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[書評] 梨木香歩著--『海うそ』

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Academic year: 2021

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(1) 近畿大学産業理工学部かやのもり 21(2014). ところどころで肩身狭く祭られている祠以外、地霊を感じられる場所がほとんど失われ. 空間の中で育ち、青木淳が『原っぱと遊園地』で指摘しているドラえもんの中に出てく. てしまった。悲しいかな、都会で生まれ、都会で育った若者は、ゲニウス ロ ・キを肌で 感じる機会に恵まれず、一昔前にコンクリートジャングルと呼ばれた近代化された都市. る“空き地”の魅力が理解できなくなっている。. 本書『海うそ』の舞台はまだ自然が色濃く残る昭和の初めの九州南部の離島・遅島で. ある。この島は架空であるが、実存する鹿児島県甑島(こしきしま)がモデルと言われ. ている。この遅島に人文地理学の研究者である主人公の秋野が訪れ、この島に昔から住. んでいる人々や、一度は本土へ働きに出たがこの島へ戻ってきた若者、この島の自然に. 魅せられて永住の地として終の棲家を建ててお手伝いと暮らす老人などと触れ合い、助. けられながら調査を進めていくさまが描かれている。その人々との触れ合いも心暖まる. に調査する中で、自然と一体となっていくくだりで、人間が荒らす前の、何かが息づく. が、なんと言ってもこの物語のハイライトは秋野が島をガイド役の出戻った若者と一緒 土地に建築物を構築する場合、一般的に工事に先駆けて地鎮祭が行われる。その土地. いかに素晴らしい建築物をデザインしようとも、建築という行為自体は大なれ小なれ. 静謐に描写されている。秋野の気持ちに若干の抑揚はあるものの、その島そのものが秋. 展開はなく、秋野が目にしている遅島の自然の様子や、秋野自身の気持ちの変化などが. て“そこ”に住んでいた人の痕跡を目の当たりにし文字通り畏怖する。ドラマチックな. 環境破壊であることは否定できない。われわれ建築家はそのことを肝に銘じ、自然に対. まさしく地霊や精霊だったのではないかと思う。少なくとも、筆舌しがたいゲニウス・. 秋野が出会ったものは何だったのか。それは読者の判断に委ねるしかないが、私自身、. 野の内面に深く深く浸透していく様子が淡々と描かれている。. 年、急速な都市開発化の波の中で単なる気休めとしてしか機能しなくなっており、建築. キュラー(土着)建築が示すように、その土地が元来有している地形や気候に極力逆ら. 災後初の書き下ろし作品です。震災後、梨木さんは喪失というテーマと格闘し、この渾. 出版元の岩波書店のウェブサイトに「本書は、作家梨木香歩さんによる、東日本大震. ロキというものを、読中読後に感じ取ることができる小説である。. わず、あるがままの自然を受け入れて遂行されるものである。むやみやたらと人間側の. 身の小説を書き上げてくださいました。ぜひご一読ください」と本書が紹介されていた。. 土地に対しての“畏れ”は、ヨーロッパにもゲニウス・ロキ( Genius )という Loci 言葉で今日まで継承されている。ゲニウス・ロキは神さまというよりはその土地を守る. 失”では、なにが失われたのであろうか。東日本大震災では数え切れないほどの人の命. ろで幕が閉じる。ここで先ほどの問いへ戻ろう。作者が描きたかったテーマである“喪. まった様子を目の当たりにし、それも致し方ないことと一人静かに受け入れていくとこ. この小説は、最終章で五十年後に遅島に訪れた秋野が、未曾有のリゾート開発ブーム. 精霊や守護霊に近いが、われわれ日本人が地鎮祭でまつる土地の神さまと極めて近い存. 一七. (33). により自然が破壊され、あまつさえ本土と橋でつなげられ、離島ですらなくなってし. 在であるといえる。近代化の中で都市化が進み、少なくとも日本における都心部では、. うわれわれ建築家は努力していかなければならないはずである。. 損得を押し付けるのではなく、可能な限りその土地の特性を尊重したデザインを施すよ. 本来デザイン行為は、和辻哲郎が『風土』の中で指摘したように、また、古来のヴァナ. 行為は経済や機能最優先で遂行され、後先を省みない環境破壊が現在も進行している。. は、人間の英知の及ばない何かに対しての“畏れ”に対する措置である。この行為が近. する畏怖の念を忘れずに設計活動を行うべきである。土地の神さまをまつるという行為. ていくだろう。. 自然が、著者独特の半客観的描写で描かれており、その様子には静かな感動を覚える。. 小池 博. にゆかりの深い神社の神主にお願いし敷地に来てもらい、その土地の神さまをまつり、. 建築・デザイン学科. 秋野は地図に残された「海うそ」という言葉に取り付かれ、かつて修験道の霊山があっ. 岩波書店、2014年4月9日発行. 工事の無事を祈る儀式である。近代化が進み、さまざまな事象が科学的に説明できる世. 『海うそ』. た島の深遠部を調査する中で、刻々と変化する自然に脅威し、歴史の中で風化したかつ. 梨木香歩著. の中になってきたとはいえ、この手の儀式は一種不可侵領域としてこれからも生き続け. [書評].

(2) [書評] . や家が失われた。原発により故郷を失った人たちもいる。本書では第二次世界大戦やリ ゾート開発により、島の自然が破壊され、歴史や文化も失われた。秋野が新築されたホ テルから見た自然からはかつて抱いた畏怖の念はもはや感じられない。人が人として生 きていく上で大事な原風景が失われ、そこにひっそりと宿っていた地霊が白日のもとに 晒され、ゲニウス ロ・キの存在が失われていった。 本書は芥川賞作家である梨木氏の書き下ろし小説であり、フィクションではあるが、 地霊への慈愛であふれている。普通に読んでもたいへん興味深く楽しめる小説である が、特に建築を学ぼうとするすべての学生にぜひ読んで頂きたい。前述したように、私 を含め、建築という行為は大なり小なり自然を破壊する行為である。そこで失われてし まうものが何なのか、われわれはそれを知った上で、尊重しながら設計しなくてはなら ない。そこで失われてしまうもの、それがこの小説を読み終わるころ、静かな感動とと もに私たちの胸に刻まれるだろう。. 一八. (34).

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