はじめに
幾何学,特に初等幾何学は,図形を学び始める中学生の頃から, 数学にいろいろな彩りを添えてくれる魅力的な分野である.証明と いう言葉と考え方が初めて数学としての姿を見せてくれるのも初 等幾何学である.いささかややこしくも見える証明のために,幾何 学が嫌いになる生徒もいるようだが,じつはそんなことはない.証 明は自分の考えを明確な論理をもって相手に伝える重要な手段であ り,論拠を明らかにすることは日常生活でも大切なことである.初 等幾何学ではそれを学ぶことができる.一方で,初等幾何学には壮 大なパズルとしての性格があり,考えている問題そのもののたくら みを見抜き,補助線1 本を引くことで問題のからくりが明らかに なっていく仕組みには,何物にも代えがたい魅力がある.そんな意 味で,数学的な発想,ひらめき,想像力を鍛えるのに初等幾何学は とても適した教材だと思われる. 20 世紀半ばくらいまでの高校生たちは,中学校,高等学校にわ たって初等幾何学をかなり深く学んできた.それは数学的な知識を 学ぶこともさることながら,数学における自由な発想法を学ぶとい う側面が強かった.公式の運用,あるいは機械的な計算ではなく, 問題そのものと心行くまで交流する.それは問題を解くということ を越えて,知的な娯楽であり楽しみであった.この世代に今も多く の初等幾何学ファンがいることがそれを如実に物語っている.それ は数学研究,さらに大きく言ってしまえば,科学研究の一つの雛型 でもあった.その分,初等幾何学には,問題を提出し時間を限ってvi はじめに 解答を求める試験という形式にはなじまないという側面があり,そ れが図形嫌いの生徒を作ってしまったのかもしれない.しかし,本 来,数学の問題はいくら時間をかけても構わないのである. そんな初等幾何学の中でも,作図問題は特別な地位を占めてい た.作図は,数学,美術,製図技術などの接点としての不思議な魅 力を持っていた.小学生の時代から,単純に定規とコンパスを使い きれいな図を描く,その形を楽しみ,色を塗って鑑賞することは, 数学の遊びとしての側面の一端として,多くの子供たちの心をと らえていたに違いないが,それは純粋に数学の問題としての作図 に成長した.正6 角形ならコンパスと定規ですぐ描ける,では正 5 角形ならどうか.ここには素朴な科学的好奇心の一番簡単な芽があ る.ガウスによる正17 角形の作図の可能性の発見も,こんな素朴 な知的好奇心から芽吹いたのかもしれない. 本書はユークリッドの『原論』を作図問題という立場からもう一 度見直すことから始め,多少難しい作図問題,作図の技法,コンパ スのみによる作図,制限作図など,今の学校数学の中ではあまり扱 われない作図の面白さの側面を紹介したものである.また,ギリシ アの三大作図不能問題などにも触れながら,ガウスによる正17 角 形の作図可能性についても解説した.読者の皆さんがコンパスと定 規を片手に,作図問題という面白い数学パズルを自由な遊び心をも って楽しんでくださることを期待している. 最後になるが,編集委員会の諸先生はじめ,編集者の皆様には本 当にお世話になった.特に編集担当の三浦拓馬氏には細部にわたり 本書の完成にご尽力いただいた.心から感謝し,記してお礼申し上 げる次第である. 2014 年 7 月 瀬山 士郎