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人身傷害保険をめぐる実務上の問題点

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人身傷害保険をめぐる実務上の問題点

裁判基準差額説のその後

古 笛 恵 子

1 はじめに

最高裁平成24年2月20日第一小法廷判決 は,実務,下級審においても裁

*平成23年6月4日の日本保険学会関東部会報告による。

/平成24年5月29日原稿受領。

1) 裁判所時報1550号5頁,民集登載予定。

■アブストラクト

平成24年2月20日,最高裁は,人身傷害保険の代位の問題について裁判基 準差額説の採用を明らかにした。本判決により代位の問題は一応の決着をみ たが,人身傷害保険をめぐっては未だ残された実務上の問題は多く,むしろ 訴訟による解決を前提とすることから新たな問題も顕在化している。本稿は,

誤解も含め現に実務で問題となっている点を紹介したうえ,個別具体的訴訟 事案の解決として機能的なアプローチに寄り過ぎた感のある実務における解 決の指針を,いま一度,人身傷害保険の本質に立ち返ることをもって探るも のである。人身傷害保険は傷害損害保険であると解する。責任保険を補完す る機能があるからといって責任保険そのものでも責任保険の裏返しでもない。

あくまでも人保険である傷害保険の本質を有する損害保険である。そこで填 補される損害は,有責加害者に対して請求しうる損害と重複するものの同じ ではない。あくまでも傷害による損害である。

■キーワード

人身傷害保険,傷害損害保険,無保険車傷害保険

(2)

判基準差額説 により収束しつつあった人身傷害保険 における代位の問題,

及び,未だ混乱状況にあった遅延損害金の問題について最高裁の立場を明ら かにした。しかし,未だ残された問題は多いばかりか,むしろ新たな問題も 生じている。本稿では,人身傷害保険をめぐって議論されている実務上の問 題点を,理論的に矛盾しているものも含め広く事実として紹介したうえ,今 後の解決の指針について検討したい。

2 最高裁平成24年2月20日判決

⑴ 人身傷害条項

本判決は,自動車保険の普通保険約款における人身傷害条項について,次 のように紹介している。

ア 訴外保険会社は,日本国内において,自動車の運行に起因する事故等 に該当する急激かつ偶然な外来の事故により,被保険者が身体に傷害を被る ことによって被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被る損害に対し,

保険金を支払う。

イ 訴外保険会社は,被保険者の故意又は極めて重大な過失によって生じ た損害に対しては,保険金を支払わない。

ウ 訴外保険会社が保険金を支払うべき損害の額は,本件約款所定の算定 基準に従い算定された金額の合計額(以下 人傷基準損害額 という。)と する。

エ 訴外保険会社が支払う保険金の額は,人傷基準損害額から①保険金請 求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額及び②上記アの損害を 補償するために支払われる給付で保険金請求権者が既に取得したものがある 場合はその取得額を差し引いた額とする。

2) 従来は,訴訟基準差額説といわれることが多かったが,本稿では,最高裁の 表現に従い裁判基準差額説と統一した。

3) 人身傷害補償保険として発売されたが,代位の範囲をめぐる問題もあり,今 日では 補償 が外されているものが多いので,本稿では,人身傷害補償条項 ないし人身傷害条項が適用されるものを人身傷害保険と統一した。

(3)

オ 保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には,

訴外保険会社は,その損害に対して支払った保険金の額の限度で,かつ,保 険金請求権者の権利を害さない範囲内で,保険金請求権者がその他人に対し て有する権利を取得する(以下 本件代位条項 という。)。

⑵ 遅延損害金の填補

原審は,人身傷害保険金は民法491条に準じ 填補されていない被害者の 損害金の残元本に対する保険金支払日までの遅延損害金に充当されるとした。

しかし,本判決は, 本件約款によれば,上記保険金は,被害者が被る損 害の元本を填補するもの であるとしたうえ, 上記保険金を支払った訴外 保険会社は,その支払時に,上記保険金に相当する額の保険金請求権者の加 害者に対する損害金元本の支払請求権を代位するものであって,損害金元本 に対する遅延損害金の支払請求権を代位取得するものではない。 として,

人身傷害保険金の支払いによる遅延損害金の代位取得(本判決は,充当との 表現は用いていない)を否定した 。

⑶ 代位取得する損害賠償請求権の範囲

また,人身傷害保険金を支払った保険会社が代位取得する保険金請求権者 の加害者に対する損害賠償請求権の範囲について,保険金が支払われる趣 旨・目的より 保険金請求権者の権利を害さない範囲 との文言について,

保険金請求権者が,被保険者である被害者の過失の有無,割合にかかわら ず,上記保険金の支払いによって民法上認められるべき過失相殺前の損害額

(以下 裁判基準損害額 という。 )を確保することができるように解する

4) 人身傷害保険金の支払いにより被害者の損害賠償請求権が消滅するわけでは なく,民法491条の充当の問題ではない。

5) 原審以外にも,民法491条に準じ,損害金の優先充当による処理を行う下級 審判決はみられた(後述 第7 Cパターン4項)。

6) 本稿においても,民法上認められる過失相殺前の損害額のことを 裁判基準 損害額 という。

(4)

ことが合理的である。 としたうえ, 上記保険金を支払った訴外保険会社は,

保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように,上記保 険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合 計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の 範囲で保険金請求権の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解す るのが相当である。 とした。

宮川光治裁判官の補足意見において, 法廷意見は,人身傷害保険の趣 旨・目的に照らすといわゆる裁判基準差額説と呼ばれている見解が合理的で あるとするものである と指摘されているとおり,本判決は,裁判基準差額 説を採用したものである。

3 人身傷害保険の現状

⑴ 人身傷害保険の基本的構造

平成10年10月,東京海上火災保険株式会社より人身傷害(補償)保険が発 売され ,他の保険会社,共済もこれに続いた。標準約款は存在せず,各社,

あるいは,発売時期により約款内容も異なるが,本判決が前提としたとおり,

傷害保険である ,約款所定の算定基準(以下, 人傷基準 という)によ り算定された保険金が支払われる ,損害賠償金等により損害が填補された 場合は控除される ,保険金支払いにより保険者は損害賠償請求権を代位取 得する との基本的構造は共通している 。

7) 人身傷害保険の開発については,星野明雄 新型自動車保険

TAP

開発につ いて 損保61巻1号95頁(1999年)。

8) もとより,その本質は当初より問題となっていた。西嶋梅治 人身傷害補償 条項つき自動車保険の特色と問題点 損保61巻1号1頁(1999年),同 交通 事故における責任の競合と分担―個別報告1 人身傷害補償付自動車保険の特 色と問題点 交通法研究28号(2000年),鈴木辰紀 人身傷害補償保険考 損 保65巻1・2号49頁(2003年),金澤理 プラチナ自動車保険構想の提唱 損 保65巻3・4号1頁(2004年)。

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⑵ 人身傷害保険の付帯率

保険毎日新聞による国内13社の調査(2012年5月25日号)によると,平成 24年3月末現在,人身傷害保険の自動車保険契約に占める構成比は,3月単 計で88.1%,3月累計で86.0%にのぼっている。問題があるからといって後 ろ向きに対処することはもはや不可能であり,前向きな解決しかない。

4 裁判基準差額説

⑴ 代位の範囲

人身傷害保険をめぐる問題は,保険金を支払った保険会社が代位取得する 保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権の範囲から始まった。

本判決が採用した裁判基準差額説のほか,絶対説,按分説,人傷基準差額 説などの対立があった 。東京地判平成19年2月22日 を機に,下級審にお いては裁判基準差額説が主流となった が,本判決により,現在の商品構 造である以上,実務的には,裁判基準差額説で解決したと言える。

⑵ 人傷先行と賠償先行

もとより,これは,保険金支払いが先行した代位の問題(人傷先行事例)

であるが,損害賠償が先行した場合の控除の問題(賠償先行事例)について,

法廷意見は言及していない。約款を素直に解釈すると,裁判基準差額説だと

9) 多数の論考があるがその先駆けとして,桃埼剛 人身傷害補償保険をめぐる 諸問題 財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部 民事交通事故訴訟損 害賠償額算定基準平成2007年版 131頁(2007年),植田智彦 人身傷害補償 保険による損害填補及び代位の範囲についての考察 判タ1243号21頁(2007 年),山下友信 自動車事故に関する損害賠償と保険の課題 財団法人日弁連 交通事故相談センター 交通事故損害賠償額算定基準21訂版 307頁(2008年)。

10) 判タ1232号128頁,同判決の解説として,桃崎剛 人身傷害補償保険をめぐ る諸問題 判タ1236号71頁(2007年)。

11) 名古屋地判平成19年10月16日(交民集40巻5号1338頁),東京高判平成20年 3月13日(判時2004号143頁),大阪地判平成21年1月13日(交民集42巻1号19 頁)。

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損害賠償と保険金の請求の先後で差が生じる ことになりそうである。

⑶ 合理的解釈

これに対し,やはり請求の先後によって受領する保険金の額が異なること への批判は大きく,裁判基準差額説ではなく,人傷基準差額説も有力ではあ り ,人傷基準差額説を採用する下級審判決もあった 。そのような状況に おいて,山下友信教授が,控除に関する約款 人傷基準損害額―賠償金等の 支払額 を 裁判基準による損害額―賠償金等の支払額 と読み替えるいわ ゆる合理的解釈説 を主張され,この見解の支持も広がった 。

宮川裁判官の補足意見でも, 上記定めを限定解釈し,差し引くことがで きる金額は裁判基準損害額を確保するという 保険金請求権者の権利を害さ ない範囲 のものとすべきである と言及されている。

⑷ 読替え規定

約款の合理的解釈説は,山下教授が かなり無理筋 と表現されたとおり,

解釈上相当難しいと思われたが,平成20年ごろから, 読替え規定 を採用 する保険者が増えた。すなわち,支払保険金について, 賠償義務者があり,

判決・裁判上の和解において人傷基準と異なる基準で算出されたときは,自 己負担額の算定において,その基準により算出された額を損害額とみなす 旨の約款へと改正されていった。

こうして,読替え規定の採用により,裁判基準差額説における懸案であっ 12) 前掲10)桃崎論文74頁。

13) 前掲9)植田論文,なお田辺康平 請求権代位における権利の取得と行使 同 保険契約の基本構造 265頁(1979年)。

14) 大阪地裁平成18年6月21日判決(判タ1228号292頁)。

15) 前掲9)山下論文,山下友信 人身傷害補償保険の保険給付と請求権代位 保 険学雑誌600号133頁(2008年)。

16) 阿憲 人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について 法学会雑誌

(首都大学東京)49巻2号186頁(2009年),山野嘉朗 判批 私法判例リマー クス40号110頁(2010年)。

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た請求の先後による差が,解釈による解決から,約款による解決へと至った。

5 裁判基準差額説による実務

裁判基準差額説を貫徹するとなると,人身傷害保険は訴訟必至のように思 われる 。もとより,人身傷害保険をめぐる訴訟形態としては,①被害者の 加害者に対する損害賠償請求訴訟,②被保険者の保険者に対する保険金請求 訴訟,③保険者の加害者に対する求償訴訟(正しくは,連帯債務者間の求償 ではなく代位取得した損害賠償請求権の行使であるが,求償と呼ばれてい )がある。実務上,これらの訴訟が,単独あるいは同時に提起され,

それぞれの場面で問題が生じている。

以下,①損害賠償請求訴訟のみが提起されているAパターン,①損害賠償 請求訴訟と②保険金請求訴訟が提起されているBパターン,①損害賠償請求 訴訟と③求償訴訟が提起されているCパターン,③求償訴訟のみ提起されて いるDパターンとして整理する。

Aパターン(①のみ)

損害賠償請求訴訟のみが提起されたとしても,人身傷害保険の保険者 (以下, 人傷社 という)に当該訴訟の効力は及ばない。

人傷社が,損害賠償請求訴訟に関与するには,被害者の過失相殺額が少な くなる方向での補助参加となる。しかし,過失相殺額は損害額と過失相殺率 によるので,損害額を小さくするためには加害者側と利害が共通するし,過 失相殺率を小さくするには被害者と利害が共通する。原告,被告のいずれを

17) 開発者としては,保険金を加害者の責任と切り離して請求できるため,示談 交渉等に時間を要することなく,迅速に支払いが受けられることが人身傷害保 険の特徴であると考えていたが(前掲7)星野論文101頁)。

18) この点を指摘するのが,三木素子 人身傷害補償保険金の支払による保険代 位をめぐる諸問題 財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部 民事交通 事故訴訟損害賠償額算定基準2012年版 53頁(2012年)。

(8)

補助すべきかは事案毎に決まらず対応に苦慮する 。

また,近年の損保業界におけるグループ化状況からすると,被害者側 の人身傷害保険の保険者の立場と,加害者側の責任保険の保険者の立場が同 時に帰属することも珍しくない。さらに,人身傷害保険とともに弁護士費用 特約も付保されていることが一般的となっており,実質的には人身傷害保険 金の回収目的のため,弁護士費用特約を利用して,損害賠償請求訴訟を提起 している実態もある。人傷社としては,相矛盾する立場が共存することにな り,人傷社として有利な立場を単純に選択することもできなくなっている。

もとより,だからといって,被害者である被保険者の損害賠償請求訴 訟を単に見守っていれば足るものでない。ことに,裁判実務上,人傷社が代 位取得した損害賠償請求権の消滅時効の起算日は,被害者の損害賠償請求権 と同時, 被害者が損害及び加害者を知った時 と解されている 。批判的 な学説も多いが ,実務上の運用で解決されつつある 。

Bパターン(①+②)

被害者兼被保険者が,損害賠償請求訴訟と保険金請求訴訟を同時に提 起することもある。両訴訟は,当事者も訴訟物も異なる単純併合にすぎない。

損害賠償請求訴訟において,被害者の請求額は,公益財団法人日弁連交通

19) 板東司朗 人身傷害補償保険において請求権代位により保険者の取得する権 利の範囲 損保70巻3号145頁(2008年)。

20) 東京高判平成20年5月29日(自保ジャ1799号),東京地判平成23年9月20日

(自保ジャ1859号),前掲18)三木論文63頁設問2,州崎博史 人傷保険金の支 払いを行った保険者が取得する損害賠償請求権の時効の起算点 金融商事判例 増刊 保険判例の分析と展開 1386号12頁(2012年)。

21) 山下典孝 人傷保険会社による自賠責保険金の回収との関係が争点とされた 事例 損保73巻2号185頁(2011年),同 人身傷害補償保険に関する一考察 阪大法学61巻3・4号760頁(2011年),石田満 判批 保険毎日新聞2012年1 月25日号。

22) 被害者とともに人傷社も自賠責保険の時効中断申請は可能であるなど。

(9)

事故相談センターが公表している裁判例をふまえた基準 などを参考に算 定している。このとき,人傷社が,人傷基準あるいは訴訟前に提示した算定 額を否定できるかが問題となっている。

一般的には,人傷基準損害額のほうが裁判基準損害額より低いので問題と ならないが,場合によっては,人傷基準損害額が裁判基準損害額を上回るこ ともある。その一例が,人傷基準では,有職者の逸失利益は現実収入による 算定と年齢別平均給与額による算定の高い額,無職者の逸失利益は18歳平均 給与額による算定と年齢別平均給与額による算定の高い額とされているが,

具体的訴訟では,平均賃金よりも少ない現実収入や平均賃金を減額した金額 が基礎とされるなどである。

このような場合,人傷社が,人傷基準あるいは訴訟前の提示額ではなく,

被害者と同様の主張をすることが許されるのであろうか。約款に基づく支払 の否定であるが,実損填補性から,このような主張が現に問題となっている。

読み替え規定があれば,なおさら主張しやすい。

また,人傷社は,自賠責保険の事前認定を否定できるだろか。

人身傷害保険についても,自賠責保険の事前認定制度が利用されている 。 ただし,任意対人賠償責任保険の保険者が行う事前認定は,任意保険・自賠 責保険一括払制度を前提に,保険金請求権(自賠法15条)を確保するために 23) 公益財団法人(2012年4月1日公益認定)日弁連交通事故相談センター東京 支部による 民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準 は赤い本,公益財団法人 日弁連交通事故相談センターによる 交通事故損害額算定基準 は青本と呼ば れている。他の基準も含め,これらは,自賠責保険の支払基準,任意対人賠償 責任保険における基準と区別する意味で,日弁連基準,裁判基準,請求基準な ど呼ばれているが,裁判基準差額説と区別するため,本稿では 赤本基準 と いう。交通事故における損害賠償額の基準の意義については,前掲8)金澤論文 20頁,大島眞一 交通事故における損害賠償の算定基準をめぐる問題 ジュリ スト1403号10頁(2010年)。

24) 人傷一括払いについては,肥塚肇雄 人身傷害補償保険契約と過失割合 財 団法人日弁連交通事故相談センター 交通賠償論の新次元 322頁(2007年),

山下典孝 人傷保険会社による自賠責保険金の回収と損益相殺との関係が争点 とされた事例 73巻2号損保185頁(2011年)。

(10)

実施されるが,人傷社の事前認定は,人身傷害保険金の支払いにより代位取 得する被害者請求権(自賠法16条)を確保するために行われるもので両者は 異なる。そうであるにもかかわらず, 支払基準は,保険会社が訴訟外で保 険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎない と,事前認定の結果に基 づく人傷社の訴訟前の算定を否定する主張がなされることもある。

なお,人身傷害保険金を受領した被害者の加害者に対する損害賠償請 求訴訟において,人傷社が既に受領していた自賠責保険が,損益相殺の対象 となるのかという問題について,東京地判平成21年12月22日(交民集42巻6 号1669頁)は,これを否定,受領した人傷保険金のうち,被害者の過失部分 を上回る部分を控除した残は,人傷社が自賠責保険から回収したか否かにか かわらず被害者に支払われるべきものとした。これは,自賠責保険の処理に ついても訴訟基準差額説を貫く不当利得容認説 と言われている。不当利 得認容説を前提に,被害者を巻き込むことなく保険者間での解決の必要性が 指摘されていたが,その後,実務上の運用で解決されている 。

さらに,人身傷害保険が実損填補といわれることから,被保険者が,

人傷基準にはない損害費目を人傷社に請求できるか問題となることもある。

自賠責保険の支払基準と人傷基準の裁判官に対する拘束力は同じであるとの 指摘がなされたこともあり ,人傷基準を無視して人身傷害保険金は請求で きるとの主張がなされることもある。

東京地判平成16年6月28日(自保ジャ1567号)は,加害者に対する損害賠 償請求訴訟における弁護士費用 ,確定遅延損害金の請求を否定した。また,

25) 最判平成18年3月30日(民集60巻3号1242頁)からの引用であるが。

26) 森健二 人身傷害補償保険金と自賠責保険の代位について 財団法人日弁連 交通事故相談センター 民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準2011年 93頁

(2011年)。

27) 奥田直之 最高裁―人身傷害保険に関する裁判基準差額説及び遅延損害金の 支払い請求権の代位 自保ジャ1869号1頁(2012年)。

28) 西嶋梅治 人傷保険をめぐる諸問題についての覚書 金澤理監修・大塚英 明=児玉康夫編 新保険法と保険契約法理の新たな展開 417頁(2009年)。

29) 対人賠償責任保険や無保険車傷害保険のように,保険金について 被保険者

(11)

福岡地判平成20年4月25日は,一般条項 権利の保全又は行使に必要な手続 きをするために支出した費用 として,損害賠償請求訴訟における弁護士費 用は含まれないとした。

Cパターン(①+③)

人身傷害保険金が支払われた後,加害者に対し,被害者の損害賠償請 求訴訟と人傷社の求償訴訟が提起されることもある。人傷社の求償訴訟は,

代位取得した損害賠償請求権の行使であるから,被害者と全く同じ構成であ ることが多い。

このとき,人傷基準で支払った人傷社が,人傷基準ではなく赤本基準 での損害を主張して加害者に請求することが問題となっている。それは,あ たかも,実損填補といわれる人身傷害保険で実損が填補されていないことを 人傷社が自認しているにほかならないと指摘される。

また,被害者が請求段階で自らの過失相殺を主張することは少ないので,

人傷社は支払った金額すべてを代位したとして全額請求するが,それは絶対 説的な対応であるとの指摘もなされている。

さらに,人傷社は,支払った保険金の全額について代位できるのか,

保険金の支払いであるから,対応原則の適用による制約があるのではないか 問題となっている 。

東京高判平成20年3月13日(判時2004号143頁)は,人身傷害保険金は,

積極損害・消極損害・慰謝料の項目別に対応するとした。他方,名古屋地判 平成22年3月17日(自保ジャ1829号)は,原告が,受領した307万余円のう ち,食事負担額等を控除した,290万余円の受領を主張したが,人身傷害保 険に費目拘束はないと判示して,307万余円全額を支払い済みとした。

が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額 とは規定し ていないことも否定理由としてあげている。

30) 佐野誠 人身傷害補償保険の被保険者が加害者に対して直接損害賠償請求し た場合にその訴訟費用は人身傷害補償保険金の対象とはならないとされた事 例 福岡大学法学論叢54巻1号153頁(2009年)。

(12)

学説としては,対応原則の適用を否定 ,あるいは,緩やかな運用 主張する見解が有力であった。三木裁判官は,最高裁判決 との比較にお いて,人身傷害保険における対応原則の適用を否定,人傷保険金は被保険者 の人身損害全体を填補するものであるとしている 。

本最高裁判決は,人身傷害保険金により遅延損害金の填補を否定した が,これまで,東京地判平成21年1月13日(自保ジャ1799号),東京地判平 成22年1月20日(自保ジャ1820号)など,人身傷害保険による遅延損害金の 填補を認める下級審判決もあった。多くの事案は,当事者間で十分に争われ ることなく,理由不明のままの処理であったが,被保険者の損害賠償請求に とって最も有利な形での填補をすべきとして損害金への優先充当を主張する ものもあった。

この点についても,三木裁判官 は,人傷保険金支払時 における損害 賠償額元本との損益相殺的調整を認めた。

Dパターン(③のみ)

被害者による損害賠償請求訴訟が存在しない,これは,人傷基準によ る支払を受け,加害者への請求を断念している場合,単に行動を起こしてい ない場合などいろいろな理由によるとは思われるが,ともかく被害者が損害 31) 山本豊 人身傷害補償保険金の支払いと損害賠償請求権の減縮の有無 判タ

1305号38頁,前掲9)山下論文328頁。

32) 上田昌嗣 保険法制定を契機とした対応原則に関する一考察 損保72巻2号 95頁(2010年)。

33) 最判平成16年12月20日(判時1886号46頁)は,自賠責保険 等 につき遅延 損害金への充当を認めたが,最判平成22年9月13日(判時2090号162頁)は障 害基礎年金,障害厚生年金について逸失利益の元本との,最判平成22年10月15 日(裁判所時報1517号4頁)は,労災保険に基づく休業給付,障害一時金につ いて休業損害及び逸失利益の元本との損益相殺的調整を認めた。

34) 前掲18)三木論文55頁設問1⑴。

35) 前掲18)三木論文57頁設問1⑵。

36) 平成22年最高裁判決は,労災保険給付時ではなく,不法行為時に填補された と評価して,損益相殺的調整を不法行為時に遡及している。

(13)

賠償請求訴訟を提起していない場合,何をもって,裁判基準損害額とするの であろうか。具体的には,人傷基準で支払った人傷社が,被保険者の損害賠 償請求を前提とすることなく,独自に,赤本基準で請求して,裁判基準損害 額の算定を求めることができるかという形で顕在化している。

そもそも,被害者を抜きにして裁判基準損害額が実在するのか。被害 者の主体的請求活動により裁判所が算定した金額,つまり,損害賠償請求訴 訟における算定額が裁判基準損害額である。しかし,被害者が損害賠償請求 訴訟を提起していなければ,人傷者は,人傷基準をもって求償訴訟における 損害とすることこそ,実損を全額填補する人身傷害保険の本来の姿のように も思われる。

ただし,将来的に,被害者が損賠償請求訴訟を提起して,人傷基準と異な る裁判基準損害額が認定された場合,求償訴訟の結果との調整が必要になる ことから必ずしもその対応が適切とも限らない。

また,人傷者が人傷基準で求償請求する場合,加害者が赤本基準ない し人傷基準を大きく上回る損害額を主張することは可能であろうか。

被害者の過失が大きい場合,損害額が大きくなると過失相殺額も大きくな り,人傷社の支払った保険金は被害者の過失相殺部分に填補され,求償が認 められなくなる。加害者としては,損害額が大きいことを主張することによ って,人傷社の求償額を減少させることができる。

もとより,求償額を減少させる目的からの場当たり的な対応は,後日,被 害者から損害賠償が請求される可能性を考えると,事実上は軽々に行えるも のではない。しかし,被害者の関与しない求償訴訟において,裁判基準損害 額が定められたとしても,被害者を拘束するものでないことから,理論上は あり得る対応である。

とはいっても,加害者が人傷基準での請求に応じると,後日,被害者の損 害賠償請求訴訟において裁判基準損害額が定められた場合,加害者としては 二重払いの危険があり,調整が必要になる。

そこで,求償訴訟において,被害者に訴訟告知がなされることがある。し

(14)

かし,加害者の責任と切り離して,示談交渉等に時間を要することなく迅速 に支払いが受けられることが人身傷害保険の特徴であった にもかかわら ず,保険金の支払いを受けた後,意に添わない形で求償訴訟に関与させられ ることは,人傷保険の向かった方向と正反対の対応である 。

被害者が損害賠償請求訴訟をしない場合,裁判基準差額説によると,

加害者の支払額が結果的には少なくなることがある 。これを不当な利得で あるとして,被害者が訴訟による解決を希望しない場合に限り,求償訴訟で は絶対説が妥当するとの主張がなされたこともある。当該主張は,代位がい つの時点でどのような要件のもとで生じると考えているのか疑問である。

裁判基準差額説によると,被害者の損害賠償請求訴訟において,裁判 基準損害額に過失相殺を適用した損害賠償額が確定するまで,保険者は,求 償訴訟ないしは訴訟外で加害者からの回収を図ったとしても,後日,さらに 被害者ないし加害者から請求される可能性は否定できない。事案の終局的解 決が,被害者の損害賠償請求権の帰趨が確定するまでありえないことになる。

被害者の損害賠償請求権の時効消滅を待つとしても,加害者が時効を援用 しなければ損害賠償請求権は消滅せず,人傷社が援用できるのかという新た な問題も生じる。

6 その他の問題点

⑴ 保険契約締結時の問題点

以上は,訴訟における問題であるが,訴訟以外の場面でも,人身傷害保険 は多々問題となっている。

まず,保険契約締結時における裁判基準差額説の位置づけである。加害者 に対する損害賠償請求訴訟により,人身傷害保険から受け取る保険金の額が

37) 前掲7)星野論文97頁。

38) 前掲20)州崎論文17頁。

39) 人身傷害保険の支払いにかかわらず,被害者と加害者間でも,示談による損 害賠償額が訴訟による場合よりも低いことは一般的に生じている事態であるが。

(15)

変わる可能性があることを,重要事項として説明する必要があるだろうか。

加害者に対する損害賠償額も,示談と訴訟では異なるのが一般的ではある が,保険者にとっての相手方は,被保険者の相手方である被害者であり,保 険者にとって契約の相手方ではない。しかし,人傷社と被保険者は,保険事 故発生前から信頼のうえに成り立つ契約当事者の関係にある。裁判基準差額 説による処理が想定できる以上,そこまでの説明が必要であるのか。訴訟に よることなく速やかに受領できることをコンセプトとする人身傷害保険の募 集ないし契約締結にあたり,裁判基準損害額の説明が問題となるのは皮肉な ものである。

⑵ 死亡保険金の請求権者

人身傷害保険における 保険金請求権者 は,被保険者が死亡した場合,

その法定相続人である。法定相続人は, 生命保険における保険金受取人 と同様に,固有の権利として死亡保険金請求権を取得するのか,被保険者の 権利を相続して取得するのか,相続人が相続を放棄した場合に問題となる。

この点,盛岡地判平成21年1月30日 は,保険金受取人を法定相続人と 指定した場合と異なるところはなく,死亡保険金請求権は,法定相続人の固 有財産であるとして,相続放棄した法定相続人による死亡保険金請求を認め た。もっとも相続による取得であるとして相続放棄した相続人の請求を否定 する見解も有力であり ,下級審判決も分かれている。

⑶ 素因減額

人身傷害保険は,過失相殺が適用されない,加害者に請求できない損 害も填補されるが,過失相殺の類推適用部分も填補されるのであろうか。最 高裁は,損害賠償額を算定するにあたり,民法722条2項の過失相殺の規定

40) 大塚英明 人身傷害補償の死亡保険金の帰趨 ひろば2011年2月号54頁。

41) 山下典孝 人身傷害補償保険に基づく保険金の充当の問題 自保ジャ1820号 1頁(2010年)。

(16)

を類推適用して,損害の発生,拡大に寄与した被害者の事情を斟酌すること を認めた 。民法722条2項の類推適用の前提である事故との相当因果関係 は認められるので,素因減額部分も補填されるとの主張がなされる。

他方,人身傷害保険は,傷害保険であり, 被保険者が傷害を被った ときすでに存在していた身体の障害もしくは疾病の影響により,傷害を被っ た後にその原因となった事故と関係なく発生した障害もしくは疾病の影響に より傷害が重大となった場合は,その影響がなかったときに相当する額を損 害の額と決定して支払う という限定支払条項が規定されている。

開発当初から,素因減額は,傷害事故と因果関係が認められず給付の対象 にならないと解されており ,他の傷害保険と同様に,実務的には,むしろ 素因を斟酌する具体的方法,減額割合などが問題となっている。

なお,素因競合の場面ではなく,疾病起因事故であるが ,最㈡判平 成19年10月19日(判時1990号144頁,判タ1255号179頁)は,外来の事故とは 被保険者の身体の外部からの作用による事故であるとした最㈡判平成19年7 月6日(民集61巻5号1955頁)を引用のうえ,被保険者の疾病によって生じ た運行事故も,外来の事故に該当するし,疾病免責条項がない以上,運行事 故が疾病により生じた場合でも保険金を支払うことになるとして,人身傷害 保険については,他の傷害保険とは異なる扱いを認めている。もとより,約 款改正によって,人身傷害保険についても疾病免責を採用した人傷社もある。

⑷ 無保険車傷害保険の併合適用

人身傷害保険が自動車保険の基本契約に組み込まれ,無保険車傷害保険は 特約として,人身傷害保険よりも有利な場合に選択的に適用される。この両 者を併合して適用する旨の主張がなされることがある。

42) 心因的要因に関する最高裁昭和63年4月21日判決(民集42巻4号243頁),体 質的訴因に関する最高裁平成4年6月25日(民集46巻4号400頁)など。

43) 前掲7)星野論文112頁。

44) 疾病起因と疾病競合については, 阿憲 保険毎日新聞2009年11月8日号。

(17)

大阪地判平成21年2月16日(交民集42巻1号154頁)では,被保険者が,

加害者が責任を負う部分については無保険車傷害保険金を,過失相殺が適用 され加害者が責任を負わない部分については人身傷害保険金を請求した。大 阪地判平成22年8月26日(交民集43巻4号1042頁),裁判基準損害額から人 身傷害保険金を控除した残額に無保険車傷害保険を適用することを主張した。

いずれも,裁判所は,約款の文言に従い併合適用を否定している。

7 実務上の解決の指針

⑴ 議論の端緒

以上のとおり,最高裁が裁判基準差額説を明らかにした今日においても,

実務において解決すべき問題は多々残されている。

人身傷害保険をめぐる実務における議論は,約款ではなく被保険者の過失 相殺部分も填補すると円グラフで図示されているパンフレットから始まった。

そこでは,個別具体的な訴訟事案の解決として,当該被保険者に支払われる べき保険金の額を中心とした機能的アプローチがなされた。しかし,人身傷 害保険の本質の議論は尽くされていない。

学術的には,人身傷害保険が開発された当初から,人身傷害保険の本質に ついて,責任保険を補完する損害保険であるのか,人保険である不定額給付 型傷害保険であるのか議論されていた。ファーストパーティ型保険である無 保険車傷害保険の開発当時の再現であった。実務の現場においても,いま一 度,人身傷害保険の本質論に立ち返る必要がある。

⑵ 人身傷害保険の本質

人身傷害保険の本質を考えるにあたっては,無保険車傷害保険をめぐ る責任保険説と傷害保険説の議論が参考になる 。しかし,傷害保険につい て規定のない商法下における議論が,傷害損害保険が規定された保険法下の 人身傷害保険の議論としてそのままあてはまるわけでもない。

45) 肥塚肇雄 無保険車傷害保険と保険者免責の法理 133頁(2001年)。

(18)

保険法の立法過程においても,人保険である人身傷害保険に被保険利 益を観念することができるのか,被保険者が相続人以外の受取人(保険金請 求者)を指定できないのか,など問題となっていた 。代位の範囲が問題と なった折にも,代位を認めないことが根本的な解決であるとの指摘もなされ ていた。少なくとも,典型的な損害保険である物保険と全く同様に被保険利 益を観念することは困難である。

そこで,人身傷害保険の本質は,典型契約である損害保険でも定額保険で もない不定額給付型傷害保険であるとする見解が有力である 。

しかし,保険法が,損害保険でも定額保険でもない無名契約を許容してい るとしても, 損害保険契約及び生命保険契約に属さない傷害又は疾病によ り保険金が支払われる保険契約について,典型契約としての位置付けを与え,

その適切な規律を法定する ことが見直しのポイント として始まったに もかかわらず,今日においては傷害保険の代表とさえいえる人身傷害保険に ついて,典型的契約として位置づけなかったとは考えにくい 。むしろ,人 身傷害保険をはじめとする損害填補方式の傷害保険が,保険法制定に際して,

傷害損害保険契約という契約類型を条文化する誘引になったといえなくもな いと指摘されている 。

よって,人身傷害保険を保険法が規定した典型契約である傷害損害保 険と捉え,これをもって実務上の問題を解決する大きな指針としたい。

もっとも,損害保険であることが直ちに実質的な責任保険であることには ならない。損害保険であり,責任保険を補完する機能があるとしても,責任

46) 法制審議会保険法部会第22回(平成19年12月26日開催)議事録52頁。

47) 赤津貞人 傷害・疾病保険の意義・性質と人身傷害補償条項・無保険車傷害 条項 金澤理監修・大塚英明=児玉康夫編 新保険法と保険契約法理の新たな 展開 (2009年)。

48) 法務大臣諮問平成18年9月6日第78号。

49) 前掲46)でも これは恐らく損害保険契約として位置付けることになるのだ ろうと思う との発言がなされている。前掲41)山下論文3頁。

50) 金澤理 傷害保険契約の本質と保険法 金澤理監修・大塚英明=児玉康夫編 新保険法と保険契約法理の新たな展開 (2009年)。

(19)

保険そのものでも,責任保険の裏返しでもない。あくまでも,人保険である 傷害保険の本質を有する損害保険である。

ここで,人身傷害保険が填補する損害について考えてみたい。

約款によって契約関係にはいった保険契約の当事者(保険者・保険契約 者)および関係者(被保険者・保険金請求者)は,契約内容となった約款規 定に拘束され,人傷基準による損害算定がなされるが,これこそが人身傷害 保険における損害である。そこに,加害者,被害者,過失相殺などは存在し ない。加害者が賠償法理を基礎とする法的効果として負うべき損害賠償額を 算定する前提である裁判基準損害額とは,全く異なる内容である。損害とい っても,唯一無二のものが絶対的に存在するのではなく,当事者間で相対的 に捉えることは可能であるし,このような捉え方に実務上の抵抗もない。

もっとも,両者は全く無関係でもない。人身傷害保険における損害は,被 保険者と人傷社の契約により確定されるが実体を伴う。被保険利益の機能と して捉えるかはさておき,実損として填補しうるだけの実体がある 。

とくに,損害填補方式の傷害保険には,治療費実費支払方式,逸失利 益填補方式があり積極損害のみならず,期待利益である消極損害も填補対象 とされてきたが ,慰謝料については議論があった。

しかし,慰謝料の本質は損害填補であり ,人身傷害保険はその根底にあ る精神的損害を填補するとの考えに基づいている 。こと自動車損害賠償事 案については定型化が進み,精神的損害である慰謝料も,入通院期間により 判断される傷害の重症度,後遺障害等級により判断される後遺障害の程度な どによって客観化されている。ここに,慰謝料も実務的には実損としての実 体を認めることができる。

人身傷害保険により填補されるのは,傷害事故による損害であるが,

51) 人傷基準の拘束力については,前掲8)金澤論文20頁,前掲47)赤津論文465頁。

52) 損害保険法制研究会 損害保険契約法改正試案 傷害保険契約法(新設)試 案理由書(1995年確定版) 128頁。

53) 斉藤修 慰謝料算定の理論 5頁(2010年)。

54) 前掲7)星野論文118頁。

(20)

有責加害者が生じさせた傷害事故であれば,裁判基準損害額と重畳する部分 はある。むしろ重畳する部分のほうが多いものの,横出し,上乗せもあり,

全く同じではない。ともかく,実体を伴い,重複するものの範囲を異にする 損害が併存しているからこそ,その両者の調整が必要になる。人傷社として は,人傷基準損害額に拘束されるとともに,保険法25条が採用した差額説の 趣旨 , 被保険者の権利を害さない との約款の文言,さらには読替え規 定から,被害者である被保険者が裁判基準損害額を填補することを優先する 対応が必要になる。

8 おわりに

最㈡判平成24年4月7日(裁判所ホームページ)は,無保険車傷害保険に ついて,被害者の被る損害の元本から,被害者に支払われた自賠責保険金等 の全額を差し引き,損害の元本に対する遅延損害金に充当された額を控除し た残額を差し引くことにより算定すべきではないとするとともに,その遅延 損害金の利率は商事法定利率である年6分とした。無保険車傷害保険が,実 質において賠償義務者に対する損害賠償請求であるとした原審を否定したも のである。相次いで明らかにされた人身傷害保険,無保険車傷害保険に関す る平成24年最高裁判決は,両保険が,ファーストパーティ型自動車保険とし て,損害賠償を補完する重要な機能を果たしていることを認めつつも,あく までも,傷害保険であること,損害賠償そのものでなければ,責任保険でも,

信用保険でもないことを明らかにしている。最高裁が示した方向性をふまえ,

傷害損害保険である人身傷害保険の本質に立ち返り,その本質から導きうる 統一的な解決を図る必要がある。

(筆者は弁護士)

55) 保険法25条の てん補損害額 が 損害保険契約によりてん補すべき損害の 額(18条) であるならば,形式的に25条の文言解釈の帰結としては人傷基準 差額説が自然である。裁判基準差額説によってたつ実務上,人身傷害保険が

実質的一部保険 と呼ばれる理由である。

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