日本白内障学会誌 Vol. 32,2020 7 は じ め に 白内障を治療または完全に予防できる薬物はなく,唯一の 治療は白内障手術である.しかし,白内障手術においても術 後数年の経過を経て,水晶体後囊の混濁(posterior capsule opacification:PCO)により視機能が低下する,いわゆる後 発白内障を発症することがある1,2).この PCO は,白内障術
後の残存した水晶体上皮細胞(lens epithelial cell:LEC)の 線維化や線維芽細胞様の分化いわゆる上皮間葉系移行(epi thelial mesenchymal transition:EMT)によって再生水晶 体の形成を生じ,水晶体囊の混濁や収縮をきたすことで視機
〔別刷請求先〕 柴田哲平:〒920-0293 石川県河北郡内灘町大学 1-1 臨床研究棟 4 階 金沢医科大学眼科学講座
Reprint requests:Teppei Shibata, M.D., Ph.D., Department of Ophthalmology, Kanazawa Medical University, 1-1 Daigaku, Uchinada-machi, Kahokugun, Ishikawa 920-0293 JAPAN, E-mail:[email protected]
水晶体の上皮間葉系移行と分化におけるトロポミオシンの
役割
柴 田 哲 平
金沢医科大学眼科学講座The Role of Tropomyosin in Lens Epithelial Mesenchymal Transition and Differentiation
Teppei Shibata
Department of Ophthalmology, Kanazawa Medical University
もっとも一般的な白内障術後の合併症は,後囊混濁(posterior capsule opacification:PCO)である.筆者らは, PCO の発症にトロポミオシン(tropomyosin:Tpm)がかかわっている可能性があることに注目した.本研究では,
Tpm1 の水晶体特異的ノックアウトマウス(Tpm1-CKO)と Tpm2 ヘテロノックアウトマウス(Tpm2+/−)を作製し
て,水晶体の加齢変化を観察した.また,Tpm2+/−を用いて水晶体創傷治癒モデルを作製し,組織変化を観察した.
加齢による水晶体の変化を観察すると,Tpm2+/−では,ワイルドタイプ(wild type:WT)に比べて,14 週齢以降よ
り水晶体線維の空胞変化が出現し,53 週齢,83 週齢で,水晶体線維の膨化や液化が顕著に表れた.Tpm2+/−を用いた
創傷治癒実験において,WT より Tpm2+/−では,創傷部位の上皮間葉系移行(epithelial mesenchymal transition:
EMT)や線維芽細胞様変化を示す面積がより少なかった.Tpm1-CKO では,1 週齢という早期より水晶体の分化の異 常や水晶体線維の液化や空隙が確認された.Tpm1 と Tpm2 は,水晶体上皮細胞の EMT に関与しているだけでなく, 水晶体の正常な発生,分化にも重要な役割を担っている可能性がある.
One of the most common complications after cataract surgery is a posterior capsule opacity(also called poste rior capsule opacification or PCO). We have focused that Tropomyosin(Tpm)may be involved in PCO develop ment. In this study, we generated Tpm1conditional knock-out mice(Tpm1-CKO)and Tpm2hetero knock-out mice(Tpm2+/−)and observed their age-related histological changes to investigate their role in lens development
and differentiation. In addition, differences in epithelial mesenchymal transition(EMT)induction were observed in wound healing models using Tpm2+/−. In Tpm2+/−, lens vacuoles were observed at 14 weeks of age. Lens, swell
ing and liquefaction of lens fibers were observed at Tpm2+/−compared to WT at 53 and 83 weeks of age. In the
wound healing models, EMT change was suppressed in Tpm2+/−compared to WT. At Tpm1−/−, the lens was
small and abnormal fiber differentiation was observed from 1 week of age, and liquefaction and swelling of lens fibers were progressed with aging. Tpm1 and 2 may not only be involved in EMT of PCO, but may also be involved in the normal lens development and differentiation.
〔The Journal of the Japanese Society for Cataract Research 32:7〜10, 2020〕 Key words:トロポミオシン,上皮間葉系移行,後囊混濁,水晶体発生,白内障.tropomyosin, epithelial mesen
chymal transition(EMT), posterior capsule opacification(PCO), lens differentiation, cataract.
8 日本白内障学会誌 Vol. 32,2020 していることも報告しており7),これら知見から PCO およ び白内障に Tpm が関与している可能性が示唆される.これ らに加え,Tpm はアクチンフィラメント結合蛋白質と相互 作用し,F-アクチンを安定化させる細胞外マトリックス蛋 白質としても知られている8〜10).本研究では,水晶体の分化 や EMT における Tpm の機能を解析すべく,Tpm2 ヘテロ ノックアウトマウス(Tpm2+/−)と Tpm1 のコンディショ ナルノックアウトマウス(Tpm1CKO)の 2 種類の遺伝子改 変マウスを作製し,加齢によるマウス水晶体の形態変化およ び創傷治癒モデルによる組織変化を観察した. I Tpm2 のヘテロノックアウトマウス(Tpm2+/−) の水晶体組織変化 Tpm2 のホモノックアウトマウス(Tpm2−/−)は,既報と 同様に胎生致死であり11),マウスの発生には Tpm2 が必要 不可欠である.このことから,本実験では Tpm2+/−を実験 に使用した11).Tpm2+/−では WT と比べて,LEC,心臓, 肝臓において Tpm2 の mRNA 発現量が有意に低下11)して おり,LEC のみならず全身の Tpm2 発現が減少しているこ とが明らかになった.また,Tpm2+/−の LEC において,水
晶体の a-平滑筋アクチン(a-smooth muscle actin:a-SMA) や Tpm1 などの mRNA 発現量の変化はみられなかったた め,Tpm2 をノックアウトしてもこれら EMT マーカーとい われる遺伝子の発現には影響を与えないことがわかった. 次に,Tpm2+/−の水晶体の組織学的変化を確認すると,7 週齢では組織の異常や変化は観察されなかったが,16 週齢 になると水晶体表層線維細胞に空隙が観察されはじめた.さ らに,53 週齢になると Tpm2+/−では水晶体表層の皮質線維 の乱れが観察され,86 週齢になると前部および赤道部の水 晶体線維細胞の膨化,液化が進行した(図 1).WT の水晶 体でも加齢により水晶体表層皮質に小さな空砲形成を示した 能が低下する.また,EMT の獲得は細胞の運動性の亢進や 細胞外基質の蓄積をもたらし,細胞の浸潤や創傷治癒,線維 化との関連も示唆されている3〜5). 筆者が所属しているグループは,これまで PCO を抑制す る因子としてトロポミオシン(tropomyosin:Tpm)に注目 して研究を進め,ラット PCO モデルを作製し,発症した PCO 組織において,Tpm2 の mRNA と蛋白の発現量が control と比べて有意に上昇していることを明らかにした6). さらに,ヒトの白内障手術時に得られた水晶体前囊組織を用 いた研究において,高度な核白内障や前囊下白内障を有する 水晶体上皮組織では,Tpm2 mRNA の発現量が有意に上昇 図 1 WT と Tpm2+/−の加齢による水晶体の組織学的変化 86 週齢の WT と Tpm2+/−の眼球のパラフィン切片標本を作製 して,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施行した.Tpm2 +/−の水晶体にて線維の膨化や液化が観察されたが,WT では線 維の組織変化は観察されなかった. 86 週齢 WT 86 週齢 Tpm2+/- 図 2 WT と Tpm2+/−の水晶体における F︲アクチンの局在 43 週齢の WT と Tpm2+/−の水晶体組織切片標本に,抗 F-アクチン抗体による蛍光免疫染色を施行した.43 週 齢の水晶体における F-アクチン発現は,Tpm2+/−において WT よりも減少していた. 43 週齢 WT 43 週齢 Tpm2+/-
日本白内障学会誌 Vol. 32,2020 9 部位では,WT に比べ Tpm2+/−において,Tpm1/2 および a -SMA の免疫染色陽性部位と発現量が減少していた(図 3).Tpm2 発現の抑制により,EMT 変化を抑制できる可能 性が示唆された. II Tpm1 のコンディショナルノックアウトマウス (Tpm1︲CKO)の水晶体変化 Tpm1-CKO マウスにおいては,Tpm1−/−では,胎生後 期(E14)や 1 週齢よりすでに水晶体の発達が不十分で,不 完全な弓状帯の形成や水晶体核の液化や空砲化が観察されて おり,Tpm1 は水晶体の発生において水晶体線維の形成過程 に重要な役割をもつことを示唆する結果と考えている.さら に,発達にともない水晶体の再生変化も観察されるが,正常 な線維再生ではなく,液化,空砲化が顕著となり,加齢によ り進行した. 以上の結果から,Tpm1 は正常な水晶体の発生や分化,発 達に重要な因子であることが示唆された.これらの詳細なデ ータは,今後発表予定である(投稿準備中). が,Tpm2+/−に比べると微細な変化にとどまった.また, 43 週齢の水晶体を用いた F-アクチンの免疫組織化学染色結 果では,F-アクチン陽性の局在部位と発現量は WT に比べ Tpm2+/−において減少していた(図 2).Tpms は,アクチ ンと F-アクチンを含むさまざまなアクチン結合蛋白質との 結合を調節することにより,アイソフォーム特異的にアクチ ン細胞骨格の調節に関与していることがわかっている12).ま た Tpms はアクチンフィラメントを安定化し,F-アクチン に結合することが示されている13).Tpm2 のノックアウトに よって Tpm2 と F-アクチンとの結合が低下し,F-アクチン 蛋白の発現が減少した可能性がある. 次に,PCO モデルとして水晶体の表層に穿刺して創傷治 癒および EMT 変化を観察する実験を行った11).水晶体の創 傷治癒作製方法は既報を改変し行った11,14).その結果,創傷 部位では WT,Tpm2+/−ともに線維芽細胞様細胞の増殖と EMT 変化を示したが,穿刺後 5 日目においては,WT より Tpm2+/−の水晶体において,線維芽細胞様細胞の増殖と EMT 変化を示す部位の面積が少なかった.また水晶体創傷 WT Tpm2+/- HE 染色 a-SMA 染色 図 3 Tpm2+/−の EMT 誘導実験による水晶体上皮の組織学的変化 7 週齢の WT と Tpm2+/−の眼球の角膜側より針穿刺による水晶体表層の創傷作製 5 日後の眼球のパラフィン切片標本を用い て,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色と抗 a -SMA 抗体を用いた蛍光免疫染色を施行した.HE 染色像にて,WT より Tpm2+/−の水晶体において,線維芽細胞様細胞の増殖と EMT 変化を示す部位の面積が少なく,a -SMA の蛍光免疫染色陽 性領域と発現量が減少していた.
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14) Saika S:Relationship between posterior capsule opacifica tion and intraocular lens biocompatibility. Prog Retin Eye Res 23:283-305, 2004 お わ り に Tpm は,PCO の発症過程だけではなく,水晶体の発生, 正常な発達,分化に重要な役割を担っていることが明らかに なった.また,Tpm2 の発現を制御することで,EMT 発症 を抑制できる可能性があるだけではなく,LEC の再生過程 をも抑制できるため,PCO の病態である水晶体上皮の線維 化,EMT と再生水晶体の形成過程を同時に抑制できる可能 性が示唆された.現在,久保江理教授,佐々木 洋教授らと とともに Tpm2 や Tpm1 の抑制剤の開発を進めているとこ ろである. 文 献
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