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睡眠時間が翌日終日の認知・運動機能に与える影響

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2008年7月11日受付;2008年10月2日受理

連絡先:瀬尾明彦 東京都日野市旭が丘6丁目6番地

首都大学東京 システムデザイン学部経営システムデザインコース TEL 042-585-8675 FAX 042-583-5119

Email aseo@cc.tmit.ac.jp

1)首都大学東京システムデザイン学部  2)首都大学東京大学院システムデザイン研究科

睡眠時間が

翌日終日の認知・運動機能に与える影響

瀬尾明彦

1)

 砂川久弥

2)

 土井幸輝

1)

 鈴木哲

1)

 本研究では,睡眠時間が翌日全体の認知・運動機能に及ぼす影響を評価することを目的とした.具体的には,睡眠時 間の長い条件(6時間)と短い条件(3時間)の2条件で,起床後の身体の「知覚」,「思考」,「記憶」,「運動」の一連の認 知から運動に至るまでの機能に対応した作業を被験者に行わせ,脳波計測による各作業時の覚醒度,自覚症調査による 各作業後の主観的負担感,各作業の結果により総合的に評価した.また,本研究では実験中の被験者の生体リズムの変 化についても体温・心拍数計測により確認した.その結果,体温,心拍数の変化から,睡眠時間の長短による生体リズ ムの顕著な差は見られなかったが,短睡眠では主観的負担感が高くなることがわかった.脳波についても短睡眠時には 翌日に覚醒度の低下が確認された.また,翌日の作業結果にも大きく影響することがわかった.具体的に,知覚機能,

思考機能,記憶機能においていずれも低下が大きいことがわかった.一方,動作機能の顕著な変化は見られなかった.

キーワード

睡眠時間,認知・運動機能,覚醒度,主観的負担感,作業結果

1.緒 言

 現代社会は,場所や時間に関係なく24時間活動す る社会へと変化しつつある.具体的には,従来の様 な医療機関やプラントだけでなく,外食産業,サー ビス業においても夜間勤務や長時間勤務が行われて いる.一般に交代性勤務を行う場合には,日勤,準 夜勤,夜勤,休み,という順番で勤務を行い,次第 に体を夜に慣れさせることが重要であるとされてい る1).しかし,医療機関や外食産業の現場では,慢性 的な人員不足の傾向にあり2),上述の3交代性勤務が

成り立たず,長時間勤務を強いられているのが現状 である.

 また,近年急速なブロードバンドインフラの拡充 整備が進んでいる我が国では,情報通信業を営む会 社はコンピュータやサーバーの運用業務において,

不規則かつ不定期なシステムの監視・保守・トラブ ル対応を行っている.このような勤務体制を取らざ るをえない現状が作業者の身体に何らかの負担を及 ぼしている可能性があることから問題となっている.

更に,医療・福祉・通信をはじめとする様々な業種 でコンピュータ機器を使用する労働者を対象とした 2004年に厚生労働省が実施した「技術革新と労働に 関する実態調査」3)によると,全労働者の78.0%が何 らかの身体的疲労・自覚症状を感じていると答えて いる.

 ヒトの体にはサーカディアンリズムがあるが,こ のサーカディアンリズムを統制する因子は視床下部

(2)

の視交叉上核にあるとされ,サーカディアンリズム を発振する機能と網膜に入った光によって発振機能 のリズムを外界の明暗リズムに同調させるという機 能を併せ持つ.そのため夜勤では生体内と外部環境 のずれが発生し,精神・身体機能の不調和や不眠症,

過眠症などの睡眠障害が発生することが長時間勤務 や不規則勤務の問題であると指摘されている4).  このような問題の一つの解決法として,十分な睡 眠をとることが挙げられる.しかし,僅かな仮眠し か取れない場合には,翌日に眠気を残し,十分に睡 眠をとった場合に比べて身体機能が低下する可能性 がある.

 睡眠時間と認知機能や精神疲労についての研究は 数多くある.Ansiauらは前日の業務内容や睡眠時間 が翌日の認知機能に及ぼす影響についての認知テス トやアンケート調査を主とした調査を行い,午後10 時から翌午前6時までの夜勤に相当する時間帯での肉 体作業は,その後の睡眠に悪影響を与え,結果とし て,翌日の認知機能の低下に繋がると示している5). またTassiらは夜間の睡眠時間を2時間睡眠に減らし た場合,覚醒直後1時間の認知機能についてストルー プ検査や脳波計測を用いて調査した.その結果,短 時間睡眠時では,反応時間,誤答率の増加がみられた.

また脳波にはθ波が現れ,全体的なパワースペクト ルは徐波化していることが分かり,脳波が認知機能 の評価に有用であることを示した6).我が国において も,今日のIT産業の労働実態のもと,錦谷らはIT産 業の技術者を対象に,超過勤務と睡眠時間,認知的 作業における疲労について調査し,睡眠時間は超過 勤務における肉体的・精神的疲労の評価指標として 有用であると示している7).さらに,サーカディアン リズムと交代勤務についても,交代勤務の期間が増 加するにつれて認知機能が低下すると報告されてい る8).このように,睡眠時間と身体機能に関する研究

は多いが,短時間睡眠が翌日全体に及ぼす影響を各 種生理指標も含めて調査した研究は十分ではない.

 そこで本研究では,睡眠時間が翌日終日の身体機 能に及ぼす影響を定量的に評価することを目的とす る.具体的には,睡眠時間の長い条件(6時間)と短 い条件(3時間)の2条件で,翌日の朝6時から夕方16 時までの間の身体の「知覚」,「思考」,「記憶」,「運動」

の一連の認知から運動に至るまでの機能に対応した 作業を被験者に行わせ,脳波計測による各作業時の 覚醒度,自覚症調査による各作業後の主観的負担感,

各作業の結果により総合的に評価した.また,本研 究では実験中の被験者の生体リズムの変化について も体温・心拍数計測により確認した.

2.方 法

(1) 被験者

 本実験前に,被験者の日常のサーカディアンリズ ムを調査するために,事前に朝型-夜型質問紙9)を用 いたアンケートを実施し,「中間型」と判定された 健常な男子学生6名(平均年齢22.2±0.37歳)に被験 者を依頼した.実験中は,作業や生体計測を行う上 で,被験者毎の個人差をなくすために被験者の生活 を統制した.具体的には作業を行う前日の18時から,

入浴時間,食事時間・内容などを統一し,実験終了 まで決められた睡眠以外の睡眠や運動,カフェイン を多く含む飲み物の規制を行った.なお,本実験は,

首都大学東京日野キャンパス研究安全倫理委員会の 承認を得て実施された.

(2) 実験条件

 実験条件は夜勤時の仮眠や準夜勤後の睡眠を考慮 した睡眠時間3時間の短時間睡眠条件(以下SS(Short Sleep)と記述)と日勤後を想定し睡眠時間6時間の

(3)

長時間睡眠条件(以下LS(Long Sleep)と記述)の2条 件とした.LS条件における睡眠時間の満足度は個人 により差が生じると考えられるが,実験の生活統制 のために睡眠時間は全被験者間で統一した.

 SS条件では睡眠時間帯を準夜勤明けの睡眠を想定 して3時間(3:00から6:00)とした.LS条件では,通 常,ヒトのサーカディアンリズムの各種指標から身 体的活動度の低下が起こり始める0:00を入眠時刻と し,起床はSS条件と同様6:00と設定した.

(3) 実験手順

 まず,起床後,被験者の「知覚」 ,「思考」 ,「記 憶」 ,「動作」の4種類の機能を調査した.本実験で は,各機能に対応する「ストループ作業」,「計算作 業」,「記憶作業」,「タップ作業」の4つの作業を被験 者に課した.なお,すべての作業を1セットとし,9:00,

11:00,13:30, 16:00の4つの時間帯で被験者に作業 を行わせた.また,被験者の作業の習熟度を考慮し, 被験者には実験前に十分に練習を積ませた.

 図1に実験スケジュールを示す.4種類の作業順序 はランダムに行ったため,図中においては作業を Task A ,Task B ,Task C ,Task Dとした.また,SS 条件とLS条件の実験順序はランダム順とした.なお,

各条件間は実験による疲労を回復させるために十分 な期間(6日間以上)を空けた.

(4) 種類の作業内容

 ストループ作業は,同時に目にする2種類の情報が 互いに影響を及ぼすストループ効果を用いて知覚能 力を評価するための作業であり10),知覚関連の研究 分野において多用されている.具体的には,被験者 に4色の色(青・赤・緑・黄)と,その色の文字がラ ンダムに組み合わさって表示し,文字名を正確に答 えさせる作業である.本実験では,被験者にPCモニ タ上の青・赤・緑・黄と明記されたボタンをマウス でクリックすることで回答してもらった.

 計算作業は,ランダムに生成される2桁の数字を暗 算にて計算し,その解答を解答欄に入力することに より思考能力を評価する11).本実験では,PCモニタ 上に暗算課題を呈示し,テンキー入力により解答さ せた.

 記憶作業は,記憶能力すなわち短時間に生じる忘 却を調べるための作業である12).ここでは,ヒトの 短期記憶容量が7±2チャンクであることから13),被 験者にPCモニタ上に数字を1つずつ7回ランダム呈示 した.そして,呈示された7つの数字の中から1つの 数字を呈示し,その数字の前に呈示された数字をテ ンキー入力で回答させた.

 タップ作業はタッチパネル(㈱アイ・オー・デー タ機器, LCD-AD172F-T)上にランダムに表示される ターゲットを指でタップさせる作業である.本実験 では,作業開始前にタッチパネル中央に「HOME」ボ タンを表示し,それを被験者にタップさせると同時 に作業開始とし,表示されるターゲットを利き手の 人差し指でタップさせた.

 各作業の制限時間は10分間とし,被験者には可能 な限り速く作業させた.

図1.実験スケジュール

(4)

(5) 計測指標と解析方法

 本実験では,計測指標として被験者の生理指標と して「体温」,「心拍数」,作業中の「覚醒度」,「作業 中の主観的負担感」,「作業結果」を用いた.

 体温,心拍数の計測は,睡眠時間の短縮が被験者 の体温,心拍数による生体リズムに影響を及ぼして いるかどうかを検討するために行った.また被験者 に対しての生活統制が被験者の健康や作業遂行に悪 影響を及ぼしていないかどうかの検討にも用いた.

具体的には食事や実験中の動作や心理的要因などに よる影響の有無を体温・心拍数変化より確認した.

これに加え,睡眠時の心拍数変化を見ることで,被 験者が十分に睡眠をとることができたかを確認した.

体温計測は環境の影響を受けにくい深部体温計測が 望ましい.通常は深部体温計測には直腸温が用いら れる.しかし,本実験においては実験時間が長時間 に渡るため被験者の負担を考慮し,直腸温とともに 深部体温と相関があるとされている鼓膜温14)を赤外 線体温計(オムロン社製, MC-510)を用いて計測し た.計測期間は作業前日の18時から翌日の作業終了 時刻の17時迄とした.その間1時間おきに3回計測し,

その平均をデータとして用いた.心拍数と直腸温は,

その変動に類似性が見られることが知られている16). そのため体温と共に被験者の実験中の生体リズムの 指標として計測する.装置については電極を内蔵し たバンド型心拍計(Polar社製,S810i)を胸部に装 着し,腕時計式受信機にてデータを保存する心拍計 を用いて体温と同様,作業前日18時から翌日17時ま で計測した.心拍計により心電位のR-R間隔を計測し,

これにより1分当たりの心拍数(bpm)を求めた.

 脳波計測についてはマルチテレメータ(日本光電 社製,WEB-5500)を用いて計測した.脳波の測定位 置は国際10/20法に従い,F3,F4,C3,C4,O1,O2位に電極 を貼付し,各作業中のみ計測し,覚醒度の指標とし

て扱うことにした.サンプリング周波数は100Hzとし た.脳波計測は日中の覚醒水準の定量化が目的であ るため,解析方法は各チャンネルについて原波形を ローパスフィルターにかけ,ハニング窓に通し,高 速フーリエ変換した.その後にslow alpha成分(8〜

9.5Hz)を積分し,このスペクトル積分値を覚醒度の 指標として用いた16).一般的にα波が優勢な部位は 後頭部であるため,解析ではO1,O2位のα波の平均値,

特にslow alpha成分の変動に着目した.

 また,作業中の主観的負担感を調べるために,日 本産業衛生学会産業疲労研究会の自覚症しらべ17)を用 いて各作業後の主観的負担感を計測した.これは25 項目の質問からなり,5問を1群とし,それぞれ,ね むけ感,不安定感,不快感,だるさ感,ぼやけ感の 5群に分類する形式である.これを各作業後に行い,

群別に被験者全体の平均値を算出した.

 4種類の作業結果に関して,ストループ作業,計算 作業,記憶作業については,各作業における回答数 から誤った回答数を除いて正答数を算出して各作業 を評価した.タップ作業については,表示されたター ゲットをタップした回数とターゲットの中心と被験 者のタップした箇所との差(作業誤差)を求めて評 価した.

3.結 果

(1) 体温

 図2に作業日における体温の推移を示す.各条件で の全時間帯の平均体温は,SS条件で,35.83±0.15℃,

LS条件で35.93±0.12℃で,明らかな差は見られな かった. SS条件ではLS条件に比べて早朝(6・7時)

は体温が低い傾向が見られた.また,9〜13時でも僅 かではあるが,SS条件の方が低い傾向が見られた.8 時,14〜17時ではSS ,LSの条件間には顕著な差は見

(5)

られなかった.

(2) 心拍数

 図3に作業日における心拍数の推移を示す.各条 件 で の 全 時 間 帯 の 平 均 心 拍 数 は,SS条 件 で74.0±

2.12bpm ,LS条件で75.8±2.17bpmで,明らかな差は 見られなかった.また,SS・LS条件間の比較に関し ては,8時,11時〜13時以外は僅かではあるが差が見 られた.

(3) 脳波計測による各作業中の覚醒度

 図4に睡眠時間とslow alpha成分のスペクトル積分 値との関係を示す.これより,全体的にLS条件に比 べてSS条件における値が高いことがわかる.これは,

特に9時,13時のSS条件のslow alpha出力が高いこと を示し,覚醒度の低下が起こっていると言える.図5 には図4を作業ごとに分割したslow alpha成分のスペ クトル積分値を示す.図5によるとslow alpha出力は すべての作業に対するスペクトル積分値の分散が大 きいが,全体的にストループ作業,記憶作業におい て値が低く,計算,タップ作業においてslow alpha 出力が高い傾向が見られた.

(4) 主観的負担感

 疲労自覚症調査は各群別に睡眠条件を比較し,図 示する(図6).縦軸のスコアは値が高いほど負担が 高いことを示す.なお,主観的負担感については項 目別に3要因(睡眠時間,作業時間帯,個人差)の分 散分析を実施した.その結果,すべての項目で睡眠 時間はLS条件よりSS条件におけるスコアの低下が見 られた(p<.001).また,個人差については項目によ らず主効果が有意であり(p<.001),作業時間は眠気 感,不安定感,不快感についてのみ主効果が有意で あった.このことより,個人差はあるものの全体と しては睡眠時間の短縮が主観的負担に現れているこ とがわかったと言える.また,各群別に見ると,主 観的負担は相対的に眠気感や不快感に大きく表れ,

起床時や午後(13時半・16時)の作業時間帯ではと 図2.条件別の体温推移

図3.条件別の心拍数推移

図4.睡眠時間とSlow alpha成分のスペクトル 積分値との関係

図5.作業別のSlow alpha成分のスペクトル積分値

(6)

りわけ睡眠時間が短いと主観的負担感が大きくなる ことがわかった.一方不安定感や,だるさ感につい ては上記の項目に対して両条件においてスコアが低 く,起床後・午後(13時半・16時)にLS条件時にお いて,顕著な低下が見られた.ぼやけ感についても は相対的に両条件(LS条件・SS条件)とも低い値を 示し,概ね時間帯によらずLS条件のほうがぼやけ感 が高くなることがわかった.

(5) 作業結果

 作業結果について,ストループ作業,計算作業,

記憶作業については正答数を各条件について図示す る(図7).タップ作業については制限時間内のタッ プ回数(図7(d))と表示されたターゲットの位置と 被験者がタップした位置との差(図7(e))を作業誤 差として図示する.なお,作業結果については作業 別に3要因(睡眠時間,作業時間帯,個人差)の分 散分析を実施した.その結果,睡眠時間については タップ作業のタップ回数を除き主効果が有意であり

(p<.05),作業時間帯についてはストループ作業のみ

主効果が有意であった(p<.05).また,個人差につ いては作業によらず主効果は見られた(p<.001).睡 眠時間はLS条件よりSS条件におけるスコアの低下が 見られた(p<.001).また,個人差についてはすべて の項目で主効果が有意であり(p<.001),このことよ り,個人差はあるものの全体としては作業時間帯に よらず睡眠時間の短縮により作業結果が悪くなるこ とがわかった.また,作業別に見ると,ストループ 作業(図7(a))は全作業時間帯についてLS条件に対 してSS条件の正答数の低下が大きいことがわかった.

計算作業(図7(b)),記憶作業(図7(c))については 時間帯ごとに正答数が変化し,計算作業については 午前中において正答数,記憶作業については11時以 外はSS条件の方が正答数が低かった.タップ作業に ついては,図7(d)(e)より,全作業時間帯でタップ回 数の低下は見られるが,タップの作業誤差(図7(e))

については両条件間の差は僅かで,全作業時間帯の 平均値がSS条件は,22.04±1.39ピクセル,LS条件は,

24.02±2.13ピクセルであった(いずれも0.26mm/ピク セル).

図6.自覚症調査(主観的負担感)の結果(

SS条件

LS条件)

(7)

4.考 察

(1) 睡眠時間の長短と各機能の関係

 知覚機能に関しては,ストループ作業の結果より

(図7(a))全体的にLS条件の方が正答数が高かった.

また,脳波計測の結果(図5)から,おおむね,SS条 件の方がslow alpha成分のスペクトル積分値が高く,

睡眠時間が短くなると,覚醒度が低下することがわ かった.16時では,SS条件とLS条件でslow alpha成分 のスペクトル積分値の逆転現象が見られたが,作業 結果はLS条件の方が顕著に正答数が高かった.この 結果については,脳波のレベルでは,睡眠時間の影 響は大きく見られなかったが,眠気感が主観レベル

(図6 (a))でSS条件の方が9時以外高かったことが関 係していると思われる.

 思考機能に関しては計算作業の結果(図7(b))よ り午前中(9:00,11:00)はLS条件の正答数が顕著に 高かった.脳波結果(図5)では9:00においてはLS条 件に比べてSS条件のスペクトル積分値が高く,覚醒

低下が起こっていることがわかった.その他の作業 時間帯では顕著な差は見られず,16時では僅かにLS 条件の方が値が高くなった.このように作業結果と 脳波結果から,思考機能は日中になるにつれて,睡 眠時間の差が思考機能に及ぼす影響が少なくなると 考えられる.また,思考機能のような高次の脳機能 は短時間睡眠の影響は受けにくいが,生体リズムに おける活動度の低い作業時間帯では機能低下を起こ す傾向があるものと思われる.

 記憶機能に関しては記憶作業の結果より(図7(c)) 全作業時間帯でLS条件の正答数が高かったが,午前 中(9:00,11:00)では両条件の差はごく僅かであり,

午後(13:30,16:00)ではSS条件の正答数の低下が 著しいことがわかった.脳波結果(図5)を見ると,9:00 においてSS条件のスペクトル積分値が高いが,その 他の作業時間帯では両条件の差は僅かであった.こ のことより記憶機能も知覚機能と同様に脳波レベル では睡眠時間の影響は確認できないが,主観的負担 感(図6)の様々な項目で13:30,16:00においてLS条 図7.作菌結果(

SS条件

LS条件)

(8)

件と比べてSS条件のスコアが高く作業結果と同様の 変動であることがわかった.これらより,記憶機能 における睡眠時間の影響は起床後,時間が経過する につれて疲労として表れ,記憶機能の低下に繋がる ものと考えられる.

 動作機能に関してもタップ作業結果では全体的 にLS条件のタップ回数が多い傾向が見られたが(図 7(d)),その作業誤差については両条件の精度の差は 僅かであり(図7(e)),睡眠時間が動作機能を評価す る作業精度に及ぼす影響を受け難いと考えられる.

具体的に特徴的な作業時間帯ごとに見ると,9:00で はSS条件の誤差が高いが,その他の作業時間帯では LS条件の方が誤差が大きい傾向が見られた.これは,

作業において作業速度が速くなると作業精度が低下 したと考えられ,LS条件ではSS条件に比べて作業速 度が高かったものと言える.タップ作業中の脳波で は16:00以外でLS条件よりもSS条件の値が僅かに高く なる傾向が見られた.これは睡眠時間の影響と考え られるが,動作により,一定レベルの覚醒度を保つ ことが出来たのではないかと考えられる.

 以上のように,睡眠時間の長短と各機能の関係を 述べた.本実験により知覚機能・思考機能・記憶機 能については比較的機能低下が大きく,一方,動作 機能については機能低下が僅かであることがわかっ た.これらの各種機能変化の主な要因は短睡眠によ る作業中の覚醒低下によるものと考えられる.その ため,機能低下を引き起こした知覚機能,思考機能,

記憶機能は覚醒低下の影響を受け易く,動作機能に ついては覚醒低下による影響を受け難い,若しくは 覚醒低下を抑制するものと考えられる.

(2) 睡眠時間の長短と生体リズム

 体温結果によると,全時間帯における両条件の差 は僅かであることがわかった.しかし,時間帯ごと

に詳しく見ると,朝の6時から8時まで,SS条件の体 温が低く,それ以降14時迄においても僅かではある がSS条件の体温の低下が見られる.これは心拍数結 果についても同様であり,心拍数では6時から11時ま でと,午後の14時から16時までの心拍数の低下が見 られた.一般的に睡眠時間や睡眠時間帯の周期で,

日常と6時間以上の差が発生することによりサーカ ディアンリズムは変化するものと言われている18). 今回の実験において,SS条件とLS条件の睡眠時間の 差は3時間であるため,生体リズムが明確に変化した とは言えないが,体温・心拍数の変動を考慮すると,

リズム変化が起き始めていると考えられる.今後の 実験では睡眠時間の長短と生体リズムの関係を明ら かにするために,長時間の体温及び心拍数のモニタ リングを計画する必要がある.

5.まとめ

 本研究では,睡眠時間が翌日全体の身体機能に及 ぼす影響を評価することを目的とした.具体的には,

睡眠時間の長い条件(6時間)と短い条件(3時間)

の2条件で,起床後の身体の「知覚」,「思考」,「記憶」,

「運動」の一連の認知から運動に至るまでの機能に対 応した作業を被験者に行わせ,脳波計測による各作 業時の覚醒度,自覚症調査による各作業後の主観的 負担感,各作業の結果により総合的に評価した.また,

本研究では実験中の被験者の生体リズムの変化につ いても体温・心拍数計測により確認した.その結果,

体温,心拍数の変化から,本実験のような短期的な 短時間睡眠では,生体リズムの顕著な差は見られな かったが,その負担は主観的負担感が大きくなるこ とがわかった.脳波についても短睡眠時では特に午 前中の9時の作業時について,Tassiらの報告(6)同様,

覚醒度の低下が顕著に確認された.また,主観的な

(9)

眠気感としても午後の眠気感の増加がみられた.作 業結果では,これらと同様に,翌日の活動にも大き く影響することがわかった.具体的に,知覚機能に ついては,終日機能低下が見られた.思考機能,に ついても僅かであるが,全体的に機能低下がみられ,

記憶機能は午後になるにつれて正答率の低下がみら れた.一方,動作機能の顕著な変化は見られなかった.

このように,短時間睡眠は知覚・思考・記憶機能の 様な認知機能については,起床直後だけでなく終日 影響を及ぼし,動作機能については影響が少ないこ とが明らかとなった.

謝辞

 最後に本実験にご協力を頂いた首都大学東京の大 学院生,学部生の皆様に深く感謝する.

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Karita: Influence of Overtime Work, Sleep

(10)

Title

INFLUENCE OF SLEEP DURATION ON NEXT WHOLE DAY’S COGNITIVE AND PHYSICAL FUNCTION

Authors

Akihiko SEO*, Hisaya SUNAGAWA**, Kouki DOI*, Satoshi SUZUKI*

Institutes

*Faculty of System Design, Tokyo Metropolitan University

**Graduate School of System Design, Tokyo Metropolitan University

e-mail:aseo@cc.tmit.ac.jp

Key Words

sleep duration, physical function, arousal level, subjective rating about mental work strain, work performance

Abstract

In this study, for the purpose of investigating influence of sleep duration on next whole day’s physical function, focusing on “perception function”, “thought function”, “working memory function”

and “motility function” after wake-up on two different sleep conditions (six hours (long sleep) and three hours (short sleep)) , we conducted one experiment to evaluate each function. Six healthy male subjects participated in this experiment. They were asked to do each work corresponding respective four functions. During this experiment, we monitored EEG for evaluating arousal level. And we also recorded subjective rating about mental work strain and calculated work performances regarding each work. Simultaneously, body temperature and heart rate were measured for checking changes in biological rhythm. The results showed that perception function ,thought function ,and working memory function were declined in case of short sleep condition. There were no remarkable changes in the biological rhythm between long and short sleep conditions.

参照

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