はじめに 大網出血とは、原因は様々であるが大網の動静 脈が破綻し、腹腔内出血の状態、または大網内に 血液が貯留する病態の総称と定義されている1)。 中でも、原因不明な特発性大網出血の報告は散見 程度である。今回、外科医の協力のもと、特発性 大網出血と診断した症例を経験したので報告す る。 症 例 34歳の女性で、右側腹部痛にて来院した。家族 歴に特記すべき事項はなかった。0経妊0経産で、 性交渉の経験はない。13歳の時に、腹膜炎合併の 虫垂炎にて開腹手術歴があり、下腹部正中切開に て施行され、4ヵ所のドレーン留置痕があった。 月経周期は28日型で最終月経は12月8日からであ る。 現病歴:1月2日のAM4:30に腹痛で目覚め、痛 2017 December 日産婦内視鏡学会 第33巻第2号
症例報告
A review on the case of idiopathic omental hemorrhage
experienced by a gynecologist
―Differentiation from ovarian hemorrhage―
Fujiyuki Inaba1), Yohei Shimizu2), Yuko Fukatsu1), Masayuki Onodera1), Tomokazu Sakaguchi2), Masayuki Horigome2), Takashi Yoneda2), Masashi Abe2)
Division of Gynecology, Misato Kenwa Hospital, Misato, Japan1), Department of Surgery, Misato Kenwa Hospital, Misato, Japan2) Abstract
The case was a 34-year-old female. Upon consultation at an ER with pain in the right abdomen, abdominal computed tomography (CT) revealed fluid in the abdominal cavity, leading to consultation at the department of gynecology in view of ovarian hemorrhage. Leakage of the contrast agent was suspected near the left ovary as a result of contrast enhanced CT; however other reasons of intra-abdominal hemorrhage were suspected since she was not in the ovulatory phase and there was no sexual intercourse leading to surgical consultation. Although her vital signs were stable, decrease in hemoglobin was recognized and laparoscopic operation was performed to identify the source of intra-abdominal hemorrhage and to stop bleeding. As a result, ovarian hemorrhage was not recognized and the bleeding site was confirmed in the greater omentum; leading to diagnosis of idiopathic omental hemorrhage. Furthermore, extensive omental adhesion was confirmed due to previous operation of appendicitis accompanying peritonitis. This report suggests the possibility to detect leakage of the contract agent at an unexpected location in the case of intra-abdominal adhesion in consideration of the rare female case with idiopathic omental hemorrhage by adding some bibliographic consideration.
Key words: Idiopathic Omental Hemorrhage, ovarian hemorrhage, omental bleeding
婦人科医が遭遇した特発性大網出血症例に対する検討
―卵巣出血との鑑別―
みさと健和病院 婦人科1)、みさと健和病院 外科2)
稲葉不知之
1)、清水庸平
2)、深津優子
1)、小野寺正行
1)、坂口智一
2)、
みが増強するため当院の救急外来を受診した。来 院時は意識鮮明、血圧117/62mmHg、脈拍71/ min、体温36.3℃で、臍下部に圧痛の最強点を認 めている。反跳痛もあるが、筋性防御は認めなか った。来院時検査所見としてWBC 5310/μl、Hb 13.7g/dl、PLT 31.7 x 104/μl、CRP 0.06mg/dlで あり、他の生化学、血液ガス分析にも異常所見は 認められず。妊娠反応も陰性であった。腹部骨盤 単純CTでは腹腔内から骨盤内にdensityの高い液 体貯留が確認できたため、原因不明の腹水、腹腔 内出血の疑いとして内科に緊急入院管理となっ た。単純腹部骨盤CTでは腹水のほか出血も疑っ たため、入院後に造影腹部骨盤CTが追加された。 その結果、左卵巣近傍より造影剤の血管外漏出像 が疑われた(図1)。そのため、腹腔内出血を強 く疑い、入院10時間後に血液検査を再検している。 こ の 再 検 査 で はWBC 8320/μl、Hb 10.7g/dl、 PLT 26.8 x 104/μl、CRP 0.15mg/dlとヘモグロ ビンの低下を認めたが、腹痛が落ち着いたため、 また全身状態が安定していたため、禁飲食で待機 となり、1月3日に腹腔内出血の原因検索で婦人 科紹介受診となった。入院2日目の検査所見では WBC 7080/μl、Hb 10.2g/dl、PLT 25.9 x 104/μl、 CRP 0.31mg/dlであり、肝機能、腎機能、凝固系 には異常所見を認めず、ヘモグロビンの値に大き な変動は認めなかった。性交渉の経験はないが、 経腟超音波検査を施行した。子宮は鶏卵大で前屈、 子宮内膜厚は10.2mmで月経開始27日目に矛盾し ない像であった。両側卵巣とも径3cmで器質的 な異常所見は確認出来なかった。しかし子宮周囲 には低輝度のecho free spaceが確認できたため、 ダグラス窩穿刺を実施した。吸引できたのは凝固 しない血液で腹腔内出血が確定した。婦人科領域 で腹腔内出血の可能性を検討したが、器質的異常 がないため、また卵巣出血も視野に入れるも発症 日が月経開始から26日目であったこと、性交渉の 既往などの物理的要因がないことから婦人科領域 以外に出血源があり得るか外科受診とした。外科 で、再度の造影腹部骨盤CTをおこなったが、造 影剤の血管外漏出像が確認できず、また血腫の状 態も変化を認めなかった。発症から34時間経過の 検査所見ではWBC 5960/μl、Hb 10.4g/dl、PLT 26.6 x 104/μlとヘモグロビンの推移は入院後から 安定しているため、腹腔内出血は止まっていると 判断したが、出血源の同定には至らなかった。そ のため、緊急手術の準備をおこないつつ、年始年 末体制が終了後、血管造影検査をおこなうかを検 討課題に挙げ、保存待機療法を選択した。入院3 図1 造影剤の漏出を左卵巣近傍に認める(矢印) 図2 a:大網の広範囲に及ぶ腹壁癒着 b:癒着する大網に付着する凝血塊(矢印) c:大網正中部に付着する厚みのある凝血塊(矢印)
日目の検査所見ではWBC 5040/μl、Hb 9.8g/dl、 PLT 24.7 x 104/μl、CRP 0.40mg/dlと入院時か ら貧血の程度は横ばいを推移し、止血している可 能性を示唆していたが、外科チームと協議の結果、 1回目の造影腹部骨盤CT像を考慮し、まず婦人 科領域からの出血の有無、場所の同定を手術によ り確認する方針に定めた。 手術所見:臍部に12mmトロカールを挿入して気 腹、腹腔内を観察した。虫垂炎の手術により正中 部から右下腹部にかけて大網の腹壁癒着を広範囲 認めた(図2a)。臍部直下の大網正中部から癒着 した大網にかけて厚みのある凝血塊が広範囲に存 在していた(図2b、c)。癒着剥離のため、左下 腹部、正中、右下腹部、さらに臍左上腹部に5 mmトロカールを追加し、5ポート留置下で癒着 部位を剥離後、子宮、両側卵巣を確認した。周囲 の非凝固性血液を吸引して子宮を拳上させたが、 小筋腫が存在する以外は異常を認めず。左卵巣に は黄体が確認できたが、両側卵巣ともに卵巣出血 を認めず、さらに両側骨盤漏斗靭帯、卵巣固有靭 帯からの出血も確認することは出来なかった(図 3a、b、c)。そこで、大網正中部に付着してい る厚みのある凝血塊の除去をおこなった。凝血塊 の周囲より吸引管で剥離を開始すると、凝血塊の 中心部で癒着が強かった。大網枝がその中心に存 在し、一部が隆起した状態で確認された。その他 に出血源が確認できなかったことから、この隆起 した大網枝を結紮して摘出した(図4a、b、c)。 回収した血液は450mlで、腹腔内を生理食塩水 図3 a:大網の癒着剥離後に子宮を確認 子宮の周囲には非凝固性の血液が貯留している b:右卵巣、右骨盤漏斗靭帯、右卵巣固有靭帯に出血は認めず c:左卵巣には黄体が確認できるが、左卵巣、左骨盤漏斗靭帯、 左卵巣固有靭帯に出血は認めず 図4 a:大網正中部の凝血塊を周囲から吸引 b:吸引して剥離した凝血塊の背側より大網枝の走行が確認 できる(矢印) c:凝血塊の中に存在した大網枝の一部が隆起している(矢印)
6000mlで洗浄後、ダグラス窩にポータブル低圧 持続吸引システムドレーンを留置して手術を終了 した。 切除標本:1.2 x 0.8 x 0.4cmの血管様組織で中部 に瘤状の突起を認めた。全体の組織は大網の脂肪 織で小型の動脈、静脈が散見されるが、硬化性変 化は認めず。中部の瘤状突起は新鮮凝血であった が、周囲に血管壁を示唆する線維性組織は確認で きなかった。 術後経過:術後1日目から食事を再開し、術後2 日目にポータブル低圧持続吸引システムドレーン を抜去した。術後6日目には軽快退院に至った。 考 察 大網出血は1896年にBushにより初めて報告さ れた病態である2)。開腹手術中に発見されたBush の症例に対して、1941年、Schottenfeldらは急性 腹症の症状から大網出血と診断し、開腹手術をお こなったとして報告をしている3)。医学中央雑誌 Web版を中心に特発性大網出血に関して検索し た結果、近年15年間、2002年からの論文報告は19 例と散見程度であった。その19例と自験例を加え た20症例を表1に示す。 報告された発症年齢は16歳から62歳と幅が広 く、男女比は18:2と男性が多い。なぜ男性に多い のか、その理由を明記した報告は確認できなかっ た。さらに症状は腹痛が中心で、大網出血特有の 症状を抽出できず、このことが、大網出血の診断 を困難にしている。また腹部超音波検査、腹部骨 盤CT、腹腔穿刺により総合的に腹腔内出血を診 断することは容易でも、出血源を同定することは 難しい。それに対して腹部血管造影検査が出血源 の同定に有効とする報告がある4)。しかし20症例 中、血管造影検査をおこなえた症例は6例で、さ らに胃大網動脈の異常所見を確認できたのは4例 に過ぎない。腹部血管造影検査は全身状態が安定 している必要性や、どこの血管を造影すべきか、 特発性大網出血を鑑別疾患として想起する必要性 が高い。自験例の造影CTでは、造影剤の血管外 漏出が疑われたが、位置が左卵巣近傍であったた め、仮に血管造影検査を施行した場合、標的と定 めたのは左卵巣動脈とした可能性が高い。つまり、 見当違いの血管に対して造影検査をおこなう懸念 があり得る。仮に標的血管の選択が正しかった場 合でも、森らは、大網血管の交通は非常に複雑で あるため、腹部血管造影検査の有用性は乏しいと 述べている5)。一方では土屋らはCT angiography を作成すれば責任病変の指摘は困難までも出血源 の局在をある程度の範囲に絞りこめる可能性を述 べている6)。しかし、大網の腹腔内癒着が強固に 生じている場合は絞り込みも難しいと考える。大 網と腹壁の癒着が広範囲に生じた症例では、造影 剤漏出後の、腹腔内への流れに想定外の影響を与 え、自験例のように本来は大網枝からの造影剤漏 出が、骨盤内から生じているような画像が構成さ れる可能性が示唆される。つまり、腹腔内に癒着 がないことが責任病変絞り込みの際の前提となり うる。そのため、癒着を生じやすい開腹歴がある 場合は、出血源の局在判定には慎重に判断すべき と考える。表1に挙げた症例には内視鏡ポリープ 切除術既往の2例の報告があるが、開腹手術の既 往があるのは自験例のみである。それ以外にも、 特発性大網出血という術前診断に至らなかった理 由を後方的に検討してみると、外科との合同協議 で、腹部外傷などの物理的要因がないこと、そし て女性には稀な疾患であったことが災いした。一 方、婦人科としても性交渉による物理的刺激もな く、月経周期から排卵時期にも該当しないため卵 巣出血ではないと考えるも、結果として診断に至 っていない。そして、初診時の診察所見記録を再 確認していない点も反省すべき事項であった。来 院時の理由は右側腹部痛であったが、最初に診察 した内科医は臍下部に圧痛の最強点を認めたと記 録している。この所見を共有していれば、術前診 断の一助になり得たかもしれず、出血源同定には 初診時の診察所見も非常に重要な情報と言える。 治療は大網部分切除術、血腫除去術が大半を占 めるが、保存療法が選択可能であった報告もある。 その症例は造影CT、腹部血管造影検査で造影剤 漏出を認めないため止血していると診断している7)。 だが、林らは保存療法を選択するも18日間待機後 に血腫除去に踏み切った報告をしている8)。その 理由として悪性腫瘍による出血報告例があること を述べ9)、保存的に待機できる症例でも最終的に は外科手術が良いと結論している。また特発性大 網出血は誘因が多岐にわたり、特定するのは困難 で、術中に初めて診断がつくことが多く、確定診 断の要素としても外科的手術が重要としている。 自験例も術中に診断が確定している。そして今回 は腹腔鏡下手術が持つ強拡大視野というメリット を最大限に生かすことが出来、出血源の検索に有 用なツールと判明した。さらに開腹術と異なり光 学視管の角度を調整することで、凝血塊剥離時に、 その背面にある出血源を詳細に観察できること、
モニターを介して術野を共有し複数の医療スタッ フが確認するため、見落とさない利点もあった。 結果として自験例ではピンポイントで出血源の同 定が出来たため、大網部分切除術ではなく血管結 紮術で対応することが出来た。 結 語 特発性大網出血は稀有な疾患であり、女性の場 合はなおさらである。術前診断は困難であるが、 子宮、卵巣を含めた腹腔内臓器、腸間膜等に異常 を認めない腹腔内出血の場合は特発性大網出血を 鑑別診断として挙げる必要がある。そして外科医 との協力体制を構築し、確定診断を含めて時期を 逸することなく手術に踏み切ることが重要であ る。 本論文のすべての著者は開示すべき利益相反は 認めない。 文 献 1) 梅村 博也、安富 正幸:大網出血(解説). 別冊腹膜・後 腹膜・腸間膜・大網・小網・横隔膜症候群. 日本臨牀 社 1996; p223-224
2) Bush P: A case of hemorrhage into the great omentum. Lancet 1896; 1: 286.
3) Schottenfeld LW, Rubinsein H: Hemorrhage and thrombosis of the omentum: Their etiology in the
eacute abdomen. Am J Surg 1941; 51: 449-451. 4) 石井 博道 他:特発性大網出血の2例. 日本臨床外科 学会雑誌 2003; 64: 1478-1481. 5) 森 友彦 他:腹腔鏡下手術を行った特発性大網出血 の1例. 外科 2016; 78: 1209-1214. 6) 土屋 礼子 他:経カテーテル的動脈塞栓術が著効し た特発性大網出血の1例. 日本消化器病学会雑誌 2009; 106: 554-559. 7) 森脇 義弘 他:特発性大網出血の1治験例. 臨牀と 研究 2009; 86: 756-758. 8) 林 泰寛 他:特発性大網出血の1例. 外科 2009; 71: 674-678.
9) Rye BA, Christiansen E, Larsen LG: Acute bleeding from leiomyoblastoma of the greater omentum. A case report. Tumori. 1989; 75: 296-298.
10) 大西 かよ子 他:特発性大網出血の1例. 日本救急医 学会関東地方会雑誌 2002; 23: 74-75. 11) 松岡 翼、米満 隼臣:特発性大網出血の1例. 日本臨床 外科学会雑誌 2004; 65: 1676-1680. 12) 衣笠 和洋、大久保 琢郎、神村 和仁:特発性大網出 血の1例. 日本臨床外科学会雑誌2005; 66: 2301-2305. 13) 秋山 昇、秋山 裕子:特発性大網出血の1例. 日本臨床 内科医会会誌 2006; 21: 93-96. 14) 水上 博喜 他:特発性大網出血の1例. 日本臨床外科 学会雑誌 2006; 67: 1921-1925. 15) 石井 裕朗 他:特発性大網出血の一例. 三豊総合病 院雑誌 2006; 27: 86-88. 16) 元宿 めぐみ 他:術前に診断した特発性大網出血の 1例. 日本臨床外科学会雑誌 2007; 68: 2099-2102. 17) 澤崎 翔 他:特発性大網出血の1例. 日本臨床外科学 会雑誌 2008; 69: 2382-2386. 18) 蒔田 勝見 他:術前診断しえた大網出血の1例. 日本 消化器外科学会雑誌 2009; 42: 1466-1471. 19) 松田 佳子:臨床的に特発性大網出血と考えられた1 治験例. 日本腹部救急医学会雑誌 2010; 30: 689-692. 20) 多田 耕輔 他:腹腔鏡下大網部分切除を施行した特 発性大網出血の1例. 手術 2013; 67: 393-396. 21) 河原 健夫 他:腹腔鏡下に治療した特発性大網出血 の1例. 日本臨床外科学会雑誌 2013; 74: 2289-2295. 22) 篠田 千佳 他:特発性大網出血の1例. 岐阜県総合医 療センター年報 2014; 35: 13-16. 23) 久保 博美 他:腹腔鏡下に診断・治療し得た特発性 大網出血の一例. 防衛医科大学校雑誌 2016; 41: 179-183. 投稿日:2017年5月15日 採択日:2017年7月13日