心理臨床家の動機と心理臨床活動における困難およ び満足感との関連―志望動機のタイプ「苦悩型」と
「消極型」に着目して―
著者 上野 まどか
発行年 2013‑09‑20
その他のタイトル The Relationship Between the Motivations of Clinical Psychologists and the Difficulties and Satisfactions of Clinical Psychology Activities: Focusing on "Distress Type" and
"Inactive Type"
学位授与機関 明治学院大学
学位授与番号 32683甲第32号
URL http://hdl.handle.net/10723/1564
1 明治学院大学 学長
鵜殿博喜殿
博士学位(課程博士)審査報告書
2013年7月3日 審査委員長 金沢吉展
下記の博士学位審査請求に関し、審査委員会では論文審査および口述試験を行った結果、
全員一致で合格と判定しましたので、ここにご報告致します。
請求者氏名 上野まどか
論 文 名 心理臨床家の動機と心理臨床活動における困難および満足感との 関連 ―志望動機のタイプ「苦悩型」と「消極型」に着目して―
審査委員会 委員長 金沢吉展(心理学部教授)
委 員 清水良三(心理学部教授)
委 員 杉山恵理子(心理学部教授)
委 員 伊藤 拓(心理学部准教授)
委 員 岩壁 茂(お茶の水女子大学准教授)
Ⅰ 審査内容
上野まどか氏の課程博士学位請求論文「心理臨床家の動機と心理臨床活動における困難 および満足感との関連 ―志望動機のタイプ「苦悩型」と「消極型」に着目して―」はA4 版130頁、図表69点、および付録(質問紙調査票2点)から構成される論文である。論 文は、標準的な心理学的学術論文の形式に則っており、課程博士学位論文としての体裁が 十分に整えられていると判定する。大学院心理学研究科では、本学学位規定ならびに心理 学研究科内規に基づき、課程博士審査委員会を設置し、博士学位論文の審査を行った。
1.論文の主旨
本論文は、日本の心理臨床家の志望動機について実証的に研究し、志望動機と、現在心 理臨床活動を行う動機、心理臨床活動における困難とその対処、そして心理臨床活動にお ける満足感との関連を探る研究である。まず、志望動機を測るための尺度を作成し、心理 臨床家の志望動機の実態把握と、志望動機のタイプ分けを行った。次に、苦悩体験を機に 志した心理臨床家の心理臨床活動動機、心理臨床活動における困難、困難への対処とその 結果、心理臨床活動における満足感をインタビュー調査によって明らかにした。そして、
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志望動機および心理臨床活動動機と、心理臨床活動における困難および満足感との関連性 を質的な分析を用いて検討を行った。
2.論文の構成
本論文の構成は以下の通りである。
はじめに 3
第1章 先行研究の概観と問題点 4 第1節 心理臨床家の志望動機 4
1.1.1 心理臨床家の志望動機に関する経験的見解 4 1.1.2 心理臨床家の志望動機に関する実証的研究 5 1.1.3 第1節のまとめ 9
第2節 心理臨床活動動機 10
1.2.1 心理臨床活動動機に関する経験的見解 10
1.2.2 心理臨床活動動機に関する実証的研究 11
1.2.3 第2節のまとめ 12
第3節 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と、心理臨床活動における困難 および満足感の関連 12
1.3.1 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と、心理臨床活動との関連 12
1.3.2 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と、心理臨床活動における困難と の関連 13
1.3.3 心理臨床家の志望動機および心理臨床活動動機と、心理臨床活動における満足感
との関連 18
1.3.4 第3節のまとめ 19
第4節 先行研究の問題点 20 第2章 本研究の目的と意義 22 第1節 本論文の目的 22
第2節 本論文の意義 22 第3節 用語の定義 22
2.3.1 「心理臨床活動」および「心理臨床家」の定義 22
2.3.2 「クライエント」の定義 23 2.3.3 「動機」の定義 23
2.3.4 「心理臨床活動における困難」の定義 25
2.3.5 「心理臨床活動における満足感」の定義 25
第4節 本論文の構成 25
第3章 心理臨床家の志望動機の実態 27 第1節 問題と目的 27
第2節 心理臨床家志望動機尺度の作成(研究1の予備調査) 27
3 3.2.1 方法 27
3.2.2 結果 29 3.2.3 考察 31
第3節 心理臨床家の志望動機のタイプと属性との関連(研究1の本調査) 31 3.3.1 方法 31
3.3.2 結果 33 3.3.3 考察 38
3.3.4 研究1の限界と課題 47
第4節 研究1のまとめ 48
第 4 章 「苦悩型」の動機と、心理臨床活動における困難および満足感との関連 50
第1節 問題と目的 50
第2節 「苦悩型」の志望動機および心理臨床活動動機と、心理臨床活動における困難 および満足感の関連(研究2) 50
4.2.1 方法 50 4.2.2 結果 53 4.2.3 考察 74
4.2.4 研究2のまとめ 86
第3節 「苦悩型」と他のタイプ「消極型」との比較検討(研究3) 88 4.3.1 方法 88
4.3.2 結果 89 4.3.3 考察 102
4.3.4 研究3のまとめ 107 第5章 総合考察 109 第1節 本研究のまとめ 109
第2節 本研究から示唆された点 114
5.2.1 心 理 臨 床 家 の 動 機 と 、 心 理 臨 床 活 動 に お け る 困 難 お よ び 満 足 感 と の 関 連 114
5.2.2 臨床心理学領域への示唆 115 第3節 本研究の限界と課題 122
5.3.1 サンプルに関して 122
5.3.2 心理臨床家志望動機尺度に関して 122
5.3.3 協力者の体験パターンの可変性に関する検討 122
5.3.4 クライエントを対象とした研究の重要性 123
第 6章 引用文献 124 謝辞
別紙図表 付録
4 3.論文の概要
第1章では、先行研究を概観し、心理臨床家の志望動機に関する以下の問題点を指摘し ている。まず、心理臨床家の志望動機に関する実態が明らかになっておらず、また、これ まで注目されてきた、苦悩体験を機に志した心理臨床家がどのような臨床活動を行うのか、
どのような体験をするのかについて実証的に明らかにされていない。次に、心理臨床家を 志した動機と心理臨床活動における困難との関連について、日本の心理臨床家を対象とし て、心理臨床活動動機や困難への対処も含めて検討する必要がある。最後に、動機と満足 感の関連について、本邦の心理臨床家を対象とした実証的な研究が行われていない。
第2章では、先行研究の問題点を基にして、本研究の目的と意義を論じている。本研究 の目的は、第一に、志望動機を測定するための尺度を作成し(研究 1 の予備調査)、心理 臨床家の志望動機の実態把握と、志望動機のタイプ分けを行う(研究1の本調査)ことで ある。第二に、苦悩体験を機に志した心理臨床家の心理臨床活動動機、心理臨床活動にお ける困難、困難への対処とその結果、心理臨床活動における満足感を明らかにする。そし て、苦悩体験を機に志した心理臨床家の志望動機ならびに心理臨床活動動機と、心理臨床 活動における困難および満足感との関連性を、苦悩体験とは異なる動機を有する臨床家と 比較して吟味することである(研究2と研究3)。
第3章では、まず、予備調査として、心理臨床家志望動機(内的要因)尺度と心理臨床 家志望動機(過去経験)尺度を含む、心理臨床家志望動機尺度を作成した。次いで本調査 において、本尺度を心理臨床家890名に実施し、郵送にて回収した。因子分析を行い、心 理臨床家志望動機(内的要因)尺度は6因子、心理臨床家志望動機(過去経験)尺度は3 因子から構成されることを確認した。クラスター分析で心理臨床家志望動機による分類を 行った結果、6タイプを抽出している。また、これらのタイプを大きく分けると、Ⅰ.「関 係型」と「苦悩型」と「困難体験型」を含む「苦悩・実存」、Ⅱ.「知的型」と「経済型」
を含む「対象・実利」、Ⅲ.「消極」の大グループに分かれ、志望動機はこれらの大きな 3 つの側面から捉えられると考えられた。
第 4 章では、クラスター分析で得られたグループのうち、「苦悩型」と「消極型」の中 で協力を得られた心理臨床家9名(研究2)と6名(研究3)にインタビュー調査を行い、
グラウンデッド・セオリー法を用いて分析を行った。その結果、個人的動機が心理臨床活 動における困難や満足感と関連しやすい鍵となる動機であることが示されている。次に、
臨床家の中には、長期に渡って続く「個人的テーマ」があることが同定された。そして、
個人的なテーマの状態(「安定」状態か「活性」状態か)と個人的テーマが及ぼす臨床や個 人的側面への影響の視点から協力者の体験を分類し、「苦悩型」と「消極型」の違いについ て、この分類を基に論じている。最後に、以上の体験パターンの分析を通して、「苦悩型」
と「消極型」に共通する体験の軸(心理臨床活動における満足感の程度の軸と、クライエ ントとの関わり方の軸)を見出している。
第5章では、第1章から第4章までの知見を踏まえて、心理臨床家の志望動機と、心理 臨床活動における困難および満足感との関連について論じている。そして、臨床心理学領
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域への示唆として、個人的テーマが安定することの重要性、心理臨床家が心理的側面であ る程度満たされていることの必要性、臨床家が自身の動機と臨床活動との関連について「継 続的で快い熟考」を行うことの必要性と難しさ、およびそれを教育によって伝えることの 重要性、職業倫理教育の重要性、そして、心理臨床家志望動機尺度の利用可能性が論じら れている。
4.論文の評価
(1)問題意識の斬新さ
本研究は、これまで取り上げられることの少なかった、心理臨床家の志望動機に着目し、
動機と臨床活動との関連について吟味することを目的としている。心理療法の効果に及ぼ す大きな要因として、臨床家自身の個人的な要因が指摘されており、これまで実証的研究 の乏しいテーマであった動機を取り上げたことは、心理臨床家の教育訓練のみならず、心 理臨床家のセルフケアや、心理療法のプロセスに対しても極めて重要な知見を提供する。
その問題意識の新鮮さと臨床心理学領域における意義は高く評価される。
(2)研究方法の適切さの評価
本研究においては、志望動機尺度作成とそれを用いた質問紙調査、インタビュー調査を もとにした質的分析と、複数の研究方法を用い、心理臨床家の志望動機に多面的にアプロ ーチしている。本研究におけるテーマは、実証的な研究が少ないことから、探索的な研究 方法が必要である。複数の研究方法を用いて、丹念に分析を重ねたことは本テーマの研究 方法として適切である。
(3)結果と考察の妥当性
質問紙調査の結果を因子分析を用いて分析を行い、さらにクラスター分析によって6タ イプを抽出し、その結果から、先行研究で注目されてきた、苦悩体験をもとに志した臨床
家が28.3%に留まることを見出している。さらに、このクラスター分析の結果を、大きく
3 つのグループに分けて提示しており、臨床家の志望動機を考えるうえで、新たな概念枠 を実証的に導き出している点が極めて重要な成果といえる。次に、志望動機の各タイプの 属性に違いがあるかを知るため、多重コレスポンデンス分析や分散分析を行っている。そ の結果、臨床家の様々な個人的要因や状況要因等が臨床家の動機と関連することが示唆さ れており、今後の研究に新たな課題を示したと言える。
次に、質的分析においては、グラウンデッド・セオリー法を用いてインタビューの逐語 録を分析している。その結果、個人的動機が心理臨床活動における困難や満足感と関連し やすい鍵となる動機であることが示されている。「苦悩型」と「消極型」の間には違いも見 られるが、その一方で、「苦悩型」と「消極型」に共通する体験の軸を明らかにしている。
このように、臨床家の満足感と困難・対処について、新たな枠組みを提示していることも 極めて重要な指摘といえる。
総じて、心理臨床家の動機と、臨床活動における困難・対処、ならびに満足感について、
多様な分析方法を用いて丹念に分析を行っており、新たな知見を生み出していることは高 く評価される。
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(4)本研究の臨床心理学的意義
まず、心理臨床家の志望動機と臨床活動との関連について、実証的な研究を行ったこと が重要な意義といえる。また、本研究の結果から、心理臨床家の個人的テーマが安定する ことの重要性、心理臨床家が心理的側面である程度満たされていることが臨床業務におい ても必要であること、臨床家が自身の動機と臨床業務との関連について内省することの重 要性が指摘されている。自身の内省と職業倫理を教育訓練の場において重視することは、
今後の心理臨床家の教育についての重要な指摘と言える。本研究において作成された「心 理臨床家志望動機尺度」は、臨床家が自身を振り返る際に用いることもできる尺度であり、
今後の研究のみならず、臨床家の生涯にわたる教育研修においても用いることの可能な尺 度と考えられる。
(5)本研究の限界と今後の課題
質的分析に関しては、インタビュー協力者のサンプルの偏りの可能性が考えられる。今 後、他のクラスターに属すると思われる臨床家を対象としたインタビュー調査を行い、志 望動機と臨床活動との関連をより精査していくことが望まれる。カテゴリー等の名称につ いては、内容をより適切に表すことのできる名称を検討していくことが必要であろう。最 後に、心理臨床家の志望動機が実際の臨床場面でどのように影響しているのか、クライエ ントを対象とした研究を行うことが今後の研究の大きな発展として考えられる。
Ⅱ 審査結果
2012年12月19日に開催された博士学位申請論文の予備審査会において博士学位申請 論文提出資格を得て、2013年1月31日に上野氏が提出した論文に対して、各審査委員が 慎重に検討して必要な修正・補足を促し、最終稿を査読した上で、2013年6月26日に審 査委員ならびに心理学研究科博士後期課程担当教員、計 9 名による口述試験が行われた。
1 時間にわたる論文概要の発表および質疑応答の結果、全員一致で上野氏の口述試験の合 格を決定した。
2013 年7月3日に上野氏の博士学位申請論文について心理学研究科委員会において審 査を行った。上野氏の博士学位審査請求に対して全員一致で合格の承認を得た。