心理臨床家の動機と心理臨床活動における困難およ び満足感との関連―志望動機のタイプ「苦悩型」と
「消極型」に着目して―
著者 上野 まどか
発行年 2013‑09‑20
その他のタイトル The Relationship Between the Motivations of Clinical Psychologists and the Difficulties and Satisfactions of Clinical Psychology Activities: Focusing on "Distress Type" and
"Inactive Type"
学位授与機関 明治学院大学
学位授与番号 32683甲第32号
URL http://hdl.handle.net/10723/1564
心理臨床家の動機と
心理臨床活動における困難および満足感との関連
―志望動機のタイプ「苦悩型」と「消極型」に着目して―
The Relationship Between the Motivations of Clinical Psychologists and the Difficulties and Satisfactions of Clinical Psychology Activities:
Focusing on “Distress Type” and “Inactive Type”
大学院心理学研究科 Division of Psychology
Graduate School
2013 年 1 月 31 日 31 January, 2013
上野まどか
UENO Madoka
心理臨床家の動機と
心理臨床活動における困難および満足感との関連
―志望動機のタイプ「苦悩型」と「消極型」に着目して―
The Relationship Between the Motivations of Clinical Psychologists and the Difficulties and Satisfactions of Clinical Psychology Activities:
Focusing on “Distress Type” and “Inactive Type”
明治学院大学大学院心理学研究科提出博士論文
A Dissertation Presented to the Division of Psychology, Graduate School of Meiji Gakuin University,
for the Degree of Doctor of Psychology
上野まどか UENO Madoka
2013 年 1 月 31 日 31 January, 2013
論文指導教授 金沢吉展
Approved by KANAZAWA Yoshinobu
1 内容
はじめに ... 3
第1章 先行研究の概観と問題点 ... 4
第1節 心理臨床家の志望動機 ... 4
1.1.1 心理臨床家の志望動機に関する経験的見解 ... 4
1.1.2 心理臨床家の志望動機に関する実証的研究 ... 5
1.1.3 第 1節のまとめ ... 9
第2節 心理臨床活動動機 ... 10
1.2.1 心理臨床活動動機に関する経験的見解 ... 11
1.2.2 心理臨床活動動機に関する実証的研究 ... 11
1.2.3 第 2節のまとめ ... 12
第3節 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における困難 および満足感の関連 ... 12
1.3.1 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動との関連 .. 12
1.3.2 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における困難 との関連 ... 13
1.3.3 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における満足 感との関連 ... 18
1.3.4 第 3節のまとめ ... 20
第4節 先行研究の問題点 ... 20
第2章 本研究の目的と意義 ... 22
第1節 本論文の目的 ... 22
第2節 本論文の意義 ... 22
第3節 用語の定義 ... 22
2.3.1 「心理臨床活動」および「心理臨床家」の定義 ... 22
2.3.2 「クライエント」の定義 ... 23
2.3.3 「動機」の定義 ... 23
2.3.4 「心理臨床活動における困難」の定義 ... 25
2.3.5 「心理臨床活動における満足感」の定義 ... 25
第4節 本論文の構成 ... 25
第3章 心理臨床家の志望動機の実態 ... 27
第1節 問題と目的 ... 27
第2節 心理臨床家志望動機尺度の作成(研究1の予備調査) ... 27
3.2.1 方法 ... 27
3.2.2 結果 ... 29
3.2.3 考察 ... 31
第3節 心理臨床家の志望動機のタイプと属性との関連(研究1の本調査) ... 31
3.3.1 方法 ... 31
2
3.3.2 結果 ... 33
3.3.3 考察 ... 38
3.3.4 研究1の限界と課題 ... 47
第4節 研究1のまとめ ... 48
第4章 「苦悩型」の動機と,心理臨床活動における困難および満足感との関連 ... 51
第1節 問題と目的 ... 51
第2節 「苦悩型」の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における困難 および満足感の関連(研究2) ... 51
4.2.1 方法 ... 51
4.2.2 結果 ... 55
4.2.3 考察 ... 75
4.2.4 研究2のまとめ ... 88
第3節 「苦悩型」と他のタイプ「消極型」との比較検討(研究3) ... 90
4.3.1 方法 ... 90
4.3.2 結果 ... 91
4.3.3 考察 ... 104
4.3.4 研究3のまとめ ... 110
第5章 総合考察 ... 112
第1節 本研究のまとめ ... 112
第2節 本研究から示唆された点 ... 121
5.2.1 心理臨床家の動機と,心理臨床活動における困難および満足感との関連 ... 121
5.2.2 臨床心理学領域への示唆 ... 122
第3節 本研究の限界と課題 ... 130
5.3.1 サンプルに関して ... 130
5.3.2 心理臨床家志望動機尺度に関して ... 131
5.3.3 協力者の体験パターンの可変性に関する検討 ... 131
5.3.4 クライエントを対象とした研究の重要性 ... 131
第 6章 引用文献 ... 132
謝辞 別紙図表 付録
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はじめに
心理臨床家は,自分自身を“道具”にして,クライエントの内面に深く立ち入る活 動をする専門家である (滝口, 2011, p.126)。ゆえに,心理臨床家側の要因が,心理臨 床活動やクライエントにどのような影響を及ぼすかについて知見を得ることが重要で ある。特に心理臨床家の志望動機や心理臨床活動を行う動機は,心理臨床活動との関 連が大きく,心理臨床家自身やクライエントの双方にとって役立つものもあれば ,逆 に妨害となることもあると指摘されている (Corey & Corey, 1998 下山監訳 2005; 堀 越・堀越, 2002)。例えば,もし傷ついた体験から心理臨床家の仕事を志すのなら,そ の人は,やがて自分自身の傷つきやすさや,内面からくる切迫感や未解決の欲求によ って苦しんだり,クライエントの欲求に目を向けるのを阻んだりするとの見解がある (Barnett, Baker, Elman & Schoener, 2007; 堀越・堀越, 2002; O'Connor, 2001; Zaro, Barach, Nedelman & Dreiblatt, 1977 森野他訳 2008)。一方で,そのような体験があ っても,自分自身の問題に対処し,かつ痛みを感じた経験を生かして他者を 癒すこと もできると示す見解もある (Farber, Manevich, Metzger, & Saypol, 2005; Henry, 1966)。しかし,これらの見解の多くは実証的なデータに基づくものではない。そのた め,心理臨床家が自らの職業を志した動機や心理臨床活動を行う動機が,心理臨床活 動とどのように関連するのかについて実証的に検討することが重要である。
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第1章 先行研究の概観と問題点
本章の第 1 節では,心理臨床家が自らの職業を志した動機に関する経験的見解と実 証研究について概観する。第 2 節では,心理臨床活動を行う動機に関する経験的見解 と実証研究について概観する。さらに,第 3 節では心理臨床家の動機と心理臨床活動 との関連に関する先行研究を概観する。尚,動機や心理臨床活動,心理臨床家などの 用語の定義は第2章に記した。
第1節 心理臨床家の志望動機
1.1.1 心理臨床家の志望動機に関する経験的見解
ここでは,心理臨床家の様々な志望動機に関する経験的見解を概観する。例えば,
Korchin (1976, p.585) は,悩みを抱える人々を理解して援助しようとする“人間に対
する厚い愛情”に基づく願望が,クリニカルサイコロジストが有する中心的な動機で あり,尐なくともそうであるべきだと指摘する。また,その動機が,自分自身を助け,
理解しようとする欲求から生まれたものであるかもしれないと指摘する。Corey &
Corey (1998下山監訳 2005) は,サイコロジストや精神保健福祉士などの援助専門職
を志す典型的な動機として,他人に影響を与えたい欲求,恩返しをしたい欲求,他人 の世話をしたい欲求,セルフヘルプの欲求,必要とされたい欲求,お金を得たい欲求,
地位や名声を求める欲求,他者に答えを与えたいという欲求,相手をコントロールし たい欲求といった様々な志望動機を挙げている。
志望動機に関する経験的見解の中には,心理臨床家の志望動機に“機能的”側面と
“非機能的”側面があると指摘するものがある (Guy, 1987, pp.13-18; 堀越・堀越,
2002)。例えば,Guy (1987, pp.9-13) は,“機能的動機を有する人”には,好奇心と探
究心がある,聴く能力がある,心地よく会話ができる,共感的理解ができる,情緒を 洞察できる,内省的である,自分の欲求を脇に置いておくことができる,曖昧さに耐 えることができる,温かくケアできる,親密さな関係を持ち続けられる,影響力のあ る役割を享受できる,楽しむことができる,という特徴があると挙げている。また,
このような“機能的動機”を有する人は,十分に効果的なサービスを行い,自分自身 の個人的生活も豊かにすることが出来ると指摘している。
一方,“非機能的動機を有する人”には,情緒的苦悩を抱えている,クライエントを 自分自身の問題解決の身代りに利用する,寂しさと孤独,権力への望み,優しさや愛 を万能的に捉えそれらを表現する必要性に駆られている,反抗心を表現したい,とい った動機の特徴があると挙げている。また,“非機能的動機”を有する人は,心理療法 の効果を妨げ,自分自身の満足感や幸せも蝕む可能性がある。つまり,“非機能的”な 動機は,直接的および間接的に自分の動機や欲求を満たそうとして,心理的に弱い立 場であるクライエントを利用するなど,心理臨床活動のプロセスに悪影響を与える可 能性を持ちあわせる動機であると考えられる。堀越・堀越 (2002, pp.425-36) も意識,
または無意識の中に存在する“動機は,最終的にその者を専門家としての成功や満足 に導くこともあれば,逆にそれを妨げる場合もある”と指摘し,非機能的動機として,
Guy (1987) と概ね同様に,精神的苦悩,孤独感,孤立,権力欲,不適当な愛情,反抗
心を挙げている。
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Guy (1987) や堀越・堀越 (2002) によると,情緒的苦悩は,“非機能的動機”とし
て挙げられているが,傷を負った人こそ共感的でいい癒し手になるという「傷付いた 癒し手」の見解 (Henry, 1966) もある。また,Guy (1987) や堀越・堀越 (2002) は“非 機能的動機”と“機能的動機”を区別して挙げているが,Corey & Corey (1998下山 監訳 2005) や鑪・名島 (2000) は,他人に影響を与えたい欲求や,自分の問題を解決 するなどの個人的動機であっても,心理臨床活動において役立つ面も妨害となる面も あると述べている。
以上のように,様々な志望動機があることと,動機の種類によって“機能的”なも のと“非機能的”なものがあると示す見解もあれば,一つの動機の中に 2 つの側面が 含まれることを示す見解が見られる。
1.1.2 心理臨床家の志望動機に関する実証的研究
次に,心理臨床家の志望動機に関する実証的研究を概観する。
1.1.2-1 欧米における研究
(1) 質的研究
欧米における多くの質的研究によると,心理臨床家は苦悩体験を機として自己の問 題 を 解決 する 欲求 を抱き 心 理臨 床家 の職 業を志 し たと 示さ れて いる (Ford, 1963;
Henry, 1966; Racusin, Abramowitz, & Winter, 1981; Sussman, 1992)。 例 え ば
Racusin et al. (1981) は,サイコセラピストを対象に,家族関係や家族での状況,子
ども時代の経験についてインタビュー調査を行った。インタビューの対象となった14 人のセラピスト全員から,心因性と思われる症状を含む身体的行動的困難を有する人 が家族の中に一人以上おり,親から十分な養育を受けられず家族内で対人ストレスが あったと報告された。さらに,半数のセラピストが,家族を世話するなど家族機能を 維持するために世話役割を担っていた。この結果から,セラピストが世話を供給でき る立場を継続できることと,幼い時の機能不全で困難だった時のパターンを解決する 欲求から,心理臨床の職業にひかれると指摘した。Henry (1966) によると,メンタル ヘルスの職業に就く人は,孤独感を感じたり,自分の内的世界に対する興味が強くな るようなバックグラウンドを持っていて,自分の内的な世界にかなり拘ったり,没頭 する特徴を有しているという。そして,傷を負った人こそ共感的ないい癒し手になる という「傷付いた癒し手」についての見解が示されている。このような「傷付いた癒 し手」の見解 (Henry, 1966) がある一方で,Racusin et al. (1981) は,苦悩経験をし たセラピストが,共感的もしくは効果的なのか疑問視している。しかし,苦悩体験を 機に志した心理臨床家を対象とした実証的研究は行われていない。
また一方で,心理臨床家の職業選択の背景に苦悩体験があると示す研究に批判的な 研究もある。Liaboe & Guy (1987) は,先行研究 (例えばRacusin et al., 1981やFord, 1963の研究) に対し,サンプル数が尐ないなどの問題点を挙げ,サイコセラピストが 原家族の中で負担感や孤独感を有していたという見方に対して歪んだステレオタイプ であり実情に合っていないと批判している。そして,更なる検討が必要であると指摘 する。Norcross & Guy (1989) の調査でも,対象となった10人のセラピストのうち,
9 人は肯定的な表現で家族関係について述べており,先行研究で示されたような苦悩
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体験などの動機はなかったとする逆の結果が示された。
以上のように,欧米における質的研究では,心理臨床家は苦悩体験を機として,内 的世界への強い興味や自己の問題解決欲求を抱き,心理臨床家を志したことが明らか になっている (Ford, 1963; Henry, 1966; Racusin et al., 1981; Sussman, 1992)。そし て,そのような心理臨床家が,いい癒し手になるのか,そうでないのかについて議論 がなされている (Henry, 1966; Racusin et al., 1981)。しかし,苦悩体験を機に志した 心理臨床家を対象にした実証研究は行われていない。また,苦悩体験が心理臨床家の 志望動機になっているとする研究に対して,批判的で (Liaboe & Guy, 1987),反対の 結果を示す研究もある (Norcross & Guy, 1989)。ところが,次に述べるように,1990 年代以降に行われた量的研究からも,心理臨床家が苦悩体験を有していたことが示さ れている。
(2) 量的研究
1990 年以前は,質的研究を中心に心理臨床家の志望動機について調べられてきた。
1990年代以降に行われた質問紙法による実態調査,および他の専門家集団との比較研 究からも,心理臨床家が自らの職業を志す動機に苦悩体験があると示す研究がみられ る (Elliott & Guy, 1993; Farber et al., 2005; Fussell & Bonney, 1990; Merodoulaki, 1994; Murphy & Halgin, 1995)。
例えば,Elliott & Guy (1993) の女性を対象にした大規模調査研究では,弁護士,
科学者,エンジニアなどの職業の類型化 (Holland, 1973) に基づいて選ばれたメンタ ルヘルス関連以外の職業に就く専門家2623名と,ソーシャルワーカー,サイコロジス ト,看護,精神科医といったメンタルヘルスの専門家 340 名を比較した。その結果,
メンタルヘルスの専門家は,機能不全家族で育ち,有意に心理的困難や外傷体験, 原 家族の中での葛藤を有しており,このような特徴がサイコセラピストの職業選択に作 用していることが明らかになった。機能不全家族で育った人がサイコセラピストを志 す理由として,機能不全家族で育ち世話役割を担ってきた人の方が,精神保健領域に 務めることで担ってきた役割と同じような役割を担うことに心地よさを感じるのだと 示唆する。さらに,メンタルヘルスの専門家は非機能的な状況を経験してきたのにも 関わらず,他の領域の専門家よりも,不安,鬱,解離,睡眠障害の程度が低く,メン タ ル ヘ ル ス の 専 門 家 は 自 己 の 問 題 に 対 処 し て い る 可 能 性 が あ る こ と が 示 さ れ た (Elliott & Guy, 1993)。この結果を受けてFarber et al. (2005) は,サイコセラピスト は,自分の苦悩体験に対する解決法を見出し,痛みを感じた経験を生かして他者を癒 すことができる可能性があると示唆している。次に,Murphy & Halgin (1995) は,
先行研究から指摘されてきた動機で構成した項目に,足りないと思われる動機を追加 して,Influence on Becoming Therapist尺度を作成した。因子分析の結果,キャリア 選択に関わる要因(4因子)とキャリア選択に影響した過去経験(3因子)の因子が抽 出された。まず,キャリア選択に関わる要因は,a. 職業的な愛他主義,b. 職業的達成 や出世の機会,c. 自己の成長と人への好奇心,d. 個人的問題の解決であった。次に,
キャリア選択に影響した過去経験は, e. 個人的問題の経験,f. 家族で困難を感じた 経験,g. とても親密な対人関係を持った経験であった。さらに,社会心理学者との比
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較を行った結果,サイコロジストは,a. 職業的な愛他主義と,b. 職業的達成や出世の 機会,e. 個人的問題の経験,f. 家族で困難を感じた経験の得点が有意に高かった。よ って,①職業的業績と専門的成就のための機会の追求と,②原家族内などでセラピス ト自身が心理的苦悩を経験したことと,③個人的な問題を解決したいことが,職業選 択に関わっていると明らかになった。
苦悩体験のみならず,他の志望動機を示した研究もある。Henry, Sims, & Spray
(1971) の調査では,サイコロジストは,精神分析家と精神科医,精神保健福祉士より
も,人々を理解することへの興味が強く,その次に,「その他」を除き,人を助けるこ とに関心が強かったと示された。つまり,他者理解の欲求と援助動機が強いことが伺 える。Krous & Nauta (2005) は,社会学習理論の観点から,援助者の親を持つ人は,
親をモデリングしてサイコセラピストを志す傾向が高くなると考え,調査を行ったと ころ,援助者の親を持つ人は,サイコセラピストを志望する動機が有意に高いことを 明らかにした。親だけでなく,他には教授やスーパーヴァイザー等のメンターがサイ コセラピストになる決意や士気に大きく影響しており,モデルの存在が職業選択に関 係することが示唆された (Skovholt & Rønnestad, 1995)。
以上の量的調査においても,心理臨床家は苦悩体験や自己の問題解決の欲求を有し ていたり,苦悩体験を背景に世話役割を担おうとしたりすることが示されており ,苦 悩体験が志望動機になっていると示す点で先述した複数の質的研究と同様の結果が示 されている (Elliott & Guy, 1993; Farber et al., 2005; Fussell & Bonney, 1990;
Merodoulaki, 1994; Murphy & Halgin, 1995)。また,Racusin et al. (1981) が,苦悩 経験をしたセラピストが共感的もしくは効果的なのか疑問視している一方で,苦悩体 験を有していても,自分自身の傷に対処して,共感的な援助が出来る可能性もあると 指摘されている (Elliott & Guy, 1993; Farber et al., 2005)。
1.1.2-2 日本における研究
(1) 量的研究
本邦では欧米と異なり,心理臨床家を志す動機に関して先に量的研究が行われてき た。以下に述べるように,苦悩体験に着目した研究があるが (塩尻・福田, 2005; 渡部・
東海林・椿堂, 2001; 上野, 2006),一概に苦悩体験が志望動機に繋がっているとは言え ない結果も示されている (塩尻・福田, 2005)。
苦悩体験に着目した研究として,例えば渡部他 (2001) がある。渡部他 (2001) は,
カウンセラー志望者がカウンセラーを志望する背景要因としてネガティブ経験がある と仮定し,いじめられた体験の有無を調べた。その結果,カウンセラー志望者は,カ ウンセラー志望でない学生に比べて有意にいじめられた体験が多かった。一方,塩尻・
福田 (2005) は,苦悩体験に着目しているものの,一概に苦悩の体験が心理臨床家を 志す動機に繋がっているとは言えないとした。塩尻・福田 (2005) は,カウンセラー 志望動機に関する選択肢(20項目)を実施し,多次元尺度法による分析を行った。そ の結果,カウンセラーの志望動機は,①「他者探索的動機」,②「外的利得動機」,③
「自己投入動機」,④「内的利益動機」の4つの次元で説明された。また,いじめ経験 など過去のライフイベントに対して,「1: 経験していない」「2: 経験したが悩んでいな
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い」「3: 経験して今も悩んでいる」の 3 件法で尋ね,教師志望群やカウンセラーと教 師のどちらもなりたくない群などと比較した結果,カウンセラー志望者は教師志望者 群よりも,有意に「内的葛藤体験」の得点が高かった。一方,「学校不適応体験」と「喪 失体験」は,教師志望者群と,カウンセラーと教師のどちらもなりたくない群の方が 有意に高かった。したがって,一概に苦悩の体験が心理臨床家を志す動機に繋がって いるとは言えないとした。また,塩尻・福田 (2005) が作成したカウンセラー志望動 機に関する選択肢(20項目)は,概観されている先行研究が尐なく,項目作成のため の詳細な手続きが記されていない。また,因子分析も行われておらず尺度として用い ることが出来ないという課題点が見出された。
以上のように,本邦における量的研究において,心理臨床家の志望動機として苦悩 体験に着目され,いじめられた体験 (渡部他, 2001) や内的葛藤体験 (塩尻・福田,
2005) は,カウンセラー志望でない人よりも有意に有していることが示された。しか
し,「学校不適応体験」と「喪失体験」(塩尻・福田, 2005) においては同様の結果が示 されず,一概に全ての苦悩体験が志望動機になるわけではないことが明らかにされて いる。また,本邦で作成されたカウンセラー志望動機に関する選択肢 (塩尻・福田,
2005) には複数の課題点が見出された。
(2) 質的研究
本邦では,心理臨床家の志望動機に関する質的調査を上野 (2007, 2010) と金沢・岩 壁 (2007) が行っている。まず上野 (2007, 2010) は,既に作成されていたInfluence on Becoming Therapist尺度 (Murphy & Halgin, 1995) が,文化や心理臨床家の教育 訓練システム,資格制度の現状,社会的立場が異なる欧米 (村瀬,1995) で作成され た尺度であり,本邦において使用することが妥当でないと考えられため,探索的に志 望動機について調べた。上野 (2007, 2010) は,研究 1で自由記述による質問紙調査を 行い,研究 2 で半構造化面接によるインタビュー調査を行った。その結果,下記に示 す多様な志望動機があることと,方法論によって異なる結果が示されることが明らか になった。研究 1 の質問紙調査は,カウンセラー志望の学部生,大学院生,心理学又 は近隣領域の学部(専攻)の教員を対象に,志望動機を調べるために行われた。志望 動機について尋ねた自由記述の回答を KJ 法を用いて分析した結果,カウンセラー志 望の学部生群と大学院生群で最も出現率が高いカテゴリーは,他者や社会に対する「貢 献」の動機であった。次いで「自己成長」,「自己満足」,「過去経験」の順に出現率が 高かった。しかし,教員からみた学生の志望動機は,回答数の半数 (53%) が,「自己 充足」動機であると回答された。このことから,学部生と大学院生が考える自分自身 の動機に対する認識と,学生の志望動機を客観的に捉え判断する側の教員の認識には 大きな相違が生じていることが示された。次に研究 2 では,臨床心理士養成のための 指定大学院に通う大学院生を対象に半構造化面接を行った。その結果,大学院生の志 望動機は,過去経験と内発的な動機に大きく分類された。過去経験は,①過去の上手 くいかなかった経験やコンプレックス等の体験の克服を望む動機,②模範となる他者 がいたことや良好な人間関係を築いた経験,③人に役立った体験であった。内発的な 動機は,④自己理解や対人希求,権威への憧れ等の自己理解,⑤「人」への興味,⑥
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自身の中にある資質を認識したこと,⑦専門性を身につけ貢献したい動機であった。
この結果から,対象となったカウンセラー志望の大学院生の多くは,幼尐期から学生 時代の間に苦悩体験を有しており経験の修復を求める動機やコンプレックスの解消,
自己理解,そして自尊心や対人的親密性を求める動機を抱いていることが分かった。
この内容は,研究 1 で教員群が指摘した「自己充足」動機に類似した内容であった。
このことより,調査に協力した大学院生は自身の欲求に対して意識的であるが,調査 方法によって表出のレベルが異なることが示された。同じく,金沢・岩壁 (2007) は,
心理臨床家を対象に自由記述による調査を行い,臨床家を志した動機についてカテゴ リー化による分析を行った。結果は順に,きっかけとなる実体験 (29.21%) 知的探究 心 (20.79%),対人援助欲求 (20.22%),職業志向実現欲求 (13.48%),自己への関心
(10.11%),消極的理由 (6.18%) であった。対象となった心理臨床家の過半数が,中学
生から大学生までの思春期・青年期に心理臨床家を志していた。この時期は,アイデ ンティティ確立にかかわる時期であり,自己や周囲の人との悩みや問題を経験したり,
自己や他者の内面に関する関心をもつこと,また,他者援助の欲求・経験やそれに関 わる困難体験をもつことによって,心理臨床家の道を積極的に選択することにつなが る場合が多いことが明らかとなった。そして,臨床家の動機やそれに関する体験なら びに臨床場面や臨床実習での困難体験との関連について探っていく必要性が述べられ ている。
以上のように,上記の 2 つの質的調査からも「過去の上手くいかなかった経験やコ ンプレックス等の体験の克服を望む動機 (上野 2007, 2010)」や「悩みや問題(金沢・
岩壁, 2007)」といった苦悩体験に類似した動機が報告されている。そして,他にも多 様な志望動機があることが示されている。
1.1.3 第1節のまとめ
欧米と日本の先行研究から,様々な志望動機があることが示された。それらをまと めると,概ね以下の動機があることが明らかになった。それは,苦悩体験 (Elliott &
Guy, 1993; Ford, 1963; Fussell & Bonney, 1990; Henry, 1966; 金沢・岩壁, 2007;
Merodoulaki, 1994; Murphy & Halgin, 1995; Racusin et al., 1981; 塩尻・福田, 2005;
Sussman, 1992; 上野, 2007, 2010; 渡部他, 2001),自己の問題解決欲求 (Ford, 1963;
本橋・代・笠井, 1997; Murphy & Halgin, 1995; Racusin et al., 1981; 塩尻・福田, 2005;
Sussman, 1992; 上野, 2007, 2010),自己理解 (金沢・岩壁, 2007; 本橋他 1997;
Murphy & Halgin, 1995; 塩尻・福田, 2005; 上野, 2007, 2010),職業的および個人的 自己実現への期待 (金沢・岩壁, 2007; 本橋他 1997; Murphy & Halgin, 1995),知的 関心 (Farber et al., 2005; 金沢・岩壁, 2007; Murphy & Halgin, 1995; 上野, 2007, 2010),他者や社会に対する貢献への期待 (Farber et al., 2005; Henry et al.,1973; 金 沢・岩壁, 2007; 本橋他 1997; Murphy & Halgin, 1995; 塩尻・福田, 2005; 上野, 2007, 2010),モデルとの出会い (Krous & Nauta, 2005; Skovholt & Rønnestad, 1995; 上 野 2007, 2010),親密な人間関係を築いた体験 (Murphy & Halgin, 1995; 上野, 2007, 2010), 世 話 役 割 ・ 役 立 ち 経 験 (Elliott & Guy, 1993; Fussell & Bonney, 1990;
Merodoulaki, 1994; Racusin et al., 1981; 上野, 2007, 2010),心理学的没入および心
10
理への強い関心 (Farber et al., 2005; Fussell & Bonney, 1990; Henry, 1966),親密性 への期待 (Farber et al., 2005; 本橋他 1997; Sussman, 1992; 上野, 2007),消極的動 機 (金沢・岩壁, 2007) である。
これらの多様な志望動機の中でも,苦悩体験を挙げる研究が多い。また,苦悩体験 から,自己の問題解決や心理学への強い関心,対人援助欲求が湧くと示す研究も多く みられる (Elliott & Guy, 1993; Farber et al., 2005; Ford, 1963; Fussell & Bonney, 1990; Henry, 1966; 金沢・岩壁, 2007; Racusin et al., 1981; 上野 2007, 2010)。一方 で,苦悩体験を指摘する研究と反対の結果や見解を示す研究があり一貫した結果が得 られていない (Liaboe & Guy, 1987; Norcross & Guy, 1989)。苦悩体験が心理臨床家 を志す動機に繋がっていると一概に言えないこともわかっている (塩尻・福田, 2005)。
本邦の心理臨床家の志望動機についての実態調査は行われていない。まず,本邦の心 理臨床家がどのような動機を抱いて心理臨床家を志したのかを知るため,志望動機の 構造とタイプ,各タイプの特徴を明らかにする必要がある。また,苦悩体験を有して 心理臨床家を志した人がどの位いるのかについて明らかにする必要がある。
心理臨床家の実態を明らかにするためには,広範なサンプルからデータを収集する 必要がある。心理臨床家の志望動機を調べる測度は,Influence on Becoming Therapist 尺度 (Murphy & Halgin, 1995) とカウンセラー志望動機に関する選択肢 (塩尻・福田,
2005) がある。しかし,日本と欧米の文化や心理臨床家の教育訓練システム,資格制
度 の 現状 ,社 会的 立場が 異 なる (村 瀬, 1995) こと から ,Influence on Becoming
Therapist 尺度を本邦で使用することはふさわしくないと考えられる。カウンセラー
志望動機に関する選択肢 (塩尻・福田, 2005) は,項目作成の詳細な手続きが記されて おらず,因子分析も行われていないため使用することはできない。以上から,新たに 心理臨床家志望動機尺度を作成する必要がある。
次に,情緒的苦悩や孤独感など苦悩体験が,心理臨床活動に悪影響を及ぼす可能性 があることが指摘されてきた (Guy, 1987; 堀越・堀越, 2002)。一方,苦悩体験を機に 心理臨床家を志望した人でも,心理臨床家は自分の問題に対処し,痛みを感じた経験 を生かして同様の問題を持っている人に共感的に援助することができるとの見解もあ る (Elliott & Guy, 1993; Farber et al., 2005; Henry, 1966)。これらの異なる見解があ ることから,苦悩体験が,心理臨床活動とどのように関連するのかについて実証的に 検討することが重要であると思われるが,データに基づく実証的研究は行われていな い。
第2節 心理臨床活動動機
動機は,時や経験の積み重ねや個人の成長に伴い,個人の中で変化していく(Corey &
Corey, 1998下山監訳 2005, p21; 遠藤, 1997)。そのため,心理臨床家を志した当初に
抱いていた動機が,心理臨床活動の中で様々な経験をしたり,成長したりするに伴い,
変化する可能性がある。前節では,志望動機について論じたが,本節では,心理臨床 活動を行う動機に関する経験的見解と,実証的研究について概観する。尚,本研究で は,心理臨床家が心理臨床活動を行う動機を「心理臨床活動動機」と記す。定義は第 2 章に記述する。
11 1.2.1 心理臨床活動動機に関する経験的見解
Guy (1987),岩壁 (2007),遠藤 (2010) は,下記のように心理臨床活動動機が心理
臨床活動のプロセスに影響を及ぼすと述べている。Guy (1987, pp.13-18) によると,
“非機能的”な動機を持っている多くの人は,訓練過程や個人療法で有意義な個人的 な人間関係を体験することにより,それらの動機をある程度満たすことができ,もし 満たされれば,その人はセラピストである“必要性”がなくなり,セラピストの職業 を選ばなくなる場合があるという。しかし,もし満たされない場合には“非機能的”
動機を抱き続けたまま心理臨床家になる危険性もあるという。また,岩壁 (2007) は,
心理療法における失敗の原因の一つとして成長欲求,知識の習得欲求,技法の習得欲 求,経済的欲求,社会的承認の欲求などのセラピストの欲求を挙げている。これらの 欲求が,常にクライエントのニーズと矛盾したりクライエントのニーズを満たすこと を阻害したりするわけではない。しかし,“セラピストが,間接的にでも自分の欲求を 満たそうとすることは,面接プロセスに悪影響を与え,心理的に弱い立場であるクラ イエントを利用することになりかねない”(p.89)と指摘する。さらに遠藤 (2010, p.127) は,心理臨床の仕事が人目にさらされにくいことや,多くの臨床心理士が複数の非常 勤職を兼任し一つの組織に継続的に所属していないことが,“自己愛的欲求による誘惑 に陥るリスクを招いている”と述べる。また,心理療法の性質には“セラピスト・ク ライエント双方にとって嗜癖性”がある可能性があり,心理臨床家が職業倫理を振り 返りみることの大切さを伝えている。
以上のように,心理臨床活動動機について,心理臨床家の個人的欲求の存在が示唆 されている。そして心理臨床家が個人的動機を意識的無意識的に優先させようとした 場合には,動機が心理臨床活動のプロセスに悪影響を与え,倫理的な問題を引き起こ す可能性が示唆されており,心理臨床活動動機と心理臨床活動との関連を検討するこ とが重要であると考えられる。
1.2.2 心理臨床活動動機に関する実証的研究
前節で志望動機に関する実証的研究について概観した際には,欧米と本邦の研究を 分けて記述したが,心理臨床活動動機に関する先行研究は尐ない。そのため,以下に は欧米と日本の研究を分けないで記述する。
心理臨床活動動機については,上野 (2007),金沢・岩壁 (2008),Krous & Nauta
(2005) が調査を行っている。例えば,上野 (2007) の就業中のカウンセラーとカウン
セラー志望の学生を対象にした自由記述式の質問紙調査では,就業中のカウンセラー には志望動機と就業継続動機を尋ね,カウンセラー志望の学生には志望動機を尋ねた。
その結果,就業中のカウンセラーは,<意欲・やりがい><自己成長><返報性><
生活手段><社会からの評価>を感じており,実際に働く中で心理的社会的報酬を感 じておりそれらが就業継続動機になっていることがわかった。(<>内はカテゴリーの 名称であることを示す)。また,金沢・岩壁 (2008) は,心理臨床家110名を対象に現 在の臨床業務を行う動機について自由記述式の質問紙調査を実施した。その結果,“① 他者のために援助を行うことによって喜びと意欲を感じる (44.26%),②周囲の状況に
12
よる臨床業務を行うことが必要となっている (16.39%),③臨床業務に喜びを感じてコ ミットする (9.29%),④自己に積極的にかかわり,自己を変えていきたい (7.65%),
⑤自己の適性を認識し,それを発展させていきたい (7.65%),⑥人間に対する知的関 心を満足させる (6.56%),⑦消極的な理由があった (4.37%),⑧初期の動機が継続し ている (2.19%),⑨後進を育成する (1.09%),⑩クライエントとの密着感を感じる
(0.55%) という10のカテゴリーが生成された。この結果から,半数以上が臨床業務に
積極的にかかわり,他者の福祉に貢献することに意欲と喜びを感じていることと,自 己を高め,変えていくことに対しても積極的な関心を抱いていることがわかった (金 沢・岩壁, 2008)。同じ協力者を対象に心理臨床家を志した動機を調べた結果 (金沢・
岩壁, 2007:本章第1節-2に述べた) と比較すると,当初は挙げられていなかった“② 周囲の状況による臨床業務を行うことが必要となっている”と“⑨後進を育成する”,
の動機が挙がっていた (金沢・岩壁, 2008)。また,“⑧初期の動機が継続している”は 2.19%に留まっており,心理臨床家を志望した当初の動機は変化していたことが示さ れた。
心理臨床家の志望動機として苦悩体験に着目する研究が多いことを本章第 1 節で先 述したが,以上から,心理臨床活動動機に苦悩体験は挙げられていないことが示され ている。したがって,苦悩体験を機に志したとしても,心理臨床活動を継続する上で 動機が変わっている可能性があると考えられる。
1.2.3 第2節のまとめ
先行研究では,心理臨床家を志す動機と心理臨床活動動機は,内容が異なることが 示されている (金沢・岩壁, 2008; 上野, 2007)。よって,本章第 1節で先述したように,
心理臨床家が苦悩体験を機に自らの職業を志したとしても,心理臨床活動を継続する 上で動機が変わっている可能性がある。心理臨床活動動機が,心理臨床活動のプロセ スに悪影響を与える可能性が示唆されていることからも (遠藤, 2010; Guy, 1987; 岩 壁, 2007),心理臨床家の動機と心理臨床活動との関連を検討する際には,志望動機だ けでなく,心理臨床活動動機も調べ,動機との関連を吟味する必要がある。
第 3 節 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における困 難および満足感の関連
第1節と第2節では,心理臨床家の動機,すなわち志望動機と心理臨床活動動機に 関する経験的見解と実証的研究について概観した。志望動機と心理臨床活動動機は心 理臨床活動と関連するとの指摘があることから,本節では,どのような関連が指摘さ れているかについて概観する。
1.3.1 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動との関連 心理臨床家の動機と心理臨床活動との関連について下記の見解がある。例えば,心 理臨床家の志望動機は,“最終的にその者を専門家としての成功や満足に導くこともあ れば,逆にそれを妨げる場合もある (堀越・堀越, 2002, pp.425-36)”と指摘され,心理 臨床活動動機は,“セラピストが,間接的にでも自分の欲求を満たそうとすることで面
13
接プロセスに悪影響を与え,心理的に弱い立場であるクライエントを利用することに なりかねない (岩壁, 2007, p.89)” と指摘されている。志望動機および心理臨床活動動 機と心理臨床活動との関連が指摘されているのは,以下の 5 つである。なお,下記に 挙げる先行研究の中で,データを用いて実証的に検証したのは,上野 (2007, 2010),
Sussman (1992),Krous & Nauta (2005) のみである。まず一つ目に,心理臨床家の 苦悩や限界,バーンアウトなどを含めた心理臨床活動における困難である (Barnett et al., 2007; 遠藤, 1997; 堀越・堀越, 2002; O'Connor, 2001; Racusin et al., 1981; 上 野, 2007, 2010; Zaro et al., 1977 森野他訳 2008) 。二つ目に,心理臨床活動における 満足感である (Corey & Corey, 1998下山監訳 2005; Farber et al., 2005; Guy, 1987;
Sussman, 1992)。三つ目に,心理臨床家が困難を感じていなかったり,無自覚のうち にクライエントに悪影響を与えていたりする非機能的な心理臨床活動への影響である (Corey & Corey, 1998下山監訳 2005; Guy, 1987; 堀越・堀越, 2002)。例えば,Corey
& Corey (1998下山監訳 2005, p.13) は“自分自身の持っている欲求を意識していな いとしたら,知らず知らずのうちに,その欲求に基づいて援助のための介入の在り方 を決めてしまう”と述べている。四つ目に,心理臨床家のキャリアや理論的志向性の 選択である (Guy, 1987; 堀越・堀越, 2002; 塩尻・福田, 2005; Sussman, 1992)。五つ 目に,援助欲求の強さである (Krous & Nauta, 2005)。これら5つの心理臨床活動に おける事象や心理臨床家の体験が,心理臨床家の動機と関連があると指摘されている。
これらの中で,本研究では,心理臨床活動における困難と満足感を取り上げる。な ぜなら,後に詳しく述べるように,どちらも心理臨床活動において重要な事柄である からである。例えば,心理臨床活動における困難は適切に対処されることがクライエ ントや心理臨床家自身の精神的健康にとって重要であり,適切に対処されれば職業的 発達の契機となる。また,心理臨床活動における満足感は,心理臨床家の意欲的な心 理臨床活動や学習活動,健康を保つことに繋がる肯定的な側面があり重要である。し かし,満足感を得ようとして心理臨床家自身の利益を優先させようとする場合もある と考えられる。以上のことから,動機と心理臨床活動における困難と満足感との関連 を検討することが有用であると考えられる。以下に,心理臨床家の志望動機および心 理臨床活動動機と関連があると言われている,心理臨床活動における困難と満足感に ついてと,動機との関連について先行研究を概観する。
1.3.2 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における 困難との関連
先述したように,心理臨床活動における困難は,心理臨床家の志望動機および心理 臨床活動動機と関連があると言われている (Barnett et al., 2007; 遠藤, 1997; 堀越・
堀越, 2002; O'Connor, 2001; Racusin et al., 1981; 上野, 2007, 2010; Zaro et al., 1977 森野他訳 2008)。1.3.2では,心理臨床家の困難と困難への対処に関する先行研究を概 観してから,心理臨床家の動機との関連に関して概観する。
1.3.2-1 心理臨床活動における困難に関する先行研究
心理臨床活動の仕事は,クライエントの問題解決や成長を援助し,満足感ややりが いを与えてくれる一方で,根深い問題に葛藤するクライエントと向き合い骨の折れる
14
作 業 で あ る 。 効 果 に 繋が ら な い こ と も 多 く ,情 緒 的 に も 負 担 を 要 する 仕 事 で ある (Barnett et al., 2007; 金沢・岩壁, 2006; O'Connor, 2001)。近年では,心理臨床家の バーンアウトやインペアメントについて注目されている (金沢・岩壁, 2006; Laliotis &
Grayson, 1985; Thoreson, Miller, & Krauskopf, 1989)。なお,インペアメントは,“薬 物依存,精神障害,個人的葛藤のために職業的機能が妨害されること”(Laliotis &
Grayson, 1985, p.85) と定義されている。心理臨床家が自分の悩みや葛藤,ストレス
に気づいて必要な行動をとったり,ストレスや困難への対処法を身につけたりするこ とは,自分の健康維持とバーンアウトおよびインペアメントの予防に不可欠であり , 理論概念を学び介入技法を学ぶことと同様に重要である(Barnett et al., 2007; 金沢・
岩壁, 2006; O'Connor, 2001)。また,American Psychological Association (2002,
p.1062) の倫理規定においても,“サイコロジストは,自分自身の心理的身体的健康が
人々を援助するための自らの能力に及ぼし得る影響に気づけるよう努める”と記載さ れ,困難に気づいて対処し,自分の健康を保つ努力の重要性が謳われている。
しかし,過大な困難やストレスによって心理臨床家の精神的健康が害されたり,心 理臨床活動の質に否定的な影響が及ぶ場合もある (Gilroy, Carroll & Murra, 2002;
Guy, Poelstra & Stark, 1989; Pope & Tabachnick, 1994; Sherman & Thelen, 1998)。
例えば,Pope & Tabachnick (1994) によると,調査の対象となった76人のサイコロ ジストのうち,61%はうつを経験,29%は自殺を考え,4%は自殺を企図したことを示 している。また,Gilroy et al. (2002) は,調査の対象となった425人のサイコロジス
トの内62%がうつ症状を有した経験があると報告した。そのうち男性は 62.7%が,女
性は71.3%が,うつの症状で治療を受け,男女合わせて58%が精神科的な薬を処方さ
れた。うつの経験や治療を受けた経験の後,共感性が高まった,より有能なセラピス トになったと回答されたポジティブな影響もみられたが,エネルギーや集中力,自信 の低下,ケースや仕事量を減らすなどの影響も報告された。困難やストレスの結果,
軽視できない影響が報告されている。
心理臨床活動における困難の内容について調べた研究もある (Davis, Elliott, Davis,
& Binns, 1987; Gilroy et al. 2002; 岡本, 2007; 横田・岩壁, 2010),例えば,Davis et
al. (1987) は,セラピストが体験する主観的な困難体験についての包括的な分類を行
った結果,セラピストは,以下の困難を感じていることがわかった。それは,①イン コンピテント(セラピストとしての自分のスキルや能力を疑問視し,否定的に評価す る),②ダメージング(患者を傷つけたり見捨てたと感じ,その結果を懸念する),③ 困惑(セラピーがどのように進むかわからない),④恐れ(患者や患者がすることに対 して恐れを感じる),⑤信頼関係を築けない(患者との作業同盟を発展させる見通しが 立たず,距離を感じる),⑥個人的問題(私的なことがセラピーを妨害したり,その恐 れを抱く),⑦痛々しい現実/倫理的ジレンマ(受け入れなければいけない困難な現実 の状況に直面させられる/どんな行動が最も倫理的および道徳的なのか葛藤する。 な お,これは合体されたカテゴリーである。),⑧行き詰まり(セラピーが行き詰り出口 がないと感じる),⑨妨害・阻止(患者が積極的にセラピストの治療努力を妨害すると 感じる)であった。本邦では,横田・岩壁 (2010) が,困難な面接場面における臨床 家の主観的体験をインタビュー調査によって検討した。その結果,①対処不能感(自
15
意識が高まり,クライエントや自身の感情を対処できない:22.7%),②もろさ(失敗 への恐れ,未熟さや务等感の喚起など,自身の脆い部分が晒される:19.5%,③線引 き(クライエントへの拒否感や怒りなどが生じ,関係に明確な線を引く:29.8%,④ 自己防衛(クライエントへの恐怖や逃避欲求,専門家という立場への固執など,身を 守りたい欲求:22.1%)の中核カテゴリーが生成され,加えて接近欲求(クライエン トとの関係性を築きたい,理解したい欲求:5.8%)のカテゴリーも生成された。
なお,本研究は心理臨床家の経験レベルに焦点を当てた研究ではないが,心理臨床 家の経験レベルに焦点を当て,初心者を対象にした研究 (Goplerud, 1980; Rønnestad
& Skovholt, 2003; 上野, 2007, 2010) や,初心者と経験者を比較した研究 (Rodolfa, Reilley & Kraft, 1988) も行われている。例えば,Rønnestad & Skovholt (2003) は,
初心者が抱える困難を下記の 7 つにまとめた。それは,①パフォーマンスに対する大 きな恐怖と不安,②ゲートキーパーによる監督,③不安定もしくは柔軟性のない感情 境界 (emotional boundaries),④実践家としての自己の脆さや不完全さ,⑤学習した 概念マップを応用する難しさ,⑥美化された期待,⑦ポジティブな影響をもたらすメ ンターの不在,である。また,Rodolfa et al. (1988) によると,クライエントに身体 的に接触されること,自殺企図やその意思を話されること,犯罪を犯したと報告され ること,怒りを向けられること,終結が時期尚早に訪れること,泣かれること,等の クライエントの言動は,経験者よりも初心者の方が強いストレスを感じる。このよう に,心理臨床経験のレベルによって困難の大きさや内容が異なる。
以上のように,心理臨床家は心理臨床活動を行ってきた経験のレベルによって困難 の内容や程度が異なるものの,全ての経験レベルにおいて多大な困難を感じ ているこ とがわかる。また,過度な困難やストレスは,心理臨床活動への質に影響を及ぼす可 能性があり,心理臨床活動の質や心理臨床家自身の精神的健康に否定的影響を及ぼさ ないためにも,適切に対処されることが重要である。
1.3.2-2 心理臨床活動における困難への対処に関する先行研究
困難に適切に対処していくことは,健康維持とバーンアウトおよびインペアメント の予防に不可欠であり,倫理的に必要とされる態度であるだけでなく,心理臨床家の 成長や変化にも繋がる。以下に,困難への対処に関する研究 (Coster & Schwebel,
1997; 丸山・阿津川・花浴, 2009; 花浴・丸山・阿津川, 2009) と,困難に対処するこ
と に よ る 肯 定 的 影 響 (岡 本, 2007; Rønnestad & Skovholt, 2003; Skovholt &
Rønnestad, 1995) について概観する。
困難への対処に関する研究について,例えば Coster & Schwebel (1997) は,時を経 て,また職業的および個人的ストレッサーに直面しても心理臨床家個人の質を持ちこ たえることを「ウェルファンクショニング」と定義し,ウェルファンクショニングと して選ばれたセラピスト6名へのインタビューと,セラピスト339名の質問紙の回答 を分析した。その結果,ウェルファンクショニングを維持する要因として,自己覚知 やセルフモニタリング能力の高さ,仲間や配偶者,友達,メンター,セラピスト,ス ーパーヴァイザーからのサポート,価値観の内容,休日を取ったり他のストレスを緩 衝したりするものがあるなど生活のバランスといった事柄が重要であることが示され
16 ている。
次に,困難に対処することは,心理臨床家が行う援助の質を保つのみならず心理臨 床家の職業的成長や変化にも肯定的に影響するようである。セラピストの職業的発達 段階モデルによると,セラピストは困難を体験しながらも職業的個人的生活を通した 学びや熟考やメンターの獲得などを通して,職業的な発達をとげていく (Rønnestad
& Skovholt, 2003; Skovholt & Rønnestad, 1995)。それは以下のような過程で進んで いく。まず,大学院在学中の訓練生セラピストは,依存と傷つきやすさを併せ持ち,
教授やスーパーヴァイザーからの励ましやサポートを必要とする。直接的な批判や批 判と感じられる言動を受けると学生の士気に否定的な影響が及び,インターンシップ や現場等で経験を積み始める段階になっても依然として傷つきやすさと心もとなさを 抱き,完璧に物事をこなそうというプレッシャーを感じる。スーパーヴィジョンにお ける葛藤もピークに達する。大学院の訓練を修了したセラピストは,それまで受けて きた訓練にも自分自身にも幻滅する段階が訪れる。経験を積み始めた時から感じてい たことではあるが,適切に責任感と境界を調整することに依然として困難を抱え,専 門家の仕事として何を現実的な目標とし,どのようにそれを設定するかに苦悩する。
もしクライエントが良くならなければ,それを自分の失敗によるもので自分のせいだ と思い幻滅感に陥る。次第に,セラピストは,治療関係の重要性をより深く理解する ようになる。関係性の問題を理解したり学んだりすることに気を配るようになる につ れて,作業の役割を明確にしたり境界を定めるのがより上手になる。そして,経験に 伴って目標設定は現実的になり,自分の強みや弱点や限界を自覚するようになったり,
責任の分別がわかりクライエントとの関わり方が微調整されていったりする。それは
“枠のある優しさ (boundaried generosity)”と呼ばれる (Rønnestad & Skovholt, 2003, p.22; Skovholt, 2012, pp.53-54)。更に経験を積んでいくと,中心的な課題は,
個人の感覚(価値観,関心,態度を含む)と矛盾しないカウンセリング/セラピーの 役割を創造することになる。そして,20~25 年以上の経験を積み,熟練した専門家の 段階に移行する。ただし,RønnestadとSkovholtは,その発達過程において,挑戦や 苦難を伴う職業的体験も普段の体験も,快く振り返る熟考の能力が不可欠であると述 べている。このように,職業的発達の時期ごとに生じる困難に適切に対処できれば熟 達の段階に移行していくことがわかる。岡本 (2007, p.525) も,心理臨床活動におけ る困難は,“同時に心理職の専門性を考えるチャンス”と指摘し,経験年数によって変 化・成長がみられる可能性と,時期や状況あわせて対処を工夫することが必要である と述べる。
したがって,心理臨床活動における困難に対処することは,心理臨床活動の質を保 つことができるだけでなく,心理臨床家の職業的成長や変化に繋がることがわかる。
1.3.2-3 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における困難 との関連
(1) 経験的見解
心理臨床活動における困難が心理臨床家の動機と関連するとの経験的見解がある (Barnett et al., 2007; Corey & Corey, 1998下山監訳 2005; 遠藤, 1997; Guy, 1987;
17
堀越・堀越, 2002; O'Connor, 2001; Racusin et al., 1981, Zaro et al., 1977 森野他訳
2008)。例えば,Zaro et al. (1977 森野他訳 2008) は,心理臨床家の志望動機が,そ
の後の心理臨床活動において経験する困難や個人的苦悩とかなり関連すると指摘する。
他にも,動機に関わる過去経験や傷つきやすさ,世話役割などの個人の性質や傾向が,
サイコロジスト自身を悩ませたり,自分の関心や問題,バーンアウトの兆候に目を向 けることを疎かにさせたりし,心理臨床家の動機が,心理臨床家自身の精神的健康お よび心理臨床活動に影響を及ぼし得るとの指摘 (Barnett et al., 2007) や,心理臨床家 の過去経験や傷つきやすさ,未解決の欲求などが,クライエントの欲求に目を向ける ことを阻んだり,個人的に抱えている対人関係の問題や自己表現の問題を悪化させた りしてしまうとの指摘 (堀越・堀越, 2002) がされている。これらは,苦悩体験を有し ていたとしても,自分の問題に対処し,かつ痛みを感じた経験を生かして共感的に関 わり他者を癒すこともできるという「傷ついた癒し手」に関する見解 (Farber et al., 2005; Henry, 1966) と対照的である。
心理臨床活動における困難が心理臨床活動動機と関連するとの経験的見解もある。
遠藤 (1997, p.432) は,“‘この来談者を治して,主治医に自分の力を見せつけたい’‘新 しい技術の効果のほどを見てみたい’といった動機に基づくならば,治療者の利己的 な欲求を満たさない来談者のありようは,不必要な怒りや無力感の種となる。”と説明 する。反対に,来談者の求めに触れて治療者の中に生じる“素朴な援助欲求”に基づ くならば,たとえ治療が滞っても,来談者への共感的理解が損なわれることはなく,
クライエントとの間で生じた困難の解決に繋がることが示唆されている。
以上のように,心理臨床家の動機の内容によって,心理臨床活動における困難が引 き起こされたり,逆に心理臨床活動における困難が生じても解決や改善につながった りすることが示されている。また,苦悩体験が動機になっている場合,その経験が心 理臨床活動において生かされる場合もあれば,心理臨床活動における困難に繋がる場 合もあることが示唆されている。
(2) 実証的研究
心 理 臨 床 家 の 動 機 と心 理 臨 床 活 動 に お け る困 難 と の 関 連 を 調 べ た研 究 は , 上野
(2007, 2010) の他には見られない。上野 (2007, 2010) は,心理臨床家を志す動機と
心理臨床活動において感じる困難との関連を調べるため,カウンセラーを志望する大 学院生を対象に,心理臨床家を志した動機と心理臨床活動で感じる困難についてのイ ンタビュー調査を行った。志望動機と心理臨床活動で感じる困難をそれぞれカテゴリ ー化し,両変数のカテゴリーの連関構造を明らかにする統計的手法を用いて分析した。
さらに逐語データに基づき,その関連性を検討した。その結果,①強い不快感情を伴 う体験が動機になっていると,その体験と類似した実践場面に遭遇した時に自分のパ フォーマンスに不安が高まったり,自分の感情のコントロールが困難になること,② 対人関係構築の資質を認知していたり他者を変化させることへの期待が高いと,被援 助者の変化を感じられない時などにもどかしさや苛立ちを感じること,③対人希求や,
必要とされたり自尊心を高める動機があると,葛藤が強まったり自身の言動や心理状 態を過剰に意識し,思い通りに進まないと自責感や不全感を感じること,④権威性へ
18
の憧れがあると,それを発揮できないと感じる時に不安や恐れが高まることが見出さ れた。
しかし,上記の上野 (2007, 2010) の調査対象者は大学院生であり,実際に仕事とし て心理臨床活動を行っている人を対象にした場合とは,結果が異なる可能性がある。
また,志望動機は心理臨床活動における困難と関連が見られることが示されているこ とから,心理臨床活動動機も心理臨床活動における困難と関連が見られると考えられ る。また困難には適切に対処することが重要である。しかし,心理臨床家を対象に心 理臨床活動動機と困難への対処とその結果も含めて,動機と心理臨床活動における困 難との関連を検討した研究は見られない。
1.3.3 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における
満足感との関連
先述したように,心理臨床活動における満足感は,心理臨床家の志望動機および心 理臨床活動動機と関連があると言われている (Corey & Corey, 1998 下山監訳 2005;
Farber et al., 2005; Guy, 1987; Sussman, 1992)。1.3.3では,心理臨床家の満足感に 関する先行研究を概観してから,心理臨床家の動機との関連について概観する。
1.3.3-1 心理臨床活動における満足感に関する先行研究
満足感などの肯定的感情は,その感情を有する人の行動,認知過程,学習動機づけ,
知的 活動等, さまざまな認 知および 行動を促進す ることが 見出されてい る (浅 野, 2010)。他の援助職においては,満足感が高い方が低い人よりも高い健康度を有し (安 次富, 2011),仕事に対してやりがいを感じている (蒲原・志渡・木川・長谷川・岡田,
2008) ことが示されていることから,心理臨床活動において満足感を感じられること
は,心理臨床家が健康を保ち,意欲的に心理臨床活動に関わり続ける ために重要であ ると推測できる。
心理臨床活動における満足感について調べたFarber & Heifetz (1981) は,対象に なった心理臨床家が,クライエントや臨床家自身の成長や,クライエントの生活に役 に立ったりクライエントと関係を築いたりすることに喜びを感じることを見出した。
Kramen-Kahn & Hansen (1998) の質問紙を用いた調査によると,心理臨床活動にお
いて得られること (rewards) は,①効力感,②自己の成長,③職業的自立と自律性,
④情緒的親密性の機会があること,⑤承認と成功,⑥柔軟性であると述べる。そして,
これらの報酬 (rewards) が増えることが望ましいと述べている。
1.3.3-2 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と,心理臨床活動における満足 感との関連
(1) 経験的見解
心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機は,心理臨床活動における満足感と 関連することを示す経験的見解がある (Corey & Corey, 1998下山監訳 2005; Farber et al., 2005; Guy, 1987; 岩壁, 2007; O'Brien, Heppner, Flores, & Bikos, 1997)。
例えば,Corey & Corey (1998下山監訳 2005, p.16) は,典型的な志望動機の中の
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一つとして,必要とされたい欲求を挙げ,その欲求をもたない者はいないといっても 過言ではないという。また,その欲求があれば,“他者の求めに応えられることに価値 を置き,そして実際に他者の求めに応じていくことで大いなる満足を得る”が,自分 の欲求を満たすために,クライエントの依存性を増長させるなどクライエントが本来 求めていることを見えにくくしてしまうこともあると指摘する。
心理臨床活動動機について論じた岩壁 (2007, p.90) によると,心理臨床家がもつ
“個人的な欲求が心理療法自体の目的と深く関係している”場合もあり,“持っている 欲求が常にクライエントの必要を満たすことに矛盾したり,それを阻害するわけでは ない”。しかし,利益を得て満足感を得ようとする動機と満足感は表裏一体であり,自 分の個人的な欲求をみたそうとして満足感を求める場合には,心理臨床活動に非機能 的な影響が及ぶ可能性があると示唆している。
つまり,志望動機と心理臨床活動動機は,心理臨床家の満足感と表裏一体であり,
心理臨床家が満足感を得ようとする動機がクライエントの利益に繋がることもあれば,
そうでない場合もある可能性が示唆されている。
(2) 実証的研究
心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機は,心理臨床活動における満足感と 関連することを示す経験的見解があるものの,実証的なデータを用いて検証したのは
Sussman (1992) のみである。Sussman (1992) は,文献研究を行い,人がある行動を
起こそうとする動機と,得られる満足感は非常に強く関係しており,セラピストが得 られる満足感は,動機に対応して生じると指摘している。故に,セラピストの動機を 理解するには,セラピストが,クライエントに何を提供し何を得ているのかを知るこ とが大切だと述べる。彼は,心理臨床活動の特徴と動機,満足感との関連について述 べる。例えば,心理臨床活動には,セラピストが患者の弱さに焦点を当てるサディス ティックな側面があるという。そのような不快な攻撃衝動は,セラピストというキャ リアを選択し利他的な癒し手 (healer) という自己概念を持つことで防衛できる側面 があると論じている。また,自己愛的な動機と満足感との関連も指摘する。患者から 理想化され尊敬されることで,セラピストの感情は満たされ誇大的な理想自己を持つ ことができる。そして,セラピストの満足感を得る必要性は,患者に操作的に働くこ ともあるという。例えば,性的な満足感を得たい場合には,患者の性生活への覗き見 的興味が湧いたり,稀だが直接的な操作(e.g.クライエントと性的関係をもつ)をした りすることもあると述べる。そして,Sussman (1992) は,14人のセラピストに半構 造化面接を行った結果,文献研究から組み立てられた仮説がインタビューから得られ たデータによって確かめられたと述べている。
以上のように,満足感を得ようとする意識的無意識的な動機の内容によって,援助 の方向性が利己的なものになってしまう危険性があることが指摘され,心理臨床 家の 動機と満足感は深いつながりがあることが示唆されているが,分析手続や方法が明確 に記されておらず,文献研究から得られた動機と満足感の関連をインタビューによっ て確かめるという仮説検証的方法を用いていることから,研究者の意図する方向に結 果を解釈することも可能であったと思われる。また,Sussman (1992) が指摘する関