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関連性理論による幼児のことばの分析

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関連性理論による幼児のことばの分析

下 道 省 三

第1章 問題  幼稚園や保育所の教育(保育)で最も大切なことは何ですかと質問され たなら私は、「子どもの気持ちに寄り添うこと」と答えたい。もちろんひ とことで答えられる質問ではないだろうし、観点を変えれば別な正答(た とえば「子どもの発達を支援すること」「子どもを理解すること」「子どもとコミュ ニケーションできること」など)もあるだろうが、この答えはかなり的を得て いるのではないだろうか。  子どもの気持ちに寄り添うとは、子どもの気持ちに共感することでもあ る。保育内容には造形、音楽、身体、言語といった表現があるが、幼児の それらの表現に響き合う(共振する)ことが保育者には求められるはずで ある。  ところで発話理解や認知というものが、同調的神経活動すなわち「ミラ ー・ニューロン」の活動としてとらえられようとしているが、このような 近年の研究成果によって「子どもの気持ちに寄り添うこと」の意味が今後 より明確になっていくのではないか。  いずれにしても、子どもと楽しくコミュニケーションができるというこ とが保育では重要である。保育のねらい(「言葉」の領域の「ねらい」)の中に、 「伝え合う喜びを味わう」というのがあり、伝え合いという響き合いは、 喜びでもある。子どもが伝え合う喜びを味わうためには、保育者は、子ど もの思いや考え、あるいは子どもの言っていることが分からなければなら ない。子どもと伝え合うこと(コミュニケーション)ができなければならな

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い。  いうまでもないことだが、幼児のことばやコミュニケーションを理解す ること、あるいはそれらの発達について理解することは、幼児教育におい ては大変重要なことである。ことばの発達及びそのサポートは、人とかか わる力の発達及びそのサポートなどと比べると、よく分かって来つつある。 ことばの発達をサポートするという保育者の専門性は、今後、より一層重 要になっていくに違いない。  先日見かけた光景だが、道を歩いていて、前方のベビーカーに乗ってい る1歳半ぐらいの子どもが、「ワンワン」と言って母親の顔を見た。母親 はだまっていたが、もし「そうだね、ワンワンがいるね。」と応答してあげ るならば、この子には満足のいくコミュニケーションの経験になっていた であろう。母親の顔を見るというのは、やはりまだ自信がないのではない か。このような場面で保育者ならば『幼稚園教育要領』や『保育所保育指 針』に書かれた保育内容を行なうことができたであろう1)  この研究での「ことば」は、生活の中での伝え合い、分かり合いの際の ことばである。それは岡本の「一次的なことば」でもあるし、原初的な言 語の世界でもある。また意図明示的推論的なコミュニケーションでもある。 ゆえに言語というもののもともとの姿を幼児のことばから学ぼうとしてい ることになる。おそらく4歳、5歳を過ぎてくると言語や認知のはたらき において、より高度な、複雑なことを行なうようになるであろう。その後 もより高度で複雑で、より統合化されたやり方を行なうようになっていく はずである。チュコフスキーが、「どのこどもも、二歳以後しばらくは天 才的な言語学者となり、五∼六歳に近づくにしたがって、この才能を失っ ていくように、わたしには思われます2)。」と述べているが、それはこのよ うな発達が原因であろう。乳幼児のおもしろいことばから、ことばの原初 的(本来的)なところを学ぶことができるのである。  さてこの小論は、子どもとくに幼児のことば(言語使用や発話理解)につ いての理解を深めようとするものである。幼児のおもしろい発言を取り上

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げて、おもに関連性理論3)に立って分析(説明)しようとするものである。 「おもしろい発言」というのは幼児の心理や言語使用の特徴がよく出てい る発言のことである。それらの発言を分析することによって、既存の知識 に結びつける際の幼児のやり方を明らかにしようとする。すなわち幼児の 発話理解における推論の様子を明らかにしようとする。幼児でももちろん 目の前で見たことや相手の発話から有用な情報を取り出してある新しい想 定に達することができる。そのプロセスをより明確にしたい。  ところで幼児の発話理解や言われたことばの意味について研究している のであるが、「理解」や「意味」を硬く(正式に定義をして)考えることは避 けたい。「意味とは何か」(とくに「意味」の定義)には余り関心はなく、我々 は主体的に「意味させる」「有用さが分かる」「使う」のであり、ことばで もって「伝え合う」のである。「意味」という何かあるものが存在するので はなく、「有用さが分かる」「役に立たせる」という活動を見て行きたい。 (文末の注4でもこのことについて述べている。)また、「理解」の実際は「自分 なりに(勝手に)とらえる」という特徴があると考えておきたい。 第2章 関連性理論 (1)関連性理論とは  関連性理論は発話理解における認知の関与に注目した理論である。  まず我々の認知のはたらきについて二つ例をあげてみたい。先日、朝の 出勤の時にスーツのズボンの止め金(本来なら2センチほど左右に動くように なっている)が動かないことに気がついて、何とかできないかなと思った 時に、そういえば昨日ねじ回しのセットを使ったがその中に細いものがあ った、あれでやってみようと考え、実際にそれを使ってあれこれやってみ ると動くようになった。  人はどうして(なぜ)手がかり(上の例で言えば昨日使ったねじ回しのセット (にあった細いもの))に無意識的に思い至る(気がつく)ことができるのであ ろうか。過去のすでにもっている記憶4)の中から有益な情報に気がつく

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(連想する、結びつける、つながりをつける)ことができるのであろうか。この 問いには、思考とはそういうものなのだとか、我々は能動的主体的存在で あって、関係づける、役に立たせる、応用するといった性質を持っている のである、などといった答えが返ってきそうであるが、そのプロセスはも う少し深く分析できるのではないか。  二つ目は以前、拙著5)で紹介した「止まれ」の例であるが、解釈を補足 し再掲する。  通勤でいつも歩いているそんなに広くない道を歩いているときに、この 道が一方通行なのかどうか気になった。(前からも車が来るのだろうかと。)数 秒後、30 メートルほど先の地面に「止まれ」のしるし(道に書かれた道路標 識)があるのが見えた。その「止まれ」が道の真ん中ではなく左側にあっ たので「一方通行ではない」ということが分かった。  この例は次のように分析できる。  ①今歩いているこの道が一方通行なのかどうかが気になった。  ②道路に書かれた「止まれ」が目に入った。(新情報)  ③道路の「止まれ」の標識についてはよく知っている。(旧情報・既存の 知識)  ④「止まれ」が左側にある。(さらなる新情報)  ⑤この道は一方通行ではないと分かった。  道路に書かれた「止まれ」という情報(手がかり)に気がついて問題が解 決できたわけである。意味に気がつくという②∼④のプロセスは、最初の 問題(意図)である①と解決である⑤に役立つことになる知覚・認知のプ ロセスである。ふつうはこの②∼④の認知過程が他にもいくつか試みられ て問題解決に至ると考えてよいのではないか。このケースでは、新情報の 「止まれ」及び「止まれ」が左側にあるということが役立つと分かり、採用 された。新情報は、直面している問題の解決に役立つか(有効か)どうかが 吟味され、採用されあるいは棄却される。  人は出会った情報(何か音がしたという最も原始的な刺激から話されているこ

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とばなどの高度な情報まで)が有益かどうか(意味が引き出せないかどうか、手 がかりになるかどうか)を絶えず考えているといえよう。これらのいろいろ な刺激、情報はとりあえず知覚的に処理される。注意があちらこちらに短 い時間で(瞬間的に)移り変わっている。そして、何らかの意味が引き出せ る情報かどうか吟味する。これもほんの短い時間のうちに行なわれるだろ う。そして関連性のある情報ならば、うまく推論が進む。意味が生じる。  この「止め金」と「止まれ」の二つの例は、我々の認知のはたらき、あ るいは何かに気がつくというはたらきである。一般的に言って、人はこの ように効率的に解決に至る。  これを関連性理論の用語で言えば、関連性のある情報(想定)に気がつ いた(を処理した)ということになる。関連性理論の考え方を端的に示す記 述を引用すれば、「たまたまある現象に注意を払ったり、それをたまたま ある方法で描写することになる理由は何だろうか。………我々の答えは、 ……その時点で最も関連性のある想定を処理することになるということで ある6)。」  「私たち人間の認知システムは、知覚、記憶、推論とも、自分にとって潜 在的に関連性のある情報を取り出すように働く性格を持っているのです。 ………たとえば、あなたが自宅に向かって歩いていると、自分の家の窓か ら煙が出ているのに気づいたとしましょう。この「煙が出ている」という 視覚情報は、あなたにとって関連性のある情報と言えるでしょう7)。」  要するに関連性理論では、我々の認知というのは、関連性のある情報に 気づくようになっていると考える。我々は瞬時のうちに次から次へといろ いろな物(刺激)の知覚的処理を行なっていると考えられるが、それらの たくさんの物(刺激)の中から、ある物(刺激)を価値のある(役に立つ)情 報(意味)にすることができるのである。「価値のある情報」が関連性のあ る情報ということになる。  ただし、「止め金」の例は、思考といえる例であり、認知が関係している とはいっても、本稿ではあまり重要ではない。すなわち会話理解の理論で

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ある関連性理論が取り扱うのは、会話における意味の伝え合いである。会 話あるいは発話理解の場合に問題となるのは、認知といっても比較的短期 の(すぐに気がつく)情報理解(意味理解)のプロセスである。それは思考と は違うプロセスといってよいだろう。会話では新情報に至るというプロセ スが関係している。  ところで、上述の「止まれ」の例は、まわりの環境に存在していた(ひ そんでいた)手がかり(情報)に、自分自身で気がつかないといけないとい う場合である。一方、会話では、話し手が関連性のある情報を提供するこ とになっている。これは「伝達的関連性の原理」と呼ばれるものである。 (2)認知的関連性の原理と伝達的関連性の原理  認知的関連性の原理は、「人間の認知は、関連性が最大になるようにで きている。」という原理で、「基本的で、一般的な」我々の認知のはたらき について説明したものである8)。この原理については、すでに前節の「止 まれ」の例のところで出てきている。  一方、伝達的関連性の原理についてであるが、これは「発話は、関連性 の当然視を生み出す9)。」という原理である。これは「会話においては話し 手は関係のあることを言わなければならない」というグライスの公理(「関 係のあることを述べよ」)を発展させたものである。また、今井はこの原理を 次のように説明している。「この原理は、くだいていえば、発話をすると いうことは「私の話を聞きなさい。あなたの欲しい/あなたの役に立つ情 報が、手間暇要らずで手に入りますよ」という話し手の呼びかけにほかな らないこと、聞き手もそのような効果を期待して発話に耳を傾ける事実を 述べたものである10)。」  会話では、話し手は聞き手が分かる(聞き手に伝わる)ように言う。すな わち話し手は、聞けば分かるように言う。(その際、当然であるが話し手は自 分の言っていることを理解しており、その理解を聞き手に伝えようとしている。) ということは話し手は、聞き手がどう理解するのかを予想しているという

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ことになる。聞き手は多くの場合、話し手(相手)が何を言っているのか を聞こうとする。ゆえに聞き手は相手の発話が何を言っているのかをすぐ に(容易に)察することができる。関連性理論のこのようなとらえ方(理解 の仕方)は、会話の典型的な形の説明として、妥当なものであると私は考 える。  ところで関連性理論では、会話において、話し手は自分の考えや命題を 聞き手が持つように意図しているというふうに考えるのではなく、聞き手 に手がかりや想定を提供していると考える11)。話し手は、その想定を提供 (提示)すれば相手(聞き手)も自分と同様に意味に気づくことができるは ずであると考えていることになる。想定(たとえば「止まれ」がある、そして 左側にある)にもとづいて自分も理解できたのだから、聞き手も同じよう に理解できるはずだと考えて、その想定を示すのである。会話では、聞き 手が気づくことができる、ということを利用しているということになる。 (3)コーディングと推論  先ほどもふれたように関連性理論は発話理解における認知の関与に注目 する。すなわち関連性理論が関心をもつのは伝達(Communication)の中で も推論が伴われた伝達である。その伝達では聞き手が気づくという内的作 業を行なっている。これは言い換えれば何かについて話をしている(話題 がある)という場合を問題にしているということになる。たとえばカクテ ルパーティ効果のような情報処理のはたらきにはあまり関心がない。  私は授業で次のように言うことがある。「『そこに傍線を引いてくださ い』とか『そこはテスト範囲にします』と言う私の声だけが(その時だけ) 聞こえてくるという聞き方ではいけませんよ。今何のこと(話題)につい て私が話をしているのかを聞いてください。」  「傍線」「テスト」などは信号といえるものであり、そこには話題という ものがない。すなわちそれらは文脈に依存しないことばであり、単独で情 報処理されるのである。これはコーディング的な情報処理であり、ことば

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から来るイメージが情報処理されている。  ちなみに授業での話し手(教員)は、つじつま(話の筋)を重視するが、 聞き手の学生の多くは、つじつまにはあまり関心がないように思われる。 教員がことばを嚙んだり、ことばに詰まったりすると学生はすぐに気がつ く。  「傍線」「テスト」などのような解読的な情報処理でも、背景の知識や経 験がないと成立しないであろうが、やはり信号の解読には推論過程は生じ ていないといえよう。もっとも「傍線」とか「テスト」に選択的注意がは たらくなら、それすらも耳に入ってこない態度よりはましであろう。しか しもちろん私が重視するのは理解(あるいは推論)という活動である。理解 というのは複雑なはたらきであろうが、一つの考え方として、理解を既存 の知識とつながることであると考えてよいのではないか。それは関連した ことに気づくことである。ただし関連したこと気づくことができるために は、お互いがある程度共通の想定をもっていることが必要である。日常の 一般的な会話では、そういう共通の想定をお互いがもっていることが多い であろうが、授業での学生と教員の想定のズレには注意が必要であり、教 員の話は、できる限り学生にとって関連性のあるものにしなければならな い12) (4)幼児の発話理解への関連性理論の適用について  関連性理論では、発話を文脈(Context コンテクスト)や想定(Assumption) を使って解釈する(意味が分かる)というはたらきを扱っている。この小論 は、とくに幼児におけるそのようなはたらきについて明らかにしようとす るものである。すなわち関連性理論に立って幼児の発言を見ていく。その 幼児のコンテクストを使った気づき(分かり)を分析する。あるいはその 幼児のコンテクストについて述べる。  ところで関連性理論は大人同士の会話を説明する理論である。子ども (幼児及び児童)が行なう会話や発話理解にそのまま適用するならば、問題

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が生じる恐れがある。ただ、関連性理論のうち、「認知的関連性の原理」の ほうは、前節で述べたように人間の認知のはたらきの基本的な部分のとこ ろを説明したものであるから、大人と子どものあいだの違いは無いのでは ないか。赤ちゃんの時から共鳴動作などを含む認知活動が行なわれている し、幼児期になれば手持ちの情報、知識、記憶の中から、関連性のある想 定をすぐに思い出し、活用して有益な新たな情報、知識を導き出してい る13)  このことは次の発言例1を見ても分かる。子どもがちゃんと必要なもの (役に立つ、有益なこと(情報))に気がつくという例である。  なお発言例は、次の①∼④の資料より引用したものである。  ①ぐるーぷ・エルソル編『こどものことば』晶文社、1987 年  ②神戸市長田区公立保育所編『かたつむりがはだかんぼや』1989 年  ③朝日新聞「いわせてもらお」欄  ④朝日新聞「あのね」欄  また〈コメント〉は筆者(下道)のコメント(解釈)である。  [発言例1](③「いわせてもらお」(2013 年8月 10 日付)より)  ◎ハンカチ  息子が保育園に通い始めたころ。夫が朝、「ハンカチ取って」と言うと、 「お父さんもお友達とハンカチ遊びしてるの ?!」と驚いていた。  〈コメント〉この子どもは「ハンカチ取って」を解釈できた(その意味が 分かった)。この子どもなりの関連性があったから父親の言ったことばの意 味(ただしこの子独自の意味)が分かった。また、この子にとっての旧情報 (コンテクスト)は、最近保育園でやっているハンカチ遊びの知識、新情報 はお父さんが「ハンカチ取って」と言ったこと、認知効果(含意、結論)は お父さんもハンカチ遊びをするということである。  このように幼児も関連性のある情報に気づくことができるのであるから、 「認知的関連性の原理」は幼児にも適用できると考えてよいであろう。  一方、「伝達的関連性の原理」のほうは、上述の問題が生じる可能性が

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あると思われる。前述したように、もともとこの原理は、グライスの会話 の理論(「協調の原理」及び「会話の公理」)を発展させたものであり、まさに 大人の熟練したコミュニケーションのやり方を説明したものである。幼児 は相手に分かるようにちゃんと言っているのかどうか。また、聞くときに 関連性の期待をもっているのかどうか。この問題については次章で発言例 を分析しながら検討していきたい。 第3章 幼児の発話(発言)の分析 (1)コンテクスト  以前にもらった高速道路のサービスエリアガイド(地図)の表紙は満開 の桜の写真になっていて、先日あらためてその写真を見ると下のほうに 「東海北陸自動車道(岐阜県高山市の荘川桜)」と記されていた。「荘川桜」と いう文字を見ても、私はそのときは何も思い出すことはなかった。(ただし、 「しょうかわざくら」と読むのかなと思ったので、多少の記憶はあったのであろう。) そのときの私のように、荘川桜のことをよく知らない人、あるいはすぐに は思い出せない人には、その写真と説明文は、「桜の季節の写真だな」とか、 「岐阜県か」とかの意味(理解)しか生じない。「美しい」とか「満開だな」 などは見る人によるレトリック(見方)であって誰もがもつ感想ではない。 一方、荘川桜のいわれを知っている人(すぐに思い出せる人、すなわち思い出 す際のコストが高くない人14)なら、「そうか、これがあの荘川桜か。こんな ふうになっているのか。」となる。  このような分析は、見たことや相手の発話から、ある想定に達する(あ る想定が生じる)という場合のプロセスを、より詳細にとらえていることに なる。  ここで一つの考え方を提案したい。それは、既存のある知識(何らかの知 識)がないと、目にしたもの(事象、刺激、新しい情報)についての意味が生 まれてこないという考え方である。これは言いかえれば知っているものが 目に入る(知っているものしか目に入らない)ということである。既存の知識

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があるから目の前の新しい刺激が情報として取り入れられる(気がつく) という考え方である。  さてコンテクストとは、「(発話が行われたという想定以外に)発話を解釈す るために実際に使われる心的に表示された複数の想定15)」である。上の荘 川桜の例のように大人同士でも想定(あるいは知識すなわち知っていること) に違いがあるが、とくに幼児の情報処理(理解)では、大人同士の場合と は比べものにならないぐらいに大人との想定の違いが生じるであろう。  幼児における発話(言語使用)及び発話理解の際の想定や知識(知識体系) がこの章のテーマである。「認知的関連性の原理」と「伝達的関連性の原 理」に分けてこの問題について見ていきたい。 (2)認知的関連性の原理に基づく幼児のことばの分析  幼児の発言例の中から、何かに気がついたという発言例をあげてみよう。 幼児が気がつくことができている様子を見ていく。そしてその発言におけ る新情報、旧情報を考えてみる。  [発言例2](①『こどものことば』より)  あに5さい・いもうと3さい    いなかにいって ♣ あっ パトカーだ  おまわりさんもいるよ ♡  ほんとだ! でも おまわりさんのおうちって くにたちに あるん だよね    (東京都国立市に住んでいる)  〈コメント〉この子(いもうと)は、おまわりさん(新情報)を見て、おま わりさんのおうちはくにたちにある、という旧情報を想定した。そしてお まわりさんが遠くから来ているという解釈(認知効果)が生じた。この子に とっての意味は、おまわりさんが遠くから来ているということである。 「おうちがくにたちにあるのになんでここにいるんだろう」という想定が 生じたともいえよう。

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 想定するのにコストがかからない「おまわりさんのおうちはくにたちに ある」という旧情報をもとに、目の前の「おまわりさん」から新たな想定 (気づき)が生まれた。目の前の「おまわりさん」はこの子にとって関連性 のある情報なのである。  我々は何か出来事や事物を見たら、旧情報(知っていること、想定。上の例 では「おまわりさんがくにたちに住んでいる」という情報)に関係づける。子ど もでもこのような発言は多い。大人も子どもも関連性のある情報に気づく という点では同じであろう。この例は、子どもがちゃんと必要なもの(役 に立つ、有益なこと(情報))に気がついているということを示している。ち なみに「関連性」というのは、気がつくというはたらき(気がつくという人 間の機能)であると言ってもよいであろう。  [発言例3](①『こどものことば』より)  おとこ7さい あッ おかしい あのひと なんでバイクでえんそくなんかにいくんだろ う   ─ 遠足? ああ、荷物もてないからリュック背負っているのよ。 ふうん えんそくじゃないの  〈コメント〉この子どもの想定(既存の知識)は、「リュックを背負ってい たら遠足である」というものである。この例も自分にとって意味のあるこ と(事物、出来事、ことば)が、情報処理されるということを示している。こ の場合では「リュックを背負っている」という姿(出来事、様子、知覚)が この子にとって関連性があったということになる。リュックが遠足と関係 するという知識が旧情報である。(リュックを見れば我々はリュックと遠足と をすぐに関連づける。)そして意味は「おかしい」「なんでバイクで遠足なの か」である。子どもにとって関連性のある語や言い方、理解できる語や言 い方が何なのかを示している。  [発言例4](①『こどものことば』より)  おんな3さい

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  ─ たかしくん、こんど、上野動物園に行くんだって。 ふうん おかあさん わたしたちこんど したのどうぶつえんに いこう か  [発言例5](①『こどものことば』より)  おんな2さい   ─ 今日行ったの、上野動物園だよ。 じゃあ こんどは したのどうぶつえんに いくの?  〈コメント〉この二つの例とも最初に「うえのどうぶつえん」と聞いた ときに、自分なりに(能動的に、あるいは勝手に)そのことばから意味を引き 出している。すなわち、誰からも言われずに、「上の」「下の」という意味 での「上の」という意味と結びつけたのである。関連性という用語を使え ば、大人の言った「上野動物園」ということばは、この子どもなりの関連 性があったわけである。この子は最初に「うえのどうぶつえん」と聞いた ときに、既存の知識をもとにして、「上の」と認知した(という意味に理解し た)。「上の」が最初に浮かぶ解釈だったわけである。  大人は子どもに「上野動物園」という言葉を使うときに、子どもが「上 の」動物園という理解をするとは思わなかったであろう。ということは大 人はこのことばが子どもにとってどのような関連性があるのかが分からな かったということになる。話し手(大人)は聞き手に関連性のあることを 言うことができなかったわけである。  [発言例6](①『こどものことば』より)  おんな3さい     初めて乗った地下鉄の線路を見て どうして このせんろには いしがないの?  〈コメント〉この子にとって、線路に石がなかったということが、関連 性のある情報だった。旧情報は「線路には石がある」である。おかしい (変だ)と分かるためには、線路には石があるという想定がさほど大きなコ ストがかかることなく生じる必要がある。大人にとっては、コストが大き

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く、認知効果が少ない刺激であったと解釈できるだろう。  [発言例7](④「あのね」(2010 年 10 月 11 日)より)  10 月生まれの息子が、テレビで「今年は秋はない」と言うのを聞いた。 「エ! 僕のお誕生日も今年はないの !?」(男・9歳)  〈コメント〉このニュースのことばは、この子にとってだけの関連性(意 味)があった。もし仮にこの子の母親(あるいは父親)が、このような息子 の理解(反応、発話理解)を分かった(予想した)上で、「今年は秋はない」と 言うならば、母親(あるいは父親)はこの息子に対して関連性のある発言を したということになる。  この例で分かることは、保育者は子どもにとって関連性のある発話をし なければならない(することが望ましい)ということである。 (3)伝達的関連性の原理に基づく幼児のことばの分析  大人と子どもの会話で、ちゃんと意味が通じないということはある程度 避けられないであろう。しかしできるだけ通じるように努力をするべきで あるし、うまく通じない会話の要因を分析する(その原因をより細かく見る) ことが必要である。  大人同士の会話では、伝達的関連性の原理が十分にはたらいていて、ち ゃんと通じる。では子どもにおいて「関連性の期待」という点はどうなっ ているのか。発話理解においては、子どもも多少は関連性の期待をもつの ではないか。子どもが話し手のときに、相手に通じる(分かる)ように言う かどうか。すなわち関連性のあることを言えるかどうか。聞き手に通じる と思って話すであろうことは確かだろうが、聞き手の想定(考え)につい ての想定(メタ認知)は不十分な(正確ではない)ものだろう。ピアジェなら これは「自己中心性」で説明しただろうが、関連性理論ならメタ認知や伝 達的関連性の原理の不十分さで説明することになる。子どもは、話し手と して最適な関連性を提供できないのであろうか。また、子どもの聞き手は、 最適な関連性に気づかないのであろうか。この問いに対して私は今のとこ

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ろ十分な説明ができないが、発言例を分析しながら検討していきたい。  [発言例8](①『こどものことば』より)  おんな2さい せなか かゆいー ─ はい、どこがかゆいの、ここ? ちがう かゆいところが かゆい!  〈コメント〉「かゆいところが かゆい!」という言い方は大人にはでき ないだろう。大人なら聞き手が理解できるように言うはずである。すなわ ち上述の「伝達的関連性の原理」のところで述べたように、話し手には聞 き手が分かるように言う責任がある。聞き手は関連性の期待を持つ権利が ある。結局、この時期(2さい)は、まだ関連性のあることばを言う力が弱 いと言えよう。繰り返しになるが、大人は会話で、話題に沿ったことを言 うのは当然であるが、相手が行なう理解や想定(あるいは認知や思考)につ いても分かっている。相手の想定に配慮して話す。ゆえに聞き手は(相手 は)、何のことかがすぐに分かる。このことが、関連性のあることを話すと いうことである。  関連性理論によれば伝達(意図明示推論的伝達)というのは、話し手が公 式に(あからさまに)ある想定を(ある意味を)提供(供給)して、聞き手が ある想定をもつようにすることである。話し手は自分も分かるから相手も 分かると思って話すが、実際にその新しい想定の意味が分かる(意味に気 づく)のは、聞き手の仕事である。  さて伝達的関連性の原理に関係するのがメタ認知のはたらきであろう。 そこでメタ認知について発言例を見てみよう。  [発言例9](①『こどものことば』より)  おとこ3さい      母の実家で、父からの電話   ─ モシモシ、ヒデクン、なにしてるの? デンワしてるョ

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 〈コメント〉父の聞きたかったことは、電話に出る前に何をしていたのか、 あるいはここのところ何をしているのかであるが、息子には伝わらなかっ た。「なにしてるの?」という父親の発話の意味理解において、この子は 父親の意図が理解できなかった。父親の想定の想定ができなかった。これ はメタ認知能力の不足ということになるだろう。  この例も父親が関連性のある発話を行なっていない例であるが、子ども が自分だけの関連性の期待に従って父親の発話を解釈しているといえるで あろう。  [発言例 10](①『こどものことば』より)  おとこ8さい   ─ マルコメ(まるぼうず)にしたら、きっと、かわいいよ。 じぶんの こどもだからじゃないの?  〈コメント〉この母親の意図は、丸坊主にしたらスッキリするし、いろ いろと楽だし、などであろう。その意図は通じていないが、「じぶんの  こどもだからじゃないの?」と、母親の想定について言っている(想定で きている)ので、メタ性があると言えよう。8歳だから当然でもある。ちな みに一般的に相手の想定についての想定が可能ならば、情報の細かい部分 は相手の想定に頼って、発話を部分的に省略するのではないかと考えられ る。  [発言例 11](①『こどものことば』より) こどもたち5さい・4さい・2さい ♠ たすくは 5さいだよーだ ♧ まあちゃんは 4さいだよーだ ♣ やしちは なんさいだよーだ  〈コメント〉この2歳の子(やしち)は年長者のまねをしているが、年長 者の言っている意味が分かっていない。また自分のことばが相手にどう受 け取られるかがわかっていない。もちろん関連性のない発言をしているこ とになる。

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 [発言例 12](②『かたつむりがはだかんぼや』より)  先生に注意されている子どもをみて 「みんなが かわいいからおこられるねん かわいくなかったら おこら れへんねんでー」      (6歳3か月・女児)  〈コメント〉まわりから言われた言い方をまねして言っているのではな いかと思われるが、人の行為に対して言っているといえる。すなわちメタ 性がある。 (4)幼児のコンテクスト  大人と子どものあいだでのコミュニケーションが、大人同士のそれとく らべてうまく伝わらないことが多いことは確かであろう。その理由は常識 的にも幾つかあげることができるであろうが、コンテクスト(的想定)と いう側面からの分析が有力であると考える。コンテクストがなければ意味 が生じないという言い方は決して大げさではないであろう。  この研究は語用論である関連性理論の研究成果を生かして、子ども(幼 児)のことば、あるいは言語使用、発話理解を理解しようとするものであ る。関連性理論の研究成果の中では、コンテクストについてのものが重要 である。この小論では、この章のはじめのところでコンテクストについて 触れたが、十分なものではなかった。再度、コンテクストに注目して幼児 の発話を見ていかなければならない。  まず前述のいくつかの例(大人における例)におけるコンテクストを明ら かにしておきたい。  「スーツのズボンの止め金」の例では、止め金の不調がコンテクストで あり、そういうコンテクストの中ではじめて極細のドライバーが意味をも ってくる。コンテクストが意味をもたらすということがよく分かる。極細 のドライバーには一般的な意味があり、それはことばがコーディング的な 意味をもつということと同じであり、それは辞書的な意味である。それが

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止め金を修理する道具として使われる場合、現実的な意味になる。一般的 にことばというものは、このドライバーと同じで、コンテクストの中で意 味として使われる。  「止まれ」の例では、この道路は一方通行なのだろうかという問題意識 (あるいは一方通行についての私の持っている知識)がコンテクストである。こ のコンテクストが最初にあって、道路に書かれた「止まれ」に注意が行き、 左側にあることに気がつき、この道は一方通行ではないという解釈(理解 あるいは認知効果)が生まれた。  「荘川桜」の例では、荘川桜にまつわる話を知っている(思い出すことが できる)ということが、コンテクスト(的想定)ということになる。  次に最近私が経験したことの中からコンテクストの例をあげてみたい。  先日の朝の電車内で、座っている私の前に傘を持った人が乗ってきた。 それを見て一瞬「私は傘を持っていない?」と不安になったが、カバンの 中に携帯の傘を入れてきたことを思い出した。この場合、コンテクストは 「私は傘を持っていない?」という考え(問題)であり、「乗ってきた人の 傘を見た」が情報で、「思い出した」が解釈あるいは認知効果である。  またこれは一般的な例であるが、部屋の電気がついている、あるいはテ レビがついていると分かれば、誰かがそこにいるという認知が行なわれる。 この認知(コンテクスト)をもとに新たな刺激や情報が解釈される。今、教 室で授業を聞いているという状況なら、そういう認知をもとにして、入っ てくる刺激や情報、たとえば相手のことばが解釈される。それとは反対に、 普通の会話では、相手のことばが先にあって(相手のことばを聞いて)コン テクストを探し当てるということになる。時には相手のことばに若干の違 和感をいだき、周りを見回すことがあるが、それは相手(話し手)のコンテ クストを探り当てようとしているのである。  このような普通の会話の場合は、話し手と聞き手双方の間で、コンテク ストのすり合わせが、ほんの短い時間(数秒前後)のあいだに行なわれるで あろうから、話し手のコンテクストにはすぐに行き着くであろう。

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 さて、相手に伝わるように話すというのは我々が基本的に行なっている ことであるが、子どものコンテクスト(的想定)に大人は気づかないとい うことが多いであろう。すなわち子どもの発話のコンテクストにすぐには 行き着かないということがしばしば起きる。子どもの発言例をしばらく見 ていて、何分か、何時間か後で、「ああ、そういうことか!」と意味が分か るということがある。  では前述の子どもの発言例の中から、大人には分かりにくいといえる子 どものコンテクストを見てみよう。  まず「おまわりさんのおうちって くにたち……」の例では、この女の 子のコンテクストは「おまわりさんは、くにたちに住んでいる」である。  「バイクでえんそく」の例では、「リュックを背負っていたら、えんそく に行く」という知識がこの子のコンテクストである。  「今年は秋はない」の例では、「秋は私の誕生日がある時である」がこの 子のコンテクストである。  「デンワしてるョ」の例では、大人(父親)が使ったコンテクストは「電 話に出る前の遊びなど」であるが、子どものコンテクストは「今何をして いるか」である。  さて、子どものある発言を子どもの自己中心性の例として説明するよう な場合でも、コンテクストに注目して別な視点から分析することができる。 たとえば次の発言例を見てみよう。  [発言例 13](②『かたつむりがはだかんぼや』より)  散歩に行く途中 とんできた蜂をみて 「せんせい ブンブン蜂もおさんぽいきようねんな」      (3歳4か月・男児)  私はこの発言を、子どもの自己中心性がよく現れた例であると以前の紀 要に書いたが、その子どものコンテクストに注目して分析できる。すなわ ち、今自分がお散歩をしているというコンテクストの中で、飛んでいる蜂 という新情報(知覚的刺激)に接して「ブンブン蜂もお散歩をしている」と

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いう理解をしたというふうに分析できる。  幼児のコンテクストについて、より正しく推論できるならば、幼児のこ とば、発言をより正しく理解することにつながるはずである。 おわりに  ことばを使った分かり合い、伝え合いの場合でも、相手の考えや意図や 気持ち(思い)などについての推測や察しが行なわれている。この小論で はこのような我々の伝え合いについて、より分析的な理解をしようとした。 ゆえに私がまず依拠したのは「伝達と認知」の理論であるところの関連性 理論である。それは我々の言語活動(とくに会話)について理解を深めてく れる理論である。また認知発達についての理解では、もちろんピアジェの 前操作的段階の子どものことばの研究の恩恵を受けている。また近年の乳 幼児期の言語発達の研究の発展の恩恵も受けている。そして実際の多くの 子どもの発言例に接して、それらについて分析を試みた。現在の私がこれ までに学んできたものを使った分析であるので、不十分さは否めないが、 子どものことばについての理解を深めるためには、いろいろな研究領域に またがった総合的なアプローチが必要であろう。 1) ただし、『幼稚園教育要領』『保育所保育指針』にしても、意外に理解が難しい のではないか。それは「発達」や「保育」ということばの理解の難しさでもある。 一般の人は、発達的にとらえることや、ことばについてあらためて考えることに は慣れていないだろう。それは何年もかかって身につける発達観や保育観といえ るのではないか。このようなとらえ方は、メタ認知でもある。自分自身の経験、 活動、行為について(対象化して)考える(とらえる)ということである。これ ができるから、自分のことばや言語使用やコミュニケーションについてはエピソ ードに事欠かないことになる。以前、心理学の授業で、「知覚の例をあげなさ い。」という問を出したところ、「先生、知覚って何?」と聞かれた。何回かこの 質問に出会ったことがある。学生のこの質問によって分かったことは、(一部の) 学生はまだ心理学的な観点に慣れていないということである。 2) チュコフスキー(樹下節訳)『2歳から5歳まで』理論社、1970 年、26 ページ

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3) D.スペルベル・D.ウィルソン(内田聖二ほか訳)『関連性理論 ─ 伝達と認 知 ─ (第2版)』研究社、1999 年 4) ただしこの言い方は静的であり存在を感じさせるので好ましくなく、記憶はは たらき・活動(再構成の活動)ととらえたい。ただ本稿ではこのような存在論的 な(形而上学的な)言語使用が散見されるのではないか。 5) 下道省三「関連性理論による子どものことば(発話・会話)の分析(その2)」、 甲子園短期大学紀要第 27 号、2009 年3月、44 ページ 6) 注3、57 ページ 7) D.ウィルソンほか(今井邦彦編)『最新語用論入門 12 章』大修館書店、2009 年、59 ページ 8) 注3、318 ページ 9) 注7、74 ページ 10) N.スミス(今井邦彦訳)『ことばから心をみる』岩波書店、2003 年、原 ・訳 注 23 ページ) 11) 注3、69 ページ 12) 初期のことば(乳幼児が発達させることば、本来のことば、根幹となることば、 岡本夏木の「一次的なことば」)は、日常の生活の中でのことばであり、おもに動 きや様子や出来事などを指すことばであるから、大人はそのことを踏まえて子ど もとのやり取りをしなければならない。一方、教員と学生とのコミュニケーショ ンでは、教員がすでに発達させてしまった専門的な認識、とらえ方(たとえば何 年もかかって身に付けた発達というとらえ方、ことばについて考えるというメタ 的なとらえ方、保育の専門(業界)用語など)から離れることは相当難しいだろ う。本文で述べた「話題」にしても学生には伝わらないことが多いのではないか。 13) 認知の基本的な機構(体制、仕組み、プロセス)に違いはないと考えるが、ピ アジェが明らかにした認知(表象の仕方)の発達段階をはじめとして様々な違い があるのは当然のことである。 14) 関連性理論の用語を使えば、このような場合はその人にとっては「呼び出しの コストが低い想定(知識、情報)」であったということになる。 15) 注7、30 ページ (本学教授 教育心理学) 〈キーワード〉幼児のことば、関連性理論、コンテクスト

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参照

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