2019 年 3 月 March 2019
桜美林大学 法学・政治学系
J. F. Oberlin University Division of Law and Political Science
桜美林論考
The Journal of J. F. Oberlin University
法・政治・社会
社会学史における戦争と平和
War and Peace in the History of Sociology
渥美 剛
ATSUMI, Takeshi
1.戦争社会学の隆盛? 一昨年の事である。筆者のゼミ生(編入生)が質問してきた。ある授業で「社会学と平和」 というテーマのレポートを書かなければならないが、どう書いたらいいのかわからないと いうのである。そう聞かれて実は私も当惑した。社会学において「平和」という独立した研 究領域はおそらく存在しない。無論「平和研究」に関わっている社会学者は皆無ではないが、 平和研究の中心になっているのは国際政治学者であろう。有名なガルトゥングは社会学博 士(オセロ大学)の学位を持ち、社会学者と紹介されることもある。しかしガルトゥングの 理論は明らかに社会学の主流とは異質であるi し、後述する『戦争社会学ブックガイド』(野 上・福間編 2012)で紹介された132冊にも、彼の著作は含まれていない。 しかし「平和」でなく「戦争」ならどうか。かつてアンソニー・ギデンズやマイケル・マンが、 社会学は軍事組織や戦争についてほとんど論じてこなかったと慨嘆していた(Giddens 1985=1999:33、Mann 1993=2005)頃とは、かなり事情が違ってきていることは事実であろ う。海外の動向については野上元や荻野正弘(野上2012;荻野2016)を参照していただく として、近年の日本についてみると、2009年に「戦争社会学研究会」(以下「研究会」と略 称する)が設立される以前から、戦争体験や戦時下の文化研究を中心に、かなりの研究蓄 積がなされてきたことがわかる(野上・福間編2012;福間・野上・蘭・石原編2013;好井・ 関2016)。2017年には「研究会」の会誌として『戦争社会学研究』が創刊され、翌年には第 2巻が発行された。外部にいる筆者から見ると、戦争社会学は急速に発展しつつあるよう に思われるのである。 2.日本における戦争社会学の現状 しかし国内の諸文献を概観すると、その主題にかなりの偏りがあることに気づかされる。 ギデンズやマン、あるはチャールズ・ティリー(Tilly 2003他)などのような、軍事力およ びその行使(戦争、革命等集合的暴力)がもたらす社会変動に関する、巨視的・歴史的な研 究が非常に少ないのである。 「研究会」の中心メンバーの一人である福間良明もこう述べている。 近年の日本の「戦争(の)社会学」においては、やはり圧倒的に記憶・メディア・文学 方面の蓄積が大きかった。そこでは、いかなる記憶が覆い隠され、いかなる暴力が不問 に付されてきたのかについて、議論が積み重ねられてきた。………… だが他方で、戦争がどのような社会構造や社会空間の変化を生み出したのか、といっ た点については、総体的に議論が少なかったように思われる。(福間2017:10) 福間によると、1990年代半ばの総力戦体制論(山之内他1995;佐藤卓己1998等)に刺戟
を受けて生み出された「戦争(の)社会学」やメディア史研究は少なくなかったが、これ 以降、「戦争と社会構造の関係性を捉え返し、新たなパラダイムを提示しようとする動き は、あまり目立たなかかったように思われる」(福間2017 10-11)という。 もちろん、福間が指摘する通り、シリーズ『戦争が生み出す社会』第1巻『戦後社会の 変動と記憶』(福間編2013)のように戦争と社会構造、空間編成の変容との関係を実証的 に解明する試みも現れているし、野上元の一連の論考(野上2013;2015;2016)は、近代 社会における戦争と社会変動の関連を理論的に追求したものとして注目すべきものであ る。しかし、体験や記憶、文化に研究者の関心が偏るのは現代日本社会学全体の傾向で あり、今後、巨視的・歴史的な研究成果が続々と生み出されるという状況は正直想像し にくい。 3.社会学理論における戦争の不在? 本稿の目的は日本の戦争社会学の現状を論ずることではない。社会学史の展開と戦争、 革命等組織的暴力との関係について、いくつかの論点を提示することである。 第一の論点は、なぜ社会学理論において戦争や革命、反乱等組織的暴力が周辺的な主題 として扱われてきたか、なぜ「少なくとも社会秩序の形成において、戦争が果たす役割を 中核に据えた理論はほとんどない」(荻野2016:20頁)のかという問いである。前述したギ デンズやマンだけではない。近年に至っても、多くの論者によって同様の指摘が繰り返さ れている(Joas&Knöbl 2008=2013;Malešević 2010; 野上2012:荻野2016)。 もっとも明快な回答は、荻野昌弘によって与えられている。荻野は社会学が前提とする 「社会」概念自体が外部社会との戦争に対する無関心をもたらしたと主張する。荻野はデュ ルケームの『社会分業論』(Durkheim1893=1978/2017)を検討し、二つの公準を導き出す。 公準Ⅰ 共通の信仰(集合意識)をもつ社会が存在する(個人の結合が社会を産むの ではない) 公準Ⅱ 社会は自立的に発展する(荻野2016:22頁) 荻野の理解では、デュルケームにおいては、社会は共通の信仰ないし価値(集合意識)が あってはじめて存続可能であり、かつ社会が他の社会との関係においてのみ存在しうると いう関係論的発想はない。社会の外部という発想がない以上、外部に存在する社会との「戦 争」という問題には関心が至らない。戦争は例外的な出来事であり、社会の形成に直接関 わりがあるという視点は見いだせないのである。 荻野の『分業論』理解には若干疑問の余地があるし、荻野自身、デュルケームが『宗教生 活の基本形態』(1912=2014)では集合意識の形成における暴力的な沸騰状態の役割に注 目していることを指摘している。しかし、社会学理論の主流においては、初期デュルケー
ム的な統合され安定した社会像が継承されていく。パーソンズの社会システム論しかり、 ルーマンの社会システムにおいても「暴力の噴出は社会システムの終わりを示している」 (荻野2016:24頁)。 確かに、社会学の主流ともいうべきデュルケーム→機能主義/社会システム論の系譜(コ リンズの言うデュルケーム派)においては荻野の指摘は基本的には妥当するであろう。し かし、社会学における「闘争理論」―コリンズの分類ではマルクスとヴェーバーはこの 流れに入る(Collins1985=1997)―はどうだろうか。 アイルランドの社会学者マレゼヴィックは、古典的な社会思想には「好戦的な伝統」 (bellicose tradition)があることを指摘し、その6つの潮流ii について論じている(Malešević
2010, pp28-45)。それ自体興味深い記述もあるが、より重要なのは現代社会学に巨大な影響 力を与え続けている、マルクス、デュルケーム、ヴェーバーの三人(holly triangle)に関す る考察である。マレゼヴィックは、最も平和主義的なデュルケームでさえ、軍事問題や戦 争に関心を持っていたと主張する。彼によれば、むしろ第2次世界大戦後の社会学者たち が、好戦的社会理論に含まれる軍国主義や人種主義を忌避するあまり、マルクスら3人が 同時代人と共有していた軍事や暴力への関心を洗い流して、平和主義的な聖者像を作り上 げたというのである(Malešević 2010, pp18-28)。 4.産業的(型)社会と平和 マレゼヴィックの議論は非常に興味深いものである。しかし、社会学史をholly triangle 以前に遡って検討すると、やはり軍事や戦争を軽視または忌避する傾向が著しい。例えば、 社会学の父とされるコント、その師であったサン―シモンは、平和で軍事力が果たす役割 が極小化された社会の到来を確信していた。以下、サン―シモンを例に見ていこう。 実際にアメリカ独立戦争に従軍し、フランス革命の動乱を生き抜いたサン―シモンに とって、革命や戦争の暴力は忌むべきものであり、平和裏にヨーロッパ社会を再組織する ことが目標とされた(Saint-Simon1814=1987;高草木 2007)。革命と戦争の過渡期を経て、 今や平和で豊かな産業的社会が出現しつつある。その中心となるのは科学者と産業者で あり、かつて封建的・軍事的社会で世俗の世界を支配した軍人は無用の長物となる(Saint-Simon1819-20=1987)。 一方、イギリスではスペンサーが進化論を軸に壮大な「綜合哲学」の体系を樹立しつつ あった。「最適者生存」で知られるスペンサーの社会進化論は、国際社会に適応されれば弱 肉強食の国家間戦争を正当化するように思われる。しかし実際には、スペンサーはイギリ スの対外戦争に反対の立場を貫いた。 スペンサーの社会進化論によると、社会は外層システム(器官)、内層システム(維持シ ステム)および分配システムという、3つのサブシステムから構成されている。進化が低 レベルの社会では、対外的な軍事活動を含む外層システムが最も重要であるが、社会の進
化にともない内層(産業活動)及び分配(交通、商業等)システムが重要になり、外層シス テムの重要性は低下する。これがスペンサーにおける社会進化の趨勢、「軍事型社会から産 業型社会への」進化である(富永2008:204-12、216-17)。スペンサーは軍隊制度、特に徴 兵制を一種の奴隷制度とみなしていた(Spencer1884=2017)。 このように19世紀に展開された産業社会論では、軍隊の社会における役割の著しい減退 が想定されていた。特にアメリカ社会学に対するスペンサーの影響力は大きく、社会の発 展は豊かさと平和もたらすという先入観が、戦争や暴力を社会学の研究対象の周辺部に追 いやる結果となったのではないだろうか。 5.社会学の発展における戦争の意義 第二の論点は、歴史上の戦争(および革命と内乱)に、社会学者や学会がいかにかかわっ てきたかということである。個別の社会学者についてはすでに無数の研究があるともいえ る。しかし、個々の社会学者の伝記的研究がいくら蓄積されても、それらが歴史的文脈の 下に再構成されぬ限り、社会学者の戦争協力あるいは戦争責任といった問題を十分に論ず ることはできないであろう。以下、筆者が講義で用いている時期区分に従って簡単なスケッ チを試みたい。 (1)社会学の形成期(1815年ころ~ 1880年代半ばころ) 先に述べたとおり、フランス革命とナポレオン戦争という大動乱を経て、平和裏にヨー ロッパ社会を再組織し、秩序と進歩を両立させた社会を実現する―これがサン―シモン やコントの目標であった。そのためには社会の発展法則を実証的に解明する学問=社会学 が必要とされた。つまり、フランス革命とナポレオン戦争による悲惨な経験のへの反省と 再発防止への切望が社会学を生み出す契機となったと言えよう。 サン―シモン、コント、スペンサーは産業的(型)社会の到来を予測し、暴力による社会 変革を否定するがゆえに、近代社会における軍隊や戦争の意義を軽視する結果になった。 一方、アメリカにおける民主政治の現実を実際に観察したトクヴィルは、民主社会にお ける軍隊の特質について考察し、その好戦性について鋭い考察を行った(Tocqueville1835: ch22-26, 松本2009)。 資本主義経済の発展と労働者階級の増大は新たな社会的緊張を生み、1848年には全欧 州規模での革命的状況が到来する。マルクス・エンゲルスは階級闘争を主軸とする社会理 論を生み出し、現実の革命運動に身を投ずることになる。 革命の敗北後、欧州の中心部では普墺戦争、普仏戦争を除いては国家間の戦争は発生せ ず、第1次大戦までの「長い平和」(Jonas&Knöbl 2013:65p)が続いていたかに見える。し かし欧米列強によるアジア・アフリカ侵略は絶え間なく進展し、産業社会の軍事力はその 外部に向けて行使されたのである。トックヴィルのアルジェリア論(稲井2000)、マルクス・
エンゲルスのインド・中国等の争乱に対する論説の再検討が必要となろう。 (2)社会学の確立期(1880年代後半~ 1920年) この時期は普仏戦争後30年余り西欧で戦争がなく、この「平和」の時代にデュルケーム、 ジンメル、マックス・ヴェーバーらの尽力によって社会学の対象と方法が確立し、大学教 育への導入が実現することになる。しかし同時に、帝国主義列強による世界分割が進行し、 第1次世界大戦、ロシア革命へと至る激動の時代でもあった。 この時代、社会学は独自の対象と方法を持つ社会科学の一つとして発展する一方、社会 再組織や革命への関心は後退した。マックス・ヴェーバーだけがドイツの外交・軍事政策 や第1次ロシア革命について積極的な発言を行っていたにすぎない。 しかし1次世界大戦は、社会学者をも総力戦に動員する。ヴェーバーはもとより、デュル ケーム、ジンメルも熱烈に自国の戦争を支持し、宣伝活動や軍務にその身をささげた。 結局、デュルケームは言語社会学者として将来を嘱望されていた息子の戦死以来健康を 害し、1917年に死亡した。翌年、ジンメルは赴任して間もないシュトラスブルクで病死、 20年にはヴェーバーが、政界進出への夢がかなわぬままインフルエンザで急死する。彼ら は皆命を削って大戦に積極的に関与し、死んでいったのである。 一方、この時期の米国と日本の状況は異なる。米国では社会進化論者で労働運動に敵対 的であったサムナーが、「アメリカ反帝国主義連盟」に所属し、ジェーン・アダムズらとと もに対外戦争に反対を表明した。一方日本では東大社会学講座の教授である建部遯吾が、 政府首脳に対ロシア開戦の建白書を提出し(川合・竹村編 1998:137頁)、『戦争論(社会学 的研究)』(建部1906)を著すなど、国際的にみてもこの時代の社会学者として最も好戦的 な活動を展開していたのである。 (3)ファシズム、第2次世界大戦と社会学の展開(1920~ 45) ワイマール共和国でドイツ社会学は多様な展開を遂げつつあったが、1933年ナチス政 権が誕生すると、ドイツ社会学会は直ちに抑圧対象となり、初代会長テンニースの辞任後 間もなく学会は活動を停止した(米沢1991、第8章)。その結果、大量のドイツ・オースト リアの社会学者が米国・英国に亡命したことは広く知られている。さらに1940年、ドイツ がフランスに侵攻すると、デュルケーム学派のユダヤ系社会学者たちは活動を禁じられ、 フランスにおいても社会学は壊滅状態となった。 しかしドイツからの大量の亡命者は、米国社会学発展の重要な契機となった。第1次大 戦前後から、シカゴ学派を中心とする実証研究が急速に発展しつつあったが、New School for Social Research等に職を得た亡命者たちによって西欧の最新の理論がもたらされた。ま た、数学の学位を持つオーストリアからの亡命者ラザースフェルドによって、量的社会調 査の分野でも飛躍的な展開が見られたのである(Fleming and Bailyn(ed).1969=1973 )。 そして第2次世界大戦の勃発により、社会学者はまたしても総力戦に動員されることに
なる。米国では直接間接に戦争遂行と関連する膨大な調査研究が行われ、戦後米国社会学 が世界を席巻する基礎が形成される。一方、同盟国側では日本の社会学者が多数アジアの 日本軍占領地域の調査に動員され、「大東亜共栄圏」建設の正当化に奉仕することになるの である。 (4)東西冷戦、ベトナム戦争と社会学(1945~ 1989) 第2次世界大戦終結後、いわゆるパックス・アメリカーナの下で、米国社会学は西側世界 を席巻した。米国社会学の主流を形成したのは、抽象的・一般的理論(社会システム論)の パーソンズ、数量化による経験研究を主導するラザースフェルド、そして両者を媒介する 中範囲理論のマートンであった。 彼らはいずれもアメリカ政治においてはリベラルな主張の持ち主であった。しばしば保 守的と攻撃されたパーソンズでさえ、マッカーシズムやベトナム戦争に断固反対し(高城 1988、1992)共産党員歴のある学生を弟子として迎え入れたため、FBIの監視下にあった ことが明らかにされている(Keen2009)。 しかしパーソンズ個人の政治的見解はともかく、パーソンズの社会理論は共通の価値へ のコミットメントによって安定的に維持される社会を前提としており、そこには暴力の介 在する余地はない。むしろかれの理論は、矛盾と対立に満ちた巨大な軍事国家アメリカの 現実を隠蔽するという、潜在的機能を有するものであったと言えよう。 アメリカの覇権がまだ盤石と思えた1950年代に、社会学の主流派を激しく批判するとと もに、アメリカにおける軍事エリートの台頭と政財界との一体化を告発したのがC.W.ミル ズであり(Mills1956=1959)、民主政治における政治と軍隊という主題がここに提起され た。しかしミルズは志半ばで1962年に急逝する。 60年代末、ベトナム戦争が激化すると、パーソンズらは学生の激しい批判にさらされた。 しかしいわゆるラディカル社会学による体制批判は、直ちに戦争・軍事研究の隆盛を意味 するものではなかった。むしろミクロ社会学、現象社会学等「意味学派」の台頭によりマク ロ社会学の退潮という事態(米国より日本でこの傾向は一層顕著である)が生じ、戦争や 暴力は依然として社会学にとって周辺的な主題にとどまったと言えよう。 しかしこの時代、欧州ではアンジェイエフスキーiii(1954=2004)やアロン(Aron1966) の重要な著作が出版され、戦争や軍隊の研究は徐々に進展しつつあった。冷戦末期にはギ デンズ(1985=1999)やマンの大著(Mann1986)が出版され、戦争・軍事に関する歴史社 会学的研究の進展が見られたのである。 6.終わりに 冷戦終結により世界の軍事情勢は根本的に変化し、かえって戦争、内乱、テロが世界中 に蔓延する状況が続いている。こうした情勢下で戦争・軍事その他の組織的暴力に関する
社会学的研究は急増しているが、筆者はその傾向・特質を十分把握できていない。今後は 今回素描した「社会学史における戦争と平和」の問題について、具体的・実証的な研究を継 続していきたいと考えている。 参考文献 1.単行本・年報 内田隆三編(2015)『現代社会と人間への問い―いかにして現在を流動化するのか?』せりか書房 荻野昌弘編(2013)『戦後社会の変動と記憶 叢書戦争が乱す社会第1巻』新曜社 ガルトゥング、ヨハン(2004)『グローバル化と知的様式 社会科学方法論についての七つのエッセー』 矢澤修次郎・大重光太郎訳、東信堂 川合隆男・竹村秀樹編(1998)『近代日本社会学者小伝 書誌的考察』勁草書房 佐藤卓己(1998)『現代メディア史』岩波書店 高城和義(1988)『現代アメリカ社会とパーソンズ』日本経済評論社 高城和義(1992)『パーソンズとアメリカ知識社会』岩波書店 建部遯吾(1906)『戦争論(社会学的研究)』金港堂 富永健一(2008)『思想としての社会学 産業主義から社会システム論まで』新曜社 野上元・福間良明編(2012)『戦争社会学ガイドブック 現代世界を読み解く132冊』創元社 福間良明・野上元・蘭信三・石原俊編(2013)『戦争社会学の構想 制度・体験・メディア』勉誠出版 松本礼二・三浦信孝・宇野重規編(2009)『トクヴィルとデモクラシーの現在』東京大学出版会 山之内靖・成田龍一・ヴィクター・コシュマン編(1995)『総力戦と現代化』柏書房 好井裕明・関礼子編著(2016)『戦争社会学 理論・大衆社会・表彰文化』明石書房 戦争社会学研究会編(2017)『戦争社会学研究1 ポスト「戦後70年」と戦争社会学の新展開』勉誠出 版 米沢和彦(1991)『ドイツ社会学史研究』恒星社厚生閣
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ii マレゼヴィックがあげるのはドイツの好戦的国家主義(トライチュケ、カール・シュミットら)、 オーストリア-アメリカの闘争パラダイム(グンプロビッチ、ウォードら)、ドイツの社会学的リ バタリアニズム(オッペンハイマーら)イタリアのエリート理論(パレート、モスカら)、英米の 進化論(スペンサー、サムナーら)、仏独の暴力の形而上学(ソレル、ジンメルら)である。 iii アンジェイエフスキーはポーランド出身で、後にアンドレスキと改名し、第2版を68年に出版し ている。この間の経緯は(上田2015:67頁)を参照されたい。