Title
フーリエ記述子を用いた脳梁形状の性差の解析( 内容の要旨
(Summary) )
Author(s)
河村, 洋子
Report No.(Doctoral
Degree)
博士(工学) 甲第294号
Issue Date
2006-03-25
Type
博士論文
Version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/2991
※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。氏名(本籍) 学 位 の 種 類 学位授与番号 学位授与 日付 専 攻 学位論文題目 学位論文審査委員 河 村 洋 子(岐阜県) 博 士(工学) 甲第 294 号 平成18 年 3 月 25 日 電子情報システム工学専攻 フーリエ記述子を用いた脳梁形状の性差の解析
(Analysis ofsex di鮎rences ofcorpus callosum shapes based on Fourierdescriptors) (主査)教 授 (副査)教 授 助教授 治 けKH 士r 田 岸 授 教 志 彦 成 康 和康 田 本 田 藤 山横
論文内容の要旨
本論文の成果は,「閉曲線に適した新たなⅠ型フーリエ記述子の提案」(第2章)と,「G 型フーリエ記述子を用いた脳梁形状のGender差の特定」(第4,5章)にまとめられている. 第2章では,閉曲線に対して適用可能なⅠ型フーリエ記述子を提案し,これまでに提案 されていたその他のフーリエ記述子よりも高い閉曲線近似能力を有することを示してい る・2次元平面上の曲線形状を表現する手法としてフーリエ記述子があり,これまで,G,Z, P型フーリエ記述子などが提案されてきた.閉曲線に対しては,G型フーリエ記述子が離 散フーリエ変換と同等の曲線表現能力を持うているものの,閉曲線に対しては,いずれの フーリエ記述子も十分な曲線近似能力を有しておらず,閉曲線を表現するための手法が必 要とされていた.本論文では,閉曲線に対し,従来のフーリエ記述子よりも高い曲線近似 能力を持つフーリエ記述子(Ⅰ型フーリエ記述子と命名)を提案している.Ⅰ型フーリエ 記述子は,元の閉曲線とそれを180度回転させた閉曲線を接続して得られる閉曲線に対す るフーリエ係数の非整数周波数(0.5,1.5,2.5,.‥次)を取り出したものとして定義さ れる.Ⅰ型フーリエ記述子は,フーリエ記述子を適当な次数で打ち切って元の閉曲線を再 構成した際の曲線近似精度が高いという意味において,従来のZ,P,G型フーリエ記述子 よりも優れた情報集約能力を持つことを示している.また,すべての次数のフーリエ記述 子を用いた場合には,元の曲線を完全に再構成可能であるといった完備性を有することが 示されている. 第3章では,第4,5章で行う解析に用いるための準備として,線形判別分析とその関 連事項について概説している. 第4章では,低次G型フーリエ記述子で表現される脳梁形状の生物学的性差を調査して いる.古くから,左右大脳半球を連結する交連神経繊維の集まりである脳梁の形状に生物 学的性差があるといわれてきたが,それに対する反論も数多くあり,議論はいまだ収束していない.本論文では,正常男女,211名ずつ,合計422名の被験者を集めて頭部MRIを 撮影し,正中夫状断での脳梁形状の生物学的性差を調査している.脳梁形状の記述には, 比較的低次のG型フーリエ記述子と中心モーメントを用いている.その結果,脳梁の大雑 把な形状とし{は,女性の脳梁は,男性よりも統計的に有意に前傾していることを見出し ている. 第5章では,さらに高次までのG型フーリエ記述子を用いて,脳梁形状の生物学的性差 のみならず,心理学的性差を調査している.性同一性障害(GenderIdentityDisorder,以 下,GID)は,生物学的性(sex)と自己が認識している心理学的性(gender)が一致せず,生 物学的性に対する持続的な不快感がある症例を指す.GIDの診断やGID患者に対する性別 適合手術(性転換手術)の適用の可否の決定は,複数の精神科医による患者との診断面接 から得られる患者の心理面に着目した定性的な診断を基本として行われている.しかし, 迅速かつ正確な診断を実現するためには,genderを客観的かつ定量的手段により同定する 手法を確立することが不可欠である.本論文では,genderの同定に脳梁形状が利用できる と考え,第4章の解析で用いた正常被験者の脳梁形状を,脳梁形状を近似するために十分 な9次までのフーリエ記述子で記述し,それらにより張られるベクトル空間において,正 常男女の標本群を最も良く分離できる超平面を求めている.この超平面を求めるためには, ソフトマージンを持つ線形サポートベクターマシンを用いている.この超平面の直交補空 間(1次元の軸)での座標は,正常男女の脳梁形状の性差を最も強く反映する特徴量と考 えられる.実際,この特徴量は正常男女間で統計的な有意差(p<10 17)があり,この特徴量 を用いて正常男女を識別した際の正解率は74%に及ぶことを示している.更に,上記の直 交補空間上の脳梁形状を解析した結果,正常女性は,正常男性に比べ,脳梁膨大が丸い, Isthmusが太いという従来知見に一致した結果のほか,脳梁幹前部が細いという新たな知 見を得ている.また,67名のGID患者(内38名がFTM(FemaletoMale,SeX=女性,gender= 男性),29名がMTF(Male to Female,SeX=男性,gender=女性))に対し,この特徴量の値 を調べた結果,FTMについては男性に近く,MTFについては女性に近い値を有しているこ とを示している.このことは,先に見出した特徴量は,正常男女,GID(FTM,MTF)に関わ らず,SeXではなく,genderを反映しており,GIDの客観的かつ定量的な診断に利用でき る可能性を有していることを意味している.
論文審査結果の要旨
本論文の成果は,(1)閉曲線に適した新たなⅠ型フーリエ記述子を提案したこと,およ び,(2)G型フーリエ記述子を用いて脳梁形状のGender差を特定したことである・ 2次元平面上の曲線形状を表現する手法としてフーリエ記述子があり,これまで,G,Z, P型フーリエ記述子などが提案されてきた.閉曲線に対しては,G型フーリエ記述子が離 散フーリエ変換と同等の曲線表現能力を持っているものの,閉曲線に対しては,いずれの フーリエ記述子も十分な曲線近似能力を有しておらず,閉曲線を表現するための手法が必 要とされていた.本論文では,閉曲線に対し,従来のフーリエ記述子よりも高い曲線近似 能力を持つⅠ型フーリエ記述子を提案した.Ⅰ型フーリエ記述子は,フーリエ記述子を適 当な次数で打ち切って元の閉曲線を再構成した際の曲線近似精度が高いという意味におー111-いて,従来のZ,P,G型フーリエ記述子よりも優れた情報集約能力を有している.また, すべての次数のフーリエ記述子を用いた場合には,元の曲線を完全に再構成可能であると いった完備性も有している.閉曲線を記述しなければならない状況は,図形の符号化,形 状のパターン認識などにおいて頻出する.提案したⅠ型フーリエ記述子は,符号化,パタ ーン認識をはじめ,様々な分野で大きな貢献を果たすことが期待される. 性同一性障害(GenderIdentity Disorder,以下,GID)は,生物学的性(sex)と自己が 認識している心理学的性(gender)が一致せず,生物学的性に対する持続的な不快感がある 症例を指す.GIDの診断やGID患者に対する性別適合手術(性転換手術)の適用の可否の 決定は,複数の精神科医による患者との診断面接から得られる患者の心理面に着目した定 性的な診断を基本として行われている.しかし,迅速かつ正確な診断を実現するためには, genderを客観的かつ定量的手段により同定する手法を確立することが不可欠である.とこ ろで,左右大脳半球を連結する交連繊維の集まりである脳梁の形状に,生物学的性差があ ることが古くからいわれてきたが,それに対する反論も数多くあり,議論はいまだ収束し ていない.本論文では,genderの同定に脳梁形状が利用できると考え,正常者422名(男 女とも211名ずつ),GID患者67名(うちFTM(FemaletoMale,SeX=女性,gender=男性) 38名,MTF(Male to Female,SeX=男性,gender=女性)29名)の頭部MRIを撮影し,正中矢 状断での脳梁形状の性差を生物学的性差と心理学的性差の両面から調査した.その結果, 脳梁形状の中から,生物学的性差を最もよく反映する一つの特徴量を抽出することに成功 した.この特徴量は正常男女間で統計的な有意差(p<10 17)があり,この特徴量を用いて正 常男女を識別した際の正解率は74%に及ぶ.更に,正常女性は,正常男性に比べ,脳梁膨 大が丸い,Isthmusが太いという従来知見に一致した結果のほか,脳梁幹前部が細いとい う新たな知見が得られている.この特徴量の値は,FTMについては正常男性に近く,MTF については正常女性に近い.このことは,見出された特徴量は,正常男女,GID(FTM,MTF) に関わらず,SeXではなく,genderを表し,GIDの客観的かつ定量的な診断に利用できる 可能性を有していることを意味する.この発見は工学のみならず医学的にも大きな価値が 認められるものである. 以上の成果は,査読付原著論文3編,査読付国際会議論文2編にまとめられている.以 上の理由により,論文審査は合格とする.
最終試験結果の要旨
最終試験では,最初に,閉曲線に適した新たなⅠ型フーリエ記述子の提案がなされ,そ の後,左右大脳半球を結ぶ神経線経である脳梁形状に心理学的性差があるという発見をし た旨の報告がなされた. 閉曲線を記述しなければならない状況は,図形の符号化,形状のパターン認識などにお いて頻出するにも関わらず,これまで閉曲線を記述するに有用な手法がなかった.申請者 は,閉曲線の記述に適したⅠ型フーリエ記述子を提案し,それが従来法よりも高い曲線近 似能力と高い情報集約能力を持つことを,十分なプレゼンテーションにより示した. また,これまで,性同一性障害(GID)の診断は,精神科医による診断面接といった圭観的な手法が基本となっていた.そのため,診断に数年間の時間を要し,性転換手術の可 否の決定に更に数年を要することも少なくなく,正確かつ迅速な診断方法を確立すること は,精神科医のみならず,GID患者にとっても長年にわたる強い希望であった.申請者は, こうした背景の下,数年間の研究を行い,頭部MRI正中矢状断で撮影された脳梁形状の 中に心理学的性差を発見した.このことは,非侵襲に計測可能な脳梁形状から,心理学的 性別を推測できる可能性が生まれたことを意味する.具体的に,67名のGID患者は,生 物学的性よりも心理学的性に近い脳梁形状を有していることが示された.これだけの数の GID患者の脳梁形状を調べた研究は,世界的にも稀有であり,信頼性のある結果であると 解釈される. これらの成果は,査読付原著論文3編,査読付国際会議論文2編に掲載されている.そ の研究内容は方法論として工学の学術的発展に寄与するのみならず,医学的にも価値のあ る発見を導いており,博士学位授与に値するものである.以上の理由により,最終試験は 合格とする.