世界史B
学習指導案
小単元「世界史への扉―サッカーの歴史」
広島県立神辺旭高等学校
宮地 賢治
(1)「世界史への扉」について
新高等学校学習指導要領の世界史Bには 「世界史への扉」という内容が示されている。そこには 「身近
,
,
なものや日常生活にかかわる主題,我が国の歴史にかかわる主題など,適切な主題を設定し追究する学習を通
して,生徒たちの歴史に対する関心と世界史学習への意欲を高める」というねらいが示してある。そして,具
体的な項目として,
ア
世界史における時間と空間
イ
日常生活に見る世界史
ウ
世界史と日本史とのつながり
の3つがあげられている。
この「世界史への扉」の意義は,学ぶ者の興味や関心を重要視している点にある。我々の日常性とかけ離れ
,
。
,
た政治や外交を中心とした内容の世界史授業では 生徒が学習意欲を持続させることは容易でない その点で
特に「日常生活に見る世界史」の項目では,社会史の成果を十分に活用した内容が構成できるので,生徒の歴
史への関心を高めることができる。
本研究では,アレン・グットマンの『スポーツと帝国』における社会史的な研究の成果を参考にしながら,
19
20
サッカーに見られる文化帝国主義を追究していく
。
その学習を通じて
,
世紀のイギリス社会だけでなく
,
世紀の世界の仕組みがわかるような授業を開発する。
2) 『スポーツと帝国』の教材化
(
近代スポーツは,帝国主義を押し進める欧米諸国の外交政策と並行して伝播していった。このため,植民地
や後進地域の社会が持っていた伝統的な文化やシステムの多くが変容し,消滅を余儀なくされた。
しかし,現在のサッカーの隆盛はそのような「文化帝国主義」の一面的なとらえかただけで説明できるだろ
うか。サッカー発祥の地イングランドが,今や頂点を極められなくなってしまっているが,似たような現象は
ラグビーにも見られる。
サッカーを「輸入」した地域が 「輸出」国を凌駕し,国民的スポーツにまで高めて,人々のナショナリズ
,
ムを高揚させたことを歴史的にとらえることは,現代世界の仕組みを考える際の有効な視点であると考える。
,
,
。
,
現在 学校教育の中では広くスポーツが取り入れられ 教育効果を上げている 数多くのスポーツの中でも
地域・人種・宗教を超えて世界中が最も熱狂しているのがサッカーで,それを歴史的に考察することは,生徒
一人一人が自分自身と世界を結びつけて考えるよい機会となるであろう。
ア
小単元
「世界史への扉―サッカーの歴史」
イ
小単元の目的
サッカーが
1 9
世紀イギリスで誕生して民衆に広まったのち世界へ伝播し,各地で受容され人類共有の文
化となる過程を追究する。
ウ
小単元の構成
,
。
導入
ヨーロッパ文化の一つであるサッカーが 現在 世界でどのように楽しまれているか調べてみよう
展開
パートA
サッカーの起源と変遷
パートB
近代サッカーの誕生と大衆化
パートC
植民地への伝播と受容
パートD
人類の文化としてのサッカー
,
「
」 「
」
,
終結
サッカー以外のスポーツや文化にも 同じような 伝播 と 受容 の歴史が見出せないだろうか
探ってみよう。
エ
到達目標
A
民俗的フットボールが,祝祭的な年中行事のひとつとして,春の種蒔き前の頃に,さまざまな形態を
とりながら,各地で行われた。
近代になり 民俗的フットボールは囲い込みによって競技する 場 を喪失し 農村人口の流出で 競
,
「
」
,
「
技者」も減少したため,各地で姿を消していった。
B( ) フットボールは,生徒のエネルギー発散の場としてパブリックスクールの教育の中で再生した。
1
またチームスポーツは,身体を鍛えるとともに,人格形成に重要な忍耐や献身,他者への尊敬ある
いは勇気などの道徳の実践の場として奨励された。
( ) フットボールは,パブリックスクールの卒業生たちが,それぞれの教区の信者や職場の労働者に合
2
理的娯楽として教えたところから,民衆レベルに伝わり,余暇の拡大にともなって大衆化した。
C( ) イギリス人は,近代スポーツが筋肉を鍛えると同時に,徳性を養うものであると考えて,世界中の
1
植民地に出かけて行ったイギリス人仲間や現地のエリートの間に広めた。
( ) ルールが簡単なサッカーは,次第に植民地の民衆に様々な形で広まるとともに,治安の維持や国民
2
統合のために支配者に利用される。
D
サッカーは普遍的に理解されたルールにより,各地の伝統的・民族的文化に取って代わり,宗教的・
,
。
民族的に対立する人々や地域をも結びつけ 相互の作用・交流・競合を通じて人類共有の文化となった
オ
留意した点
この教授計画書の作成にあたっては,高校での世界史授業が,基本的には講義中心で行われている現状
を前提とした。したがって,授業の中で資料を提示し,そこから分かることを追究する形になっている。
またこの単元は,世界史授業全体での位置づけとしては,導入にあたる部分である。したがって,帝国
主義の詳しい解説は別の機会に譲るとともに,ラテンアメリカの国情は,中学の地理的分野の知識で理解
できる程度の内容としている。
カ
「世界史への扉―サッカーの歴史」の授業の構造図
イギリスに誕生したサッカーは,おもに中産階級によって世界各地に伝播した。非ヨーロッパ世界に伝
播する場合,初めは現地のエリート層に広がり,次にそこから民衆へ伝えられた。その際に伝統的な文化
が破壊されることもあれば,逆に国民的なスポーツとして発展していく例も見られる。
さらに,民族や人種の違いを超えた国民的統合をもたらしたり,欧米に対するナショナリズムを高揚さ
せたりした。
サ ッ カ ー の 伝 播
ジ ェ ン ト リ
貴 族
伝 播
中 産
階
級
選 手
民
衆
対 抗 関 係
イ ギ リ ス
ヨ ー ロ ッ パ
非 ヨ ー ロ ッ パ
エ リ ー ト
エ リ ー ト
民 衆
民 衆
国 民 的
統 合
人 類 と い う 共 同 体
キ
学習モデル
発 問 資 料 学 習 活 動 習 得 さ せ た い 知 識 A なぜ民俗的フットボールは衰 退したのか? ○ サッカーの起源は何か。 資 料 1 : 写 真 S : 調 べ て ○ 近代以前にヨーロッパで行われていた民俗的フット 発表 ボール。『 フ ッ ト ボ ー ル の 社 会 史 』
・ それはどんなものか。 P.Xiii
・ 定められた競技場でなく,街路や川の中でも続けら 資料2:文章 れ,相手を蹴ったり殴ったりしながらボールを奪い合 同上書P.167 い,ゴールに運ぶ。時間の制限もない。 ・ どんな思いで参加したか。 資料3:文章 S:考える ・ その日の朝から興奮し,村(共同体)を代表して出 同上書P.166 場する。 ○ なぜ中世には禁止令が出され 資料2を参照 ○ 古くは,下品で武術(弓や剣)の鍛錬にもならない たのか。 と考えられ,後には破壊が行われ死傷者がでるため。 ・ なぜ禁止されても消滅しなか 資料4:文章 ・ 共同体の祝祭的行事で,人々の娯楽であり,年に一 ったのか。 『非労働時間の生活史』 度無礼講が許される特別なものであったから。 P.25 ◎ 産業革命期になって衰退した 資料5:文章 ◎ 囲い込みにより農民は土地を追われて都市に労働者 のはなぜか。『レジャーの社会経済史』
として流出し,フットボールを行う場も失われた。 P.18∼20 B( ) なぜ近代的フットボールが1 パブリックスクールで復活し たのか? ○ 誰がパブリックスクールに通 資料6:表 ○ ジェントルマン・産業資本家や宗教家などの子ども P.126 っていたのか。 『ジェントルマン』 ○ どんな学校生活だったか。 資料7:文章 ○ 寄宿舎で共同生活をしていたため,エネルギーを持 て余して近隣に悪戯をしたり,上級生が下級生をいじ 『フットボールの文化史』 めたりしていた。 P.77 ○ どんなルールで試合をしたの 資料8:文章 S:考える ○ 学校ごとにまちまちで手の使用や相手のすねを蹴る か。 同上書P.82 なども許された。 ◎ なぜパブリックスクールはフ 資料9:文章 ◎ 心身を鍛練するのに適している(=筋肉的キリスト ットボールを取り入れたのか。 『ジェントルマン』 教)とともに,放課後の生徒の管理にも役立つから。 P.254 B( ) なぜ2 19世紀のイギリス社会 にサッカーが広がったのか? ○ どんな娯楽を民衆は楽しんで 資料10:写真 S:考える ○ ブラッドスポーツ(闘鶏など)やギャンブルあるい いたのか。 『レジャーの社会経済史』 P. は飲酒 ○ 合理的娯楽とは何か。 7 ○ 健全で教養を高めるような余暇の過ごし方(読書な 資料11:文章 ど)のことで,のちにサッカー観戦なども 巻 『世界の歴史』 22 ) , ◎ なぜ民衆に合理的娯楽が広が P.492 S:考える ◎ 1 条件の整備:余暇時間の増加や賃金の上昇など ったのか。 2)工場主たちによる奨励=良質な労働力の確保のた め,3)労働者自ら尊敬されうる労働者を目指す。 C( ) なぜイギリス人はスポーツ1 を植民地に持ち込んだのか。 ○ イギリスの植民地はどこか。 ○ 世界各地に広がり,イギリス通貨はさらに広範に影 資料12:地図 響力を及ぼした。 ○ どのような統治がそこでは行 生徒用資料集 S:考える ○ 現地のエリートを利用して,経済を支配した。 われていたのか。 ○ 海外の植民地に出かけていっ ○ パブリックスクールを卒業して政府の高官になった たのはどのような人か。 資料13:表 り企業家として活躍する人,あるいは宗教家。 ○ それぞれの人たちの目的や動 『ジェントルマン』P. S:考える ○ 海外統治で出世を目指したり,貿易で利益を上げる機は何か。 140 また,非ヨーロッパに,キリスト教(ピューリタニズ ム)を広める。 ◎ スポーツはどのように競技さ 資料14:文章 ◎ おもに,植民地に赴いたイギリス人同士,または現 れたか。 『サッカーと帝国』P.84 地の支配者者層の人々との交流に限って役立った。ま た,宗教家は非ヨーロッパ人の教化にも有効と考え利 用した。 C( ) なぜサッカーは植民地の民2 衆に広まったのか。 ○ なぜサッカーは容易に競技さ S:考える ○ ルールが簡単で,用具が最小限でできる。 れるようになったか。 ○ なぜ民衆はサッカーに熱狂す 資料15:文章 ○ 熱狂して応援することで,生活の貧しさなどの現実 るのか。 『ラテンアメリカ研究への招待』 を忘れられる。また,一流選手になれば富や地位が手 に入る。 P.129 ◎ なぜ植民地の支配者層はサッ 同資料 S:答える ◎ 1)国内政治の不満を逸らす。 カーを奨励するのか。 2)人種や民族・部族の問題を克服することに活用 できる。 3)国家の威信やナショナリズムを高揚するのに役 立つ。 サッカーの広がりから,イギリ D スと他の国々との関係はどのよ うにとらえられるだろうか? ○ サッカーが伝播した所ではボ 資料16:写真 ○ メキシコや日本など,ほとんどサッカーに取って代 ールを蹴ったりする球技は続い 『図説スポーツ史』P.149 わられていて,伝統文化は衰退している。 ているか? ・ 第一回ワールドカップの優勝 資料17:表『ワール S:答える ・ ウルグアイ P.401 はどこの国か? ドカップ物語』 ・ 歴代ワールドカップで優勝回 同上書P.403 S:答える ・ ブラジル 数が最も多いのはどこの国か? ・ なぜイギリスではないのか? 資料18:文章 S:答える ・ イギリスは参加しなかったから。 『フットボール ・ なぜ参加しなかったのか? の文化史』P.224 S:考える ・ 世界一の実力はあったが,アマチュア規定をめぐっ てFIFAを脱退していたから。 ・ 以後の優勝も少ないのはなぜ ・ イギリスは現在まで伝統にしたがって4協会が別々 か? に参加しており,最近では南米やアフリカにも追い越 され,世界一ではなくなっている。 〇 なぜ南米やアフリカの国々は ○(1)ブラジルでは 「宗教」とまで言われるほど人種, 急速に強くなったのか。 ・民族・階層を超えて熱狂する。 (2)旧植民地の国々は,もとの宗主国に対して異常 な対抗心で戦う。 (3)これら貧しい国の選手はその境遇から脱却する ために,国際試合で必死で戦う。 ◎ サッカーの伝播は,19世紀か ◎ サッカーは,イギリス国内において民衆支配に役立 ら20世紀の世界にどのような作 てられ,また,政治的・経済的・文化的に優位なイギ 用を及ぼしたか,まとめてみよ リスから世界各地の植民地等に広まり,そこでの統治 う (サッカーの伝播は,文化帝。 に利用されて,伝統的・民族的身体文化に取って代わ 国主義と言えるか?) った。しかし,世界各地で受容されたサッカーは,国 民的統合に寄与し,ヨーロッパ諸国からの政治的・経 済的・文化的自立を促す力にもなった。 ○ サッカーはこれからの世界の人 ○ それぞれの国や地域の人々のあり方−文化の形成・ 々にとってどのような意味を持 国民の統合・国家の独立から個々人の生活・生計まで つだろうか。 −に影響し合いながら,それを超える人類という共同 体の共通の文化となっていくだろう。