で取り上げられる代表的な現象に着目し,非道徳的な情報を付与され た刺激に対する注意選択がどのように行われるのかを実験的に検討し,道徳違反情報に対する注意の優先づ けが高くなることを明らかにした。  第4章では,ここまでの実験結果を踏まえて,嫌悪惹起刺激に対する知覚・認知処理のモデルを提案して いる。それによれば,中核嫌悪・社会道徳性嫌悪のいずれに関する入力も,前注意的・無意識的にすばやく 評価され,視覚的注意を捕捉する顕著性信号の計算に反映されるとしている。さらに,社会道徳性嫌悪の情 報に対して即座に注意を背けるような反応が生起することが示された実験結果から,社会道徳性嫌悪が後期 の注意過程に対して中核嫌悪や他のネガティブ情動とは質的に異なる影響を与えている可能性を指摘してい る。そして最後に,今後の研究展望を他の情動とのインタラクション,個人差,発達との関連に触れながら 論じ,社会道徳性嫌悪に関する心的過程の解明の重要性を示して,論文は結ばれている。

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

 本論文の審査にあたり,2020年1月27日に公開発表会が行われ,申請者の研究内容に関して活発な質疑応 答が交わされた。さらに,2020年2月4日には,主査,副査(本学文学部・中島定彦教授,早稲田大学基幹理 工学部・渡邊克巳教授)による口頭試問が行われた。以下,それらの経緯をふまえた上で,本研究の優れた 点と今後のさらなる努力を期待したい点について述べる。  本論文において評価すべき点は,以下の3点である。第一に,「それ自体は無害であるにも関わらず,蓮 の実などの集合体によって強い情動が惹起されるのはなぜか」という申請者自身の疑問から研究テーマを着 想し,それを実験心理学の枠組の中で実証的に研究するための実験系を巧みに構築した点である。特に,嫌 悪情動がヒトの視覚系における情報選択にどのような影響を与えているのかという観点から問題にアプロー チしたことは,研究の新奇性という意味においても,高く評価できる。嫌悪を感じてしまうにも関わらず, それに対して注意が優先的に向けられる現象は,世に言う「怖いもの見たさ」とも共通する心的基盤を反映 している可能性もあり,非常に興味深い。  第二に,これまでほとんど検討されていなかった社会道徳性嫌悪に対して新たな手法でもってアプローチ し,地道かつ着実に研究知見を蓄積した点である。これまで社会道徳性嫌悪の心的過程については研究が遅 れていたが,その主な原因は社会道徳性嫌悪を実験的に操作する手法が確立していなかったことにあった。 その問題に対して,連合学習を応用した新たな実験手法を考案することでブレークスルーを果たし,新たな 境地を切り開いたことは特筆に値する。  第三に,ヒトの知覚・認知処理に関する膨大な先行研究を非常に丹念にレビューしたうえで,すでに提案 されている情動刺激に対する知覚・認知処理のモデルを拡張する形で,自らの研究知見を統一的に説明する モデルを提案している点である。今後,さらに研究知見を蓄積することによって,このモデルの妥当性の検

(4)

- 3 - 証と改良を続けていけば,嫌悪情動をはじめとしたさまざまな情動がわれわれの心的過程に与える影響を総 合的に理解することにつながることが期待できる。  一方で,いくつかの問題も残されている。もっとも大きな問題は,本論文でも指摘しているように,今回 の実験刺激が嫌悪以外の情動,すなわち怒りや恐れといった情動を喚起させていた可能性を完全に排除でき ていない点にある。そのため,本研究で示された嫌悪情動による心的過程への影響が,嫌悪情動単独の効果 なのか,他の情動とのインタラクションの中で生じたものなのかを区別することは困難である。この点につ いて,論文では道徳基盤のサブカテゴリーを操作することで,複数の情動による心的過程への効果を分離で きる可能性に言及している。しかしながら,現実場面においては,純粋に単一の情動が生起することはなく, 複数の情動が複合的に生じることがほとんどであろうことを考えると,その方向性が適切かどうかについて は疑問も残る。また,本研究で用いられた社会道徳性嫌悪を実験的に操作する手法によって,注意処理を調 整する効果は観察されたのは事実であるが,その生態学的妥当性についても検証が必要であろう。いずれに せよ,嫌悪情動の研究はまだ発展途上の段階にある。これらの点について,今後申請者の研究が進展するこ とを期待したい。  口頭試問では,上記の問題以外にもいくつかの問題点が指摘された。本研究では,嫌悪刺激を中核嫌悪・ 社会道徳性嫌悪に大別しているが,学習性の嫌悪情動には社会道徳性嫌悪以外のカテゴリが存在する可能性 もあり,このような形で問題を設定することが妥当なのか,という指摘があった。本論文で新たに提案され たモデルに対しても,いくつかの疑問が呈された。第1章で概説されているように,現在の研究では視覚情 報処理は1方向1回のみの情報の流れではなく,ボトムアップ・トップダウンの信号が再回帰を繰り返す中 で処理が進むようなダイナミックなモデルが主流である。それにも関わらず,申請者の提案したモデルがス タティックかつ系列的な処理を想定していることについては,検討すべき余地が大いにあると考える。また, それぞれの実験において独立変数の操作以外に結果に影響を与えうる剰余変数の可能性がいくつか指摘され た。今回得られた実験結果の一般化可能性および再現可能性については,今後引き続き検討していく必要が あるだろう。  口頭試問の後に行われた審査委員会において,3名の審査者は,本研究にはいくつかの未解決の問題点は 残されているものの,当該研究分野への貢献は大きく,また今後の研究の発展が大いに期待できることを評 価し,本論文が博士学位を授与するにふさわしいものであるとの結論に達したので,ここに報告する次第で ある。

参照

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